【黒の御前】アシュフォード解放戦線

■シリーズシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月02日〜11月09日

リプレイ公開日:2005年11月07日

●オープニング

●闇への討伐隊
 海賊達との取引から数日後、ドーバーのとある海上で、ひとしれず船を出す人々の姿があった。岸で作業を見守る者の中には、議長ことギルバード・ヨシュアの姿もある。彼らは、まるで人目をはばかるかのように、作業を進めると、沖合いへ向けて出航する。
「指定された船は‥‥あれだな」
「そのようです」
 船を操るのに必要な人員を除けば、供はレオンだけ。2人が向かったのは、宵闇に揺らめく船。その旗印には、見覚えのある、スカルタートルの紋章が記されている。
「呼び出して悪いな。何しろ、こっちにも都合ってモンがあってねぇ」
 甲板へ現れたリィナは、まだ多少残る火傷の跡を隠さずに、議長を出迎える。
「別に構わないさ。それに、カンタベリーでは、教会の目もあろうしな」
 まるで、悪巧みでもしているような受け答えをする議長。と、リィナは「食えない男だねぇ」と呟きながら、彼とリオンを、船の応接間兼船長室へと招き入れた。
 と。
「ていっ」
 いきなり、リィナの手からシルバーナイフが飛んだ。それは、窓際にへばりついていたコウモリに命中し、その姿を変じさせる。見れば、どこからもぐりこんだのか、インプが1匹、絶命していた。
「油断も隙もないな」
「元々、御前から貰った船だからねぇ。時々掃除しないと、ああいったモンがへばりついてるのさ」
 ぴくぴくと蠢くそれを、海へと叩きだし、リィナは設えられたテーブルへと座る。
「こちらの動きが筒抜けている事も視野に入れねばならんか。レオン、他の女性達に、護衛を強化するよう伝えてきてくれ」
 同じ席に座りながら、レオンに指示する議長。彼が、「かしこまりました」と頭をたれ、部屋を出て行くのを見計らい、議長はこうきり出した。
「まぁ、それを踏まえて‥‥御前の動きは、どうなっている?」
「早速本題かい。あたい達も、そう何回も会っているわけじゃないんだけどねぇ‥‥」
 表情を崩さぬまま、リィナは自分が知っている黒の御前の情報を、ぽつぽつと話し始める。それによると、こうである。

 黒の御前と言うのは通称名で、その正体は謎に包まれている。普段は、リリィベルが各地に散らばる配下や協力者へと連絡をし、必要な行動を取らせているらしい。三ヶ月に一度、配下に直接姿を見せる事があり、記憶が間違っていなければ、次はアシュフォードに住む『黒の御前の子息』『プリンス』と称されるバンパイアの所へ、訪れるらしいとの事だ。

「お話は終わりましたか」
 それらの情報を聞き出して、彼が船を後にしたのは、月も中天に差し掛かろうかと言う頃合だった。そう声をかけ、頭を垂れるレオンに、議長はこう指示をする。
「ああ。お前には、引き続き仕事を押し付ける事になりそうだ。帰る早々で悪いが、アシュフォードの街を占っておいてくれ」
 頭をたれ、「かしこまりました」と返答するレオン。彼は、いつも携帯している占い道具を使い、船がドーバーの海岸へとつくまでに、精霊からのお告げを済ませる。
「終わったか。それで、お前の精霊はなんと告げている?」
「はっきりしとした形では現れませんでしたが‥‥麗しき果実は、吸血鬼の顎を離れ、悪魔の元に嫁ぐ‥‥と言うキーワードは出てきました」
 並べられた木製のカード。そこに記されたシンボルは、彼にアシュフォードの状況を告げている。
「麗しき果実‥‥か。この間の事を考えると、おそらく魅了された少年達を、御前への捧げ物にするつもりだろうな‥‥」
「悪魔の花嫁‥‥ですから、おそらくは‥‥」
 議長の読みに頷くレオン。と、彼はドーバーの定宿に向かいながら、彼へこう告げる。
「よし。ではその前に、アシュフォードを解放する。レオン、人を集めてくれ」
「かしこまりました」
 こうして‥‥アシュフォードを占領するバンパイアに、討伐の命が議長の名によって下されたのだった。

