【長屋の姉妹】不安、ところにより不穏

■シリーズシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月09日〜10月14日

リプレイ公開日:2005年10月20日

●オープニング

 最近、この辺では殺人事件が起きている。何やら凄腕の仕業のようで、いまだに犯人は捕まっていない。

「ここが、石田扶美さんのお宅ですか?」
 だから、私は玄関から聞こえたその声を警戒した。戸をそーっと開けて見てみると、そこにはすらっとしていて、優しそうで、着ている物からしてお金持ちそうで、品がよさそうで‥‥、とにかく、好青年であった、ということで。
「そうですよ、今はいませんけど」
 戸を開けて私は言う。姉さんは只今外出中。行き先は聞いていなかったので、何処にいるかはわからない。
「そうですか。ええと、あなたが薬草師をしている妹さん‥‥早苗さんですね」
 私はこの人と会うのは初めてだ。なのに何でこの人は私の事を知っているの? 私は少なからず警戒心を面に出しみたいだ。その人は、私を安心させるように、柔和な笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「僕の名前は大沼善久と言います。何故貴方の事を知っているかと申しますと‥‥、まぁ、僕は貴方の姉、扶美さんと浅からぬ縁があるから、とでも言っておきましょうか。」
「浅からぬ、縁?」
「はい。今ここで具体的に言わなくても、時が来れば、貴方にもわかる事ですが」
 姉さんくらいの年齢で、浅からぬ縁の男性‥‥と言ったら!
「もしや姉さんがお嫁に!」
「本人がいないところで、話を進めないでほしいわ」
 慌てふためきながら言っていた私の後ろから、声が聞こえた。姉さんだ。
「こんにちは、扶美さん。‥‥お仕事から帰ってきたところですか?」
「え、姉さん。また何か内職を請け負ってきたの?」
「‥‥ええ」
 姉さんは自分の長髪を左手で撫でながら言う。ううーん、いつ見ても、不思議で理不尽な位サラサラな長髪だ。
「これからも、お仕事頑張ってください。そして、これからも宜しくお願い致しま―」
 善久さんが姉さんに歩み寄りながら言い、肩に手をかけようとしたその時だった。姉さんは、肩に近付いた善久さんの手首を掴み取るとその刹那、善久さんの足は地から離れていた。再び地につく時は、体から。着地には派手な音と土ぼこりが伴った。
 見事な、いや、見事過ぎる背負い投げ。つくづく、普通の人とは思えない姉さんの身のこなし。
「いやはや‥‥こんな所での乱暴は、如何なものかと」
「用は何? 何も無かったら帰ってもらえる?」
「これから末永いお付き合いになると思いますので、挨拶でも。と思ったのですが、もし気に触れてしまったのなら、ここで失礼します。‥‥妹さんの顔を見る事もできましたし」
「‥‥帰って」
 姉は強気な口調のままだった。でも、表情といったら‥‥どこか、懇願するような、普段見せない表情だった。
「それでは今日はこの辺りで‥‥」
 善久さんは、軽い会釈を済ませると踵を返し、長屋から離れていった。私はその方向を暫く見つめながら考えた。‥‥『末永く』ということは、やっぱり―
「早苗」
「は、はいはい!」
 思考は、私を呼ぶ姉さんの声によって遮られた。
「余計な事を考える必要はないわ。そしてヒトの事情に深入りしないこと。貴女はいつも通り、薬草を採っていればいいのよ」
 いつにも増してぶっきらぼうな姉。私の方を向きもせずに家に入ろうとする。
「ちょ‥‥、そんな言い方しなくたって!」
 私は思わず叫んでしまった。こっちを向いた姉は無表情、故に、怖い! さて、飛んでくるのは拳骨か手刀か‥‥。
「立派な薬草師になるのよ、早苗」
 予想外。身構える私にそれだけ言って、姉は家に入った。
 ‥‥うーん、腑に落ちない事ばかり。かといって姉さんは話してくれなそうだし。こうなったら、行く所は唯一つ!
 あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は石田早苗。十七歳の、華も恥らう乙女‥‥なんて自分で行ったら誇張表現か、さすがに。
 とにかく、冒険者ギルドに向かって走り出している薬草師の少女。それが、私だ。


