【死者はかく語る】嚆矢

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 44 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜07月01日

リプレイ公開日:2005年07月11日

●オープニング

 ――悲劇は、まだ終わらない。

 倒れ伏した男の身体が、黒い光に包まれていく。
 やがて、ゆっくりと起き上がる様子を、少年はどこか楽しそうな表情で眺めていた。
「と、父ちゃん‥‥」
 怯えた声を発したのは、部屋の隅で小さく蹲った子供。目にいっぱいの涙を溜め、恐怖に歪んだ顔がかつて父親であったモノを凝視する。
 そんな彼に、外見的には同い年に見える少年がくすくすと笑う。
「どうした? せっかく父親が生き返ったんだぜ? 感動の対面だろ」
「し、神父‥‥さん‥‥」
 同い年に見えても、子供にとっては少年は年上の存在で、尊敬していた人物だ。こんな状況であっても長年の習慣のまま、罵倒する事は彼の思考になかった。
 おそるおそる父親の方へ視線を向ける。
 その時、緩慢な動作で歩こうとしていたソレと、子供は思わず目が合った。
 虚ろな眼、土気色の肌、明らかに生きていない冷たさを感じ、彼はヒッと声を上げて後ずさる。
「や、ヤダ‥‥いや‥‥来ない、でッ」
 ドン、と背中に何かが当たり、子供は慌てて振り向く。
 そして目にしたのは、
「――ヒッ!?」
 無残に変わり果てた村人の姿。その中に仲のいい友達の顔も見つけてしまった。
「ったく、あの男が余計な事してくれたせいで、手間が増えちまったぜ。ま、どのみち関わった連中は皆殺しだけどな」
 物騒な科白とは裏腹に、楽しそうな様子の相手が怖い。背筋に寒気が走るのと同時に、父だった存在が背後から抱き付いてきた。
「ゃぁ、ああああッ!」
 断末魔の悲鳴は、無情に夜の静寂の中に消えていく。

 そうして。
 全てが終わったその場所で、彼はゆっくりと立ち上がった。
「さて、と。あと一人――余計なこと、喋らせないようにするか。‥‥アイツらがウルセぇからな」
 まるで散歩にでも行く気軽さで、そう呟きながら歩き出した。
 その後ろを連れ添うように、ぞろぞろと歩く影を、今はもう誰も目撃することはなかった。


 その報告がギルドへ飛び込んできたのは、まだ夜も明けきらない早朝のこと。
「なに? 道中を襲われた?」
「はい。罪人を乗せた荷車が、その最中で突如現れたアンデッド達が襲って来たそうです」
 報告を聞きながら、男はふとイヤな予感が走った。
「それで輸送中の連中は大丈夫だったんだろうな?」
 ギルドの男が心配したのは、罪人達の逃亡に他ならない。
 が、伝令の者は静かに首を振る。
「輸送の人間は一人でしたが、かすり傷だけで済んだそうです。ただ、自警団の方が被害が大きく‥‥」
「再度の輸送は無理、ということか。それでギルドへ依頼を?」
「はい。逗留する街まで赴いて、護衛をお願いしたいとの事です」
「で、その罪人の名は?」
「元恋人殺しの容疑で逮捕されたクラーク・カルヴァンです」
「なにッ?!」
 名前を聞かされ、男はひどく驚いた。まさか今現在関わっている一連の事件に繋がりある名を、こんなところで聞かされる事になろうとは。
 カルヴァンを輸送中、襲って来たアンデッド。おそらく偶然ではあるまい。
「わかった。その依頼、引き受けよう」

 そして――貼り出された一枚の依頼。
 そこに記された内容は、犯罪者をキャメロットまで輸送する道中の護衛だった。だが、一部の冒険者にとっては、それ以外の思惑が絡んでいる事は予想がついた。
 襲ってくるのは、ズゥンビを筆頭としたアンデッド達。
 護衛する犯罪者が、かつて恋人を殺したクラーク・カルヴァン。
「‥‥おそらく目的は口封じだろう。念の入ったことだ」
 集まった冒険者を前に、ギルドの男は低い声でそう呟いた。

