【黒の御前】御印と聖贄

■シリーズシナリオ


担当:姫野里美

対応レベル:10〜16lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 84 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月20日〜12月25日

リプレイ公開日:2005年12月28日

●オープニング

 神を賛美する彫像が、あちこちに崩れている。そんな退廃的雰囲気の漂う屋敷で、頭を垂れる1人の女性がいた‥‥。
「申し訳ありません。御前‥‥」
 そう。マダム・タリスである。その彼女に、深々と礼をされた白い服の青年。黒の御前である。彼は、畏まるマダムに、代わらぬ笑顔を見せながら、こう言った。
「いえ。全ては予定通りです。ですが、あなたにはもうひと働きしてもらいましょう。私はまた留守にしなければならないですから」
 彼女が何かミスをした事さえも、彼にとっては『想定の範囲』らしい。底の知れぬ恐怖を垣間見せる御前は、白い珠のような物を、彼女へと渡した。
「これは‥‥」
「アシュフォード騎士団の魂です。自由にお使いなさい」
 人が飲み込めるほどの大きさのそれは、数個に分かたれている。おそらく、人数分だろう。
「かしこまりました。それで、私の役目とは?」
「あの青年を、欲しいと仰る方が居ましてね。まぁ、その為に押さえておいたわけですが。かの方をお迎えし、手を貸してあげなさい」
 彼女の問いに、御前はそう命じる。直後、「は‥‥。仰せの通りに」とそれを了承するマダムの姿があった。

 一方、ドーバー。
 この町は、さまざまな旅人が訪れる町。様々な人々の集う町の一角に、議長は保護したヴァレンタインを逗留させる事にした。
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「いえいえ。こんな綺麗な方でしたら、大歓迎ですわっ☆」
 案内役のトゥインが、議長にそう答えている。カンタベリーでは色々と不都合もあるが、様々な客の行き交うこの町ならば、少しばかり毛色の変わった青年が、街の一角に住んでいても、文句は言われまい。そう考えた議長は、監視役をバンブーデン伯爵に依頼し、こうして事情聴取に赴いていた。
「これトゥイン、相手が相手じゃぞ。滅多な事を言うもんでない」
「はぁーい」
 夫人にたしなめられ、舌を出すトゥイン嬢。彼女にとっては、顔さえよければ、人間でもエルフでもバンパイアでも良いらしい。
「ヴァレリー様‥‥」
「私なら大丈夫だ。そう怯えなくてもいい」
 その彼女が案内した部屋では、心配げなユキト少年に、そう微笑みかけているヴァレンタインの姿があった。どうやら彼、親しい者には、ヴァレリーと呼ばせているらしい。
「お前がヴァレンタインか‥‥」
 議長が確かめると、表情を厳しくしたヴァレリーは、頷いて見せた。その彼を、ユキトが庇うように、短剣を握っている。だが、彼はそんな少年を下がらせ、議長の話へと応じた。
「君には、問いたい事が山ほどある。例えば‥‥御前の手の者の事とかな」
「そうぺらぺら喋るとでも思ったか?」
 もっとも、あまり対応は良くはないのだが。それでも、議長は首を横に振りながらも、こう話した。
「いや。だが貴殿も、もはや御前の手に踊らされているだけではいけないと思っている筈。そうだろう?」
「‥‥別に‥‥」
 図星だったのだろうか、視線をそらすヴァレリー。そこへ、議長は畳み掛けるようにこう持ちかける。
「それに、報告書と君の顔を見て思い出した。20年程前、まだ私が一介の騎士だった頃、出会った少年がいてね。その子に名を贈った事があるんだが‥‥。連れていた少女が、確か‥‥蜂蜜色の髪をしていてね。そう言えば、ルクレツィアと言われていたな‥‥と」
「なんだとっ」
 つかみ掛かるように、そう声を荒げる彼。その彼に、『落ち着け』と言い置きながら、議長はその正面にしつらえられた椅子に座し、こう尋ねた。
「御前には、君の妹御は、死んだと言われていたのだろう?」
「ああ‥‥。拾われた時に‥‥な‥‥」
 その寂しさを埋めるように、そして刷り込まれた女性に対する不信感。それが彼を異性を愛せぬ身にさせたと言うのは、語られない真実ではあるのだが。
「だが、彼女は死んではいなかった。ならば、君に吹き込んだ事そのものが、奴の陰謀と言う事になる」
「‥‥‥‥」
 今まで教えられた事を否定され、言葉のないヴァレリー。そんな嘘で塗り固めた相手を、信用など出来ないだろう? と、言外に問う議長は、まるで止めでも刺すように言った。
「話して、くれるね?」
「‥‥良いだろう。だが、条件がある」
 それでも、素直には応じる事の出来ないヴァレリー。
「取引か」
「そうだ。マダム・タリスの居場所を教える代わりに、妹の事を調べなおしてくれ。生きている事が分かれば‥‥協力してやっても良い」
 言葉を、選ぶように。決して、目を合わせようとはせずに。それが、彼が自責の念に捕らわれている故だと気付いた議長は、短く「わかった」と答える。
「ずいぶん、偉そうな方ですのね」
「あれが、ヴァレリー様なりの謝罪なのですよ‥‥。素直になれない方ですから」
 トゥイン嬢の感想に、ユキト少年はそう答えるのだった。

