【アバラーブ家の家庭の事情】Life

■シリーズシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月24日〜01月29日

リプレイ公開日:2008年02月23日

●オープニング

「お前程度の腕だと、不審がる者が出てくるかもな」
「悪かったな。逃亡生活で、せいぜい腕を磨くとするよ」
「そうかい。あと、ハルバード‥‥ちゃんと磨くなよ」
「なんで」
「錆付いていくサマが、衰弱していくアバラーブ家の象徴みたいでシャレていると思わんかね」
「思わんね。さっさと死ね」
「これで、女子にも関わらず剣の修行をしなくてはならない、なんて環境は無くなるはず。と思っているんだがどうなるかね」
「‥‥さっさと、死ねよ」
「もしそうなったら、墓参りにでも来て教えてくれ。じゃあな」
「やっぱり、死ぬな! そんなの只の逃げだろ!!」
「さらばだ、ナイル・アバラーブ」

 その追想は、エリスティアさえ知らない過去の出来事。当人以外、誰か知っているだろうか。しかし、そんな過去などは今を生きる者達にとっては瑣末なものであろう。もう、過ぎ去った事でしかないのだから。
 ナイルは、折れたハルバードの一部を強く握り締めた。
「まだ、終わっていない」



 サンの商人からそれを受け取ると、トールスは軽く握って振ってみた。そんな彼に向け、商人は木で出来た小玉を投げる。反応が後れ、小玉はトールスの鼻先に当たった。
「その球の名前は羽根って言ってね。ま、羽根がついているからそう呼ばれる‥‥まんまだな。それを互いに打ち合うってわけさ」
「急な申し出に応じて頂き、ありがとうございます。お代は‥‥」
「結構結構! レンタルだし、もし欠損などがあった場合にのみ、請求させてもらうよ。それに‥‥」
「それに?」
「こういうところで恩を売っておいて、イザって時に、よりお得意さんにしてもらうための先行投資って考えれば安いもんよ。この前だって、帰ってきた世継ぎがカオスニアンの輩をやっつけたんだろ?」
「そんな話、もう流れているのですね」
「風の噂って奴かね。この調子で出世したら、今度は彼にサンの刀匠から仕入れた業物の商談を、させてもらうよ」

(「別に言いふらしているつもりはないんだけどね。ただ、聞かれた事に対しては害の無い程度に答えたけど‥‥」)
 忍者の彼は、職業柄か件の決闘後も情報を集めんと町を回っていた。あれからも、ナイル達の目撃情報や及び被害情報は、周辺からは特に聞こえてこない。
 勿論、見えない所で一団が蛮行に及んでいる可能性は否定できないものの‥‥近場で噂が無いだけでも安心感が違う。
(「これなら一応、安心して遊んだりも出来るのかな」)

「羽根突きとは、私の国では正月に行われる遊びの一つ。このようにして打ち合って‥‥」
 今日のアバラーブ家の庭先からは、剣の打ち合いとは違う音が響いていた。
 トールスが持ってきたそれで羽根突きをしているのは、睦とロート。
「あ‥‥」
「この様に、羽根を打ち損じると失点とし、失点者はこうっ目の辺りに○とか×とか墨で書かれたりするわけだ」
 睦は指でロートの目の周りをなぞって説明する。筆と墨も合わせて用意済みだ。
「ち、ちょっと待って下さい、本当にそれを顔に塗って‥‥?」
「強制ではない‥‥が、そうした方が面白いと思われる」
 たじろぐエリスティア。もし彼女が羽根突きをやるとしたら、恐らく無傷では済むまい。まぁ洗えば落ちるモノなので実害は無いだろうが、女性にとって、顔に落書きされるのは精神的ショックはそれなりと思われる。
「チーム戦にすれば‥‥」
「ちなみに、一対一の形式が主である」
 なにやらぶつくさ言い始めたエリスティアに、そっとそう告げる睦。
「おーいエリスティア〜、ちょっと話が――」
「今はそれどころではありません!」
 その名を呼び捨てにしたのはロイだが、それを咎める事よりもいかにして×ゲームを逃れるかの方が彼女にとっては重要らしい。
 謹んで辞退‥‥という選択肢も考えたエリスティアであったが、双子と不自然なく遊べる折角の機会。彼女の気質からして、自らこういう願い出はしにくいゆえ、これを逃したら次の機会はいつになるかわからない。また、これを切欠にして、もっと普通に‥‥もっと母親らしく二人と接する事が出来るようになるかもしれない‥‥とも考えている彼女であった。