●今回の参加者

 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6109 ティファル・ゲフェーリッヒ(30歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea9821 クーラント・シェイキィ(24歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea9952 チャイ・エンマ・ヤンギ(31歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2277 レイムス・ドレイク(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●連なる縁
 漂う腐臭の多さに、慣れている筈の冒険者達もさすがに顔を顰める。
 滅多に感情を表に出さないゼディス・クイント・ハウル(ea1504)ですら、思わず眉根を寄せた程だ。迫り来るズゥンビの数は尋常でなく、それほどでない強さを補って余りあるほどだった。
「なるほど。口封じというギルド員の推測はあながち外れていないようだな」
 背後に庇う男の姿を確認し、ゼディスはその手にアイスチャクラを構えた。素早く腕を振るうと、チャクラが弧を描いてズゥンビの腕を切り落とした。
 バランスを崩した敵を、横から飛び出したレイムス・ドレイク(eb2277)がメタルクラブで叩き潰す。
「仔細は解らぬが、依頼を受けた以上全力でもって当たらせてもらう」
 振り下ろした武器を素早く構え直す。
 その後を追う形で剣を振り払ったのは、オーラエリベイションを纏った滋藤柾鷹(ea0858)。手にした二刀から繰り出される剣技は、確実にズゥンビ達を屠っていく。
「たとえ犯罪者であろうと、この男は殺させんでござるよ」
 ズゥンビがクラークを狙う理由。
 それは、大方の予想通りのものだった


 ――時間は僅かに遡る。
 野営の途中、冒険者達はこれまでの疑問や経緯をそれぞれに整理していた。その中で今回の事件での疑問――何故ラージ・ルーンがクラーク・カルヴァンを狙うのか、という事だったが。
「どうでござるか? その少年に見覚えは?」
 柾鷹が描いた下手ながらもの似顔絵を見せると、男はただ目を見開いた。どうやら彼の勘は当たりのようだ。
「名前の方に聞き覚えは?」
 そう聞いたゼディスの問いにはただ首を振るばかり。
「念のために聞くが、命を狙われる心当たりはどうだ?」
「そうそうカルヴァンさんとやら、あんた命を狙われるような何をやらかしたんだ?」
 以前の調査で聞き込んでいたカルヴァンという名をようやく思い出したクーラント・シェイキィ(ea9821)も、そう言って目の前の罪人を問い質す。
 が、相手はただ怯えるだけだ。
「し、知らない! 私は何も‥‥あの時だって‥‥ッ!」
 教会で婚約者を殺害した時。
 狼狽する自分に、いきなり声をかけてきた人物。それが件の神父だと彼は語る。無邪気な顔を装いながら、その口は悪魔の囁きを紡いだのだ。
「か、彼から言ったんだ。彼女の死を無かった事にしてやる、と」
「‥‥それが死者の蘇生、いや死人としての遺体消失でござるか」
「だが、それだけではない筈だ。命が惜しければ、思いつく事を話して置くべきだな」
 レイムスが再度尋ねる。
 と、俯いて考えていたクラークがふと頭を上げた。
「そういえば‥‥」
「どうした?」
「か、彼は‥‥確か、あの時‥‥」

 何故、自分を助けるのか。
 そう問うた時、目の前の小さな人物は事も無げに言った。
『――ま、あんたのためじゃねえよ。あの教会に昔、黒の神父がいたろ』
『あ、ああ』
『一応そいつに恩があるしな。借りを返すだけさ』
 それっきり黙ったまま。
 クラークもまたそれ以上聞くことはなかった。

「借り?」
 クラークの言葉にクーラントが反芻する。
「そいつは一体――」
 が、それを問い詰めるより先に、見張りをしていた神城降魔(ea0945)の愛犬が吠え始めた。
「おい、どうやら連中‥‥来たようだぞ」
 その視線の先に見据える死者の群を前に、降魔が手にした日本刀を鞘のまま身構える。他の冒険者達もすぐに臨戦態勢を取った。
 吠え猛る犬の声が次第に大きくなっていく。
 やがて――雄叫びを上げながらズゥンビが姿を見せた瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。

