復讐する理由・1――傷痕

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月18日〜10月25日

リプレイ公開日:2005年10月29日

●オープニング

 少年は、一人で生きていこうとしていた。
 誰の手も借りず、己一人の力だけで。周囲の言葉にも耳を貸さず、頑として聞き入れる事はなく、ただ一人だけで生きようとしていた。
 そんな彼の心を、周囲の冒険者達はなんとか解きほぐそうと、助け合うことの大切さを教え合った。その結果、最近では徐々にだが仲間を頼ったりもしている様子を見せた。
 だが、それもある男の出現で、再び彼はその心を固くする。
 その根底に沈むどす黒い炎の名は――復讐‥‥。

●回想
 一面に広がる紅い海。
 大地を染め上げ、生きとし生ける者をそこに飲み込んでいる。
 倒れ伏した背中は、力尽きるまで戦おうとした父。自分に覆い被さって必死に抱きしめる母は、もはや徐々に冷たくなっていく。
 さっきまでの騒乱はいまはなく、どこまでも広がる静寂だけが続く。
「‥‥とぉ‥‥さん‥‥、かあ、‥‥ん‥‥」
 血臭漂う乾いた風に、震える声は誰に届くこともなく消える。
 だが、唇は何度も何度も同じ言葉を繰り返す。もう聞こえるはずがないと解っていながら、いや頭の芯では決して認めていないのかもしれない。
 何度も。何度も。
 涙すら流れない瞳を大きく見開いたまま、父と母を呼び続けた。

●復讐
「駄目だ!」
「‥‥そこをどけ」
「フェイ、君一人で無茶だよっ」
 ギルドの一角で言い争う二人。
 一人は、明らかに冒険者と分かる出で立ちをしている十代半ばと思しき少年。その名をフェイといい、異国とのハーフらしく東洋系の顔立ちをしていた。
 そんな彼の前に立ち塞がる明らかに年上とわかる青年の方は、キツイ眼差しに睨まれて年下相手にも関わらず及び腰になっていた。マオという名の彼は、一般の商人らしい格好をしている。
「なあ、考え直そうよ。いくら君でも一人でなんて」
「いいからそこをどけ、マオ。やっと‥‥やっと、手がかりを掴んだんだ。父さん達を殺した連中の」
「だからって」
 なおも言い募ろうとして、だが目の前の少年の瞳にマオは口にするのを止めた。
 そこに秘めた断固たる意思。こうなったら何を言おうが、彼は決して考えを変えない。
 頑固なところは昔からだ、とふとそんなことを考え、思わず苦笑を洩らした。
 過去に何があったのか、伝え聞いた話はおおよそ知っている。彼の性格が依怙地になった理由も理解出来るが、こんなところに昔と同じ場所を見つけ、なんとなくホッとしている自分がいる。
 押し黙ったマオに一瞬怪訝な顔をしたフェイ。
 だが、そのまま横を通り過ぎようとしたのを、マオは慌てて引き止めた。
「ちょっ、待ってよ!」
「マオ、いい加減に‥‥ッ」
「分かった、分かったから。ウィル達のところへ乗り込むのはいいから、一人じゃなく他の冒険者と一緒に行ってよ」
「‥‥」
「いくらフェイが強くても、相手だって何人もいるんだろ? だったら、こちらも人数揃えて向かった方がきっと効率的だよ。ね、そうしようよ、フェイ」
「――‥‥わかった」
 早口でそう押し切られたからか、或いは押し問答する労力が面倒になったのかは不明だが、とりあえず折れる形でフェイは小さく呟いた。
 ようやく安堵の溜息をつくマオ。
 そのまま彼は、フェイを引き摺るようにしてギルドの受付へ向かった。

 ‥‥全ての受付を終えた後、フェイに気付かれぬようにマオは一言付け加えた。
「なんとか無事に戻ってきてくれるよう、どうかよろしくお願いします」
「相変わらず過保護だな。‥‥ま、その気持ちもわからんではない、か」
 何度も何度も頭を下げる彼に、理由を知る受付の男はただ苦笑するしかなかった。

●今回の参加者

 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea4287 ユーリアス・ウィルド(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5210 ケイ・ヴォーン(26歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

