Thanatos?――迷い森

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:10 G 51 C

参加人数:7人

サポート参加人数:5人

冒険期間:06月14日〜06月21日

リプレイ公開日:2007年06月22日

●オープニング

●闇の道
 男の記憶は、常に暗い闇の中にいたことから始まる。
 幼い自分は恐怖に震え、いつ来るともしれぬ死を待つだけの日々。父も母も既に亡く、周りにいた自分と同じ子供達も次々と姿を消していった。
 次は。
 次こそは。
 きっと次はきっと自分の番だ、そう幼心に考え怯えていた。

 だが。
「――来い」
 差し伸べられた腕。
 信じられない思いで見上げたその先には、暖かな微笑み。与えられたのは、飢えを満たす食べ物と――触れる人の温もり。
 だから、決めた。
「天から与えられた試練を、お前は俺と出会った事で乗り越えた。ならばそれも天の意思、お前の力だ」
 彼の役に立ち、彼の為に生きていこう。
 この身が『試練』に打ち滅ぼされるまで。

「――せいぜい頑張って『試練』を乗り越える事だ」
 扉の向こうから聞こえる笑い声。男は聞こえぬ振りをしたまま、ゆっくりその場を後にした。

 ――――狂わされた歯車は軋みながら回り続け、いつだって最悪の結末を用意する‥‥。

●真っ直ぐな道
 戻った劉飛龍(リウ・フェイロン)を待ち構えていたのは、物凄い形相をした騎士団長のレオニードだった。
「フェイ様! いったい今までどこに」
「小言は後だ。すぐにまた出掛けるぞ」
 怒鳴りかけた彼をすぐさま制し、フェイは端的に用件を告げる。その反応に思わず開いた口を塞げず、あっけに取られてしまうレオニード。
「向こうの尻尾を掴みそうなんだ。モタモタしてる暇はねえ。俺が直接行って、引っ捕まえてやる」
 表情は静かだが、口調から察するに彼の意気込みは相当のものだ。
 テキパキと準備する彼の姿を見て、さすがに何かを言いかけたレオニードだったが、結局その気迫に押されて何も言えずにいた。
(「‥‥本当にこういうところもアルフレッド様に似てきたな」)
 行動はいつだって強引で、他人に否と言わせない性格。それが別段イヤではないところは、まさに領主の器に相応しかった。
 当初、突然の環境の変化にかなり戸惑っていたフェイも、今では領主として立派になりつつある。勿論、まだまだ危なっかしいところはあるのだが。
「‥‥分かりました。フェイ様がどちらに行かれるか存じませんが、くれぐれもご注意下さい」
「なんだよそれ。レオニード、随分物分りがよくなったんだな」
「止めたところで、一度決めた事を決して曲げないでしょう。あなたは」
 溜息とともに苦笑するレオニードに、ニッと不敵な笑みを浮かべるフェイ。
 が、ただし、と彼は一つ付け足した。
「護衛を一人、付けさせていただきます。これがこちらとしても最大の譲歩です」
「護衛? そんなのいら」
「いいえ、これだけは聞いていただきます、フェイ様。そろそろご自分の立場というものを」
「わかった! 分かったからそれ以上言うな」
 延々と続きそうだったレオニードの説教を、うんざりといった表情でなんとか押し留めた。
 とはいえ、彼の言い分もわからないフェイではない。それでも、表面上は渋々といった感じで納得する。
「それじゃあ、こっちの方は頼んだぞ」
「承知しました。貴方様の留守の間、このレオニードが責任を持ってこの地をお守り致します」
 深々と頭を下げる騎士団長の姿を見納めに、フェイは急ぎその場を後にした。

●今回の参加者

 ea0424 カシム・ヴォルフィード(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ クァイ・エーフォメンス(eb7692)/ ルナ・ルフェ(eb7934)/ 雀尾 嵐淡(ec0843

