【アバラーブ家の家庭の事情】思いの行場は
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■シリーズシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月27日〜12月02日
リプレイ公開日:2007年12月13日
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●オープニング
この家だから、父親がそうだったから‥‥。思えばルトもロートも、ただそんな単純な理由に逃げていただけなのかもしれない。
だがしかし、一人の冒険者が諭したのは不戦の訓えだった。
不断の練磨と、戦いの根底的要因を失念さえしなければ、『戦わぬに越したことは無い』は真理である。戦わずして勝つ事が最善の勝利である事を説く戦術家は、天界では古来より存在する。
尤も、脅威と戦争中の国からは叫ばれにくい言葉ではあるが。
「「でもだったら‥‥」」
双子は思う、どうしたら母親に愛されるのか。
いつもの様に、トールスは執務室にエリスティアの食事を運んでくる。食事を摂りながら仕事というのが、最近彼女に多くなってきた。
「エリスティア様、これを見て下さい」
本日のトールスは、料理以外にも持ってきている物がある。それは、ソースの付いた二枚の皿。
食べ終わった後の食器‥‥以外の意味をエリスティアはその皿から見出せない。
「いつも通り、綺麗に洗うように」
「いや、そう言う事では無く」
考えるエリスティアだが‥‥やはりただの食後の皿にしか見えない。
「要件は、簡潔に言いなさい」
ギブアップと言う事で、トールスが解答。
「これは、お嬢様方の食後の物です」
それがつまり何だと言うのか‥‥と再考する前にトールスは続ける。
「今までは、食事が終わった後の皿は綺麗になっていました」
なるほど。
「ソースを舐めるのとか、今まで誰も止めさせなかったの?」
と自分で言いながら、エリスティアは気がつく。今まで、我が子の食事の悪癖の一つさえ知らなかったのだ。
「まだ満足なマナーを習熟しているわけではありませんが、頑張ろうとはしている様です」
「‥‥そう、それでは引き続き講師達に宜しく言っておいて。私はなかなか、顔を出せないと思うけど」
「それ程に、忙しいものでしょうか?」
トールスに問われたそのタイミングに、窓からノックが聞こえた。開ければ、シフールが手紙を持って羽ばたいている。シフール便を受け取りエリスティアは、溜息。
「どちら様ですか?」
「また、覚えの無い『親族』からよ」
現在当主不在のアバラーブ家には、男の跡継ぎがいない。ルトとロートは自然にそういう事も感じ取って武術に励んできたが『所詮は女子』というのが世間一般の見解である。
遠縁ならまだかわいいものの、中には今回の様に、全く身に覚えの無い所からも相続を主張する輩さえいる。
しかしこういった環境の中、ルトとロートに婚姻を申し込んでくる者はいない。年齢の問題‥‥ではない。事実上、現在実権を握っているエリスティアと、双子に不仲説が流れている為である。今となっては「もしかしたら、自らの腹の子では無いのでは」といった噂さえ流れているのだ。
トールスは時々思う。エリスティアは大人のいざこざに巻き込まない為わざと双子に冷たくしているのではないか、と。
「親族と言えば。エリスティア様、先日の話ではありますが‥‥」
「だからな、俺本当はこれでも結構な腕なのさ。 一番グエンおじさんに憧れていたのが俺だし。まさにあの人が俺の師匠的存在だ。あ、ちなみに俺の親父が、グエンおじさんの弟な」
