復讐する理由・2――運命

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月07日〜11月14日

リプレイ公開日:2005年11月17日

●オープニング

 少年は、一人で生きていこうとしていた。
 誰の手も借りず、己一人の力だけで。周囲の言葉に耳を貸さず、頑として聞き入れる事はなく、その全てを跳ね返すような拒絶の姿勢で。
 或いは――それは、少年の他人を思いやる心であったのかもしれない。もしくは、その身に流れる血の直感が告げたのか。
 もう二度と自分のために誰かが死ぬ事のないように。
 誰も近付けさせない態度は己の心を守っているだけでなく、心を許す事で他者を巻き込む事を怖れていたのではないだろうか。
 そして、運命の歯車は静かに‥‥だが、確実に回り始める。
 まるで流れる河のように――止める術を知らぬまま。

●母親
「母さん、それなあに?」
 幼い少年は、母の膝の上に乗りながらそれを指差した。彼女の胸元に飾られ、振動に合わせて揺れる澄んだ青いペンダントを。
 少年の問いに、母はうっすらと笑みを浮かべ、大事そうに掌で包んだ。
「これはね、お母さんにとってとても大切な物なのよ」
「大切?」
「そう。ずっと一人だったお母さんがね、本当の意味で家族を持てた日にお父さんがくれた物なの」
 青い宝玉部分をゆっくり撫でながら、母は本当に嬉しそうに語る。その意味を、少年は本当の意味で理解出来ずにいた。
 だが、そのペンダントが母にとってとても大事なのは、彼女の見せる微笑みからすぐに解った。
「じゃあ、お母さんは僕よりそのペンダントが大事なの? お父さんは大事じゃないの?」
 思わずそう聞き返した少年。
 すると、今度は弾けたような笑い声を母は上げた。
「あはは、馬鹿ねぇ。違うわよ」
「何が? 何が違うの?」
「‥‥あなたはね、お母さんにとって一番の宝物。生涯愛するお父さんから与えられた、世界でたった一つのお母さんの宝物なのよ」
 そう言うと、少年の小さな身体をギュッと包み込むように抱きしめる。
 母から伝わる腕の温もり。それを感じただけで、少年は今までのやりとりがなんだかどうでもいい気分になった。
 単純に嬉しかったのだ。自分が母の一番の宝物だと言われて。
「大好きよ、フェイ。お母さん、あなたのためならどんな事だってするわ。お父さんがお母さんの為に、どんなことでもしてきたように」
「僕もね、僕も‥‥お母さんが一番好きだよ。あ、勿論お父さんも好きだけど、やっぱりお母さんの方が好き、かな?」
 苦笑いを浮かべる少年に、母はクスクスと声を殺して笑うばかり。
「‥‥おーい、もうすぐ出発するからそろそろ準備を‥‥どうした? なに二人して笑ってんだ?」
 そこへのっそりと現れた父に対し、母と息子は目配せした合図で内緒を誓う。
 そんな二人を、父はキョトンとしたまま見つめていた。

●深紅
「どういうことだよ!?」
 ギルドの受付前。
 そこには激高するフェイの姿があった。詰め寄られる受付の親父は、ただ苦虫を潰したような顔をするだけ。
 何も答えようとしない相手に業を煮やしたのか、思わず伸ばした腕が男の胸倉を掴む。
「あの時捕まえた野盗の連中、みんな死んじまったってどういうことなんだよ!」
 それは、つい先日のこと。
 廃村の教会を根城にしていた野盗達は、フェイや他の冒険者の手によって捕らえられた。一部死者も出したが、まずまずの成果だっただろう。
 彼らをそのまま官吏の手に渡し、後は情報を引き出すだけだった。フェイの両親を手にかけた連中の、お頭と呼ばれる人物の手がかりを得るために。
 だが。
「‥‥連中は全員殺されたそうだ。それも見事な手際で、一切の証拠もなくな」
「そんな‥‥っ」
 淡々と語られる内容にフェイは、がくりと膝をつく。
「なんで、なんでなんだよっ。‥‥折角、父さんや母さんの仇の手がかりを掴めたと思ったのにっ!」
 悔しそうに呻く声がギルド中に響く。
 その姿を見かねた男は、そっと肩に手を置いた。
「それなら、追ってみるか?」
「え?」
「連中を殺したヤツを、そして‥‥ヤツラがお頭と呼んでいたヤツをな」
 フェイの前に差し出されたのは、ギルドが発行する正式な依頼状。
 依頼者の名は、フェイがよく知る人物であるマオ――李 昂星(リ・マオシン)。ハッと顔を上げれば、見知った顔の冒険者達がいつの間にか周囲に集まってきていた。
「いいか。一人で出来る事なんてたかが知れてる。だから今度こそ、仲間と協力して依頼を果たせ」
 言われ、少年はしっかりと頷く。他の冒険者達もまた、男の言葉にしっかりと顔を見合わせて頷き合った。
 残された手がかりは少なく、目的を果たすのは困難かもしれない。
 だからこその協力が必要な事を、彼らは知っているのだから。

