【黒の御前】議長暗殺指令

■シリーズシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:11月15日〜11月22日

リプレイ公開日:2005年11月25日

●オープニング

 アシュフォードの領主を追放してから、数日が過ぎた頃の事である。
「御前様〜。おっかえりなさぁい」
 どこかの屋敷の奥。その客間で紅茶を傾ける穏やかな物腰の男。純白のクレリック服に、黒き炎の十字を飾った彼へ、嬉しそうに飛びつくリリィベルの姿があった。
「なんだ。まだ死んでなかったんですか。とっくの昔に消えたかと思ってましたよ」
「相変わらずキッツいなぁ。今度はもうしばらくこっちにいるんでしょ?」
 馬鹿にしたような彼のセリフにも、リリィベルはまるっきり堪えた様子はない。それどころか、ごろごろと喉を鳴らしてみせる。
「そのつもりですがね。留守の間、変わった事はございませんでしたか?」
「報告は、こちらに」
 そこへ、マダムが何枚かの羊皮紙を差し出した。それは、ギルドで公開されている依頼の報告書と同じものだ。それを見た男は、ふむ‥‥と考え込むような表情を見せる。
「なるほど。ここの所の不調は、彼が原因ですか‥‥」
「はい。ゴルロイスの時も、邪魔をしてくれましたしねぇ。目障りですわ」
 忌々しげに彼女がそう言うと、青年はあっさりとこう言った。
「殺しちゃいましょう」
「しかし‥‥」
 慎重さを垣間見せるマダムに、彼はこう言う。
「良いじゃないですか。邪魔なんでしょう? まるごと消去で。後腐れなく。ね?」
 その方が良いでしょう? と、穏やかな口調で、諭すように続けるものの、その背後に宿る気配は、マダムに冷たい汗を流させるほどのものだ。
「‥‥は。かしこまりました」
 頭を垂れたマダムが、その場を辞する。だが、話はそれでは終わらない。
「いい格好ね。プリンス・ヴァレンタイン」
 そのまま、地下牢へと向かったマダムが見下ろしたのは、鎖につながれたプリンスだった。
「何の用だ」
「良い話を持ってきたのよ。上手く行けば、御前に取り上げられちゃった可愛い坊や達、取り戻せる話をね」
 剣呑な眼差しで見上げる彼に、彼女はくすくすと笑う。そして、繋がれた鍵を外すと、その前にある羊皮紙を落とした。
「貴様‥‥」
「あげる。上手くお使いなさい」
 それには、ある屋敷の内部図が書かれている。
「‥‥カンタベリー織物評議会議長‥‥ギルバード・ヨシュア‥‥か」
 拾い上げながら、そう呟く彼。その横顔は、復讐の色が染め上げられていた。

「おい。いーのか? そんな真似をして」
 地下牢から出てきた彼女に、そう声をかける男が居た。そう、リリィベルと一緒に悪巧みをしているはずの‥‥あの男。
「あれはただのかませ犬。あの子の事だから、必死になる。消耗させるのが、こちらの狙いよ」
 血を求めてね。と、確信に満ちた表情を見せるマダム。と、彼は感心した‥‥興味深そうな表情となり、こう申し出た。
「へー。考えたな。にしても、あの男を狙うのか。俺にも一口乗らせろや」
「役に立つのならね」
 足手まといになるなら、要らないわ。と続けるマダム。と、彼は優雅に一礼して言う。
「お任せあれ。そーだなー。あそこン家には、ジャパン人の娘っ子がいたなー」
「上げますわよ。私は興味がありませんし。もっと可愛い子がいますもの」
 そう答えるマダム。どうやら狙いを定められたのは、議長ばかりではないようである‥‥。そして彼らが消えた所で、レオンの目は覚めた。