先日ロイを酒場に連行した冒険者はそれ以降もロイに声をかけられ、しばしば酒につき合わされている。そろそろ古ワインも飽きてきた‥‥と言いつつ今日もソレで酔っている。
飲んだくれ、道端で寝て、折角身につけた身のこなしをパン泥棒にしか活かさないとはなんという親不孝者‥‥と言った旨を冒険者の一人が述べた。どんな親も、我が子に落ちぶれてほしい訳がない。
「ま、親父もお袋も病気で死んじまったんだけどな」
一瞬、そのテーブルから言葉が消える。
「何辛気臭ぇ顔してんだよ。もう5年位前の話だし今更なぁ‥‥」
ロイの顔を見た感じ年齢は20になるかならないか。髭を剃り整髪すればもう幾らか若く見えるだろうか。
そんな時期に両親を失ったのだ、きっとロイにとって、グエンは父親代わりとなっていただろうと予想できる。また、話を振ってはいないものの、ナイルへの恨みも相当だろう。
とにかく、垢と埃に塗れた格好でうろつくのは頂けない。先日ロイが来た事は、『何者かがアバラーブ家の門を叩いた』として噂として広がっている。アバラーブ家に縁あるものが、まさか師の死去を機に不貞腐れて浮浪の者になったなど知れ渡った場合、何かと面倒な事が起きるだろう。また、エリスティアの仕事を増やす事になる。
噂と言えば‥‥、別卓にて。
「この間、森を抜けようとした商人がカオスニアンの被害に遭ったらしいな」
「また、あの一団か」
カオスニアン、ナイルの情報を集めていた冒険者の耳に、それの被害者の恨めしい声々が耳に入ってくる。
ナイルの一団は逃亡者である。自身には生産力は無い。また、後ろ盾も持たない。人間の様に、自分の指名手配が届いていない場所へ渡ってそしらぬ顔で堅気に戻るという選択肢すらない。ゆえに、その存在を維持する為には常に何かを奪い続けなくてはいけない。
動かないと死ぬ‥‥鮫の様だ、と何となく冒険者の一人は思う。
「あの一団からの被害も、よく聞くようになったな」
「俺が初めて奴らの話を聞いたのは一年程前か」
作法の勉強もするが、訓練も欠かさず行うルト、ロートであるが冒険者が講師に来てからの変化もある。
それは、ルトが使う武器である。
講師に来た冒険者が大量の武器を持ち込んで一通り使わせ、一番ルトにしっくり来たのがスピアである。
もとより体躯に恵まれない彼女には重量武器は向かない為レイピア等を使っていたが、いざ実戦となるとリーチが泣き所となる。今までの講師相手には、踏み込みの速度と回避力でそれを補っていたが、冒険者達相手ならそうはいかない。
となるとリーチ、軽さ、刺突という感覚の共通性‥‥短槍という選択はある意味必然だった。それを見て講師の一人は自分の祖国の女性達の嗜み、薙刀術の存在を思い起こす。
それともう一つの変化と言えば‥‥ロートの笛が、段々と音階に従った奏で方をするようになってきたのだ。
しかし、その音色を消すのも厭わぬ来訪者がこの頃になって増え始めた。エリスティアを悩めていた要因の一つ、自称親族達だ。
「いきなり来るなんて、失礼だとは思いませんか。はい、血縁関係を証明できる物を持ってきて下さい」
大体は門番が払うのだが、それも連日になると流石にまいる。
何故ここに来てこういう輩が増えたのかと言うと、先日のロイの訪問が背景にある。今まではアバラーブ家の門番だから‥‥と皆警戒していたのだが、ロイが先日あっさり正面から侵入してしまった。その為、門番無能説が流布されただけでなく、「直談判に持ち込めば話に進展があるのではないか」と根拠に乏しい考えに至る輩さえ出始めてきた次第である。
大人しく帰る者はまだしも、中には強引で、滅茶苦茶な物言いで居残る者もいるのだ。
「俺が当主に相応しいんだ!」
「いいや、俺が!」
片岡睦は、人同士が戦う姿を見るに耐えられなくなり、この地に来た。異形の敵を屠り、人々の安穏に貢献する‥‥そんな、わかり易い善悪の関係に逃げてここに来たのだ。
