【アバラーブ家の家庭の事情】講師募集？
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■シリーズシナリオ担当：はんた。 対応レベル：8〜14ｌｖ 難易度：難しい 成功報酬：4 G 15 C 参加人数：6人 サポート参加人数：-人 冒険期間：10月27日〜11月01日 リプレイ公開日：2007年11月09日 |
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●オープニング
「アバラーブ家？ ああ、そりゃ名の通った家柄だったさ。カオスとの戦いで、それはそれは華々しい戦果を収めたもんで。とにかく、当主が凄腕の戦士だったのさ。性格も武人肌だったんだけど、時にひどい事を言って周りをヒヤヒヤさせていたんだ。
特に「俺を倒した奴が、次のアバラーブ家当主だ」と公言した時はひどかったなぁ。それで実際、何人も挑戦者が来てしまったんだが‥‥勿論、全員返り討ち。
そういえば「同じ剣であれば、エルム・クリークにさえ負ける気がしない」なんて嘯いた時もあったかな。あの時は本当にびっくりさ。もしその声がトルクまで届いていたら‥‥って考えると、今思い出すだけでもゾっとする。
実際のところ、他国で最高峰の誉れを持つ英雄さんと対等の剣技を持っていたか‥‥と聞かれると、そんなわけはないのだが‥‥ま、とりあえずそう言っても周りに馬鹿にされないくらいの腕はあったわけで。
‥‥それがなんでまた、一介のカオスニアンなんかにやられるわけだか‥‥今でも納得できないな」
フリートシップを眺めながら話す壮年の男の声は、最後に付け加えを足して締めくくられた。
「‥‥そう言えば、あと一月ほどで彼の命日か」
アバラーブ家は、現在当主の座が空席となっている。『認めていない』という表現の方が、正しいかもしれない。
ナイル・アバラーブ。
その名前が書かれた賞金首の紙を、女性の細い指が握りつぶす。震える指先から怨嗟が滲み出ている。
「そんな険しい顔しないの。折角の美人が台無しよ？」
だがしかし――彼女が駆けつけた時には既に、血まみれの夫と、奪ったハルバードを彼に突き立てるナイル――あの時の風景を思い出すたびに‥‥いや、あの風景はグエンの死から今日に至るまで彼女の脳裏から離れない。
前アバラーブ家当主グエン・アバラーブはカオスニアンの野盗、ナイルに殺された。グエンの公言をそのまま適応すると、このナイルというカオスニアンが次期当主ということに‥‥なるわけがない。人の型であろうとカオスの化身。認められるはずもなく。
しかしながら、このナイルがグエンを殺してからというもの『ナイル・アバラーブ』を名乗り出し、現在進行系でアバラーブ家は大変な不名誉を被っているわけである。
「‥‥残念ながら『私はあなたと違う』の、リーナ」
「まぁ‥‥お客に対して随分ぞんざいなのね、エリィ」
リーナへ、注いだ茶を運びながらエリスティア・アバラーブはつまらなそうに返す。
「勝手に上がりこんでくる人が、客人扱いされると思って？」
そんなエリスティアの口上に対してもリーナは微笑を絶やさずにいる。恐らく、そういう仲の二人なのであろう。
お茶を少量喉に通してから、リーナ。
「私はどうでもいいけど、ルトちゃんとロートちゃんはもっと構ってあげてね」
「‥‥客人だったら、家庭の事情に口出しする資格はないでしょうに」
むー、と頬を膨らませるリーナだったが‥‥次の瞬間、何やら閃いた様な表情を見せ――
「‥‥変な事は、企まないように」
――エリスティアを不安がらせた。
「確かに、客人なら口を挟むべき話題じゃないわね〜客人ならね〜」
