【アバラーブ家の家庭の事情】疑念の決闘
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■シリーズシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月30日〜01月04日
リプレイ公開日:2008年01月13日
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●オープニング
「二人とも大分礼儀作法も様になってきました。学習に向ける姿勢は真剣そのものです」
「墓地で騒ぎ出す事がなくてひとまず安心しています」
エリスティアと話しているのは、双子の礼節教育を主に担当していた女性のナイト。そう言われ、双子はえっへん! と胸をはる。
「確かに集中力はついてきたな。ルト、ロート、次は書道や茶道にも挑戦してみないか」
「しょどー?」
「さどー?」
首を傾げる双子に、天界のジャパン人がその文化の一端を説明する。
「天界にも、サンの国に似た文化があるのですね。サンと言えば‥‥ロイ」
「な、何だよ」
突拍子も無くエリスティアに声をかけられたじろぐロイであったが、そんな事はお構いなしに彼女は彼に歩み寄り‥‥腰から剣を取った。
「何を――」
「この通り、あなたが持っているサンソードにもアバラーブ家の家紋が付いています。悶着を起こした様ですが、これを見せれば穏便にすんだのでは?」
「け、結果的になんとかなったんだからイイだろ」
「‥‥‥」
言い訳に対して無言を返されると、それはそれでキツい。困り顔のロイは後ろで、白髪の冒険者がにやにや笑いをしている気配を感じ取った。
グエン・アバラーブの墓は、思いのほか質素な墓標であった。本人の意向でこうなった、とトールスが皆に告げる。
ルトとロートは今、何を思いながら父の名が刻まれたそれを見つめているのだろうか。黒の双眸は、暫く父の名を映し‥‥やがて潤むと目の端から雫をこぼす。普段の様子とは逆の‥‥静かな涙。それは、誰が手を伸ばすよりも先にロートが拭いていた。
瞳は閉じられ、祈りが捧げられる。
「先生方と、少しお話があります。ルトとロートは、先に帰っていなさい。申し訳ありませんが先生方のどなたか付いていってあげて下さい」
エリスティアに言われ、鎧騎士の女性と睦が付いていく事になる。道中、また、チョーカーを出してどちらが良いか聞いていた。双子は悩みに悩んだ結果‥‥どうやら決まったらしい。
「一緒に帰れば、宜しかったのでは?」
トールスが言うもエリスティアは、無言。
(「少し、恥ずかしがり屋さんなのかも知れないッスね」)
そう思いながら、ナイトはエリスティアに話しかける。
「いずれ近いうち、もっと傍らにいられる様にしてみせます。騎士の誇りと剣にかけて」
「ええ‥‥、ありがとう」
短くではあるが、感謝を口にするエリスティア。どうやら‥‥というかやはり、娘達を蔑ろにしているわけではない様である。何でも、急に変える事は難しい。それこそ、ナイトが思う様に恥ずかしがる部分もあるかもしれない。
「まぁこれからは、ロイが仕事の半分位してくれるだろーから、楽になるんじゃない?」
「てめ、何勝手な事言ってやがる!」
白髪の冒険者に言われ、突っかかるロイ。だが相手はすまし顔のまま。
「いいじゃん別に。タダ飯食うより仕事して飯食った方が周囲に引け目ないでしょ?」
「だったら喜べ、早速仕事の機会を与えようっていうんだからな」
白髪の冒険者に続いた声は、冒険者以外の者の声。場の全員が、一斉にその声の元へと視線を向ける。
「貴様、何故此処にいる!」
「そんなの俺の自由だろ。追うのは女の尻だけにしとけ」
叫ぶ侍。それに対して、恐獣に跨るその男は辟易としながら返答した。