「しまった、言いそびれた‥‥!」
 頭を抱えているのはロイ。実は、お小遣いを少々頂きたく先程エリスティアに声をかけようとした所だったのだが、タイミングを逃してしまった。当主継承の流れで今のところ進んでいるのだが、アバラーブ家の財産を自在に使える程の自由はまだ無い。好き勝手に家を出て浮浪しておきながら、帰ってきていきなり殿様なれるほど、世の中甘くない。まだ当分の間、財布の紐はエリスティアが握る事になっている。ロイが、当主としての働きを十分にするようになってから、有る程度の自由な使い方が許されるとの事である。
 必要に応じてエリスティアがロイにお金を渡す形態‥‥つまり、彼自身、今は自由に使えるお金は殆ど無い。
「金貨‥‥5枚。どうする!?」
 例の、服代である。先程のサンの商人は、アバラーブ家に馴染みのある商人であり、その性格からしてあのような事が可能だったが‥‥服屋の方は違う様子。また、ロイもそこまでお行儀良く着ていたわけでもないので、所々に擦れた跡や土がついていたりするわけで。これでは返しても怒られるだろう。
「どうする‥‥どうするの俺!」
 続きは報告書で。

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 向こう見ずな性格は若気の至りと言えなくもないが、それが金銭問題にまでも及んでは芳しくない。
「どうする‥‥どうすんの、俺!?」
 誠意、男気、妥協‥‥色々なカードがロイの思考内でチラつく中、声をかけてきたのは朝海咲夜(eb9803)であった。
「大変そうだね、何だか」
 笑みを薄く浮かべた人当りの良さそうな彼の表情は、暗鬱なロイとはまるで正反対。後ろで手を組みゆっくり歩いて来る咲夜に、ロイは舌打ちする。
「うるせぇ、からかいに来たなら――」
「まぁまぁ、そんなに邪険にしないで。とりあえずこれでも受け取って落ち着いてよ」
 ロイの顔つきは、それの輝きをみるや一変。それ、とは‥‥咲夜の手にある5枚の金貨!
「ま、まさかそれは!」
「みんなからのカンパさ。金額、足りているでしょ?」
 ロイにとって、まさに咲夜は救いの女神に見えたことだろう。咲夜の手ごと掴んで彼は喜びを噛みしめる。
「ぃよっしゃー! 恩にきるぜ、やっぱり冒険者って救世主だったんだな!」
「なになに、ベストフレンド☆ロイ殿の為なら一肌脱ぐのもやぶかさではないのである」
 と言うのはアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)。元はと言えば彼が、事の起源と言えなくもないのだがその辺は敢えて触れないでおく。人は探し物が見つかった時、その原因に悔やむよりもまずはそれが見つかった時の嬉しさを感じるものだ。
「フー、これで無銭労働を強いられる事も避けられそうだぜ」
「それも見てみたかった気もするが、な」
 少し残念だ、と付け足して苦笑する久遠院透夜(eb3446)だが、それは半分冗談。ロイの奉公姿を見てみたいのは嘘ではないが、それがもし双子が悲しむ可能性を孕むものであるならば話は別だ。
「あー、でもなんかアレだな。恩受けるばかりってのも、あまりスッキリしないもんだな」
 負債がスッキリしただけでもありがたがるべきのロイが、何か口走っている。
「え、返してくれるの? それじゃー出世払いの十一で」
「トイチ? って、なんだそりゃ」
 咲夜の言葉に首をかしげるロイに、その金利システムを説明すると、今更ながら彼は表情を歪めた。
「なんか汚ぇ‥‥ずるいぞこいつら‥‥とどのつまり年利365パーセントじゃねえか‥‥」
 なんだかロイが難しい事を言っている。天界語だろうか? よくわからない。
「俺は払わない‥‥払うもんか!」
「金は命より重いっ‥‥!」
 山野田吾作(ea2019)の言葉が、何故か今は凄まじい圧力を持っている。心なしか、今の田吾作は顎が変な形に見える、多分気のせいだろうが。
「その認識を違える者は、生涯地を這うっ‥‥!! と、までは申さぬが」
「そう、冗談だよ冗談」
「なんだ、驚かすなよ」
 田吾作と咲夜は半分冗談で言うも、もう半分は本音もある。
「いつもみんなに助けて貰えるわけじゃない、その事だけは忘れないことだよ」
「そうだな」
 咲夜と言葉を連ねるのは透夜。
「まあ‥‥その金貨五枚に恩義を感じるというなら、アラハーブ家としてその分働いてくれ」
「肝に、銘じておくとするぜ」
「酒の飲み過ぎで忘れるような事もなく」
「あのなぁ、そんな事を言われなくても――」
「ルトとロートは私達にとっても大切な娘のような者だからな」
「――わかったよ」
 青の双眸を見ながら、ロイは頷くのだった。


