【死者はかく語る】悲愴
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■シリーズシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月26日〜05月03日
リプレイ公開日:2005年05月04日
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●オープニング
――嘆くだけでは、何も始まらない。
村の悲劇。
その報を聞いた時、重症の床についていた男はただただ呆然とした。人は深い悲しみに捕らわれた時、嘆くことすら出来ないということをこの時知った。
生き残った村人はほんの僅か。
つい昨日まで談笑していた隣人も、仲良く挨拶していた友人も、慎ましやかな幸福を育んでいて愛しき人達も。
全ては無残に殺され、ある者は容赦なく貪られ、そしてある者は同じズゥンビとなって次の獲物に襲い掛かった。冒険者の尽力でなんとか退けたものの、その原因はいまだ不明のままで。
「‥‥それで、村の人たちは」
「残った者達で、被害に遭った死体を集め、纏めて葬儀をしたそうだ」
「そう、ですか‥‥」
ギルド員がそう告げると、男は静かに言葉を返した。
そこには何の感情も見られず、また包帯で覆われた顔からも読み取ることは出来なかった。
「とにかく少しでも安静にしておくことだな。一時は瀕死の重症だったんだからな」
「‥‥‥‥」
返事もないままだったが、ギルド員は黙ってその場から離れた。
受付に戻ってきた壮年の男に、待ち構えていた冒険者が詰め寄る。
「――どうだった?」
「かなり痛々しいな。ああいう姿は、正直何度見ても慣れんな」
かつては男も冒険者であり、幾度となく視線を乗り越えている。その際に起こる悲劇にも何度も遭遇し、その度に歯痒い思いをしてきた。
そんな彼に、冒険者の一人が恐る恐る聞く。
「あのことは‥‥」
「いや、さすがに言えんさ。‥‥集められた死体の中に、彼の奥さんも娘の姿もなかった、とはな」
そう、冒険者達も手伝って被害に遭った村人を集めたのだが、最初に被害に遭った男の妻と娘の遺体はどこにもなかったのだ。
そこから考えられることは一つ。
事実、惨劇の遭った場所から、点々とした血痕が家の外へと続いているのを確認している。
「で、どうする? このまままだ調査を続けるか? 一応被害の方は食い止めたんだがな、当初の依頼とはだいぶ変わってきちまうが‥‥」
突然平和だった村に訪れた悲劇。そこには何らかの原因があるはずだ。
だが、男の言葉どおりこれ以上は本来の依頼から外れたモノとなる。なんの保証もなくなるだろう。
「――まあ無理にとは言わねぇが、な」
‥‥さて?
●リプレイ本文
●白と黒
ひっそりとした病室に入ると、人の気配を察したのかベッドに寝ていた男がゆっくりと起き上がった。
「‥‥起こしてしまったか」
「い、いえ‥‥大丈夫です」
すまなそうにゼディス・クイント・ハウル(ea1504)が呟くのを、前回の依頼人である男は静かに首を振った。
いまだ安静が必要なその男をゼディスが訪ねた理由は一つ。彼自身、今回の一連の事件に目の前の男がどれだけ関わっているのかを判断する為だ。
「二つ、訊きたい事があるのだが、いいか?」
「あ、はい。俺で分かることなら‥‥」
「――事件当日のことを覚えているか?」
問うた瞬間、男の表情に影が走る。ゼディスの言でおそらくその時の光景を思い出したのだろう。
手を強く握り締め、固く唇を噛み締めている。
その様子にゼディスは二つ目の質問を口にした。
「これは個人的な疑問だ。事件の日、村に行かなかった理由は何だ?」
「え?」
「いくら外れに住んでいたとはいえ、村へ助けを求めるのが普通ではないか?」
「そ、それは‥‥俺は余所者だから‥‥あんまり連中と親しくなくて‥‥」
幾分口篭もりながらも答える男。
嘘を言っている様子はない。だが、なんとなく引っかかるものを感じるのは、冒険者として培ってきたカンだろうか。
「そうか。悪かったな、寝ているところを邪魔して」
「いえ、大丈夫です」
「とりあえずまだ安静に寝ているんだな」
それだけ言い残し、ゼディスは病室からだ出て行った。
「結局、彼女は間に合わなかったな」
「仕方ありません。時間もないですし、出発しましょう」
