【憂鬱の金】君が思うように‥‥
|
■シリーズシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月30日〜04月04日
リプレイ公開日:2009年04月15日
|
●オープニング
いつもの如く午後の優雅を満喫するべく、茶を片手にテーブルを囲むのは、女子3人‥‥ではなく、4人だった。
「この様なレディーストークの場をご紹介頂き光栄に思っています」
依頼にて、よく関わりのある天界人の女性が、本日は居る。彼女が何故この場にいるのか、この場所をいかにして知ったのか。
苦虫を噛み潰した様な表情のヨアンナが、そう考えながら見回していると‥‥目が合った野元和美は不自然に目を逸らした。
なるほどどうやら内通者がいたらしい。
「で、何か? ちょっかいを出したり不埒な事をしに来たっていうなら警備を呼ぶわよ」
「通報は勘弁です。私はただ、この前に出来なかった分程度の世話話をしたくて来たわけです」
「世話話?」
「ええ、恐獣なんかが出なかったら、もっとマターリお話が出来た‥‥そうと思うと、悔やんでも悔やみきれません。そもそも、ここまで依頼で一緒になっておきながら御令嬢方の事に無関心であった非礼、今更ながら頭を下げたい気持ちで一杯なのです」
「(豪く下手なのが、逆に不気味‥‥)」
と思いながらも、ヨアンナもお喋りの好きな性格、余程おかしな話でなければそれに応えるつもりらしい。
冒険者の女性から振られた話は至極ありきたりな話で、ヨアンナやルティーヌ、リーヴォンそれぞれの家柄の話だった。
別にそれ位の事だったら‥‥とヨアンナは話し出した。
まず、ヨアンナは自身の家柄について。それなり恵まれた中流階級であり、ルティーヌの家とは親同士が親しい為、幼い頃からの付き合いとの事。
ルティーヌは、自らの家に対して貴族の中でも中の下と言い放って憚らなかった。「豊かではないからこそ、品格を高く持ち、貴族としての心意気を示すべし」と言うのが彼女の父親の信条らしい。
リーヴォンの家についてだが、領内に抱える武器商人のギルドによって安定している資金運用、有能な長男、クリーンな交友関係、特に悪い噂を聞かない。
和美も何か話そうとした様子だったが、どうせノロケ話だろうと無視しておいた。
その頃、ベルファー家では険しい顔で向き合う親子がいた。
「先日、冒険者の方から聞きました。結婚、とはどういう事です。ポーラス家のご令嬢のお付き合いに至っては、一・交友関係という以外には、特に聞いていないつもりでしたが」
リーヴォン・ベルファーはただ、疑問と事実だけを述べた。
父親としては、その方が苦しかった。騙していた自覚はある。だからこそ、リーヴォンに感情のまま喚き散らされた方が、楽であった。「糞野郎」と罵られた方が、まだ謝り易い。
「ポーラス家の領内にある山岳が、鉱山として有望な土地である事が昨今の山師の調べによって明らかになった。更に、採掘において銀の発掘も確認されている。皆を語らなくては、察しがつかぬお前ではあるまい」
頭を下げたい気持ちを抑え、一人の貴族当主として言うリーヴォンの父。その言葉に、リーヴォンは項垂れる。
言わんとしている事は分かる。鉱山を持つポーラス家とベルファー家の間に強い結びつきを得られれば、更なる生産力の推進をはかれる。軍需産業の隆盛はベルファー家、ポーラス家に豊かさを生み、カオスの逆賊を討たんと躍起であるこの国に、著しい貢献が出来るだろう。加えて述べれば、昨今の魔物の侵攻によって銀の必要性は従来よりも高まっているのは、誰が説明するまでも無く明らか。
