復讐する理由・5――決着
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■シリーズシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:9人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月06日〜01月13日
リプレイ公開日:2006年02月01日
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●オープニング
少年は、一人で生きてきた――父と母が殺された時から、今日まで。
誰の手も借りず、己一人の力だけで、生きてきた――つもりだった。
だが、違った。
少年は、多くの人間に護られて育てられた。その優しさに、その愛に、少年が気付かぬように。真綿にくるむだけの過保護なものではないく、無為に荒波へ押し出す厳しさでもなく。
ただ、大切に。
少年を、少年の父を、少年の母を、愛する者達の手で彼は立派に成長していった。
それに少年が気付いた時。
果たしてその心に生まれた感情は――。
●未来
拳が届く寸前。
男の振りかぶった剣が自分の身体を貫いた。衝撃に動きは止まったものの、その瞬間は痛みもなく、ただ無理に動こうとしても剣に遮られて近付くことも出来ない。
ギリリと歯噛みしながら見上げれば、男が優越にひたった笑みを浮かべてこちらを見ていた。
『‥‥所詮、その程度だったか。父親と同じだな』
「だ、だまれッ‥‥」
叫べば、口からは大量の血が吐き出された。
同時に引き抜かれた剣。
支えを失い、その身体がぐらりと倒れる。ゆっくりとした動きはまるでスローモーションのようで、信じられない気持ちがいっぱいだった。
真っ赤に溢れる血の海に沈んでいく自分。
やがてゆっくりと意識を失っていき――。
「――ハッ!」
闇に転じた時点で、フェイは夢から目を覚ました。
ぐっしょりとした寝汗を拭うと、小刻みに腕が震えているのがわかる。
「くそっ! ‥‥俺は」
広げた手のひらに顔を埋め、彼はたった一筋の涙を流した。
「‥‥父、さん‥‥」
●調停
生きる全てに試練を。
そう言っていた者は、やがて心変わりをして死んでいった。これまでに何度もそんな人間を見てきて、そして生き残った者はいない。
今もこうして、自分はただ一人でこうしてここにいる。
「‥‥お前も行くのか?」
「ん? ああ。ちっと弟が煩くてな。ま、軽く相手してやるさ」
そう軽口を叩いたパラの青年は、ちょっと散歩にでも行くかのような軽い足取りで出て行った。それを黙って見送った男は、もう一つの気配に気付いて顔を向けた。
「お頭」
「どうした」
「どうやら連中、ここを嗅ぎつけたようです」
「そうか」
「どうしますか?」
「決まってる」
さて、ここが正念場か。
男は軽く口元に笑みを浮かべると、腰に下げた剣をスラリと抜いた。何人の血を吸ってきたか解らないその刃は、闇の中で妖しく煌いた。
「こちらか、むこうか。果たして神の試練はどちらを生かす?」
全ては『黒』の信仰のため。
『調停者』として生きる道を選んだあの日から決めていた事。
「今度こそ‥‥今度こそ、仇を取る!」
そう言い出す事は、先の事件から解っていた。
だが、今度はマオも親父も、それを止める事をしなかった。フェイの中に以前のような昏い炎のようなものが、いつの間にか消えていたからだ。
今のフェイならば、きっと仇を取ったとしても大丈夫。それもこれも過去に関わりを持ってくれた冒険者のおかげだろう。
「解った。やってみるがいい。お頭と呼ばれるアークという名の男は、今はオクスフォードにあるセント・マーティン教会で司祭をやっているようだ。だが、最近は殆ど人の訪れもなく、ひっそりとしてるようだな」
説明を受けて、集まった冒険者達はそれぞれ準備の為に散らばろうとした。
が、フェイを除く他の者達がマオによって呼び止められる。
「これを、君達の手から渡して欲しいんだ」