クーラント・シェイキィ(ea9821)の残念そうな言葉に、栗花落永萌(ea4200)がそれだけを告げて馬を走らせた。
調査がメインとなる今回の依頼。
その為に、と出立前に色々と情報交換を冒険者達は行った。
「黒い光、ですか」
「ええ。以前の戦いの最中、確かにズゥンビを纏う黒い光を確認しました。あれはおそらく黒の神聖魔法によって作られた物」
滋藤御門(eb0050)からそう聞かされた時、冒険者全員に一つの可能性が浮かぶ。
「あの村の中に犯人が‥‥?」
永萌がぽつりと洩らす。
考えたくないが、同じ村に住む人間があの惨事を引き起こしたのだとすれば、その目的はいったい‥‥。
「タロン神は試練を与える方‥‥これが試練、ですか?」
暗い面持ちでソフィア・ライネック(eb0844)が胸の内を口にする。信仰する神が違うとはいえ、同じ神聖魔法の使い手である彼女にすれば、それはただの凶行にしか思えない。
(「何かが間違っています」)
「どちらにしても、一度聖職者の方を探す必要がある、ということですね」
先の依頼人への怨恨か。或いは村自体を狙った犯行か。
その判断を付けるべく告げた御門の言葉に、永萌が一つ付け加える。
「村の生き残りは少ないですから、疑心暗鬼にならないよう注意せねばいけません」
「どっちにしてもこれ以上、悲しい事が起きたら嫌だ」
そう叫んで立ち上がる白峰郷夢路(eb1504)。他の冒険者より幼い年齢の彼は、前回の依頼で体験した悲惨な光景を思い出し、かなり気持ちが高ぶっていた。
お世辞にも自分で頭がいいとは思っていない夢路は、じっとしていられる性分ではない。犯人の正体も、目的も何も判らない現状で、彼はただ今自分に出来る事をやろうと心に決める。
消えてしまった依頼人の家族の亡骸を探す事を。
「あ、待って」
誰かが止める声も聞かず、夢路は走り出した。
その後を追うように、他の冒険者もまた出立するのだった。
●散らばる情報
被害にあったのが一箇所だけとは限らない。
そう考えたクーラントが向かった先は、この地方一帯を治めている領主のもと。
「無料奉仕なんて柄じゃないが‥‥このままじゃ寝覚めが悪くてたまらん」
そうボヤきつつ、彼は豪華な門をくぐり抜けた。
「あんま新しい情報はなかったな」
領主の話では、確かに近隣の村で何度かズゥンビの被害が報告されているという。ただし、そのどれもが冒険者への依頼によって無事解決していたのだ。
近い事件で言えば、とある村を治めていた者が犯行を隠そうとして死体をズゥンビとした事件。
「そういや、あの事件にもなんか背後に誰かいるような事、言ってたな‥‥」
それが同一の人物なのか。
「なんにしろ他の村も一応回ってみるか。何も起こってないなら、それはそれでいいし」
そう呟いてから、クーラントは馬に乗る。
そのまま領主に見せられた近隣の地図を頭に思い浮かべながら、他の村へ向かっていった。
村へと辿り着いた冒険者一行は、そのまま教会へと赴いた。
村の惨事の爪痕はまだあちこちに見られる。そのため、一時的な避難場所として、生き残った村人達は教会へと身を寄せていた。
「後遺症に苦しんでる方はいらっしゃいますか?」
少しでも癒されるようにと率先して救護にあたるソフィア。身体の傷だけでなく、心まで癒すことが出来れば、と村人達の話を静かに聞き続ける。
時折、聖歌を歌ったりして子供達を慰めることも忘れずに。
それを横目で眺めながら、御門は村人から遺体の数を確認していた。
「それでは、他にも数人見つかっていない方がいるのですか?」
「ああ。俺の息子も‥‥どこにもいやしなかった」
ガクリと項垂れる村人。
その様子に鎮痛な面持ちを向けた御門は、さも今思いついたように訊ねてみる。
「そういえば、この教会にはどなたか常にいらっしゃるのですか?」
「んぁ? ああ、ここには以前から神父の人がいるぜ」
そう答えた村人に、永萌が横から割って入る。
「その方はどこに?」
「ほれ、あそこにいるチビッこいのがそうだ」
そう言って指差した先に二人が視線を向けると、村人に食事を振舞っている小さな少年の姿があった。驚きに思わず村人を振り返ると、彼らの当惑を察したのか苦笑を浮かべる。
「やっぱビックリするか。なんでもパラっていう種族らしくて、成人でもあれぐらいの大きさなんだと」
自分のことを言われているのに気付いたのか、その少年が顔をこちらに向ける。