しかし人同士は争い戦う。どの世界でも。目の前の風景が証明になっている。そして、今度は逃げる事は出来ない。今、睦の傍にはルトやロート‥‥それに、縁も深まった冒険者がいるから。
●リプレイ本文
「こら」
「ほえ?」
ルトはその声を聞いても、頓狂な声で返すだけ。久遠院透夜(eb3446)は静かな口調のまま伝える。
「脇が空いている。隙だらけだぞ」
「あ‥‥」
「調子が優れない様なら、休憩を挟もうか」
「だ、大丈夫なんだよー」
とは言うものの、大丈夫ではない事と、その理由を知らない透夜ではない。
(「これでは、とてもではないが集中など‥‥」)
『自称親族』達の声は、今日も朝から響く。もし双子が無知ならまだ救い様がある。が、そうではない様だ。事態の理解に至っているかは謎だが、概略を察している様であった。
いつもは少し開いている学習室の木窓が、閉じた。中にいるフルーレ・フルフラット(eb1182)が閉めたのだろう。透夜と、同じ事を考えながら。
暗鬱な表情は双子だけではない。片岡睦(ez1063)は過去、格上の強敵と対峙した時でもこんな顔をした事がない。それほど、彼女は人の心の醜さに免疫がない。
しかし、これは彼女にとってはツケである。人間の汚い部分を見てきて、時には騙されもした。だというのに直視も割り切りもせず、挙句の果てには異世界へと逃げ込んだのだ。免疫など、持てるはずもない。
そんな彼女を一瞥し、目を細めて正門へ向け歩く山野田吾作(ea2019)は何を思っているか。
「全く、これ以上正門で騒ぐのは‥‥あ、冒険者様」
門番と同じ位置に立った田吾作に、自称親族達の目が向けられる。
「雇われの冒険者か、あんたなら少しは話を――」
「お引き取り願いたい」
短く、されど力強くそう言って話を切る。
「おいおい。門を通して少し話をさせてくれればそれでいいんだ」
「他者の弱みに付け込んで喚き散らす様相、飢えた獣に違わず。この門は、獣を通す為にあらず」
田吾作が横を向くと、門番の男が強く頷いていた。
時は夕暮れ。
いい加減、何か注文するべきか‥‥そんな事を、朝海咲夜(eb9803)は思い始めていた。
古ワインという無料奉仕に甘え続け、加えて毎回の様にロイの様な格好の者を連れて長時間に渡り一卓を占拠する‥‥こんな暴挙をこれ以上繰り返すのは冒険者として軸がぶれている気がする。
「さて、今日も奢られてやるぜ」
驕り高ぶった口調は、当人のロイに他ならない。彼は人として軸がぶれている。
「ちょっと待った! である、ロイ殿」
「あん? アルフォンス、何だ急に」
アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)は、彼が酒に触れる前に話を振る。遠回りせず、本題から。
「先日ロイ殿のアバレっぷりが起こした事態については、既にご承知であろう」
「いやまぁ‥‥手加減は、したんだ」
「そーいう問題ではないのである」
「うっ」
「要らぬ来客共の言葉のどれも、姉妹の教育上芳しく無い物であろう」
「そんなの! 招かざる客が悪いっ」
「だが発端は、ロイ殿に」
「うう‥‥っ」
なかなか痛い所を突かれ、ロイは反撃できない。
「飲む前にどうして、そう言う話振るかねぇ‥‥じゃあどうしろってんだ!?」
「どうにかしてくれるのであるか?」
「あ、いや――」
「いやー、流石はロイ殿である。それでは! ここはひとつ『ルト殿とロート殿の精神衛生上の為にも』協力して頂きたく」
ルトとロートの為に‥‥この部分を殊更強めて話すアルフォンス。こういう話の展開になると、なかなか断り難くなってくるロイ。
が、しかしそれの受諾が即ち何を示すか‥‥どことなくロイは解していた。