「‥‥というわけで、この人について調べてください。できれば、姉さんとの関係も」
 冒険者ギルドで、早苗は係員に一通りの説明をし終えた。
「大沼‥‥これまたイワク付きの名が出てきたもんだ」
「どういう事ですか?」
「こいつの親父がそれなりの規模の商人なんだ。が、様々な悪事の容疑がかかったまま、現在逃走中でな。んで、息子の善久が商売を継いだ、という話だ」
 早苗は不安な色を濃くした。
「息子の方には、現段階では噂しかないが‥‥火のない所に煙は立たないと思うぞ。件の殺人事件は、まだ続いているしな。しかもその被害者は、元を辿れば全員、大沼家に何かしら害のある存在というのがまたキナ臭い」
「姉さん。そんな人と‥‥一体何が?」

 係員は、相手にこちらの動きを察知されないように、密かに有志を募った。
『依頼内容:商人、大沼善久の身辺、及び昨今発生している殺人事件に関する調査』

●今回の参加者

 ea3192 山内 峰城(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8445 小坂部 小源太(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9276 綿津 零湖(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2033 緒環 瑞巴(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2613 ルゥナ・アギト(27歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb2690 紫電 光(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3297 鷺宮 夕妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「市中警備の依頼では、ご助力頂きありがとうございました」
 綿津零湖(ea9276)は丁寧に頭を垂らすと、小坂部小源太(ea8445)も礼で返す。
「維新組の一員として、この不穏な動きは見過ごせませんからね」
 たおやかな声で言う小源太に、山内峰城(ea3192)は明るい声色で言葉をつなげた。
「ま、てきとーにしっかり調べるとしますか」
「それは、どちらですか?」
 おちゃらけた口調の峰城に、ゆったりと言う零湖は別段怒った風ではなかった。恐らく、純粋に疑問として聞いているのだろう。
「いやいや勿論やることはしっかりやるさ。ほっといて再発したら気分悪いし」
「ですね。早期の解決に尽力致しましょう」
「それでは各々の動きに移行しますか。僕は、商人の組合と被害者の商人の遺族の所に‥‥」
「さて、ギルドでの集合までに有意義な情報得られるように頑張るぞーっと」
 鷺宮夕妃(eb3297)は密かに調査するということで、既に行動中。三人も順次散っていった。

「このようなお手間を掛けさせてしまった非礼を、予めお詫びさせていただきます」
「いえいえ、私が出した依頼なんだし、協力は惜しみませんよ」
 緒環瑞巴(eb2033)達数人で長屋に向かい早苗を連れると、ギルドでエンド・ラストワード(eb3614)と合流して、そこから更に場を移した。現在一行は、茶屋の奥座敷に座っている。紫電光(eb2690)が用意した饅頭を摘みながら暫くの雑談後、本題に入る。
「さなえ。お前の姉、いったいなんの仕事してる?」
ルゥナ・アギト(eb2613)はたどたどしいジャパン語で聞く。
「普段は普通の内職をしているよ。笠や草鞋編んでいたり‥‥」
「普通の、ですか」と反芻するようにエンドが呟き、次の質問を投げかける。質問を繰り返した結果、普段請け負っている内職自体には怪しい点は無かった。しかし。
「んー、長屋には大沼さんみたいな人、よく来るのかなぁ」
「おーぬま、凄腕の仕事人、ふみの内職‥‥」
 瑞巴の言葉の後、連想した事を包み隠さず言うルゥナ。言って、後悔した。早苗も勘が悪いようでは無いらしく、その言葉で、面持ちは沈痛なものとなった。
「が、がう! な、なんでもないぞ!! そ、そんなことよりひかり、こげんたといちゃいちゃか?」
「なッ、なんでソコで私に話ふるのー!?」
「光ちゃん、一旦落ち着いてー! あ、でも小源太さんとの進展具合は、何気に気になるかも」
 騒がしくなった所でエンドが(心なしか強めの)咳払いをして、場を鎮めた。
「それでは、質問を続けます‥‥」
 そうしてわかったことは、扶美は内職の合間にふらっと家を出ることがあり、昼の場合はすぐに帰ってくるものの、夜に出た場合は長時間の外出になることもあるらしい。尚、早苗は姉がどこに行くのか気になって(聞いても教えてくれなかったので)一回尾行しようとしたが、すぐに気付かれたらしい。
「私、拾われっ子だから、兄弟って羨ましいな」
 質問に一段落付けてお茶を啜っている時、フと瑞巴が呟いた。
「そうなの‥‥さっきはごめんね、変な顔見せちゃって」
「いいいのいいのっ。そういえば早苗ちゃんの両親ってどんな人なの?」
「んー、結構小さい時に家を出たから、あまり記憶に無かったり〜‥‥」
 何気なく話していた瑞巴に、浮かんできた疑問。
「‥‥早苗ちゃんがそんな小さい頃に、お姉さんと家を出たの?」
「うん、姉さんから聞く話だと。まぁ、姉さんに家の事しつこく聞こうとすると鉄拳飛んでくるから、私も詳しく知らないんだよねー」
「確かにあの拳向けられたら、言及したくなくなるよね」
 扶美の鉄拳制裁シーンを目の当たりにした事のある光は、思わずに頷き納得。
「今ある家財だって、父さんが残した物って言ってたけど、どうなんだろ。もしかして、姉さん父さんと喧嘩して、腹いせに財産と私を奪って家出したとかねー」
「? なんでさなえを奪うんだ?」
 ルゥナが首をかしげながら言うと、早苗はあさっての方向見ながら頬に両手を当てて言う。
「だって、私みたいなカワイイ女の子が突然いなくなったんですもの、きっと父さんの悲しみは計り知れなかったと思うわー」
(「早苗ちゃん元気ないように見えたけど、まだ大丈夫そうで良かった」)
 悪ノリとも言える自己陶酔中の早苗を見て、瑞巴は苦笑しながら、ちょっとだけ安心した。

