【後継者】オクスフォードの光と影

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月23日〜11月02日

リプレイ公開日:2005年11月02日

●オープニング

 オクスフォード城のとある一室。
 軍議を執り行うその部屋では、連日のように話し合いが行われていた。
 先の領主であるメレアガンス候の叛乱。その結果、彼は全ての罪を引き受ける形で処刑された。後の遺恨を残さないという形で。
 結果、オクスフォード領そのものは何事もなかったようにその存続を許された。
 だがそれで全てが丸く収まった訳ではない。
 戦乱の後始末は、想像以上に騎士団以下雑務に追われる者達の負担を重くした。当然、関係貴族の連中も見て見ぬ振りはさすがに出来ず――謀反を起こした際、ただ黙って従ったという負い目もあり――かなりの多忙を極めていた。
 やがて、繁忙する日々もようやく収まりが見え始めた頃。
 今まであえて黙認してきた問題を、彼らはようやく目を向ける。
 そう――今後誰が領主となるか、という後継者の問題へ。

「‥‥で、どうするのだ?」
 貴族の一人である壮年の男が、その重い口を開いた。
 が、その問いに答える者は誰もいない。皆、視線を泳がせるばかりで自分にその責がくることを拒んでいる。
 そんな貴族達の様子を末席で眺めていた騎士団長のレオニード・マルヴェンは、小さな溜息を零した。
 無理もないことかもしれない。
 誰だって無用な面倒に巻き込まれたくはない。まして罪人となってしまった前領主に関わろうとするなんて。
 そして、彼らが口を閉ざしているもう一つの理由に思い至り、彼の気持ちはますます沈みそうになる。そう考えたちょうどその時、一人の男が部屋へと入ってきた。
「やあ諸君、毎日毎日ご苦労な事だな」
 現れたのは、髭を蓄えた四十代半ばの男。大柄な身体の持ち主のその男の名はパウロ・アーレスという貴族の一人だ。オクスフォード領の経済管理の職にあり、その地位は領の中ではかなり高い。
 更に――。
「先の戦争の後始末もあらかた片付いたことだし、そろそろ次期領主の選出の準備をしようではないか」
 明らかに自分が次の領主であるかのような科白。
 それも当然で、彼はメレアガンス候の母方の系譜に当たる。勿論、かなりの遠戚になってしまうが、それでも今いる中では最も次期領主に近しい存在なのだ。
 だからこそ彼の横暴な振る舞いにも、眉を顰めながら誰も口出し出来ずにいた。
「いつまでも領主不在のままでは、民も不安がるだろう。だからこそ早急に彼らを安心させてやる必要があるのではないかな」
 優越に浸る笑みを浮かべ、パウロ候はその場の全員を見渡した。
「代々オクスフォードの領主は、その血縁者が後を継いできた。だが、生憎とメレアガンス様は独身であり、当然その血を継ぐ者はいなかった」
 隠し子でもいれば、と考えた貴族は多かったが、それもいない事が先日の騎士団の調査で判明した。もっともそんな調査をせずとも、彼がとある御婦人に密かな想いを寄せていた事を、騎士団長のレオニードはよく知っていた。
 まさか、その想いがこんな結末を引き起こしてしまうとは、彼は夢にも思わなかったが。
「ならば! 先の領主の奥方の縁者でもあるこの儂こそが、次期領主に最もふさわし――」
「待ちなされ、パウロ殿」
 口を挟んできたのは、先に言葉を開いた壮年の男。
「‥‥何か?」
「そう急ぐこともありますまい。今、騎士団の者に早急に調べるよう通達しておる」
「調べる? 何をだね?」
「メレアガンス様の兄君‥‥アルフレッド様の行方、じゃよ」
 その名を告げた途端、場にざわめきが走った。それまで笑みを浮かべていたパウロ候も、一瞬目を見開いて動揺の色が走る。
 が、すぐに気を取り直し、僅かに襟を正した。
「そ、そうか。アルフレッド様の行方、か‥‥」
「ええ。そうじゃな、レオニード団長」
「はっ!」
 呼ばれ、直立不動で立ち上がるレオニード。
「ただ今、手を尽くしてその捜索を行っております。今度、冒険者達が集まるギルドの方へも要請をかけるところです。彼らは我々では探れない情報をも手にするという話ですから、おそらく近日中には結果が分かるでしょう」
 淡々と述べる言葉を聞いていたパウロ候。
 当然、なんらかの反論を食らうと覚悟していたが、いっこうにその気配がない。不思議に思い、視線を上げたレオニードの目に映ったのは。
「なるほど。ならば、精々捜索を続けることだな」
 そう言って出て行くパウロの姿。
 僅かに笑みの形を刻む口元を、レオニードは確かに見た――。

