【ブライトンの騎士】fly high!

■シリーズシナリオ


担当:刃葉破

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 83 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月30日〜09月07日

リプレイ公開日:2007年09月08日

●オープニング

 男は1人、歩いていた。何かに迷っているような足取りで。
 男の名はエアク・ウェルナー―――否、クウェル・ナーリシェンという。


「‥‥‥クウェル・ナーリシェン、ですか?」
 クウェルはそう聞かれた事を思い出す。自分が名を偽っていた事を、その理由を聞かれた事を。
「名を偽っていたというわけか。しかし、何故そんな事を?」
「‥‥過去を捨てたかったから、かな」
「過去を捨てる?」
 その言葉を聞いた女性が過去を捨てるという言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「俺は‥‥昔、キャメロットで騎士をしていた。だが‥‥」
「だが?」
「今年の3月終わりに起きた事件、覚えているか?」
「まさか‥‥」
 確かにその時期に大きな事件が起きている。国を揺さぶる程の、だ。
「マレアガンス城攻略戦。俺も‥‥それに参加していた」
 感情を押し殺したような声で淡々と語るクウェル。顔は下を向いていて表情を察する事はできない。
「結果としては確かにアーサー王が勝った。‥‥だがな、全ての兵が勝ったわけじゃないんだ」
 クウェルが顔を上げる。その顔は何かを悟ったような‥‥むしろ諦めたような顔をしていた。
「俺が所属していた部隊は‥‥俺以外皆死んでしまった。俺の‥‥目の前で‥‥」
 腰に差している短剣を引き抜き、じっと見つめるクウェル。その短剣は‥‥彼の仲間の形見なのだ。
「そして、騎士をやめて名前を偽ってここブライトンにやってきた‥‥というわけですか?」
「あぁ、怖気ついた‥‥のかな、命のやり取りに対して。ブライトンは俺の故郷だし、逃げ帰るにはちょうどいいってな」
 だが、現実には彼はまた剣を取ってしまった。1人の女性の手によって。
「それで‥‥あなたはこれからどうするつもりなのかしら?」
「どう‥‥するんだろうなぁ。まったく、立派に騎士やってる妹に合わせる顔が無いな」
「そんな事‥‥。だって、クウェルさんは今自分の足で立ってるじゃないですか」
 これからの事。それは剣を取り、立ち上がったクウェルが考えなければいけない事。
 クウェルに対するフォローも、クウェルはどう受け取っているのか。
 そしてしばらく訪れる沈黙。語るべき事はもう無いというように、クウェルはその場にいる者達に背を向けて歩き出す。
 そんなクウェルにある1人が声をかける。
「これから‥‥何と呼べばよいのでしょうか?」
「‥‥クウェル・ナーリシェン、クウェルで結構だ」
 その名乗りは彼の意思を表しているのだろうか。


 過去の回想が終わり、クウェルの意思は現実へと引き戻される。引き戻した理由は目の前に聳え立つ大きな建物‥‥ブライトン領主の屋敷。その目の前まで来たところで、彼は足を止める。
 そんな彼の元に警備の男がやってくる。剣を携えた見知らぬ男が領主の屋敷に立っているのだ。不審に思うのも当然だろう。
 だがクウェルは物怖じする事なく簡潔に用件を告げる。領主に会いたい、と。
 当然、警備の男は鼻で笑い、クウェルを追い返そうとする―――だが。
「いいわ、入ってもらって」
 凛と響く女性の声が屋敷の玄関から聞こえてくる。そこに立っていたのは1人の女性である。
 腰まで届く銀色のウェーブがかった髪。手入れが行き届いている白い肌。整った顔立ち。そしてそれらに相応しい青を基調とした上品なドレスを身に纏った女性だった。
 警備の男は女性の言葉に驚きつつも、渋々といった様子で彼女に従い、クウェルを中に引き入れる。つまり、女性はそれを命令するだけの身分の持ち主となる。
 女性の名はセアラ―――否、ライカ・アムテリア。ブライトンの領主である。

