【長屋の姉妹】解呪

■シリーズシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:9人

サポート参加人数:5人

冒険期間:12月23日〜12月28日

リプレイ公開日:2006年01月05日

●オープニング

 むかしむかし、殺しを仕事にする一族がいました。それを辞めて農家となろうとした代もありましたが、既に様々な偉い人達は一族のお世話になっていたので、許すはずもありません。耕した田は全て、偉い人達によって石で埋め尽くされました。そうして一族には末代までその事を忘れさせないように『石田』という姓を与えられました。
 『石田』によって一族は平穏を諦め、また、黒い繋がりを以って偉い人達に仕える事に抗う事を諦めました。

 妹を連れて、一族から抜け出した一人を除いて。

「最後に聞いておきたい事がある。なんであんな小娘を狙う?」
 小僧が何を偉そうに、と同時に、最後とはどういうことだろうか、と僕は思う。こちらとの契約を破棄するつもりか‥‥。まぁ、もとより使い捨てる予定だ、駒に他はある。特に問題は無い。
「で、どうなんよ? 実際のところ」
 傍らにいる頭の悪そうな大男に問われ、僕の口はようよう開かれた。
「わかりました。では最後にお教え致しましょう。貴方達の余所者は知らないかもしれませんが、石田といえば、権力者お抱えの暗殺者一家の一つです。早苗さんの姉が家業をしっかり継いでいるので、彼女を動かすために早苗さんの身柄の確保を考えました。まぁ、姉の方も、早苗さんが人質ということには気付いていますけどね。それと‥‥」
 やはり秘密は、いい。それをブチ撒けた時の爽快感と言ったら、比べるものがない。‥‥と、悦に入るのは、仕上げを終えてからにしよう。
「それと、早苗さん自身も石田一族の者です、今は薬草師をなさっているということで。もしや毒薬に熟知しているかもしれません。その場合はその場合で、使えます」
 尤も、何にも使えない女だったら、体に値札を張らせていただくがな。
 言いながら、僕は周囲に配置されている部下へと目配せする。後は指先一つで、彼等は物言わぬ死体だ。死体は秘密を漏らさない。
「なんだ、やっぱ大した事ない理由だったな。じゃ、もういいだろ孝太郎。俺達へ渡した情報が可笑しかった理由も、どうせ大した事ないだろうよ」
「いいよ別に。元から聞く気なかったから」
 男は抱えていた包み物を肩から外す。嫌な予感がする、サインを――視界が真っ白になった。野郎、布を投げつけやがった! 許さねぇ、サインを出す!
「あれ?」
 頓狂な声は僕だ。いつの間にか、僕の顔の横に地面がある。いつの間にか、腰から下辺りが、熱い。
「あれ?」
 頓狂な声は僕だ。いつの間にか、僕の目の前に、意味不明なモノがある。これは‥‥足。‥‥足だけ? いつのまにか、大男の斧の刃は赤くなっていた。その微笑は、ゾっとするほど冷笑的だった。
「‥‥あれぇええ!?」
 頓狂な叫びは、僕だ。いつの間にか、僕の身体は二つになっていた。


