【長屋の姉妹】‥‥故に死すべし

■シリーズシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月31日〜11月05日

リプレイ公開日:2005年11月08日

●オープニング

「絹、これほど素晴らしい素材は無い、そう思わないかい? 私はそう思う。光沢、軽さ、柔らかさ。高額な物であるにもかかわらず、絹にはそれらを度外視させる数々の魅力がある」
「ええ、その通りです。それに加えて、染色の上がりも良く心地よい弾力性もありますね。我が店舗でも、目玉商品として置かせていただいております」
 遊歩道を歩く二人。顔つきを見る限りでは、一人は三十代、傍らにいるもう一人は青年、といった年齢だろうか。青年に顔を向けないまま、「きれいなものだね」という男の言葉は、絹の事だろうか、はたまた、眺める風景の赤や黄の事だろうか。
「で、坂田さん。お話とは、何のことでしょうか」
 青年に坂田と呼ばれた男は、そのまま彼を見ずに、話し出した。
「ああ、つまらない質問をするが、キミはあの美しい絹を生み出してくれる、蚕という虫はご存知かいい?」
「ええ勿論」
 その青年は呉服屋の店主である。知っていて当たり前のような質問だが、彼は嫌な感情を微塵も出さず、むしろ爽やかな微笑を浮かべながら答える。
「さて、その蚕のことなのだが、以前こんな話を聞いた事がある。『蚕は絹であるその繭を取ると死んでしまう』らしいね」
「虫の生態については専門知識外ですので、申し訳ありませんが、その質問には自信を持ってお答えできませんね」
「そうかね。善久君は若くして博識なので詳しく知っているかと思ったのだが」
 苦笑して言う青年はどうやら善久と言う名らしい。善久の言葉を笑いながら返す坂田。声にも笑いにも嫌味は含まれていない。
 それは澄んだ秋空の下、和やかな談笑であった。
「‥‥キミから絹を取ってしまったら、キミも蚕のように死んでしまうのかな?」
 急な話過ぎて、善久は最初、相手が何を言わんとしているか理解できなかった。
「そうですね。もし絹が手に入らなくなったら、死ぬまでいかないものの、それはなかなか手痛い打撃となりますね」
 とりあえず善久は下手な深読みはせずに、感想をそのまま言う。
「まぁ、僕も蚕のように葉を食べて生きてゆければ、どんなに貧しくなっても食いはぐれることは無――」
「キミがお世話になっている養蚕家の絹は、私が独占した」
 笑顔に冗談を交えて穏やかな談笑の雰囲気を取り戻そうとした善久だったが、語尾は坂田の容赦の無い言葉によって遮られた。唖然としている善久は、坂田の言葉を反芻しているかのようだった。
「私のような物流によっても商いを営んでいる人間が、絹に目をつけるのがそれほど不思議かい? しかも、キミのお父様はなかなかイケナイ人だったようだね。これまでの遺恨がいまだ解消しておらず、このルートを失うと、キミの店には絹が入らなくなるそうじゃないか。キミの店は現在伸び盛り。あらたな事業開拓と商売敵への妨害が、それほど不思議かい?」


「こんな状態になってしまえば、流石に私を生かしてはおくまいよ。多少怪しまれても、背は腹に代えられるものでは無いからね」
「なんつーか、無茶というか、無謀と言うか」
 ここは冒険者ギルド。係員は、坂田からの話を聞くと、呆れながら呟いた。
「無茶なんかではないさ。冒険者の話を聞く限りだと、殺しは手紙によって依頼されているようなので、その場ですぐ、件の暗殺者がやってくることはないと思ったからね」
「でも無謀だろ。これからどうするんだよ」
「無謀でもない。そのために今日ここに来たのだよ?」
「‥‥結局冒険者頼りかよ」