「これは‥‥?」
彼から渡されたのは、青い鉱石の嵌まった指輪。装飾がオクスフォードの紋章で象られていた。
「君達の判断に任せようと思う。全員の同意があった時、君達からフェイに渡して欲しい‥‥真実とともに」
いつになく真剣な眼差しで、マオは冒険者達にお願いするのであった。
●リプレイ本文
●真実
「‥‥え」
フェイの眼が驚きに見開かれる。
それはオクスフォードまでの道中。突然告げられた言葉に、何がなんだか解らないといった様子だ。
「これがその証です。フェイさんのお父さんの形見ですよ」
一歩前に出たユーリアス・ウィルド(ea4287)から渡された一つの指輪。青い鉱石が中央に光り、そこにはオクスフォードの紋様を刻まれている。
そして――冒険者達から語られる真実。
父と母の馴れ初め。二人の襲撃の真相。今、彼の周辺で起きている数々の事件について。
「全てはフェイ様、あなたこそがオクスフォードのただ一人の後継者なのです」
皇荊姫(ea1685)が真摯な顔で告げるのを、彼女に付き従う丙鞘継(ea1679)が静かに見守る。
荊姫自身、家名の重圧を全て受け入れ、耐えてきた人物。だからこそ少しでも支えようと鞘継は思ったのだ。
「フェイ殿にもきっと出来る筈だ。フェイ殿は一人ではないのだから」
「そうですね。オクスフォードという荷は重いかもしれませんが、どうそ‥‥覚悟をお決め下さい。全てに終止符を打つ為に」
彼女の言葉を、今はまだ微動だに聞くだけのフェイ。
「ご両親の意思、オクスフォードからの想い‥‥きっとおそらく今は混乱してるのでしょうね。ですが、どのような事実があろうとも、選び取るのはフェイ様御自身です」
そんな彼をアデリーナ・ホワイト(ea5635)が、慰めるように励ました。少しだけ微笑を浮かべ、勇気付けるようにその背を押す。
同じく、ケイ・ヴォーン(ea5210)もフェイの肩に乗り、励ます意味を込めて手にしたオカリナを吹いた。
これから待つ最後の戦いに向けて、その戦意を高める意味を込めて。
(「少しでも‥‥力になれれば」)
ケイの演奏は素晴らしく、少し呆けていたフェイの表情が徐々に真摯なものとなる。
そこにハッキリとした彼の意思を読み取って、僅かに不安を抱いていたベナウィ・クラートゥ(eb2238)は安堵した。彼としては伝えるタイミングを危惧していたのだが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。
「どうやら大丈夫なようですね」
「そうですね。全ての背後にあるオクスフォードの忌まわしい因習を、どうか断ち切って欲しいものです」
黒の教えに起因すると思われる一連の騒動。
きっとそれを正せるのは、領主の血を引くフェイだけだとジークリンデ・ケリン(eb3225)は考えていた。
とはいえ、全ては事件を終わらせてからのこと。
「決断はそれからでも遅くはない」
肩を叩かれ、振り向いた先にはアレーナ・オレアリス(eb3532)の姿。
特徴的な目で見下ろすその表情は、戦闘の時と違って優しげなものだった。それは『聖母の白薔薇』と呼ばれるに相応しいもので。
「それに例えどんな選択をしようと、マオも私達もいなくなったりはしない。だって‥‥友達だろう?」
後押しの言葉が、フェイの心に優しく響く。
真実を聞いて驚いてしまったが、仲間達にかけられた言葉で彼は力強く頷いた。
その様子を少し離れた場所でアザート・イヲ・マズナ(eb2628)は観察していた。指輪と真実について別段気にもしなかったので、特に話すことに反対しなかった彼。
仲間内の中でも、アザートはどこか一歩引いて見ていた。今回の依頼に関しても、どこか危険を伴う感覚が最初から付いて回る。
(「‥‥全員死ぬか‥‥全員殺るか‥‥?」)
やがて見えてきたオクスフォードの街並みに、アザートは人知れず身震いした。
●教会
辿り着いたその場所は、人気もなく静まり返っていた。
「‥‥やはりこの周辺一帯、街の人間の姿はなかった」
偵察から戻るなり、そう報告する鞘継。
