【死者はかく語る】正体
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■シリーズシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 63 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月20日〜05月27日
リプレイ公開日:2005年05月30日
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●オープニング
――そして、男は決意する。
息を潜め、暗闇の中で男は待ち続ける。
いまだ治りきっていない傷跡の疼きに時折顔を歪めるが、今の男にとってそんなものは些細なことに過ぎない。
村を訪れて数年。
その間、幾つもの機会を得て、ようやく情報が揃ったところだった。
怪しまれないよう村の人間と結婚もした。割り切ったつもりだったが、一緒にいるうちに情も沸く。過去の哀しみがようやく癒されるかと、このままこの村で過ごすのも悪くない――そう思った矢先の、悲劇。
まるで忘れる事は許さないとでも言うかのような、同じ傷を再び掻き毟った光景。
(「‥‥一度ならず、二度までも‥‥」)
ギリリと奥歯を噛み締める。
奪われた幸福。
だからこそ復讐を誓い――ささくれ立った気持ちが穏やかな日々の中、失われつつある中での再びの喪失。
もはや男に躊躇いはなかった。
この村に来た最初の目的を、ただそれだけを胸に秘め、その身を忍ばせる。懐に収めた刃を強く握り締めて。
静まり返った気配。
どれだけ時間が経っただろうか。
やがて、コツコツと足音が響いてきた。高まる緊張。逸る気持ちを懸命に堪え、足音がすぐ傍まで来るのを男は待った。
そして、あのほんの僅か。今にも飛び出そうとした、その直前で、足音が止まる。
「‥‥隠れてないで、出てこいよ」
不遜な物言いの、少年特有の声が響く。次いで、クスリと嘲りを含んだ笑み。
男は、思わずカッとなって飛び出した――が。
「ッ、な‥‥!」
相手の姿を確認することなく、男の視界は闇へと覆われる。
慌てて左右を見回すが、そこは一切の暗闇。
「わざわざ戻って来るなんて馬鹿なヤツだよな。せっかく助かった命なのに」
耳に届いた声。
と、ほぼ同時に胸に走る激痛。
「ぐっ!?」
「‥‥感謝するんだな。家族の元へ送ってやるんだから」
「‥‥ぅ、き‥‥きさ、ま‥‥」
抵抗する間もなく、男の胸には鋭い刃が深々と突き刺さる。カラン、と音を立てて男の手から短刀が零れた。
そのまま男は、悲鳴すら上げることなく床へと崩れ落ちる。
その様子をどこか楽しむように眺めた後。
「さて、と。そろそろここも潮時か」
呟きとともに、息絶えた男の身体がゆっくりと黒い光に包まれていった。
――キャメロットの冒険者ギルドにて。
受付に座る壮年の男は、僅かに苦悩の表情を見せていた。彼が考えているのは、治療院より姿を消したかつて依頼を持ちこんだ男のこと。
まだまだ安静が必要な身体だったというのに、いったいどこへ行ったというのだろう。
だが、その問いにはすぐ答えが返ってきた。
とある行商の一人が、男と街道ですれ違ったというのだ。向かった先は――おそらく例の村。
先の事件は、まだ彼の記憶に新しい。いまだ解決を見せないその事件のことを考え、かつて冒険者だったカンが何故か騒ぐのだ。
僅かな生き残りしかいない村。そこへ余所者であった男が村へと移り住む。少し郊外の場所へ居を構えて。
そして、それより前に赴任したと思われる教会の神父。男は村の方へ助けを求めることはせず、直接ここキャメロットへと来た。
それらが意味することは‥‥。
「――依頼人の行方がわかったのか?」