「君が尊敬するグエンさん、きっと双子の姉妹も大事にしていたでしょ?」
咲夜が発する師の名に、ロイは反応して、頷く。
「じゃあ、グエンさんが望んでいたようにする為には、君自身は何が出来ると思う?」
「てめぇ‥‥あの人の名前を、駆け引きの材料に使うんじゃねぇ!」
咲夜の胸倉に伸びた、ロイの手。
「‥‥気に障ったのならごめん、ただ、ここでただ愚痴を言ってるだけじゃ、何にも事態は好転しないかなって‥‥ほら、身のこなしとか腕っ節はしっかりしてるんだから」
胸倉掴まれ、怒鳴られる謂れは咲夜に無い。咲夜の言葉に更に付け加えをすれば、自称親族達の方が、グエンの名を貶めかねない存在である。
ここで、アルフォンスが一つの疑問に駆られる。
グエンの名誉をもしロイが重んじているとしたら、何故彼は自称親族達への対処に出ないのか。いや、そもそも路頭を徘徊する様な生活に何故身を投じたのか。
アルフォンスが思慮にふけっていた時間、二対の瞳が視線をぶつけ合っていた‥‥が、先にそれを外したのはロイであった。
「‥‥わかったよ、悔しいが反論出来ねぇ」
「じゃ、こちらの話、聞いてくれる?」
ロイの手から開放された襟首を軽く正しながら、咲夜は微笑む。
「あー、だがしかし条件がある。なんか食いながらにしよう。腹の虫が煩くて、多分話し合いにならん」
「なるほど。それじゃあ何か注文を――」
と、その時アルフォンスが咲夜に目配せして何かを知らせた。
「でも、それは別の店で‥‥って事にしようかな」
急に席から立つ咲夜。
「おいおい、どうした急に」
「旨い肉を出す店を知っているので、そちらに移動しようと考えている次第。なーに、拙者達の驕りには変わらないので安心するのである」
「まぁ、驕りならどこでもいいんだが」
ロイの手を引き、早々と店を出るアルフォンスと咲夜。その真意は、ロイに伝えていない。
3人が出た後の酒場では、とある楽士の語りが、美しい音色と共に響いていた。
「ふぁーああ‥‥」
「レディたるもの、昼間からそんな大げさな欠伸をしてはいけません」
フルーレの言葉を聞き、横のロートに肩を揺らされ、ルトは散り散りの意識を何とかかき集めた。
外的要因もあるものの、それ以上に、疲れの要因となるものが今回の座学にある。今回から、礼儀作法だけでなく政治に纏わる勉強もしている。先生を務めるフルーレ自身も、流暢に教えられるかどうか‥‥不安がないわけではない。
しかし、将来エリスティアの手伝いをする必要が出て来た時の為、また、貴族に生まれた者として最低限の事は教えなくてはならない。そう思い彼女は教鞭を取るに至った。
今日は双子一緒にこの勉強部屋にいて、普段は訓練の相手に当たっている者も様子を見に来ていた。
「まず、いくら王様でもタダで諸侯が忠誠を誓うわけではありません。多くの場合、領地を忠誠の代価とし主従関係の契約が結ばれます。そして諸侯もまた、自分に仕える騎士へ同様に忠誠と約束を交わします。ただし、臣下の臣下は臣下であるわけではありません。直接の主従関係を結ぶ、所謂双務的な契約関係が生じていないのであれば、そこに奉仕の必要性は――」
ここでロート、突然の挙手。
「フルーレせんせー。ルトがちょっとついてこれていないみたいです」
「頭が回っていなくて目が回っているねー、ルト」
おや、ルトの様子はおかしいぞ? 無天焔威(ea0073)が思わず苦笑。
「あーうー‥‥難しい話はーよくわからないよー」
机に頬を付けながら呟くルト、驚異的なギブアップの早さだ。
「いいのー、そんな事言ってー? 勉強が身につけば、母親と過ごす時間が増えるだろうにー」
「え!?」
半開きだった眼を剥き、勢い良く焔威に顔を向けるルトのリアクション、彼の予想通りである。