「一人逃がしたか」
「さぁ、明日から俺達賞金首生活だなっ。張り切っていこうぜ!」
「今はマジでお前の能天気さが羨ましいよ」
 斧を持つ男は、その巨躯に供えられた筋力を遺憾なく発揮し、刺客を次々と肉塊に変えた。一方、少年はその大男を支援する形で立ち回って今に至る。
「さて、あんたはどうするね。パっと見、他の奴らと一線を画しているようだが?」
 どうやら相手は、こちらの実力を測れる程の実力を有している様子。
「私は‥‥、もういいわ。どうぞ殺して」
 小面をとって私は言う。無意識に左手が自分の髪を撫でていた。
大沼の始末は彼らがしてくれた。ならもう私がいる必要も無い。早苗なら、一人でもやっていける‥‥、いえ、彼女の周りには沢山の人達がいる。いずれどこかの家に嫁に入り、持ち前の明るさで、幸せな家庭を築いていけると思う。
 そう、『石田』は私で終わりだ。私一人の死で『石田』の罪が帳消しになるとは思えないが、そこは、まぁ、地獄で閻魔がよろしくしてくれるはず。
「あー、‥‥疲れたな、アウディ」
 少年は背を向けると、ぶっきらぼうに言い放った。
「ん、‥‥そうだなぁ。じゃ、帰るか。子供はもう寝る時間だしなぁ」
「おい! てめぇまで子供扱いか!? もうお前の事、フレッガ二号って呼ぶから」
「いや、すまんっ。謝るからそれだけは勘弁!」
「勘弁ならねぇ」
「‥‥ちょっと?」
「そこをなんとか!」
「無理ー。絶対無理〜。」
「‥‥、ちょっと‥‥」
「今度、月餅『玉兎』六個セット奢るからさ〜ぁ」
「無理ー。っていうか、茶菓子で釣ろうとしている時点で、子供扱いに変わりねぇじゃねぇかよ、え? フレッガニ号君? せめて寿司でも奢れや」
「ちょっと、ってば!!」
「「は、はい!?」」
 全く、なんなのよ、この二人は。人が真剣に話している時にっ!
「えーっと。あのさぁ、いくら殺しを頼まれても、無抵抗の女殺すってのは、なんか‥‥抵抗があるっつーか」
「貴方、裏に携わる人間でしょ? 今更何言っているのよ」
 私こそ、何言っているのだろう。とても死を懇願する人間の態度と台詞じゃない。
「よし、困った時は冒険者だ」
 フレッガ二号さんは、そこはかとなく棒読みで言った。
「そうだ。よし、お前、日を決めて、その日に『赤谷大橋」って所に行け。そこに冒険者行くように俺達で仕向けるから、後はお前と冒険者で解決してくれ」
「そうだな、あこなら普段、人通りも殆ど無いし。ナイスアイディア、孝太郎ッ」
「だろ? 俺達一団の頭脳、二宮孝太郎を舐めんなよ、アウディ」
 お互い親指を立てながら勝手に話を進める孝太郎さんと、フレッガ二号さん改めアウディさん。
「ちょ―」
「賞金掛かかる前ギルド行かなきゃならんから、俺達はこれにて!」
「場所、間違えんなよ。じゃな」
 こっちの事などお構い無しに、二人の背中はみるみるうちに小さくなっていった。

 冒険者‥‥か。そういえば、早苗の周りには、多くの冒険者がいた。色々な人がいたけど、いい人達が多かった気がする‥‥忍者刀で斬りつけたりしておきながら、こんな事言うのもなんだけど。
「あの人達に未来を任せるのも、いいか」

「姉の場所がわかった。って言ったら、どうする」
「そこに行くよ、今すぐにでも!」
「そういうと思ったぜ。今から冒険者集めてやるよ」
 係員は流れるような手つきで、手際よく手続きを済ませると、「ああ、それと」と言って付け加える。
「姉を追う依頼も出ちまっているけど、こちらもやらなきゃいけない事をやったまでだ。申し訳ないとは思うが、了承してくれ」

●今回の参加者

 ea3192 山内 峰城(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8445 小坂部 小源太(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9276 綿津 零湖(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2033 緒環 瑞巴(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2277 レイムス・ドレイク(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2613 ルゥナ・アギト(27歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb2690 紫電 光(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3297 鷺宮 夕妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