 そしてクウェルはある部屋に案内される。部屋の真ん中には客をもてなす為と思われる椅子とテーブルがあるが、基本的には本棚などで部屋は埋まっており、何か作業をする時に使うのだろう机もあった。椅子に座れば扉の方を向くように置いてある。所謂執務室である。それでもあたりにある調度品は素人目で見ても高価なものであり、さすがに領主の屋敷と思わせてくれる。
 そんな部屋には今、机の前の椅子に座るブライトン領主ライカと、立ったまま彼女と机越しに向かい合うクウェルが居た。
「まさか‥‥あんたがブライトン領主だったとはな。ブライトンの人間だったが気づけなかったよ」
「私が領主になったのは、あなたがブライトンに居ない時期だったからね。ブライトンに戻ってすぐの生きる気力もないあなたは領主が誰かなんてどうでもいい事でしょうし」
「‥‥まぁ、実際その通りだったんだがな」
 領主を前に全く動ずる事なく話しかけるクウェルに、そんな会話をどこか楽しんでいる様子のライカ。お互い、ある意味おかしな人物であった。
「‥‥で、だ。やっぱり気になるのは何故あんたがそんなに俺の事に詳しいんだって事なんだが」
「あら、私は領主よ? それくらい調べるのは簡単な事よ」
「いやだから、何故わざわざ俺の事を調べるんだって事なんだが」
 そう聞かれてもライカは返事をせずにただニコニコと笑みを返すだけ。いやよく見たら地味に怒りを押し隠してるような表情なのだが。具体的にその表情を読み取るとしたら、早く思い出せよこのバカ、といった感じになるだろう。
 だがクウェルにそんな表情を察する能力があるわけなく、そんなライカの様子を見て溜め息をついて肩を落とすばかり。
「‥‥うー。ともかく、聞きたい事ならこちらもあるわけだけど」
「人の質問答えてから質問しろよな‥‥」
 そんなクウェルの呟きは当然無視するライカ。ある意味偉い領主っぽい。

「あなたは‥‥いつまで腐っているつもりかしら?」

 それに対するクウェルの答えは―――。



 それから数日後、キャメロットギルドに1つの依頼が持ち込まれる。
 依頼人はブライトン領主、ライカ・アムテリア。といっても、依頼をしにきたのは彼女の使いである騎士なのだが。
「盗賊達の討伐‥‥ですか」
「はい、ここ最近活動が活発になってきてまして見過ごせない状況になってきましたので」
 依頼内容はブライトンの近くで活動する盗賊達の討伐。主にブライトン周囲の村を襲い、ブライトン自体に被害は無いが領主として勿論見過ごせる状況ではない。とはいってもブライトンの騎士達はブライトンの警備などから離れるわけにはいかない。なのでギルドに依頼が持ちこまれたというわけだ。
「一応、盗賊達の大まかな規模やアジトの目星はつけています」
 そう言いながら、使いの騎士が盗賊達についてつらつらと書いていく。
 数は8人前後、実力や所持武器などは分からないが騎士がいる所を極端に避ける為、騎士達より実力が上という事は恐らくないだろう。アジトは盗賊達の出没場所や発見情報などから考えて、とある山の麓あたりにあると思われる。アジトを見た者はいないので、どのようなアジトに住んでいるかは分からないが。そこから近場の村などを襲っているようだが、出没する日にちもまちまちでどの村を狙うのかも分からないから迎撃するには難しいだろうとの事。
「成る程‥‥」
 これらの情報を読んで、模擬戦闘とはいえ騎士を退けた冒険者ぐらいの実力なら大丈夫かな‥‥と受付係は目処をつけていく。
「あぁ、そうだ。1つ大事な事を忘れていました」
「何ですか?」
 使いの騎士が思い出したように言う。

