【憂鬱の金】結婚まで何マイル?
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■シリーズシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月12日〜02月17日
リプレイ公開日:2009年02月23日
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●オープニング
「聞いてよ! ホントこの前会った男爵ったら事あるごとに『ママ〜、ママ〜!』って。もう、あんな殿方は二度とご御免だわ!」
「天界では、そういう男性を『マザコン』と言うらしいです」
「そ、そうなんですか。なんだか、令嬢っていうのも、大変なんですね」
女三人寄れば‥‥、古来からのいわれ通り騒々しいのは午後の庭先。お茶を片手に座談会とは全く平和な風景ではあるのだが、中の約一名はご機嫌が斜めのご様子。
屋敷の使用人などには見慣れた風景ではあるが、一応、このフロイライン御三方について軽く紹介を。
「はぁ〜、白馬の王子様なんてなかなかいないものね。ま、いたとしても私と釣り合うかは別問題だけど」
まず、金髪をピッグテールに結う見目麗しき少女は、ヨアンナ嬢。家柄、容姿はなかなか恵まれたものだが、御覧の通りの性格ゆえに、彼氏いない歴=年齢を貫く少女だ。
「先程のマザコンさんだって、駿馬くらいには乗れると思います」
次に、静かな口調でそう言うのは、ルティーヌ嬢。銀髪と終始無表情な様子が特徴的で、ヨアンヌ嬢とはまるで反対なのだが不思議と彼女とは馬が合い、友達付き合いも随分と長い。
「そういう問題でも、ないと思いますけど〜‥‥」
最後に、いつも会話には後手後手に回りがちの黒髪の女性は野元和美と言う天界人。成り行きで彼女達と知り合い、いつの間にかヨアンナ嬢、ルティーヌ嬢の両家のお世話になっている。
性格が全くバラバラながら、不思議と仲睦まじきこの三人。バラバラだからこそ、という事もあるのだろうか。
しかし、この三人の中でまさか裏切り者が出ようとは、この時誰が予想できただろうか!
「そういえば、そろそろ風霊祭の時期ね‥‥」
ヨアンナは自ら口にした言葉なのに、まるで親の敵を思い出した様な顔をしている。一体全体、どういう事なのか? 何をそこまでご立腹の様子なのか? 何が何だかわけがわからない‥‥。思わず和美は聞き及ぶ。
「どうしたんですか? ヨアンナさん、そんな険しい顔で――」
「原因は貴方達、天界人よーー!!」
「えぇ!?」
どういう事か? 余計にわからなくなって狼狽気味の和美に、ヨアンヌは人差し指を突き付けたまま喋り出す。
「貴方達がこの時期に天界で行われる行事、『バレンタイン』なんてものをこの地で流布した事が事の発端なのよ! ここまで言えば私が言いたい事、わかるわよね!?」
「‥‥ぇ? えぇーっと、わかりま‥せん」
ヨアンヌの勢いの押され気味の和美。この中では最年長だというのに、威厳の欠片も見受けられない。
「なんでも、その日は愛する男女の為の日でお互いの愛を確かめ合う為、互いにプレゼントを贈るとか‥‥これって、独りの人間にとっては拷問よ拷問! この日に社交会の予定なんて入ったら‥‥考えるだけで恐ろしいわ!」
あれ? これって何かおかしい? バレンタインの本場(?)天界にいた和美は疑問と同時にその答えも予想する。
(「ヨアンナさんは、もしかして勘違いをしているんじゃ? そ、そうだよね。テレビもラジオも無い時代に、全く違う世界の文化が口コミで広がっただけなら間違った情報が流れるなんて事もあるよね」)
「街に出たとしても、きっと男女二人が、独り身に対してまるで負け犬を見下すような目で見るんだわ!」
「そ、そんな事ないです。そもそもバレンタインというのはお菓子屋さんの作戦が――」
「和美‥‥思いやりは時として人を余計に傷つけるもの‥‥。気持ちだけ、受け取っておくわ」
なんという聞く耳の持たなさ。どうやら和美には釈明すら許されないらしい。和美は助けを求める様にルティーヌを見るが、いつも通りの無表情な顔しか返ってこない。そしてその顔は、語る。