それは、別方向へ赴いていたベナウィも同様で、諦めたように首を横に振る。
「警戒‥‥しているか」
アザートが視線を向けた先にあるセント・マーティン教会。以前の戦時下の喧騒が嘘のように、今は沈黙を守っている。
が、人がいないわけではないのは、ジークリンデの目には明らかだ。
「やはりいます。動いている赤い影が幾つもあります。おそらくアークとその部下達でしょう」
インフラビジョンで感知した熱が、教会に潜む者達を暴いていく。
そして。
「こちらの準備は大丈夫です」
アデリーナが手にするのは、ヘキサグラム・タリスマン。その祈りの力で施された結界は、おそらく潜んでいるだろうデビルの動きを妨げる働きをする。
前衛に渡した聖なる釘もまた同じ効力があるもの。何事も万端の準備で挑まなければならない。
「それでは――いきますよ」
「ああ」
アレーナが頷くのを合図に、ジークリンデがファイヤーボムを教会めがげて撃ち込む。マジックブースターで増幅された威力は、一気に静寂を打ち破る程の大爆発を起こした。
正門の扉は粉々に破壊され、壁面にもひびが走る。
「行くぞ!」
真っ先に突入したアレーナの身にはレジストマジック。一騎駆けした彼女に向かって当然のように群がっていく。
かわしきれない攻撃がアレーナを傷つけていく中、援護する形でジークリンデがファイヤーボムを放った。
今のアレーナには、魔法ならば傷つける事はない。巻き起こる爆風に耐えつつも、彼女は手にしているパニッシャーを横薙ぎに振るった。
僅かに円陣が崩れた事で、冒険者達は一気に教会へと雪崩れ込んだ。
「それ以上‥‥動かないでいただきたい」
荊姫の仕掛けたコアギュレイトが敵の動きを抑制する。その隙を突く形で鞘継の拳が叩き込まれた。
連携を、という最初の指示のとおり、今二人は息の合った動きで敵を翻弄していく。
「やはり手加減は出来そうにないですね」
「姫、どうか御身の無事だけを」
心優しい主の呟きに、鞘継はただそれだけ口にした。彼にとって荊姫の安全こそが最も優先すべき事項。例えそれが依頼であろうと、やはり彼の念頭にあるのはその一点だけだ。
彼の口頭に苦笑で返す荊姫。
だが、彼女の思惑と裏腹に、向かってくる者達はそれこそ命がけで抗うのだ。
「捕縛は‥‥無理だ」
アザートは早々に諦め、手にするダガーを存分に振るう。
恨みがある訳ではない。ただ、依頼を施行するのに必要な手順を彼は踏んでいるだけ。ほぼ反射的に急所へ突き刺したナイフの感触に、僅かに眉を寄せた。
まずは取り巻きを始末してから。
「くっ!? なかなか‥‥」
そう考えたベナウィ。
確かにある意味正解だったが、やはり数が多い。そうなると、手加減の余裕もなくなり、確実に仕留める方向で彼もまた剣を振るった。
狙うのは腕や足だけだったが、それでも込める力はかなり強い。
時には、のた打ち回って力を無くしていく相手を乗り越えながら彼は進む。
「前方方向、彼の者へ白銀の矢を!」
そんな厳しい前衛を援護するケイ。
放った月光の矢は言葉どおり対象にダメージを与える。牽制や追い討ちといった作用も働き、さすがにそれ以上近寄ってこない者もいた。
だからと言って引くことも彼らの思考にはなく。
「‥‥全てを洗い流して」
アデリーナが放ったのは青い水の塊。
勢いと比例してその衝撃は大きく、そのまま倒れる者もいた。
そして、同じ魔法使いであるユーリアスも、同様の魔法を放った。相乗効果を狙った考えなのだろう、今回指揮を指示するフェイが彼女へと告げた。
「これで――どうです!」
二人の繰り出す魔法の援助を受け、前衛を任された者達が懸命に道を開く。狙うのは、彼らが
『お頭』と呼んでいるアークのみ。
●暁光
僅かに黒い光を纏った途端、鞘継の身に強い衝撃が走る。
「‥‥そう簡単には砕けぬか」
「鞘継ッ!」
駆け寄った荊姫が急いでリカバーをかける。
その様子をどこか楽しげに見るのは、正装を身に纏ったアークだ。数の上では冒険者が勝るものの、相手は明らかに戦い慣れていてなかなか捕らえる事が出来ない。
「ならば‥‥これでどうだ」