「クウェル・ナーリシェンという男を同行させたいと思いますので」

●今回の参加者

 eb1476 本多 空矢(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2874 アレナサーラ・クレオポリス(27歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec1858 ジャンヌ・シェール(22歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec2025 陰守 辰太郎(59歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●再起に向けて
 キャメロットから南へ約3日程歩けば辿り着く都市、ブライトン。
 海に面している都市であるが、商業的には交易よりも漁業で主に栄えている地域だ。周辺の村もやはりそうで、村に関しては栄えているというわけではない。都市部であるブライトンだけが栄えてるのは、偶々多くの魚を捕る村に多くの漁師が集まり、更に規模が拡大していき、優れたリーダーが現れたからだ。
 そうして優れたリーダーが領主となり、ブライトンの領主は時代を追うごとに新たな世代へと移り変わってゆく。
 今の領主はライカ・アムテリアという女性。若くしてブライトンを治める事になり、民にとっては良い政治をしているといわれる。そんな彼女からギルドへと持ち込まれた盗賊を討伐するという依頼。それを受けた冒険者達は――過去にこの女性から偽名とはいえ依頼を受けているので、ブライトンに訪れた事がある――こうしてまたブライトンへとやってきたのだ。
 一先ず領主の屋敷へと向かった一行だが、改めて場所を指定してそこに集まるよう言われ、そこに移動する。
「お、いたいた」
 指定された待ち合わせ場所にやってきた冒険者にかけられる声。その声の元に振り返ると、そこに居たのは1人の男。真紅の髪に黒い瞳を持ち、鎧を着込んでおり腰には剣を差していた。騎士と言われても納得できる格好だろう。男の名はクウェル・ナーリシェン、今回の依頼の同行者である。
「お久しぶりです、クウェルさん! お元気でしたか?」
「あぁ。そっちも相変わらずのようだな」
 クウェルがこちらに歩いてくるのを見て、真っ先に声を返したのは若き騎士であるジャンヌ・シェール(ec1858)。いつも通り元気よくクウェルに挨拶しながら手を握る彼女。クウェルもそんなやり取りももう慣れたものなのか、うろたえる事なく返す。
 ジャンヌに続くようにマロース・フィリオネル(ec3138)もにこやかに笑いながら挨拶を交わす。
「今回もよろしくお願いします、エアク‥‥じゃなかった、クウェルさん」
「よろしくな。名前は‥‥まぁ、すぐに慣れるだろうさ」
「ふーん‥‥前向きになったのかしらね、クーちゃん」
 そんなどことなく前向きになったように見えるクウェルをからかうように言うのはフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)だ。相変わらず色っぽい雰囲気である。
「いや待て、クーちゃんって何だ」
「え、この呼び方で問題あるかしら?」
 当然のように呼び方に関して追求するクウェルだが、やはりフィオナもとぼける。クウェルの周りにはツッコミをさらりと流す女性が多い気がするが、気のせいだろう。
 はぁ、と説得する事を諦めて肩を落とすクウェルを慰めるようにアレナサーラ・クレオポリス(eb2874)が声をかける。
「え、えと‥‥あの呼び方は友好の証みたいなものだと思いますから、あまり気落ちしなくても。‥‥私もクーちゃんって呼んだ方がいいんでしょうか?」
「頼むからクウェルって呼んでくれ」
 例え親しい故の呼び方だとしても、男には簡単には譲れないものがある。‥‥フィオナには譲ってしまったが。
「私は‥‥まぁ、男にはクーちゃんなんて呼ばれたくないと思うので、普通に呼びますが」
「それ有りがたい。かなり有りがたい」
 いい年した男である陰守辰太郎(ec2025)はさすがにそこら辺は弁えているようだ。
「‥‥成る程、自分の足で立ってるようだな」
 そんなやり取りを見ていた本多空矢(eb1476)の一言。―――初めて出会った時に比べて、生気に満ちる顔を見て、だ。
「一度は臆病風に吹かれたとはいえ、また元の様に勇気を取り戻したというのならば結構な話だ」
「‥‥ま、お前らに結構背中押されたけどな」
 空矢のその言葉にクウェルが思い出すのは、落ちぶれていた時期か、それとも彼らと共に戦った日々か。
「ともかく、かのライカなる女領主がクウェルに対して結局のところ何を求めているのかという事が今一つはっきりしないのが考え所ではあるが、先ずは盗賊共を始末する事にしよう」
 場を纏めるように言い放つ空矢。
 とは言っても、各々がセブンリーグブーツなり馬なりで急いでやってきた為に、ブライトンに到着したのは本来の日程の1日前の夕方である。今すぐ盗賊討伐をするにしても微妙な時間だろう。
「何はともあれ、疲れを取ったらどうだ? ライカが宿を手配してるしな」
 ということでクウェルの提案は至極真っ当なものであった。
「それはありがたいですね。‥‥えっと、お金は?」
 一通り喜んだ後、宿泊代の事を気にするマロースだが、勿論ライカが宿泊代を払う事になっているから大丈夫である。