●今回の参加者

 ea3192 山内 峰城(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8445 小坂部 小源太(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9276 綿津 零湖(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2033 緒環 瑞巴(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2613 ルゥナ・アギト(27歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb2690 紫電 光(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3297 鷺宮 夕妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「ううう〜、さかた、ばか。ばかばかばか! 無茶しすぎだぞ‥‥がう」
「はっはっは、じゃあキミ達が『無茶』を『勇敢』に変えてくれたまえ」
「まあそれもうちらを信じとるからやと受け取らせて貰うて、しっかり護衛させて頂きますわ」
「がぅ、さかたがやられないようにルゥナ達、しっかり守る」
 今回、坂田は事実上、劣り役を買って出た。勝手な行動であるそれに対する冒険者達の所存はそれぞれだが、『坂田を守る』という事では皆一致している。
 危ない橋を渡ろうとするにも関わらず、ルゥナ・アギト(eb2613)や鷺宮夕妃(eb3297)とともに相変わらずのお喋りをしている坂田を見て、事の発端は自分が坂田に情報を漏らしたからなのだろうか、と少なからず自責の念に駆られる綿津零湖(ea9276)。
「坂田さんの覚悟を無駄にしないよう、我々で情報収集と通路の下調べを行ってきました」
「ほう、なかなか周到な所があるようだね。どれ、何を得られたか聞こうか」
 自分の命が賭けられる事態だと言うのに、坂田は、まるで部下から業務報告を聞く様な口調で零湖を促した。
「まず被害者について。最近は大沼氏と無関係の者も殺害されていますが、その中には依然として、己の商売上の敵も含まれています」
「私のような存在への排除もしっかり続けている、ということだねぇ。うん、で、次をどうぞ」
「坂田さんがいつも行っている会合所から自宅までの帰路で、比較的町の明かりも届かなくなる暗がりがあります。ここを狙われる可能性は高いのですが、これを逆に利用して、相手の捕縛を考えています」
「尚、ここには身を潜める為に適当な茂みがあることも確認しています」
 小坂部小源太(ea8445)が零湖の説明に補足を添える。
「ああ、どうもご苦労だったね。従業員の服を貸してくれと言われた時は何事かと思ったが、そうか、冒険者が動いていないと思わせるために、か」
 坂田からの労いの言葉を受けると、紫電光(eb2690)が
「いいえ、こちらこそ貸してくれた事にお礼を言いたいくらいだよ〜」
 と、笑顔で返す。尤も、坂田から借りた従業員の服は質素なもので、『誰か』の気を引くには至らなかったが。
「私も宣教師の格好をして町を歩いた甲斐がありました」
 エンド・ラストワード(eb3614)、こちらは笑顔など無く、どことなく無感情な口調。
「どこまで有効かはわからないけど、今は護衛が手薄になっている旨を噂に流しておいたよ(うまく広まっていればいいんやけど‥‥いや、うまくいっているはずや!)」
 言いながら、山内峰城(ea3192)は自らの中から不安が浮かんできた、が、それを打ち消すようにプラス思考を試みていた。
「私たちは、努めて坂田さんの安全を確立するけど‥‥、それでも危ない事にはかわりないんだよ? どうして、坂田さんはそこまでするの?」
 嫌味や非難ではなく、純粋に彼を心配して緒環瑞巴(eb2033)は聞いてきた。
「理由は二つある。一つは、商人として、さ。善久君にも言った事と重複するが、新たな商品の獲得、そしてそれによって競争相手を貶められるなら、やらない手は無い。暗殺者を使うような気に食わない方法で成り上がろうとしている様な輩が相手なら、尚更さ。そして二つ目は‥‥」
 そこで坂田は一旦切って、苦笑する。自らの考えに、我ながら呆れたからだ。
「冒険者の活躍を、間近で見てみたいからさ」
 瑞巴は思った。
 一つ目が『商人として』だったら、二つは何として、だろうか。もし『坂田という一人の人間として』だとしたら、尚の事それに応えなくてならない、と。


