Thanatos4――今、そこにある悲劇

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 76 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月30日〜10月08日

リプレイ公開日:2007年10月14日

●オープニング

●依頼
 深夜遅く。
 既に人気のないギルドを訪れたのは、かつて冒険者だったオクスフォード領主の劉飛龍(リウ・フェイロン)だった。
 それは、まるで人目を忍ぶかのようか行動。
「‥‥どうした?」
 受付に座る育ての親とも言うべき馴染みの男が彼に気付き、声をかける。
 だが、その思い詰めた表情に二の句が継げずにいた。そんな彼の顔には見覚えがある。以前、まだ冒険者だった時――復讐を裡に秘めていたあの頃、彼はいつもこんな眼差しをしていた。
 それきり、ギルド内に沈黙が落ちる。
 長い付き合いの元、こうなれば彼の方から話すのを待つしかない。微かな溜息を洩らしつつ、男が椅子へ座り直すのと同時に、彼――フェイの方がその静寂を破った。
「冒険者の、手配を頼む‥‥なるべく早急に、それで‥‥秘密裡に」
 どこか剣呑な響きだ。
 怪訝に思いながらも、彼自身解り切っているだろう説明を口にした。
「内容は? ギルドとしても、対外的にあまり不穏な依頼は――」
「近いうちに、オクスフォード北部で『騒ぎ』が起きるんだ。冒険者の皆には、その首謀者の‥‥始末を頼む」
 最後の言葉を放つ時、声が震えているのに気付く。
 が、特に留意することなく、男は分かった、とだけ返事した。
「一度、オクスフォードまで出向けばいいか?」
「ああ。そこで詳しい事を説明するから」
 そう言ってフェイは軽く頭を下げた後、こちらに視線を合わせることなくギルドを出て行った。
 彼が何を考えてこの依頼を出したのか、その心情を慮って男はやれやれと嘆息する。

●【黒】き神の試練
 ――遡ること、数日前。
 オクスフォードの騎士団は、再び北へ向けて出発した。
「では、フェイ様。後のことは――」
「分かってる」
 神妙な顔で返事する領主に対し、レオニードもまた心苦しい表情を浮かべた。

 一ヶ月前。
 北でのモンスター騒動を一掃してきた彼を待っていたのは、捕らえた青年から語られた事実。
「僕達はただ、黒き神の試練を全うしていただけだ。あの人の教えのままに」
 青年があの人、と語るのは、ウッドストックの町の教会で司祭をしていた人物だろう。孤児だった青年は飢え死に寸前だったところをその司祭に救われ、以来彼の元でその神の教えに従事してきたのだという。
 司祭に救われた者は他にも何人かいて、彼らはただ司祭の言葉を盲信した。
 『試練』の意味を、彼らは幼心に刷り込まされてきたのだ。
「あの人の言葉は絶対で、僕達はその『試練』を乗り越えた賢人だ、と」
「だから何の罪もない人達を殺してきたっていうのか!?」
 怒鳴るフェイの声に、青年はただ僅かに俯くのみ。
 今にも殴りかかりそうなフェイを諌めるように腕を前に出し、レオニードが静かに問うた。
「‥‥それで、お前達の組織はどれだけの規模だ?」
「僕達は別段組織で動いてる訳ではない。あの人と同じような人が何人も居て、その下に僕らのような救われた人間が付いているだけ。僕が知ってるのは‥‥この前、あなたが敵を討った相手ぐらいだ」
 言われ、思わずカッと頭に血が上るフェイ。
 が、レオニードの腕になんとかその場は堪えた。
「ではお前の主は、今何を企んでいる? わざわざ口封じをし続ける理由はなんだ?」
 静かに恫喝する声に、青年はようやく顔を上げて視線を合わせる。口元に浮かぶのは、どこか諦観したような笑み。
 そして――彼の口から語られたのは、衝撃となって二人を驚愕させた。
「北からの暴動‥‥その拡大と、続く反乱‥‥その中で、オクスフォード家の血を引くあなたが、どこまで生き残れるかの試練を与える事‥‥それが、あの人の望む『試練』の最終形態だ」
 あまりのことに、二人とも言葉を失う。
 更に付け加えた言葉に、フェイは激昂した。
「勿論、その中で民がどれだけ生き残る事が出来るのか‥‥それも試練に過ぎないけど」
「ふざけんなっ!!」
 ダン、と強く拳を壁に叩きつける。
 自分のせいで民にいらぬ争いを撒き散らすというのか。
(「そんなこと、絶対に許さねえ」)
 ギリッと握り締めた拳から、僅かに血が滲んで流れ落ちる。掌に立てた爪が傷を付けたのだろう。
 だが、そんな事にも構わず、フェイは強く青年を見据えた。
「そいつは‥‥今、何処に居る? そんな企み、俺がぶっ潰してやる!」