 数時間後。
「マダムは、カンタベリーの裏。私が捕らわれていた場所にいる。おそらく‥‥この子の同期達は、全て御前の手に落ちているだろうな」
 内部の地図と、そこに行くまでの簡単な道のりを、羊皮紙へと書き記したヴァレリーは、ユキトを抱え、そう言った。
「行かなくて良いのか?」
「‥‥許されるなら、そうしてやりたいさ。たとえ、魂を捕らわれ、抜け殻になっていたとしてもな」
 きゅ、と少年を抱える腕に力がこもる。それなりに、自分の私兵への責任を感じているのだろう。
「そうか‥‥。それを聞いて安心した。手の者には通達しておこう」
 彼とて、冒険者と互角に渡り合えるだけの剣と魔法の腕前を持ち合わせている。たとえ本調子では無くても、足手まといにはならないだろうと判断した議長は、依頼を受ける冒険者達に、こっそりと言い含めておこうと告げるのだった。

 だが、その頃‥‥、ドーバーの街にほど近い、ライの街では‥‥。
「あ‥‥」
 月明かりが照らすベッドで、首筋に食いつかれるように抱きしめられる少年がいた。しばらくは、まるで抱きつくように恍惚とした表情を浮かべていたが、程なくしてその腕から、くたりと力が抜ける‥‥。
「ふふん。聖餐の儀に必要とは言え、つまらん任務だと思ったが、こんな楽しみがあるとはな‥‥」
 ベッドの上で、崩れ落ちる少年。彼を抱きとめていた青年は、その麗しき生贄を片手に、そう呟くのだった‥‥。

 そして。
「‥‥と言うわけだ。マダムの下へ乗り込み、その野望を砕く者達を探してくれ」
 バンブーデンの屋敷で、ギルドへの依頼書を手渡している議長。ところが、それを預かったレオンは、こう言った。
「議長、それなのですが‥‥、ここの所、原因不明の高熱にうなされる者が‥‥」
 ライの海賊達から、母港でそう言う連中が多発していると報告が入った。と、彼は報告してくる。数こそ少ないが、その得体の知れない病人発生現象は、次第にドーバーの街へと近付いているそうだ。
「どうやら、マダムや御前の手の者だけではなさそうだな‥‥。それに、ヴァレンタインを、そのままにしておくわけにも行くまい。レオン、これらをカバーできる冒険者を頼む」
「かしこまりました」
 議長の追加要請に、レオンは静かに頭を垂れ、ギルドへと向かうのだった。

●今回の参加者

 ea1060 フローラ・タナー(37歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea7174 フィアッセ・クリステラ(32歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8765 リュイス・クラウディオス(25歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9337 アルカーシャ・ファラン(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