マージ・アエスタース(eb3153

●リプレイ本文

●偵察
「あそこが例の廃教会か‥‥」
 木陰に身を潜めながら、視線で確認する丙鞘継(ea1679)。
 先行組である彼らがこの廃村に到着したのはちょうど日も落ちた時間帯。目的の教会は真っ先に見つけることが出来た。
 無論、すぐに動くような愚は冒さない。
 ベナウィ・クラートゥ(eb2238)の提案で少し距離の離れた茂みへと彼らは身を隠した。
「廃村、というだけあって空き家は多そうだけど」
 野盗が根城にするには十分な広さだ。おそらく向こうの方がある程度地形も詳しいだろう。
 ならば、空き家を使えば、もしもの時に敵に発見しやすくなる。
「‥‥どちらにせよ、まずは人の流れを把握することだ」
「それなら私にお任せを」
 アザート・イヲ・マズナ(eb2628)の言葉にジークリンデ・ケリン(eb3225)が僅かに意識を集中させる。
 途端、僅かに彼女の身体が赤い光に包まれて消える。
「今、教会には‥‥六つほどの赤いものが――」
「連中の人数か? 一人増えてないか?」
 事前に聞いていた情報との違いに鞘継が問い質す。
 が、間違いないと返すジークリンデ。
 その時。
「待って、静かに!」
 ふと聞こえた物音に、ベナウィが慌てて息を潜めるよう指示する。間もなくして教会の扉が開き、一人の男が姿を現した。遠目でしか確認出来なかったが、その顔の特徴を鞘継は思い出す。
「‥‥あれが‥‥ウィル、か」
 かつて一年ほど依頼人であるマオと共にキャラバンを回っていた用心棒のファイター。先の事件で見事に裏切りを見せた野盗の仲間。
 かなりの実力者だと聞き及んでいる男の同行を固唾を呑んで見守る一同。彼らの見ている中、どうやら単なる見回りらしく周囲を一周した後、再び教会の中へと入っていった。
「特に警戒はなし、か」
「単に油断しているだけだな」
 鞘継の呟きにアザートが同意する。
 おそらく野盗の連中も、まさか誰かがやってくるなど思ってもいないのだろう。
「では、私が位置を確認しながら移動しますから、皆さんはその指示の通りで調査をお願いします」
 再びインフラビジョンを唱えたジークリンデ。
「人の出入りと教会の間取り」
「後は風向きと着火のポイントか」
「連中を逃がさないような位置だね」
 その言葉を受ける形で、三人は三様に呟きながら頷いた。

●記憶
「あの‥‥」
「ん?」
 隣を歩くフェイに向かい、皇荊姫(ea1685)が遠慮がちに尋ねる。
「このような時になんですが‥‥フェイ様はハーフとの事ですが、お名前の音から察するにもしや私と同じ御国でしょうか?」
「そういえば‥‥フェイさんのフルネームって何て言うのです? いえ、一年前に会った時からずうっと気になっていたので」
 合い間を縫うように入ってきたのは、以前同じ依頼を受けたことのあるユーリアス・ウィルド(ea4287)。少しピリピリとした雰囲気の彼に対し、どこか遠慮しがちだ。
 とは言っても、今は仮にも同じ目的を持つ仲間。やはり多少打ち解けて信頼関係を持たなくては、そう考える彼女達だった。
 当然、最初は突っ撥ねられると思いきや、意外にもフェイの口はあっさりと開いた。
「‥‥母さんが、華国出身だって話は聞いた。名前は劉飛龍(リュウ・フェイロン)だ」
「お母様が‥‥」
「もっとも母さんの国に行った事はないけどな。母さんだってキャラバンに拾われた孤児だったらしいし‥‥父さんはいつか行くぞっていつも話してた」
 そう語るフェイの視線がどこか宙を向く。
 おそらく両親の事を思い出してるのだろうその後姿を、アデリーナ・ホワイト(ea5635)はただ静かに見つめていた。
 ――出立前に確認したフェイの事情。
 依頼人であるマオの親が率いていたキャラバンが駆けつけた時には既に遅く、彼の両親は既に亡くなっていた。辛うじて生き残ったのはフェイ一人。
 当時、そのキャラバンで用心棒をしていた男は、その直後冒険者を引退してフェイを育てることにした。それが今、ギルドで受付をしている親父だという。
 その話を聞いて、復讐という言葉に思うところはあれど、まだ若い彼をなるべくフォローするよう心に決めたアデリーナ。
「‥‥なんとしてでもお守りいたしますわ、マオ様」
 何度も頭を下げていた依頼人の様子を思い出し、ついつい苦笑を零す。
「ねえフェイさん。本当に復讐するつもり?」
 ユーリアスがそう言った途端、キツイ眼差しが彼女に突き刺さる。思わず足止めするほどに。
 グッと拳を強く握り締めるフェイ。その態度に、今は何も言っても変わらないだろうと、落胆の溜息だけが荊姫の口から漏れる。
「私では‥‥あまりお気持ちを鎮めて差し上げられませんね」
「やっと‥‥やっと、手がかりを見つけたんだ。あいつら、絶対に許さねえ」
 ただ、ポツリと一言。
 そして黙々と前だけを見つめて歩く少年の後ろ姿に、彼女ら三人は互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべるのだった。