右手に手に持つハルバード、刃が半分錆びているそれに付いているは紋章はロイのサンソードと同じ。
「お前が‥‥ナイル」
呟くロイの視線は、的を射抜かんが如く。
それを受けながらナイルは侮蔑の笑みを浮かべる。
「初対面だから、フルネームで自己紹介といこう。俺の名はナイル・アバラーブと言う」
「黙れ!」
抜刀し、ロイは白刃を煌かせながらナイルに向け疾駆す――
「!!」
――る前に体の方向を変え、トールスに向けて跳躍すると腕を伸ばす。
伸ばした腕には、矢が。射手はナイルの一味の者だろう。既に姿をくらませている。
「とりあえずお荷物を置いて来い。そしたらまたここで戦ってやる。騎士サマらしく、一対一の決闘で」
「何!?」
「時間はその矢に括り付けられている紙を見ろ」
ロイが何か言う前に、既にナイルは背を向け、恐獣を走らせていた。場にいた冒険者達の得物が振られる前にナイルは逃げ去ってしまう。
「うーむ、やはり逃げ足は一丁前である」
男性のナイトは、腕っぷしよりもその逃亡の手際に対して呟きを残す。
「すみません、足を引っ張りました‥‥」
「確か、足が悪いのは生まれつきなんだろ。先天的なモンにケチ付けるほど狭量じゃねぇつもりさ」
矢を引き抜いたロイの手に、トールスが応急的な措置を施す。
「さーって、どうしたもんか‥‥」
墓参りから帰ったその日の晩。アバラーブ家でも飲んでいるロイ。
「奴は根っからのヒトデナシっ、言葉は信用しないのが無難である。何しろ、前科持ちであるゆえ」
「だろうなぁ、元からカオスニアンなんて信用出来たもんじゃないし。でも、どうするか‥‥なぁ」
過去にナイルとの幾度か対峙した事のある男性ナイトが、過去談を交えながら話す。
可能性として高いのが、ロイを包囲して騙し討ちをする事だろう。しかし、同じ様な策を以前冒険者達に破られ敗走に至っているナイルが、果たして二度も同じ作戦を同じ様な相手に講ずるだろうか? という疑問も浮かんでくる。
願わくば、本当にナイルが一騎打ちを望んでいてほしい所。ここでもしナイルを倒せばアバラーブ家の後継者としての印象は固まるだろう。敗走だとしても、だ。そしてそれが華々しい一騎打ちともなれば、吟遊に値する物語へとなる。
勿論、一騎打ちで負けたらその逆であるが。
完全に無視、という選択もあるが今度ナイルの足を掴める機会はいつになるかは誰にもわからない。
「ま、とりあえずもう一杯飲むか」
「ロイ殿、何と言う飲兵衛‥‥」
結局、考えが纏まらず深酒に至るロイであった。しかしまぁこの機会に聞ける事は聞いておくか、と鎧騎士は晩酌の相手をしながら問う。
「昔‥‥そう、グエン殿の死の前、母君と双子の仲は如何程だったのか」
「まぁ、その頃からも忙しそうだったけどちゃんと家族団欒な時もあったな。そん時ゃちゃんと笑っていたりもしたんだ。今の仏頂面からは想像も出来ないだろ?」
「成る程。それなら例え惚れても不自然無いな」
「馬鹿か! 母親同然に思っていた奴に誰が惚れるかよ!」
(「成る程、母親の様に思っていたわけか」)
聞く所まで聞いた鎧騎士は、最後の一杯を飲み終えたロイの肩をロイの担ぎ、寝室まで運ぶと、
「世継ぎとなるなら、今後は飲み過ぎに注意する様に」
と一応言ってから、戸を閉めた。
暗闇の中、ロイはまどろむ脳内の中から、昼間のナイル――いや、彼の持つハルバードを思い出した。紋章付の、錆びたハルバードを。
「あれは確かに、あの人のハルバード‥‥」
ロイは、グエンの死を受け入れていなかった。
本当は死んでいなくて、いつかどこからともなく家紋付のハルバードを持って現れる‥‥そんな考えが頭にあった。
だから、彼の死に携わる諸々の事を考えないようにしていた。
家にいては嫌でもその手の話題で騒々しく思ったその日、気がつけば家を出ていた。