●汝、躊躇うことなかれ
 身に纏う炎が緩やかに鳥の姿を形作る。そのまま体当たりでもって降魔はズゥンビの群れに突っ込んで行った。
「狼鎗、後を頼む!」
 どこまで意思が通じるが疑問だが、愛犬に護衛を任せることにした。防御の考えないこの魔法の危険性は重々承知していたが、今は敵の数を減らすことを念頭に置くだけだ。
 が、さすがに敵もそうそう簡単にはいかない。
「ほな、これならどうや!」
 後衛に位置していたティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)が、タイミングを見計らってライトニングサンダーボルトを撃ち放つ。一直線に放たれた稲妻が降魔が飛び進んだ道を辿り、ダメージを追ったズゥンビ達へのトドメを刺した。
 倒れる死者の顔触れは、以前村で見た事のある者ばかり。
 思わず歯噛みするクーラント。
 が、それを振り切るようなレイムスの声。
「今はただ、死人を地へ帰す事に集中だ。――死人よ、地に帰れ――グレイボンバーッ!」
 叩き付けたメタルクラブから発した衝撃波が、扇状となってズゥンビの腐った肉片を千切っていく。漂う異臭を気にする事なく、彼は更なる攻撃へと転じた。
 その姿に触発されたように、クーラントもまた手にした長弓『鳴弦の弓』を構える。
「そうだな。今はこいつらを‥‥安らかに眠らすだけだ」
 魔力を込めた指先で弦をかき鳴らす。神事に用いられるというその弓の音色は、負の命持つ者の動きを鈍らせる。案の定、迫るズゥンビ達の動作がギクシャクし始めた。
 その隙を逃す事なく、冒険者達は攻撃を仕掛ける。
「なあ、こいつらの親玉はどこだっ?」
 クーラントの声にティファルが息切らして叫ぶ。
「そ、そないな事ゆうたかて‥‥これじゃあキリないやん!」
 戦闘が始まってしまえば、ブレスセンサーを使う余裕までない。
 実際、ズゥンビが出るまでの探索ではここにいる者達以外、呼吸する者の影はなかった。まさかとは思うが、それを見越しての人海戦術だったのだろうか。
 その時、ハタと彼は気付く。
 クラークの姿が視界から消えていた事に。
「し、しまった?!」