エリスティアは、友人が白々しい顔をしている時は大体、変な事を企てている時‥‥と知っている。
「そう言えば聞く話によると‥‥また講師を募集するんですって？」
●後日、ギルドにて
ギルドの受付カウンターにて佇む若い男‥‥風貌からして執事の類で間違いはなさそうだ。
ブラウンの髪と、整った顔立ちに、長身が相成る彼は、異性から目も留まりやすいだろうが‥‥
「まぁどうぞどうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
「‥‥？ 依頼の申請に、まだ記述が必要な事項はありますか？」
彼は職務に忠実な執事であるようだ。ギルド係員の女性は肩を落とす様子を見せながら、書類を纏める。
「あ、いえ‥‥それでは、張り出しておきますね‥‥」
「宜しくお願いします」
名残惜しそうに男の背中を見送った後に、張った改めて依頼書を読み直す彼女。
「講師の募集ね‥‥フーン」
依頼書に書かれているのは、アバラーブ家の講師を冒険者から募る内容であった。その家には双子の姉妹がいるのだが、なかなかの御転婆で講師の手を焼く事で知られている。素直ではあるのだが、とにかく元気で、十代前後の女子にしては、らしからぬ剣術の持ち主なのだ。剣術の講師が、彼女ら姉妹に一本取られてしまったという話も、しばしばと‥‥。
だが、そんな姉妹は礼儀作法となると‥‥正直、貴族令嬢にあるまじき状態らしい。なので、出来ればその方面の先生も来てくれるとありがたい、と依頼書末尾に付け加えられている。
庭に出れば、訓練には十分な広さがある。屋敷の書庫に潜れば、学習に必要な書籍はあるだろう。それなりの貴族の家だ、教材に困ることは無いだろう。
あとは、講師のやる気があれば‥‥。
「失礼。剣術の指南役の募集があると聞いてきたのだが」
受付に尋ねてきたのは、黒の髪を結い上げた女性の冒険者であった。腰には刺す二本の小剣と、羽織っている上衣から見て、受け付けのギルド員は当初、サンの国の出身者を連想していた。
●別所、場末にて。
「ロイさん、また全部スっちまったんですね」
「うるせぇ！ あれは最後に親役がイカサマしやがったんだよ！」
「じゃあその前に、止めてくださいよ‥‥」
声からして、まだそれほどの齢でもないはずなのだが、黒ずんだ顔からは、とりあえず若々しさは感じられない。夜道をうろつく二人は、とりあえず近づきたくない風貌‥‥つまりはゴロツキ丸出しの格好であった。色が入っていたであろう服も、今じゃ擦れに擦れてボロボロだ。
「どうすんですか‥‥」
「まぁ待て。俺に考えがあ――」
「もう、おれはパン泥棒なんてコリゴリでさぁ。いつも上手くいくなんて限らないし‥‥」
「――っチ！ こうなったら‥‥面倒だし今となっては顔もあわせたくねぇ連中ばかりだが、背に腹は代えられねぇ。ちっとばかし小遣いをせびりに行くか」
●今回の参加者
ea0073 無天 焔威（31歳・♂・浪人・人間・ジャパン）ea2019 山野 田吾作（31歳・♂・侍・人間・ジャパン）
eb0746 アルフォンス・ニカイドウ（29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国）
eb1182 フルーレ・フルフラット（30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国）
eb3446 久遠院 透夜（35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン）
eb9803 朝海 咲夜（32歳・♂・忍者・人間・ジャパン）