草薙 北斗(ea5414)/ セレン・ウィン(ea9476)/ 能登 経平(ea9860)/ フィーナ・グリーン(eb2535)/ 李 麟(eb3143

●リプレイ本文

「お世話になりましたっ。面倒見てもらいっぱなしで面目無いです」
「私達からもお礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございました」
 目一杯、といった感じで頭を下げる早苗と共に、綿津零湖(ea9276)も一緒に礼の言葉を述べる。
坂田はそんな二人を見ながら、笑顔を見せながら言った。
「別に過去形にしなくてもいいんだがね。‥‥で、行くのかな?」
「わからない‥‥けど、まず姉さんに会いたい!」
「そうかね。では、いってらっしゃい。あ、それと、冒険者一同へ。キミ達の事だからまた色々と企んでいるのだろうけど、無理をしない程度にね」
「ああ、わかっている」
 相槌を打ちながら。無理をしない代わりに無茶ならするかもしれないが‥‥、という胸中を隠す山内峰城(ea3192)。
「さて、早々に動きましょうか。賽は既に投げられています」
「賽で嫌な目を見ないように、私達、頑張ならなきゃね」
 小坂部小源太(ea8445)と紫電光(eb2690)。
 そう。何もしなければ賽の目は然るべき目に止まるだろう。すなわち、扶美の死。
 これを変えようというのだから、とどのつまりそれはイカサマだ。だが、イカサマというのはえてして私財の為に用いられるものだが、決意を固める一同にそれは無かった。
 望は姉妹を呪いから解き放つ事。

 三度笠のせいで男の顔を確認する事は出来なかった。しかし、橋上ではなく両端から見張っている様子があるその男は帯刀している。扶美を討つために来た者だろう。
(「じゃ、私ちょっと行ってくる」)
 小声で言うと、光が男の方へ行った。どうやら一芝居うってくるようである。
 そして男は一通り見回すと、光と一緒に歩いていく。
「行ったようですね」
 零湖が、もう姿も見えなくなった事を確認した。
「‥‥姉さん」
「‥‥‥‥」
 物陰でやりすごした後、早苗は呟く。
「何かさ、色々あり過ぎて‥‥何から聞けばいいかわかんないや。‥‥どうして、こんなことになったんだろうね」
が、それに応えが返ってこない。
 寒さの中、風もない無音の空間。扶美は、ただ無言で俯いていた。
「なんで、何も話さない?」
 沈黙という名の空間の支配は、ルゥナ・アギト(eb2613)が純粋に感じた疑問によって、解かれた。
「今更‥‥何を話せばいいのかしら?」
 扶美は強がっているようだがそれ以上に、自嘲的だった。
「もう何も必要無い。あとは、私の死で全てが終わるわ」
「それだけは駄目だよ!」
 珍しく、緒環瑞巴(eb2033)が強く出てきた。
「なんにも知らなかった時から、早苗ちゃんとお姉ちゃんって仲良くていいなって思ってたんだよ。早苗ちゃんにとって扶美さんは掛け替えの無い存在‥‥そして、それは扶美さんにも言える事だと思う。二人の絆‥‥ほつれる所なんて見たくないよ‥‥」
 いつの間にか瑞巴の両目は潤んで、今にも雫が落ちそうだった。
「こんな朱(あか)い手の持ち主が絆を尊ぶ権利なんて‥‥無いわ」
 扶美は自らの、白い手を見つめる。白磁を思わせるそれの肌色に、付いている傷や硬化した皮膚はあまりにも似合っていなかった。

「私方向音痴でして‥‥。あのまま迷っていたら凍っちゃう所でした」
 隣を歩く赤髪の男は無言のまま。沈黙と自分が嘘をついている事に罪悪感を持つ光。
「そういえば‥‥最近物騒ですよねぇ」
 男が追っ手の冒険者と予想したうえで、光は相手の心情を推し量るために話題を振った。すると今度は反応があった。尤も、こちらに瞳を向けただけだが。
「この前もまたあった殺人事件。怖いなぁ。犯人って一体、どんな人何でしょうかね」
 すると男は小声ながら、はっきりと聞き取れるその内容を口にした。
『どんな罪人であろうと、関係が無い。‥‥斬る』