●潮風の中で
 手配された宿は海がすぐ傍にあるあまり大きくない宿であった。街の性質上、大きな宿泊施設が必要というわけでもないので、自然な事だろう。尤も、冒険者達が泊まるにはそれで十分なわけで。
 食事などを終えた彼らは翌日に向けての打ち合わせをする為に、一室に集まっていた。
「頼んでいた地図、借りてきたぞ」
 手に持っていた羊皮紙をテーブルに広げるクウェル。宿に来る前に地図を借りたいと頼まれた為に、事前にブライトン騎士団の方に頼んで、先ほど地図を持ってきてもらったのだ。
「ふむ、中々詳しいが‥‥これならいけるか?」
 空矢の言う通り、領主のところから借りただけあって、キャメロットの図書館で閲覧できるものよりは詳しく書かれている。とはいえ‥‥。
「‥‥駄目ですね。山の麓というのは分かりますが、それ以上は無理のようです」
 そう言うのは地図の上で振り子――ダウジングペンデュラム――を垂らしているジャンヌだ。振り子が指し示す一点は事前に教えられた盗賊達の住処があると言われてる山の麓。今広げてる地図ではそれは分かるのだが、山の麓の具体的にはどこにあるかはさすがに分からない。そもそも、そこまで詳しく書き込まれている地図が存在するかどうか。
「事前に聞いた情報が間違ってなかった、という確認もできましたし、とりあえずはこれで良しとしましょう」
 詳しい場所は特定できなかったが、それでもマロースの言うように前向きに考えれば、聞いた情報が間違ってなかったという証になるのだ。
「そうね。それじゃ、明日に関して打ち合わせましょう」
 フィオナが言い、一同はそれに頷き、明日に関して打ち合わせる。どのように調べるか、戦闘の時はどのように戦うか、などだ。
「っと、そうだ。リカバーポーションは常に1つは持っていて下さい」
「ん、あぁ、ありがとう」
 思い出したように荷物からリカバーポーションを取り出してクウェルに渡す辰太郎。過去にクウェルに対して色々渡してるあたり、太っ腹といえる。

 それからしばらく話し合い。
「では、これで打ち合わせは終わりですね」
「そうだな、明日に向けて体を休ませよう」
 話すべき事を話し終えたということで、アレナサーラが締めの言葉を言う。空矢も立ち上がり、皆に休む事を勧めながら自分の部屋へと戻る。
「んじゃ、俺も戻るかね」
「あ、クウェルさん‥‥」
 クウェルも自分の部屋に戻ろうかと立ち上がるが、そこをジャンヌが呼び止める。何の用かとクウェルが顔を向ければ。
「これから剣の稽古をしようと思うのですが‥‥相手をしていただけませんか?」
 立っているクウェルに対して、見上げるように頼むジャンヌ。別に今回は付き合う必要も無いし、ジャンヌの雰囲気的にも無理強いをするつもりはないように見える。だが‥‥。
「なんか‥‥断れないなぁ。分かった、付き合うよ」
「ありがとうございます、クウェルさん!」
 ふっと息を軽く吐くようにしてから笑いかけながら答えるクウェル。その答えを聞いてジャンヌは顔を輝かせながら立ち上がる。
 その後、2人が各々の武器を持って外に出る。目指す場所はすぐ傍にある砂浜だ。

 キンッ!
 夜の砂浜に、波がさざめく音に混じって剣がぶつかりあう音が響く。音の主はジャンヌとクウェルだ。
「っと、少し休憩するか」
「はい、そうですね」
 幾合か打ち合い、クウェルからの休憩の申し出。ジャンヌもそれを受け入れ、2人は剣を収め砂浜に腰を下ろす。
「クウェルさんは‥‥ブランクがあるというのにこの剣の腕、やっぱり凄いです」
 とうとジャンヌから漏れる言葉。本人的にはクウェルを励ますために言っているのだが、自分に思う事があってか、どことなく沈んだところがある。
「私は‥‥自分の剣の腕に自信が持てません。これからも剣を握ってやっていけるのか‥‥と」
 少しの、逡巡。
「今は未熟でも‥‥将来もそうとは限らないだろ? 俺があんたくらいの歳の時に比べて、あんたの方が十分腕は立つさ。ならこれから努力していけば少なくとも俺を超える事はできるわけで。努力次第でどうにでもなるさ」
 クウェルの出した答え。努力次第でどうにでもなる―――それはまるで自分にも言ってるようで。
「‥‥そうですね! これからも頑張ってみます。今まで練習に付き合っていただき、ありがとうございました!」
「あぁ、こちらこそ。‥‥んじゃ、とりあえずは練習再開するか」
「はい!」
 再び剣を抜き、打ち合う2人。2人とも実に晴れやかな顔で剣を振るっていた。
「‥‥青春ねぇ」
 目の良さを活かして地味に覗き見してたフィオナがぽつりと呟いたのだった。