ヨアンナはそういう人です、と。
「でもその日一日、屋敷で引き籠っているのも御免だわ。どうすれば‥‥そうだ、おばさんの所へ遊びへ行きましょう! そこで女性だけの社交会でも開いてもらいましょう! そうしましょう!」
たった今に浮かんだ名案にヨアンナは歓喜していた。まぁこの三人の予定など、いつもこの様な流れで決まるパターンであった。
しかし、
「‥‥私、行けません」
今日は、
「え、ルティーヌ?」
今日だけは、違った。
「私は用事があるのでその日は行けません」
「もう、ルティーヌったらまたお父様の仕事のお手伝い? たまには息抜きも必要――」
「私。結婚を前提にお付き合いしている男性がいます」
「あ‥‥ありのまま、今、起こった事を話すわ。『私は社交会の予定を提案していたら、いつの間にか友達が結婚相手を見つけていた』」
「催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃ、断じて無いですね」
放心状態のヨアンナの傍ら、お茶を片付けながら応じる和美。ルティーヌは一足先に帰っている。
幼馴染に結婚を先取りされた今‥‥、ねぇねぇ今どんな気持ち? と聞くのは流石に可哀そうだ。和美は、なるべく当たり障りのない言葉を選ぶ。
「私も、びっくりしました。まさか、って感じですよね‥‥。でも、十代で結婚するのもこの世界では珍しくないって聞――」
「確かめるわ!」
ところが、またもや和美の言葉が最後まで彼女の耳に入る事は無かった。
「はい?」
「ルティーヌの相手がどんな人か、この目で見て確かめるの! だって、もし変な男性だったらルティーヌが可哀そうじゃない!」
これは、間違いなく嫉妬。嫉妬以外の何物でもない。しかし、そうストレートに言えない和美はそのまま話を聞く。
「ルティーヌの家の使用人は大体面識があるから、なんとか場所を聞き出して、あとはデート現場を尾行するのよ」
「さ、さっきご自分で言った様に、街にいるカップルから、なんだか可哀そうなものを見る目で見られたらどうするんですか!? わ、私はそーいうの慣れっこなので大丈夫ですけど、ヨアンナさんは耐えられるんですか!?」
「うぅ!!」
その説得は効果があった様で、ヨアンナは怯んだ様子を見せる。
(「良かった、なんとか聞いてくれたみたい。‥‥でも、ルティーヌさんの彼氏さんって、どんな人なんだろう。私も実は、気になったり‥‥」)
胸の奥にひっかかるモノがあるが、これで一安心‥‥そう安堵する和美であったが、そのままで終わらないのがいつものパターンであった。
「‥‥冒険者ギルドに依頼を出して冒険者を、雇うわよ」
「‥‥え? な、何をするつもりですか?」
「相手が、相手がいれば文句はないんでしょ!? 相手がいれば!」
●リプレイ本文
街に降り注ぐ陽光は、やがて来る春の訪れを香らせていた。
が、しかし街路を歩く男女は春なんぞスッ飛ばして最早真夏日。いや、そういう人間達だけという訳ではない。
ただ、目に付く。
いや、目立つ。
そして自分が独り身だったら腹が立つ。
「‥‥どこか、適当に座れる酒場にでも行くわよ」
「は、はいー」
そんなヨアンナと和美のやりとりを見て、音無響(eb4482)がぼんやりと思う。
(「どちらも、分かり易い性格だよなぁ。和美さんも、相変わらずみたいだ」)
ヨアンナと和美が着替えている間、テーブルにて待つ冒険者達は、他人の恋路について詮索‥‥イヤ事前に今依頼の情報を確認し合っていた。
「あのルティーヌ嬢の結婚を前提とした交際相手がいる? なん‥‥だと?」
「ううーむ、こう言ってはなんだが、意外な台頭であるなぁ」
アリオス・エルスリード(ea0439)やアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)は口々に、驚嘆を漏らさずにいられなかった。
「皆様は妙な驚き方をするものです。ルティーヌさんという人は、婚姻のお話が出て来ても不思議では無いご年齢と伺っていますが」
