●リプレイ本文
「正直なところ、一緒に来るのはあまりおすすめできないな」
同行を希望するリリアーナに、ブレイン・レオフォード(ea9508)は率直な意見を伝える。命の取り合いなど決して愉快なものではないし、見せずに済むのならそうしたいところだ。けれどもリリアーナはいつも以上に頑固だった。
「足手まといになるのを承知の上でお願いしているのですわ。私は‥‥私の知らないところで大切な人がいなくなるなんて、もう嫌ですもの‥‥」
最後のほうは消え入りそうな声だったが、彼女が必死であることは充分に伝わってきたので、アウレリア・リュジィス(eb0573)は観念したように言った。
「‥‥そうだね、じっとしてられないもんね」
確かに、ただ待つことしかできないのはつらい。それは痛いほど分かるから、アウレリアもブレインも、もう止めようとはしなかった。代わりに久志迅之助(eb3941)が厳しく念を押す。
「今回はかなり危険が伴う状況だ。親父さんを救出するまでは俺たちの指示に従うと約束してくれ。そうでなければ連れて行けない」
「もちろん、分かっていますわ」
リリアーナが力強く頷くのを見て、ようやく一行は彼女の同行を認めたのだった。
さて、それが決まったところで、次は目的地までの道程を決める必要がある。
「森では道に迷ったりモンスターに遭遇する危険があるわ。そこで時間をロスしてしまったら、かえって街道のほうが速いということも考えられるのよ」
と、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は街道を推奨。それに対して、リリアーナはこう説明した。
「森とは言っても、ちゃんとした道はあるそうですわ。ただ、護衛を雇えない人たちは安全な街道を選ぶことが多いのですって」
「なるほど。馬を連れて行けるような道があるなら、森でもいいと俺は思う。皆はどうだ?」
シンザン・タカマガハラ(eb2546)が仲間たちの顔を見渡すと、皆それぞれ複雑な顔をしていた。最大の懸念は魔物や獣との遭遇だ。それさえ避けることができれば、恐らく森抜けのほうが速いのだが‥‥
「どちらが速いかは状況次第としか言えないな。迷っている余裕はない。どうするか、お嬢が決めてくれ」
迅之助に促され、リリアーナはほんの一瞬の躊躇の後、こう答えた。
「では、森を‥‥。何も起こりさえしなければ、そちらのほうが速いのでしょう?」
「じゃあアタシちゃんが白の母様にお祈りしてあげるわ〜。無事にリリアーナちゃんのお父様のところまで行かせてくれますようにって☆」
ポーレット・モラン(ea9589)に元気付けられ、ようやくリリアーナの顔にわずかな笑みが戻った。
「大丈夫? 疲れてない?」
隣を歩くリリアーナを、一色翠(ea6639)が気遣う。
セブンリーグブーツを借りているとは言え、長距離の移動に慣れていないリリアーナにとっては、ただひたすら歩き続けるというだけでもかなりの負担になる。
「平気ですわ」
そう答えるリリアーナだが、やはり疲労の色は隠しようがない。それを察した迅之助は軽く息をつき、足を止めた。
「無茶をして倒れられるとかえって時間がかかる。ここで休憩だ」
「平気だと言っているでしょう!」
納得行かない様子のリリアーナだが、迅之助は聞く耳を持たない。