目を開けば、そこには何人かの冒険者達の姿。どうやらお互い納得がいくまでトコトン関わりたいようだ。
「ああ、そうだ。どうやら村の方へ向かったらしいってトコまでは突き止めたんだが」
「じゃあ」
「‥‥だが、これは正式な依頼じゃない。一応、俺のポケットマネーから出すもんだと思ってくれ」
つまり依頼料は期待出来ないということだ。
そう言った壮年の男の厳しい視線が、ぐるりと冒険者達を見渡した。
●リプレイ本文
●ギルドにて
「五、六年ほど前に、多数の住人が失踪した村はないか」
そう考えたゼディス・クイント・ハウル(ea1504)は、ギルドに残って過去の記録を調べ直した。ギルド員の話では、何件かそういう事件があったそうだが、どれも詳細は不明のままだという。
元依頼人の反応を思い出し、おそらく彼自身は犯人の目処が付いていただろう事は想像に難くない。
「彼が同様の経験をしている可能性があるはずだ」
目の前に置かれている束となった報告書の数々。
それらをくまなく調べていくうちに、ふと気付いたことがあった。
「‥‥これは‥‥」
目を通していた書類の内容に思わず手を止めるゼディス。
そこに記されていたのは、立った一人の村人を残して全ての人間が消えてしまった事件。その後、残った村人はギルドへと依頼を持ち込んでいるのだが、何しろ情報が少なく結局未解決のまま終わっている。
彼が目を付けたのは、消えた村人達の中の一人の名。
それは、ゼディスにとってよく知る者。
「ラージ・ルーン‥‥神父見習い、だと‥‥」
そして、依頼人の名は――今回の依頼人と同じもの。
「なるほど、そういうことか」
そのまま、急ぎ村へ向かうべく彼はその場を後にした。
●村にて
――一方、村へと辿りついた一行は。
「はぁ‥‥」
「どうしました、クーラントさん」
思わず溜息をついたクーラント・シェイキィ(ea9821)に、ソフィア・ライネック(eb0844)が心配そうな声をかける。
元々の仏頂面が、落ち込んでいることでますます辛気臭く感じられる。
「あ、いや‥‥俺ってちゃんと役に立ってるのか、って思ってな」
「そんなこと‥‥大丈夫ですよ、きっと」
彼女に慰められ、クーラントはふと出立の時の友を思い出す。
ジャパンに伝わる旅立ちの無事を祈る儀式ということで、いきなり石打ちされた。その時の光景に、思わず口元に苦笑を滲ませた。
ちょうどそこへ、一旦ラージの元へ訪れていた滋藤柾鷹(ea0858)と神城降魔(ea0945)が戻ってきた。あくまでも失踪人探しとして、神父へ話を聞きに行っていたのだ。
「どうだった?」
「いや、何も収穫はなしでござるな」
柾鷹の言葉に続いて、降魔もまた首を振った。
「さすがにボロは出さないな。そうそう裏がある人物とも思えないんだが」
彼が見たラージという神父は、特に裏がありそうに見えなかった。神父という肩書きを持つとは思えないくらい、サバサバした印象を持ちはしたが。
「どちらにしても、とりあえず他のところも探してみるか」
「なら、私は森の方を探してみるわ」
いささか冷たい口調でチャイ・エンマ・ヤンギ(ea9952)がそう言うと、くるりと向きを変えて森へと向かった。
どこか近寄り難い雰囲気に、他の冒険者達も声がかけづらかった。
一瞬気まずい雰囲気が漂うが、それを断ち切るように柾鷹もまた動き出す。
「拙者は依頼人の家に行ってみるでござるよ。何か見落としがないか、確認する為にな」
「‥‥そうですね。ひとまず情報を探しましょう」
ソフィアの言葉に誰もが頷く。
今回の事件の黒幕について、お互いに確信はあった。だが、その証拠がいまだ見つかっていない。突き付けるにしても、やはりある程度の情報は必要なのだ。
そうして彼らは、一旦各々に散らばっていった。
●森にて
一人、黙々と森の中を歩くチャイ。
男の妻子を森へ向かわせ、一体何をさせていたというのか。