●今回の参加者

 ea1679 丙 鞘継(18歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea1685 皇 荊姫(17歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea4287 ユーリアス・ウィルド(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5210 ケイ・ヴォーン(26歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ティアラ・フォーリスト(ea7222

●リプレイ本文

●現場検分
「とても酷い状況でしたわ」
 いまだ鼻に残る血の臭いに、思わず顔を顰めるユーリアス・ウィルド(ea4287)。彼女と一緒に遺体を調べていたジークリンデ・ケリン(eb3225)も、同じように沈痛な面持ちをしていた。
 ちょうど現場の方も調べ終わったメンバーから、ベナウィ・クラートゥ(eb2238)が彼女らへ問いかける。
「どうでしたか?」
「酷いものでしたわ。どれも急所を一撃でやられていましたから」
「ただ‥‥」
 ジークリンデの言葉にユーリアスが疑問を呟く。
「傷の割には出血がそう多くありません。ひょっとしたら既に殺された状況で、傷が作られた可能性が高いです」
「詳しい事は専門家でないと判りませんが、毒殺された可能性がありそうです。それと、彼らの身体から争った痕跡が見られませんでした」
 そう報告すると、二人は互いに顔を見合わせて暗い表情になった。
「‥‥こちらも同じだ‥‥」
 静かに呟いたアザート・イヲ・マズナ(eb2628)。
 たった一言だった彼の言葉を、ベナウィが苦笑しつつも補足する。
「現場にも、それほど荒らされた形跡はなかったんだよ。きっと、犯人は捕らえた連中を油断させていたみたいだね」
「やはり随分と厳しい調査状況ですわね‥‥」
 嘆息するアデリーナ・ホワイト(ea5635)。彼女の呟きは、今この場にいる全員の意見でもあった。
 本来ならば、その場で何が起きたのかを正確に知る術もあったのだが、肝心の使い手が今この場にいなかった。
「今更、無いものねだりをしても始まらない‥‥」
「そうですね。色々とご都合というものもありますし」
 アザートの言葉に、アデリーナも自身の中で納得させる。更に言葉を紡ごうとしたところを、皇荊姫(ea1685)がおもむろに言葉を挟む。
「そういえば少し気になる事が‥‥鞘継」
「御意」
 促され、それまで荊姫の影に控えていた丙鞘継(ea1679)が一歩前に歩み出た。
 相変わらずの姿勢だ、と誰もが苦笑を浮かべる。
「紅いペンダント、という目撃証言だが‥‥未だそれを証言した者が見つかっていない」
「え、どういうことだよ?」
 それまで黙っていたフェイが声を上げる。
 が、それを気にせずに鞘継はそのまま続けた。
「証言者は、当時警備をしていた官吏だという話だが、その日以来彼を見かけた者がいない。無断欠勤をしているという話だ」
「残念ですが‥‥おそらく内通者ではないかと」
 荊姫が最後にそう纏める。
 直後、フェイが勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、そいつのトコへ急げば!」
「‥‥まあ、待て」
 どこか焦燥の浮かぶ表情で慌てる少年に対し、アザートが冷静に落ち着かせる。
「一先ず‥‥それぞれの班に別れての行動だ‥‥」
 そう告げた際、視線をフェイに気付かれないよう他のメンバーに向ける。
 彼を突出させないよう――その意図を理解し、全員が小さく頷く。
「では、まいりましょうか」
 アデリーナの号令の下、冒険者達はいっせいに散ばって行った。