「だってさー、仕事のせいで時間が取れないみたいじゃん。これを少しでも手伝えるようになれば、その分彼女の自由な時間が増える‥‥分かり易い話だよね」
「お行儀が良くなっても、笛が上手くなっても、何でも喜んでくれるはず。だから、今は講師の皆の言う事を良く聞くのが一番にござる」
田吾作も言葉を加える。するとルトは姿勢を戻し、再びフルーレに視線を戻した。
「じゃ‥‥頑張ってみる!」
「私も、なるべく専門用語は使わず分かり易い授業が出来る様に努めます」
微笑みながら、フルーレはそう返した。
ロイの方はというと、冒険者達の話を聞いてからそれに概ね肯定的な様子を見せている。
後は、見てくれの問題の解決。現在、街にて咲夜とアルフォンスで、ロイの身なりを正している。
「こ、こんなんでどうだ?」
「ダメっ。センスゼロである」
ロイに服を選ばせてみたが、彼は何を思ったか全身真っ黒の、服とマントをチョイスしようとしていた。まるで死神か、呪術使いである。
「無難に白にしておきなよ。清潔感は大事だよ」
「マントなら青がオススメである。青っぽい物を身に付けるとどことなく知的に見える、不思議!」
「ちょ、なんかそういう色は不慣――」
異論は認めない。多少強引だがそこで服を着させ、肩にマントを乗せて、ハイ完成。
「清潔感、知性に加えて威厳の方も持てる様にしてみて。お酒飲んだりしてもあまりお喋りも過ぎない様にね」
「耳に痛いぜ‥‥」
咲夜の言葉に、顎をかきながら応じるロイ。その顎に、もう無精髭はない。
「うむ、馬子にも衣装‥‥と言った所か」
「これは透夜殿、いつの間にっ」
「つい先程から。ところでアルフォンス、そちらの準備はどうか」
「ロイ殿にも話は通してある。恰好も、見ての通りどこからどうみても紳士である。準備、万端也」
「なるほど。それではロイ、少々聞きたい話もあったがそれはとりあえず後回しにし、今からアバラーブ家へ来て頂きたい」
「え! い、今からか!?」
「そうだ。例の作戦については、聞いているはずでは?」
「そりゃ、聞いてはいるが‥‥なんか、急じゃないか?」
「今が頃合なのだ! 急げ!」
駆け出すロイ達の後ろから、声。服屋の店主だ。
「お客さん! お代の金貨5枚は〜!?」
「スマン、ツケで頼む!」
ロイ、ここは飲み屋ではないのだが‥‥。
ここ数日、座学に重点を置いてきた為、久しぶりの庭稽古なのだが‥‥正門からは、いつもの声。
(「うーん、息抜きのつもりだったんスけど‥‥」)
溜息息交じりの胸中は、フルーレ。やはり、外に出ると雑音がよりしっかり聞こえる。
しかし最近、自称親族達以外の人間も見受けられるようになってきた。
貴族の類には見えない。恰好からしていかにも庶民といった者達であり、それには自称貴族達も気付き、訝しんでいる。
「何であんな奴らが集まっているんだ?」
耳を澄ませてみればなにやら、ひそひそ話に勤しんでいる様子‥‥。
「こりゃみっともないもんだ!」
「まぁ、あれが噂の。本当に、連日あんな感じなのかしら」
「貴族様は、こうも暇なんだろうかね」
囁かれているのは、概ね自称親族達に対してネガティブなもの。
「なんで‥‥あいつら」
その疑問の答えは、仕向けた本人から。
「いつの時代だって、お偉方の悪口は庶民ウケがいいものさぁ」
「小僧、何をした!」
焔威は、琵琶を取り出すと一音一音丁寧に弾きながら、言う。
「弾き語り、って奴だねー。強欲な貴族の所為で引き離される親子‥‥実話を元にした物語。これ以上悪評が流れたら何かと不味いんでしょ? この辺で手を引いたら?」
「お、おのれ‥‥!」
「それにホラ、世継ぎも帰ってきたわけだしさ」
焔威が指を指すと、その方向に自称親族達も視線を向けた。
「なんだこりゃ、いつまでやっているつもりだよ」