しかし、そのハルバードを持つ者はいまやグエンではない。その目で見たモノは、否定できない。
情報集めに没頭していた咲夜によれば、昨今ナイルの目撃例がちらほら有るらしい。近くにいる事は、信じて良いだろう。
●リプレイ本文
ナイルの真意、それがどうであれどうせならこの環境を利用する。
現在、学習室にはいつも通り双子とフルーレ・フルフラット(eb1182)等の講師達、それに加えてエリスティアもいる。
普段は静けさの中に精美を漂わせる妙齢の淑女の立ち姿、今はそれに若干落ち着きが見られない。面こそは静かなままだが、何回も指を組み替えたり、意味も無く髪に触れたり‥‥
「んー護衛対象を一つに纏めるのは定番なんで。ばらばらだと手が回らず危険ですから〜」
「わかっています」
小声で言う無天焔威(ea0073)に、ぶっきらぼうに返す彼女。そんな様子を教壇から見取ったフルーレは、とりあえず胸の内のみで苦笑をしておく事にした。
授業はスムーズに進行中。居眠りは、まだない。
外気は冷えきり、風は人々の体温を奪いながら、まだまだ春が遠い事を伝える。
家の防寒着を着込んだロイは、更に襟を立てながら目を細める。
「真意、か」
「うむ、ナイルめが酔狂で動くとは思えませぬ」
山野田吾作(ea2019)に問われたロイだが、彼もそれを掴みきれていないようだ。
「行動理由なんざ大概決まっているもんだ。自分の利益か、もしくは‥‥」
「何でござろうか?」
「あとはホラ、アレじゃね? 何か感情的なそれとか‥‥じゃね?」
襟で隠れるロイの半面だが、田吾作にはその表情がニヤニヤ笑いである事を本能的に察する。片岡睦(ez1063)には屋敷に残ってもらい本当に良かったと、彼はつくづく思った。
「生前におけるナイルとグエン殿に何か繋がりがあったりとか‥‥心当たりがあったら教えてほしいのである」
「どうかな‥‥。お前らこそ、ナイルに何回か会っているんだろ? 何か知らないか?」
首を横に振るアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)を見て、ロイは「そうか」と短く返す。
「陽動が主目的の感は払拭できないが‥‥」
「屋敷周辺にカオスニアンを見かけたとか、そういう噂は特に聞かなかったね」
すっかり情報収集役の朝海咲夜(eb9803)。しかし、それは逆にロイの表情を曇らせた。
「もし俺がカオスニアンだったら、ボロ布まとって顔にドロでも塗って浮浪の人間の振りをする。そのナイルってのは小賢しい奴なんだろ?」
「ああ、なるほど」
そういえばキミもそうやって門に近づいたっけ‥‥とは思ったものの口にしないでおく咲夜。今の所、彼と喧嘩しても何の利もない。
「とりあえず今は‥‥決闘を果たすしかない、ね」
咲夜の言葉に、皆が頷いた。
「うん、二人とも似合ってるよ。可愛い可愛い」
「ホント? ありがとー」
「白はおねえちゃんのお気に入りなのー」
ルトには白、ロートには黒、それぞれの希望で色違いのチョーカーを付けた二人に、久遠院透夜(eb3446)は満足げに頷く。そんな雑談を挟みながらも双子は膝を正したまま、粗相の無い様に食事を続ける。
今、アバラーブ家の食卓は講師と、その家の家族によって囲まれている。これが本来の姿なのだ。だというのに、『護衛対象の集中』という口実がなければそれの実現に至らない現在が、酷く悲しい‥‥透夜は笑顔の影にそんな事を思っていた。
「そういえば、ナイフの使い方が上手くなったな、ルト」
当初、白身魚に袈裟切りの一撃を食らわせていたルトに、マナーの上達を褒める透夜。
「嘴の黄色いテーブルマナーね」