ポーラス家とベルファー家が手を取り合う切欠としては、長男長女同士の結婚は、これ以上にない機会。両親同士、家同士の総意によって結婚が決まるのは、そう珍しいことではないの。それらを一瞬で把握したリーヴォンは、静かに口を開いた。
「‥‥少し、時間を頂けませんか?」
「お前が決断を遠ざけるのは、珍しい」
「僕には今、好きな人がいます」
「そう、か‥‥」
「(さて、明日も早くから作法のお稽古があるわ。今日はもう寝よ‥‥)」
寝巻き姿にて自室で寛ぐヨアンナ。彼女は区切りの良い所で読書を止めると、本に栞を挟み、寝台へと向かった。
読んでいた本は、ありきたりな恋愛小説。薄幸の貴族令嬢と、彼女に求婚する王子様との甘ったるい恋愛物語。
「(そんな風に相手が見つかれば、誰も苦労しないってーの)」
後頭を掻きながらそんな事を思っていたその時、木窓を叩く音。
こんな時間に無礼なノックをするのは恥知らずなシフール便くらいだろう、と彼女はその方向に歩き窓を開けた。
「ど、どうも」
「ななな、何しているのよ、貴方って人は!?」
「シっ、警備に捕まりたくはない」
木窓から見えたのは、紛れも無くリーヴォン・ベルファーの姿だった。混乱するヨアンナだったが、とりあえずは冷静さを取り戻そうと試みる。警備が来て厄介になるのは面倒な事だし、第一取り乱した姿を彼に見られたくなかった。
「で‥‥ロープに縄梯子、山岳登坂用フックと泥棒顔負けの装備で夜晩、女子の寝室に忍び込んでまでの用事は何かしら? 目的が不届きなそれであった場合は、私の一声で、屈強な男達が貴方の今夜をお相手する事になりますわ」
「君に告白をする為ここに来た。僕は君の事が好きだ」
「―――ッ!?!?」
余裕を滲ませながら冗談混じりに言ったヨアンナであったが、返って来た言葉に絶句した。
しかしそんな混乱の彼女はお構いなしに、リーヴォンはその胸に潜めていた熱情を惜しむことなく吐露する。
「君は覚えていないかもしれないが‥‥隠れ家の様な小さな館で行われた冬の社交会‥‥2年も前にそこで君の姿を遠目に見てから、君の圧倒的な存在に僕は心奪われた。この気持ち‥‥正しく愛だ!」
「愛!?」
「だから、街で君に再び出会えた時には確信した、これは運命なんだって! そして以前に話してみて分かった、君は僕が思っていた通り‥‥いや、それ以上に輝かしく、美しい女性であると!」
「‥‥貴方、何考えているのよ、私とルティーヌが友達同士だって‥‥知っているんでしょ?」
「‥‥すまない」
「第一‥‥ついこの前まで、ルティーヌと結婚とか言う話していたじゃない。そんな時に貴方は‥‥何がしたくてこんな事を口走っているのよ」
「わからない」
「自分でも分からないって、どういう事よ! そんなんじゃ、言われた私なんて、もっと、よく分からないじゃない‥‥っ!」
「でも! この気持ちだけは君に伝えたかったんだ! 僕の気持ちは嘘偽り無く、本当に――あっー」
弓の腕は立つにしても、その他のスキルはレンジャーのそれに匹敵しないらしい。足場を外して、リーヴォンは転倒、屋根から転げ落ちていった。間もなく警備の人間が邸宅の夜を騒がしくしたが、ヨアンナの胸中はそれどころではなかった。
「(こ、告白されたの? 私が!?)」