 だが、その頃。当のアシュフォードの町では。
「海賊が裏切ったか。ふん、所詮は野蛮な、人の子に似て非なる者達か‥‥」
 黒の御前旗下を離れたリィナ達の話は、リリィベルによって、アシュフォードの『領主』にも伝えられていた。
「若様のお考えとしては、いかがですか?」
「もうすぐ御前が見えられる日‥‥。あの男の部下は、敬虔なジーザス教徒もいると聞く。献上すれば、叔父上のご機嫌も向上しようぞ」
 執事の男から尋ねられた彼は、楽しげにそう伝える。
「では、寵童達ばかりではなく、精鋭も呼び寄せまする」
「そうしてくれ」
 その場を辞する執事。と、彼は昇る月にワインを傾けながら、こう呟く。
「今度こそ逃しはせぬ‥‥。その首筋を、捧げてもらおう‥‥。我と、我が叔父上の為にな」
 闇に塗り替えられた街で、再び狩りが始まろうとしていた‥‥。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea4815 バニス・グレイ(60歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea7174 フィアッセ・クリステラ(32歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9337 アルカーシャ・ファラン(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)

●サポート参加者

シーダ・ウィリス(ea6039)/ リリル・シージェニ(ea7119

●リプレイ本文

「ここがアシュフォード‥‥。ふぅん。ずいぶんと静かな街なのね?」
 はじめて訪れると言うセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)。双子の兄と良く似た顔立ちで、そっくりな仕草をして、そう呟く。
「声を潜めざるを得ないのでしょう。明後日になれば、カンタベリーから多少なりとも増援が届く筈です。それまでに、領主を追い出す事が出来れば上策だと思いますわ」
 フローラ・タナー(ea1060)がそう言った。出発前、議長に挨拶がてら、兵を借りれないかと申し出た彼女。領主を倒した後、新たに任命する領主は、管轄外だと言う事で、まだ決定していなかったが、兵は急ぎかき集めてくれるとの事。しかし、少々時間がかかるとの事だ。その返答を聞いたフローラは、自ら先陣を切る事を申し出、こうしてアシュフォードの町へと出向いたのだが。
「しかし‥‥回復役が少ないですわね‥‥」
「議長の所と、聖教会は犬猿の仲ですから‥‥」
 残念そうに呟く常葉一花(ea1123)に、フローラがそう答えている。もう1つ、カンタベリー聖教会への口ぞえは、叶わなかった。先に、アシュフォード攻略の依頼を打ち出してしまったのが、聖教会のお気に召さなかったらしく、協力はしないと書状が送りつけられてしまったそうだ。おかげで、回復はほぼパーティメンバーに限られている。
「こればかりは仕方ありませんよ。町のほうは、どうなってます?」
「これが地図です。ただ‥‥二度目ですから、あまり当てには出来ませんが」
 そのフローラに問われ、一花は用意していた地図を見せた。以前、街に来た時に作成したものである。思い出せる限りの注意事項が添えられているが、向こうもそれなりの準備をしているだろうと、彼女は告げた。
「ただいまー」
 そこへ、セブンリーグブーツを使い、先に偵察任務をこなしていたパラーリア・ゲラー(eb2257)が戻ってくる。
「どうでした?」
「んー、表向きは平穏。だけど、殺気はぷんぷんしてる」
 本隊に先駆けて、アシュフォードの街へと潜入し、情報を集めていた彼女。領主の館までは及ばなかったものの、それなりに情報を集めてきたようだ。
「ですが、リィナ様がせっかく下さった機会を無駄にするわけには参りません。アシュフォードを解放し、黒の御前に迫りましょう」
 セレナ・ザーン(ea9951)が、この場所に黒の御前が来ると教えてくれたリィナに応えるべく、遥か遠い海原へと誓う。
「本当に高貴な者は、民を虐げる真似などいたしません。闇の貴族気取りの、不逞のやからを、必ずや成敗いたしましょう」
 印が見えるよう、服の一部を大きく開けたレジーナ・オーウェン(ea4665)がそう応えるのだった。