 ――北西の砦へ向かう騎士団の背を、フェイは静かに見送った。
 暴動の気配は確かにあれど、騎士団が睨みを利かせていれば少しは抑制になるだろう。もっともそれもどこまで保つかは怪しいところだ。
 それまでに、なんとしてでも首謀者である神父を止める以外方法はない。
 青年の話では、モンスターに滅ぼされた村の何れかにいるだろうとの事だ。もっとも、その滅ぼされた村ですら彼の策略らしく、アンデッドが跋扈していて誰も近付けなくしているらしい。
 今度ばかりは、捕縛なんて悠長な事を言っていられないだろう。
 それでも。
「――食い止めてみせるさ、絶対に」
 誰にともなく、フェイは呟いた。

●今回の参加者

 ea0424 カシム・ヴォルフィード(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 ――静まり返ったその場所に、男の声が響く。
「タナトス? 何処へ行った?」
「‥‥神父様、どうかなさいました?」
 困惑顔の男に女が声をかける。
「いや、なんでもない。この前からタナトスの姿が見えなくてな」
「別にーいいじゃん、どーでも。そのうちすぐ帰ってくるよ」
 少年の言葉に、男は苦笑する。
 確かに今までも、飼い猫である彼はちょくちょく姿を消し、何時の間にか戻って来ていた。おそらく今回もそんな類のものなのだろう。
「そうだな。今は居なくて正解だ。何しろここは‥‥」
 もうすぐ戦場になるのだから。
 告げた言葉と同時に、男の口元には昏い笑みが浮かぶ――――。

●死が満ちる神の御許
 夜闇に紛れて飛行する一筋の影。
 眼下に見据える村は、静寂に包まれたまま一欠片すらの灯りも見えない。
「‥‥ここですね」
 リアナ・レジーネス(eb1421)が、嘆息とともに呟く。
 仲間である乱雪華(eb5818)によるダウジングによって示された村。
『――当たっているかどうかは、分かりませんけど』
 謙遜する彼女の言葉を思い出す。
 上空から見ているだけでも、その村に人の気配は微塵も感じない。既に住人が誰もいないのだと、彼女は改めて感じた。
 手元にある古びたしゃれこうべが、さっきからカタカタと煩いほどに歯を鳴らし続けている。どうやらこの村で間違いないようだ、との確信をリアナは強めた。
「彼らの教えに『己の欲せざること、人に施すなかれ』という文言はなかんですかね?」
 もう一度彼女は呟いて、大きく迂回しようとしたその時。
「!?」
 月の光に似た煌きが、夜の闇を裂いて自分に迫ってきた。咄嗟に避けようとしたが間に合わず、肩口に激しい痛みが走る。
 まさかという思いと共に、地面を見下ろすリアナ。
 だが、彼女の目は相手を捉える事は叶わず、上空にいる限り対処する事もままならない。この距離を当てれることは、相手の魔法は高位ということだ。
 そこまで考えて――次の瞬間、リアナは素早く退却する事を決めた。