乙女の心は、今までにないもので満ち満ちていた。戸惑い、不安、そして‥‥嬉しさと、それを感じる事による背徳感。ただ、あの時言われた言葉に胸を打たれた事は紛れもない事実。その晩、彼女が眠りにつけなかったのは庭先の喧騒のせいではなかった。
後日、ギルドに依頼が張り出された。
「依頼主はヨアンナ・フハロ‥‥フハロ家のご令嬢は気難しい事に定評がありますのでどうかご留意を」
以前にヨアンナを知る人間にとっては、今更な事であった。
依頼内容は、当家の警備員の募集。先日、フハロ家に『『泥棒』が忍び込まれた為、数日間、警備強化に冒険者の力を貸して欲しいとの事。
●リプレイ本文
当家の食卓にてヨアンナと昼食を共にしている冒険者の幾人かは、罪悪感を感じながらフォークを手にしていた。悪事は働いた訳ではないのだが‥‥適当に屋敷を散歩して午前の業務を終え、食事を振舞われているのだから居心地の悪さを感じざるを得ない。
警備依頼と言う事で来た冒険者たちであったが、屋敷は全く以て平和。働いたら負けと思う位に平穏無事。
(「気配が無さ過ぎる。本当に、俺達の『警備』を必要として依頼を出したのか?」)
訝しがりながら、アリオス・エルスリード(ea0439)は考える。ならば、何の為に自分達はここに? 思案は明確な終着を見い出せない。
「アルフォンスさん。あの様子。見て下さい」
「食卓においてもいつもと変わらぬ我儘お嬢――ィャ明朗っぷりを‥‥む?」
音無響(eb4482)に促され、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)はヨアンナを見た。
食事にろくに手を着けずに、時折俯きながら浅く息を零す様子はどこか物憂げであり、危うげにも映った。
「いつもと違ってしおらしい様子で、ちょっと‥‥おかしいと思いませんか?」
「確かに。あれは、よもや‥‥」
2人のヒソヒソ話に気がつかないのだ、ヨアンナは気を散漫とさせているには違いがない様だ。
「(まるで別人みたい‥‥まさか!)」
「(うむ、年頃の乙女にして、あの憂い滲ます悩ましげな表情とくれば!)」
「(カオスの魔物に乗り移られたんじゃっ!)」
思わず椅子から転げ落ちそうになるアルフォンス。隣に座るラフィリンス・ヴィアド(ea9026)を見ると、彼はアルフォンスに向け「どうぞどうぞ」とジェスチャーをする。
どうやらツッコミは入れてくれないらしい。仕方ないね。救いはないね。
「(ナンデヤネン、である響殿。ヨアンナ殿のあの様子、拙者が鑑みるに恋する乙女に見える)」
「な、なんだってー!」
と、この様に騒がしくしていれば通常なら「うるさいうるさいうるさい!」と怒鳴り散らされるはずだ。
そ〜っと、ヨアンナの方を見る2人。
「‥‥貴方達」
「「は、はい!」である」
「午前中は、お屋敷の警備ご苦労様。午後も、宜しくお願いしますわ」
「「‥‥了解」」
声を揃えるアルフォンスと響。
(「確かに、以前にお会いしたときと違う様に見えます。一体‥‥何があったんでしょう?」)
端から一連の流れを眺め、ラフィリンスも思う。どうにも、今日のヨアンナは『御令嬢』過ぎる。
「ヨアンナさん、ご安心下さい。悩みの種はすぐに消えるでしょう」
「え‥‥?」
エリス・リデル(eb8489)の呟きに、ヨアンナは顔を上げる。
「この家を恐怖のズンドコに陥れた『真夜中の泥棒』はこの中に居る! 真実は大抵ひとつ!」
ざわ‥‥
ざわ‥‥
午前中の平和っぷりを鑑みるに多分それはヨアンナ憂鬱の原因ではないだろうが、一応、エリスの言葉を待ってみる一同。