二階堂 夏子(eb1022)/ ハリエット・レインフォード(eb3836

●リプレイ本文

 数々の根回しを抱えたまま、一行はマダムの屋敷への襲撃準備を整えていた‥‥。
「今回も兄様と一緒♪」
 嬉しそうなセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)とは対照的に、難しい声でこう言うアルカーシャ・ファラン(ea9337)。
「プリンス‥‥、ヴァレンタインとか言ったか、奴も一緒だがな」
 いつもの様に、フードを目深に被って耳を隠し、手袋をした彼に、議長から服を借りたヴァレリーは、ふてくされたような表情だ。
「サンワードで尋ねたのじゃが、やはりバンパイアだけあって、太陽殿はわからないそうじゃ」
 ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が、道具片手にそう告げた。普通のバンパイアであれば、日の光があたる昼間は、棺桶で寝ているのが相場だ。太陽が知らないのも、無理はない。
「やはり、バンパイアで間違いないようですね。実は、ルクレツィア様は、蜂蜜色の髪を持つ方だと伺いましたが‥‥、同じ容姿の方が、スレイブを連れたバンパイアにさらわれたそうなのです」
 セレナ・ザーン(ea9951)が、サウザンプトンにいる友人から聞いた話を、ヴァレリーへ告げる。
「その方の話では、バンパイアの都があるそうなのですが‥‥」
「ああ、確かに私はそこにいた‥‥。ルクレツィアと一緒に」
 セレナが、その中核となる都について尋ねると、彼はそう言って首を横に振った。
「今、そちらを追いかけている方から、議長に連絡が届くようにしてあります。いずれ、詳細が分かるでしょう」
 その奪還依頼に参加している友人から、シフール便を送るよう手配をしていた。後でわかったのだが、それによると、ルクレツィアは兄の事を餌に、ポーツマス領主の元に留め置かれているらしい。
「妹‥‥。消息が分かるといいな‥‥」
 その情報を知るよしもないアルが、そっぽを向きながらも、そう呟く。無事を祈ってはくれているようだ。
「それと関係あるかどうかわからないが、原因不明の病人は、ドーバーの街にも現れているらしい‥‥。高熱に魘されて‥‥とかは、どうしても嫌な連想をしてしまうんだが」
「そう? 私も彼に噛まれたけど、熱も何も出なかったわよ」
 いぶかしむ彼に、一度、噛まれた事のあるセラがそう言った。あれから一度も高熱が出た事もなければ、吸血衝動にかられた事もない。いたって無傷の健康体だ。
「いずれ、カンタベリーにも魔の手が届くと思います。議長、患者は大都市に送って、高司祭様の治療をお願いしたいのですが。二次災害になると困りますし」
「ああ、それに関しては、既に搬送してもらっている。レジーナが一部の教会に協力を取り付けたから、そこの司祭達が手当てをしてくれるだろう」
 フローラ・タナー(ea1060)の提案に、議長はそう言った。レジーナ・オーウェン(ea4665)も伊達に多額のお布施を払ったわけではなさそうだ。
「私のピュアリファイで進行が遅らせられれば良かったのですが‥‥」
「一度でバンパイア達を滅する事が出来るほどのパワーは、なかなか出せないだろう。その分、マダムを追い詰めるのに使ってくれれば良い」
 申し訳なさそうにそう言うフローラに、議長は別の手段を提示する。
「しかし、黒の御前達だけでもやっかいだってのに、新たな敵かよ。で‥‥、護りながら、撃退しろ? だー面倒くせー」
 2人の世界を構築しかけたそれを、わざとぶち壊すかのように、リュイス・クラウディオス(ea8765)がそう言った。うっとおしそうな口ぶりに、ヴァレリーはこう言う。
「嫌なら良い。自分の身くらい、自分で守れる」
「そう言うわけじゃない。まぁ、俺だって戦闘系じゃないしな。役に立たないかもしれないが、いないよりはましだろ?」
 そう口にするリュイス。と、しばし考え込んでいたヴァレリーは、やおら‥‥彼を引き寄せていた。
「「「‥‥‥‥!」」」
 あんぐりと口を開ける者、固まってしまう者、頬を膨らますユキト等、様々な反応が見られる一行の目の前で繰り広げられたのは、ヴァレリーとリュイスのキスシーン。
「‥‥いるだけでも充分だ」
 驚く周囲に、ヴァレリーは、まだ黒きプリンスの看板は下ろしていない‥‥と言いたげな、意味ありげな笑みを浮かべているのだった。

