Thanatos?――死を、想え

■シリーズシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 20 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月15日〜08月24日

リプレイ公開日:2007年08月24日

●オープニング

●メメン・ト・モリ
「言え! あの男は何処へ行ったッ!!」
 恫喝にも似た激しい怒声。
 普通の人間ならば怯えてしまうそれも、浴びせられる男は平然と受け止めている。表情すら微動だにせず、ただ黙祷するかのように目を閉じたまま。
 そんな様子を、騎士団長であるレオニードは静かに眺めていた。
 騎士であり、町の警吏であった若者
 彼が捕縛されてから、すでに一月が経過している。その間、何度となく行われた尋問に、若者は決して口を割ろうとしなかった。
 ウッドストックの町にいた司祭は、時同じくして消息を絶ち、その行方は杳として知れない。目の前にいる若者だけがその行方を知る唯一の手掛り。
 そして、レオニードには懸念すべき事象がもう一つあった。
 それは――――。

「‥‥またか?」
「はい。北にある村が二つ、モンスターに襲われました。騎士団が駆けつけた時には既に遅く、村人は全滅していたとの事です」
 部下からの報告を受け、レオニードは小さな溜息を洩らす。
 このところ頻繁に発生するモンスター達の襲撃。何度か騎士団を派遣して討伐を行ってきたが、どうしても後手に回りがちだ。
 その煽りを受ける形で近隣の町や村で、幾つかの暴動が起きていた。どれも未だ小規模なものだが、住民の不安は高まる一方なのを彼は肌で感じていた。
「折角フェイ様が視察を行ったというのにな‥‥」
 当然、この報告を領主であるフェイへ伝えている。僅かに青ざめ、固く唇を噛み締めた様子は、見ているこっちまで痛々しさを感じるほどだった。
 いかに領主とはいえ、彼は未だ十代の少年だ。その両肩に乗る重圧を思えばこそ、これ以上の負担をかけたくはない。
「‥‥それと不穏な動きが北の地方に見られます。モンスターの動きに合わせて、このままではいつ暴動が起きてもおかしくありません」
 続く部下の言葉に、レオニードは一瞬だけ目を閉じると、ようやくその決意を固めた。
「私が騎士団を率いて出る。今からその準備を急がせよ!」
 彼の言葉に、部下の騎士は目を丸くした。
「お、お待ち下さい。レオニード様が出ては、このオクスフォード城の守りはどうなりますか?!」
「無論全軍出るわけではない。守りに必要な人数は残すつもりだ。それに――」
「たかが城、大切なのはそこに住む民、だろ?」
 突如聞こえた声に彼らは振り返る。
 そこには、領主であるフェイが壁に凭れるようにして立っていた。
「フェイ様」
「俺だっていつまでもフラフラしてるつもりはねえ。お前が留守の間は、きっちりここで城を‥‥いや、オクスフォードの民を守ってみせるさ。それに‥‥鎮圧を冒険者達に頼むのは、さすがにお門違いだろ?」
 ニッと笑みを見せる彼に、レオニードはそのとおりだと深く頷いた。
 鎮圧を冒険者に依頼することは簡単だ。
 だが、そうなればオクスフォードの民は領主であるフェイや騎士団の力に疑問を持つ事になる。それが、援護という形であろうとも、だ。
「‥‥城の守りぐらいは、やっぱ多少援護してもらっても構わないよな」
「ええ。貴方様にとってのお知り合いの方々に、なんとかお願い出来ますでしょうか?」
「ま、任せろ。それにそろそろあの男の身も、危険かもしれないからな」
 口調はどこか軽い感じを受けるが、その表情は一瞬にして厳しいものへ変わる。
 折角捕らえた手掛りを、このままうやむやにして消されたくはない。それは冒険者としてフェイ自身が培ってきた予感のようなものかもしれない。
「――それでは、これからギルドの方へ依頼を届けさせます。冒険者達が到着次第、騎士団の方も出発致しましょう」
「わかった。くれぐれも気をつけろよ」
「はっ!」
 フェイの眼前で、レオニードともう一人の騎士は恭しく頭を下げた。