「扶美はんは罪人なれど‥‥殺人を愉しむ外道とは違いますし、うちは助けたい」
 鷺宮夕妃(eb3297)の言葉が耳に入ると、自らの手から、声の主に視線を向ける。
「家族を想う扶美はんがここで救われんかったら‥‥そんな話あんまりや」
「家族を‥‥そう思って今まで大沼の命令を聞いてきたわ。でも、気付いたの。そんなの免罪の理由にはならない。私の利己的な刃で死んだ大勢が、きっと私を待っているわ」
「あの世で罰を受けるのは、この世で出来る償いを全て済ませてからです」
 エンド・ラストワード(eb3614)は更に、「例えば、妹を幸せにする等」と付け加えて言った。
「大事にされている方がいらっしゃるなら、命を粗末にせず、その方の為に生きてください。
残される方は、何時までも亡くなった方を想い、そして苦しむ事になりますから‥‥」
 零湖が、ゆったりとした口上で言うと扶美はそれに反論してみせた。その表情は‥‥
「早苗は、私がいなくなっても大丈夫よ。この娘は優しいし、しっかりしているもの。ね、早苗」
 笑顔。今まで見た事のない、優しい微笑み。早苗は、普段と違う姉に、戸惑いを隠せないでいた。今まで隠していただけで、‥‥これが本来の姉の姿なのかもしれない。
「では、一つ試してみますか?」
「え‥‥?」
 扶美は、エンドの言葉の意図するところが読めなかった。
 峰城がすっ、と前に出てくる。扶美と早苗を見つめて、峰城は話し出した。
「これから扶美さんを追って数名の冒険者が来る。でも、最善を尽くすから万一の事が有っても気落ちして早まらないように」
 純黒の瞳は、その色のように、何者にも侵されない強さを以って姉妹に語りかけていた。
そう、『俺達を信じてくれ』と。
 育ちの良さそうなその面(おもて)を引き締め、レイムス・ドレイク(eb2277)は再認識した。
(「長い苦難の果てに自由になった二人には幸せ以外、似合いません」)


「すいません。少々宜しいでしょうか?」
 ギルドの入り口で、扶美の追っ手となる冒険者達を見つけた小源太は、接触を試みた。凄味のある低音で何者が聞いてきた大柄の戦士を見た時、小源太は改めて相手の強大さを噛み締めた。そんな事は微塵も感じさせない‥‥ようにして、彼は話し出す。
「奴は、暗殺は単独で行っていた様ですが、どうも仲間が居る様子です。タレコミも罠かもしれません。よって、僕は迂回して相手の背面から事に臨もうとしたのですが、一人ではどうにも‥‥。もし宜しければご同行させていただけませんか?」
 相手方は暫し小源太を眺めると、足を引っ張らないくらいの実力はあると判断されたか、許可が下りた。
 黒瞳黒髪の西洋人らしき男が小源太のために防寒具を用意してくれと注文を出す。勿論係員は顔を顰めている。
 小源太は心の中で何回も係員に詫びを入れながら、扶美を追う側の冒険者達に同行した。