●リプレイ本文
ここはアバラーブ家、応接の間。（「睦殿と幼子に剣術の手ほどき‥‥ぬう！ 拙者憧れの『しちゅえーしょん』ではござらぬか！」）
「‥‥田吾作殿？」
「だ、大丈夫でござる！ 拙者、断じて鼻血等は！」
狼狽する彼に片岡睦（ez1063）も戸惑いつつ、知らせる。
「あ、イヤその、執事殿が来たので‥‥」
「え‥‥」
ノックの後、部屋に姿を現した小奇麗な男はまずは恭しく礼をする。
「わざわざ挨拶に来られたというのに、お待たせさせてしまい申し訳ございません。当家執事、トールスと申します」
「冒険者の片岡睦と言う。どうか宜しくお願いする」
返礼に頭を垂らす睦に続き礼をして、山野田吾作（ea2019）は口を開く。
「同じく冒険者の山野田吾作と申す。この度の機会には感謝している次第、期待に裏切らぬよう努めさせて頂くつもりでござる」
「宜しくお願い致します。また、何がございましたら遠慮なくお申し付け下さい」
こちらこそ、と返して続く話で屋敷のマナーを聞いておく睦。あえてそれに口を挟まずに様子を見る田吾作。気を向ける先は、話の内容より執事自身。
よく言えば誠実且つ冷静、悪く言えば事務的な人となりを態度や口上から見取る。
（「お家に嘴を突っ込むのは気が引けるが‥‥」）
もしこの家の事情に介入する場合、トールスは情報源になるだろう。しかし、迂闊な人間には見えなかった。
屋敷の庭で既に剣術指南は始まっている。一通り話し終え、睦と田吾作、トールスはその場へ向かう。
「‥‥トールス殿、お伺いしたい事が」
「何でしょう」
廊下を歩きながら、場しのぎ的な雰囲気のタイミングに田吾作が聞く。
「グエン卿とはどういった人物だったか、差し支えなければ聞きたいところでござる。高名の勇士と聞くが拙者、天界からの流れ者ゆえ‥‥」
「グエン様は、その腕と、口調や振る舞いから無骨な人格という風評でしたが、本当は家族思いの方でした」
「むぅ、外と内に見せる顔が違っている事もしばしばあった‥‥とか」
「実はエリスティア様には頭が上がらない‥‥なんて、まさか世間に知れたら何かと面倒ですからね」
「なんと‥‥ッ」
どうやらエリスティアは恐妻であるらしい。女性に苦労する男の気持ちを感じ取ってか、何やら複雑な表情を浮かべる田吾作。
睦も苦笑いしながら、尋ねる。
「まぁ、家族愛の形は其々の模様があるもので‥‥。ちなみに、エリスティア殿の方は冷たい人となりを事前に聞いているが、実は――」
「自らが生んだ子を、愛さない母親などいるはずもありません」
睦の語尾をかき消し、言うトールス。まるで自らに言い聞かす様な声色にも聞こえた。
「失礼、少々口が過ぎた様だ‥‥」
「いえ、お気になさらずに。‥‥こちらが、庭になります」
頭を下げる睦の方も見ずに、再び平ったい声に戻ったトールスは扉に手をかける。
開けると――
「な、何！？」
情けなくも狼狽の声をあげる睦。だが、彼女を責めないでほしい。
誰でも、大斧を振り回している幼女が目の前にいたら驚くハズだから。
「おぉーもーいーぃ」
「ルト、危ないから振り回すのは止めよう。きっとソレは、向いていない」
久遠院透夜（eb3446）が、ルトを制すると、止まって大斧を手放す。その柄、2mはあるだろうか。とても子供が持つに適しているとは思えない。
「はーはーはー‥‥焔威せんせー。コレは無理ー‥‥」
「うーん、やっぱエグゼキューショナーズは厳しいかぁ」
そう言って、無天焔威（ea0073）は馬から次の武器を漁る。次は、軽い物が良いだろうか。
「おや、ルト様お一人の様で」
「そだよー。ロートの方は今、お勉強中かな。別々にしたら何か問題あったりする？」