訝しがるラフィリンス・ヴィアド(ea9026)に、アリオスとアルフォンスの二人でルティーヌの人となりを話す。
曰く、常に無表情であり、普段の様子からは色恋等を感じさせない人物であると。
「ヨアンナ嬢もさぞご友人が心配なのであろうな」
「いや、控えめな友人に先を越されて焦っているんじゃ‥‥」
「友人の婚約者を調べるために冒険者まで呼ぶとは、青春ですねぇー」
「うむ。さっすがは友達思いのヨアンナ嬢! 拙者、感服致している次第である」
アトラス・サンセット(eb4590)と共にそう言って頷くアルフォンス。ラフィリンスは溜息だけついて、みなまで言うのは止しておいた。
「ま、依頼ですから細かい事情は気にしませんが」
「そうだな、俺達は忠実な依頼遂行以外、考える必要は無い」
「異論はありません‥‥ところでアリオスさん」
「何だ?」
「その格好は」
「依頼遂行の為だ。何が問題か?」
「本当に、依頼の為『だけ』と言い切れますか?」
「無論」
「‥‥そうですか」
ラフィリンスが何故、そこまでアリオスの身なりに言及したのか、それは謎である。しかし、彼の今の装備は‥‥清潔さを際立てる配色の外套に、リボン結びの止め紐‥‥魔法使いチックな様な、少女ちっくな様な。
「なんというりりかる。でもアリオスさんの戦闘能力と身長を考慮して、もっとエースっぽい服装でもいいのかと」
「いや、何故かそれは断じて許せない気がするのだ」
エリス・リデル(eb8489)と話すアリオスの会話は何か、天界ファッションの話なのだろうか‥‥そんな疑問も浮かびはしたが、聞かないでおいた。聞かない方がいい気がした。
「騒がしい方々ですこと。どうでもいいですが、皆様、準備は整いまして?」
辟易としながら言うヨアンナ。着替えが終わった様で、後ろには付いて行った和美もいる。
「こちらの準備は万端です。しいて言えばお嬢様、あなた方の準備に不足がある、と言った所でしょうか。特に、和美さん。あなたです」
「えっ‥‥」
「な、なんですって?」
今回の依頼は尾行という特性上、当然目立つ服装は不適となる。
普段は結いでいる髪を下ろし、更に指輪も首飾りも取っ払ったヨアンナの格好は、装飾品好きの彼女としては頑張った方であろう。纏うドレスは栗色を基調とし、頭には刺繍入り白い帽子‥‥貴族令嬢にしては質素なものである。
更に和美は、チェックのソフトハットにモスグリーンのセーター。下は紺のレディースデニム。野元和美という女性の服装は、素で地味である。
「言っておくけど私達、これ以上地味にしようがないわ! ただでさえ我慢しているのに」
「いえいえ、地味派手の問題ではなく。和美さん、ちょっといいですか」
「はい、何でしょう?」
エリスの両の手は和美の胸倉に伸びる。
「露出が足りません、露出が」
!?
がばっと開かれた和美の胸元。雪をも嘲るその軟肌、しかし残念ながらそこに雪山は存在していなく――おおっと、ギルドに禁書扱いにされたくないのでこの辺で。
とにかく、和美は剥かれた。ギリギリまで。
「ちょちょ、ちょちょっと!?」
「か、和美さん!」
思わず両手で己の顔を塞ぐ響。指の間が開いているのは気のせいにしておこう。他の男性陣も、迂闊に動けないでいる。というか、リアクションに困っている。
「そ、そこ! 何やっているんですのー!!」
「これでもむしろ、足りないくらいです。いいですか? バレンタインと言うのは、女の子が(物理的に)一肌脱いで、好きな男の子に告白するイベントなのです」
「そ、そうなの?」
「ハイ。ここで天界人の方、挙手をお願いします」
ラフィリンスが促すと、手を上げる響と和美。
「お伺いします。バレンタインは、本当にそういうイベントなのですか?」
二人、声を揃えて。
「「違います」」
「全く。しれっとした顔で出鱈目を言うなんて‥‥」
「ん、あれはルティーヌさん」
「え、ど、どこ!?」
「すいません、人違いでした」
「‥‥」
準備も整えレッツ市街。街は心なしか男女の組み合わせが多い様に見えるが、恐らくは気のせい。そういう事にしておこう。
しかし、例え街がカップルで溢れ返ろうと大丈夫! 冒険者達も、男女のカップルの様に見えるので大丈夫!