「これって‥‥」
 顔を見合わせるセラと一花。レジスタンスの拠点となっているはずの教会で、2人が見たのは、調度品やセーラ神の像までも破壊された、廃墟だったのである。
「レオンの占いでは、どうなっていたんです?」
 彼女にレジスタンスの対応を任せた一花は、フローラにそう問うた。と、彼女は事前にレオンから聞いた託宣を、こう答える。
「実は、少し気になる事が‥‥。レオンの占いでは、『似て非なるもの、闇と影、見えている物が全てではない』と‥‥」
 その彼によれば、はっきりした形では出て来ていないものの、同じ様に見えても違うものがある。注意が必要だとの事だ。
「どういう事でしょう‥‥」
「わかりませんが。新たなる敵‥‥と言うキーワードもありますし、何らかの増援が呼ばれている可能性もあります」
 一花の言葉にそう答えるフローラ。その事を議長に進言はしたが、彼女自身も確信はなかった。
「いずれにしろ、捕らえてみれば分かる事だ。領主の屋敷の構造はわかるのだろう?」
「兄様が覚えている限りは、議長の所と、それほど大差はないようよ‥‥。ただ、窓が全て潰されているそうだけど‥‥」
 アルの問いに、セラは内部深くまでご招待された事がある兄からの情報を告げる。
「と言う事は、出口は玄関と勝手口くらいか‥‥。何とか護衛を引っ張り出せれば良いのだが‥‥」
「大方、執務室辺りでふんぞり返っているのでしょう。貴族気取りは、様式にこだわりますから」
 レジーナが己の貴族知識を引き合いに出して、部屋の内部をそう予測してみせる。
「参ったねー。少し当てにしてたんだけどなー。あたし、生き残ってるレジスタンスの人がいるかどうか、確かめてくる」
 そのセリフに、くるりと踵を返し、街中へと消えて行くパラだった。