「とりあえず明らかに別人なヨアンナさんが怪しい」
アルフォンスはラフィリンスを見る。‥‥やっぱり、ツッコミは入れてくれないらしい。
「もうっ‥‥別に犯人とかは、別にどうでもいいわよ」
アルフォンスが言い及ぶ前に、ヨアンナがそう呟いた。
「では、『どうでもよくない事」の方を伺いたい」
「え?」
ヨアンナの言葉を拾ったのは、アリオス。
「本丸は別にあると考えている」
「そ、それは‥‥」
躊躇いながらも、彼女が何かを口にしようとした時。部屋に使用人の一人が入ってくる、食器を下げに来た。
ヨアンナは咳払いをして、それから少し間を置いてから、口を開いた。
「『本丸』については今日の食事の後に伝えますわ。冒険者各位は、屋敷の警備員に状況の引き継ぎを屋敷の済ませた後、使用人に聞いて私の部屋にいらして下さい」
「ぬう、これが噂の三角関係! ヨアンナ殿はリーヴォン殿に想いを告げられて揺れに揺れている状態であると!」
「っ! そういう事はハッキリ言わないの!」
「しかし事実に相違無かろうかと!」
「そうだけど‥‥」
アルフォンスのK(空気が)Y(読める)発言により、ヨアンナの面は熱を帯びる。
「そんな事があったなんて‥‥。きっとヨアンナさん、凄くビックリしたんじゃないかな」
「冷静でいろ、と言う方が無理な話でしょう。尤も、私は恋愛経験が無いので何とも言えない所でもありますが」
我事の様に親身になって悩む響、対照的にラフィリンスはあくまでも第三者の目。どちらが相談者として適しているかは、ケースバイケースだろう。
「いっそ彼の申し出を受けて一層ややこしい関係になるのも‥‥」
「それが嫌だから、こーやって悩んでいるのよ!」
いつもなら溜息交じりに言い流しているエリスの冗談に対しても、つい返す言葉が大きくなってしまう。それに気が付き、らしくもなくヨアンナは謝る。
「ご、ごめん‥‥なさい」
「‥‥しからばヨアンナさんもルティーヌ嬢に全力で告白して、完璧な三角関係になるべきです。それがBest、世界の選択。間違いない」
「な、なんでそうなるのよ!」
なんと言う百合。
兎にも角にも、事情の理解は冒険者達も出来た。が、今すぐヨアンナに叡智を授ける事は難しい。繊細な問題だ、単純にYes・Noだけで済むものではない。
この前のデートで来た時に悪くない店だと思った、なので以後もよく使わせてもらっている飲食店‥‥惜しむらくは、今の話題があまりフランクなものではない事か。
響から一通り聞き終えると、和美は表情を曇らせる。
「そんな事が‥‥。確かにヨアンナさんは、感情が顔に出やすいですから‥‥」
「答えは彼女の心の中次第だと思う。だけど答えを急ぐときっと、後で後悔が残る選択をしてしまうんじゃないか‥‥そう思うと怖い気もするんだ、俺は」
その後悔が、貴方の悲しみにもなるだろうから‥‥それは胸中の呟きに留め、響は自分の考えを述べる。
「ヨアンナさんの答えがどちらであっても、それはヨアンナさん自身から直接リーヴォンさんに伝えるべきだと思います。リーヴォンさんだって、きっと勇気を揺り絞ってした行動なんだから‥‥それに応えてあげないと」
「そう‥‥凄く、勇気のいる行動ですよ」
「あ‥‥そ、その節はどうも‥‥と、とにかく。まずはヨアンナさんもリーヴォンさんも、落ち着いて貰わないと、ってところかなぁ」
「そう、後悔が無い様にしないと。‥‥‥お、俺は後悔せずに済みましたし。むしろ、本当に良かったって‥‥!」
響は言いながら、疑問に思った。
アレ?