『‥‥の様に見える』と言う時は、往々にして『そうではない』という事ではあるが。
「大体、なんで貴女が男装しているのよ!」
「それは、言い出しとして無責任な振る舞いはできないから‥‥ですよね、アリオスさん」
「そうだな。提案者が普通に静観など罷り通るはずもなく。だから念入りに男装を施した」
ヨアンナ、エリス、アリオス。三者の会話が、噛み合っている様で全然噛み合っていない。因みに、各自の女装、男装、変装は全てアリオスが担当し、腕前そのものには非の打ち所がない。
「別に女装とか、別に嫌じゃないですし私はどうでもいいですけどね。依頼は依頼で、しっかりするつもりですし」
「そ、そうよ! 依頼! しっかりルティーヌの相手がどんな人なのか、見破るのよ!」
明らかに負のイメージが先行しているヨアンナ。その必死さ、今のラフィリンスには理解できない。
「ちゃんと、務めを果たすのよ。そこ、何回も注意しておくけどこれは依頼なのよ。イ・ラ・イ!」
「え‥‥ちゃんと分かっていますよ。ね、ねぇ和美さん?」
「そ、そうですよ」
「‥‥言い訳は、手を離してから言ったらどう?」
「「あ‥‥っ」」
唯一の男女ペアである響と和美は、もはや『偽装』カップルでは無い匂いがプンプンしている。
「彼方もしかして、事に乗じてデートを楽しもうなんて思っていないでしょうねぇ〜!」
「思っていません! 思っていませんよ、断じて!」
阿修羅をも凌駕する勢いで響を問い詰めるヨアンナ。しかしこれ以上騒いだ方が周囲から不審がられ、依頼の妨げになると思われるのだが。
「そ、そういえば僕も気になっていたんです、ルティーヌさんのお相手さん。ホラ、世間って案外狭いし、知ってる人だっら吃驚だよなぁ〜って‥‥あ、向こうから誰か来ました」
「そーいう見苦しい言い逃れを――」
「むむ、あの銀髪の淑女。拙者、見覚えがあるのだが」
「えっ」
段々と近づいてくる少女は、陽光に銀髪を煌かせながら、ゆっくりと歩いていた。静かな面は今日も表情に乏しいが、その横を歩く男性は、穏やかな微笑を浮かべながら彼女に話しかけている。
まぎれもなく、ルティーヌ本人であった。
各ペアはそそくさと散らばり、不自然無い様にやりすごそうと試みる。
(「ちょっとあの二人、近い、近過ぎるわ! やり過ごすのに、あこまでやる必要があるの!?」)
(「なるほど、あーいう手がありましたか」)
(「ちょ、エリ‥‥何をして――」)
エリスとヨアンナ、響と和美は、お約束とも言うべき『抱き寄せカムフラージュ』でこの危機を乗り越える。しかし、この体勢と心境では、ルティーヌの相手を確認する事はできないのでは?
(「というわけで、拙者達がじっくりウォッチング仕るのである」)
(「お相手は貴族令嬢を誑し込もうと企む不貞の輩かもしれんから、見極めはしっかり行わなければなるまい」)
別に抱き寄せカムフラージュしなくても平気っぽかったアリオス、アルフォンスのペア。さりげなく、そして大胆にその観察眼を光らせる!
「いやぁ‥‥こういう時期なんだろうかな。どうにも、ペアの方々が多いみたいだ」
「そうですね」
「別に彼らを気にするわけじゃあないけど、お邪魔してもなんだ。もう少し、歩いてもいいかな?」
「足が棒になる程遠くじゃなければ大丈夫です」
「はは、遠足の時は事前に馬を用意するさ」
遠巻きに二人を見ながら、小声で話し合う、アルフォンスとアリオス。
「見たところ、十代後半か、二十代前半といった所か。所謂、好青年という言葉が相応に見えるが、如何だろうか?」
「女性を気遣うも、卑屈になり過ぎない様子は、どう見る。紳士か、それとも慣れたものなのか‥‥」
その時、商人風の男がアリオス達に近づいてきた。
「おや、そこのお身なりの良い殿方と麗しいお嬢さん。お二人で見世物小屋なんてどうだい? とっておきの軽業師がきているんだ」
「いや、拙者達は――」
「えー、見世物だって。何が見られるんだろう? 私、凄く気になるなぁー」
魔法密偵りりかる☆アリエス‥‥その恐るべき女性声。やや高めな気もするが、彼の声はまさしく少女のそれだ。別に話さなくてもやり過ごせたかもしれないが、彼もプロである以上、プロ相応の仕事をしなくてはいけない!