「ジャパンには『急がば回れ』って言葉があるんだよ。焦って近道するよりも、落ち着いて遠回りしたほうが早いこともあるって意味なの」
「『急いては事を仕損じる』とも言うね。気持ちは分かるけど、焦るだけじゃダメ。今ここで休んでおけば後が楽になるから」
ミフティア・カレンズ(ea0214)と翠に説得されて、リリアーナは休憩することを渋々承諾した。
木陰とは言え、じっとりとした熱気は容赦なく体力を奪っていく。しかしそのことにすら気付かないほど、リリアーナは平常心を失っていた。流れる汗にもまったく構わず、そわそわと視線を彷徨わせてばかりいる。
ミフティアはただ黙って、そんな彼女を扇子で優しく扇いでやった。
そしてアウレリアは少しでもリリアーナの心を落ち着けるため、竪琴でゆったりとした曲を奏でる。
「大丈夫。リリアーナちゃんのお父さんは歴戦の商人でしょ。モンスターを避ける術くらいちゃんと心得てるはず。私達が合流すれば何てことないよ」
うたうように諭すように語り掛けると、リリアーナもようやく少し落ち着きを取り戻したようだった。今までたくさんのことを教えてくれた友の言葉だからこそ、素直に受け止めることができたのだろう。
「私は仲間を信じてる。リリアーナちゃんも信じて」
「‥‥分かりました。信じますわ。だからお父様を守ってね‥‥」
その真摯な願いに、頷かない者は1人もいなかった。
「大丈夫、何とかなる‥‥いや、僕たちが何とかしてみせるさ、だから安心してろ」
ブレインがポンと軽く肩を叩いてやると、リリアーナは少し驚いたような顔をして、その後すぐに慌てて視線を逸らした。
「な、なんだかいつものブレインじゃないみたいですわね‥‥やけに頼もしく見えますわ」
「おいおい、じゃあ普段は俺のことどういうふうに思ってるんだ?」
「黙秘ですわ!」
「酷いな」
と言いつつ、悪態をつく余裕が戻ったのなら安心かとも思い、ブレインは笑みを零す。その笑顔をちらりと横目で見ながら、リリアーナは聞き取れないくらい小さな声で呟いた。
「‥‥ありがとう。頼りにしていますわ」
その時には既に、彼女はいつもの調子を取り戻していた。
そんな彼女を見守りながら、ポーレットは心の中で静かに祈る。
『白の母様。御身の忠実なる僕イリュエット氏にご加護を。あの娘から何もかも、お取り上げになりません様に‥‥』
まるでその祈りに応えるかのように、ふわりと一陣の風がすり抜けていった。
幸いなことに、1日目は特に何事もなく無事に過ぎた。ポーレットの祈りが通じたのかもしれない。
そして2日目。ここまで順調に来ているので、このままの調子で行けば予定より早めに目的地に着くことができそうだ。
「ミフちゃん、そろそろ代わる〜?」
ブレインの戦闘馬に便乗していたポーレットが、ふわりと飛び上がってミフティアに近づく。探知役を交代しようかという申し出だったが、そこへシンザンが割って入った。
「試しに俺もやってみる。あんたには戦闘で嫌でも世話になるだろうから、力は温存しといてくれたほうがありがたい」
「確かにそうね〜。じゃあ、お願いするわ〜☆」
シンザンはしゃれこうべを受け取ると、意識を集中してその頭を何度か叩いた。
最初は何の反応もなかったが、しばらく進んでからもう一度試してみると、突然カタカタという音が響く。しゃれこうべが敵の存在を知らせているのだ!