「さーて、それでは行こうか。いや、『逝く』のではなく、『帰ろう』」
 危ないのは自分だというのに、口を塞ごうとしない坂田。
(「このおっさん、実は命狙われている自覚無いんちゃうか?」)
 と思ったが、
(「ん?」)
 坂田の手を見てみると、そこには汗。腕には鳥肌が立っていた。幾人もの人を葬ってきた相手に、今から自分は刃を向けられる。恐怖を感じないわけが、ない。
「坂田はん、これを」
「?」
 隠身の勾玉を、坂田に渡す夕妃。
「暗殺なんて真似、絶対うちらがさせんさかい」
「はっはっは、そうだね、大船に乗せていただきたいところだ」
「さて、それでは坂田さん、提灯を消して。ここに潜んでいてください」
 エンドに言われると口を塞ぎ、明かりを絶って物陰に隠れる坂田。
 事前の調べたポイントにいる、小源太、光、そして瑞巴。小源太の詠唱が終わると、燃えカスは形を成し、やがて人型になる。
 更に瑞巴のファンタズムが加わると、そこには佇む坂田の姿が出来上がる。
「ぅ〜、嫁入り前の乙女に男の人の用足し云々を聞かせないでぇぅ‥‥」
 恥じるような口調で言う光のそれを合図に、冒険者達はそこから離れた。
(「無防備な囮は作れた、護衛減員の噂も流した、これで、あとは囮を狙って出てきた所を‥‥」)
 ―――ガ!! 何かが地に着き刺さったような音。
 崩れる人型。
 零湖の思考が、途中で止まる。
(「これって!?」)
 瑞巴が目を凝らす。見えたのは、崩れた灰の上の手裏剣。
「くっ!」
 次に、短い悲鳴が届く。聞こえたのは、肩を押さえた小源太の声。飛んできた何かに反応すら出来なかった彼の肩から滴るものは、幾筋もの赤い線を作る。
 件の暗殺者だ!
 奇襲を受けた小源太をカバーするため、出てくる冒険者。囮による作戦がこのような形で終わってしまった以上、ずっと隠れてやり過ごす、というわけにもいかない。
 次が来る。
 空を切ったそれは光と夕妃の方向から、切り裂く音と、彼女らの声を出すに至る。
「くっそぅ、どこから!!」
 光は手裏剣を投擲された方向へ、反射的にソードボンバーを繰り出すが、手ごたえは、無い。
 シャドウバインディングによる束縛を試みるため、敵を確認しようと辺りを見渡す夕妃だが、その姿を視認できなかった。また、この暗闇の中では、闇の色に混じって、『対象の影』を確認することは難しいが。
 小源太は戦いに対する己の蒙昧さに舌打ちしながらインフラビジョンによって『眼』を得ようと詠唱にかかる。
 そう、冒険者達には、この闇の中で動くための『眼』が無い。現状では、相手の技量云々の前に、まず相手の姿を確認できないのだから話にならない。照明を用意しているわけでもなければ、それを補うための具体的な考えがあるわけでもない。夜目のきく優れた視力といっても、専門の領域に達しているのは瑞巴だけ。尤も、瑞巴のそれも、専門としての必要なレベルの最低限でしかない。
 一方相手は、小源太への先制攻撃、続く光、夕妃への攻撃の精度から考えれば、明らかに見えている。
 暗所にて、しかも凄腕の相手と戦うというのに、物心(ぶっしん)の備えが無さ過ぎたのだ。情報操作より、事前調査より、優先して考えておくべき事項がある。
 しかし、だからといってこのままみすみすやられる冒険者ではない。
(「出来れば‥‥、これは帰ってきてほしい、かな。痛そうだけど」)
 月光の明かり宿す矢は瑞巴から放たれる。指定は、『石田扶美』。
 それは、帰ってこない。対象の指定が適正だったことに、瑞巴は複雑な心境を隠しきれないでいたが、今は迫り来るであろう敵に神経を集中するように努める。
 ムーンアローが射られた方向から、気配が近付いてくる。位置を特定された以上、もう距離を置く必要は無いのだと判断したのだろう。
 迫る黒影は、抉るべくして切っ先をルゥナに伸ばす。
 視覚、嗅覚、聴覚、それらを全て敵に向けて、ルゥナは身構える。専門レベルではないそれらだが、完全なる不意打ちは、免れた。それでも、不利な状況は変わらず、且つ回避を許さない速度と精度を誇る敵の刃。黒い装束、黒い小面、それだけに手にした白刃が際立った。小太刀だろうか、忍者刀だろうか。
 肢体を半身にして逸らそうとするも、鋭き突きはルゥナの胸部を切り裂く。
(「――ッッ! でも、これで降参なんて、ルゥナ、いやだ!」)
 電撃のように迸った痛みに歯を食いしばりながら、ルゥナは拳を打ち込まんとする。相手はルゥナの踏み込みの段階で両手から放たれたそれらの軌道を読み、避け――られたと思ったその時、その踏み込みに変化が想定より一歩前に出る。既に回避し終えたその体に、彼女のナックルが一発入った。
 それでも、変則的な踏み込みのため腰に力が入りきらない攻撃であり、相手を止めるに至らない。すぐさま鋭利な刃が彼女に迫る。
 その刃が、まさか楽器に止められるとは、相手は考えていなかったらしい。
 既に『眼』を得た小源太のリュートべイルが辛うじて攻撃を防ぐ事に成功すると、相手の動きが一瞬止まる。
 そこから発せられた音を頼りに、零湖はダーツを投擲する。一瞬の隙をついた攻撃で、命中はした。しかし、相手はわざと避けなかったようだ。事実、ダーツでは決定打になりえない傷でしかない。が、零湖の手には既に氷点下のチャクラム。こちらが本命だ。ダーツの命中によって位置に確信を得ると、零湖のアイスチャクラが迫る。即座の投擲には、相手の足を狙う余裕は無かったが、暗所であるにも関わらず、アイスチャクラは避けようとした相手の腕を掠めた。
 ルゥナの治療をしながら暗殺者の動きを見ていたエンドは、寒気にも似たぞっとするモノを感じずにはいられなかった。避けも受けもままならない自分がコアギュレイトの射程まで相手に近付いたら、きっとルゥナ以上に深い傷を負っているだろう、と。
 ソードボンバーを放つ光だが、敵の回避力によってそれが命中することは阻まれる。避け、攻撃に移行しようとした、その時。
「もう、これで!」
 敵は声の元に振り向くが、鞘からはもう瞬速の太刀が走っている。峰城の居合抜きの太刀筋に眼が追いついてはいたが、回避の体勢が追いつかず、手に持つ刀で受け止めた。
「もう、終わりにしたらどうや、扶美はん。妹さんが、悲しむで!」
 峰城の言葉は、僅かではあるが、しかし確実に相手を動揺させた。
 が、しかしそれだけだ。
 刀を弾き、生じた峰城の隙に、横薙ぎの一閃。とっさに身を捩った峰城だったが、地を赤で濡らす結果は免れなかった。
「ま、待つんや‥‥このままやと」
 峰城は呪った、この傷で跪く自分を。
 治療のため駆け寄ってくるエンドと反対に、撤退するべく暗殺者はこちらに背を向ける。
『扶美はん!』
 言葉が脳へダイレクトに伝わるような違和感に、暗殺者は思わず足を止めた。テレパシーによる思念会話。夕妃の術だ。
『大沼に何か言われてこんな事してはるんか!? だとしても、他に道があるはずや、こんな殺戮を繰り返す事なんて、絶対間違いや!』
 面により顔は見えない、見えない、が、表情を変えるはずの無い小面が、悲しげな貌になったような錯覚さえ感じた。
 暗殺者は、長い己の髪を撫でて、そして去っていく。左手で撫でて、去っていった。
 瑞巴が最後ムーンアローを放つも、与えられる傷は浅く。結局その撤退をとめることは出来ない。

