【憂鬱の金】 最後の招待状
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■シリーズシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月09日〜05月14日
リプレイ公開日:2009年05月25日
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●オープニング
食事・喫茶の提供を商いとする店の一角。
そこで、頬を叩く乾いた音が響いた。周囲の人間達は小気味の良い音の源に目を向けるが‥‥間もなく視線は各々元の位置へと戻っていった。
見てみれば、向き合った若い男女が映り、男が女に平手を食らっていたのだ。
ありきたりな風景過ぎる、一考にさえ値しない、ありきたりな風景だった。
だが、この男が自分達の領地の若頭であり、また相手の女も中流貴族の令嬢である事をもし知ったら、観衆はもっと違う目で二人を見たかもしれない。
「ぬぉ! リーヴォン殿、如何なされた!?」
「見ての通り、さ」
驚愕するハーフエルフの騎士に対し、リーヴォンはあくまでも冷静を装い返した。
「頬に紅葉模様を浮かべていると言う事は‥‥」
「つまりはフラレたって事」
彼達のベルファー家来訪より数日後、リーヴォンとヨアンナはお忍びで会っていたらしい。その時のヨアンナの様子は、いつもの我侭お嬢様に戻っていたとの事。リーヴォン曰く、「婚約相手の友人に告白するとはどういう事か」に始まり「家が決めた婚に背くとは貴族として言語道断」、「身の程を知れ」等と罵られ、最後には平手を食らい「これで口止め料の『一部』にしてあげる』と言われる始末。
「しかも、『一部』って言うのが恐ろしい所であるな」
「全くだ。ともあれ、これで君達の力は借りずに済んだ様だね」
「しかしまぁ、もし厄介事があれば助力致す次第。その際には承らせて頂くのである」
「ああ、その時は宜しく頼む。茶菓子分はしっかり働いてもらうよ」
出来れば厄介事は勘弁願いたいが、と付け足しながらリーヴォンはいつもの様子で苦笑した。
「罵った後、ひっ叩いて帰ってきたわ」
「ちょ、ヨアンナさん!?」
所変わってフハロ家邸宅。天界人の冒険者から事情を聞いた野元和美は、その思いの丈を聞こうとヨアンナに話をした所、既に事後となっていた。
状況が状況だけに、ヨアンナを心配していた和美であったのだが‥‥今、目の前にいる貴族令嬢は、良くも悪くも、『いつものヨアンナ』であったのだ。
「ま、結局は私の気持ちの次第って事だし、思った事を行動するのが一番手っ取り早いって気付いたから。まどろっこしいのはいい加減飽き飽きなの」
(「悩んでいた時のヨアンナさんの方が、人に迷惑をかけなくて良かったかもしれませんね‥‥」)
『ダンスの臨時講師』として呼ばれていた冒険者の一人が、胸中呟く。尤も、厄介被るのは勘弁なので胸中のみに留めるが。
「あ、あの‥‥」
「何よ」
躊躇いがちの和美を、ヨアンナは急かす。
「本当に、それで‥‥良かったんですか?」
「‥‥‥」
和美に意図があったかは謎だが、その沈黙は彼女の中の感情を否応が成しに浮き彫りにしてしまった。
未練が、無いわけではないらしい。
しかしヨアンナは笑った。
慈しむ様に、淡く、柔らかい微笑を浮かべた。もしかしたら、2年前にリーヴォンが見たヨアンナは、こんな表情を浮かべていた所だったのかもしれない。
「天秤にはかけたわ。傾いた方に私は動いただけ。だから、後悔は無いの」
