【憂鬱の金】森の○○さん

■シリーズシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月04日〜03月09日

リプレイ公開日:2009年03月17日

●オープニング

「まだ、怒っているの?」
「怒ってます、ぷんぷん‥‥」
「だったらせめて、怒っているっぽい表情をしなさい!」
「‥‥すいません」
(「‥‥!? なんでそこでルティーヌさんが謝るの?」)
 相も変わらず、午後のお茶を片手にレディーストークを展開中なのは、ヨアンナ嬢、ルティーヌ嬢、そして野元和美の御三方。前回の騒ぎがあった後も、依然として3人の関係は続いている。ルティーヌの人がいいのか、それとも最早、慣れた事たのか。とにかく、ルティーヌはいつも通りの無表情だ。
「ま、そんな事よりも‥‥かぁーずぅーみぃぃー!」
「ナな、なんでしょう!?」
 怨恨の化身と見間違う程の様相のヨアンナに名前を呼ばれた和美は、思わず声を裏返す。
「気が付いたら冒険者と付き合っているって、どういう事かしら〜?」
「それは‥‥ま、まぁ。‥‥そういう事、です」
「ぐ‥‥っ。そういえば、あの依頼の後、どこかに行った様だけれど?」
「あの後は、二人で食事に」
 弱々しく答える和美の肩を掴み、ヨアンナは詰問を続ける。
「で、それから!?」
「え、お話してとか‥‥」
「で!?」
「で、って‥‥?」
「それで、終わり!?」
「はい、終わりです」
「はぁー、何でそこで終わるのよ。キスの一つ二つくらい、しているのかと思った」
 全くこのヨアンナという女性、人の恋を妬むんだか囃すんだか‥‥わかったものではない。
 しかし、とりあえずはこれ以上に事が荒立つ様子ではないので、安心する和美。
「それはさておきとして。ルティーヌ、あれから、リーヴォン卿とはお会いしているの?」
「いえ、シフール便での遣り取りのみですね。取り留めの無いお話ばかりですが」
「ふーん。それだったら今度、郊外の森にでも行って狩りでもどうかしら? 卿は文武の両立を成す、名君の卵と聞いているわ。一度、その腕を見てみたいものね」
「お話持ちかけてみますが、この季節に動物を見つけるのは難しいかもしれませんね。狩場によるかもしれませんが」
「じゃあ、冒険者に誘き寄せ役をやってもらえばいいのよ。和美も勿論、手伝ってくれるわよね?」
「え、えぇ‥‥」
 和美の拒否権は有って無い様なものだが、冒険者に会える理由が出来るので、和美には断る理由も、無い。
「そうですね。冒険者の方々がいれば、最悪冬眠から覚めて遠征してきた熊さんなどがいても大事に至らないでしょう」
 万が一の事を考えるルティーヌであったが、対照的にヨアンナは楽観的だ。
「そんな熊なんて。小動物くらいしか出ないわよ。リーヴォン卿以外に武器を手に取る事はないはずよ」
「‥‥とことでヨアンナ。私は私のお相手の事、ヨアンナ達に話しましたっけ?」
「ぇ、‥‥アレよホラ! この前に顔を見た時、ティンと来たの! リーヴォン卿ったらソレナリに有名な方じゃない!」
「‥‥そうですね」

 ヨアンナからの要請により動いた某・魔法の密偵の調査によると、前回ルティーヌと一緒にいた男性は貴族の息子であり、その名をリーヴォン・ベルファーと言う。
 リーヴォンは幼い頃にベルファー家の養子となり、以降、当家で貴族として暮らしてきた。
 子宝に恵まれぬベルファー家夫妻であったが、養子のリーヴォンが5歳の頃に、男子を一人授かる。次男の誕生はやがて後継者争いを引き起こすのではないか、そう噂されていたが、リーヴォンは爵位に執着を持つ事無く、また、周囲にそれを炊き付ける者もいなかった為、弟と不仲に陥る事も無かった。
 そうしてリーヴォンは若干の窮屈を感じながらも、当家で教養を積み、貴族としてその名に恥を覚えぬ青年となった。
 ベルファー家は現在、リーヴォンの父が当主として領内運営、及び他領有権者との社交に携わっている。領内には武器商人のギルドを抱えている為、今に続く魔物との戦いでは、商業的恩恵を受けていた。
 しかし、戦争はいつまで続くものではないと言って止まないリーヴォンは、常日頃から父に対して「この戦争で高めた武器の生産力を、農具生産へいつでも転用出来る様な運用方針を検討していくべき」と方策を進言している。心無い一部の人間からは『死の商人』と囁かれていたベルファー家であったが、農地開発に目を向けるリーヴォンの姿勢は、結果、彼と彼の家の評価を高める一因となり今日に至る。