何故自分はこんな事を口走っている? ヨアンナさんの事について、話していたんじゃなかったっけ? この話はこの辺で止め――
「あ、すいません‥‥なんだか脱線して――」
「私も、良かったって思っています‥‥本当に」
――止めなくていい、と思った。二人だけの空間で、頬を赤らめる愛しき女性を目の前にして、止める理由の方が、見当たらなかった。
「愛してます‥‥俺、出会えたのが和美さんで、本当に良かった」
「諸々の事情は既に存じているのである」
「それは話が早くて良い」
冒険者達を屋敷に通したリーヴォンは、応接間に招いた。使用人には席を外す様に促し、また部屋には家族も通さぬ様にと加えて指示していた事から、彼自身、冒険者からの手簡を読んだ時点で訪問の目的をある程度は予測していたのだろう‥‥そんな事を考えながら、遠慮なく茶菓子を頂いているアルフォンス。彼に加え、エリスも来ている。
「ウサ耳探偵エリスも真っ青の察知力。流石のリーヴォンさんです」
「キミも相変わらずの元気で宜しい」
ヨアンナとは打って変って、リーヴォンはいつも通りの、明朗な青年であった。まるで不自然にさえ感じられる程に。
「さて如何なものだろうか、リーヴォン殿」
「自分でも、なんであんな急いでしまったのか‥‥今でもよくわからないね」
「一度、三者が会って話し合う必要がある様に思える。拙者で良ければ相談役とメッセンジャー役を仕る次第であるが」
「いやちょっとそれは‥‥待ってほしい」
ここに来て、始めて淀んだ声で返答するリーヴォン。眉間を抑えながら沈黙する‥‥理由は分かる。
気まずいのだ。一度告白した人間と、その友人であり自分の婚約者、そこに自分を交えての話など、居心地の悪さは堪らないものだろう。
しかし、だからと言って――
「‥‥雄弁は銀、沈黙は金」
と、声が聞こえてきた。アルフォンスでもない、エリスでもない、当然ながらリーヴォンも違う。
「しかしながら今のあんたには、そのどれもが負に働いている様に思えてならない」
この声は‥‥アリオス・エルスリード。どこに? 3人は辺りを見渡すが、当然その部屋には3人しかいない。
すると、一枚、天井の板が外されてそこから(どこからくすねてきたのか)ロープを伝いながらアリオスが降りてきた。
「‥‥シフール便代の節約かい?」
「そんな所だ」
リーヴォンは苦笑しながら言うのは、恐らく動じているのを気づかれたくないからであろう。
「まずはその思いの丈を聞きたい。口に出して自覚する事で、物事の整理がつく事もある」
「それが出来ないから、上手く口に出せないのさ」
「問題からの逃避で事が収まると考える程、幼稚な人間ではないとあんたを判断して、もう一度聞かせて貰う」
リーヴォンは椅子に深く腰掛け、両手を組みながら俯く。覗けぬ面に何が浮かぶかは分からない、しかし再び顔を上げた時にはいつもの調子に顔を戻していた。
「きっとそう‥‥激情だった。だから、上手く言葉にできない」
勢いでそういう事をするもんじゃない、アリオスはそうも思ったが‥‥それは若さを否定する様に思えて些か忍びない。
「どうするにしろ、俺は止めるつもりもないのだが‥‥ルティーヌとの関係をきちんと清算する必要があるだろう。中間を省き過ぎだ。まさかヨアンナとルティーヌの関係を泥沼にする目的か?」
「そんな訳はない!」
「謂れを撥ね退けるのは、いかなる時も不変だ」
「‥‥‥っ」
「行動しろ。よく落ち着いてからな」
言いたい事を言い終え、アリオスは再びロープを伝い、そして天井へ登って木板を元通りにはめ込むと足音なくその場を去って行った。随分と手の込んだシフール便の節約方法だ。
「今度から、あの天井はちゃんと釘を止めておこう」
「前述の如く。三者の仲を取り持つ者が必要であれば、遠慮無く言って頂きたい。拙者、その為ならば助力を惜しまぬ次第也」
「‥‥あぁ」
短くそう言うリーヴォンを、アルフォンスは見る。瞳には決意が宿っている、もう迷うだけどの目ではない。
リーヴォンも、アルフォンスを見る。勿論自分から行動を起こす、が‥‥もしもそれが難しくなったら、彼に助力を願い出よう。彼は、自分を欺く様な人間ではさなそうだ。