 そして、一行はヴァレリーの案内で、マダムが潜んでいると思しき屋敷へと向かっていた。そこは、比較的大きな教会の裏手に当たる建物で、大聖堂にも近かった。
「マダムもデビルの可能性はある。ここは、昼間に出向くが得策だろう」
 念の為、『ジャンヌ』の姿となったフローラの提案で、一行はまだ日の高いうちに、屋敷の周囲を取り囲んでいた。
「住んでいる場所は、わかっていても、現状の様子がわからなければ、動きづらいしね‥‥」
 そう呟いたセラ、塀を覗き込むようにして、中をうかがっている。
「ま、夜よりかは多少は安全だよね。きっと‥‥」
 フィアッセ・クリステラ(ea7174)も同じ様に、中を覗き込みながら、そう言った。屋敷はいかにもバンパイアのそれらしく、窓は全て潰され、日のあたらない構造となっていた。
「気をつけるのじゃ! 誰かが魔法を使ったようじゃぞ!」
「ぐぁっ」
 ユラヴィカのかけていたパッシブセンサーが、反応する。直後、弧を描いてヴァレリーの体に突き刺さる月の矢。お返しとばかりに、ユラヴィカがサンレーザーを放つと、何かが逃げて行く物音がした。
「襲撃かのぅ?」
「そのようです。警戒していて正解でしたね」
 魔法をかけ直しながら、そう言うユラヴィカに、頷くディアッカ・ディアボロス(ea5597)。決して軽傷とは言えない傷跡を残すヴァレリーに、フローラがリカバーを施す。その後ろ頭を、リュイスがこつんと軽く小突いた。
「お前、まだ本調子じゃないだからさ〜、無理するなよ‥‥。ここで倒れられても困るんだ」
「俺がそんなに不甲斐なく見えるか?」
 治った傷の具合を見下ろしているヴァレリー。
「そうじゃないけどな‥‥。あまり離れるなよ? 護りにくくなるからさ‥‥」
 気遣うようにそう言うリュイス。そんな中、アルがフードを被りなおしながら、周囲の気配を探る。と、確かに、何か背中を逆撫でされるような感覚がある。その様子を見て、ユラヴィカが魔法を唱えてみせる。
 彼が唱えたのはエックスレイビジョン。それによると、中には数人分の棺桶があったそうだ。おそらく、その中に潜んで待ち構えているのだろう。
「下手に攻撃できないわね〜。元騎士団の魂にぎっているから、盾にされるとやっかいだわ‥‥」
 それでなくても印つきで、おかしくされる可能性がある人が4人もいるのに‥‥と、不安さをのぞかせるセラ。
「私がファンタズムをかけている間に、中に入っちゃってください」
 ディアッカが壁にファンタズムの魔法を唱えてから、そう言う。これで、外から見れば、以前と変わらないように見えるはず。それを受けて、アルがウォールホールを唱えた。
 壁の向こうは、長く続く廊下だった。暗いその奥に、誰かの気配がして、アルは「誰かいるぞ」と警告を発する。