 パキン、と枝の折れる音にハッとクラークは振り返った。
「どこに行くつもり?」
 ひんやりとした空気とともに、その非情とも思える声が彼を貫く。
「狙われてるのは、あなたなのよ」
 振り向いた彼の目に、チャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)の鋭い視線が重なる。
「大人しくキャメロットに行って裁きを受けなさい。ああ、それともアンデッドに食い殺される方をお望みかしら? そのままアンデッドになって永遠に彷徨うって選択肢もあるわよね」
 冷たい口調で語られる内容に、クラークは青ざめてその場に座り込んだ。
 彼女の持つ松明が自身を赤々と照らす。それはいっそう冷酷さを醸し出しているように見え、思わず身震いした。
「彼女の言うとおりだな。ここまできた以上、お前に残された道は一つだけだ。大人しく俺達と一緒にキャメロットへ行き、裁きを受けることだ。お前は俺達が必ず守るからな。例え罪人だろうともな」
 同じように姿を見せたゼディスの言葉。
 が、それに被さるようにもう一つの声が夜の闇に響いた。
「確かに道は一つだな。‥‥ていうか、お前の未来はここで終わるんだよ」
「!?」
 二人がハッと気づいた時、更なる黒き闇――『ダークネス』がクラークを襲う。
 とっさに彼を庇ったチャイの視界が一切を塞がれる。
「くっ、ならば!」
 手にした松明を『ファイヤーコントロール』で炎を増大させようとしたチャイ。だが、それは見当違いの空間に増長しただけで、相手になんら反応がなかった。
「早くこっちへ!」
 背に庇おうとするゼディス。アイスチャクラを身構えたまではよかったが、それよりも早く小柄な影が視界を過ぎった。
「遅い」
 放たれた黒い光。辛うじて耐えたものの、さすがにダメージがキツイ。
 膝を付いたゼディスの前に姿を見せたのは、数体のズゥンビを従えたパラの神父――ラージ・ルーンだ。不敵な笑みを浮かべたまま、彼は冒険者達に見向きもせず視線をクラークへ移す。
「ま、待て! 何故、私が‥‥私はただお前の言われるがままに」
「んなの関係ねえよ。ただ生きてもらっちゃ困るんだよ、関係者にはさ」
「関係者? どういうことだ?」
 そこへ姿を見せたのはクーラントだった。護衛者が姿を消した事で、慌てて探しに来たのだが、よもやこちらにラージがいるとは思いもよらなかった。
 彼の発した問いに答えることなく、ラージは再び魔法を放とうとする。
「それこそお前らには関係ねえよ」
 言うが早いが、彼の手から黒い光が放たれた。
 とっさにクラークを庇おうと、ゼディスがその前に立つ。一瞬の激痛、それに耐えたかと思えば、次いで襲ってくるアンデッド達。ダメージを回復しようにも、その余裕がない。
 そこへ、ようやく暗闇から抜け出たチャイが手にした松明をズゥンビに向かって放り投げた。
「今度こそ」
 だがそれは、あっさりと叩き落とされてしまった。
「邪魔だ」
 そのままズゥンビの一体が彼女に向かう。装備の殆どない彼女にとって、その攻撃を避ける以外に手段はない。
「さて、と。んじゃ、そろそろ仕上げにいこうか」
 一歩、踏み出したラージの前に呆然と座り込むクラーク。恐怖に震えるその顔を、彼が掴もうとしたその瞬間。
「それ以上近付くんやない!」
 ティファルの独特な口調が響く。
 直後、彼女の手から稲妻が直線を描いて放たれる。直撃かと思われた攻撃だったが、あっさり抵抗されてしまった。
 サッとそちらを見れば、ティファルだけではない。他の冒険者もその場に立っていた。さすがに無傷というわけにはいかず、全身に幾つもの傷を負っている。
 だが、疲労の色は見えるものの、誰の顔もその強い意思がなくなっていなかった。
 即ち、クラーク・カルヴァンを守りきるという冒険者としての職務の完遂。
「チッ。意外と早かったな」
「彼を殺させるワケにはいかないでござる」
 柾鷹が剣を構えながらそう告げると、同じように剣を構える降魔が荒い息の中、強く言い放った。
「そういうことだ。あまり冒険者を甘く見るな」
「これ以上やるというなら‥‥私達が相手だ」
 傷だらけになりながらも、しっかりと立つレイムスがメタルクラブを振り下ろした。
 が、素早く避けたラージは、今度こそ冒険者達からの距離を取る。
 そして、しばし膠着状態となる。
 冒険者達は七人と数で勝るとはいえ、皆満身創痍の状態だ。対するラージの方はまだまだ余力がある。
 漂う緊張感。まさに一触即発の状態。
 だが。
「‥‥これ以上、やってもしょうがねえな」
 ラージがそう一言呟くと、その身を一羽の梟へと姿を変えた。
「『ミミクリー』か!」
 誰かが叫ぶ。慌てて追おうとする冒険者だったが、もはやそんな体力がないのは明らかだ。それならば最後まで警護に殉ずるべきだろう。
 誰もがそう考えて身動きしない中、夜の闇へと梟は姿を消した。

●嚆矢――始まりの闇
 その後、特に襲撃も無くキャメロットへ到着した冒険者達は、クラーク・カルヴァンの身柄を引き渡した。彼がこれからどうなるかは、託された国の裁きに委ねられる事となり、一介の冒険者が口を挟む事ではない。
 あれ以来、ラージ・ルーンは姿を消した。
 そして件の村も‥‥住人は全て居なくなってしまった。
「結局、誰も助けられなかったな‥‥」
 悔しげに呟くクーラント。
 最初から事件に関わって来た身としては、歯痒い思いでいっぱいだろう。それはゼディスも同じで、感情を表に出さない裏側で悔しく感じていた。
「そう、だな。だが、ヤツもこれで終わりじゃあるまい。次に会うときは必ず」
 グッと拳を強く握り締め、彼の目はその先を見据える。

 そうして、事件は一旦の幕を閉じた。
 再び関わり合うことになるのは、そう遠い未来ではないかもしれない――――。