ヨアンナ、ルティーヌ、和美、いつもの三人による午後のお茶会は、不自然なほどいつも通り。もうヨアンナは依然と変わらない様子である事に違いは無い。
「ところでヨアンナ、ご相談があります」
「なーに畏まっているのよルティーヌ」
「今度、私の家で行われる社交会についてなのですが‥‥」
「ノリ気じゃないなら、いつも通り壁に咲いていればいいじゃない。私も、一通り挨拶が済んだら貴女に合流するわ」
「そうして頂きたい所なのですが‥‥」
最近、ポーラス家にはルティーヌとの交際を望む申し出が、幾つかの貴族から届く様になっているらしい。以前には全くアプローチが無かったというのに。
どこからか、ポーラス家が鉱脈を所有している事が漏れたのだろうか。ベルファー家としては、この社交界の前に挙式を済ませておきたかった様だが、あいにく婚儀を取り持つ祭儀官がカオスニアンの野盗に襲撃され、式が先延ばしになってしまっていたとの事だ。こればかりは、不幸としか言えない。後日、そのカオスニアンに報復が計画されるだろうが、少なくとも今回の社交会には何の関係も無い話になる。
さて、端的に言えば未婚である未来の鉱山娘ルティーヌが、成り上がり目的の貴族にカモられそうになっているわけである。彼女がハッキリNoと言える貴族令嬢だったら苦労はしないのだが‥‥無いものねだりなどという建設性の無い話をしてもナンセンスなだけだ。
「加えて、今回の来賓の数を考えると、ポーラス家の使用人の数では若干戦力不足に陥るかもしれませんね」
「よーするに、ボディガードと雑用が足りないってんでしょ? だったらいつものパターンで冒険者を‥‥ん?」
「どうしました? ヨアンナ」
「‥‥‥実は私、知っているんだ〜♪ 冒険者以外にも一人、どーんな雑用でも笑顔で奉仕してくれる人がいるの♪」
「流石ヨアンナ、それは頼もしいです」
ルティーヌは気が付いていないようだが、ヨアンナの表情というのは、まさに蛙を見る蛇のそれであった。とりあえず和美は、自分もお手伝いに駆り出される覚悟だけは、しておく事にした。
「本当、斬新なシフール便節約方法だと思うね」
決してベルファー家の警備は手薄ではないのだが‥‥、某レンジャーはまたもやリーヴォンの私室への潜入に成功していた。
「シフールとて、絶対に道中でヤギに襲われないという確証は有るまい。決して、『紅葉模様の頬事件』の経緯を直接聞きたいとかではない、断じて」
「まぁ、君に隠すことではないか」
そして、レンジャーの彼へも一通りの説明をした後で、リーヴォンは呟く。
「今思えば、僕はこうされる事を望んでいたのかもしれないな」
「‥‥? それは深い趣味、だな」
「待て、勘違いしない様に言っておくが、叩かれる事自体はこの話の焦点じゃないぞ」
「違うのか」
「‥‥ああやって否定される事が、って事がさ。本人に向けて、自分の口からその気持ちを吐き出した時点で、ある意味僕としては『済んで』いたのかもしれない。後は、キレイさっぱり否定された方が、後々に面倒を引き摺らずに済む。尤も、負け犬の遠吠えと捕らえて頂いて構わないけどね」
なまじ周囲の期待や感情に気がつける為、自分自身より周りの気持ちを優先して生きてきてしまった事による弊害か‥‥レンジャーの男がそんな事を考えていると一通のシフール便がリーヴォンの元に届いた。
「これは、‥‥ヨアンナから、だ」
「なん‥‥だと‥‥」
思わず、レンジャーの彼もその手紙を覗き込む。
「ポーラス家の社交会案内か‥‥ん? 社交会の、一日奉公人として‥‥とは、一体?」
通常、客分として招待されて然るべきのリーヴォン・ベルファーが、何故に雑用要員として駆り出されなくてはいけないのか?