「知られたくない何かがあって、人を近付かせない様にしていたのかしら」
徘徊の足跡は踏み込まれた草が教えてくれる。
それを追うことでズゥンビ達の後を辿る。
「おい、待てって。一人じゃ危険だろう」
その時、後を追いかけてきたクーラントの声に彼女は足を止めて振り返った。
「あなた‥‥」
「ったく、んな先に行くなって。みんなで協力すりゃ早いだろう」
頑なな態度を取ろうとするチャイに対し、口調はそっけないが同じ冒険者の仲間を思う気持ちが端々に見え隠れしていた。
それに気付いているのかいないのか、彼女はそのまま何も言わず、再び森を進み始めた。その後姿に軽く溜息をつくと、クーラントも周囲を注意深く見回しながら後を追った。
●廃屋にて
ところどころに血の跡の残る家。
弟から聞かされていたとはいえ、あまりの惨劇故に柾鷹は思わず顔を顰めた。
前回も調査したとはいえ、まだ見てないところがあるはずだ。そう考えて日記でもあれば、と探してみた。
だが、よく考えてみれば紙は貴重品とも言えるもの。早々出回っているものではない。半ば諦めて立ち去ろうとした時、ふと気付いた場所があった。
床に流れた血痕が、よく見れば少しずれている。どうやら何か蓋のようなモノがそこにあり、最近動かしたものだと判る。
まさか村人がここへ来たとも思われない。以前来た者も、まさか血の海の中を調べたわけではないのだろう。
そうなると、これを動かしたのは――この家の主。
「どれ‥‥」
ガタン、と音を立てて床の一部が開く。
するとそこには‥‥。
●闇夜にて
「――どうやら男は村へ帰って来たでござるな」
羊皮紙の束を手に柾鷹が告げる。
「だが、村人の誰も彼を見ていない。つまり‥‥」
そこで一旦言葉を濁す。彼が何を言いたいのか、誰の胸にも同じ思いが浮かぶ。
つまり。
「もう彼は‥‥」
ポツリとソフィアの呟き。
哀しみに満ちたそれが、彼らの代弁を果たす。
「で、どうするんだ? 一応証拠も掴んだんだだろ、このままその神父を問い詰め」
「それに私は賛成しかねるわねえ。ギルドからの依頼は、証拠を突き止めること。それ以上の後の判断はギルド側に委ねるべきだわ」
降魔の科白に被さるように、チャイがあくまでも事務的な回答をする。
正論とも言える言葉だったが、冒険者の胸中はいささかやりきれない思いがあった。多くの命を弄ぶ者をこのまま放って置いていいものか、と。
「それにまだこの書面だけでは弱いでござる」
「ああ。俺が調べた情報から照らし合わせても、二人がかつて顔見知りであり、依頼人が神父を恨んでいたに過ぎない」
ゼティスが軽く溜息を洩らす。
彼らの視線の先には一枚の手紙。依頼人が調べたと思われるラージ・ルーンという人物についての数々。自らの過去に対する彼への恨み。
そして、恐らくこれを見つけるであろう冒険者に対しての最後の言葉。
「『‥‥これが発見される頃には、きっと自分の命もないでしょう。どうか、自分の代わりにあの男に‥‥命を弄ぶあの男に制裁を』か‥‥。恐らく彼の遺言でござるな」
重苦しい沈黙が場を支配する。
ふと見上げたゼディスの視界に入るのは、いまだ明かりの消えぬ教会。一通り村を見て回った後、冒険者達はいったん人目に付かない森の木陰に身を潜めていた。
「とにかく後は二人を待つだけだな‥‥」
そう呟いた彼の表情は、あくまでも顔色一つ変えていなかった。
●教会にて
息を潜め、ただじっと身を小さくする。
白峰郷夢路(eb1504)の視線は、常にラージ神父の行動を見張っていた。既に日も暮れ、村人も寝静まったというのに、注目する相手は特に何をするでもなく、まだ起きたままだ。
仲間が見たという黒い光。それは、ズゥンビが人の手によって作られた証。
そして、前回の依頼で得た、近隣の村でも似たようなズゥンビ事件が起きているという情報。
「ラージ神父がここにいる間に、こんなにもズゥンビ事件が‥‥これって偶然なのかな」