●リプレイ本文

●逃走
 鬱蒼と生い茂る木々は、どこまでいっても途切れることなく。
 まるで永遠に続くかのような錯覚を冒険者達に印象付ける。昼間だというのにあまり日差しは射し込まず、薄暗い獣道はまるで獲物を待つ罠のようだ。
「以前の時より、さらに深く立ち入るのか‥‥」
 ぽつりと零したアザート・イヲ・マズナ(eb2628)の呟きに、依頼主である劉飛龍――フェイは思わず顔を顰めた。
 既に半年以上前の、自身が大怪我を負った襲撃事件。それがここまで長く続くとは、誰も予想だしていなかった。
「前回は逃がしましたが、今回はそうはいきませんよ!」
 取り逃がしてしまった後悔から、必要以上に張り切るグラン・ルフェ(eb6596)。目を皿にように凝らしながら、注意深く痕跡を探っていく。
 いくら森へ逃亡したとはいえ森の中での行動は不慣れな筈だ、とのフィーネ・オレアリス(eb3529)の言葉通り、獣道を通る際に折っただろう枝や足跡がすぐに見つかった。
「今度こそ無事に捕縛したいですね」
「ええ、本当に試練というものは‥‥フェイ様も大変です」
 苦笑とも呆れともつかぬ溜息を、先導するアデリーナ・ホワイト(ea5635)が小さく零す。少しでもフェイの負担を軽く、と願う彼女にとって、今回の依頼は是が非でも成功させたいものだった。
 それは他の仲間も同じで。
 彼らが懸念するのは、追い詰められた騎士が自害、或いは別の手により殺害される事を何より警戒していた。
「捕縛‥‥というよりも、保護といったほうが正確かもしれませんね」
 手にダウンジングペンデュラムを握り締めながら、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が一人ごちる。
 彼女が知人から借り受けたそのペンデュラムが指し示したのは、ウッドストックの森の最東端とも言える部分。その情報を頼りに探索した結果、彼らは焚き火の痕跡を見つけたのだ。
 目標が近いこともあって、冒険者達の動きはより慎重なものとなる。
「あの焚き火、まだ一両日経過してないという話だから、そう遠くはない筈ですよ」
 ペットのフェアリーが調べた情報をフィーネは口にする。
「ええ。おかげで向こうが歩いた跡もすぐ判ります。ただ‥‥」
 そう言って、見つけた痕跡を指し示すグラン。
 だが、幾分彼の顔色に影が浮かぶ。それを受けるように、同じく森の探索をしていたアデリーナも、心配そうに目を細めた。
「別の痕跡もありますね」
「おそらく森に棲む獣ですね。それも大型の」
 メグレズによって付け加えられた説明に、その場の空気が一気に張り詰める。
 護衛の騎士がいっそう張り付いて来たのを見て、フェイは一瞬眉根を寄せたが、すぐに気を取り直してカシム・ヴォルフィード(ea0424)の方を見た。
「‥‥近くにいるのか?」
「いえ、今のところブレスセンサーで探索出来る範囲に生き物はいませんよ。もっとも呼吸する生物は、ですが」
 暗にデビルやアンデッドの類を示唆する科白。そんな彼の指摘に、だがアデリーナやフィーネは小さく首を振った。
 以前より感じていた一連の事件に対するデビルの気配。念のために、と二人が準備した『琥珀の中の蝶』は、未だ微動だにしていない。
「どちらにしても急ぎましょう。もうこれ以上、誰かが命を落とす場面は、絶対に見たくありません」
 強く言い放ったカシムの言葉。
 それは、この場に集まった冒険者全員の気持ちだ。
「よし、ならば先を――」
 急ぐぞ、とクロック・ランベリー(eb3776)が続けようとした瞬間。

 グォォォォッッッ――!

 森を揺るがす程の雄叫びが、冒険者達の元へ届いた。誰もがハッと顔を上げ、一斉に声が聞こえた方へ振り向く。
「今のは?」
「熊、みたいでしたが‥‥まさかキングベア?」
 はっきりとした確証はないものの、自分の知識を総動員して予測した獣の名をグランが呟く。その答えを聞くが早いが、フェイが一足先に駆け出した。
「あ、フェイ様! お待ち下さい!」
 護衛の騎士が慌てて後を追いかける姿を、一瞬ぽかんと見送りかけたアデリーナ。
 が、すぐに気を取り直して同様にフェイの後を追いかける。
「フェイ様、一人で動いては危険ですわ」
「‥‥やれやれ本当にあの子は。さ、私達も行きますよ!」
 苦笑するフィーネに促され、他の冒険者達もフェイの後を追って森の奥へと向かった。