レンジャーは、つい先程話された『紅葉模様の頬事件』の経緯を思い出し、その答えが分かった。
「リーヴォン。どうやらあんたは口止め料の、残りの返済を迫られているらしい」
●リプレイ本文
「そこのお姉さん、ちょっと宜しいですか?」
変声も未だ迎えぬその声に、エリス・リデル(eb8489)が振り向けば‥‥ウホッ! いいショタ、じゃなくて身なりの良い少年がいた。
「私の事でしょうか」
「はい、お姉さんはもしかして冒険者の方ではないでしょうか」
「お察しの通りです」
邪笑は丁寧に心の奥底へ折り畳んで、淑女の笑顔で少年に応じるエリス。
「所で、貴方の様な男子とは面識は無かったはずですが?」
「僕の名はエミルー・ベルファー。お兄様から貴女のお話を聞いていました」
成る程そういう事か。なかなか粋な計らいをする‥‥エリスは心の中でリーヴォンに賛辞を送った。そういう事なら、本日の彼に課されている雑用を手伝っても良いか、そんな気さえした。
朗らかな笑顔のまま、エミルーは続ける。
「お兄様が言うに、兎の耳を付けた女性の冒険者は『ヨウチュウイジンブツ』だそうです」
前言撤回。
「これはリーヴォンさんに無理やり着せられて‥‥そういえばエミルー君は、本日は一人でここに来たのですか?」
「いえ、お父様と一緒に。お父様ー、此方です」
エミルーが手を振り、それに寄せられて来た男性が一人。壮年の紳士だった。
「お父様、こちらが、お兄様がこの前に言っていた女性です」
「これはこれは、噂はかねがね‥‥息子が以前に世話になったと聞いています」
「エリス・リデルと申します」
相手に合わせて頭を垂らした後、エリスは天界の与太話を暫くして、会話の花とする。
「ほう、天界では希少鉱石は火山や沼地にあると‥‥」
「あと地中から大きな蟹が出てたり、しじまの向こうに鉱物を守る怪物がいたり、天界の鉱山事情も大変なものです」
盛り上がりを重視してか、フィクションの世界の話を大分交えている様だが。
「そういえば、今日は他の冒険者の方々も来ているとか」
「あちらで料理を運んでいる二人が、そうです」
エリスは、音無響(eb4482)と野元和美に指を向けた。二人とも、忙しなく動いている。
「冒険者同士と言うのは、よく協同して依頼をこなすと聞いていますが、宴の手伝いにおいても同じ様だ。まるでよく連携していますな」
「二人は通じ合っていますから」
「なんと‥‥」
「お父様ー? つうじあっているって、どういうイミー?」
「エ、エミルー。静かにしなさい」
実際、響はテレパシーを使って和美と思念会話が出来る‥‥嘘は言っていない、エリスはそんな事を考えていた。
「あなたは‥‥冒険者様では?」
男の声にラフィリンス・ヴィアド(ea9026)は振り返ると、青の双眸には揉み手の中年が映った。なりは貴族のそれだ。
「昨今はカオスの魔物との戦いに、さぞお疲れでしょう。今日はどうぞ御緩りと」
別段言われるまでも無い事ではあるが、初対面でここまで下手にでられると逆に邪推してしまう。冒険者とのコネでも作りたいのだろうか。随分と熱心な事だ‥‥ラフィリンスは愛想を浮かべながら笑顔を作った。
何なら白髪に隠れる両の耳を晒して見せれば、少しは面白い事が起きるかとも思ったが、やめた。知己がいる場で易々と騒動を起せる程に自分は厚顔ではない、そんな事を自らに言い聞かせると、ラフィリンスは感情が面に出ないうちにその場を去る事にする。男には、去り際で適当に言っておいた。
「殿方、お飲み物は足りていますか?」
そんなラフィリンスに、使用人風の口上にてかけられる声。大変聞き覚えのある声である。
「葡萄のお酒を頂きましょうか」