「そうだな、準備が整い次第。なるべくに早い方がいいが‥‥それでは、宜しく頼む」
 その、ベルファー家の応接室には、客人として招かれた一人の祭儀官がいた。それと対する壮年の男性は、ベルファー家男爵、リーヴォンの父である。何かを話した後、一礼の後に祭儀官は席を外す。
 その直後だろうか、部屋の扉を響かせるノックが聞こえた。
「お父様、僕です」
「入れ」
 扉を開け、姿を現したリーヴォンは、立ち去る祭儀官を一瞥し、
「どのようなご用件のお客様でしょうか?」
 と問う。
「私用に近い。まぁ深い詮索は遠慮して貰いたい所だ」
 声穏やかに言うも、何か触れられない物と判断したリーヴォンは、それ以上の追求はしなかった。親子といえどそのプライベートの尊重はし合う様子。
「ところ今日は、弟にギルドの仕組みや経営学について教えると言っていたはずだが。よもや講師がさぼるとは」
「一区切りついたところで、息抜きです。尤も、疲れているのは生徒ではなく先生の方ですが」
 お互いに冗談めかしながら、そう話す二人。親子の仲も、悪くはなさそうだ。
「息抜きといえば‥‥この前にご一緒したポーラス家のご令嬢から、お前宛に招待状だ」
 男爵の手には、一通の手紙がる。差し出されたそれを受け取ると、リーヴォンは手紙へと目を落とす。
「狩り、ですか」
「そういえばこの前に街へ行った時は、どうだったか」
「どうもこうも、噂に違わぬ可愛らしい方でした。良いお友達になれそうです」
「そう、か」
 この時、男爵は己の胸中に罪悪感を浮かばせたのだが、それはおくびにも出さなかった。


 所変わって、そこは恐獣の掃討を行っていた某部隊の一角。
「すまねぇ隊長、一匹逃げちまった様だ」
「気にするな、とは言わんがまずは逃走経路と、対象物の規模を選定するのが先かね」
「大きくなっても所詮は蜥蜴野郎さ。寒冷地を除けば自ずと逃げ道は分かってくるもんですよ」
「郊外だとしても、なるべく厄介な所には行ってほしくない所だ。特に、貴族の狩猟場とか、何かあると煩い所は特に」
「はっ、今頃貴族様ってのはぬくぬく暖でもとりながらティータイムってのが相応でしょうよ」

●今回の参加者

 ea9026 ラフィリンス・ヴィアド(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb8489 エリス・リデル(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 場所による差異はあれど、緑の隆盛期である夏に比べれば、森は物悲しさを感じざるを得ない。
「まぁリーヴォン卿の腕前なら、何なく仕留められると信じています」
 ヨアンナは薄く笑いながら言う。そういう狙いがもし彼女にあるとしたら、良い性格をしているものだ。
 言われたリーヴォンといえば、それに対し皮肉で返す‥‥様な事はせず、ただ彼女を見つめる。
「な、何よ」
「そこまで期待されているとなれば頑張らざるを得ない、って思ってね」
「べ、別にそこまでして頑張ってほしいなんて思っていませんわ」
 朗笑で返されてはバツが悪い。慌ててそっぽ向き、口を尖らせながら言うヨアンナ。
 その、そっぽ向いた視界に二つの人影が入った瞬間、彼女の顔は険しさを増す。
「あの、和美さん‥‥」
「え、なんです?」
「いや‥‥何でも無いんだけど、急に、和美さんの顔が見たいな、なんて思っちゃったりしただけで‥‥」
「え、そんな‥‥も、もう響さんってば!」
 ヨアンナの苛立ち、炉心融解。
「ホラそこ! さっさと獲物を探しに行きなさい! いつまでもイチャついてんじゃないわよ!」
 凡そ品性の欠片も感じられない様なセリフで、音無響(eb4482)と野元和美はセットで彼女にどつかれる。
 が、貴族令嬢としては些かエレガンスに欠ける言葉を吐き出してしまった事に気が付くと、ヨアンナは咳払いをしながら語気を和らげる。
「全く、デートに来ているんじゃないんだから――」
「じゃ、じゃあ、俺達はあっちの方へ‥‥行きましょう、和美さん」
 そそくさとセットで森の彼方へ消える二人の背中を見るヨアンナの拳が、心なしか震えているのは全く以って気のせいだろう。
「これが、天界風の奇妙な恋愛というやつです。くれぐれも妬まぬ様に」
「別に妬んでなんて、いませんわ!」
 エリス・リデル(eb8489)の言葉に、そう返す彼女だが、若干苦しい。
「これが、一連の流れなのか?」
 横から傍観していた龍堂光太(eb4257)に問われ、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)。
「左様である。ご令嬢はいつもの如く元気で何よりである」
 いきり立っているヨアンナとは逆に、彼はまるで縁側で茶でも啜っている様な調子。
「いつも、なのか。興味深いというか面白味ある人となりというか」
 連れの妖精と遠巻きにしてヨアンナという人間に生暖かい視線を送る。
「狩りが終わるまで、天気が荒れないと良いですね」
 騒がしい人達のせいで半分忘れかけていた存在、ルティーヌの声で冒険者達は思い出した。そういえば、今日は狩りの手伝いという事で、ここに来たのだ。
「よし、それではそろそろ仕事といこうぞ。拙者の愛犬、鉄正にここはひと働きしてもらおうぞ。ジャパンで狩りのパートナーといえば柴犬である」
「‥‥? アルフォンス、キミはジャパンの出身だったか」
「いや、生まれも育ちも生粋のノルマン、生粋の西洋っ子であるが」
「‥‥」
 押し黙る光太。その辺りにツッコミを入れては話が進まないので、ここは敢えてスルーするのが最善だろう。
「まぁこちらも、コイツにまる投げになりそうかな。心得が無い僕よりも、良い働きをするだろうから」
 そう言いながら光太は連れてきた忍犬、雷牙を撫でると、彼もそれに応えるかの様に元気に咆えて見せた。