しかしテーブルマナーは一朝一夕で全てを習得出来るわけではない。ましてや仕事上会食等のシーンを幾度もこなしてきたエリスティアには『それなりに出来ている』という事以上に、かえって『出来ていない所』の方が目に付く。
雑談が、止まった。
‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥‥。
‥‥この沈黙は、若干苦しいものがある。
「確かに、二人ともまるで雛の如き可愛いらしさがあるっ」
「ちょ、透夜さん! 真顔でいうとネタか本気かわからないッス」
恐らく、気まずい沈黙に耐えかね喋り出した様子の透夜。しかし如何せん突拍子無いタイミングで話されたそれに、眼鏡をして真面目モードのフルーレも、思わず通常口調でツッコミを入れてしまう。
そんなやりとりを見て、失笑を隠しながら焔威。
「まぁ、この期間にしては上達したほうじゃないー?」
確かに、始めの状態と現在を比べれば雲泥の差。教師も双子も、いかに真剣に取り組んだかが見て取れる現状だ。
「俺達講師は卵の殻を破って彼女達を雛にしましたー。今度は、誰かさんが自分の殻を破る番かな〜、と。」
「遅かったな、ヒヨッコども」
「貴様が熟達を気取るとは片腹痛いぞ、ナイル」
相変わらず見下す目と口の持ち主に、もはや別段熱く憤る事も無く田吾作は返す。
その間、咲夜が周囲に目を光らせておく。季節柄、広葉の茂みは無いものの‥‥都心から離れた閑静な林、立ち木が場を囲み死角があり過ぎる。事前に鳴子を設置した彼だが、油断はしない。
「たまには逃げずに堂々と立ち会うてはどうだ? そのハルバードが泣いておるぞ」
アルフォンスが釘を刺す意味も兼ね軽く挑発。決闘自体、濁すつもりはないが。
「よしわかった、今回は正々堂々と戦うよ」
「ホントであるか?」
「俺が嘘付くように見えるわけか?」
「うむっ」
「よくわかってるじゃないか」
ちょ、ナイル貴様適当に流したであるなおのれー‥‥と叫びたくもなったのだが、何となく空気を読んで押し黙るアルフォンスであった。
ナイルは、ロイの方を向いて口を開く。
「すぐに師匠と同じ所に行ける‥‥便利な所だろ? ここは」
「黙って構えな」
「つれないな」
「当主たるものお喋りを控えろ、って言われてるんでね」
そしてナイルは嘆息の後、ハルバードの穂先をロイへ向けた。
切っ先を向け合う二人‥‥余りにも静か。この沈黙を包む空気は不穏でもあり、また侵され難い厳かさもある。どうにせよ、この緊張感は息苦しい。
先にこの沈黙を侵したのは、ロイ。
前進、直線的な動き――故に最短、故に最速。ロイの靴底が地面を弾き、瞬発は瞬き程の間隙に二者間の間合いを詰める。
ナイルは自分目掛け疾駆する物体へ刺突――外れる、が連撃で横へ薙ぐ。
無駄、回避。
己への斬撃よりも速く踏み込むロイ。ハルバードがロイの背中の空気を切り裂いたその時、彼は最大の握力でサンソードの柄を握る。
突撃。
踏み込みの速度をそのまま切っ先へと乗せたそれは、まさに突撃と呼ぶに相応であった。仇敵の心の臓へ、白の煌きは一直線に奔る。
しかしそれは相手の空を抉るに終わる。ナイルはとっさにハルバードの石突を使って剣を弾き軌道をずらしたのだ。
そして石突が次に狙う対象は、ロイの眼。
石突は確かに貫いた、ロイの眼‥‥がコンマ数秒前にあった空間を。
ナイルが気付いた時には、彼は懐に潜り込んでいた。
(「馬鹿か、そんな接近では剣も使え――」)
ナイルの思考を途中で遮らせたのは、こめかみに刺さるロイの鉄拳。ロイの剣はいつの間にか腰に収まっていた。
鳩尾を打ち、下がった上体へ向け放ったフックはナイルの奥歯を砕き、口内に血の味を広げる。
距離を取ろうとするナイルだが、不安定な足運びで何が出来ようか。更に追撃され殴打をくらう。
ふらつくナイルを見て、トドメを刺さんと再び剣の柄を握るロイ――その視界が赤く染まった。