●森の中へ
 そして夜が明け、冒険者達はブライトンを出発する。目指すは盗賊の住処がある山の麓だ。一行は特に問題が起こる事も無く、山に到着し、麓に広がる森の中へと入っていく。
 森は特に生い茂っているわけでもなく、程ほどの規模といっていいだろう。木漏れ日が冒険者達を照らす。
「空から様子を探るわね」
 フィオナは1人、シフールの飛行能力を活かして森の上空へと出る。そこからアジトの位置などを偵察する。
 他の冒険者達は森の中に落ちているものや、道の出来方などで人が通った痕跡を探して、盗賊達の居場所を探すようだ。
「この道‥‥怪しいですね」
「えぇ、獣が作ったものではありませんね」
 この時頼りになるのが、猟師としての技術も持っているマロースと辰太郎だ。的確に獣道かそうでないかを見分けていく。
「この道をそのまま進めば‥‥盗賊達に見つかる恐れがありますね。獣道などを通りましょう」
「安全性を考えればそうなるか‥‥」
 見つけた道をそのまま進めば盗賊達のアジトにも辿り着けるかもしれない。だが、普段使われている道という事はその道での急な鉢合わせも有り得るという事だ。マロースの提案に空矢も安全の為に頷く。
「‥‥おや、これは」
 ふと辰太郎が目ざとく道の端に落ちている衣服の切れ端を見つけ、拾う。盗賊の誰かが木の枝に引っ掛けたのだろうか。そしてペットの柴犬である虎牙に切れ端の臭いを嗅がせる。
「別の道からでも、アジトにいけるよう臭いを追わせましょう」
「犬って凄いんですね‥‥」
 犬の嗅覚ならばということで、辰太郎は虎牙に臭いを探らせるつもりのようだ。アレナサーラも犬の嗅覚に感嘆を洩らす。

 それからしばらく経っただろうか。
「あ、その辺り罠あるから気をつけてね」
 上空から罠を見つけたフィオナが、忠告をする為に仲間達のところまで降りてきた。このような感じでフィオナは罠を見つける度に仲間達に教えているのだが‥‥。
「なんだか罠が多くなってきましたね‥‥」
「ってことは、そろそろアジトも近いかもな」
 教えられた罠を避けながら言うジャンヌ。実際、彼女の言う通り罠が設置されている間隔は狭くなっており、その為フィオナが忠告をする機会も増えている。クウェルの言う事も中々的を射ているといっていいだろう。
「む、あれは‥‥‥」
 犬の虎牙の動きを見ていた辰太郎の視線の先にあったもの。‥‥それはこんな森の中には不似合いな大きめの小屋であった。
「あれが‥‥盗賊達のアジト、でしょうか」
 アレナサーラが誰ともなく確認するように口に出すが、それに応える者はなく。その沈黙が肯定を表していた。
「見える範囲に見張りは立っていないようだが‥‥」
「そういう事は私に任せて」
 小屋の周囲に誰か立っているかと目を凝らす空矢だが、ぱっと見ではいないように見える。更に確証を持つ為にフィオナが空から木々の葉に隠れるようにして飛びまわり、辺りを調べる。
「‥‥誰もいないようね。そして小屋の中からは‥‥」
 周りには誰も居ない事を入念に調べてから、慎重に小屋に近づき耳をそばだてるフィオナ。‥‥その結果、中から聞こえてきたのは数人の男達の笑い声。つまり、その小屋に誰かがいる事は確定なのだ。フィオナはその調査結果を仲間達の所に戻って伝える。
 その結果を聞いて、各々は十中八九盗賊達のアジトだろう小屋に突撃する為の準備を始める。武器の確認をしたり、連携の確認をしたり、辰太郎は周囲に簡単な罠を仕掛けたりしていた。
「準備はいいか‥‥?」
 クウェルの問いかけに、全員が頷いた。

