【後継者】蠢く闇と途切れた縁
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■シリーズシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 66 C
参加人数:9人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月10日〜11月18日
リプレイ公開日:2005年11月22日
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●オープニング
●調査報告
「なにっ?!」
調査を終えた冒険者達の報告に、レオニードは驚愕の表情で立ち上がった。そして、しばし呆然と宙を見ながら、ワナワナと体を震わせ始めた。
そのあまりの慌てる様に、周囲の者達は誰もが息を呑んだ。特に報告に訪れた騎士団の若き騎士の一人は、彼の様子に驚きを隠せないでいた。
「‥‥そんな、アルフレッド様が‥‥死んだ‥‥?」
豪胆で何者にも臆することのない、歴代の中でも屈指との名高いオクスフォード騎士団を束ねる長。まさに尊敬と羨望の対象である人物だ。
そんな彼にとって、アルフレッドの死はよほど衝撃だったに違いない。
「――レオニード様‥‥」
報告を続けるかどうか、思わず迷って言葉を濁す若い騎士。
その声に思わずハッとなったレオニードは、すぐに気持ちを落ち着かせてから改めて報告書に目を通した。
残されていた荷馬車の残骸。周辺に飛び散った血痕の数々。そこまで見ても、なんらかの襲撃があったのは間違いないだろう。そのことは、過去の記録と照らし合わせても確認出来る。
が、問題はその死体の行方だ。
後からキャラバンが追ったという証言があるが、そのキャラバンの詳細がない。そもそも死体が見つからないことには、その生死すらまだ判らないのだ。
「あの日、アルフレッド様は‥‥」
呟き、レオニードは思い出す。
あの日。
キャメロットでアルフレッドの姿を見かけたとの報を受けた時、まさかという思いがあった。反対されたことを疎い、わざわざ出奔することで添い遂げようとした二人が、わざわざ近くに現れる筈がないと考えてしまっていた。
「ひょっとしたら俺に報告を‥‥?」
『‥‥悪ぃな。オレ、行くわ。父やメレアガンスにはよろしく言っといてくれ。子供でも生まれたら、お前にも会いに来るからさ』
城を出る夜半、アルフレッドがそう言った事が、レオニードの脳裏に今になって蘇る。
咄嗟に強く拳を握る。思わず噛み締めた唇から、うっすらと血の赤が滲んできた。無言の慟哭が聞こえてくるのを、冒険者達はじっと感じた。
訪れた沈黙。
が、今は悔恨に嘆いている時ではない。
改めて顔を上げるレオニード。どこか鬼気迫る雰囲気は、直立していた若い騎士がつい後退りしたほどだ。
そのことに構わず、彼は伝令を下す。
「キャメロットの冒険者ギルドへ行ってくれ。十年前、アルフレッド様を追いかけたキャラバンの足取りの調査を依頼したい、と。どんな手がかりでもいい。なるべく早くアルフレッド様のご家族を探し出して欲しい」
「では、こちらの調査は如何いたしましょうか?」
そう言って騎士の一人が差し出したのは、パウロ候の周辺に対する途中報告だ。
「‥‥そっちについても調査は必要だが、今はまだ保留だ。とにかくアルフレッド様達の消息を掴むことを最優先にしてくれ」
「了解致しました」
一礼した後、若い騎士はすぐさまその場を後にした。
●暗躍策謀
オクスフォードの中心地より少し外れた場所にある小さな教会。
以前の戦争では、民間人の避難場所として使われた事もあるその場所も、今ではすっかり元の静かな空間を取り戻していた。
そこを訪れる一人の男。それも表からではなく、人目の付かない裏門から気付かれぬように教会の中へ入った。
「‥‥いるか?」
「ったく、何だよ。急に呼びつけてさ」
男の問いに、憮然と答えた小さな人影。