 そして、翌日。
「お待ち下さい! 議長! 今出歩くのは危険です! 議長!」
 カンタベリーは議長宅の玄関先で、そう言って外出を止めようとするレオンの姿があった。
「気にするな。レオン。所詮は占いの結果だ」
 すでに、昨夜の夢占いの結果は、議長に報告済みだ。それでも、彼は首を横に振り、レオンを押し留める。
「しかし‥‥。ここの所、身辺に不穏な動きがあるのは、事実なのですから‥‥」
 彼が、そうして止めるのには、わけがあった。ただの星読みだけなら、一笑に伏しても損害はない。だが、すでに議長の周囲では、不審者が目撃されているのだ。いつ襲われても、おかしくない状況なわけである。
「わかっているさ。だが、身を守る術くらいは、心得ている。それに、だからと言って、仕事を休むわけにもいくまい?」
 それでも、議長はそう言った。確かに、彼もまだ騎士の称号を返上してはいない。先日の聖杯戦争の折にも、証明はされている。しかし、誰にでも後ろはあり、夜は訪れるのだ。
「ではせめて、お休みになっている間だけでも、護衛をお付け下さい。お願いですから」
 懇願するような表情で、レオンはそう言う。手配は自分がやるから、と。
「‥‥わかったからそんな目で見るな。な?」
「はい‥‥」
 そんな彼の瞳に根負けする形で、議長は仕方なしにそう答える。

『ギルバード議長の護衛をしてくれる方と、暗殺者を突き止めてくれる方を探しています』

 そして、そんな募集が、ギルドに公開されるのだった。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7174 フィアッセ・クリステラ(32歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9337 アルカーシャ・ファラン(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)/ 李 斎(ea3415)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ ディアッカ・ディアボロス(ea5597)/ フリッツ・シーカー(eb1116

●リプレイ本文

「そうか‥‥。このナイフは奴らのな‥‥」
 机に刺さっていたと言うナイフの出所を調べてもらってきていた議長はそう呟いた。それによると、ナイフを送りつけたのは、やはりリリィベルだったらしい。
「にしても‥‥、日の光を浴びても、何ともなかったと言うのは‥‥」
 アルカーシャ・ファラン(ea9337)の疑問。と、そのセリフを聞いて、思い出したようにフローラ・タナー(ea1060)が問うてきた。
「教会なら、何か分かるかもしれませんが‥‥。そう言えば議長、聖教会の件はいかがでしたか?」
 かの団体には、印の件もあり、多少の疑問を抱いているらしい。と、同じ様に疑念を持ったレジーナ・オーウェン(ea4665)が、前に進み出て、寄進を片手に調べてきた事を報告する。
 それによると、教会の成り立ち自体は、一般的に言われている事と変わらないものの、その後、ちょうど20年程前に、近隣で起きた戦乱‥‥に関わり、多数の死者と行方不明者を出したそうだ。今のクレリック達はそれと入れ替わるようにして入った者達ばかりだそうである。そう、あの教会の前任者も、その戦乱に巻き込まれた際に、行方不明になったとの事。
「議長。今後の関係にも響きますし、是非、今の内に調査を」
「わかった。お前がそう言うのなら、後日改めて依頼を出そう」
 そう勧めるフローラに、議長はそう約束してくれた。
「んじゃ、今回はその事前調査って事で。私は隠密で動かせてもらうね。その方が襲撃者がいた時に、不意をつけるかもしれないし。それに、比較的自由に動けるだろうしね」
 話を聞いたフィアッセ・クリステラ(ea7174)が、その下調べを兼ねて、街中へ聞き込みに行く事を宣言する。そんな彼女にフローラが「お願いいたします」と一礼するのだった。