「ようこそ、我が屋敷へ」
 そこに居たのは、複数の少年達を従えた常葉一花(ea1123)だった。
「やっておしまいなさい!」
 衣装を変え、まるで男装の麗人が如き姿になった彼女は、指先でまっすぐ一行を示すと、力強くそう言った。
「問答無用かよ! ったく‥‥、ここじゃシャドゥボムが使えない‥‥」
「あまり、傷つけてくれるな。手塩に掛けた可愛い子達だからな」
 ヴァレリーがリュイスにそう言っている所を見ると、彼女が連れているのは、元アシュフォード騎士団なのだろう。
「うーん、可愛い少年に迫られるのは、とっても嬉しいんだけど、命まで奪われるのは、ちょっと趣味じゃないんだよね」
 フィアッセがそう言って、後ろに下がる。弓兵の彼女、前線に立つよりは、中衛で矢を放った方が得策と踏んだのだろう。後方援護タイプのセラも、後ろで弓を構える。
「皆、纏めていくよ!」
 番えた矢は3本。ダブルシューティングEXで一気に黙らせようと言う算段らしい。
「だーー! しつこいっ!」
 一方、苦戦しているのはリュイス。ヴァレリーが少年達の刃をユラヴィカから借りたGパニッシャーで受け止めているもの、中々攻撃に転じる事が出来ないでいた。
「ただでさえ厳しいのに‥‥。ああもう‥‥きりがないわね? 次から次へと、邪魔よ。力づくでもどいてもらうわよ!」
「って、ちょっと待て‥‥!」
 流れた血を見たせいか、既に狂化を起こしたセラ、ヴァレリーが止めようとするのも聞かず、悪役めいた笑みを浮かべ、少年の一人にシューティングPAを放った。
「貴方の気持ちもわかりますが、手加減をして、ここを切り抜けられる様な相手ではありませんよ」
 攻撃を躊躇うヴァレリーにレジーナがエクセレントマスカレードの奥からそう言う。愛馬は使えなかったが、それでもレジーナは全く退かなかった。
「そうは言っても、剣を振り下ろしたくはないでしょう。ここは、こうすれば良いのですのよ」
 ディアッカが魔法を唱えると、現れたのは幻影の壁。どれほど効果があるかはわからないが、時間稼ぎにはなる筈だと。
「武器を落とせば、捕らえやすくはなる筈です」
 現れたの壁を隠れ蓑に、セレナがバーストアタックをスマッシュ込みで放つ。
「‥‥出来るだけ気を失わせるようにするさ。それで良いだろう?」
 その様子を見て、目くらましの壁を背に、ヴァレリーが意を決したようにそう告げた。
「ええ。それで充分ですわ」
 戦えるなら、それで良い。いつ操られても良いように、最初から全力で戦っていかなければ、後々に響くから。
「ここは狭すぎますわね。ついておいでなさい!」
 劣勢を見た一花が、まるで味方を誘導するかのように、踵を返して奥へと移動して行ったのは、それからまもなくの事である。