 そして、数日後。
 ギルドに一件の依頼が持ち込まれる。
 くれぐれも内密に、と注意書きの書かれた一枚の依頼書の署名欄には、レオニード・アーレス個人の名が記されていた。

●今回の参加者

 eb0444 フィリア・ランドヴェール(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb1205 ルナ・ティルー(29歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1384 マレス・イースディン(25歳・♂・ナイト・ドワーフ・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3449 アルフォンシーナ・リドルフィ(31歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

弥生 雛(eb1761

●リプレイ本文

●オクスフォード――光
「このような狭い所で申し訳ないな」
「いえ、お構いなく」
 依頼主でもあり、オクスフォード騎士団の団長を務めるレオニードの元へ参じた冒険者達。案内された部屋に入るなり、御法川沙雪華(eb3387)は早速今回の依頼について質問を始めた。
「早速ですが、アルフレッド様についてお聞きします」
「俺にわかる範囲でなら何でも聞いてくれ」
 そう切り出す彼の表情は少し暗い。やはり、幼馴染みでもある親友のことが心配なのだろう。
 だからこそ精一杯頑張ろう、と沙雪華は決意を新たにする。
「幼馴染みだったと聞きますが‥‥」
「そうだな。アルフレッド様とは、小さい頃からよく遊んだものだ。しょっちゅう城を抜け出してな、俺やメレアガンス様を巻き込んでの悪戯ばかりしていたよ」
「領主の長男でありながら悪戯三昧か。おまけに出奔して行方知れずとは‥‥無責任な男だ」
 呆れるアルフォンシーナ・リドルフィ(eb3449)。
 憮然とした彼女の発言に沙雪華は慌てるが、レオニード自身はただ苦笑するばかり。
「ちょ、ちょっとアルフォンシーナさん」
「まあ、そうだな。あの方は、あまり領主の長男という自覚はなかったな。なんにでも自由奔放に行動し、枠に捕らわれない考えの持ち主だった。そう、あの時だって‥‥」
 不意に口を噤む。
 どこか遠い眼差しは、おそらく過去を思い返しているのだろう。
 が、それでも探す本人の事を知らなければ話にならない。そう考えて、沙雪華はあえて質問を続けた。
「駆け落ち‥‥の事ですか?」
「ああ」
「駆け落ち! なんて甘美な響きなのでしょう‥‥アルフレッド様はきっと全てを投げ捨てられる相手と出逢えたのですね」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)が感嘆の声を上げれば、それを一刀するかの如くアルフォンシーナの冷たい呟き。
「無責任な」
 が、別段その言葉をレオニードは否定しない。
「ある意味、そうかも知れないな。責務を投げ捨て、心のままに行動する。男としてそれは、ちょっと羨ましいが」
 その時の騒動は、それこそオクスフォード中の騒ぎになったらしい。
 相手は、たまたま立ち寄っていたキャラバンの娘。孤児で路頭に迷っていたところを、キャラバンの主に拾われたという経歴を持った女性。
 平民というだけでも無謀なのに、身寄りのない女性相手で当時の領主が許す筈もなく。
「結局認められないまま、その娘と駆け落ちしたんだよ」
「そんな酷いです! いくらなんでも」
 駆け落ちに少なからずロマンスを抱いていたリースフィアは、つい抗議の声を上げた。
 だが、レオニードはただ苦笑を浮かべるばかり。
「その日の夜遅く、俺のところに姿を見せたよ。あいつ‥‥すっかり男な目になってたな」
 それまで尊称を込めていたアルフレッドに対する呼び方が不意に変わる。
 気付きながら、誰もそれに口を挟まなかった。しばらく沈黙が続く中、頃合いを見計らって沙雪華が問いかける。
「それでその時の女性というのは? お名前や種族などを‥‥」
「うーん、生憎と名前の方は覚えていなくてな。だが、遅くに訪ねてきた時にあいつが言ったのさ。『――彼女は自分の故国を知らない。だから、いつか俺の手で彼女に故国を見せてやりたい』ってな」
「それってどこですか?」
 思わず詰め寄るリースフィア。
 それに対して、レオニードは静かに答えた。
「確か、華国‥‥華仙教大国だったか‥‥」