なんのプロかは、さておきとして。
「しかしあの商人はなかなかしつこい様ですね。ラフィリンスさん、これはとりあえず私達で追う必要があるかと」
「そうですね。下手に見失うと厄介ですから、不自然ない程度の距離を保って随行しましょう」
アトラス、ラフィリンスのペアで、ルティーヌの後を追う。幸い、相手方の歩調は緩やかであり、これで見失う事はなさそうだ。
ルティーヌ達の方向をチラッと見て、響は顔をあげる。
「上手くやりすごせたかな?」
「ぁ‥‥あ、ま、まだ油断とか、できないと思いますよっ」
「そ、そうかなぁ」
「そうですよ、多分。だから、もう少しだけ‥‥このままで」
「え‥‥は、はい‥‥」
立ち並ぶ商店は、所々にバレンタインに便乗した商売をしていた。どこの世界でも、商人と言うのは逞しく、そして現金なものだ。
さらに言うなれば、商売と言うものは需要があるから、成り立つものである。
「独り身の出す殺伐とした空気ってこう‥‥何となく戦闘時の空気と似てないですか? あーもう、回りに迷惑がける程のうざさのカップルは、カオスの巣穴とかに転げ落ちてしまえばいいんだと思います」
「ラフィリンスさんは今回のメンバーの中では貴重なツッコミ役なのです。お願いですから、狂化とかしないで下さいね」
御熱い二人組み等を目にする度、何やらブツブツと呟くラフィリンス。彼が狂化し、これ以上ツッコミ役が減っては大変なのでその都度アトラスが宥めている。
「さて、ルティーヌ様の様子はどうでしょうか」
「‥‥お相手と共に、花屋さんに行った様です」
いつの時代も、男女の仲を彩るのは花なのか。
アトラス達は先回りをして、露天商として店を広げていた。事前に根回し既存店に組み込む形で待ち伏せているのだが、なかなかルティーヌ達がこない。ルティーヌの相手は、ルティーヌと、店員の女性とで談笑を重ねていた。花の購入そのものより、花に囲まれた場所でお喋りをするのが目的なのかもしれない。
「ルティーヌ様にはもとより‥‥店員さんに対しても人当たりが良い様ですね」
「それだからって、まだ人間性全てが測れたわけじゃないわ」
「そもそも全てを見通す方が難しいと思‥‥あ、ヨアンナ様。戻られたのですね」
「いつまでも抱きつかれたままでいるわけにもいかないわよ。他のペアもじきに来るわ。‥‥多分」
戦線復帰したヨアンナは、げんなりした顔でそう言った。連れのエリスは対照的に、何とも朗らかな表情だ。
「こちらも、何とか業者をまいてきたのである」
「思わぬ足止めだったが」
アルフォンス達の合流も確認した所で、ようやくルティーヌ達が花屋から出て来きた様だ。歩いて来る方向も、こちら側。
「天界渡りのバレンタイン。花やカードに想いを託すのもよいですが、形に残るものを送られては如何ですか? ええ、はい。アリエス様、アルフォンス様ですね‥‥あ、そこの紳士淑女も如何です?」
タイミングを見計らい、アトラスは商人口上でルティーヌ達に話しかけた。
「‥‥僕達の事、かな?」
「その様です」
「この日の為に取り揃えた装飾品、花に勝るとも劣らない輝きと自負しております。愛し合う二人の思いを、形にしてみては?」
「天界の文化とは多様だね。因みに、愛も大変宜しいんだが、親愛や友情でもそういうのはアリなのかな?」
「勿論です」
そう聞くと、男性はアトラスが並べる装飾品の一つを手に取り、ルティーヌに言う。
「キミには大変仲の良い友達がいる、と以前に聞いた」
「ええ、言いました」
「もし良かったら、僕にも紹介してほしいな。どんな人なのか」
「あんな人です」
「!!」
なんと! ヨアンナに向けて指差すルティーヌ。
「ルティーヌ、いつから気が付いていたの!?」
「遠くで賑やかな団体さんがいるって思った時からです」
つまり、のっけからバレバレユカイだったようである。
「私は、ルティーヌが変な男にちょっかい出されているんじゃないかって、心配になって‥‥!」
「そうですかありがとうございます。とりあえずコレ買って下さい奢って下さい」
二人の間で、何やら気まずそうにしている男性に、アルフォンスがここで種明かし。
「実は、かくかくしかじか‥‥つまり、ヨアンナ嬢はルティーヌ嬢を心配し、この様な作戦に出た訳である」
(「いくらなんでも、それじゃあ罷り通らないでしょう‥‥」)
ラフィリンスが思った、その瞬間だった。
「な、なんだって‥‥ッ!」
アルフォンスの言葉を聞いた男は、真顔で呟く。
「友達思いの、良い人じゃないか‥‥」
溜息を吐き出すだけで、それ以上の事は億劫とでも言う様に、ラフィリンスはただ口を閉じるに終わった。
「この依頼は、ツッコミ役が少なすぎます‥‥」
重ね重ね、アトラスはそう嘆いた。
「だ、大分賑やかな様子ですが?」
「どうか‥‥したんですか?」
やっと合流した響に気が付くと、ヨアンナは二人を睨み付ける。
「貴方達、一体どこで油を売って――ハッ!」
響と和美がまた手を繋いでいる事に言及しようとしたその時、ヨアンナは気がついてしまったのだ‥‥二人の肩が、先程よりも近い事に。
「貴方達‥‥まさか」
そのまさかである。音無響、大勝利!