「ルトもロートも、大体ルールは分かったかな?」
「はーい!」
「ばっちりなんだよ、咲夜せんせー!」
 双子に対して、羽突きのルールを説明する咲夜。思えば、最近はひたすらに情報収集役に徹していて、双子には疎遠がちになっていた。
(「‥‥二人に教えてあげるの、久しぶりだな」)
 ゆえに、そんな事をしみじみと感じていた。
「二人とも、覚えが早くていいね。振袖も似合っているし、いかにも正月って雰囲気だ」
「「どーも、ありがとー!」」
 声を揃える二人は今、お召し物もお揃いだ。着物の上では紅白の花弁が咲き乱れ、梅は時間が経てばやがて実を結んでも不思議がない位に活き活きと描かれている。乙女の心を躍らせるには十分なものであった。
「ルト、ロート。よく似合っているよ。帯はきつくないか?」
「「だいじょ〜ぶ! なんだよー」」
 双子は、そこでくるっと回ってみせる。
「やはり、二人に振袖を勧めたのは正しかったな。ああ、可愛い可愛い‥‥」
「ちょ、っと、透夜せんせー」
「きついですー」
 二人纏めて抱擁して、頭を撫でたりしている透夜。
 すっかり顔を緩ましている透夜とは対照的に、厳しい顔つきなのは、エリスティア。理由は、羽根突きがさっぱり向上しない為。まるで素振りの練習でもしているかの如く、基本的に当たらない。
 さすがに、ここまで運動オンチとは思いもせず、教えている咲夜は思わずフォローを入れるも‥‥、
「真剣勝負という事も楽しいけれど、まぁ‥‥この羽を打った時のコーンと響く音が、また何とも言えなくて」
「いえ。顔に、泥ならぬ墨を塗られるわけにはいきませんわ!」
 まだ、諦めていないようである。エリスティア、必死だな。
 必死といえば、こちらも。
「く、無念。睦殿の振袖姿が見られないとは‥‥!」
「まぁ、相手は商人だ。ちゃんと返ってくる恩の売り方をするだろう」
 どうやら山野田吾作、サン商人との交渉が上手くいかなかったらしい。それを慰める様に、睦。
「あれは確かに華やかな格好ではあるが、動き易くはない服だ。勝敗の事を考えるのだったら、普段の服装のままの方が都合良い」
「え? そんなにも動き難いものなのであろうか。何故に?」
 首を傾げる田吾作に、答える睦の歯切れは悪い。
「何故にって‥‥激しく動いたら、なんだ、その、脚とか出てしまうかもしれないだろ」
「な、なるほど! でも、それなら尚更‥‥」
「今、な、尚更とか言っていなかったか?」
「言ってないでござる! 拙者絶対に、言ってないでござる!」
「そうか、なら良いが‥‥」
「しかし、睦殿の晴れ着姿を見てみたのは本音でござるが‥‥」
「な! 何を言っている!」
(「あの二人には、絶対に負けられない‥‥!」)
 この時、フルーレ・フルフラット(eb1182)(未婚)は、心に誓った。あのカップ――じゃなくて、あの組の打倒を!
 そんな中、アルフォンスの顔にだけ霞がかかっていた。思い返せば、ナイルは真偽不確かな言葉だけを残し逃げられ‥‥、アバラーブ家の事情にしても、ロイは当主として全く不安がない人となりとは言い切れない。
「考え事?」
 察してか、咲夜が声をかけると彼はようよう口を開いた。
「木の棍棒‥‥」
「え?」
「木の棍棒は使わないのであるな。木の棍棒と鉄の玉で打ち合うのが羽根突きのルールと母上から説明を受けた気がしたのだが‥‥。いやー、百聞は一見にしかずであるなあ」
「それは多分、情報の齟齬が起きているものかと」
 たとえ不安を感じても、この場で口にするほどアルフォンスも無粋ではない。