●オクスフォード――噂
 復興を続けるオクスフォードの街。多くの人達の手を借りて、いまだ元通りとはいわないまでもある程度の活気を取り戻していた。
 そんな中で聞き込みをする二人の冒険者の姿。
「失踪か拉致か‥‥状況から見ると失踪みたいですけど‥‥」
 独り言のように呟くフィリア・ランドヴェール(eb0444)。
 聞いた話では、自由奔放な性格ながら領主の息子という立場からそれなりに武術にも秀でていたという。
 だが、やはり気になるのはレオニードが見たというパウロ候の笑み。
「どちらにしても色んな情報を聞いて回った方がいいよね」
 ルナ・ティルー(eb1205)の言葉にそうよね、と言って再び聞き込みに回るフィリア。
「やはりメレアガンス候とレオニード団長と仲の良かった人っていうと、今でもアルフレッド様の名前が出ますね」
「そうね。やっぱり街中の人達がアルフレッド様のこと知ってるんだよね。それに比べてパウロ様ときたら‥‥」
 それ以上は周囲を気にして口を閉ざすルナ。
 いつ、どこで、誰に気付かれて、パウロ候の耳に入るか解らない。そう考えるくらい、彼に関する噂はあまりいいものではない。
 勿論、街の人達だって表立って悪口を言うわけではない。
「酒場とか路地裏なんかに行ったら、ホント結構評判悪いよね」
 経済管理の職をしている事もあるのだろう。
 パウロ候に対して街の人達が口にするのは、それこそ不平不満ばかりだ。領主の親族であるが故の権力の横行。いわゆる貴族としての贅沢の数々。
 特に今や街全体が困窮に見舞われている状況で、彼はまるでそれを気にしてもいない。
「‥‥きっと何かあるんだよ」
 真剣に考え込むルナに、フィリアは一先ず今回の依頼の目的を口にする。
「そうかもしれませんが、今はまずアルフレッド様を見つける事が先決です」
「そ、そうだね」
「確かこの辺りに当時のキャラバンに詳しい方がいらっしゃるという話でしたが」
 薄暗い路地をキョロキョロと見渡すフィリア。
 その時、ルナが指差したのは、ゆっくりと扉を開いて出てきた一人の老婆。
「あ、あの人じゃないかな」
「そのようですね」
 そして、こちらに気付いた老婆に向けて、フィリアは静かに問いかけた。
「あの、すいません。二十年前ほどのキャラバンをあなたが知っていると伺って来たのですが‥‥」