●合流
 そうしてキャメロットを出発して四日目。村へ辿り着いた彼らは先行組と合流するべく、待ち合わせの場所へ向かった。
 その集合場所は、すぐに知れた。
 何故なら。
「‥‥なにやってんの?」
 ベナウィが呆れた声で尋ねる。
「まさかそのようなことに使われるなんて」
 ほう、と零れた溜息がどことなく冷たい。
「ケイ、か?」
 名を呼ばれたシフールの彫刻――に模した姿をしたケイ・ヴォーン(ea5210)が、ぶはっとそれまで止めていた息を大きく吐いた。
「‥‥あはは、やっぱりすぐにバレてしまいましたね」
「ったく、そんな馬鹿な事するためにジークリンデさんにピグマリオンリングを借りたのか?」
「そうですよ。だってやってみたかったんです」
 緊張していた空気も、一瞬にしてその硬さが消える。
 それはそれで効果があったのかもしれないが、とにかく合流した冒険者達は先行組の集めた情報を全員に報告した。
「人数は、先の報告より一人増えて六人だな。大概、一人は見回りとして一度外を巡回する」
「鞘継、ご苦労様です」
 主である荊姫に労われ、鞘告は静かに頭を垂れる。
「一応、裏手から火の手をかけて、連中を前の出入り口に追いやるって感じだな」
「ポイントはだいたい調べた。教会の細かい間取りはさすがに調べられなかったが、裏口や窓の位置は確認できた」
 ベナウィの説明にアザートが若干捕捉する。
「火付けには私が行きます。なるべく距離を置いて、焼き討ちした方がいいでしょう?」
 ジークリンデの言葉に、荊姫は少し眉根を寄せる。
 いくら奇襲の作戦とはいえ、ウィザード一人だけに任せるのは気が引ける。そう考えた彼女は、傍に控える鞘継を見た。
「さすがに一人では危険です。‥‥鞘継」
「御意」
 主の意を汲んで、彼はただ頷く。
「それでは、後のメンバーは野盗の連中を迎え撃つ形で――いいですか、フェイさん」
「‥‥わかった」
 厳しい表情は今にも張り詰めた糸が切れそうで。
 仲間全員が彼を見守る中、時間はゆっくりと過ぎていった。

●奇襲
「――いきます」
 刻限は真夜中過ぎ。
 野盗の見回りが終わり、赤い光がじっと動かなくなったのを確認してから、ジークリンデは教会の裏手からファイヤーボムを放った。
 轟く爆発音。
 と同時に、下準備をしていた油に引火する。一気に上がった火の手は、瞬く間に黒い煙を周囲に充満させた。
「鞘継さん、それを」
「了解した」
 声を合図に、鞘継は手にしていた松明を窓に向かって投げ入れる。他の出入り口は塞がっている、と連中にアピールするためだ。
「向こう側へなんとか誘導出来ましたでしょうか?」
 逃走を図る隙を見逃さないよう、二人は周囲をじっと見守った。