焔威から聞かれ、トールス。
「いえ‥‥ただ、普段お二人は一緒にいる事が多かったので。それにしても、よく二人の区別がつきますね。瓜二つなので、家の者以外は、なかなか分からないものです」
「区別をつけているからな」
透夜はルトの肩に手を置きながら、言う。
「前髪を右に分けているのがルト、左に分けているのがロート、と言った具合だ」
「なるほど。教育の便宜上、分かり易い違いを持たせたわけですね」
「いや、便宜上というよりは、だ‥‥」
柄にも無く口篭った後に、透夜は話す。
「なんだ、その。年頃の女子という訳だから、細部にもお洒落を‥‥だな。もし私に美容の心得があればもう少し髪を構ってあげたいところなのだが‥‥」
つまり、可愛くしてあげたかった様である。
「ふぁー」
「む、レディがそんな口から魂出ている様な効果音を発すのはご法度である」
こちらはロート。欠伸する彼女対してアルフォンス・ニカイドウ（eb0746）が注意。慣れない教養面の勉強に、早くもお疲れである。
「フルーレーせんせー、お外に行こうよー」
だがしかし‥‥このフルーレ・フルフラット（eb1182）、容赦せん。
「一流の淑女となるには腕っ節のみでは不足。今はしっかりとお勉強の方をするッス‥‥じゃなくて、しますよ」
フルーレの全身から出ている溢れんばかりの家庭教師オーラ、口調の矯正‥‥眼鏡って凄い。
礼節や作法に特別な心得はないものの、知っている範囲で朝海咲夜（eb9803）はアドバイスを渡す。
「色々と大変だと思うけど、今は我慢をして」
「えー‥‥」
頬と不満を膨らませているロートに、困り顔の咲夜が溜息一つついた後、苦笑しながら言い放つ。
「‥‥行き遅れてから、ああしておけば良かったと思っても遅いからね」
「そうです、いきおくれの憂き目に‥‥あってしまいますよ！」
フルーレも自らに言い聞かす様に、強い口調で。
「いき遅れ？」
把握できていない様子のロートに、アルフォンスが補足を務める。
「要するに、お嫁になれないってコトである」
「えーっ。それはヤだなー‥‥」
「と、というわけでロートさんッ、お勉強再開ですよ！」
何故かフルーレが焦った様な口調。きっと、ロートへの教育が順調ではない為の焦りであろう。そうに、違いない。
片方が勉強中はもう片方が訓練という、ルトとロート二人の指導は分けて行うスタンスで進めている。
故に、二人が一緒になる食事の際は貴重な時間となる‥‥のだが、その際もマナーを勉強する機会となる。フルーレ先生の厳しい指導のもと、多少窮屈そうにフォークとナイフを使う二人だが、これも行く遅れない為。我慢する他無い。
一方執事は別卓にて食事中。そこには、数人の冒険者の姿も見える。親交を深める為、楽しく団欒とした食事‥‥というわけでもない。
「それで、話とは？」
窮屈さなど億尾にも出さずにナイフとフォークを操りながら、トールス。
「実は、この前に対峙したカオスニアンに思うところがあり、それについて聞かせて頂きたく」
いきなり本題から、アルフォンスは話す。アバラーブ家の紋章入りハルバードを持つカオスニアン、ナイルの存在‥‥これについて、何か知る所はないかと。
「死したグエン様から奪った事に違いありません」
「仇で更に家名を落とさんとするその行為、エリスティア殿の怨恨も深いところであろう」
「ええ、まさしく」
睦は、過去に自分を欺いた敵が、思わぬ所で悪事を働いていた事と、それが今に繋がる事に何を思うか。
ナイルに因縁があるのは、冒険者も同じ。アルフォンスと同じく過去数度の対峙がある田吾作も、それに連ねる。
「このままでは、庭園に病持ちの野良犬を放し飼いしている同義、いずれ何とかせねばなりませぬ」