●マリオネット
 ゆっくりと‥‥静かに男は歩く。
 眼下に見下ろす街並みは長閑で、これから起こる騒乱を微塵も感じさせない。
 はたして、どれだけの者が試練を潜り抜けることが出来るのか。それを考えただけで男の口元にはうっすらと笑みさえ浮かぶ。
「準備は出来たか?」
 男の問いに、何時の間にか背後に控えていた少年が答える。
「とっくの昔に。いつだって動けるよ」
 少年の出で立ちは、動きやすい身軽なもの。剥き出しの腕や足がしっかりと鍛えられていることから、その強さが窺い知れる。
「こっちもね。屈強な騎士といっても、所詮男よね」
 もう一人。傍らに立つ女性が、にこりと微笑む。文字通りシスターの装いに包まれた彼女だが、浮かべる微笑は何故か空恐ろしさを醸し出している。
「目的は‥‥分かっているだろうな?」
「ああ」
「ええ」
 頷く二人。
 疑念もなく盲信する彼らに、男はニヤリと嗤う。
「――逃走か、死か。全ては神の試練だ」
 嘯く男の腕の中。
 それまでただ黙ってじっとしていた黒猫が、しゃがれた鳴き声を一つ――上げた。

●今回の参加者

 ea0424 カシム・ヴォルフィード(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)

●リプレイ本文

●登城
「――忙しい中、わざわざ来てくれて悪ぃな」
 開口一番、領主であるフェイの挨拶によって冒険者達はオクスフォード城へと迎え入れられた。
「そんな水臭いですわ、フェイ様」
 彼の言葉を、要らぬ心配とばかりにアデリーナ・ホワイト(ea5635)はやんわりと微笑む。
「何かがまた動き出しておりますようで、微力ながらお手伝いさせていただきたく存じますのよ」
「そうですよ。少しでもフェイ君の力に力になれればいい、と思ってますから」
 続くフィーネ・オレアリス(eb3529)に、フェイはただ黙って頭を下げた。
 その小さな双肩に乗る重み。それが少しでも軽く出来れば、そう考えて今回の依頼を受けた者は多い。
 これまでに何度も依頼を共にしたアザート・イヲ・マズナ(eb2628)もその一人。
 城内へと足を踏み入れた後で、実は今回が初めて城へ立ち入った事に気付く。思わずキョロキョロと周囲を見渡すのを、フェイが怪訝そうに問うた。
「どうした?」
「いや‥‥城へ入るのは、今回が初めてだ‥‥と思っただけだ」
「そうだったか?」
「ああ」
「――確かにお城へは僕も初めてだね」
 何度かオクスフォードに来た事のあるカシム・ヴォルフィード(ea0424)も、今まで城までは来た事がないのを思い出す。
 が、すぐに頭を振って記憶を追い出す。
 何故ならオクスフォードへの訪問は、彼にとって女性と見間違えられる屈辱の回数だからだ。勿論間違われる事には慣れているから平気だが、一度は已む無く女装もした経験があるだけに、さすがに顔を顰めるほかない。
「しかし、今回は正直、人手が足りないですね」
 はあ、と溜息をつくアデリーナ。
 それを聞いたカルル・ゲラー(eb3530)が、はいっと手を上げた。
「ぼく、人手ぶそくそうなのでお手伝いにきてみましたっ!」
 初めての土地ということもあって、どこかそわそわして落ち着かない様子の彼は、だが笑顔いっぱいにフェイへと挨拶する。その元気よさに一瞬たじろいだものの、フェイも素直に軽く会釈した。
 その様子の微笑ましさに、見守るフィーネにも笑顔が浮かぶ。
「それでは行きましょうか」
「ええ、わたくし達はわたくし達に出来る事をするのみです」
 決意を新たにするアデリーナ。
 その言葉に他の冒険者達も表情を引き締める。
「それじゃあ、案内する。こっちだ」
 フェイの先導の元、彼らは城内へと向かった。

