Thanatos?――抗えざる死

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 66 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月13日〜05月20日

リプレイ公開日:2007年05月21日

●オープニング

●三つの死
 イギリスを二分する程の戦乱。互いの主義主張が交錯し、あわや王国崩壊かと思われた戦も、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
 だが、そんな大嵐の影に隠れるかのように、オクスフォードのとある町では立て続けに事件が発生していた。

 ――最初は、一人の修道士の死。
 神父から頼まれた使いの帰り道、運悪く出くわした野盗達によって無残にも命を落とす。町の警吏による捜索が行われ、犯人と思しき野盗を発見、捕縛しようと試みるも激しい抵抗を受けたため、已む無く斬り殺してしまった、との報告が上がる。

 ――次いで、とある酒場での喧嘩を仲裁しようとした騎士の死。
 酔っ払った男達が口論の末、殴り合いの喧嘩を始める。その様は徐々にエスカレートし、やがて互いに刃物を持ち出すまでに至り、たまたま居合わせた騎士が慌てて仲裁に入ったが、時既に遅く、巻き込まれる形で騎士は命を落とす。
 喧嘩をした張本人達もまた、互いに繰り出した刃によって命を落とし、結果として関係者全員死亡との報告を受ける形になる。

 ――そして、とある貴族一家の落石事故死。
 オクスフォード城下からその町へ向かおうとした貴族一家を乗せた馬車が、山道で起きた落石に巻き込まれてしまった。乗っていた一家は全員死亡、助けを求めて来た御者も、そのまま力尽きて命を落としてしまった。
 調査の結果、特に不審な点はなく、事故として処理されたとの報告が入る。

 それぞれは既に解決を終えた三つの事件。
 三件の事件とも、命を落とした人物達に表立ったつながりはない。決して交わる事のない非連続の死。
 だが、報告を受け取ったオクスフォードの領主・劉飛龍(リウ・フェイロン)にとって、明らかに腑に落ちない点があった。
 ここ最近オクスフォードにある不穏な動き。それらに関わる人物として先の貴族の名が、命を落とした騎士には、ウッドストックの町へ出入りしていたらしいとの疑惑があった。
 そして、野盗に襲われた修道士は、情報を提供してくれたレオニードの知己なのだ。
 それは、かつて冒険者だったフェイの直感に過ぎない。それ故に騎士団を直接動かす事は出来ない。
 だから――――。


 ゆっくりと扉を開く。
 そこにあるのは今となっては懐かしい喧騒。久し振りに訪れた雰囲気に、フェイは僅かに口元を綻ばせた。
「――お前」
 自分を見つけた受付の男が、少し驚いた顔をする。
 育ての親とも言うべき男のそんな表情に思わず苦笑を零す。そのまま、目立たぬように被っていたフード付きコートを脱いで、フェイは静かに口を開いた。
「久し振り、と言いたいところだがあまり時間がないんだ。依頼のほう、頼めるか?」
「あ、ああ。構わないぜ。なにか厄介ごとか?」
「ウッドストックの森付近にある町なんだが、そこの教会を調べて欲しい。以前、冒険者達に頼んだ時に時間があまりなくて中途半端になっていたからな、今度はじっくりとした調査を頼む」
「依頼するのは構わないが‥‥フェイ、お前その格好はもしかして」
 受付の男が指差したのは、コートを脱いだフェイの格好だ。とても領主様が着る服装ではなく、むしろ一介の冒険者にしか見えない。
 案の定、彼はニヤッと笑みを浮かべた。
「今回はオレも参加する。心配するな、顔はなんとか誤魔化して行くさ」
 平気だと告げるフェイ。
 領主の同伴。
 という事で男は、依頼を出す時の注意事項に一つ加えなければならないな、と内心で溜息を洩らした――仮にも領主であるフェイの護衛も兼ねて、と。