 ――ふう、とアデリーナ・ホワイト(ea5635)は僅かな溜息を洩らす。
「どうした?」
「いえ、お二人とも大丈夫でしょうかと思いまして」
 怪訝な顔で尋ねる劉飛龍(ez1124)――フェイに対し、彼女はただ苦笑を浮かべてそれを返した。
 偵察から戻ったリアナの怪我に、驚いたアデリーナは急ぎ手当てを施した。そのまま陽動へと向かおうとした彼女を引き止めたかったが、平気だと笑う相手に自分は何も言えず見送ってしまった。
 そして、もう一人。
 別行動を提案した雪華も、他の仲間が止めるのを振り切って行ってしまった。
『‥‥これ以上、逃亡させるわけにはいきませんよね』
 これまでのオクスフォードの現状を聞いた彼女は、改めてその流れを食い止めるべく行動する事になんの躊躇いもなかった。
 それは、確かに頼もしく映るのだが。
「これ以上、誰かが命を失うなどはあってはいけないよね」
 その為には自分達が頑張らないと。
 二人の会話を聞いていたカシム・ヴォルフィード(ea0424)の言葉は、誰かに告げるというよりも自らに言い聞かせているようだ。
 今回の一連の事件を最初から追っている彼にすれば、それは敵対する神父ですらその対象に考えているようだ。
 その思いはアデリーナも同じで、どれ程の罪人であろうとなんとか捕縛したい考えだった。
 チラリとフェイを見る。
 いつになく厳しい表情。一の領土を預かる者として、その決断はどれ程の苦渋だろう。
 だが、彼は選んだ。
 ならば、自分達はその思いに応えるべく動くべきだ。
(「――‥‥どうか、フェイ様とオクスフォードに安穏が訪れる事を」)
「間もなく昼だ。‥‥そろそろ、行くぞ」
 中天に上る太陽を見上げるアザート・イヲ・マズナ(eb2628)。
 月魔法の使い手が確認された以上、逃亡の可能性を一つでも封じるためにも、攻め入る好機は今しかない。
 彼の声を合図に、冒険者達は一斉に行動を開始した。


 一人、誰もいない――正確には『生者』のいない廃村を突き進むジャイアントの女剣士。
「破刃、天昇!」
 威勢のよい掛け声とともに、メグレズ・ファウンテン(eb5451)の持つ剣から衝撃波が放たれる。
 その威力は、立ち塞がろうとするズゥンビ達を容易く薙ぎ払った。彼女が手にするアンデッドスレイヤーが、今向かい立つズゥンビに対して絶大な効果を放つ。
「ここは任せて、早く神父のもとへ!」
 囮となるつもりのメグレスだったが、アザート達は僅かに躊躇する。
 現実問題として敵の数が多いのだ。
 元々ズゥンビの数を確認するのはリアナの役だったが、上空の偵察は敢え無く途中で引き返す形となってしまった。その為、正確な数や位置が把握出来ず、やむを得ず敵の目を引く形で先へ進む手段となったわけだが‥‥。
「――左手から来ます!」
 聞こえた声は、上空に居る筈のリアナの声。
 一瞬驚いたものの、メグレズはすぐさま剣を構えて迎え撃つ姿勢を取る。その隙を縫う形で迫る一群には、迸る稲妻が空から放たれた。
「少しでもここは抑えますから、皆さんは早く行って下さい!」
 空を覆うほどの巨大なロック鳥の背の上で、援護しようとしたアデリーナを振り返るリアナ。その声には、先の偵察の失態を補おうとする気概が窺えた。
 ――冒険者らの決断は早かった。
「‥‥行くぞ」
 フェイの傍を離れず、彼を促すアザート。
「連中は、多分こっちだよ!」
 カシムが指差したのは、村の奥――廃屋と化した教会。探索した呼吸は、確かにその場所に留まっているのを感じる。
 そして、その背を押すアデリーナ。
「フェイ様、行きましょう」
 供に連れたグリフィンを護衛にした彼女の言葉を受け、フェイを中心にして四人はその教会を目指した。
 見送る背中を背後に、メグレズは苦笑めいた表情を浮かべる。
「さて、さっさと片付けるとしようか」
「同感です」
 ロック鳥の嘶きが、リアナの放つ稲妻の轟きを彩った。