「止める事が、出来なかった‥‥」
 激情にかられた口調でもなく、悔やみ泣き付くような口調でもなく、ただ、事実を反芻するようにして呟く峰城。
「ふみじゃなきゃいい、って、思っていたんだけどな」
 ルゥナは、彼女にしては力ない口上でそう言った。
 捕縛の失敗と、暗殺者が扶美である事の確定‥‥。この二つの事実が、冒険者達の上に重くのしかかった。
「いやぁ、大変なご様子だね」
 普段と変わらない調子なのは、坂田だけだ。
「ごめんなさい、坂田さん。私の力不足で‥‥捕まえられなくて」
「光さんだけの責任ではありません。我々全体で至らぬところがあり、結果‥‥、暗殺者の捕縛に失敗してしまいました。ご期待に応えられず、誠に申し訳ありませんでした」
 言いながら、深々と頭を下げる小源太。
「いやいや小源太君、顔を上げたまえ。そして見たまえ」
 小源太の視線を自分へ向けられると坂田は微笑みながら言う。
「あの暗がりを抜けた後でもこの通り、私は傷一つ無い。とりあえず、今はこれでいいのではないかな?」
 そうして冒険者達は数多くの傷を負いながらも、坂田は無事に、帰路についたのだった。

「そういえば、坂田さん。お話したいことがあります。少々お力を借りたいのですが‥‥」
「そこまで遠慮する必要は無いよ。で、何かな?」
 最後に、とエンドが話を持ちかけ、それを聞いた坂田も納得するととともにすぐ、ある長屋の一角に使いを差し向ける。

 大沼の刺客が、誰もいない長屋の戸を叩いたのは、次の日の朝のことだった。