●キャメロット――死
「それ、本当ですか?!」
 思わず立ち上がったリースフィアにビクリと身を引く男性。
「お、おう。間違いないぜ」
「十年前、アルフレッドをこのキャメロットで見たのか?」
 念を押すアルフォンシーナに、酒を傾ける男は間違いないと頷く。なんでも男はかつてそのキャラバンに属していたという。
 キャラバン自体はそれから数年で解散となった、と男は語る。
「俺はそのままこのキャメロットに居ついたんだがな。アルフレッドはそのまま彼女と一緒に、旅商人として気ままに歩き回ってたみたいだぜ。十年前に帰って来たのを見た時は、そりゃ驚いたもんだ」
「その時の様子はどうでしたか?」
「ああ、えらい幸せそうな顔してたぜ。ったく、こんな事なら俺もレイファのヤツにアタックしときゃよかったよな。そうすりゃあ今頃ガキでも作って、幸せな家族になったのによ」
 男が口にしたその科白を、アルフォンシーナがつい聞き咎めた。
「今なんと?」
 無表情の迫力に押され、男は思わず冷や汗をかく。そのままグッと睨まれて、反論する呂律もうまく回らない。
「な、なんだよ?」
「その女性の名だ」
「レイファのことか?」
「レイファさんと言うのですか?」
 確認するようにリースフィアが聞くと、男はただ頷いた。
「ああ。劉麗華(リュウ・レイファ)って名の華国の出身者だ。もっとも本人は自分の国を見た事がないって言ってたな。それをあの男が見せてやるって言ったのが、二人の始まりらしいぜ」
「では、十年前ここに立ち寄ったのは‥‥?」
「報告だったらしいぜ。家族が増えた事のな」
「え?」
「ビックリしたぜ。あの二人に子供が出来てた時にはな。ホント律儀なヤツだったな。そんなことしなけりゃ、今頃は‥‥」
 それまで嬉しそうに語っていた男の顔が、だんだんと暗くなっていく。気付けば、語尾は消え入りそうに小さかった。
 不意に嫌な予感が二人に走る。
 その予感を打ち消すように、リースフィアの口調がつい強くなった。
「で、では! 今、その方がどこにいるのかご存知ありませんか? ひょっとしたら狙われている可能性があるのです」
 オクスフォードの現状を説明し、情報提供を求めるリースフィア。
 だが、男は一瞬口を噤み、静かに目を閉じる。そして、僅かな逡巡の後にゆっくりと首を振った。
「確かに、アイツならいい領主になれたかもな。わざわざ息子が出来た事を報告しにキャメロットに立ち寄らなければな」
「どういうことだ?」
「‥‥ここからオクスフォードへ向かう街道の途中だった。当時、凶悪な野盗が出るって事件が相次いでてな。護衛無しで出歩く者はいなかったんだ。それなのに急ぐから、とか言って俺らの制止を振り切って行っちまいやがってよ‥‥」
「まさか‥‥!」
 予感が、現実へ変わる。
「――襲われた。皆殺しだったそうだが、真相はわかっちゃいない。急いで後を追った別の仲間のキャラバンがいたが‥‥それからどうなったかは不明だ」
 一言、一言。
 噛み締めるように告げる男の言葉が、心に届く衝撃を徐々に重くさせる。
 その後、簡単なお礼を述べて酒場を後にした二人は、一先ず依頼主にシフール便を飛ばして今後の指示を仰ぐことにした。

●オクスフォード――影
 宿舎の与えられたベッドに身体を投げ出し、マレス・イースディン(eb1384)は思いっきり嘆息した。
「だぁ〜疲れた! ったく、慣れないことするもんじゃないぜ」
 窮屈に締め付けられた襟元を着崩し、着込んでいた鎧を脱ぎ捨てる。
 さっきまでパウロ候の御前でしていた畏まった態度と違い、思いっきり本性を曝け出した格好は、知り合いが見たら思わず苦笑するだろう。
「ま、それもこれもあの野郎に近付くためだ」
 あの野郎、とは当然パウロ候のこと。
 レオニードから聞き出した情報に、ピンと直感が働いたマレスは、一も二もなくパウロ候側に潜りこむ事を選択した。当然、仲間から反対されることを怖れての内緒の行動だ。
 歯の浮くようなお世辞のオンパレードは、礼儀作法が嫌いな彼にとって苦難の道だったが、何度も噛みながら練習の成果を見せる。どうやらそれが気に入ったらしく、なんとか仕官することに成功した。
 もっともすぐに雇われたのではない。とりあえず今はまだ見習いといったところか。
「何にしてもまずは成功、ってな。この調子であいつの悪事を必ず暴いてやるっ!」
 このマレス様に目を付けられたのが運のツキ。
 そんなことを考えてニヤリと笑う。
「それじゃあま、同僚達に色々と話かけてみるか。少しでも自然に溶け込めればいいし」
 早速、とばかりに彼は食堂へ向かった。
「あ、おばちゃん。俺のメシ、二倍用意しといてくれよな」
 力仕事手伝うからさ、とちゃっかり調子のいい声が宿舎の中に響くのだった。


 ――自室へと戻ったパウロは、人の気配を感じてその方へ視線を向ける。
 が、すぐに興味を失くした。
「‥‥鼠が一匹、紛れ込んでいるようだがいいのか?」
「構わんさ。好きにさせとけばいい」
 突然の話し声に驚くことなく切り返すパウロ。
 そこには、普段人前で見せる飄々とした雰囲気は一切ない。
「それに煩くなったら始末すればいい。あの時のようにな」
「やれやれ。うちはアンタのお抱えじゃないぜ。あまり頼られても困るんだが」
「だが‥‥ヤるのだろ?」
 ニヤリと。
 酷薄な笑みが口元に乗る。
「――それが、『神の試練』ならな」
 対する返事もまた、熱のない冷やかな口調で。
 それきり、パウロが口を開くこともなく、また相手が声を発するのでもなく、部屋には一切の沈黙が訪れた――――。