●それは――喜劇にも似て
 背後を取った。
 そう思った雪華だったが、彼女自身に相手の居場所を正確に知る手段はない。せいぜい仲間からの事前情報を頼りに勘で動くしかなかった。
 おかげで急襲するタイミングが掴めず、結果としてアザート達との戦闘が始まった騒動の最中へ飛び込む形となった。
「覚悟しなさい!」
 向かおうとしたのは、悪魔と思しき猫。
 だが、その目的の存在は見当たらず、一瞬の隙が勝敗を分ける。咄嗟に身をかわしたものの、放たれた光の矢は彼女の腕を容赦なく貫いた。
「雪華さん!」
 駆け寄ろうとしたカシムの前に立ち塞がろうとしたパラの少年。
 が、その行動は更にアザートの剣技の前で徒労に終わる。その隙に、アデリーナの放つ水球が月魔法の使い手に向かう。
 それを庇ったのは――件の神父だった。
「神父様! 大丈夫ですか?」
 慌てる女の悲鳴。
 だが、神父は別段気にした風もなく、ただその手にあるシンボルに祈る。ハッと気付いた時には、アザートはガクッと膝を床に付いていた。一瞬だが、黒い光が彼と神父の間を繋げたのだ。
「この程度、大したことはない」
 彼の言葉に、戦場が一旦硬直する。
 じっと凝視するフェイの視線に、相手はただ優しげな笑みを浮かべるだけだ。
「これはこれはフェイ様。このようなむさ苦しい処へ如何致しました?」
 ひどく丁寧な口調。
 だが、まるで心がざらつく印象すら与える声に、フェイはグッと強く拳を握り締めた。それを見て取ったアデリーナが、彼の代わりとばかりに言葉を紡ぐ。
「‥‥どうして貴方方はこのような事を繰り返すのですか? いったいどのような理由があって人を傷つけようとするのです?」
「『試練』だからだ、お嬢さん。全てこの世は神が与えた『試練』の場、なればこそ自分はその『試練』を提供しているんだよ」
 先程と打って変わった言葉遣いに、彼女は眉間に皺を寄せる。
 カシムも同様に表情を歪め、その視線を鋭いものにした。
「『試練』‥‥そんな言葉で、今まで沢山の人達がなくなったって言うのですか? そして、まだなお多くの人の命が奪われようとしているのですか?」
 強い語気で詰め入ろうとするのを、彼は懸命に堪えた。
 今、単独で動けば乱戦になり、相手を逃亡させやすくなる。彼らがあくまでも態度を変えないというのなら、今この場で絶対に捕縛しなくてはならないのだ。
「――それこそが、我らが教義に他ならない。『試練』を潜り抜けた者こそが、選ばれた存在なのだからな」
 思わず顔を顰めるフェイ。
 男の言葉は、あくまでも神に殉ずる者のそれだ。だが、盲信と言うにはあまりにも違和感を感じるのは、気のせいだろうか。
 男の傍に控える形で、クスリと女が笑う。
 ニヤッと笑みを浮かべた少年は、命令があればすぐにでも攻撃出来る姿勢だ。
 支配する沈黙の時間。
 それを破ったのは――突如響いた轟音。砕けた壁の向こうから姿を現したのは、巨大なロック鳥の雄姿。次いで、その背に乗ったリアナから放たれた稲妻が、相手の三人へと直撃する。
 そして。
「無関係の人間を踏み台にして、自分の都合で利用する行為は『試練』とは言わず『邪悪』と言うんだ!」
 崇める存在は違えど同じく神を奉じる者として、メグレズにとって神父の行為は許し難い所業だった。その怒りにも似た感情とともに、彼女は一気に間合いを詰めると、大きく剣を振り下ろした。
 あまりに突然の出来事に対応が遅れた彼の、胸を袈裟懸けに切り裂く。
「神父様!」
 女の悲痛な叫び。
 そのままトドメを刺そうと、一歩踏み出しかけ――誰もが信じられない光景をそこに見た。
 ロック鳥の体当たりは、廃墟となった教会の屋根ををいとも簡単に吹き飛ばした。それは、天井に掛けられた十字架も例外なく。
 衝撃で宙に投げ出された聖なるシンボルは、地へと落下して――男の胸を貫いた。
「――――!!」
 声なき悲鳴が女の口に上る。
 青ざめる少年が咄嗟に縋りつく。
 そして。
「――‥‥逃げ、‥‥い」
 神父の最期の呟きに、目の前にいたメグレズがハッとなる。
 アザートも気付き、二人は咄嗟に駆け寄ろうとしたが、それよりも男の魔法の発動の方が早かった。
「闇、よ‥‥」
 直後、冒険者達の視界を真なる闇が覆い尽くした――――。


 ‥‥闇が晴れた後、そこには事切れた神父だけが残されていた。
 地面に突き刺さった十字架に貫かれ、まるで天罰が下ったかのような。
「こんな、ことって‥‥」
 悔しげにカシムは唇を噛む。
 もうこれ以上、どんな犠牲も出したくはなかったのに、と。
「ひとまず、これで終わりなのでしょうか‥‥」
 アデリーナの呟きに、返る言葉はない。誰もが気付いているからだ。未だ何も解決されていないということを。男が――この凶行に走った理由すら不明瞭なのだから。
 一連の事件に対する結末は迎えた。
 首謀者の死をもって。
 だが。
「――まだ、だ。絶対に‥‥引きずり出してやる」
 悔しげに呟くフェイ。
 その声を聞きながら、冒険者達は静かに目を閉じた。