が、そんな抗議の声にも男は涼しい声で返した。
「そう言うな。何しろこいつの初仕事だからな。一応、お前をサポートとして呼んだってワケだ」
男が顎をしゃくった方へ目を向けると、じっと立ち尽くしたもう一つの人影。手にしたロングソードが鈍く光を反射している。
呼ばれ、顔を上げたのは、成人になるかならないかの若者。どこか虚ろな眼差しの中、口元だけは固い意志の象徴のように強く真一文字に結ばれている。
「出来るな?」
「‥‥ああ」
男の言葉に短く返すと、若者はくるりと向きを変えてその場を後にした。
残された二人は、互いに視線を交わして肩を竦める。
「やれやれ、張り切っちゃってさ」
「無理ないだろう。なにしろ初仕事だ」
「‥‥あの爺さんの孫だしな」
「どちらにせよ、サポートを頼むぞ」
「証拠は一切跡形もなく片付けてやるって」
軽い口調で会話を終わらせ、小さな人影はそのまま闇の中に消える。
自分以外の人の気配が消えたことを確認した後、残った男はそのままいつもの服装に着替え始めた――黒を基調にした、礼拝にいつも纏う法衣へと。
●リプレイ本文
●逃走
「ハァ‥‥ハァ‥‥くっ」
息を切らしながら、若者は懸命に走った。時折、後ろを振り返って追っ手がない事を確認しながら。
肩口から流れる血は止まることなく、押さえる手を真っ赤に染めた。
その怪我を負った時のことを思い返す度、思わず身震いがこみ上げてくる。
「くそっ!」
気を抜いたつもりはない。
だが、気持ちに油断があった事は否めなかった。
「――え、それホントか? おばちゃん」
「ああ、そうだよ。先代の御当主様が十年以上前に連れてきたんだよ。なんでも隠し子だとかって話だったねえ」
先代の頃からいるという彼女の話。
どこか引っ掛かりながらも、その場はそれで会話が終わった。今思えば、もう少し詳しく聞いておくべきだった。
そうすればもう少し注意することが出来たものを――。
眼前に迫る大きな河。
背後の気配に気付き、ハッと振り返った先にはパウロ候の姿。
「やあ、どこへ行くつもりかね。あまり勝手に出歩き回るのもどうかと思うがな」
淡々と語る姿に違和感が付き纏う。
背筋を走る悪寒に、彼は思わずこう口走ってしまった。
「あ、あんた‥‥いったい誰だッ!」
「‥‥ネズミと思って甘く見ていたのが、失敗だったか」
その瞬間、見えない速さの刃が迫った。
とっさに避けたものの、思わず足を滑らせてしまう。そして、そのまま河へ身を投げ出してしまった。
「しまっ‥‥!?」
荒い流れに体勢を整えることが出来ない。見上げた先、視界の端に映るパウロの笑い顔が、遠くなる意識の中でマレス・イースディン(eb1384)の見た最後の光景になった。
●行方
「待たせたなや」
「いえ、こちらこそ。それで資料の方はどうでしたか?」
リースフィア・エルスリード(eb2745)に笑顔で尋ねられるも、藤村凪(eb3310)は成果があまり芳しくなかった事を告げた。
「あかんかったわ。やっぱり冒険者の記録としては残ってへんかったや。辛うじてその当時、確かに現場付近で野盗が多かったっちゅう事がわかったくらいやな」
そう言って、僅かに肩を落とす凪。
元々それほど期待していなかったとはいえ、やはり徒労に終わった事は悔しいのだろう。
「そうですか‥‥残念ですね。少しでも多くの手掛りがあればよかったのですが」
「ま、これから会う人に色々聞いてみようや。で、どの人や?」
「ええ、あちらの方です」
リースフィアの案内の下、男の前に二人は座る。
「よう、姉ちゃん達。今日は何の用だい?」
砕けた様子で話しかける男に対し、彼女は静かに切り出した。
「ええ。以前うかがったアルフレッド卿に関して、もう少し詳しくお聞きしたいと思いまして」
彼女のたおやかな物腰が気に入ったのか、男は聞かれるままに口を開いていった。
曰く、その時連れていた子供は男の子であったこと。活発そうな印象で、父親にそっくりだったこと。なによりも三人仲睦まじく幸せそうだったこと。
