【死者はかく語る】前哨
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■シリーズシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 63 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月09日〜04月16日
リプレイ公開日:2005年04月19日
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●オープニング
――悲劇は、唐突に訪れる。
男は、平凡な人生を送っていた。
が、それでいいと男は考えていた。平凡こそが幸福なのだと。
その日も仕事を終え、家路へと急いでいた。すっかり遅くなった今日は、既に陽も落ちて辺りは暗い。
「もうあの子も眠ってるかな」
思い浮かぶのは愛しい娘。三歳になったばかりの彼女は、最近ようやく言葉を覚えたばかりだ。その事を考えただけで、男の眦が下がる。
幼馴染みの妻は、そのことで苦笑しながら窘めてくる。
そんな平凡な‥‥だけど幸福な家庭。
それが脆くも崩れることになろうとは、今の男には夢にも思わなかった。
暗く、灯りのない部屋。
「おおーい、帰ったぞ。もう寝たのか?」
しんと静まり返った暗闇に、男の声だけが響く。手に持つランタンを頼りに進むが、相手からの返事はまるでない。
早まる動悸に緊張しつつも、寝ているだけだと自身に言い聞かせ。
――ガタン。
耳に届く音。
それは自分達の寝室から。
そこにいたのか、とホッと息を吐きながら扉の所まで辿り着く。
その時、不意に鼻孔をくすぐる臭いに気付く。違和感のあるそれに、思わず眉根を寄せる。
嫌な臭いだ――まるで、肉が腐ったかのように、鼻の奥にツンとくる。
だが、すぐに気を取り直し、男は扉に手を掛ける。
「入るぞー」
開けた瞬間、モワッと飛び出してきたのは明らかな血の臭い。
思わず口に手を当てた瞬間、視界に映ったのは真っ赤な海。夥しく飛び散ったそれが、床と言わず壁と言わずいたるところに付着している。
そして、窓際には無残な姿となった妻と娘。
男にとって大切であった者達を――貪る熊の如き巨体が二つ。
「――――うああああぁぁぁぁっっ!!」
ギルドに訪れた男は、息も絶え絶えの状態だった。全身の傷は言うに及ばず、顔に受けた傷はごっそりと抉り取られたような痕になっていた。
「バグベアだな」
受付に立つ壮年の男は、集まった冒険者に向かってそう告げた。
熊のような巨体に猪の頭を持つオーガ。
今回の依頼は、その二体を倒すことらしいが。
「だが、そいつはホントにバグベアだったのか?」
確認するような冒険者の言葉に、受付に立つ男は多少言葉を濁した。
男が目撃した相手は、彼の愛しい家族を無残な姿にしていたらしい。その上、大量の血の臭いに混じった肉の腐ったような異臭。
そこまで口にすることで、冒険者達はある程度の察しをしたようだ。
一瞬で彼らの顔つきが変わる。
「‥‥お、お願いだ‥‥妻、と娘の‥‥仇を‥‥」
「おい、もう喋るな。救護班、後を頼む!」
連れて行かれる男の姿を見送りながら、受付の男は冒険者達に問い掛けた。
「で、どうする?」
差し出されたのは一枚の依頼書。
‥‥さて?
●リプレイ本文
●不穏な影
空を行く小さな影。
やがて高度を落としたそれは、ゆっくりと村の近くへと降りた。
「‥‥まさかコレに乗ることになろうとは‥‥屈辱だ」
呟いたのは、エルフの青年であるクーラント・シェイキィ(ea9821)。仲間から借りたフライングブルームで先行したのはいいが、さすがにこの箒に乗るのは少し恥ずかしかった。
とりあえず遠目で村の様子を眺めながら、もう一人の先行者を待つ。
人より多少優れた視力を持つ彼ならではだったが、先程の空からの確認にも特に異質な様子は見られなかった。後は実際に村へ入ってみてからだが‥‥。
程なくして、ライディングホースに乗ったソフィア・ライネック(eb0844)がやってきた。振り落とされないように、としっかりと首を掴んだ姿は、あまり外聞を気にしてられない状況だったから。
「お、お待たせしましたっ」
はぁはぁと荒くなった息を整えながら、ソフィアが慌てて馬から下りる。
「どうですか、様子は?」
「上から見た感じでは、特に何もなさそうだったな」
「じゃあやっぱり」
「ああ、入ってみるしかない」
会話を交わしながら、出発前の会話を思い出す。
クーラントが知る限りのバグベアの情報。オークより強いそのモンスターがいきなり現れた時、はたして村人達はどう反応するだろうか。