「それにしても、なかなか現れないのね」
「季節柄でしょう、やっぱり」
 溜息混じりのヨアンナに、ルティーヌがそう返す。予め分かっていた事とは言え、このままでは退屈な森のお散歩になってしまう。
「このままじゃ、腕前以前に‥‥あ!」
 彼女が愚痴っぽく呟いていたその時、木の木陰からハミ出る兎の耳が! ‥‥と思ったら、
「残念、それは私のウサミミです」
 出てきたのは兎の付け耳を装着したエリス。
「貴女が兎になってどうするのよ!」
 獣が逃げてしまう声量のヨアンナであるが、冒険者一同、非常にフリーダム。
「退屈させるのも悪いかと思いまして。折角ですから気分だけでも味わっては如何ですか。ささ、予備はここにあります」
「うむ、なんというウサギ心地。これが天界で言うウサミミであるか」
「新しい福袋アイテムか? これは」
 そのカリカリモフモフな感触に、思わず他の冒険者達も触らずにはいられなかった。ルティーヌに至っては、思わず装着してしまっている。なんという。このウサギ耳には何か魔力が込められているのだろうか。
「まぁそう怒る事でもない。愉快になっていいじゃないか。生憎僕は、口の方は達者じゃないから場を賑やかにして頂くのは有り難い」
「もう、リーヴォン卿も注意なさい! これで誤って射った場合どうするつもり!?」
「雪のない地域で、白い耳の兎は流石にいないと思う。あと、基本的にサイズも違うし」
 言い返され、例えそれに一理あろうとも絶対に納得できない、といった具合にヨアンナは口をへの字に曲げてみせた。
 リーヴォンが、救いを求める様にしてエリスの方を向くが、彼女は眩しい程の笑顔を浮かべながら、グっと親指を立ててみせるだけだった。
(「ど、どういう意味!?」)
 流石にリーヴォンも困惑。多分『頑張れ』という意味なのだろう。
 狩りに来たと言うのに、いつもの通り騒がしくも楽しげな一行。その一同が突如に『声』を聞いたのはほぼ同タイミング。
(「皆さん、獲物がそちらに!」)
 突然の声は耳に届くと言うよりは、直接脳に喋りかけた様な感覚に近く、聞き覚えが有るも不可思議なその声にヨアンナは動転していた。ルティーヌは‥‥いつも不変の表情である為よくわからない。
 しかしリーヴォンは即座に弓を構える。
 瞬間、岩陰から飛び出してきた茶褐色のシルエットに向け弦を弾いた。短い悲鳴の後にそれは倒れると、腹部を地に預け、やがては動かなくなった。
「なるほど、見事な腕前だな。口『は』達者じゃないというだけの事はある」
「来るのが分かったし距離もそれ程じゃあないから。君の仲間だったら、もっと上手くできるだろう」
 光太に言われ、リーヴォンは照れながらそう言う。仕留めたのは小柄の狐であった。
「いやぁ、上手くいって良かったです。それにしても、テレパシーの声、よく驚かなかったですね」
「まぁ驚きはしたんだが‥‥あれはやっぱり、君の声だったのか」
 狐が来た方向から、ゆっくりと姿を現したのは響。思念会話の魔法によって獲物を誘き寄せ、そしてそれの出現をリーヴォン達へ教えたのは彼であったの。音無響、イチャつくためだけにここにいるわけではないのだ。
 噂に違わぬリーヴォンの腕前を目の当たりにし、複雑そうな表情のヨアンナ。先程言い合ったすぐであるだけに、何だか素直にその腕を評するのには若干気が引ける所がある様だ。
「ま、まぁこれくらいは出来て当然よね」
「ん、まぁその通りだね」
 憎まれ口に気を悪くする事も無いリーヴォン。その様子を見て、改めてアルフォンスは鑑みる。
(「リーヴォン殿は好青年である様だし、ルティーヌ嬢との交際もなんら問題無いように思えるし、まあ天候の心配ぐらいで、十中八九、何事もなく過ごせそうであろうなぁ)