そして。
「では、その方も?」
「ああ、そうだぜ。あの時、追いかけていったキャラバンも、元々は一緒の連中だったんだよ。なにしろ駆け落ち同然の二人だったからな、仲間内でも色々心配してたんだよ」
男の言葉に、リースフィアは自分の心配が杞憂だった事にホッとする。
とはいえ、肝心な部分はまだだ。
「それで、そのキャラバンの方々は‥‥」
その質問をした途端、男は一端口籠もった。そのまま僅かに視線を逸らしたのを、凪は見逃さなかった。
直感的に感じた。何か隠し事をしてる、と。
その事をリースフィアに合図すると、彼女も解っていると頷いた。
「あの‥‥」
もう一度問い質してみるが、男は深く頷いたまま、それっきり黙ってしまった。
「お願いします。何でも構いません、知ってる事があれば教えていただけませんか?」
なんとか食い下がろうとするリースフィア。傍にいる凪も懸命に頼み込む。
その熱意に押されたのか、男は渋々といった感じで口を開いた。
「俺はそれ以上は何も知らねえ‥‥これはホントだ。ただ、当時そのキャラバンの隊長だった男の倅が時々ここへ立ち寄るから、後はそいつにでも聞いてみてくれ」
●陽動
「いかがであろうか?」
ウインディア・ジグヴァント(ea4621)の見せる絵に、首を横に振るのはこれで何人目だろうか。
「駄目ですか?」
「うむ。なにぶん古い事件だしな。そちらはどうであった?」
肩を落とすウインディアに声をかけるフィリア・ランドヴェール(eb0444)。彼女は、先日の老婆を訪ねた帰りだった。
「覚えていた方を何人か教えていただけましたわ。ただ、結局今どこにいるのかまではわからないそうです」
それ以外にも、アルフレッドが駆け落ち同然でついていったキャラバンについて尋ねると、どうやらその後すぐに解散したという話だ。当時のメンバーは、老婆のように引退して土地に落ち着いた者や、再び小さな隊商を組んだ者がいたようだ。
アルフレッドの場合は後者だろう。
そして、彼らを追いかけていったキャラバンというのもおそらく‥‥。
「だから、引退して以降については知らないみたいだよ」
一緒についていったルナ・ティルー(eb1205)が、残念そうに溜息をつく。
現場百篇とは言うが、さすがに時間が経ち過ぎている。周辺の村にも聞き込みをかけたが、怪我人の噂は誰も耳にしたことがないそうだ。
「‥‥愛を貫いた結果がこれでは、哀しすぎると思いませんか?」
ふと遠い目となるフィリア。手元の竪琴が揺れ、もの哀しい音を一つ鳴らした。
「それにしても、後を追ったキャラバンの行方が杳として知れないというのも可笑しな話だ」
「やっぱり、きっと何かを隠してるんだよ」
ウインディアの呟きに応えるルナ。彼女の考えはおそらく正しいだろう。
が、その隠す理由を知りたくてこうして聞き込みを続けているのだが、いっこうに成果が上がらないことに少なからず焦りが見られた。
「一先ず、一度戻ろう。他の者達からの情報もあるだろうし」
「そうですね。とりあえず一度‥‥ルナさん?」
突然立ち止まった彼女を不思議そうにフィリアは見る。すると、いきなり身体が後ろへ下がってきた。
「下がって!」
叫ぶとほぼ同時に、さっきまで立っていた位置を弓矢が突き刺さる。
素早く身構えたルナ。急いで矢が飛んできた方向を見たが、特に人影は見当たらない。フィリアやウインディアも、いつでも対抗出来るよう周囲に注意を促す。
しかし、攻撃は最初のその一矢のみ。その後はいっこうに待とうが、次の反応はなかった。
「‥‥陽動、か?」
唸るウインディア。
このまま相手の出方を待つべきか。
「この村の人達に迷惑かけたくないよ‥‥」
その迷いは、ルナのこの言葉で彼に退却を決意させた。一旦、ミストフィールドを展開して視界をしたまま、三人ははぐれないようにその場を後にした。
●遺児
眼前に据える質素な墓石。あくまでも目立たぬように建てられ、寄り添うように二つ並んでいる。