 翌日、議長の邸宅では、いつにも増して、厳重な警備が敷かれていた。物々しい雰囲気と言うのが相応しい中、増えた護衛とレオンを伴い、外出しようとする議長。事件は、そこで起きた。
「良いんですよ。ずっと気を張り詰めっぱなしだったのですから」
 心労で、本当に倒れてしまったらしい。謝る彼に、肩を貸していたフローラがそう言ってくれた。ジャパンで言う所の、嘘から出た誠、と言う奴である。だが、これで本当に気が抜けなくなった。そんな中、当の議長はと言うと。
「議長、お昼はどういたしましょうか?」
「ああ、店の者達と食べる予定だから。それほど気にしなくても構わんよ」
 いかにも使用人と言った風情の常葉一花(ea1123)に問われ、今日のスケジュールを告げている。
「流石に、昼間は襲ってこないか‥‥」
 フードを目深に被り、まるで見張りの様に潜むアルカーシャがそう言った。相手はデビル。太陽の精霊が辺りを照らす時刻よりは、闇の支配する刻限を選ぶのは、至極当然の事。
「とりあえず、見付からないようにこっそりと行動かな‥‥。襲撃者に気付かれないようにしないと。上手くすれば先手を取れるし」
 多少、余裕はあるな‥‥と見て取ったフィアッセはそう言うと、屋敷の外へと向かう。むろん、議長を追って‥‥だ。
「やはり、狙ってきたね‥‥。っと、まだ仕掛ける気は、なし‥‥か」
 彼を追うように注がれる殺気。まだ、襲いかかるつもりはないのか、一定の距離を保つ彼に対し、同じ様に距離を取る彼女。
「これ以上離れちゃうと、攻撃が届かない‥‥。と、街中だと遠距離は難しいな。人も多いし」
 布を多く扱う町らしく、市場には人が溢れている。それは、狙われた議長の壁ともなったが、逆に障害でもあった。
「あれは‥‥。確か、報告書にあった‥‥」
 その群集の中に、フィアッセは見覚えのある若い男の姿を発見する。羽こそついていないが、セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)がメギド、と呼んだ黒翼の男。
「この方向は、小鳥さんがお買い物に行ってる市場の方角‥‥。レオンの占いが当たったみたいね」
 彼が向かったのは、小鳥が普段材料の買い出しに向かっている場所の方向だ。それを見届けた彼女は、急ぎ屋敷へと戻る。
 知らせると、小鳥は困った表情を見せる。大変な時期だ。家にいた方が安全だとは分かっているが、それでも仕事を休めないのは、議長の性格に影響を受けてしまっているせいだろうか。
「私が護衛につくわ‥‥」
「ありがとうございます。それじゃあ、早速なんですが‥‥」
 そう申し出るセラ。以前、領主にはしてやられた身分だが、決して実力がないわけではない。彼女が着いていれば、とりあえずは大丈夫だろう。そう思ったフィアッセは、セラに小鳥の護衛をお願いする。
「確かに、人が多いわね。ここで襲われたら‥‥小鳥さん、離れないで下さいね」
 ねっとりと絡みつくような視線。いつ襲われてもおかしくない状況。相手はわざとそうやっているのかもしれない。
「‥‥気配が、消えた」
 だが、その殺気が突然消えた。
「チャンスをうかがっているのかもしれないわね‥‥。領主、メギド、マダムと別々にくれば良いんだけど‥‥」
 不安げな小鳥に、そう答えるセラ。買い物を済ませ、早々に戻ってきた彼女達を出迎えたのはフローラだ。どうやら、鶴之助とチェスをやっていたらしい。
「議長が狙われているとしたら、レオンや方々が狙われるかもしれませんし。こうすれば、すぐ対処できますしね」
 油断させて、相手を誘う。それはそれで、策ではある。レジーナも餌をちらつかせる事は、先だって提案していた事ではあるのだが。
「でも‥‥議長、なんだか機嫌悪そうですよ‥‥」
「い、いや。そんな事はないっ」
 対局を見守っていた議長が、そう言われて慌てた様子を見せている。何を勘違いしたのか、一花がくすりとおかしそうに笑った。
「まったく‥‥。緊張感が足りませんわよ、皆様」
「す、すまんっ」
 レジーナがそう言って注意すると、まず謝ったのは、何故か議長。確かにその様子では、警戒しているようには見えない。と、セレナ・ザーン(ea9951)がこうきり出した。
「配置をやり直した方がよろしいでしょう。夜の事もあるんですし」
 彼女が考えたらしい交代スケジュールには、それぞれの担当部署と時間が書いてある。
「そうですね。では私どもは、レオン殿の付き添いに戻りますわ」
「私は、このまま加護乃姉弟の護衛を。プレゼントもありますし、それに、ジーザス教の逸話について、お話もしたいですしね」
 それによると、レジーナ、セレナ、真幌葉京士郎(ea3190)が議長の直営、哨戒はアルカーシャとフィアッセ、レオンの付き添いが神城降魔(ea0945)と一花、フローラ、クラウデォオス兄妹は加護乃姉弟の護衛と言う振り分けだ。
「来たぞ」
 そうして、振り分けなおしてからしばらく後、外を見張っていたアルカーシャが不審者の来襲を告げてくる。
「1人、かな?」
「おそらくな」
 同じ様に見回りにでていたフィアッセの問いに、そう答える彼。と、その刹那、どこからか焦げ臭い臭いが漂ってきた。
「あれは‥‥陽動。本命は‥‥そこ!」
 セラがそう言って矢を番えた。放たれたそれは、人影をかすめ、夕暮れの日へ消える。
「‥‥く‥‥ッ‥‥」
「当たった? それなら‥‥!」
 第二撃を仕掛けようとする彼女。だが、それをアルカーシャが止める。
「でも‥‥」
 躊躇うセラに、彼はこう告げる。
「いずれ、奴は再び現れるだろう。第二、第三波も考えられる。今は、持ち場を離れないほうがいい」
「わかったわ‥‥」
 議長を狙うのは、領主ばかりではない。マダム、そしてメギドもいる。そう思いなおした彼女は、再び加護乃姉弟の護衛につくのだった。