ラフィリンスにワインを注ぐのは、リーヴォン・ベルファー‥‥使用人階級の人間ではないが、訳ありで今は礼服を着ていないらしい。
「さて、キミはお手伝いに加わって頂けないのかな?」
「お手伝いしようにも‥‥雑用一つにしても何をして良いものかわからなくて」
苦笑しながら肩を竦めるラフィリンス。「それに‥‥」と付け加えて続ける。
「僕がリーヴォンさんの仕事を取ってしまったら悪いかな、と思いまして」
「おきづかいかんしゃするよ」
ワインを杯の表面張力ギリギリまで注ぐリーヴォン。なんと大人気ない事か。
ラフィリンスは赤褐色の液体を啜って苦味を舌上に転がした後に、呟く。
「よく働く事です。償いが用意されているというだけでも、救いなのですから」
「‥‥お気遣い、感謝するよ」
優雅麗美に振舞う貴族達は近頃に無く気分が良いものだろう。が、華やかな舞台というのは縁の下で支える者達の不断の尽力によって成り立ちえるものである。
野元和美はその様子を見るに、何を言われるまでもなくお手伝いを申し出た。
それはそれで彼女らしいのだが‥‥複雑な目でその風景を見つつも空いた皿を下げているのは、響。
(「邪魔しちゃ悪い気もするけど、でも‥‥うーん」)
「あら? 何ボーっとしているのよ。と言うか、なんでヨソ見しながら食器重ねて運べるのよ」
「ヨアンナさん‥‥あ、いえ何でもないですっ」
ヨアンナに声をかけられた彼は、反射的に首を横に振る。が、響の視線の先を追ったヨアンナが、ソレに気が付く事に難は無かった。
和美を呼びつけると、ヨアンナは溜息混じりに言う。
「和美ったら、折角のパーティなんだからお手伝いはその辺りにして、少しは楽しんだら?」
「え、良いんでしょうか。人が足りなくて急がしそうだから‥‥」
「そういう事だったら心配は無いわ。貴女一人分位だったら、頑張ってカバーしてくれる人が、今日はいるみたい」
ヨアンナはまるで使用人を呼ぶ様に手を叩くと、現れた男が一人‥‥。
「‥‥リーヴォンさん?」
「ご覧の通りだ。似合っているかな?」
和美に名前を聞かれた男性は、間違いなくリーヴォン・ベルファーその人であったが、苦笑交じりに言う彼の姿は、領地の若頭というよりはパン焼き職人の方がしっくりくる格好であった。本日の彼は、片付けから料理、それを運ぶに至るまでありとあらゆる仕事に従事している。
「なんですか‥‥その格好は」
リーヴォンの背後から聞こえてきた声は、エリスのものであった。
「やぁ御淑女、今日は訳ありで礼服は着れなくて――」
「いや、そんな事はどうでもいいです。なんで、そんな格好なのですか。わかっていない、あなたは何もわかっていない」
「‥‥‥?」
「こういう時は普通、メイド服ですよ、メ・イ・ド服ッ」
「いや普通とかそういう問題じゃなくてだね‥‥」
何やらエリスの薦めは、もっと罰ゲーム的視覚効果とお笑い属性に富んだものだったらしいが、流石にそれを男性がやってしまったら周囲からの白眼視は必須だ。
そんないつも通り過ぎる遣り取りをしている所に、少女が歩み寄ってきた。装飾控えめな身なりと、揺れる銀髪を携えるのは誰であろうこの屋敷の令嬢、ルティーヌ・ポーラスであった。
「皆様よくお揃いで。‥‥リーヴォンさん。その格好は、一体?」
リーヴォンの姿を見るに訝しがったルティーヌは、何を言うまでも無くヨアンナを視界に納める。大体、何がどうなって『こう』なっているのか、ルティーヌには想像が付く。その視線に困った様にして、ヨアンナはやや苦しめに言う。
「自ら作業お手伝いの願い出なんて、流石はベルファー家のご子息ですわ。彼の『善意』を有り難く受け取りましょう」
言いながら、ヨアンナは和美を更衣室の方向へ押して行く。彼女の様子はまさに、強引であり、自己中心的であり‥‥これ以上に無く、ヨアンナ・フハロの姿であった。