「‥‥我々が知れた情報は以上です」
 ここは冒険者ギルド。冒険者達は集まり、各々が得た情報を交換していた。たった今エンドが茶屋での事を報告し終えた所だ。
「うちの方は、『これ!』って言える確定的な情報は得られんかった〜」
 肩を落としながら言う夕妃。忍び足で速く走るのが難しいように、慎重というのは技術がないと踏み込んだ調査は難しい。
 しかし。
「ただな、一つだけ疑問があったんや。大沼の屋敷から、書簡っぽいモン持った男が出て行った。普通手紙なら、飛脚に頼むもんやろ?」
「たしかに不自然ではありますね。その使いをよく見かけるか等も、明日調べられたら、調べましょう。とりあえず、私の方では、事件の開始時期を知る事ができました」
 零湖による時期の報告を聞いく小源太。峰城から『以前夜に会った女性』の顔を絵に描いてもらって、それが扶美だという事も、既に確認済みだ。
(「連続殺人の有力な容疑者かもしれませんが、まだ実行犯とは断定できません」)
 彼は心の中で呟いた、自分に言い聞かせるように。
「どうしたんですか、小源太さん? 次、小源太さんの番ですよ」
「‥‥ああ、そうですね」
 光に言われ小源太も報告を始める。
「僕が調べた限りでは、以前殺された商人は大沼の父親の邪魔になる存在の者が多かったようです。また彼にはその殺人云々以外にも、賄賂や堅気ではない人間との関係が噂の後ろに見え隠れしましたが、こちらは確定する証拠を得る事は得る事が出ませんでした」
「ま、とりあえずオヤジの方は評判悪かったみたいだな。うん、これは言える」
 町を警邏しながら、同じく情報を集めていた峰城は、付け足すように話した。
「逆に、息子の善久は人当たりの良い人間らしく、それほど嫌われ者って感じではなかったかな」
「まぁ、父親が父親で、尚且つ事件が続いているので、噂は絶えませんが」
 今度は小源太が、言葉を付け加える。
「じゃ、引き続き調査やね。まだまだ日はあるさかい、頑張っていこ」
「あ、明日から私、夕妃さんに加わって大沼の屋敷の事を調べるよ。その後、京都見回り組にでも行ってみようかな」
「ルゥナも、光と一緒で、ゆうひみたいにおーぬまのこと調べる」
「今日の段階ではここまででしょうか。‥‥それでは、明日からも頑張っていきましょう」
 エンドが締めの言葉を持って、ギルドの集合を解いた。