 明け方、冒険者達の一部は、領主の館を見張るような位置に、こっそりと待機していた。
「とりあえず、後は見付からないように時間まで待つだけ、かな。それにしても、男の子が好きなんて勿体無い‥‥もとい、変な趣味だよね」
 フィアッセ・クリステラ(ea7174)が、夜明けの空を眺めながら、そう言った。
「バンパイアだから、人間とは違うんだろう」
 デビルやアンデッドが、人と違った趣味趣向を持っている事は、少なくない。そう言う連中と同じなのだろうと、アルカーシャ・ファラン(ea9337)が言う。
「ん、そろそろ時間‥‥かな」
 朝日が上り始めた東の空を見て、立ち上がるフィアッセ。と、正面から、純白の装備に身を固め、白き軍馬にまたがったフローラが、進軍を開始する。
「ギルバート議長の命により参りました。我が名は白騎士フローラ・タナー。邪悪なる闇の者からアシュフォードを解放します!」
 翻る旗には、十字架が織り込まれている。その挑発に乗るようにして、何人かの少年達が出てくる。彼らの相手をフローラに任せると、2人はその隙に、レジーナの所へと合流する。
「寵童達がこちらに気付く前に、どうにかしないといけませんものね」
 そこでは、剣を抜くセレナの姿があった。時間が惜しい為、他の指示に従うと言ったところだろう。輝ける宝剣は、闇の貴族にも、ダメージを与えてくれる筈だ。レジーナの馬がないのは、街の外に待機しているせいだ。
「ふむ。ならば、道を作ろう」
 その様子を見て、アルがウォールホールを唱えた。それは、屋敷の壁に穴を開け、一行の潜入口を作ってくれる。
「最後まで、全力疾走で行きますよ‥‥。ただで終わる気はまったくありませんともっ」
 何の意思表示なのか、天に向けて決意を固める一花。その拳は、硬く握り締められている。
「領主はいないわね‥‥」
 レジーナが指摘した通り、入り込んだ先に、人の姿はなかった。と。その刹那、表で騒ぎを起こす声がする。振り返ってみれば、街の方が、暁色に染められていた。
「火事!?」
「いえ。あれは陽動です」
 そう答えるレジーナ。見れば、生き残りのレジスタンスを集めたパラが、その戦場工作の知識を使って、寵童達の作る騎士団もどきに、山狩りの要領で仕掛けている。その手には、フローラの貸した銀の武器があった。
「日暮れまでには、援軍が到着するよっ! それまでに、なんとしてもこの街を取り戻すんだ!」
「もう少し陣を狭めて下さい! それでは回りこまれてしまいます!」
 兵の運びを指揮しているのはフローラだ。その中を、まるで鼓舞するかのように、パラが指導している。だが、彼女達以外は、烏合の衆。次第に乱戦になって行く。
 と、その時だった。
「ふん。何やら騒いでいると思えば。いつぞやの連中か。寝込みを襲うとは、人の事なぞ言えんぞ」
 屋敷の奥から、護衛の少年達を伴って現れる、館の主。
「今です! 窓を!」
 一花が、手を振りおろす。その刹那、パワーに自信のあるセレナが、持っていた剣で、窓を打ち壊した。東向きのそこからは、朝日が領主を映し出す。アンデッドならば、日の光で多少なりともダメージを追う筈。そう思っての一花の作戦だったが。
「それが‥‥どうした」
 領主も、そして護衛の少年達も、顔色1つ変えなかった。あんぐりと口を開ける彼女に、領主は不敵な笑みを浮かべながら、突きつける様に言う。
「陽の光をあてれば、私が倒れるとでも思ったか?」
「そんな‥‥」
 敵の、思わぬ伏兵に、驚愕の色を隠しきれない一花。それでも、戦わないわけにはいかない。強敵への先陣を切ったのは、庭木に紛れていたフィアッセだった。
「皆まとめて行くよっ!」
 そう叫ぶや否や、弓に矢をつがえ、ダブルシューティングEXを放つ。それは、部下達に牽制の一撃となっていた。その間に、ホーリーフィールド魔法を唱え終わったバニス・グレイ(ea4815)が、初撃は無効とばかりに、聖剣アルマスを、力の限り振り下ろす。
「甘いわ!」
 バジュッと嫌な音がして、バニスの結界がはじけ飛ぶ。そこへ、領主のディストロイが襲いかかった。
「ぐあっ」
 バニスの利き腕が砕けた。慌ててヒーリングポーションを飲み干すものの、傷は深い。
「さすがに強いな‥‥」
 うかつに近付いては危険だ。そう判断した彼は、ビカムワースの魔法を唱える。
「まったく、次から次へと‥‥」
「周りに張り付いている寵童達をどうにかしないと、近付けませんね」
 その頃、セラとセレナは、周囲を固めている寵童に苦戦していた。魅了されているのか、それとも元からなのか、中々矢を当てる事が出来ない。
「狼鎗、撹乱するぞ」
 神城降魔(ea0945)が、愛犬にそう言ったものの、コリーは敵の迫力にすっかり気圧されてしまっている。仕方なく彼は、1人で寵童達へと向かって行く。しかし、己の戦闘能力の低さが災いし、思うようにブラインドアタックも、バーストアタックも決められない。
「グラビティーキャノンッ!」
 そこへ、アルが魔法を放った。狭い通路のそこでは、避ける場所はそうない。半分ほどが抵抗に失敗し、地に転がった。