 そして。
「来ましたわ」
 出てきた野盗を目敏く見つけ、荊姫は素早く念じた。途端、その身が麻痺したように動けなくなる。間髪入れずにユーリアスが放ったウォーターボムが、問答無用の威力を持って迎撃した。
 当然、慌てたのは彼らだ。
「て、てめえら何モンだっ!?」
「まさか冒険者の連中か?」
「‥‥だとしたら、どうした?」
 足踏み揃わぬ連中相手に、アザートは容赦なく迎え撃つ。振り回した両手のダガーのうち一本が、見事急所を捕らえた。反撃の間もなく、野盗の一人は白目を剥いた倒れる。
 辛うじて避けて、慌てて踵を返そうとしたもう一人だが、その前にベナウィが一気に飛び込んできた。
「逃がさないよ」
 木剣とはいえ魔法によって威力の増した武器だ。その命中率も精度を上げたおかげで、見事に急所への一撃を繰り出すことが出来た。
 残すは三人。
 が、次に姿を見せた二人にフェイは顔色を変えた。
「お前!?」
 忘れぬ顔――先日、逃亡を図ったウィルだ。
 途端、彼は一気に飛び出していた。
「フェイ様!」
 火の回りが早く、早い段階で消化を始めていたアデリーナが気付き、急いでフォローすべく後を追う。
 勿論、他の仲間もフェイが飛び出したことに気付いたが、戦闘中だったこともあり僅かに反応が遅れた。
「フェイさん」
 ケイが慌ててメロディを仕掛けるが、頭に血が上ってるようで文字通り聞く耳を持たない。仕方なく援護に切り替えようとしたが、それよりも早くフェイが攻撃を仕掛けた。
 武道家である少年の拳が、勢いに乗ってウィルの身にヒットした。その衝撃は強く、さすがに顔を顰める。
 だが、それで剣を落とすことなく、彼は反撃へと出た。振り下ろされた大剣がフェイの眉間を狙う。
「させません!」
「いきます!」
 ほぼ、同時に放たれたユーリアスとアデリーナ二人のウォーターボム。
 咄嗟に弾かれたよう後退するウィル。直撃は免れたものの多少のダメージにより、僅かにバランスを崩したためにその切っ先がずれた。
 フェイもまた体勢をよろけて膝をつく。額からは僅かに血が流れていた。
 その彼を狙うように、もう一人の野盗が攻撃を仕掛けてくる。
 だが、それより早くアザートのダガーが動いた。
「グッ!?」
「悪く‥‥思うな」
 静かに彼は呟き、倒れた男の喉元へその切っ先を突きつける。
「これ以上‥‥無意味だ」
 そして、もう一方のウィル自身はケイの放ったムーンアローの直撃をその身に受けていた。フェイの拳を受けた直後の攻撃とあって、さすがにそのまま地面へと倒れる。
 誰もが勝負合った、と思った瞬間。
「危ない!」
 叫んだのはベナウィ。彼の視線の先には、野盗の持っていた大剣。宙を舞い、やがて落ちてきたその先には――倒れたウィルの身体。
 あ、と思った時には既に遅く。
 切っ先を下に向けたままの剣は、そのまま彼の胸に深々と突き刺さった。
 誰もが声もなく見守るしかなかった光景。唯一人、フェイだけがフラフラと近付いた。誰もそれを止めようとしない。傷を治そうとした荊姫の手を振り払い、彼はその場にしゃがみこむ。
「フェイ様‥‥」
「‥‥残念、だったな‥‥お前、の手で‥‥トドメをさせなくて‥‥」
 ハッと顔を上げるフェイ。近くにいた他の冒険者らもウィルがまだ生きている事を知り、慌てて駆け寄ってきた。
「お前、なんで‥‥」
「冥土の、土産だ‥‥いいこと、教えてやる」
 既に虫の息である男は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
「わざわざ、あの時キャラバンを襲ったのはな‥‥お頭が誰かに頼まれたらしい、ぜ‥‥ま、お頭は‥‥試練、なんて言ってたけどな‥‥」
「どういうことですかッ?」
 その言葉に衝撃を受けたフェイに代わり、ベナウィが思わず詰め寄る。
 が、彼はそれに答える代わりにこう言い残した。
「知りたきゃ‥‥お頭、に‥‥直接聞くんだな‥‥」
 その言葉を最期に、彼の意識は途切れた。
「ダメか?」
 アザートの問いにリカバーを唱えようとしていた荊姫が静かに首を振る。
 ちょうどそこへ裏手に回っていた鞘継とジークリンデが戻ってきた。彼の手には、血の付いた小柄が握られている。
「すまない。逃亡しようとした相手に手加減出来なかった」
「‥‥仕方、ありませんね」
 手厚く埋葬しましょう、そう告げる荊姫に冒険者達の否はない。いまだフェイ自身の復讐に決着が付いていない事を、茫然とする彼を見て痛いほど理解している。
 とはいえ、今はひとまず野盗の残党の後始末をする方が先決である。他にも彼らから情報が得られればいいが、とは一縷の希望にも似た願望だ。
 そうして彼らは、一路キャメロットへと帰還するのであった。