 以降も、リーヴォンの矢は獣を逃がす事はなかった。最初の狐に加え、その後に鹿、狼、兎を仕留めている。射撃の腕はそれなりである事に間違いは無いが、やはり冒険者達のサポートが収穫に対して大きく貢献している。冒険者が連れてきた柴犬は、もともと狩りや戦闘支援の訓練を施されたものであるし、響はテレパシーで人語の壁を超越出来る。彼らの働きがあってこそ、なのだ。
「少し可哀相な気もします‥‥」
 狩ってから言うのもなんですが、と付け加えて、響は呟く。先刻ウサギの話をしていた事もあり、ルティーヌもそれに頷く。
「まぁ、そうだよね‥‥」
 力無くリーヴォンが呟いた後に、口を開いたのはヨアンナだった。話の流れに便乗して、また揚げ足でもとろうというのか。
「貴方達、何言っているのよ。シチューの中身が全部畑から取れたら苦労しないわよ。毛皮や革靴だって、お空から降ってくる物でもないでしょ」
 彼女は戒めるふうでもなく、救うふうでもなく、ただ普段の口上のままにそう言った。だが、それを聞いてリーヴォンは息一つ胸から吐き出し、口元に緩く弧を描いた。
「‥‥何よ」
 彼の視線に気が付いたヨアンナは、また不機嫌そうにそうなって言う。
「ルティーヌから聞いている通りに、君は優しい女性なんだね」
「な――別に貴方の為に言ったわけじゃないんだからね!」
 そこで怒鳴らなければ、優しい女性で終わっていただろうに‥‥光太はそんな事を思いながらも、周囲を警戒していた。何故なら、森に響く雷牙の鳴き声に違和感を覚えたからだ。
 狼程度になら、これ程までに必死な声を出す事は無い。そうなると、それ以上の強大な敵に遭遇したと考えられる。その事を仲間に耳打ちすると、各々頷く。
 幸い、リーヴォンはヨアンナと賑やかにしているのでこちらには気が付いていない様子。ここは、また獲物を誘き出しにいく振りをして先行し、冒険者の手で倒してしまう方が得策だろう。下手に教え不安を煽っても無意味であり、また、熊程度であれば即座に倒せる自信も実力も、冒険者達にはある。
 アルフォンスは槍の柄を強く握り、駆け出――
「何か、ありましたか?」
 ――そうとした時、後ろから聞こえた声に振り向けばルティーヌがいた。
「また獲物を誘き寄せに行く所さ。暫く離れるとヨアンナ嬢にはそう言っておいてほしい」
「光太殿に、同じく」
 光太は面に不安など一抹も滲ませずに言い切った。アルフォンスも、それに合わせる。
「‥‥なら、別にいいのですが」
 アルフォンスは理解できた。表情は変えずとも、ルティーヌ・ポーラスという女性は些細な空気の変化を感じ取って不安がっている。
「すまぬ、先程のは若干嘘。何やら大きな獲物が先にて見つかった様子。拙者達で先に様子を見てくるのである」
「アルフォンスっ」
「いやー、拙者も口は達者でないので、どちらにしてもルティーヌ殿に見破られていたであろうからなー」
 光太に申し訳なさそうにしながら、アルフォンスは言う。
「‥‥ヨアンナ達には適当に言っておきます。皆様、お気をつけて」
「私は念の為、彼女達の近くに残りますけど私が活躍しないでいい事を祈っています」
「承知、である」
 ルティーヌと護衛に残るエリスに対し、頷きながらそう返してアルフォンスは駆け出した。
「光太殿、身勝手にしてしまい申し訳ない」
「‥‥いや、僕も多分、同じ立場になったら嘘はつけなかったと思うよ」
 改めて謝るアルフォンスだったが、それに対して別に光太は咎めるつもりはない。
「それにしても、一体何が、出たんでしょうね」
 他の冒険者よりも駆け足が苦手なのか、息を切らせながら和美が問う。
「わからないけど、多分‥‥熊とかじゃないかな」
「熊、ですか」
 光太から聞くと、若干不安の表情を浮かべる和美。一応弓矢を持ってきたが、どこまで対抗できるものか。
「大丈夫、和美さんは絶対に俺が守ります」
 響に言われると、和美は何やら恥ずかしそうに俯きつつも、小さく「‥‥はい」と言葉をこぼした。
「いやー、この場にヨアンナ殿がいなくてよかったであるなー」
「雷牙の声はこっちの茂みからだ、いくぞ!」
 そこで、冒険者達が目にした者は!
 それを見て、呟くアルフォンス。
「鋭い牙、鱗に覆われた硬い肌‥‥! これが熊‥‥!! 珍しい熊が現れたのである!」