 まるで上天まで突き抜けるような、甲高い音。フルーレの羽子板に真芯を捉えられた球は、何人に触れられる事もなく地面に叩きつけられた。
「どうっすか! 私のスマッシュは108式まであったらいい感じッス!」
 ここは透夜&フルーレの女性教師組VS田吾作&睦のジャパン出身組。何はともあれ、ガッツポースのフルーレがまずは先取点。
「ふっふっふ。それでは早速、失点マークを書――」
「うむ、今のは拙者の打ちそこないでござろう。よってこの場合はまずは拙者から‥‥」
「いや、僅かに私より落ちていた気がする。つまり書かれるのは私だ」
「いやいや、拙者が!」
「いや私が!」
 なんと言う譲り合いの精神。思わず相手である透夜も苦笑をこぼす。
「これはなんとも、仲睦まじい事だな。どうしたフルーレ? 何故膝を付いているんだ?」
「試合に勝って、勝負に負けた気分ッス‥‥」
 敗北感に浸るフルーレをよそに響くルトとロートの声の、なんと快活な事か。
「「透夜せんせー! 次は私達とー!」」
「こちらの決着がつくまで、待っていてくれ。終わったらすぐに相手をする」
 さっさと田吾作の顔に一筆走らせながら、双子に返答する透夜。
「次を待たせているみたいなので‥‥全力でいかしてもらうッス! 無我の境‥‥でなくてオーラエリベイション!!」
 咆哮に違わぬ一声のもと、フルーレの体がオーラで発光すると、気を精神に作用させ彼女の嫉妬‥‥じゃなくて士気を高める。
「ぬぉ! なんという強さ故の厳しさにござるか!」
「その闘志の輝きに、人は瞬きを忘れてしまいそうだな」
 田吾作も睦も、彼女の覚悟を肌で感じ取る。一人、透夜だけが取り残された感が漂っているのは、恐らく気のせいであろう。

 こちらは、結構平和的。アルフォンス&咲夜VSエリスティア&ロイ。まぁ、エリスティアがかなり下手なので、ここで本気を出すのは何となく気が引ける。それに、羽根突きは本来、競技というより遊びだ。楽しむ事が本質にあるのなら、別にこういう試合も悪くないだろう。本気を出すのは、また別の人に‥‥そんな事を思いながら、咲夜は羽子板を振っていた。
 しかしそれでも、球の返し方が激しくぎこちないエリスティア。本気を出さない、というか出すまでもないのだ。
「あー、練習の成果ゼロだな」
「ロイ、黙りなさい! あっ」
 言っているそばから。
「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が――」
「それでは早速。このアルフォンス、容赦せん!」
 落胆する暇も与えず。アルフォンスが手早く一筆。
「一丁上がりである」
「ほぅ、どれどれ‥‥あっははは! これは傑作!」
 今、エリスティアの目の回りには太字で丸が描かれている。普段真面目な顔しかしていない彼女だけに、そのギャップで余計に可笑しいものに見えてくる。
「な、なに笑っているの! そこまで笑わなくても! 大体これは――」
「わかったわかった、次はちゃんとフォローする。‥‥これからは多分、大いにフォローされるだろうからな」
「ロイ‥‥」
 これから、ロイを待ち受けるのは当主としての労と責を果たす日々。それもエリスティアの助け無しには成り得ない。しかし‥‥いつかは、助け合える存在にならなくてはいけない。自分が敬愛していた師匠が残した、このアバラーブ家を守る為には。
「そうそう、遊べるのは今日くらいでしょ? 最低でも一か月分くらい、楽しんでおきなよ」
「一か月は、遊びらしい遊びもできないって事かよ‥‥」
 咲夜の言葉は脅しではないだろう、多分。
「当主としての仕事は窮屈やもしれぬが、いつでも気晴らしに御付き合い致すゆえ」
 アルフォンスに対し、ロイは苦笑しながら返した。
「ま、依頼する事があったらそん時にまた宜しくって事で。本当は、問題が無いのが一番なんだけどな」