「ついに来たな‥‥」
相手は茂みにでも隠れているのか、未だ姿は見えない。ここでポーレットが改めて魔法で探知を行なうと――左前方、15mほど離れたところに反応がひとつ。
「リアお姉さんのムーンアローなら正確な場所が分かるんじゃないかな?」
この翠の提案を受けて、まずはアウレリアがムーンアローで敵を捉え、そこをすかさずシンザンが叩くという作戦で行くことになった。
「リリアーナちゃん、これ持っててね〜!」
ポーレットが聖なる光球を作り出し、リリアーナに手渡す。これで万が一のことがあっても、不死者はリリアーナに近付くことはできないはずだ。
準備が整ったのを見届け、すかさずアウレリアが詠唱に入る。
「月の光よ、輝く矢となりて、ここから最も近き処に潜む不死者を貫け!」
淡く輝く光の矢は音もなく駆け、こちらに近付こうとしている存在を正確に撃ち抜いた。
悲鳴とも咆哮ともつかぬ不気味な音を立てて、茂みの中からおぞましい姿の敵が躍り出る。腐乱した死体のような姿‥‥その口にぞろりと並ぶ鋭い牙。出発前に八幡から説明してもらった死食鬼の姿そのものだ。
ごくりと息を呑む気配を感じ、ミフティアはしっかりと前を見据えたまま背後に語りかけた。
「リリアーナちゃん。怖かったらしがみついてもいいから、ここから動かないでね」
その小柄な体で精一杯後ろを庇うようにして立つミフティア、そして翠。
「大丈夫! 絶対皆で倒すから! だって私たちには、このお守りがあるもん」
翠が手を翳してみせると、そこにはリリアーナが贈った飾り紐がしっかりと結ばれている。リリアーナは小さな騎士の服をしっかりと掴むことで、その言葉に応えた。
敵を確認するや否や、シンザンは正面から躊躇なく斬り込む。
ざっくりと手に伝わる鈍い感触。しかし死食鬼はまったく怯むことなく反撃してくる。――そう、屍ゆえに痛みを感じることがないのだ。
「チッ、嫌な相手だな‥‥」
対人戦なら百戦練磨だが、モンスターとの戦闘はあまり経験がないシンザンにとって、非常にやりづらい相手だった。
少し遅れて迅之助も斬りかかるが、相手は避ける素振りすらなく、攻撃はいとも簡単に命中。しかし、効いているのかいないのかさえ分からぬほど反応は希薄だ。
(「魔法の武器でなくとも効くとの話だったが、あまりにも手応えがない・・・・相当頑丈らしいな」)
どうやら、生半可な武器では傷を負わせることすら難しいようだ。できれば愛用の刀のほうが扱いやすいのだが、迅之助は借り物の薙刀「牙狼」に持ち替えることにした。
傷を負わせることができないのは魔法も同様で、ジルベルトが退路を断つために放った炎も、どうやらほとんど効果がないようだった。
「痛みは感じなくても、これなら効くでしょ!」
翠が鳴弦の弓を掻き鳴らすと、さすがに死食鬼の動きが鈍った。そこへ、上手く背後に回り込んだブレインが渾身の一撃を叩き込む。不死者に対して絶大な効果を持つ鎮魂剣「フューナラル」は、今度こそ確かな打撃を敵に与えたようだ。
通常の敵であれば、ここで勝負は決まったも同然だったろう。これだけの傷を負えば、普通はまともに動けなくなる。しかし死食鬼は何事もなかったかのように動き続け、ただひたすら獲物を襲い続ける‥‥その姿はあまりにも不気味だ。
「さっさと倒れろ!」
苛々したようにシンザンが斬撃を浴びせかけるが、死食鬼はその攻撃を体で受け止めながら、シンザンの肩口に深々と喰らいついた。
「くっ‥‥」
激しい激痛と、傷口から溢れた生ぬるい血が体を濡らす感触‥‥それに反応して、体の奥底で何かがざわりと蠢くような感覚。
途端に湧き上がったどす黒い衝動をどうにか抑えようとしたが、さらに追い討ちをかけるように、再び牙が突き立てられる。引き剥がそうとするも、死食鬼の牙が肉に食い込み、さらにがっしりと腕を掴まれ、思うように身動きが取れない。
どろどろに腐敗した手が、シンザンの手首に結ばれた青い飾り紐をべっとりと汚している。
それを見た瞬間、世界が色を失くしてゆくような気がした。