●警戒
 仄かに淡い緑光が、カシムの全身を包む。それは一瞬で消え、感知した呼吸の数だけが彼の中に残る。
「‥‥さすがに城内ではやりすぎですか」
 何度目かの魔法の後、彼はそう呟いて嘆息した。
 そもそもここは誰もいない廃墟や、深い森の奥ではない。多くの者が領主であるフェイ、そしてオクスフォード領の為に日夜働いている城だ。
 呼吸だけで不審かそうでないかの区別はつかない。
「だが‥‥現在の警備の状況を確認出来た‥‥」
 フォローのつもりでアザートが言葉をかける。
 実際、城の中に不慣れな自分達にとって、内部の構造を知るいい機会にもなっていた。
「ま、警戒するのは悪い事じゃない。‥‥自分の城、だがな」
 フェイの語尾に一抹の寂しさが滲む。
 それを聞いたカシムは、思わずハッとフェイを見た。その視線に気付いた彼は、気にするな、と苦笑を浮かべる。それが少しだけいたたまれない。
 そんな感情を拭い去ろうと、彼はすぐに話題を変えた。
「それより、今日の予定はどうなっていますか?」
「――いつものように貴族のヤツらと会議だ。各地の不安がかなり溜まってるみたいなんだ。それから、書類の整理やなんだかんだあって‥‥それが終わってから、あいつの尋問だ」
 最後の予定に、二人の眉根がピクリと動く。
 が、すぐにアザートは何事もなかったかのように平常心で覆い隠した。
「そうか‥‥大変だな」
 この城に来てからフェイの護衛をしている彼だが、その間の仕事ぶりには驚くばかりだった。牢の方で一緒にいれば警護の手間が省ける、と一瞬でも考えていた自分を恥じる。
「会議室はあちらですよね。どうやら皆さん、かなり待ちくたびれてるご様子ですよ」
 カシムの中で感知する呼吸の集団。
 言われたフェイは、一瞬ウンザリといった顔をするが、すぐに気を取り直した。そういう時の雰囲気は、少年であっても近寄りがたい威厳を感じる。
(「さすがは領主、といったところだね」)
 そんなことを考えながら、先頭を歩くフェイの後をアザートと共についていくカシムだった。


「――それでは、ここ最近で初めての方はいなかったのですね?」
 門番に念を押すフィーネ。
 くどいと思われようが、この件に関しては一歩も引くわけにはいかない。なにしろ領主であるフェイ、そして虜囚となった騎士の命がかかっているからだ。
 そんな彼女の熱心さに対して、門番に立つ騎士は嫌な顔一つせず何度も繰り返す。
「ああ。そんなヤツはいなかったぜ」
 答える態度を、フィーネはじっと見つめる。特に不審な様子は見当たらない。どうやら彼の言葉に嘘偽りはないようだ。
 が。
「なあ、別にそんなヤツ、いなかったよな?」
「――え? あ、ああ。い、いなかったぜ」
 騎士が声をかけたのは、もう一人の門番。屈強な体つきに似合わず、男が一瞬ビクついたのをフィーネは見逃さなかった。
「本当に? 本当に見なかったのですか?」
「‥‥あ、ああ。別に俺は、不審なヤツら、なんて‥‥」
「誰もそんなことは聞いていません。私が訪ねているのは、初顔の方がこの城に入っていないかということです」
 彼女の真っ直ぐな視線に耐えかね、男が顔を逸らす。
 その様子を見て、フィーネは確信した。
「どなたか‥‥通したのですね」
「お、おい。ホントかよ、お前!?」
 同僚にも責められ、男の表情が歪む。
 そこに浮かぶのは、確かに後悔の色。
「だってよぉ、仕方なかったんだ。なんでか彼女の目を見てたら、断りきれなくてよ‥‥」
 必死に弁解する男。
 彼の言葉に、フィーネの脳裡に一瞬過ぎったのは、相手を魅了する魔法。
 だが、今はそんなものを聞いてる暇はない。早くしなければ、と彼女はとっさに男の胸倉を掴んだ。
「彼女? 女性一人なのですか?」
「い、いや、たしか‥‥弟ってヤツが一緒だった。なんでも城務めの兄に会いに行くって」
 しどろもどろの言葉だったが、フィーネにとってはそれで十分。
 おろおろする男に構わず、彼女は素早く駆け出した。予想が正しいならば、その者達の行き先は一つだけ。
(「――お願い、間に合って!」)