●剣を握る
 小屋への接近は簡単であった。見張りも立てていなかったのはここまで外敵が来るとは思っていなかったからか、罠で知る事ができると思っていたからか。ともかく見張りがいないお陰ですぐ傍まで近づく事は容易であった。
「‥‥‥」
 無言で仲間達に目配せするのは先頭に立ち、扉を開けんとしている空矢だ。勿論仲間達も無言で頷く。中の人間が外の事に気づいてる様子は無い。
 一呼吸。
 ガチャッ!
 勢いよく扉を開けると同時に、中へ雪崩れ込む冒険者達!
「な、なんだぁ!?」
 中に居たのは8人の男達。人相や服装から判断したとしてもまともな仕事をしてる人のそれではない。そもそも小屋の中に‥‥明らかに剣や斧などの戦闘用の武器が置かれているのだ。盗賊と見なしていいだろう。盗賊達は部屋の中にいたからか、鎧をつけていない。
「あなた達がブライトンを荒らす盗賊達ですね。投降してもらいます」
 とはいっても、一応は確認を取るマロース。盗賊達は彼女の言葉に従う筈もなく武器を構える。つまり、これで盗賊と確定した。見たところ出入り口は冒険者達が入ってきた所以外には見当たらない。盗賊達が逃げ出すには冒険者達を突破しなくてはいけないのだ。
「いくぞ、てめぇら!」
「へい、お頭!」
 リーダーと思われる男が子分の男達に檄を飛ばす! 子分を先頭にして突っ込んできて、無理矢理にでも突破するつもりのようだ。
「そう簡単に突破させないわよ!」
 盗賊達が走ってくるのを見て、即座に魔法を完成させるフィオナ! 一瞬フィオナが淡い銀色に包まれかと思うと―――
「―――ぐっ!?」
 先頭を走る子分の1人がよろめいたと思ったら、その場で気絶してしまったのだ! フィオナが唱えた魔法はイリュージョン‥‥対象に幻覚を送り込む魔法。幻覚を実際にあった事と思い込む――例えばそう、大きな岩が頭にぶつかる幻覚を見てしまえば、その通り気絶してしまう魔法!
 先頭の1人が倒れはしたが、魔法の効果という事は分かっているのか、それとも分かっていないのか、とにかく冒険者に向けての足を止める事はない盗賊達!
「迎え撃つぞ、クウェル!」
「あ、あぁ!」
 それを最前線で迎撃するのは一行の中で前衛で戦える技術を持っている空矢とクウェル! 2人を援護するように仲間達は動く!
「ふっ―――燕返し!」
 1人の盗賊の前に立ちふさがり、盗賊が剣を振るう前に先に仕掛ける空矢。敵の態勢を崩す一撃を入れてから本命の強力な一撃を叩き込む彼の得意技が見事に盗賊の胴を切り裂く!
 舞う血飛沫。その一撃では盗賊は重傷を負ったが、それでも倒れずに剣を振るおうとする。
「させませんよ!」
 だがその攻撃を止める盗賊に突き刺さる矢! 放ったのは魔弓を構える辰太郎だ。その一撃により盗賊は剣を振るう前に床に倒れてしまう。ただ、血を流しながら――――。
「‥‥あ‥‥」
 クウェルはそんな血を流しながら倒れる盗賊を見ながら何を思ったのだろうか。その内容を察するのは表情だけでは窺い知れないだろう。だが、何かを思った事は確かで。―――戦場で余計な物思いに耽る暇なぞ無く。
 カキィィン!
 そんなクウェルの意識を現実へと引き戻したのは目の前で鳴る甲高い金属と金属のぶつかる音! 別の盗賊が隙ありとクウェルに向かって斧を振り下ろしたのを――マロースがアヴァロンの盾で受け止めたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「あ‥‥あぁ‥‥」