(「血の目潰しか!」)
吹き付けられた血がもろに目に入ったロイの足は、そこで止まってしまう。
「ロイ殿、危ない!」
アルフォンスがロイに駆け寄ると、その手に持つ盾で飛来した矢を防ぐ。
「このウソツキめ! ウソツキは泥棒の始まりであるぞ‥‥って、しまった! 奴は既に泥棒!」
「‥‥よくわかってるじゃないか」
木々を避け、叫び声をあげながら現れた恐獣に颯爽と飛び乗ると、ナイルは背を向け恐獣を走らせる。
「田吾作殿!」
「準備は既に!」
既に騎乗を済ませている田吾作が一足先に軍馬を走らせる。
「馬で競って負けるつもりはござらぬ。今日こそ年貢の納め時ぞ、ナイル!」
雑木林の一帯であるにも関わらず、まるで不自由無く馬を走らせる彼の馬術は相当のものだ。ナイルもその姿を確認すると、思わず舌打ちをする。
「この先は、恐獣に乗って待ち伏せしている仲間が‥‥」
「お主が陥穽を敵に伝えるはずもあるまい」
「裏の裏をかいている可能性、とかな‥‥」
「例えそうでも、引き下がっては士魂に背く!」
火花。打ち込まれた田吾作の刀とハルバードはぶつかり合う。
それに合わせるタイミングで恐獣の口が開いた。
「させん!」
手綱を操り東皇の首を引かせ、鋸歯は空気を食む。それに向け突きを放つも、ナイルも同様に恐獣を退かせ回避する。手綱を引きながらも、もう片方の手で穂先を繰り出すナイル。それ自体は難無く受け止める田吾作だったが、間合いが離れてしまい切り返せない。
「利もなく動く性分ではあるまい。別動隊が屋敷狙いか」
「無いね。あの屋敷を直接襲撃する事は無い。まぁ、ロイを負かすつもりではいたが殺すつもりなんてなかったさ」
「戯言で困惑を図るか!」
併走しながら攻防を繰り返す二人。その耳に、後方から接近する蹄の音が。
「田吾作殿ー! 助太刀に参上である!」
アルフォンスが追いついてきたのだ。
「さて、お喋りもこれまでだな‥‥本格的に逃走させてもらう」
「ナイル、そう易々逃げられるとおもうな!」
アルフォンスの発光から、魔法で恐獣を狙われる‥‥そう危惧し身構えたナイルだったが、アルフォンスのオーラショットの対象は恐獣ではない。
「な――」
「成程、心得たぞアルフォンス殿!」
高速詠唱で放たれた気の弾丸の対象はナイルではなくその手に持つハルバード。虚を付かれ不安定なそれに、田吾作が合わせる。
「断ち切るぞ! 貴様と当家を繋ぐ因縁を!」
破砕音。
ハルバードは柄から砕け、長物が宙を舞う。
‥‥が、間一髪の所で斧部は掴んで落とさない。
「手斧程になったそれに、ムキになるでないぞ!」
「狙い撃ったお前が言うな。それに、俺を追うより屋敷の方を心配したらどうだ?」
それを聞いて、田吾作が眉間に皺を寄せる。
「貴様、言動が二転三転しているぞ」
「お前の仲間曰く、俺は泥棒なんだろ?」
嘘つきが嘘の嘘をつく可能性‥‥なんだかごちゃごちゃとしてよくわからないが、とにかく、屋敷が襲われない保障などない。
「屋敷に残る仲間を信用しないわけではないござるが‥‥」
「今回は別にお主を捕まえられなくても全然かまわないのである! 精々斧部だけ持ってかえって少しは綺麗に錆び落としでもするがいいのである!」
何だかナイルが睨んできた気がしないでもないが、気にしないアルフォンス。
ナイルの背中が小さくなり‥‥程なくして木々に紛れ消えていった。
音はやがて小さくなり、そして演奏は終わった。派手な締め方ではないが、その分澄んだ音色が余韻として耳に残る。
ロートの笛と、焔威の琵琶‥‥しかし彼女を際立たせる為、焔威は控えめに弾いていた。
「見事なものだ、上達したな」
透夜が拍手をすると、ロートは「ありがとー」と明るい言葉を返す。続いてフルーレやトールス、ルトや睦などその場で見ていた者が拍手をする。