「見た限り、いつもの彼女に戻った‥‥いえ、戻ってしまったと言った所でしょうか」
「ラフィリンスさん」
響は声に振り返ると、ラフィリンスが合流してきていた。途中幾人かに絡まれつつも、適当にあしらってきたのだとか。
「これでまた、いつものワガママお嬢様に逆戻りですね」
「ええ。いつものヨアンナさんです」
「まぁ、いつもの素行に全く問題が無い訳でも無いですが。それに、年頃の女子というのは何分不安定なものです」
「‥‥ヨアンナさんのあの様子なら、きっともう心配は無いはずですよ」
そんな遣り取りを響としながら、ラフィリンスはヨアンナの姿を遠巻きに見つめる。
「まぁ、元気でいるならそれはそれで宜しい事なのでしょう」
「ほんとに良かった」
響も、微笑を浮かべながら彼女を見る。見ながら、思う。もし自分も『彼女』との関係に何かが生じた時に、気丈でいられるかどうか‥‥。今はその答えを、見出す事は出来ない。
「あちらのお二人も、なんだか楽しいご様子です」
思慮の最中にエリスに声をかけられ、響は僅かに肩を揺らした後に彼女の指差す先‥‥ルティーヌとリーヴォンを見た。
「自ら、なのですか?」
言葉少なく彼に問うルティーヌ。
「勿論だよ」
「本当?」
「君の家の催しじゃないか。今更になって四方八方おべっかに回るよりも有意義な事をしたいって理由では、納得頂けないかな?」
「‥‥そういう事でしたら、別に」
本当は断るとかそういう事のできる立場ではないのだろう‥‥ヨアンナとリーヴォンの関係を知るラフィリンスはそう考えるも、言わぬが花‥‥と、あえて告げ口はしない事にした。だが――
「今日、落ち着いてお話出来ないのが残念です」
「また二人でどこかに行く時に楽しいお話が出来る様、今度の外出先を仕事しながら考えておくよ。期待していて欲しいね」
「そんな、そこまで気遣われなくても‥‥」
「自らの癖みたいなものさ。キミこそ、そこまで気を使わなくて結構」
――だが、一応これだけ言っておこう、とラフィリンスはリーヴォンの肩に優しく触れ‥‥全く全く、全く以って邪気無しに微笑みながら言う。
「それではリーヴォンさん、ヨアンナさんに怒られない様に、お仕事頑張って下さいね」
「あ‥‥ああ、任せておいて欲しい」
やや引きつったリーヴォンの笑顔は、中々に傑作であった。
「ヨアンナさんを魔蛇とするならば、さしずめリーヴォンさんは鳴蛙、これでルティーヌさんが聖☆ナメクジ属性を得られれば三竦みが行けそうです」
ぼそっと、ラフィリンスに告げるエリス。
「既に、成っているのかもしれません」
「ですね」
此れ又、奇妙なトライアングルである。
リーヴォンの仕事量が増し増しになったお陰で和美は晴れて自由の身となった。しかし響は引き続き仕事をさせたまま‥‥この辺りがヨアンナの性格の悪い所だ。
(「折角のパーティです、楽しんできて下さい」)
(「私だけ‥‥何だか、すみません」)
(「そのドレス姿を見られるだけでも役得ですよ」)
(「他のご婦人方と比べると、見栄えは無いですけどねー」)
(「和美さん‥‥パーティの帰り道、一緒に帰りませんか?」)
(「えっ‥‥ぁ、‥‥も、もち――」)
(「‥‥餅?」)
テレパシーでの会話でも、バレる時はバレるらしい。ヨアンナに勘付かれた和美は、腕を掴まれ遠くへ引っ張られて行く形で思念会話を中断させられてしまった。残念ではあるが仕方が無い。
それに、これから仕事が増えそうである故、どの道会話の余裕は無くなる。
見てみれば、ルティーヌの傍らには中年の男性貴族が居た。何やら会話をしている様子だが、楽しい談笑‥‥というよりは男側が必死に取り付いている感を滲み出していた。