●闘争
 冒険者達がその場所に到着した時、今まさにモンスターが人間を襲おうとする瞬間に出くわした。
 既に何度か攻撃を受けたのか、肩から首にかけてを大量の血で染めている騎士の姿。目前に迫るモンスター――キングベアの豪腕から繰り出される一撃を、諦めたかのように力なく地面に座り込んでいた。
「止めなさい!」
 割って入るカシムの声。
 それに釣られるようにメグレズが飛び出した。
「騎士の方を頼む!」
「了解しました」
 アデリーナの返事を聞き終えるよりも早く、彼女が向かったのは巨漢の大熊。王者の風格すら漂う獣を前にしながらも、引けを取る事もなく突撃した。
「援護します!」
 グランが素早く弓を引く。矢はメグレズを追い抜き、キングベアの肩口に刺さった。
 大して効果にはならない事を百も承知で、まずは注意を惹きつけること。その意図を察したカシムもまた、援護する形で風の刃を放った。
 さすがに二撃を喰らえば、モンスターもこちらを無視する訳にはいかない。
「破刃、天昇!」
 唸りを上げて振り向いたところを、メグレズは己の武器から発する衝撃波を炸裂させた。その威力は、文字通りキングベアの身体を一歩どころか数歩も後退させる。
 その効果に彼女は満足げに笑みを浮かべた。
「貴殿の相手はこっちだ」
「こちらも、忘れてもらっては‥‥困る」
 シルバーダガーを手に、ようやく追いついたアザートが言葉を繋ぐ。
 冷静であろうと務める彼の眼差しは、敵対する者らには恐怖すら覚えさせるもの。案の定、本能からの感情に忠実な獣は、恐怖を与える者を排除しようと突進してきた。
 うまく騎士から離れたのを見計らい、彼らは更に遠ざけようと一歩ずつ下がる。
「このままいけば、十分距離を取ったところでサクッと殺っちゃいましょう」
 笑顔で物騒な事を口走るグラン。
 思わずカシムが顔を顰めたのに気付き、「何か?」とここでも笑みのままで問う。
「いえ‥‥なんでもありません。そろそろ片をつけましょうか」
 既に騎士からは随分と離れている。
 他の面子が無事彼を保護したのを確認すると、彼女は素早く身構えた。この距離なら誰も巻き込まないだろう。
 そう考えたのは、メグレスだけでなく。
「そうだな。では早速お見舞いしてやろう――激刀・落岩!」
 続く三人の攻撃が一斉にキングベアに襲い掛かる。
 ‥‥激震が大気を揺らした。

「お、お前達は‥‥ッ!?」
 冒険者達の姿――とりわけフェイの姿を見つけた途端、騎士は重傷の身体であるにも関わらず、その場から逃げようと立ち上がった。
「よせっ、動くな」
「グゥッ!」
 が、止める間もなく彼は走ろうとする。
 今は言葉で止めるのは難しい、と察したフィーネ。ならば当初の手筈通りに。
「少し、大人しくしていて下さいね」
 宣告すると同時に、彼の身体に呪縛を仕掛ける。体力が弱っていたこともあり、それはあっさりとかかった。
 なおも追い詰めるかのように、クロックが手に持つ霊杖を喉元へ突きつけた。
「まだやるつもりか?」
「‥‥どうかもうこれ以上は」
 男が動こうとする度、流れる血が大地を染める。そのことを憂いたアデリーナの心配する眼差しに、彼もようやく観念したみたいだ。
 強張った緊張が解けたのを確認してから、フィーネは治癒の光を患部へと当てる。徐々に傷が癒えていく様子に、男は諦観するかのような呟きを洩らした。
「結局、僕の天運もここまでだったという事ですか。‥‥『試練』には打ち勝てませんでしたね」
「『試練』‥‥またそれですか。いったいどういう意図があるというのですか?」
 些か聞き飽きたその言葉。
 以前より思っていた疑問を、アデリーナは直接ぶつけてみる。
 が、まるではぐらかすかのように男は眼差しをフェイへと向ける。気づく、と同時に少年は相手を強く睨み返した。交錯する視線の中、護衛の騎士がフェイを背中で庇うように割って入る。
 一瞬の緊迫の後、男はもう一度溜息をついた。
「やはり‥‥オクスフォード家の血は、特別という事ですか‥‥」
「――それはどういう」
「モンスター退治、終わったよ〜」
 フェイが問い質そうとした矢先、グランが意気揚々と合流してきた。続いてカシムやアザート、メグレスといった順番で戻ってくる。
 思わず出鼻を挫かれたフェイは、しかめっ面のままグランをつい睨む。
「え? え? ど、どうしたんですか?」
 いきなり睨まれ、慌てふためくグラン。
 その様子にアデリーナとフィーネの二人は、互いに顔を見合わせて思わず苦笑する。なおも困惑する彼に、クロックがポンポンと軽く頭を撫でてきた。
「ま、なんでもないさ。ひとまず一旦、ここから引き上げようぜ」
「ええ。安全な場所まで彼を護送しましょう。尋問はそれからです」
 既に抵抗する気力がないからか、メグレズの言葉にも一切反応しなかった。
 その様子をどこか淋しげに見守るカシムだったが、すぐに気を取り直して周辺の警戒を改める。捕縛したとはいえ、何時また誰かがやってこないとも限らないからだ。
「帰り着くまで気を抜けませんからね」
 呟いたアデリーナに誰もが同意する。
 そうして冒険者達は、再び森の中を慎重に進んで行き――無事に城まで辿り着くことが出来た。
 護送中、何も起きなかった事に安堵しつつ、それすらも相手の策略の一つに感じられるのは気のせいだろうか。
 そう、誰かが呟いた一言が、彼らの胸に深く刻み込まれた。