それが埋葬を依頼した者の要望だった、とユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)は修道院の院長から聞いた。
「ではこの墓が‥‥?」
「はい。十年ほど前、野盗に襲われて亡くなったご夫婦です」
「やはり亡くなっていたか‥‥」
確証もなく、一縷の望みに託していたが、改めて突きつけられた現実に、アルフォンシーナ・リドルフィ(eb3449)はいつになく辛い表情となる。
聞くところによれば、ここに遺体を運び込んだ男にくれぐれも内密にしておいてくれ、と言われたそうだ。駆け落ちの末の不幸な顛末、ということで修道院側もそれを了承した。
「あの‥‥その夫婦、お子さんがいるって聞いたんだけど?」
泣きそうになるのを必死で堪え、イシュルーナ・エステルハージ(eb3483)が小さく問う。
すると、しばらく考え込んだ後、院長は思い出したように手を打った。
「確か五つか六つぐらいのお子さんがいました。可哀そうに、余程ショックだったのか一切口をききませんでした」
その時の光景を思い返しているのか、彼は目を瞑って静かに首を振る。
「それでその子供は?」
「連れていた男の方が、自分で育てると引き取って行かれました。なんでも生前、夫婦には世話になったからと」
その言葉を聞いた途端、ユージィンの脳裏に嫌な予感が過ぎる。少し前までノルマンにいた彼にとって、孤児絡みで忘れられない事件が蘇ってくる。
そうならないように、と彼は祈るばかりだ。
イシュルーナも同じ事を考えて、慌ててそれを否定した。
「夜盗が子供を育てたってこともあるかしら?」
「それは‥‥そうならないことを祈るだけだね」
そのあと三人は院長を帰し、そのまま墓前に留まる。彼らは互いに目配せをすると、周囲へと注意を巡らせた。
瞬間、鋭い切っ先が襲ってくる。アルフォンシーナが咄嗟の動きでその刃を右手の剣で受け止めた。
「‥‥何者だ」
誰何の声に、相手は何も答えない。
見れば、まだ成長途上の若者だった。おそらく自分よりも年下だろう。
「アルフォンシーナさん!」
素早く身構えるイシュルーナ。彼女の声にアルフォンシーナは後ろに飛び退く。そのタイミングを見計らい、手持ちの槍から衝撃波が放たれる。
同じように身を引いた若者だったが、避けきれずにバランスを崩した。
その隙に速攻を仕掛けるつもりだったが、それは別の敵の出現で阻まれてしまう。
鼻につく腐臭。腐った肉を引き摺るズゥンビの姿に思わず顔を顰めながらも、ユージィンは手に持つクロスソードで切り捨てる。
「くっ、彼らはいったいどこから‥‥っ」
「――ったく、真正面からいく馬鹿がいるかよ」
突然、振ってきた声。
ハッと振り返る先に見たのは小柄な人影。
「誰――」
問うよりも早く、一瞬でアルフォンシーナ達の視界が闇に包まれた。すぐに近くへ寄り添う三人。その間もズゥンビが近付いてくるのを感じる。
今はとにかく目の前の敵だ。
その時、再び同じ声が彼らに届いた。
「ま、今日は警告だけだな。あんま余計なコトに首突っ込むと、お仲間みたいな目に遭うぜ」
「ちょっ、待って!」
「危ない!?」
咄嗟に声を追おうとしたイシュルーナを遮り、ユージィンの剣がズゥンビを斬る。
やがて暗闇が消えたその場には、ズゥンビの残骸だけが残された。慌てて周囲を探し回ったが、既にどこにも人影はなかった。
「一体彼らは‥‥」
「ねえ、お仲間みたいな目って言ってたよね。まさか‥‥」
アルフォンシーナとイシュルーナがそんな会話をした時、遠くからユージィンの呼ぶ声が上がった。
「ちょっと、早く来てよ!」
急いで声の方へ走る二人。
見れば、川岸にぐったりしたまま倒れているマレスの姿があった。すぐさまユージィンを手伝って、彼の身体を引き上げる。
「とにかく手当てが先よね」
傷口に手を当て、イシュルーナがリカバーを施す。ゆっくりと意識を取り戻したマレスの一言に、彼らはただ驚愕を覚えた。
「‥‥ッ‥‥パウロ卿は‥‥偽者、かも‥‥しんねぇ‥‥」