「怪我をされた方がいたら、治してあげたいです」
依頼人の怪我を治せない自分の力不足を嘆きながら、他の村の方は、と胸中に誓う。
「腐臭がしたという話ですが‥‥オーガ族というのは、そんなに臭うのですか?」
「いや、そんな話は聞いた事ないな。おそらく‥‥」
それっきり二人は黙り込んだ。
互いの胸の内に暗い予感が走る。
やがて村へと足を踏み入れたクーラントとソフィアは、互いに離れぬように村の中を進んでいく。時折、周囲を見渡しながら注意深く五感を働かせて様子を窺う。
本当なら呼び掛けたりしたいところだが、敵がいる可能性の場所でそれはさすがに軽率だろう。
「あの‥‥」
「なんだ?」
「少し、静かすぎませんか?」
いくら夜が更けているとはいえ、いくらなんでも物音がない。むしろ、自分達の足音の方が大きく響いているみたいにソフィアは感じた。
ハッとして顔を上げるクーラント。もう一度、五感にて警戒のアンテナを四方へ伸ばす。
そして。
「――これは‥‥血の臭い?」
「え?」
すぐさま走り出したクーラント。慌ててソフィアが後を追う。
そのまま近くの家に飛び込んだ二人が見たものは、無残に食い散らかされた人だったものの残骸。辛うじて性別は判断出来ても、もはやそれが誰であったかまでは判別出来ないだろう。
「これは‥‥ッ」
「遅かったか」
青ざめるソフィア。なんとか懸命にその心を押し殺そうとするが、沸き上がる恐怖を止める事は出来ない。
その時、村の静寂を引き裂くほどの悲鳴が聞こえた。
「――生存者か!?」
声の方向に走りだすクーラント。厭な臭いに倒れそうになるのを、懸命に堪えながら。
●過ぎる不安
「奇妙だな」
「何がですか?」
ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)の呟きに、荷車を操っている栗花落永萌(ea4200)が問い掛けた。
永萌の提案でギルドに頼み込んで荷車を借り、それに彼らは愛馬を繋いで、目的の村へと向かっていた。荷車なので乗り心地は最悪だが、なるべく先行した二人に早く追いつくべく、その足はいつもより速い。
「依頼人のことだ。瀕死の彼が、どうやってキャメロットまで来たんだ? 仮に直接ギルドまで来たにしても、近くの村を避けたということになる」
「それは‥‥」
ゼディスの問いは、永萌も考えていた。村の他の人達に連絡が取れていない以上、彼らはその惨劇を知らない事になる。
あるいは――。
「ひょっとしたら‥‥もう村の生存者は‥‥」
二人の会話を聞いていたシャーリー・ウィンディバンク(ea6972)は、ポツリと言いかけて言葉を飲み込んだ。
それは誰の胸にも過ぎった考え。
だからこそあえて口にしなかった。
「駄目だよ。これ以上被害が広がらないようにするために、僕達は行くんだからね」
沈みかけた雰囲気を一掃するように、白峰郷夢路(eb1504)が元気良く言った。
今回の依頼で集まった冒険者の中では最年少である彼は、育ちのよさそうな顔立ちに子供らしいやる気を漲らせていた。
「そうですね。大切な者が奪われ失う。それは我が身を引き裂かれる事と同じくらい、いえそれ以上に辛いことです。だからこそ、これ以上の被害を出さない為にも」
夢路の言葉を受ける形で、滋藤御門(eb0050)がしみじみとそう呟く。
そうして気持ちを新たに決意した時。
永萌の声が響く。
「――見えてきました。もうすぐ村です」
その言葉に全員の視線が前方を見る。
目的の村。そこで彼らを待つものが何であるのか、一抹の不安を胸に荷車は走る。
村へ足を踏み入れようとした、まさにその時。
冒険者達の行く手を遮るようにして、黒い影が現れる。死した筈の存在、それなのに動くモノ――ズゥンビ。
ハッと身構える彼らに臆することなく、その死者達は近付いてきた。
「まさか」
誰かが呟く。
脳裏を過ぎったのは最悪の結末。
だが、ここで躊躇している暇はない。状況が状況だけに、早く先行した二人と合流しなければ。
「‥‥この臭いからして、そう時間は経ってないな」
ゼディスの手に現れたのは氷のチャクラ。間髪入れず投げ飛ばすと、素早く身を引いた。一撃を与えたチャクラは、そのまま距離を置いたゼディスの手に戻る。
それと前後する形で、永萌のアイスチャクラもズゥンビへと命中した。
「‥‥許せ‥‥」
心中で祈りを捧げる。
躊躇は自身の身を危うくすることを彼は知っていたからこそ、敵対する存在に容赦をしない。
「永萌君、これを!」
御門から渡されたクリスタルソード。
二人はそのまま前衛へと移動する。前で攻撃できる者が少ない現状、対応出来る者がやるしかない。