夢路の勘が騒ぎ立てる。彼こそがこの事件に関係ある、と。
それはただの漠然とした予感でしかなかったが、夢路にとっての原動力になるには十分過ぎるものだった。
チラリと、別の部屋を見る。
そこには仲間であるクーラントがこっそり忍び込んでいるはずだ。
何か出てくればいいのだが‥‥そんな事を考えていると、当の本人が気配を隠しながら姿を見せた。その表情はどこか暗い。
何も見つからなかったのか、と思った夢路だが、次の彼の言葉でその顔色の意味を理解した。
「クーラントさん」
「‥‥見つけた。だが‥‥」
彼が見せたのは、血の付いたナイフ。つまり‥‥そういうことだ。
「これで間違いないな。あいつは‥‥黒だ」
そのまま長居は無用、とばかりに仲間の元へ向かおうとした途端――カツン、と足音が間近で響く。
ハッと身を竦める二人。慌てて夢路は確認すると、何時の間にかラージの姿は彼らが隠れているすぐ近くまで来ていた。
しかし、相手からこちらの位置は死角になっていて、まだ見える位置ではないはずだ。
そう考えて静かに息を止める夢路。クーラントも同様に気配を抑える。
だが。
「‥‥ったく、しょうがねえなぁ。人がせっかく、立つ鳥跡を濁さないようにするつもりだったのにさ」
やれやれ、といった感じの声が響く。
足音がゆっくりと近付くたび、彼らの背に冷や汗が流れる。最悪戦闘になる事を考え、クーラントはすかさず弓を構える。夢路もまた、懐に控えた手裏剣を手にしたまま、相手の出方を待つ。
カツン、と足音が止まった。
と同時に、ツンと鼻をつく嫌な臭い――それは彼ら自身よく嗅いだ事のなる死臭。
(「――まさかッ!?」)
いよいよか、と飛び出す準備をした瞬間。
「どこかへ行かれるでござるか?」
飛び込んできた声は、仲間である柾鷹のもの。
次いでゼディスの声が続く。
「ルーン神父、少々聞きたい事があったのだがいいだろうか?」
「‥‥あれ冒険者の方々、帰ったんじゃなかったのか?」
突然入ってきた冒険者に、だがラージは驚いた様子もなく笑顔で迎え入れる。彼の意識が自分達から外れたことで、クーラントと夢路はほうっと息を吐いた。
「色々彼の居場所を探していたらこのような時間になってしまいまいて」
ソフィアがにっこりと笑みを浮かべる。
なるべく怪しまれないよう、そう心掛けて。
「で? 聞きたい事って?」
「カルヴァン家、この名前に聞き覚えは?」
「カルヴァン? ああ、確かこの近くの町を治めてたヤツだよな。それが何か?」
柾鷹の問いに相手はただ平然と答える。
「あなたの名前が、かつての事件の中にあったのだが、その村にいたのか?」
ギルドで調べた事をゼディスが訊ねると、彼は軽く肩を竦めた。
「いいや。単に同姓同名じゃねえか?」
じっと観察する降魔の目に、その様子は特に不自然なものはない。あくまでも白を切るつもりなのだろう。
だが、今は少々分が悪い。なにしろ仲間が無断で侵入しているのだ。
ここは一旦引くしかない。
「夜分遅く失礼したわ。じゃあ私達はこれで」
チャイがそう告げると、ラージは了解とばかりにくるりと背を向けた。
「あ、そ。んじゃあな」
そのまま奥の部屋へ立ち去ろうとするのを、冒険者達はただ黙って見ているしかない。すると、扉のところで一旦立ち止まると、こちらを見ることなく彼はさも可笑しそうに言うのだった。
「そうそう、この辺も物騒なネズミが出るみたいだから気をつけろよー」
それは、明らかに隠れている二人を揶揄したもの。
ハッと身を固くする冒険者達に対し、あくまでもなんでもないことのような態度で、そのまま扉の向こうへ消えていった。
張り詰めていた緊張。
それが解けると同時に、冒険者達もまた教会を後にする。
――手にした確証を改めて検討するため、ギルドのあるキャメロットへと彼らは急ぐのだった。