咲夜が町で集められた情報は、大概が彼らに対する怨嗟であった。被害者の多くは、田吾作の様な感情を抱いているだろう。
「そうですね。当家の事情抜きにしても、奴が断罪されぬままの現状は問題ですから」
何か考える様にしているトールス。尤も、静かな面からは思惑を汲み取り難いが。
次に問うは、透夜。
「二人とも、年端も行かぬ女子にも関わらず素晴しい技量の持ち主。これはやはり、父親譲りといった所か。それとも、母親のエリスティア殿も相当の使い手、とか」
「ルト様とロート様の剣の腕の理由に、父方譲りの才‥‥これも一要素ではあるでしょうが、当家に男の跡継ぎが生まれていないという環境がそうさせた部分もあります」
「それじゃあエリスティアさんは‥‥」
咲夜の言葉に頷きながら、トールスは続ける。
「エリスティア様は、どちらかと言うと領地運営やその問題への対処等、事務的な部分に才を発揮しています」
それを聞いて、田吾作は眉間に皺を作りながら口を開いた
「勤勉な方とお見受けする。が、しかし――」
「――だからと言って、自分の子供と夕食も一緒にとれないなんて何だか‥‥可哀想ッス‥‥」
丁度、フルーレも2人と同じ様な話をしていた。
次の日。今度はロートが剣術の指南を受ける。
「なるほど、腕の伸びが顕著に見受けられる」
「たごさくせんせーホント？」
嬉々として田吾作にそう聞くロートに、先程まで打ち合いの相手をしていた睦もその腕を褒める。
「少なくとも、並の賊程度に遅れを取る事はあるまい」
ロートは、何の邪念も無い笑顔のまま、
「だってね、お母さんは、お父さんが強かった所が好きだったと思うの。だから、私達も強くなれば、お母さんが好きになってくれると思うのー」
と。
エリスティアは、今日も朝から執務室に篭りっきりだ。
誰にも害意はないのだが、昨晩、この家族の事情を垣間見ただけあって、場にいた聞いた者は複雑な感情を感じずに入られなかった。
しかし、講師達がいつまでも気を沈めていていられない。
「んーと、休憩の時間かな。それだったら休みがてら、この前の続きやってみる〜？」
そう言って焔威がまた馬から荷物を降ろす。今度は楽器だ。
焔威は訓練の合間を見て楽器演奏を教えている。これも一応、教養‥‥という事になるだろう。ロートはまだ今は滅茶苦茶に笛を吹いているだけに過ぎないが、興味を持つ事は大事だ。
「あ、なんだか楽しそうッスねぇ」
「あれ、フルーレ？ お勉強しているんじゃなかった？」
焔威に、フルーレは歯切れの悪い声と苦笑いで返す。
「ま、まぁ座りっぱなしも疲れるッス‥‥あと、この前の約束もあったりとか‥‥」
「そーだよそーだよー、そうなんだよー」
「で、でも、ちゃんとお勉強も済ませているッスよ！」
「そーッスー」
まぁフルーレも、活動的な性格であるので致し方ない。
「でも今から更に訓練とか‥‥フルーレさん大丈夫ですか？」
教える身はその内容の事前準備もある、教師も楽な仕事ではない。勉強の講師から更に訓練相手、連戦のフルーレの体調を案じる咲夜。
「こういう時は、コレ！ 天界の商人さん達はコレで24時間ファイティングらしいッス」
フルーレが取り出したのは栄養ドリンク。そう、天界の労働者はこれで睡眠欲を誤魔化して日々戦っている。こみ上げる独特の活性感と気持ち悪さで、まさに奴隷人生を考えさせられる天界人もいるとかいないとか‥‥、まぁそんな話はさておき。
イザ訓練を始めるタイミングで貴族の邸宅に似合わぬ喧騒が、皆の耳に入ってきた。何やら、門の方向から声が‥‥。
「へ、天下のアバラーブ家も随分情け無い腕の門番を雇う様になったもんだなぁ」