ロイだ。身なりを整えた今はアバラーブ家に相応の、精悍な顔立ちの男に見える。
「誰だ、お前は!」
「こちらにいるのは先代グエン卿の甥にあたる、ロイ・アバラーブ殿である」
吠える様にして一人の貴族が問うと、対照的にアルフォンスは一礼の後に静かな口調で応じる。
甥のロイの存在を知らぬ者はそれに戸惑いと焦りを覚え、また知っていた者は苦虫を噛み潰した様な面容となる。
「に、偽者でない証拠も無いだろうがぁあ!」
一人、ロイに近づいた大柄の男は、叫びながら己の腰の剣を抜かんとする。だが、抜刀する前にロイがその手首を掴んで、捻りながら上へ捻る。男は図体に似合わぬ悲鳴を上げながら、柄から手を放した。
「罵声混じりの乱闘だと、貴族らしくはないだろ。次に剣を取れば、それを決闘開始が合図と受け取る」
手を放しながら言うロイ。男はもう、剣を取ることはなかった。
「こいつと似た、ボロボロの男を俺は見た事があるぞ! そんな貧民まがいの恰好していた奴が、後継者になりえるわけがない!」
「野に下り、先代の敵(かたき)の情報を集めていた。勿論それを討つ為だ」
浮浪していた時のロイを話題に出す者もいたが、それについても難なくロイは答えた。更に焔威も付け加える。
「誰か、彼に代わってその敵に挑んでみれば、話は違うかもしれないけどねー。それと、彼がボロボロだったの修行していたからさ」
次第に物言いの種も尽きてくると、捨て台詞を吐きながら貴族達は散っていった。彼らの後姿を見ながら、ロイは呟く。
「さて、本当に厄介な相手はむしろこれからなんだがな‥‥」
現在執務室にて、ロイとエリスティア二人で話している最中である。ここには顔を挟まず、各々、別室にいる。
「人の全てが聖人に非ず、時に士は獣が如く輩と向き合わねばなりませぬ」
「わかっては‥‥いたつもりなんだがな」
睦は苦笑しながら言うが、それには自嘲の色が濃く浮かび、田吾作を憂い顔にさせた。
「‥‥かつての藤丸も、犬ながら士たる者にあったと愚考する次第にござる。すなわち‥‥」
「藤丸に今の私を見られたら、きっと笑われてしまうな」
「いやいや! そういうわけではなく!」
ええい、これでは埒が明かない!
「つまり‥‥お悩みの事あらば、拙者に‥‥」
「え?」
「‥‥いや我らにお話し下され」
このタイミングで、廊下からロイの声が聞こえてくる。
「ど、どうやらロイ殿達の話が一段落ついたらしい。拙者、少々様子を見て来――」
睦に対し踵を返そうとした時、田吾作は自分の袖に何かひっかかりを感じる。
「今はまだ、大丈夫なんだ」
睦の白い指が、田吾作の袖を摘んでいた。うつむき加減のまま、彼女は続ける。
「でも、もし本当に駄目になりそうな時は‥‥田吾作殿に、話すつもりでいるから‥‥どうか聞いてほしい」
「うーんこれは悩むー!」
「どっちかなぁーどっちもいいなぁ〜」
透夜が用意したプレゼント、レースのチョーカーは黒白の2色があった。お洒落にもなるし、よりわかり易い二人の違いになるだろう。
「うーん、白もいいけどー」
「黒も捨てがたいー」
(「まぁどちらも似合うと思うが‥‥」)
さっきからこの調子で悩んでいるが、お洒落一つでこうも悩みふけるのも、ある意味年相応のものか‥‥透夜は微笑ましくそんな事を思っていた。自称親族達の声も聞こえない今は、またいつも通りの、元気なルトとロートに戻っていた。
「おーい、そんなんで悩んでいる暇あったら支度しろー。出かけるぞー」
「ロイおにーちゃーん」
「出かけるって、どこにー?」
ロイの後ろには、エリスティアの姿もあった。
「今日は、グエンの命日です。墓参への同行を希望する方が冒険者の中にもいたら、来てかまいません。それと、道中に教育の経過等、諸々の話も受けましょう」