「くっ‥‥!」
 クウェルの返事に覇気は無く。その様子を見てとったジャンヌが剣を振り抜いて斧を持つ盗賊に向かって斬りつける! 盗賊の気はジャンヌへと向き、この隙にとマロースは魔法を唱え始める!
「うらあああぁぁあぁ!!」
 だがそんなマロースへと向けて剣を振るう更に別の盗賊。ある程度気を取り直したクウェルは剣を振り、その攻撃を受け止める!
「んだよ、てめぇ! 生き死にが怖いんなら出てくるんじゃねぇよ!!」
「‥‥っ!」
 罵倒する盗賊は何を思って言ったのか。こんな血を見て気を取られるような甘い男に剣を止められたからイラついて言った‥‥そんな単純なところだろうが、その言葉はクウェルの心に深く刺さる。
「―――彼の者を縛めよ、コアギュレイト!」
 そこにマロースの響く宣言するような声。それと同時にクウェルが相手をしていた男の剣に力が入らなくなる! コアギュレイトによる無力化である。
「ふっ――サンレーザー!」
 更に入り口のところで魔法を唱えていたアレナサーラの魔法が完成する! 太陽の光を捻じ曲げて光線で攻撃する魔法、サンレーザーだ。その魔法がジャンヌと戦闘していた盗賊の肌を焼け焦がし、ジャンヌを援護する!
「はぁ‥‥はぁ‥‥!」
 目の前の盗賊が無力になったのを見て、荒い息もそのままに前を見据えるクウェル。ただ剣を打ち合っただけなのにその息は不自然な程に荒れていて。彼の視線の先には2人の盗賊を相手にして防戦一方の空矢がいた。後衛へと敵を進ませない為である。そんな空矢を援護をしなければならない‥‥だが、彼の足は前に進まない。
「‥‥ねぇ、クーちゃん」
 と、そこにまた高速でイリュージョンを唱えて1人の盗賊を気絶させたフィオナがクウェルの隣までやってきていた。
「クーちゃん、あなたはマレアガンス城で戦った時何が怖かったの? 自分が死ぬこと? 生きること? それとも、仲間を守れなかったこと?」
「俺は‥‥‥」
 フィオナの問いかけ。それは命をかけて戦う事に関しての問いかけであり‥‥ここで剣を振るう意味への問いかけでもある。
「何にせよ、あなたが動けば必ず結果はついてくるものよ。多くの場合はいい方向にね」
 視線の先には傷つきながらも剣を振るう仲間達。前衛であるクウェルが剣を振るわない為に大きな負担を強いられている仲間。そしてクウェルの恐れる事は―――
「確かに‥‥動かないで後悔するよりは、動いて後悔した方が‥‥いいよな!」
 剣を強く握り締めるクウェル! そのまま空矢と並ぶように足を前に動かす!
「ふっ‥‥また臆病風に吹かれたと思ったが、それでこそ―――男だ!」
「あぁ、すまないな!」
 肩を並べて剣を振るう、空矢とクウェル! この時点で動ける数は冒険者達が上回っているのである。負ける要素なんて――無い!
「無理に倒さなくても、生かして捕縛して、しかるべきところに処分を一任する、という方法もありますから、
敵を無力化するだけでもいいんです」
「今は無理に相手を殺す必要はありませんよ。捕らえることができればそれで」
「分かった!」
 どことなく不安な所が残っていたクウェルが戦線復帰したのを見て、思考の逃げ道を作ってやるマロースと辰太郎。2人の言葉のお陰もあり、クウェルの振るう剣にも迷いは――無い!
「いくぞぉぉ!!」