門から姿を見せたのは、溝鼠を髣髴とさせる様な薄汚い男2人。
「ロイさん、なんか人いるんすけど〜‥‥」
その内1人は気弱そうに言うが、もう片方、ロイと呼ばれた男はそ知らぬ顔で進もうとする。
「あのちびーっこい２人以外は知らん連中だから、無視だ」
「待てよ」
ロイの前に立ち塞がる、焔威。
「何だ白髪の。俺はこの家に用事あってきたんだ、どいてもらおう」
「貴族の家に約束も無しにそんな格好で来たら賊と疑われてもしょうがないよねー？」
もう虫も鳴かぬ季節。空間に、無音が響く。
「言うのはも一回だけだ‥‥どけよ？」
焔威は返答する――嘲笑という形で。
刹那、両者腰に差す刃の柄へと手を奔らす。
「「あー、ロイおにーちゃんだー」」
そこに緊迫感の無いルト、ロートの声。ルトもロートも、もう半身捻れば抜刀からの斬撃を繰り出す姿勢のロイへ、何やら随分と親しい様子で近づく。
「‥‥お前ら二人も、相変わらず空気読めねえな」
完全に毒気を抜かれたロイに、遠慮しがちに睦が聞こうとする。
「失礼、これはどういう事か‥‥」
「ロイおにーちゃんは、ルト達のいとこなんだよー」
「あれ、そうだったっけ？ いとこだったっけー？」
「忘れるな！」
「ふむ。何やら混沌としている様子、ここは一つこの虚無僧めが収めようではないか」
「何しやがるっ」
アルフォンスと咲夜に両脇を固められ、ひとまず退場を強いられる。
「離――」
「まぁまぁロイさん、あなたはお酒を嗜める人？」
もがこうとしたロイに、囁く咲夜。それの意味を酌んだロイはそこで大人しくなる。
「それじゃまぁ、一つ奢られるとするぜ」
偉そうに言うロイであるが、両腕を捉えられ引きずられる様子は囚人さながら。恰好が付かない。
「あの男、何なのだ‥‥」
「何やら当家に縁（ゆかり）ある者の様でござるが‥‥」
眉を潜める、田吾作と睦。他の冒険者達も現況整理中‥‥といった具合である。
「あイタタ‥‥お嬢様、冒険者様方。お怪我はありませんでしたか」
そんな一同に声をかけてきたのは、門番の男だった。
「おじちゃーん、大丈夫ー？」
「いやいや、冒険者様がいなかったら家の方々にご迷惑をかけていた所‥‥情け無い限りです」
傷の打撃跡が赤々として、痛々しい。門番に心配の声をかけるルトとロート。
「武術の講師として、こう言うのもなんだがな‥‥」
そんな二人に、透夜は告げる‥‥まるで、我が子に対するそれのように。
「我侭を押し通すために戦うと、その度に誰かを傷つける事になる。他にも‥‥カッとなった時、嫌いな相手がいる時、力を持っていると振いたくなる、それを抑える自制心を養う精神修養、これが礼法や教養の根幹だと思う。二人には、『戦わない強さ』も身につけてほしい」
「だぁからさー、あそこはイカサマが酷くて」
「冬葉は宜しくとも、賭場は酒の肴にすべきではないのである。酒に呑まれ眩む目先では、文無しも必然」
とりあえずロイを酒場に座らせて、酒を前に出しつつ話を伺うアルフォンスと咲夜。奢るつもりだったが、先に出した古ワインで、ロイの顔には既に朱がさしている。ロイの連れが「実はロイさんは言う程強くないんです」と、こっそり咲夜に耳打ちしていた。
「しかしあの女も酷いもんだよなぁ」
「まぁまぁ、そんなぞんざいに言わないで」
咲夜は苦笑しながら、ロイに次の酒を注ぐ。勿論古ワイン。因みにあの女とはエリスティアを指す。
「だって自分の子供放って仕事、仕事！ グエンおじさんがそんな事望んでいたとは思えねえって！」
饒舌な彼を見ながら、アルフォンスは思う。
（「もしやこやつも、トールス殿並にお家の事情に知れる者なのでは‥‥トールス殿よりお喋りの様であるし」）