たが、リーヴォンはアルフォンスに一つだけ、言っておかなくてはならない事があった。
「ところでアルフォンスさん、その前に一つ、お願いがある」
「何か。遠慮無く話すと良い」
リーヴォンは神妙な顔から、普段の苦笑に戻した。
「菓子を食べるのは良い。だが欠片を溢すのはもう少しばかり控えめに願えるかな。掃除の手間になるので」
「っと、これは失礼」
折角の、貴重なシリアスシーンが台無しだった。
午後からのダンスのレッスンにおいても、ヨアンナの状態はひどいものだった。新しい曲調のものとは言え、脚を講師に引っかけて転ぶなど、ありえないミスを立て続けに起こしている。
講師も困惑気味に、調子について彼女に伺うが「何でもない」の一点張り。
練習部屋にノックが響いたのは、本日3度目の転倒時であった。
「失礼します」
「な、何の様ですの」
「何やら音が響いていたので、警備に馳せ参じました。‥‥が、どうやら侵入者等ではないようですね。一安心です」
しれっとして言うラフィリンス。勿論、泥棒がここにいない事など百も承知だ。
「ついでといっては何ですが、私も僅かながら社交ダンスに心得のある者です。ヨアンナさんの腕前を一度見てみたいものですが」
「今日は、ちょっと――」
「自信がなければ結構です」
「あるわよ! そこで見てなさい!」
と、息を巻いた所で、結果は数秒前と同じ醜態を晒すに終わった。むしろ、『事情』を理解している者の目がより彼女の意識を高め、余計に緊張させているのだ。上手く踊れる訳はない。
謎の不調に、講師役の婦人もほとほと困り果てている風であった。原因がわからなければ、助言の仕様が無い。
「なるほど、もし私でよければ『その悩み』に対して一言二言、申し上げたく思いますが?」
是非とラフィリンスを促す講師。そこで、ヨアンナは気づく。『その悩み』というのが、何に対しての言葉なのか。勿論、ダンスの事ではない。
「今見た感じでは、脚の揃え方と位置取りを意識し過ぎている嫌いが見受けられます」
うんうんと頷く講師だが、ラフィリンス自体は、尤もらしい事を言っているに過ぎない。
「どちらかを優先すればどちらかが壊れ取り返しがつかなくなるかもしれない‥‥こんなに面白い状況はないですよね」
「‥‥えぇ、それが一番嫌。だから、分からないの」
「思う存分悩むといいですよ。それで結論が出ない様ならアドバイスはしてもいいかな、とは考えていますが‥‥正直なところこういった事は人がどうこう言おうがご自分の意思が第一ではないでしょうか」
「結局、誰も答えは教えてくれないのね」
「人に言われた通りにして納得できるのならそれでいいですけど、貴方はそういう妥協や折り合いの付け方を嫌う人となりと思っていましたが?」
「それも、そうね‥‥」
精神論もいい所であるラフィリンスの助言に講師は眉を潜めたが、彼が練習部屋を去った後、ヨアンナは段々といつものキレを取り戻していったのだから講師は更に不思議がった。
結局、依頼期間中における平和具合といったら、それはそれは驚く程何もなかった。某虚無僧フードファイターなんかは「働かないで食う飯はうまいか?」と当家の警備員に言われたりもしたが、逆に、何も起きていないのにどうやって働けと言うのか。絶対に働きたくないでござる。
「さて、ヨアンナさん。我々は警備を無事完遂するに至りましたが、むしろこれからが本番です。ピッケルとか用意して下さい」
何やら荷詰めを始めているエリスに、ヨアンナは怪訝そうに問う。
「何するつもりよ」
「ヨアンナさん達が自力で鉱脈を見つければ良いじゃありませんか。つまりピクニック兼宝探しで問題解決&二人の仲も急接近。火山とか行けばきっと貴重な鉱石ざっくざくです、まさに熱くなれます」
「ピクニック‥‥それも良いわね。でも、その前に会うわよ。会って、話す事があるの」
それがどういう事か、見取った響はヨアンナに一言だけ言い及ぶ。
「どういう答えであっても、それを後悔が無いものに出来る様に‥‥頑張って下さい」
緩やかに、笑い返してヨアンナは返す。
「だ〜れに言ってるのよ。当然でしょ?」