「今宵はこちらでお休み下さい」
 1日の業務が終わった頃、夜の屋敷で、議長に別部屋を用意する一花。と、その周囲を警戒していたセレナが、こう呟いた。
「さて‥‥、どう出ますかしら」
「しっ、物音が‥‥」
 寝室廊下前で耳を澄ましていたアルカーシャが、微かな物音に気付き、こっそりと耳打ちする。
「どうやら、すでに潜んでいるようですわね。合言葉、忘れないで下さい」
 セレナに言われ、頷く彼。哨戒は彼に任せておけば良いだろう。後は、交代で警備を行えば良いだけの事だ。そのセレナが、自分の担当時間を終え、レジーナと交代した後、それは起きた。
「どうした? 狼鎗」
 その頃、寝室前の廊下で見張りを続けていた降魔は、連れていた愛犬・狼鎗が唸ったのを見て、警戒を強めていた。
「そう言う事か‥‥。おい! 侵入者だ!」
 ひと鳴きした先に見えたのは、誰かの人影。と、その影は音も無く降魔に近付くと、ナイフの柄をひらめかせる。
「‥‥引き下がるわけに、いかんのでな」
「ぐぅっ」
 一瞬の事で避けられなかった降魔。
「今のは‥‥」
 数秒後、駆けつけたセレナに、彼はこう告げる。
「いや、侵入者がな‥‥。議長は?」
「‥‥お部屋でお休み中ですけど」
 様子を問われ、そう答える彼女。と降魔は、足を議長が休んでいる部屋へと向ける。
「1人で良い。また来るとも限らないのでな」
 同行しようとするセレナを断る彼。その様子に、一旦は頷く彼女だったが、姿が見えなくなったのを確認し、こう呟く。
「私の目が誤魔化せるとでも思ったんですかね‥‥」
 決めていた合言葉を使うまでも無い。降魔‥‥いや、その姿をした『彼』が向かったのは、本物の議長が休んでいる使用人部屋ではなく、寝室だったのだから。