 どう見ても恐獣です。本当にありがとうございました。

 いきなり恐獣は冒険者の方向を振り向き襲い掛かる。振られたカギ爪は、対象である和美の身のこなしよりも明らかに素早い。回避も出来ず、細い彼女の身体は簡単に切り裂かれ――
「言った筈ですよ。俺が、守るって!」
 ――る事は、無い。有り得ない、音無響がいる限り、そんな事を許しはしない! 相手の爪を弾いた剣先を翻らせ、そのまま腕を切りつける。
 耳を劈く様な奇声を上げながら、恐獣は旋回し、長い尾を鞭の様にして繰り出す。流石は恐獣といった所か、攻撃の鋭さは熊などの比ではなくアルフォンスは距離をとる前にその一撃を受けてしまう。
 回避を試みた光太も余裕綽綽とはいかず、ヘッドスライディングの様に飛び込んでその攻撃をかわす。しかし光太はただ土埃にまみれただけではない。飛び込みざまに刃を振い、尾に一撃を加えている。
 倒れている光太に、恐獣の爪が迫る。そのまま光太は横へ転げて相手の攻撃を避け、腕と足の瞬発で体を跳ね上がらせると、その勢いに乗せて下方から救い上げる様にして逆袈裟の斬撃を見舞う。騎士同士の戦いであれば罵られる様な戦い方かもしれないが、光太自身、そういう型を気にするタイプでもないし、今は気にしている場合でもない。
 雄叫びを上げる恐獣に向け、アルフォンスは掌を翳す。
「和美殿、タイミングを!」
「あ、合わせます!」
 ほぼ同時に放たれた、闘気の弾と短弓の矢は恐獣の額を割る。しかしこの生物、伊達で恐ろしい獣と称されるわけではない。オーラショットと矢を以ってしてもその動きを止めるには至らない。
 と、その時だった。
 恐獣は眼の一つを矢に射抜かれ、合わせるようにして放たれた魔法の重力波によって転倒していた。
「鳴き声が聞こえてしまったので来ちゃいました」
「皆さん、今のうちに!」
 申し訳なさそうに言うエリスと、弓を構えるリーヴォン。
 冒険者達は一気に畳み掛ける。光太と響が駆け出し、恐獣の左右から切り込む。転んだままに暴れ狂う恐獣の爪や尾撃は避けられ、いなされ、冒険者達の身に届く事は無い。
「その状態なら、かわせまい!」
 飛び掛り、自身と武器の体重を一撃に乗せてアルフォンスが長槍を恐獣に突き立てる。地に貼り付けとなった響獣は、暫く痙攣しながら血を流し、やがて絶命した。

「結果的には腕の証明になった、かな」
「あれは完全にまぐれ。もう一回やってくれと言われても自身はないよ」
 光太に言われ、苦笑しながらそう返すリーヴォン。そうは言うものの、賞賛に値する事に変わりは無い。
 何やら腕を組んだままのヨアンナであったが、振り向いた光太と目が合うと、不服そうにもその腕を賞賛した。
「‥‥分かったわよ、認めるわ。彼の腕を」
「これでヨアンナさんも公認の夫と言うわけですね。良かったですねルティーヌさん。式には呼んで下さいね」
「はは、いやぁそんな‥‥ん? 式?」
 和美の『夫』やら『結婚式』等のキーワードに、一瞬リーヴォンはその顔から笑を消した。しかしながら再び表情を戻したのは、恐らく場の空気を読んでの事だろう。それとも、状況の判断に困ったからか。
 しかしながらその不審の欠片をエリスは見逃していなかった。これは少し、調査が必要になってくるかもしれない、等と思いながら。