●試練という名
 ――にゃぁあ。
 しわがれた鳴き声が暗闇にひっそりと響く。
「首尾は如何でしたか?」
 傅く若者の問いに、男は小さな黒い塊を抱きかかえながら静かに呟く。
「所詮造反者だったな。事もあろうに、俺を殺そうとしやがった」
「では、始末を?」
「いや。途中で冒険者の連中に邪魔されたからな。おそらく助かっているだろう。今回の『試練』は、ヤツの方に天秤が傾いたようだ」
 嘯くように悔しがる科白を口にする。
 そのくせ表情はどこか楽しげだ。どこか狂信めいた笑み。見る者が見れば、おそらく背筋を寒くしただろう。
 だが、この場に控える若者にとって、それはいつもの日常。
 全ては神への教えを全うする為の崇高な行為。
 囁かれる言葉を神意とし、彼らは命を篩いにかける。
「まあいい、今はじっくりと時を稼ぐさ。邪魔者はいなくなったからな」
「――既に事件として終わっています故」
 頭を垂れる若者と、笑みを浮かべる男。
 その腕の中で、じっと丸まった獣が一匹。僅かに開いた口元が笑みの形を象った事を、彼らは気付かない――――。

●今回の参加者

 ea0424 カシム・ヴォルフィード(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●夜会にて
 ふう、と小さな溜息をついて壁際へ凭れるカシム・ヴォルフィード(ea0424)の後ろ姿を見て、フィーネ・オレアリス(eb3529)はつい苦笑を洩らした。
「お疲れですか?」
「え? あ、まあ‥‥そりゃあ疲れますよ。よりにもよってこんな格好で」
 言いかけて、カシムは慌てて口を閉ざす。
 近付いてくる人の気配に視線を向ければ、この夜会を主催した町長だった。フィーネが優雅に笑みを浮かべると、年甲斐もなく彼の頬が赤く染まる。
「如何ですか? 楽しんでいただけてますか?」
「ええ、町長。今回もこのような会を開いていただけて嬉しいです」
「いえいえこちらこそ。貴女方のような美しいお嬢さんをお招き出来る事、光栄に思いますよ」
「‥‥あはは」
 二人の会話を、カシムはどこか引き攣った笑みで聞き流す。あれほど嫌だと言った女装を、フィーネに押し通される形でした結果、町長にとって貴族の女性を『二人』招いたと思っているのだ。
 それでも情報を集める上で、その格好が助けになっているのも事実だ。
 何しろ町の男どもときたら、女性相手というだけでペラペラと喋ってくれる。
「それだけでもこんな格好になった甲斐がある、てことだね」
 小声の呟きを聞き取り、クロック・ランベリー(eb3776)はクスリと笑った。
 思わず聞き咎めて睨むと、冗談だ、といった表情で肩を竦める。そのまま頃合いとばかりにフィーネと町長との会話に割り入った。
「‥‥お嬢様」
 あくまでも護衛という立場を演じるクロックの声。
 会話を切り上げるタイミングを計っていたフィーネがそれに乗る。
「何でしょう? ああ、ちょっと待って。すいません町長」
「あ、いえいえ構いませんよ。それではこちらも失礼しよう」
「ではまた」
 軽い会釈とともに町長が去り、その場には三人が残る。すっと身を屈めたクロックに、フィーネが小さく囁く。
「どうだ?」
「野盗を斬った警吏の方は、今教会の方へ詰めているそうです。さすがに私はここから離れられないので」
「分かった。俺がそっちへ行こう」
「――そういえば、フェイくんは?」
「現場検証の方に立ち合うそうだ」
「そう‥‥無茶をしなければいいのだけれど‥‥」
 心配げに溜息を零すフィーネ。長い付き合いのある彼女からすれば、向こう見ずな弟を心配する姉の心境なのかもしれない。
 その心配を分かった、とでも言うように軽く肩を叩き、クロックは静かに社交場を抜け出して行った。
 残ったのは二人の――いや一人の男と女。
「さあ、もう少し町の噂を集めましょう。出来ればこれが反応する方がいいのですが」
 スッと持ち上げたフィーネの指には『石の中の蝶』。
 思わず青くなるカシムに冗談です、と彼女は軽く返し、また人の中に紛れていった。
「本当に‥‥注意してくださいよ。ただでさえ動きにくい服着てるんだから」
 愚痴ともつかぬ呟きを洩らし、急いで後を追うカシムだった。