 数分後、暗闇の中、寝室の扉を開く偽降魔がいた。彼は、ベッド際にのしかかるように膝をつくと、ナイフをかざす。だが瞬間、跳ね上げられるシーツ。視界を奪われた彼が、払いのけると、そこにいたのは。
「残念だったな? 外れだぜ!」
 銀髪の付け毛を被り、議長の影武者となっていたリュイス・クラウディオス(ea8765)だった。
「貴様は‥‥! く! 本人はどこだ!」
「さぁ、どこだろうな〜?」
 組み敷かれているような格好のまま、それでもはぐらかすリュイス。そんな彼に、ヴァレンタインはこう言って来た。
「まぁいい。ならば貴様には、我が力になってもらうぞ!」
 きらりと覗く牙。その瞳が赤く輝いたのを見て、リュイスは彼が何をしようとしたのかを察知する。元々歌手でしかない彼、至近距離で攻撃されたら、逃れる術など無い。
「冗談だろ‥‥。バンパイアになぞされてたまるか‥‥!」
 重ねていた銀髪の付け毛をかなぐり捨て、せめて突き飛ばそうと、その腕を強く押したその時だった。
「ぐぁっ」
 ヴァレンタインの、顔立ちだけは綺麗なそれが、苦痛で歪む。
「お前‥‥。まさか‥‥」
 昼間、セラが同じ箇所に矢を撃ち込んだ事を知っているリュイス、バンパイアとしてはあるまじき行動に、思わずその手を止める。奇妙な沈黙が、寝室を支配していた。
「まったく堂々と不法侵入して来たわね? 早々にお帰りになってもらいましょうか‥‥」
 静かなにらみ合いを破ったのは、乱入してきたセラ。弓を構え、部屋の入り口からぴたりと狙いを定める彼女。いくら彼の回避能力が高くとも、この距離で撃てば、そう簡単に外しはしないと。
「待ってたんですよ、あなたを」
 セレナがそう告げた。その後ろには、本物の降魔の姿もある。と、かきわけるようにして進み出た京士郎が、こう投げかけた。
「まずは一人目か。積もる怨みがあるのかもしれんが、激情に走っては、捨駒にされるだけであろう」
「そんな事なぞあるわけがない。ここで貴様達を殺せば、叔父上とて認めてくれる!」
 挑発めいたセリフに、激しく反応するヴァレンタイン。冷静さを欠いた彼に、京士郎はオーラパワーをかけながら、日本刀を抜き放った。
「良いだろう。議長をお守りする為、真幌葉京士郎‥‥いざ、参る!」
 持っていたナイフで、その一撃を受け止めるヴァレンタイン。しかし、元々の耐久力は、京士郎のほうが遥かに上だ。その為、彼はじりじりと押されていく。
「京士郎! 殺すな!」
 このままではそのまま切られてしまうのも時間の問題。そう判断したリュイスは、そう叫ぶ。
「‥‥そうは行かないんだが、な!」
 逃げられて再戦を挑まれては、身が保たない。そう思う彼だったが、言われた通り刀の峰を返した。これで、斬っても殺さないはず。
 ところが、だった。
「そこまでですわ‥‥」
 低い声音の、フローラ嬢。いや、印持ちと呼ばれたレジーナや一花も、同じく表情がない。
「いらぬ世話を‥‥。まぁいい。本物を出してもらおうか」
 彼女達を従える格好で、ナイフを突きつけるヴァレンタイン。半ば人質に取られた格好に、議長が渋々と言った調子で、姿を見せる。
「殊勝な心がけ。まずは褒めてやろう。ここで殺さねばならんのが、残念だが、な!」
 近づいて来た彼が議長の首に、ナイフを突きつけようとした刹那だった。
「ストーンウォール!」
 後ろに隠れていたアルカーシャがスクロールを広げた。と、床から地の壁が現れ、フローラ達との間を塞ぐ。
「取り囲め!」
 鋭くそう言う降魔。たとえ自らの戦闘能力は低くても、昔読んだ兵法の書は、室内での戦い方を彼に教えてくれる。
「地の精霊よ。盟約に従い、我が敵にみえざる腕で戒めを与えよ」
 その指示に従い、アルカーシャがグラビティーキャノンを放った。一直線に飛んだ重力波は、彼を床へと転がしてしまう。
「この‥‥私が‥‥ぁ‥‥!!」
 その刹那、ヴァレンタインに異変が起こった。そう‥‥壁の後ろにいる印持ちの女性達と同じ様に、次第に意思の光を無くして行く‥‥。
「動きが、変わった!?」
 無表情に、ナイフを向ける彼。
「くそ、やっぱりこいつも操られてやがるかっ」
 リュイスがそう言い、京士郎がヴァレンタインを相手取った時だった。
「見つけたっ。そこ!」
 廊下から窓外へと回りこんだフィアッセが、もう1つの窓へと、矢を放つ。
「おわぁっと! あぶねぇじゃねぇか、姉ちゃん」
「あなたは‥‥メギド‥‥」
 現れた青年にそう呟くセラ。
「なんだ、バレちまったか。しょーがねーなー」
 軽い口調で言う彼に、フィアッセは再び弓を構える。
「今回は可愛い男の子はいないのかな? 残念、それなら遠慮はしないよ!」
「可愛い女の子で我慢してねー☆」
 ひょいっと頭の上に振ってきたのは、リリィベル。増えた敵の姿に、彼女は矢を3本つがえた。
「いくよっ! トリプルシューティング! お釣りは要らないからね!」
「あったらないもーーん☆」
 至近距離でもなお、ひょいひょいと小馬鹿にしたように飛び回るリリィベル。彼女が歌うように口笛を吹くと、ヴァレンタインは無言で窓から脱出して行くのだった‥‥。