何も感じない。何も思わない。――あるのは、ただ目の前の障害を排除するという本能のみ。
「シンザン‥‥?!」
悲鳴にも似た声を聞いた気がしたが、まったく気にすることなく、シンザンは自らに喰らいつく死食鬼を力づくで引き剥がした。傷口からは大量の血が流れ出しているが、そんなことも気にならない。
能面のように表情のない顔で、地面に倒れた死食鬼を踏みつけ、乱暴に剣を叩きつける。
何度も、何度も、繰り返し。
「もういい、やめろ‥‥シンザン!」
迅之助が後ろからシンザンを羽交い絞めにし、その行動をやめさせた。
そしてブレインが「フューナラル」で敵にとどめを刺す。
「‥‥リリアーナちゃん‥‥」
自らの服を握る手が震えていることに気付き、ミフティアはぎゅっとリリアーナを抱きしめた。
リリアーナは泣くでもなく、声を上げるでもなく、ただ押し黙ってミフティアの胸に顔を埋めていた。
「哀れな亡者よ、安らかにお眠りなさい‥‥もう二度と戻ってきては駄目よ」
動かなくなった死食鬼の体を、ジルベルトの炎がゆっくりと焼き尽くしてゆく。ポーレットが丁重にそれを弔い、他の者たちも皆、真摯な祈りを捧げた。
「‥‥嫌なモン見せちまったな」
感情の昂りが治まり、すっかり元に戻ったシンザンが苦々しげに呟く。体の傷は癒してもらったが、心の疼きは消えない。今までに受けてきた数え切れないほどの迫害、嫌悪の視線、罵りの言葉‥‥もう、慣れている。それは嘘ではない。けれども、やはり狂化した姿をリリアーナには見せたくなかった。
そしられても仕方ない‥‥そう覚悟を決める。
しかしリリアーナは、恐る恐るではあったが、こう言った。
「正直に言いますわ。先ほどのあなたは、とても怖かった‥‥でも、何故でしょう‥‥嫌だとは思わないのです」
「‥‥お嬢‥‥?」
それはシンザンにとって、意外な言葉だった。そしてリリアーナ自身にとっても、それは同じようだった。自分でもどう言えばいいのか分からず、戸惑っている。
「それはリリアーナちゃんが、シンザンさんのこと『ハーフエルフ』としてじゃなく『仲間』として見てるからだと思うの」
ぽつりと、ミフティアが言う。
それは、種族を超えて強く絆で結ばれた友を持つ彼女だからこそ出てきた言葉なのだろう。
「今ここにいるみんなは、年も生まれた国も種族も、みんなバラバラだよね。でも今まで一緒に色んなことしてきて、そんなこと気にしたことある?」
翠の言葉に、リリアーナははっとしたように目を見開いた。
生まれて初めて、自分の手で一生懸命作り上げたプレゼントを皆に贈った。それは相手が人間だからとかエルフだからとか、そんなことは関係なく、自分がそうしたいと思ったから‥‥喜んで欲しいと思ったからしたことだ。
では何故、喜んで欲しいと思ったのか。
それは、皆が仲間だからだ。大切な存在だからだ。大切な人が笑ってくれたら、自分も嬉しいからだ。
そんな、掛け値のない気持ち。
「‥‥‥‥っ」
そのあまりにも簡単な答えに気付いた瞬間、リリアーナの頬を涙が伝った。それを皮切りに、堪え切れない涙が次々に溢れてくる。
ジルベルトはそんなリリアーナの肩をそっと抱いてやりながら、優しく言った。
「泣くのはもう少し後にしましょ。町へ行ってお父様の無事を確認しなきゃ、ね?」
涙を拭いながら、リリアーナは頷く。そう、父の安否が分かって初めて依頼完遂となるのだ。こんなところで立ち止まってはいられない。
他の面々も気持ちを改め、再び出発する用意を整えた。
ただ1人、シンザンだけは、未だわだかまりを抱えたように立ち尽くしている。
「‥‥お嬢、俺は‥‥」
躊躇った様子の彼に、リリアーナは手を差し伸べた。
「ほら、何をぼうっと突っ立っていますの? 早く行きますわよ!」
答える間も与えずシンザンの手を握ると、強引に引っ張って歩き出す。
それに引きずられるようにしながら、シンザンは今まで味わったことのないような不思議な気持ちを噛み締めていた。