●情報操作
「『お頭』の手掛り、見つかりましたか?」
「いや、駄目ですね〜」
 ジークリンデの問いに、ベナウィはただ首を横に振る。
 すでに何人目かになる提供者に報酬を渡して立ち去らせると、彼はそれまでの砕けた口調から一転真面目な言葉遣いに戻した。
 集まった情報は、どれもこれも似たような感じのものだ。
「やっぱり、どこからか情報が洩れてる形跡があります」
「そのようですね。少なくとも――フェイ様は、その『お頭』に監視されているのではないでしょうか?」
 思いつく想像を口にするジークリンデ。
 ベナウィも、その点については否定をしない。ただ、今の現状では、その『お頭』までの手掛りが殆ど皆無なのだ。つまりただの推論でしかない。
「念のため、今回までの情報は仲間内だけにしておきましょう」
 情報の漏洩が考えられる以上、ジークリンデの言葉はある意味正しい策だろう。そうすることで敵の手管が伸びてくる可能性はある。
 だが、さすがにそれだけではさすがに弱い。
「やっぱり、偽の情報を流して誘き寄せるしかないですか」
 聞き込みだけでは、さすがに限界がある。
 そう感じたベナウィは、初日の話し合いの際にも提案した案件を口にした。
 曰く、辛うじて生き残った者がいて情報が得られた、という偽情報を流すこと。そしてそれは、フェイ自身に関わる事でもある、と。
「フェイさまにくれぐれも危険がないよう」
「ああ、わかってます。彼の身は、なんとしても守らないとね」
 ふとその時、何故かベナウィは直感的にそう感じた。
 いかにフェイが復讐に燃えているとはいえ、彼自身は立派な冒険者の一人だ。勿論力量的なこともあるだろうが、そう易々とやられるとは思えない。
 だが。
「‥‥そういえば、何故マオさま達はフェイさまの無事を念押すのでしょう?」
 ジークリンデが呟いた疑問。
 それは、ベナウィにも心の引っ掛かりとなって後々まで残っていた。

●疑心暗鬼
「飛龍(フェイロン)‥‥素敵な名前ですね」
「そうだね。あの子の両親が付けてくれたものだからね」
 そんなことを口にするマオは、どこか遠くを見ているようだ。対面で話を聞いていたユーリアスは、そんな彼の表情にどこか違和感を拭えない。
 が、それを決して表に出さず、彼女は更に話を続けた。
「フェイさんのこと、よく知っているのですね」
「昔、一緒のキャラバンだったんだよ。そのキャラバンもとっくに解散したんだけど、僕は父と、フェイは両親と一緒に行商を続けてたから、時々は顔を合わせていたんだ」
 説明に言い淀んだ箇所はない。
 やはり思い過ごしだったのだろうか。
 ちらりと視線を横に向ければ、彼女の護衛に徹しているアザートと目が合った。ふと苦笑すると、彼の目が静かに語る。疑いがあるのなら納得いくまで問えばいい、と。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「受付の親父さんとよくフェイさんのことで相談してたみたいですが。あなたと彼との関係って?」
 瞬間、マオの顔色が僅かに変わる。
 すぐに元に戻ったが、それを見逃すユーリアスとアザートではない。が、次のマオの言葉にそれを問い質す間もなく、思わず息を呑んだ。
「ああ、一応彼がフェイを育てたようなものだしね」
「え?」
「元々、僕らのキャラバンにいたんだよ、彼。だけどあの日‥‥フェイを助けに行ったあの日以降、キャラバンを辞めてね。それからフェイを育てたみたいだから」
「‥‥助けた? ‥‥では、あなた方は以前からの知り合い‥‥?」
「それじゃあ、フェイさんを助けたのは、マオさんのお父さんのキャラバン?」
 それまで黙っていたアザートが口を開き、ユーリアスが言葉を続ける。その問いに、相手はゆっくりと頷いた。
 瞬間、彼に対する疑念は霧散した。
 マオ自身の身元さえハッキリすればそれでいい。疑いが無駄に終わった事でホッとするユーリアス。
 その時、ふと彼女の脳裏に過ぎったのは。
「あの‥‥最後に確認したいのですが、紅いペンダントに何か心当たりありませんか?」
「紅いペンダント? ‥‥うーん、そうだなぁ‥‥確か、フェイのお母さんが付けてたのが紅いペンダントではなかったかな?」
「え?」
「‥‥青いペンダントでは、ないのか‥‥?」
 問い返した二人に、だがマオはすぐに否定する。
「いや、そんなことはないよ。一度見た記憶があるけど、確かに紅いペンダントだったよ」
 果たして、ただの記憶違いだけなのか。
 或いは他に理由があるのか。
 最後に奇妙な謎を残したまま、その日の聞き込みは終了した。