 一花が向かった先には、謁見の間めいた広い部屋があった。普段は食堂代わりに使っているのだろう。だが両側には、まるで調度品の様に等身大の人形が並び、威圧感さえ与えている。
「ここは‥‥広間か」
 周囲を見回して、そう呟くアル。その正面。タペストリーで飾られた中央の席に、主でもあるマダム・タリスが一花を控えさせていた。
「あなたがヴァレンタインね。お客人が先ほどからお待ちですわ」
 彼女は、ヴァレリーを見るなりそう言った。直後、後ろの扉が閉じられ、並んだ人形の影から現れる‥‥もう1人の人物。
「初めまして、かな。プリンス殿。聖餐の儀式が待っておりますよ」
 一応敬語を使っているもの、尊敬の念は欠片も見えない。
「あなたのいるべき場所は、そこではありません。ルクレツィア様が、ポーツマスでお待ちですよ」
 マダムが指を鳴らすと同時に、ヴァレリーが無言で崩れ落ちる。リュイスが支えたものの、既に彼に意識はなさそうだ。そこへ、待ち構えていた他の少年達が襲いかかる。
「そうは行きませんよ!」
 だが、彼の背に隠れていたディアッカが、ファンタズムで壁を作る。
「無駄な事を‥‥。こっちへ来なさい、ヴァレリー」
 マダムがそう言うと、ヴァレンタインがゆっくりと立ち上がる。それを見て、フローラははたと気付いた。
「もしやあれは‥‥。そうか‥‥そういう事か‥‥」
 マダムは先ほどから、掌を同じ向きに傾けたままだ。何かを持っているのは明らかである。それが、デビル魔法による仕掛けだと、フローラは思いつく。
「ほほぅ。気が付かれましたか」
「ええ、伊達に教会へ通っていたわけではないさ‥‥」
 バンパイアが感心した様にそう言った。
「それがどうしたと言うのかしら。奪われなければ良いだけの事よ」
 マダムがそう言って、ヴァレリーを『早く』と急かす。
「させないわよ! 死んでもらっちゃ困るしね!」
 そこへ、セラが体当たりを試みた。上手い具合に床へ転がった彼を、彼女は無理やり押さえつけている。その隙に、リュイスがリュートベイルを奏でた。マダムが「1人でどうなさろうと言うのかしら!?」と揶揄すると、彼はこう宣言する。
「一人じゃないさ‥‥。少し、寝てろ!」
 動きを止めようと、リュイスが子守唄をメロディーに乗せる。程なくして眠りに落ちる彼から、Gパニッシャーを取り上げ、動けないようにする彼。
「邪魔をなさい、一花!」
 ちりん、と音がして、控えていた一花が動く。ユラヴィカは、その瞬間を見逃さなかった。
「あれじゃ‥‥! マダムが持ってる鈴!」
 操る為に身に付けているであろう品。鈴を隠そうとするマダムに、サンレーザーを放つユラヴィカ。撃てる所を見ると、まだ‥‥日は高い。
「邪魔などさせん! 日の光よ!」
 それを知ったアルが、ウォールホールで壁に穴を開けた。
「ぐぁぁっ!」
 降り注ぐ光は、バンパイア達への攻撃となる。いぶされる彼らに、フローラは高々と十字架を掲げ、浄化の魔法を唱えた。
「吸血鬼よ! 主の名によって退け!!」
 専門レベルで放たれたピュアリファイは、バンパイアのリーダーと思しき男に、ぶすぶすと煙を上げさせる。
「ち‥‥!」
 配下の少年達‥‥おそらく、犠牲になったスレイブ達だろう‥‥をその場に残したまま、さっさと屋敷を後にするバンパイア。
「さぁ、後は貴女だけですわよ!」
「ふ、ふん‥‥! こちらには、まだ手がある!」
 もはやジャンヌの仮面を脱ぎ捨てたフローラに、マダムは若干焦りながらも、スクロールを広げてみせる。
「畳み掛けるぞ。アグラベイション!」
 アルが魔法を唱えるが、それとて彼女を止めるには至らない。
「それは囮‥‥。本命は‥‥グラビティーキャノンッ!」
 だが、彼に取っての攻撃は、動きを鈍らせる事ではなく‥‥魔法の重力波。直線状にあったテーブルが、吹き飛んで転がった。
「風よ!」
 残っていたスレイブに命じて、彼女はアルを黙らせようとする。そこへ、ウインドスラッシュのスクロールを広げるアル。
「スクロールさえなければ!」
「させません!」
 そんな彼女を、後ろから力強く抱きしめるように拘束する一花。
「く‥‥! 離せ!!」
「そうは行きませんよ‥‥。この為に、わざわざ一芝居うったのですから!」
 もがくマダムに、彼女は高速詠唱で唱えたクリスタルソードを、深々と突き刺す。
「ぐぁぁぁっ!」
 背後から貫かれた彼女が、本性をむき出しにしてそう叫んだ。
「セレナ! これを!」
 その瞬間、フローラはハンマーofクラッシュを、彼女へと転がす。
「黒き貴婦人よ! 迷わずに‥‥逝け!!」
 特別に重く作られている、魔力を持った鉄の金槌を拾い上げたセレナが、頭上から力の限りに振り下ろして。
「ばか‥‥な‥‥」
 ラージクレイモア並の威力へと膨れ上がったスマッシュEXの一撃に、マダムは今度こそ倒されるのだった‥‥。