●現場にて
「また試練なのですわね‥‥」
 辿り着いた現場は、閑散としてあまり人気のない場所。
 周囲を見渡しながら、アデリーナ・ホワイト(ea5635)が思わずポツリと洩らした一言。それは彼女に過去在った事件を思い出させる。
 それは同行していたフェイも同様で、思わず顔を顰めるのだった。
「報告では、この辺りだという話だが」
「ああ。その修道士の帰りが遅いから、と神父が迎えに来たらここで倒れていたそうだ」
 フェイの返答に、尋ねたメグレズ・ファウンテン(eb5451)が注意深く周囲を窺う。
 人のあまり通らないだろう道。
 仮に目撃者がいたとしても、野盗が気付けば即座にその者も命を奪われただろう。
「では、その神父様はどうやって野盗の仕業と判断したのでしょうか?」
「そうだな。その神父も、私と同じような魔法を使ったのだろうか?」
 アデリーナの疑問に対し、これからデッドコマンドを使用しようとしていたメグレズがフェイへと問うた。
 だが、彼は軽く首を振り、
「いや、そんな報告は聞いていないが‥‥」
 そう言って、もう一度思い返す。
 その間、二人はそれぞれ魔法にて現場の探査を始めた。
 足元に映る水鏡――魔法の痕跡を探ろうとしたアデリーナだが、やはりその欠片は見つからず。
 残留思念を読み取ろうとしたメグレスも、遺体そのものが現場にない以上、思考そのものが薄れてしまっている。唯一聞き取れたのは『何故‥‥』という言葉のみ。
「やはりわたくし達の能力では、これが限界ですね。水溜りもありませんし、これ以上は‥‥」
 言いかけたアデリーナの言葉を、フェイが不意に遮る。
「思い出した」
「フェイ様?」
「確か報告では、修道士の負った傷痕が昨今この近辺を騒がせてる野盗と同じものだった、というものだ」
「傷痕だと? ではその神父は、どこでその傷を見たのだ?」
「神父ではなく、警吏の人間でしょうか?」
 更に追求するメグレズ。
 応える形になったアデリーナだが、それでも自分で口にして不審に思う。
「やはり一度、その神父を尋ねる他なさそうだな」
「そうですね」
 メグレズが聞き取れた唯一の言葉――『何故』。
 修道士が死の瞬間何を思ったのか、全ては最初の発見者である神父に確認するしかない。
 そして、町へ戻ろうとした三人だが、不意にメグレズが立ち止まり後ろを振り向いた。
「メグレズ様、どうしました?」
「‥‥いや、気のせいか」
 彼女の視線を追ってアデリーナとフェイも後ろを向く。
 だが、そこには誰もいない。人の気配も感じられなかったが、それでも三人は緊張を解けなかった。その視線の遥か先に何かがあるのを、冒険者としての本能が警鐘を鳴らしていたからだ。
 やがて。
 暫しの時が流れ――確かにあった見えない何かは消えた、ように感じた。ホッと肩の力を抜き、互いに顔を見合わせる。
「‥‥なんだったのでしょうか?」
「さあ、な。だが、警戒を怠らぬ事だ」
「ああ」
 そして三人は、町までの道を戻っていった。

●教会にて
 既に日も暮れ、周囲には人の気配はない。
「‥‥どうだ?」
 かけられた声に、グラン・ルフェ(eb6596)は驚くこともなく静かに首を振った。
「まだこっちに動きはありません。そちらはどうでした?」
「出入りした人物の後を何人か付けてみたが、どうやら‥‥空振りのようだ」
 言葉を返され、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)は消沈した面持ちで呟く。
 教会へとやってきた二人は、身を隠した張り込みと同時に、教会から出てくる人物を尾行を繰り返していた。もっともその殆どが町の人間、そして残りは町にやってきた貴族の使いとして、別邸の手入れの為教会へ預けている鍵を取りに来た使用人達だった。
 念のため、その使いの者達の様子を観察していたが、特に怪しい様子は見受けられなかった。
「先程、警吏の方が一人、教会へと入って行きました。多分見回りではないかと」
「そうか‥‥」
 グランの言葉にアザートが静かに頷く。
 その時、彼の脳裏にふと疑問が沸いた。
「その警吏は‥‥何時から教会へ?」
「え? ええと、そうですね‥‥大体一時間、ほど」
 答えながらも、グラン自身何かおかしい事に気付く。こんな真夜中、いくら見回りとして訪れたとしても、こんなに長時間教会にいるだろうか。
 ハッと顔を見合わせる二人。
 お互いに思っている事は同じだ。ならば――。
「あまり気が進みませんが」
「仕方あるまい」
 グランの脳裏にアデリーナ達から聞いたデビルがいるかもしれないとの言葉が蘇る。それはアザートも同じで、彼が思い描くのは神父が飼っているという黒猫の姿。