次の日以降も調査するものの、噂の領域を越えた情報は、なかなか得る事ができなかった。尤も、致命的な情報を噂として流布させているはずもない。
「うーん、結局元亭主の場所とかはわからへんか〜」
「でも、てがみ持ったやつ見たひと、けっこーいるみたいだな」
 確定的情報は少ない。が、噂を集めるうちに、冒険者達は各々、それとなくイメージを固めていった。

「‥‥お嬢さん、私に何か御用かな?」
 壮年の男に振り向きもせずに言われ動揺したものの、それを心の奥底にしまい込んで零湖は物陰から姿を現す。
「うーむ、忍者にでもつけられていたらきっと気付かなかったのだろうなぁ。まぁ偉そうに言ってはいるが気付いたのは今さっきだがね」
 許容範囲が広いのか、別段怒った様子も無いし追究してくる様子も、男にはない。むしろ、楽しそうに喋りまくっている。
「すいませんでした。あなたの命がもしや狙われるかと思い、暫く追わせて頂いていました」
 謝りながら言う零湖を、男は不思議そうな顔で見る。
「私の命が狙われている、というのは?」
「商人が殺される噂を、聞いた事がありませんか? 過去の事件を調べると、大沼と言う商家にとって目の上の瘤が被害者になっています。そしてこの辺りの商人の中で営業の伸び率を見てみると、大沼家についで高いのはあなたの所でした、坂田さん」
「初対面の相手に名前が知れているっていうのは、気持ちがいいものだね」
 坂田と呼ばれた男は、冗談か本気か、優越感に浸ったそぶりを見せる。
「では、蛇足かもしれないが一言、いいかい?」
「はい、何でしょうか?」
「もしかしたら、これからは狙われるのは大沼に都合の悪い人間だけでは無いかもしれない」
 何故でしょうか? と聞く前に少し考えると、零湖は口を開く。
「木は森の中に隠せ‥‥」
「うむ、誤魔化すために無関係の人を殺めるかもしれない」
 では、どうしろというのだろうか?
「確認させてもらうが、つまりキミ達は件の殺人事件を解決しようとしているのだろう?」
「ええ」
「腕に自信はあるかい?」
「私自身は誇れませんが、仲間の方々なら誇れます」
「良しっ。では、少し待ってくれないか。キミ達に協力しよう。それまでに次が起きなければいいのだがね‥‥」


 しかし願いに反し、翌日、死体が発見されてしまう。男の読み通り、商人ではない男が被害者となった。


(「それでも俺は、俺の出来る事をする」)
 夜の町を歩くのは、峰城。もう、以前の祭りも行われていない。因みに以前の祭りからは、大沼の関与は見受けられなかった。
「あら、あなたはいつかの‥‥」
「あ、ああ。久しぶりやな」
 突然後ろからの声に、峰城は思わずうろたえそうになった。振り向けば、あの日の夜見た顔。
 峰城は彼女に手を向け、言葉を出そうと口を開く。
「えー‥‥っと」
「‥‥何か?」
 正直、怪しくは思っている。
「‥ぁ‥‥っと‥‥」
「?」
 しかし、いきなり「あなたは暗殺者ですか?」などとは聞けない。
「‥‥かんざし、似合ってるね(‥‥何言ってるんだ俺は!?)」
「どうも、ありがとうございます」
 微笑まずに言う女性。
 気を取り直して彼女を眺めてみると、以前と同じく巾着袋と、面があった。
「あれ、お祭りはもう終わりなのに、なんでお面を?」
「‥‥趣味です」
「そ、そう」
 やや強引な言い放ち方とは思ったが、それを問い詰めるのも不自然かと思い、峰城は追求しなかった。
「この辺に家が近いので、何も無ければ‥‥。私の帰りが遅れると、妹が心配しそうなので」
「ああ、足を止めさせて悪かったね」
 そうして、彼の前を彼女が横切る。鬢付け油が、やけに芳しかった。やがて横顔は後姿になり、それを黙って見送‥‥
「妹さんが」
 ‥‥る事が出来ず、特に意図する所もないが声をかけてしまった。
「その妹さんが、好きかい? キミは」
 彼女の歩みは止まり、顔半分だけ峰城の方を向いた。
「ええ、‥‥そうね。たった一人の家族ですから」
 再び歩み出す彼女。そうしてやがて夜の黒しかなくなったその空間を、峰城は暫く瞳に収めて、立ち尽くすのだった。