その中で1人、拍手をしようと手を上げ‥‥だがしかしそこで手を止める者がいた。
「して、いいんですよ」
エリスティアに声をかけるフルーレ。
「母親は、自分の子供を褒めるものです」
そして‥‥控えめに、エリスティアは自らの掌によって、我が子を褒めたのだった。
門の方から物々しいそれが聞こえたのは、その時だった。
(「水をさすとは‥‥どこの輩だ!」)
思いながらも、透夜は駆け出していた。すぐさま門へ行き、門番に取り押さえられている男にサンショートソードを向けた。
「何人たりとも、可愛い教え子に危害は加えさせん。ここより進む気ならば命を捨てる覚悟を‥‥む? お前は――」
「ロ、ロイさんはどこなんすかー」
門番には顔を忘れられていたようだが‥‥以前、ロイと一緒にいた浮浪の者であった。
「おぅ、どうしたこんな所で」
丁度いい所に、ロイの帰宅。他の冒険者も連れている。
「ロイさーん、この前買った服屋の店主に先程殴られたんですよー。早いとこ払っちゃって下さい!」
「しまった‥‥! すっかり、わすれていたな‥‥」
前回未払いの服代は金貨5枚分。ツケにしては、大きすぎる値段である。
「そっちは、どうだったッスか?」
「逃げられちゃったよ。ナイルにも、その仲間にもね。相手も中々、心得ているみたい」
フルーレに問われ、咲夜は苦笑しながら、切られた鳴子のを縄を見せた。彼の罠の技術は確かなものだったのだが、茂みを活かせないこの季節、更に日中と言う事も重なり罠がバレたようだ。
「完全に奪い返す事は出来なかったのだが‥‥とりあえずこれで、もうあのハルバードを振り回して悪事を働く事は難しいと思われる」
アルフォンスの手には、ハルバードの柄の部分。
「尤も、手斧の様に使えば使えなくも無いものであるが‥‥」
「ナイルめが、そうわざわざ使い勝手の悪い武器を取り回す事もないと予想する次第でござる」
田吾作が付けたし、その他の様子を屋敷滞在メンバーに伝える。
本当に不意打ちが無かっただけに、ナイルの真意が気になるところだが‥‥とりあえずは、平和な様子の双子とエリスティアを見て、冒険者達は安心した。
「なるほど、そうなかなか町で売ってはいないか‥‥」
折角の新年を迎えたわけだから、ジャパンの正月遊び、羽根突きを双子に教えようとした透夜であったが、エリスティアにそう聞かされ残念そうに呟いた。
「まぁ、輸入品と言う事ではしょうがないか」
「すいませんが――」
「手にはいると思います」
謝ろうとしたエリスティアだったが、それに割って入ったのが、トールス。
「知り合いのサン商人に聞いてみましょう。手に入るかもしれません」
「ちょっと、トールス!?」
「この機会に、お子様とお遊びになっても宜しいのでは。その間、出来る仕事は私が片付けますので」
「これは、何?」
「焔威せんせー?」
「早いけど、二人への卒業記念にって思ってさー」
ルトにライトニングスピア、ロートにはプロテクションリングを渡すと、彼は説明する。自分が先生なのはこれが最後である事と、自分の帰るべき場所の事を。
「こんなの、いらない!」
「だから行かないでよ焔威せんせー!」
記念品を焔威に返そうと押付けて、泣きながら訴える2人に流石の焔威も困り顔になる。
「『預かって』やれ、ルト、ロート」
そこに現れたロイは、空になった薬容器を持っていた。それは焔威が彼に渡した、ポーションと解毒剤の空。
「俺は借りを残すのが嫌いでね。特に、お前みたいな奴にな」
拳を焔威の胸板に当てながら、続ける。
「だから、いつか帰ってこい。そん時は、何倍かにして返してやる」
焔威は、クスリと笑みをこぼして言った。
「その前に、ちゃんと服屋にツケ返しなよ」
「てめ‥‥ッ! 最後の最後まで‥‥!!」