 ――神父様の黒猫、随分前にいなくなっちゃったのよね。
 ――そうそう。それで酷く悲しんでいたんだけど、半年ほど前かしら? いつの間にか戻って来ていたのよ。
 ――それから神父様ったら、どこへ行くにもその猫ちゃんと一緒に。

 仲間達が聞き込んできた町の噂が頭を過ぎる。
 ひょっとしたら黒猫自体が入れ替わったのかもしれない。そう考えてみるが、今は先ず目先の事件を優先するべきだ。
 そう割りきり、二人は教会への侵入を試みた。
 特に罠といったものもなく、グランの手で鍵を開けて建物の中へ入る。入り組んでいるワケでもなく、彼らは息を潜めつつ移動していった。
 そして――。
「‥‥では、一旦身を隠せと?」
「ああ、そうだ。野盗事件とはいえ、所詮架空のものだ。いつばれるとお限らんからな」
「そうですね。私の剣が斬り殺したのは、そもそも野盗ではありませんから」
 聞こえてきた会話に驚きつつも、二人はじっと息を殺す。
 気配すら闇に同化させるかのように身を潜め、一言一句洩らさすように耳をすませる。
「森の中なら連中にも見つからんだろ。もうじき手筈が整う。それまでの間だ」
「了解しました。では、すぐに仕度を済ませます」
「ああ、頼む」
 そこで会話は途切れ、バタンと誰かが出て行く音がした。
 すぐに動くわけにはいかず、もう暫くじっとしていようと思った矢先――部屋に留まる男の声が届く。
「――くっくっく。せいぜい頑張って『試練』を乗り越える事だ」
 微かな笑い声。
 それが止むと、やがて男の気配も遠ざかっていくのを感じる。その後、頃合いを見計らいながら、グランとアザートはひとまず教会から脱出した。

●借り受けた別邸にて
「――そうか」
 報告を受けたフェイは、そう呟いたきり押し黙った。
「アザート達から聞いて急いで詰め所の方へ行ってみたけどな、とっくにもぬけの空だったな」
「ああ。色々探してみたが、既に町から姿を消していた」
「俺がもう少し早く気付いてたら‥‥」
 クロックの報告をアザートが付け加える。
 それを聞きながら、グランが自分の迂闊さに悔しそうに拳を握る。もう少し早く教会へ侵入していれば、少しは違った展開があったかもしれない、そう考えて。
「仕方ありませんわ。わたくし達も結局のところ、後手後手に回ってしまいましたから」
 沈痛な面持ちのアデリーナ。
 見え隠れするデビルの存在は脅威なれど、それを突破する材料が未だ不足している。
「結局、連中は町全体を人質に取っているようなものですからね」
「くそっ!」
 フィーネが呟き、メグレズが拳で掌に叩く。
 誰の顔にも悔しさが滲む。修道士事件の裏が垣間見えたとはいえ、真の犯人と思しき警吏の騎士は、既に行方を晦ましている。
「それでこれからどうします?」
 確認するかのようなカシムの問い。
 冒険者自身、これで終わらせるつもりはない。それは、依頼者であるフェイも同様で。
「当然このまま終わらせるつもりはない。が、一旦城の方へ戻らないとな」
 あまり長い間城を開けていたら、レオニードの心労は如何ばかりか。
 その事に思い至り、アデリーナは思わず苦笑した。
「では次こそは‥‥」
 そう呟く彼女の一言が、その場にいる全員の気持ちであった。