不意に、ランタンが照らしたのは相手の姿。そこに黒い光がうっすらと纏っていたことを御門は気付く。
「作られた物? だとしたら」
素早く前に出る御門。
それに合わせる形で夢路が手裏剣を相手に向かって投げた。狙うべきは足元。
結果、肉が削げ落ちたことでバランスを崩すズゥンビ。
その隙を逃さず、御門は渾身の力を込めてスマッシュを相手に叩き付けた。ぐちょり、と厭な音と共に相手の動きが止まる。
次いで、シャーリーが後衛からウォーターボムを唱えた。単純質量の水球がズゥンビの身体に一撃を与える。
が、さすがに相手の数が多いと見たのか、途中から他の者と同じように、アイスチャクラによる遠隔攻撃を繰り返した。
「出来るだけの事を、したいですから」
「‥‥これで、トドメだ!」
あくまでも表情を変えず、ゼディスが最後の一撃を放つ。
そのまま、ズゥンビの身体は地面へと崩れ落ちた。
「ひょっとしたらもう村は」
シャーリーが言いかけた言葉を、夢路が強引に遮った。
「そんなことないよ。ほら、先に行った二人と合流すればきっと生き残ってる人達も」
「――とにかく急いで合流しましょう」
そう促した御門の言葉に、冒険者達は先行した二人の姿を探した。
●惨劇の始まり
振り下ろされた巨大な爪を、クーラントはかろうじてかわす。
そのまま距離を取って矢を放とうとするのだが、如何せん距離が近過ぎる。腐った胸部に突き刺さるも、相手の勢いは止まらなかった。
「くっ!?」
「クーラントさん!」
「来るな。ソフィアは村人の方を――」
劣勢に駆け寄ろうとしたソフィアを、クーラントは無造作に拒絶する。
その間も対峙する相手――腐臭を漂わせたバグベアが、ゆっくりとだが確実に近付いて来る。
先の悲鳴で駆けつけた先には、今にもモンスターに襲われていた村人がいた。何とかその場は脱したものの、他の村人達を呼び集めて教会へ立て篭もる頃には、すっかり周囲は死人の群れに囲まれていた。
そして、ズゥンビと化したバグベアがとうとう乗り込んで来たのだ。
「くそっ、他の連中は間に合わなかったか‥‥」
一瞬、彼は覚悟を決める。
自分の命に代えても、生き残った村人達は助けなければ。外見から誤解されがちだが、クーラントはその胸に熱い心を燃やす情熱家だった。
ふと横を見れば、ソフィアが同じような決意を秘めた顔をして立っている。
「一人でなく、二人ですから」
そう告げた彼女は、すぐさま詠唱を始めた。そして放ったアンデットにダメージを与える呪文、ピュアリファイ。
悲鳴を上げて立ち尽くすズゥンビ。
その直後。
飛び込んできたアイスチャクラがその腐った体を貫いた。
「!」
驚く二人。
そこに姿を見せたのは、クリスタルソードを構えた永萌と御門だった。
「大丈夫ですか?」
「なんとか間に合いましたね」
言いながら、その鋭い刃を振るう御門。
その剣戟と重なる形で二つのアイスチャクラが、一本のナイフが飛ぶ。バグベアの身体が無残に切り裂かれ、そのまま崩れ落ちた。
「さすがに頑丈だったな」
ゼディスが呟く。
彼の隣で同じようにアイスチャクラを操っていたシャーリーも、同じようなことを口にした。
「もともとバグベア自身、かなりの強敵ですからね」
「でも、みんなで力を合わせればなんとかなるよ!」
突き刺さったナイフを拾いながら、夢路が言葉を繋げる。
仲間の登場に、クーラントとソフィアは安堵の息を吐いた。先ほどまで漂っていた悲壮感も、何時の間にか消えていた。
もっとも、まだもう一匹バグベアはいる。それに取り囲む死んだ村人達のなれの果ても。
「とにかくまずはここにいる連中の一掃だな」
「残骸は‥‥やはり焼くしかないだろう」
ゼディスの言葉に、クーラントがそう付け加える。立ちこめる悪臭に今にも倒れそうな顔色ながら、なんとか精神力で保っているようだ。
「じゃあ、いこうか!」
合図、とばかりに夢路が手裏剣をズゥンビ達に向かって投げつけた。
そのまま彼らは、死してなお動く哀れな生き物達を食い止めるべく、教会の外へ飛び出した。
やがて夜が明ける頃。
辛うじて集まってきたズゥンビを撃退した冒険者達は、盛大な埋葬を行った。腐臭や血の匂いが立ち込める中、赤い炎が魂を安らぎの場所へ導くように天を穿つ。
残った村人達は、いきなりの惨劇に誰もが放心状態だった。彼らから話が聞けるようになったのは、翌日になってからだ。
誰もが口を揃えて言う。
「バグベアが現れた理由はわからない、か‥‥」
ゼディスの呟き。
「どうしてこんなことになったのでしょう‥‥?」
そんなソフィアの疑問に答える者は、今はまだ、この場にはいない――。