「赤谷『大橋』と言う名前のわりには、大きくない橋‥‥。掛けた人が、見栄張ったのかしら」
「はは、案外当たっていたりしてね〜」
 橋の上では、姉妹が話していた。取り留めの無い話のようだが、それが今は必要なのではないか‥‥。そう瑞巴は思っていた。
「早苗、私‥‥」
「何? 姉さん」
「‥‥ッ峰城はん! ブレスセンサーに反応や!」
「な、まだ二人に作戦の具体的内容言ってないぞッ‥‥ま、その場で言って何とかするか。信じて、と一応言ってあるし」
 峰城は橋の二人に駆け寄ると、扶美に向けて‥‥抜刀した。
「ちょ、何やって――」
「これから少し騒がしくなりますので、早苗さんは我々と一緒に安全な所へ。‥‥大丈夫です。先程の峰城さんの言葉を思い出してください」
「‥‥はいっ!」
 エンドが早苗を連れて、物陰に隠れる。
「俺と、さも殺し合いをしているように戦って欲しい。それで誤魔化した後‥‥俺と川を使って逃げる」
「‥‥いうまでも無く、寒いわよ? 寒中水泳、私は出来ないわけじゃないけど、貴方大丈夫?」
「心配御無用」
「無茶な事考えるわね」
「でも無理じゃない」
 そう言って峰城が微笑むと、扶美は苦笑で返して小面を付ける。そして他の冒険者が来る前に二人は刃を重ね、『冒険者対暗殺者』を演技した。
 やがて現れる冒険者。
黒い風が一気に橋を駆け、扶美との間合いをゼロに近づけた。繰り出された鉄の打撃が十手と峰城が視認した瞬間には、既にその衝撃が扶美を襲い、小面にヒビを入れていた。
 あっという間に扶美を包囲する冒険者達。見てみれば、名高き冒険者が揃っている。後方を見てみれば、臨戦態勢の術者もいる。
(「姉さんが!」)
(「早苗ちゃん、ここは辛抱して!」)
 今にも飛び出しそうな彼女を抑えながら、その更に後方で瑞巴が身構えている。最悪の場合、自分も出て、魔法で対抗するしかない。
(「いやはや‥‥なんとか成功したいものだ‥‥――っ!!」)
 こっそり呪文を唱えようとした峰城の眼に突如映ったのは、容赦なく扶美を斬りかかる赤髪の剣客。
 刃は扶美を切り裂‥‥く前に止まった。彼の仲間であろう人間の日本刀が、受け止めていた。追っ手として現れた冒険者の中にも、扶美を殺したくない人間がいるようだ。
「(ふぅ‥‥助かった)―――覚悟!!」
 無事魔法を成就させてから、峰城は扶美へ攻勢をかける。成就させた魔法は、ウォーターダイブ。
「峰城殿!」
(「睦さんか。まぁ、心配せんといてくれ」)
 体当たりとなった峰城の攻撃で、彼と扶美は組み合いとなる。そして峰城がしっかりと彼女を抱きながら、橋から川へ落ちた。
 瞬間、刺されたかのように働く痛覚。
 突き刺すような寒さに耐えながら、峰城は雪の塊と一緒に流れていった。
「この時期の川に飛び込むのは自殺行為です。手傷も負った様ですし、まず助からないでしょう」
 話していた向こうの冒険者の一人に、小源太が同意する形で言った。
「皆さん、これ以上は堪忍して頂けないやろか?」
 それでもあちらでどうするか揉めそうになった時、夕妃が説得に出ていた。
「あの人は自由を手に入れ、もう人を殺める理由が無くなり‥‥妹との絆を取り戻せそうなんや! どうか、これ以上―」
 夕妃の言葉は途中で遮られた。そしてあちらの冒険者は、口々に言い出した。「もうあの女性は死んだ」と。
 思わず表情を綻ばせる夕妃。
 大剣を持った無骨な大男が夕妃を一瞥して橋に背を向けた。決して笑顔を作ったわけでは無いその表情が、どこか温かさを帯びたように見えた夕妃であった。


「がう‥‥、危うくルゥナも流されるところだった」
「意のままに泳げても、結構やばい寒さだったなぁ」
「私が扶美さんを暖める。誰か峰城さんを――ぁっ! ‥‥貴方は」
 光は、現れた男に驚嘆した。
 赤髪の剣客。彼は踏み込みと同時に刃を振り下ろした。
「意に添わぬ殺しから解放された方でも未来を夢見ても良い筈です、死だけが償いでは有りません、必ず他の償いも出来ます」
 盾で受け止めながら、死以外に償いを訴えかけるレイムス。しかし、それで相手の手が止むことはなかった。
 迫る切っ先を盾で防ぎながら、体重を乗せた一撃で相手の武器破壊を試みるレイムスだったが、相手は体捌きの技術も高く、当てることが出来ない。通常攻撃に変えて応戦する。相手から次々に繰り返される斬撃と、言葉。
『お前は人の闇を知らな過ぎる』
 それらを浴びせられる度に、彼の精神は揺さぶられる。
 しかし、それでも‥‥
「それでも、私は人を信じたい!」
 銀色が、交差した。