状況を見ながら、響は仲間達に状況を通信する。
(「‥‥その男性は、私にも声をかけてきていましたね」)
対面している訳ではないのでラフィリンスの表情は伺えないが、きっと機嫌の良いものではないだろう。
(「リーヴォンさんの父親からも、そちらの状況は伺えます。横槍を入れられる立場でもない為、対処に困っているといった顔です」)
リーヴォンの父の近くにいるエリスから。彼も、この状況に対して言い様には思っていないらしい。
(「私が言って来ます」)
(「ラフィリンスさんっ!」)
(「軽く諌める程度ですよ」)
ラフィリンスを信じていない訳では無いが‥‥何かもっと、最善の策がある様な気がして‥‥響は通信の相手を変えた。
(「お仕事中に失礼。聞こえますか?」)
(「また、便利な魔法を使っているね」)
リーヴォンは、思念への介入に対して特別動じるまでも無く応じる。
(「此方に来て頂けますか、ちょっとした‥‥作戦があります」)
周囲の雰囲気を害さない、ルティーヌに取り付くお邪魔虫を取り払う。両方やらなくちゃならないのが『冒険者』のつらいところだ。
「お引取り願えませんか」
「これは、いかに冒険者様といえども些か無粋では? 彼女が嫌がっている、と言うならまだしも」
ラフィリンスはあくまでも、微笑を飾りながら穏やかに。
「しかし楽しんでいる様にも見えませんね。強引さや身勝手は、感心出来かねます」
「麗しの淑女をこのまま壁の花にしておくのも、如何なものかと。それとも、まさか彼方がルティーヌ嬢をエスコートするおつもりで?」
男性に言われ、ラフィリンスは肩を竦める。
「私にそのつもりはありません」
「ならば――」
「適任は他に居る、と言う事ですよ」
言いながら、ラフィリンスが指差した先‥‥そこには礼服を着た貴族の青年が居た。リーヴォン・ベルファー‥‥ベルファー家の家督。
こういう時の為に響は礼服を一着余分に用意してきた。勿論リーヴォン分の仕事は響に回って来て、今まで以上に忙しく働きまわる羽目になったわけだが。
「彼女とは事前に約束がありまして。卿、閑暇の埋め合わせ恩に着ます。では行こうか、ルティーヌ」
穏やかながらも、相手に事の言及をさせない口調。男性は戸惑いを露にして、口を紡いだままに終る。
そうしてリーヴォンはルティーヌの手を取り連れて行った。
「‥‥一々カッコつけちゃって」
遠巻きに事態の一部始終を見ていたヨアンナ。相変わらずの悪態振りに、和美は思わず笑みを零す。
「何よ」
「な、なんでもありませんっ」
「多分ヨアンナさんは、リーヴォンさんに花を持たせる為に今回呼んだんじゃないかって私は思うんです」
その後は特にトラブルも無く、しこたま働いた響と帰り道を共にする和美は、そんな事を言い出した。
「どうして?」
「だってそもそもヨアンナさんの性格からして、本当に嫌いだったら顔も見たくないって言うだろうし‥‥二人の仲を深めて、それを眼前にする事によって、自分に対して一種の踏ん切りにしたんじゃかいかな。‥‥もし私だったら、そういう『切欠』が無いとこういう時、辛いな‥‥って、そう思っただけです」
理屈や決心も、絶対的なものにはなり得ない。迷いや羨望‥‥負の感情ほど、それを真に払拭するのに時間がかかる。
「それでも、あの人達なら、きっとその辛さも乗り越えられると思います。それで、みんな心の底から笑顔でいられる様になると思います」
それでも、人が他人に対して好意を寄せると言う事は素晴らしい事であり、掛け値の無いものである。
今宵月精霊の煌きの下、重なる一つのシルエットが在るがそれは全く依頼に関係しないもの。故に、その『先』をここで語るには至らず。