「私が彼らの相手をします。今のうちに、領主の元へ!」
 そんな彼らの相手を、セレナが引き受ける。彼女程の剣技があれば、何人かをまとめて相手をする事も出来るだろう。
「元々は犠牲者ですから、助けて差し上げたいのですが、そうも行きませんわねっ!」
 本当なら、彼らを傷つけず、気絶させるだけで済ませたいのだが、その技を、セレナは心得ていない。なるべく怪我を負わせないよう、スマッシュとバーストアタックEXで、武器だけを壊そうとした。
 だが、その刃が、寵童達に届く刹那、領主の手からビカムワースが放たれる。
「庇った‥‥? 何故‥‥」
「手塩にかけて育てた秘蔵っ子。そう簡単に、貴様らに渡すわけにはいかんのでな」
 一花の疑問に、そう言い放つ領主。その瞳が、家畜を見る目と同じだと気付いたレジーナは、新たな怒りを宿らせながら、こう叫ぶ。
「お黙りなさい! 本当に高貴な者は、果たすべき使命の為に、自らが傷つく事を躊躇わぬものです!」
「ならば、その為に死ぬが良い!」
 彼の身が、黒く淡い光で包まれる。また、新たな魔法を放とうと言うのだろう。
「させるか!」
 だが、その詠唱が終わる前に、アルがスクロールを広げる。出現したストーンウォールは、レジーナの前に壁を作り出していた。
「しつこいわ‥‥。しつこい人って嫌われるものよ? 邪魔をするなら容赦しないわよ‥‥」
 その影から、弓を射るセラ。こうしていれば、直接攻撃を受ける事はない‥‥筈だった。
「く‥‥。舐めるなぁっ!」
 壁の向こうから、そう声がして。二度、魔法の輝きが、辺りを包む。その直後、厚さ10cmはあろうかと言う土の壁が、盛大に砕け散った。
「きゃあっ」
 巻きこまれるセラ。その土煙の中に包まれ、一瞬、姿を隠す。直後、現れたのは、首を持ち上げられたセラの姿。それを持つ領主の瞳は、まるで狂化を起こした時の様に、赤い輝きを宿し、牙が鋭く延びている。
「女を牙にかけるは余り好みではないが‥‥。あの男の為の生贄と言うならば、仕方がない‥‥」
 セラを、その牙にかけようと言うのだろう。細い首が、領主の口元にさらされる。
「このぉっ!」
 パラが、エスキスエルウィンの牙でチャージングを敢行するものの、元々技量の低い彼女では、当てる事すら出来ない。その間に、セラの首筋に、牙がつきたてられてしまう。
「く‥‥あ‥‥。兄様‥‥っ‥‥」
 急激なめまいが起きて、彼女は思わず兄の名を呼ぶ。と、その刹那だった。
「‥‥ルクレツィア‥‥!?」
 領主の動きが、ぴたりと止まる。呟いた名は、女性のものだ。
「動きが鈍った‥‥? それなら‥‥いけっ!」
 その瞬間を、フィアッセは見逃さなかった。放たれた二つの矢は、狙い違わず、領主の腕に炸裂し、セラを救出する。
「いまだ! ファイヤーバード!」
 そこへ、神城が追撃の魔法を唱えた。浮き上がった身体は、領主めがけて、スピードを上げる。
「そこまでです。空から降りてもらいましょう」
 それを止めたのは、耳慣れぬ低い声。その声を聞いた瞬間、神城は何故か、領主に攻撃を仕掛ける事なく、床に下りてしまう。
「何者‥‥」
 その男もまた、綺麗な顔立ちをしていた。背が高く、どこぞのクレリックといった白い衣装を身につけ、胸元には炎を象った黒い十字がある。彼は、領主に近付き、丁寧な口調でこう言った。
「ヴァレンタイン。妹の面影に心を動かされるとは、まだまだですね」
「申し訳ありません‥‥。叔父上‥‥」
 今までは、ロイヤル然としていた領主が、恭しく片膝を付く。
「あれが、黒の御前‥‥」
 彼が、そう呼ぶ所をみると、その男が今まで影に糸を引いてきた張本人なのだろう。
「どうして‥‥! 街には、フローラがいたのに‥‥」
 玄関先では、フローラが外の護衛をひきつけていた筈である。そう問う一花に、彼はにこやかに、一歩脇へ退いてみせた。
「フローラさんとは、この娘さんの事ですか? いやはや、良く目立っていたので、思わず潰しちゃいましたよ」
「ごめんなさい。皆さん‥‥」
 微笑む姿こそ穏やかだが、目の前で動けなくなっているフローラを見る限り、その姿が仮面である事は明白である。
「おや。印持ちが2人もいらっしゃいますね。これは面白い」
 その彼が、意味ありげにそう言って、ぱちりと指先を鳴らす。と、レジーナと、そして一花がまるで魔法でもかけられたかのように硬直してしまった。眉を曇らせる一行の前で、御前はこう言い放つ。
「まぁいいでしょう。今は貴方達如きに追い詰められる彼を、再教育しなければなりませんので。ここは大人しく引かせて頂きます。行きますよ」
「は‥‥」
 くるりと踵を返した領主。寵童達も、そのあとに従った。背中には、戦いの余波で避けたらしいシャツから、例の聖痕がちらりとのぞいている。
「背中の傷‥‥消えていない。何か、関わりがあるのかしら‥‥ね」
 もぬけの殻となった領主の館で、パラがそう呟く。彼女の見つけた手紙には、黒の午前への符丁と共に、ヴァレンタイン・マーキスと言う領主の名前が記されている。
 闇の貴族は追い出したものの、謎は増える一方。それでも冒険者達は、事の次第を議長へと報告するのだった。