「トールスさん、台所の片付け終わりです」
「お疲れ様です。休憩後、次は洗濯物を取り込みを。今日の天気ならもう乾いているでしょう。それでとりあえず午前の課業は終了です」
「まだ書庫の整理が残っていますが‥‥」
「今、最中の仕事を終えたら、私が書庫へ向かいます」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 仕事をしながらメイドに指示を出すトールス。今日はエリスティアの分も働いているのでそれなり忙しい。無理をしてしまったか‥‥正直な所、後悔していないと言えば嘘になる。
 しかし、木窓を開けて見えた風景が、そんな気持ちを打ち消した。


「はぁー、やっぱり透夜せんせーにはかなわなかったなー」
「いや、なかなかルトロートも上達したものだ。想像以上に苦戦したぞ。つい本気になってしまった」
 双子に勝利した透夜は今、ルトの顔に字を書いている所。
「書いたのは私の国で『華』を意味する字だ。あまり変な字を書いても可哀そうだからな」
「それならば透夜殿、拙者のコレも何か意味があるのでござるか?」
「男は適当だ」
 田吾作の額には『肉』と書かれている。多分、意味はない。
「さて、この機会だ。折角だからエリスティア殿とも楽しんでくるといい」
「あ‥‥うん」
 家族との団欒を透夜が促すも、何故かルトは晴れぬ顔色。
 この親子は、距離を置いている時間が長過ぎたのだ。諸々の問題を取り除かれた今になっても、急にその距離を無くす事など容易に出来ない。

 それでも。

「ルトさん、ロートさんも。今日行った最後の授業で言った言葉、覚えていますか?」
 フルーレの言葉に、双子は一様に頷く。
 そして二人は小声で何か相談したかと思うと‥‥エリスティアとロイのいる方へと走って行った。
「何を教えたんだ? 最後の授業で」
 透夜の問い。フルーレはぎこちなさそうに羽根突きを始めた家族を見ながら、それに答えた。
「まぁ何て事ない、ありきたりな言葉ッスけど‥‥母親を大事に、という言葉を」

 その距離を無くす事など容易に出来ない。それでもそのままでは、何も進まない。逃げ続けては、今までと変わる事も出来ないのだ。だったら‥‥どちらからでもいい、歩み寄らなくてはいけない。


(「聡明な冒険者の方々は気が付いている事でしょう。この物語は、逃亡者達の物語だったのです」)
 書庫に一人、トールスは物思いにふけながら作業に勤しんでいた。
(「先代は愛娘を労苦から遠ざける為とはいえ、最悪に最も近い選択に逃げた。
 エリスティアお母様も娘に対して同様に思うも、結果として離れてしまった双子との関係をもう直す事は無理と諦めていた。
 ルトとロートは、武術の訓練でいずれ何もかもが好転すると自らに言い聞かせ続けた。
 ロイは先代の死を受け入れず、自らの責を放棄した
 根本的な願いは同じであっても、逃げ道を探し続ける者同士なら思いがすれ違うのも当然。そして退路は有限。最後に残るのは自滅のみ。
 この家の家族にとって、まさに冒険者は救世主となりえたのでしょう」)
 トールスは、本棚の奥にしまい込んである一枚の絵を取り出した。絵には、晴れ着を着て行儀よく座る一人の少年が描かれている。
 苦笑が嘲笑の色を含むのは、自身が先述の通り、逃亡者に他ならぬからである。
(「まだこの頃は、自分の足の事など‥‥考えもしなかったな」)
 絵をしまい、彼は再び書庫整理を再開した。


 今日のアバラーブ家の庭には、汚い大人の声ではなく、楽しそうな冒険者と家族の声の声が響いている。
 恐らく、この様が今晩の食卓でまた語られるのだろう。
 そういった昼と夜を何度越した頃、この家族は真に団欒する事ができるだろうか。

「二人とも、少しは手加減しやがれ!」
「いや、手を抜く必要はないよ。二人とも。ルト、ロート‥‥エースを狙え」
「「はーい、咲夜せんせー!」」
「手を抜くのはかえって失礼ッスよー!」
「それにしても二人とも、上達が顕著でござる」
「流石、と言った所だ」
「隙あらば思いっきり打ち込むべし!」
「ルトとロートと、エリステア殿の楽しそうな顔‥‥これを見ただけでも、今まで講師として関わって来た甲斐があったな」

 その日は、遠くないだろう。