●虜囚
 ひっそりと冷たい地下牢の中、その青年はじっと佇んでいた。
 彼の心の中では、果たしてどのような世界が広がっているのか。心を読む術を持たないアデリーナにとって、それは推測するしかない。
 これまでに知った、試練という名の戒律に縛られた世界。試練に打ち勝った者だけが生き残れる世界。
「戒律とは、縛り縛られる為のみのものではない、と‥‥わたくしはそう思います」
「ん? アデリーナさん、何か言った?」
「いえ、なんでもありませんわ」
 思わず声に出ていたのか、と誤魔化すアデリーナに、カルルは然程気にすることなく再びじっと息を潜める。一見、活発そうな印象を受ける彼だったが、そこは冒険者の端くれ、潜む時には潜めるのだ。そんな自慢で笑みを浮かべる。
 ひっそりと静まり返る牢の中、やがて足音が二つ聞こえてきた。既に夜も更け、ここに来る者は誰もいない筈だ。
 緊張に身が引き締まる二人。
 青年も足音に気付いたのか、ふと顔を上げてそちらを見る。やがて――青年の牢の前に二つの人影が立つ。
 その二人は、アデリーナだけが見える水鏡の中で白い光を纏っていた。
「‥‥こんなところに入れられて、無様ね」
「だっらしねーの。それでも立派な騎士様かぁ?」
 聞こえてくる声にハッと振り向くカルル。
 それに対して彼女はこくりと強く頷いた。
「私達がここに来た理由‥‥解ってるわよね」
「‥‥ああ」
 青年が目を閉じる。
 そして、前に立つ女の手の中では、月明かりにも似た光が矢を形作る。暗闇の中に浮かぶ女の顔は、僅かに口角を上げて微笑んでいた。
「さあ、祈りなさい。我らが黒き神に――」
「――エイやっ!」
「きゃっ!?」
 突然の衝撃に女がバランスを崩し、地に膝を付けた。
「騎士さんを殺そうなんて、そんなのぼくが絶対許さないんだから!」
 牢の前に立ち塞がるカルル。
「てめえ、よくもやったな!」
 もう一つの人影――彼と同じパラの少年が突進してくる。それを背後から撃ったのは、アデリーナのウォーターボムだ。
「くっ!」
「これ以上、させません。あなた方にはここで捕らわれてもらいます」
「――同じく、逃がしませんよ」
 追ってきた声は、フィーネのもの。その後ろからカイルとアザート、そして領主であるフェイの姿までいた。
 侵入者に気付いたフィーネが仲間に報せた時、その場にいたフェイも同行すると言い出したからだ。危険だから、と口にするも頑として譲らない彼に、結局は冒険者側が折れる形になった。
「‥‥あら、ちょうどよかったわ」
 女の視線がフェイを捕らえる。
 ハッと気付いたアザートが、背に庇う形で間に入った。カルルが魔法の発動を止めさせようと飛び出すが、体勢を立て直した少年によって阻まれてしまう。
 その様子を見て、急いで援護しようとしたカシム。
 だが、彼よりも早く女の身が一瞬淡い銀に包まれた。
「遅いわよ」
 言葉が終わるより早く、冒険者達の足元の影が爆発する。爆音と悲鳴が入り混じり、牢の中は一時騒然となった。
「‥‥ぐ」
「フェイさん!」
「フェイ!」
 蹲るフェイに、近くにいたカシムとアザートが駆け寄る。慌ててフィーネがリカバーを唱えようとするのを、平気だとばかりに押し留めた。
「俺なんかよりも、あいつらを‥‥!」
 彼の叫びに、急いで振り向くアデリーナ。
 先程までいた場所に、すでに姿はない。慌てて周囲を見渡すと、ちょうど二人は明り取りの窓の下で佇んでいる。
(「――逃げられないと観念したのでしょうか?」)
 彼女は一瞬そう考えたが、次に過ぎった考えに思わずハッとする。
「‥‥別に死ぬつもりなんかないぜ」
 表情を読み取った少年が、にやりと笑う。
 次いで、女は牢の中の青年を見て、クスリと妖艶な笑みを浮かべた。
「よかったわね。あなたはまた命を永らえた――試練を一つ、越えたのかしら」
 試練。
 その言葉にフェイがグッと拳を握る。
 窓の外、暗い地下に射し込む月明かり。一条の仄かな光は、石畳の上に見事な影を作り出し――。
「しまっ」
「それでは皆様、ごきげんよう――」
 二人の姿はそのまま影の中へと潜っていった。
 誰もが、暫しあっけに取られる。誰も襲ってくるだろう刺客に対して、考慮すらしていなかった事がみすみす取り逃がす結果となった。
 だが、領主であるフェイと青年騎士、とりわけ青年の命が無事であっただけ、ひとまず最悪は回避された事だけでも安堵に値するだろう。
 この場にいる誰もが、そう思って胸を撫で下ろす。
 そして。
「――そろそろ、何かをお話してもいい頃合いではないでしょうか?」
 慈愛に満ちたフィーネの微笑に、青年が初めての反応を示して頭を上げた――――。