●騎士道
 そして、冒険者達は大きな被害を受ける事もなく、無事盗賊達の討伐に成功した。小屋の中にいた者達は全員捕らえ、入念に脅して(フィオナを中心として)他にいないか確認を取った為、捕まえたので全てで間違いないだろう。
 一行は捕まえた盗賊達をブライトンの騎士団に引き渡す為に、ブライトンへと戻っていた。そうして騎士団へと盗賊達を引き渡している時にとうとかけられる声。
「お疲れ様ね」
 声に振り向くと、そこに立っていたのはブライトン領主。ライカ・アムテリア。
「時間あるなら、屋敷に来てみない?」
 そんなライカの提案を断るでもなく、一行は領主の屋敷へと案内されたのだった。

 一行が案内された部屋は所謂応接間といった感じだろうか。中々の広さを誇り、客を招くように椅子とテーブルが置いてある。
「まぁ、さっきも言ったけど。先ずはお疲れ様ね」
 にこやかに微笑みながら労いの言葉をかけるライカ。とはいっても今回の冒険者達の働きは彼女にとっては特に驚くものでもないようだ。冒険者達の実力は信じていたからなのだが。
「さて、ではどうせだから皆が気になってるだろう事を聞くか」
 冒険者の中で一番最初に口を開いたのは‥‥空矢だ。
「お前がクウェルを気にかける理由とは何だ? はっきり聞かせてもらおうか」
「あら、いきなり大事な所聞くわね」
 確かにそれがこの場にいる者の殆どが気になっている事だろう。当人であるクウェルも含めて、だ。
「そうそう、なぜあなたはクーちゃんのことを探ってたわけ? もしかして幼なじみで子供のころに『わたしね、おおきくなったらくーちゃんのおよめさんになる〜』って約束したとか? キャーっ♪」
「フィ、フィオナさん‥‥?」
 フィオナに至っては勝手な妄想まで始めてしまった。その脳内妄想を声色を変えてまで口にしてる暴走っぷりに、アレナサーラもたじたじだ。
「残念ながら、子供の頃はクーちゃんって呼んでないわね」
「つっこむ所が違うと思うんですけど!?」
 それに対するどこかずれたライカのツッコミに、マロースが更に的確にツッコミを入れる。
「えーと、いや、待て。‥‥‥今の口ぶりからすると、俺、子供の頃に出会ってるのか?」
 そんなライカの言葉の端から気になるところを拾い、聞くクウェル。
「‥‥‥」
「な、何だよ」
 それを聞いてじとーっとした視線でクウェルを見るライカ。その表情を言葉にするとしたら、やっぱりまだ思い出さないのかよお前、といった感じだ。
「ねぇ、聞いてくださいよ、ちょっと。あの人子供の頃交わした約束とか全部きっぱりすっぱり忘れてるんですよ? やーねぇ」
「は、はぁ‥‥‥」
 まるで井戸端で世間話をする中年女性のような話し方でジャンヌに振るライカだが、勿論ジャンヌはどう反応していいのか困るだけだ。
「‥‥ふぅ、仕方ないわね。あなたが幼い頃‥‥騎士になろうと思ったのは何故かしら?」
 自力で思い出してもらうのを諦めたのか、溜め息をついてからクウェルの顔を真正面から見据えて問いかけるライカ。
「え、確か‥‥‥」
 クウェルの意識は過去の記憶へと飛ぶ。


「私ね、将来大きくなったらこの街の皆を守る人になるんだ!」
「へぇー、凄いなぁ」
「‥‥でも、私を守ってくれる人はその時いるのかなぁ」
「―――だったら、俺が守ってやるよ!」


「ああああああぁぁぁー!?」
 クウェルの意識が現実へと戻る。そして思い出した、騎士になろうと思ったときの事をその場にいる者に話す。すると‥‥。
「いや、それは‥‥」
「さすがに‥‥」
「擁護のしようもなく‥‥」
「クーちゃんが‥‥」
「悪い‥‥」
「ですね‥‥」
「あれ、共に戦った仲間達にまでぼろぼろに言われてるよ!?」
 それを聞いた冒険者としても、そんな約束はさすがに忘れる方が悪い‥‥という意見で一致のようだ。
「そんな約束をした人が、キャメロットで騎士になったという話を聞いて、こっちに戻ってくるのを期待して待ってたら、確かに戻ってきたけどあんな状態‥‥じゃねぇ?」
「確かに‥‥そのまま放っておきたくはないですね」
 ライカの口から話されるクウェルに関わってきた理由。それを聞いて納得するアレナサーラ。
「ふぅ‥‥で、結局、クウェルさんはブライトンに仕官する気はあるのですか? 過去なんか私が知ったことではないからね。冒険者のままでも気楽だし、助けを求める声には束縛されずに対応できるでしょう。しかし、騎士でなければできないこともあります。どちらにもメリット、デメリットがあるのです。あなたが求めるのはどちらですか?」
 そう、まるで突き放すようにクウェルに問う辰太郎。
「前の様に騎士として生きるも良し、冒険者として弱者の為に尽くすのも良かろう。己の矜持のままに生きるが良いさ」
 空矢も同じく、クウェルに今後どうするかを問う。
「俺は―――ブライトンの騎士として、生きる」
 それがクウェルの出した答えであった。


 その後、クウェルはライカによりブライトンの騎士へと任じられた。本来ならブライトンの騎士団に編入される筈だが、ライカの意向により、彼女のお付きの護衛となったようである。
 どうも、それにはそれで理由があるようだが‥‥ライカの事だからきっと大したことではないかもしれない。
 こうして、民を守る1人の女性を守る、1人の騎士が生まれた。
「‥‥うーん、それにしてもライカさんにブライトンの特産品を聞いたらお魚って言われましたけど、どんなのがいいんでしょう」
 今後、彼らがどうなっていくのかと思いつつ、港町での買い物を楽しむジャンヌであった。