●闇夜襲撃
「‥‥結局、手掛りは見つかりませんでしたね」
 行方を晦ました官吏の家からの帰り道。
 荊姫の小さな呟きに、鞘継が静かに頭を下げる。
「姫、力になれず」
「鞘継のせいでないわ」
「官吏の人も、いったい何処へ姿を隠したのでしょうか?」
 そう口にしつつ、最悪の想像もアデリーナの中にはある。口封じのためか、或いはすり替わる為に身代わりだったのか。
 相変わらずフェイは難しい顔のまま、一言も口を開かない。かなり煮詰まっている様子だ。
 彼から聞いた過去の記憶。
 思い出せるだけの情報からも、やはり何も判らなかった。無理も無い。まだ五歳やそこらの子供が、いきなり襲われたのだ。
『――殆ど、覚えてないんだ。その時のことは。気が付いたら父さんも母さんも動かなくなって――』
 育ての親父様にも聞いてみたが、特に目新しいことがない。
 いや、むしろ。
「‥‥何かを隠してらっしゃるように見えたのですが」
「ですが、これ以上フェイ様の心の傷を深くする訳には」
 女性二人の会話に気付くことない少年の背中。
 それを見守る視線の優しさに、果たしてどれだけ気付いているのだろう。
「そういえば、ティアラさんからの調査資料はどうでしたか?」
「まだ目を通してないですわ。ええっと確かここに‥‥」
 アデリーナが取り出したのは、キャメロット周辺の政治や伝承知識といった調査資料だ。
 思い出す範囲でフェイに描いてもらったペンダントが、何かに引っ掛かってくれればと思って調べてもらっていたのだが。
「え? ‥‥これって‥‥」
「どうしまし――」
「姫」
 荊姫の問いかけより早く、鞘継が彼女の足を止める。自身の背中に庇うように腕を伸ばした。
 ふと見れば、前を歩いていたフェイの足取りも立ち止まっている。
 が、なんだか様子がおかしい。身構えるもことなく、ただ呆然と立ち尽くしているようだ。
「フェイ様」
 アデリーナの声にも反応しない。
 注意深く向ける視線。夜の闇に紛れて、そこに誰かいることが確認出来た。
 顔までは見えない。
 だが、その胸元に揺れているのは――闇の中にあっても煌きを保つ澄んだ青のペンダント。
「鞘継!」
「御意」
 主の命に、彼は駆けた。アデリーナもまた魔法の詠唱の準備に入る。
 それよりも早くフェイの呟きが彼らの耳に届く。
「かあ、さん‥‥ッ!」
 え、と思った彼らの動きが一瞬止まる。逡巡とも言うべき僅かな時間。
 それが明暗を分けた。
 拳が届く前に。
 魔法が発動するより早く。
 闇に浮かぶ紅い笑みの放つ灼熱の炎が扇状に放たれ、フェイの身体を一息に飲み込んだ。夜の闇が一瞬明るさを取り戻す。
「「フェイ様!!」」
 叫ぶ彼女達もまた、無傷では済まされない。現実の炎であるが故に抵抗する事は出来ない。
 真っ先にフェイの元へ辿り着いた鞘継は、素早く彼の身体を抱え上げた。寸前でガードしたおかげか、辛うじて息はしている。
 すぐに訪れようとした第二弾の攻撃は、アデリーナの放ったウォーターボムによってなんとか防げた。
「鞘継、フェイ様は?」
「辛うじて息は。ただ火傷が酷く‥‥」
「すぐに私が癒します。あなたは敵を」
「‥‥ッ‥‥」
 言いかけて、ハッと気付く。必死で手を伸ばそうとしているフェイに。
「‥‥か‥‥さ、ん‥‥どう、して‥‥」
「違いますわ。あれはフェイ様のお母様では‥‥きゃっ!?」
 再び放たれた灼熱の炎。
 その中でアデリーナは確かに見た。妖しく笑っていた女性の姿が、一瞬にして別の姿に変わったことを。
 が、そこまでだった。
 大地を焼く炎は四人をいっせいに包み込み、問答無用で襲い掛かった。
 フェイを庇おうとする荊姫、そんな彼女を庇う鞘継。そして、反撃に出ようにも体力が続かなかったアデリーナ。
 失いつつある意識の中、彼らが聞いたのは――艶のある女の笑い声。
「――試練、よ。全てはね‥‥」

 その後、集合時間を過ぎても帰って来ないことで心配した仲間達が来てくれたことで、四人は辛うじて助かった。一番怪我の酷かったのはフェイだったが、なんとか一命は取り留めたようだ。
 掴みかけた手掛りは、またしてもするりと取り逃がしてしまった。