飛び出したアザートがナイフを突き出して急所を狙う。
だが、素早く反応されて身を翻し、逆に袈裟懸けに切られてしまった。痛みよりも熱い感触が肩口に走り、ガクリと膝を付く。
「アザート様!」
更に追い討ちをかけようとするアーク目掛けて、アデリーナが魔法を放つ。直撃を受けて僅かにバランスを崩すが、なおも剣を振り下ろそうとした。
援護するようにケイのムーンアローが、ユーリアスのウォーターボムが続けて放たれる。
さすがにそれは堪えたようで、威力に押されて後ろへ吹っ飛んだ。
「今回は逃がしませんから」
咄嗟に身を起こそうとしたアークだが、そこへベナウィが立ち塞がる。剣の切っ先を喉元に突きつけていつでも急所が撃てるように。木剣とはいえ、急所を狙われれば気絶するダメージは与えられる。
その時点でようやく観念したのか、彼は剣をあっさりと手放した。
「――どうやら今度ばかりは、俺は試練に負けたようだな」
「試練、ですか。一体、あなた達にとってどのような理由があるのですか?」
どうしても聞いてみたかった疑問をユーリアスがぶつけてみた。
命を奪うのに、いったいどんな理由があるというのか。例えどのような理由があろうと、それは決してしてはならない事の筈なのに。
改めて対峙した仇を前に、フェイもまたその答えを知りたかった。
彼の様子を他の冒険者達は心配げに見守っている。捕らえる事で納得していた彼だが、やはり逸る気持ちは抑えられないようだ。
「全ては神の意思。与えられた試練を潜り抜けて生き残った者こそ、このオクスフォードを導くのに相応しい者だ」
「‥‥では、心弱き汝の神は、今死んだということですね」
普段見せることのないジークリンデの冷たい囁き。
「貴方が守ってきたのは、自身のエゴに過ぎない」
「そうだな。所詮はただの人殺しだ。‥‥フェイ殿、貴方が手を汚すまでもない男だ」
アレーナの言葉にフェイがハッと顔を上げる。
その表情に以前のような暗い影はない。誰もが安堵しかけたその時。
「ならば、最後の試練だ」
「ちょっ!?」
「おい!」
ベナウィが剣を動かすより早く。
アザートが気付くよりも先に。
アークの身体を淡い黒の光が包んだ。直後発動した魔法は、その場にいた全ての者の精神へ強烈なダメージを与えていった‥‥。
――未だふらつく身体をなんとか支えながら、彼らは一路キャメロットを目指す。
「なんとか皆さん無事でよかったですわ」
アデリーナの言葉に誰もが心の中で頷いた。
アークが最後に放った魔法の名はデス――精神力が少なければ、その場で死んでいた魔法だ。確かにあの戦闘後の状態で使われては、魔法を使った者達は全員死んでいただろう。
「ソルフの実のおかげでした」
多少なりとも回復していたため、辛うじて限界まで堪える事が出来たのだ。
「私のものも役に立ちましたよ」
そう言ったケイが、ひょいっと空へ飛翔する。多少なりとも回復してきた事のアピールか。
「鞘継、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、姫」
いまだ癒えぬ傷を抱えながら歩く鞘継を、荊姫が気遣うように声をかける。常に自分に着いて来てくれる彼に対し、心中は並々ならぬ感謝の意だ。
これからどうするのか。
フェイへの問いかけだったその言葉は、或いは自分達も同じだったかもしれない。
「それで‥‥フェイさんはこれからどうしますか?」
アデリーナが改めて問う。全員の視線が集まる中、フェイの表情はどこかすっきりしたものだった。
最後の魔法を全員が耐えたことで、最後の手が絶たれたのかアークは自らの手で命を絶った。奇しくもフェイの母親の形見であり、オクスフォードに代々伝わるペンダントに仕込まれた毒によって。
あれからかなり沈んだ状態のフェイだったのだが。
「どうやら決めたようだな」
アレーナが声をかけると、フェイは力強く頷いた。
見上げた彼の目は遠く未来を見つめている。
「ああ、決めた。俺は――」
言葉を続けるフェイの手にしっかりと握られた指輪とペンダントが、陽光に反射して青く煌いた。