 思った以上に簡単に構えを解く相手に、レイムスは正直驚いた。彼は、刀が既に戦える状態ではない事を理由にした。
 戦えないのか、それとも意図的に見逃してくれるのか‥‥真実は本人しか分からない。が、レイムスは、頭を下げていた。レイムスは、ジャパンの礼儀で応えずにはいられなかった。
「よーーしッ急ぐぞー! このままだと、扶美も峰城も、氷になる!」
 ルゥナが叫び、一同は町へ駆けていった。

「いらっしゃ‥‥うわ寒そうな格好してー!」
「ルゥナ達、凄いずぶ濡れ。暖かい部屋頼む!」
 最も近い宿に駆け込んだルゥナ達は暖炉のある部屋を案内して貰うと、急いで体温を戻す事に努めた。
 鍛えているのかもしれないが、さすがの扶美もぐったりした様子だ。
「はぁ〜。まぁ、何とかなったのかな?」
 ようやく落ち着いた所で、光が息を吐き出しながら言う。
「‥‥私は、京都を離れるわ」
 扶美は。半目で天井を見ながら言った。
「そうして、私に救える何かを探し、それを救う旅に出たいと思うの」
 語りかけるようにして言う扶美に、ルゥナは笑顔で言った。
「姉妹、離れるのはつらい‥‥でも、死に別れよりはるかにいい‥‥」


「私の罪は消えない。それでも、何もしないでただ死ぬなんて、よく考えてみれば犬死に等しいわね」
 いつもの調子で言う扶美。
「でも改めて考えてみると、やっぱり不安あるわね? 早苗が本当に、ちゃんと一人前にやっていけるか‥‥わかったものじゃないわ」
 本当に、聞きなれた口上で言う扶美は左手で髪を撫でていた。
「大丈夫だよ‥‥姉さん」
 ここでキーキー言いながら反論する早苗がいつもの風景であったが、今は、しおらしく言う彼女がそこにいた。
「私達はこれからも、早苗さんと仲良くするつもりです。機会があれば、私の家に招いて遊ぼうとも思っています」
「ええ宜しく。ついでに格好だけの男に騙されないように見張っていて」
 扶美は零湖と言葉を交わす。「ええ、まかせてください」と笑いながら零湖は言った。
「それじゃ‥‥またね、早苗」
「うん‥‥またね」
 そうして、妹と数名の冒険者に見守られて、扶美は歩き出す。
「本当に、『またね』だよ!」
 後ろから聞こえてきた、妹の叫びに、扶美は振り返える。左手は漆黒を撫でながら、僅かに微笑んで‥‥再び前を見て歩き出した。
彼女の心には早苗と、その早苗と自分との絆を‥‥思い、守り、そして紡いだ冒険者の姿が刻まれ、それは永劫消える事はないだろう。


「結局扶美の事件に関しては『死亡の可能性高し』で一応の最後を迎えたが‥‥なんともまぁ締まりがハッキリしない最後だな。悪く言えば、有耶無耶ってやつだ」
「一応とはいえ、解決したのですから、暗殺者を追う後続の依頼は出ないですよね」
 ギルドで係員と話すのは、零湖。後続の依頼が出ないという事は、早苗が取り調べられる事もないだろう。そう思うと、彼女は自然と笑顔になっていた。
「全く、有耶無耶な結果を望むなんて、不謹慎な冒険者だよ」
 言いながら笑みを漏らす、不謹慎なギルド係員がそこにいた。



報告書【長屋の姉妹】 ―完―