確かに、僅かに見える耳は確かに人と違って少し尖っている。
「あなたがこの教会を神父の方ですか?」
永萌の言葉に少年はいとも簡単に答えた。
「ああ、そうさ。あんたら冒険者だろ、今回はありがとな。助かったぜ」
砕けた口調で話す彼は、その種族特有の奔放な性格が垣間見える。人となりは良さそうな印象だ。
が、それで白という訳じゃない。
「それで今回の事件なんですが」
「ズゥンビの徘徊だろ。連中、なんだってこんな辺境の村に現れたんだろうな」
「神父さん、こちらにはいつから?」
「神父さんってのは止めてくれ。俺にはラージ・ルーンって名前があるんだから」
「では、ラージさん。あなたはいつからこちらに?」
「そうだな‥‥かれこれ5、6年ってトコか」
御門の質問に答える様子を注意深く観察する永萌。一番疑わしいのは確かだが、今はまだ灰色に過ぎず、疑う素振りを見せる訳にはいかない。
疑惑の芽は確かにある。
だが、とりあえず今は消えてしまった遺体を捜すことが先決だ。
墓地の場所は先ほど村人から聞いて確かめている。教会の裏手がちょうど墓地になるそうだ。目配せした二人は、それでは、とその場を後にしようとし、永萌が最後に質問を投げかける。
「あの、すいません。最後に一ついいでしょうか?」
「何?」
「あなたは大いなる父と言われるタロン神を信仰していますか?」
「そうだけど‥‥それがどうかしたか?」
何でもない事のように答えるラージ。その素振りに怪しいところは見受けられない。
それ以上突っ込んで聞くにも、今はまだなんら確証がないのだ。
「いえ、なんでもありません」
そう言い残し、ソフィアと連れ立って墓地の方へと向かう。
――クスリ、と笑みを浮かべた事に気付かずに。
●遺体の行方
「引きずった痕跡はない、か」
顔色一つ変えず、点々と続く血の跡を目で追うゼディス。元依頼人の家での調査は、どこか違和感が拭えぬものがあった。
そもそも、いくら彼が余所者であったとはいえ、何故こんなに外れた場所に住んでいたのか。視界をぐるりと巡らせても、近隣の家屋はかなり離れている。
そして、一番最初に襲われた理由と、村の方へ助けを求めに行かなかった理由。
「――いや、行かなかったのではなく行けなかった‥‥?」
村の方へ目を向ける。
そこで目がつくのは、どの村でも馴染みのある教会。
「まさか‥‥」
血の跡を追う夢路。
彼の頭にあるのは、ただ家族の亡骸を探すことだけ。
いったんは村を出て森のほうへ向かっていた痕跡も、紆余曲折するうちに何故か村の方へと戻ってきていた。
「あれ〜?」
辿り着いたのは、教会の裏手に広がる墓地。
ハッと血の跡を辿ろうとするも、ちょうど村に入ったところで血痕は途切れている。
思わず呆然となる夢路。そこへ声をかけてきた者がいた。
「夢路さん、どうしました?」
ちょうど教会から出てきた御門であった。その後ろには永萌とソフィアの姿も見える。
「あ、御門さん。あの、その‥‥実は血痕の跡を追ってたらここに出ちゃって」
「なんですって?」
「木の葉を隠すなら‥‥でしょうか」
御門は注意深く地面の盛り上がりを探す。先の遺体は全て火葬にした筈だ。
夢路の言葉にバッと散らばる冒険者達。やがてソフィアが新しく掘り返された場所を見つけて声を上げた。
「皆さん、こちらに!」
ソフィアの指差す場所に彼らは集まる。改めて観察し、確かに周囲の地面に比べて土が新しい。
だが、さすがにそのまま掘り返すわけにはいかず、神父であるラージを永萌が呼んできた。
「‥‥いいでしょうか?」
「わかった。こういう事態だ、しょうがねえよ」
「では――」
果たして、大方の予想通りその下から行方の分からなかった奥さんと娘の亡骸が発見された。殆ど原型を留めていなかったそれは、明らかに死した後動いた形跡があった。
神父であるラージに対し、その疑いは濃厚になったとはいえ、確たる証拠があるわけでもなく、結局うやむやのままその遺骸は火葬されることになった。
「‥‥この子も一緒にやってくれねえか?」
近隣を回っていたクーラントが差し出したのは、小さな少年の遺体。聞けば、森の中でひっそりと横たわっていたのだと言う。
「こんな小さな子まで‥‥くそっ!」
やるせなさが誰の胸中にも浮かぶ。
そして。
遺品を届けようとしたソフィアが、治療院で男が姿を消したと聞いたのはそれからすぐのことだった。