【現れし影】そして血は流れる

■シリーズシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月10日〜03月15日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

 ドレスタットには、一軒の情報屋がある。港に程近い場所にある、二階建ての小さな店だ。店の主はキーラ・ユーリエフという名の女で、一階は情報屋、二階は彼女の住居となっている。また、半地下となっている物置もある。小さいとはいえ、一人が住むには十分な大きさの建物だ。しかし、あまり店舗らしい建物ではなく、大きな看板も出ていないため、一見すると一般の住宅のようにも見える。港にほど近い場所だけあって周囲の人通りは比較的多いが、多くの者たちはここが情報屋であることには気づかないだろう。外から見ると、非常に低い位置にある窓に少し驚く者がいるくらいで、殆どの者がこの小さな店には注意を払わない。ちなみに、この「低い位置にある窓」というのが、半地下の物置につけられた窓なのだが、大人の男が潜り抜けられるかどうかといった程度の大きさだ。
 そんなわけでこの店は大して目立つことはなく、本当に情報を必要としている者だけが訪れるのだった。
 キーラの元には、目下、一人の「客人」がいる。ドレスタット領主であるエイリークの宝を盗もうとした海賊の頭目が、その「客人」だ。いずれ官憲に引き渡すつもりなのだが、なかなか官憲とキーラの間で都合がつかず、未だ海賊の頭目はキーラの預かりとなっていた。海賊の頭目は、情報屋の半地下にある物置に監禁されている。監視をしているのは、キーラが雇った四人の用心棒だ。四人は、二人一組で交代に物置の入り口と、通りに面している窓を見張っている。とはいえ、海賊の頭目が根っからの悪人ではないことを気に入ったらしいキーラがそこそこの待遇で接したため、常に監視下に置かれているとはいえ、海賊の頭目へ待遇はそうひどいものではなかった。
 早朝、キーラは海賊の頭目の元を訪れるべく、部下と共に物置へと向かった。昨今噂になっている「紫のローブの男」について、あるいはドラゴンについて多少なりとも知識を持つ海賊の頭目に、話を聞こうと考えたのだ。
 キーラは、半地下の物置へと降りる階段の前で、足を止めた。扉の前で、用心棒の男が一人、血まみれの姿で倒れている。
「一体、何事だ!」
 部下が、急いで男の元へと駆け寄った。そして、首筋に手を当てる。
「死んでいます」
 ややあって呟いた部下を押しのけるようにして、キーラは物置の扉に手をかけた。鍵は、開いていた。だが、鍵が壊された形跡はどこにもない。
「おい、頭目殿」
 声をかけながら開けた扉の向こうにあったのは、まるで見せしめのように体中を切り裂かれた男の死体だった。かつては海賊の頭目であった死体を前に、キーラは絶句した。ちょうど死体の真上にある格好の窓は、開け放たれている。その窓の向こうには、窓の外にいたはずの用心棒のものと思われる腕が投げ出されていた。

 真冬のドレスタットとはいえ、死体を放置しておくわけにはいかない。三人分の死体をひとまず墓地へと葬る手はずを整え、キーラは自宅へと戻ってきた。死体は運び出したとはいえ、家の中には微かな血の臭いが残っている。
「失態だ」
 椅子に座り、腹立たしげに吐き捨てたキーラは、苛々と机を指で叩いた。
「敗れて囚われた、今は何の役にもたたない海賊を殺す理由が、どこの誰にあるというんだ」
「官憲を呼びますか」
 普通に考えれば、これは官憲に引き渡すべき事件だ。何しろ、殺人である。しかし、自分の店でもあり住居でもある場所で起きた殺人事件だ。このまま、官憲に渡して蚊帳の外に置かれるのは腹立たしいという思いが、キーラにはあった。
「連絡は、入れる。ただし、今後手に入れた情報は全て官憲に連絡するという前提で、この件は私が預かろう。もっとも、殺人事件だ。官憲も大人しく引き下がりはしないだろうから、その辺りは多少もめるだろうな。‥‥そうすると、私は官憲を抑えるのに暫くは手一杯になるか」
「かしこまりました。では、私は冒険者ギルドへ向かいましょう」
 察しのいい部下の言葉に、キーラは軽く苦笑いをした。
「ああ。知りたいのは、犯人像、進入経路や殺害方法、その目的‥‥つまり、調べがつくことの全てだ。半地下の物置も、この店も全て開放する。殺人事件に興味のある奇特な冒険者を集めて、好きなだけ調べさせてくれ」
 こうして、冒険者ギルドには殺人事件の調査依頼が出されたのだった。

●今回の参加者

 ea3088 恋雨 羽(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea8572 クリステ・デラ・クルス(39歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea8791 カヤ・ベルンシュタイン(26歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 冒険者たちを出迎えたのは、情報屋の主であり依頼主でもあるキーラ・ユーリエフだった。
「何か希望があれば、全て部下に言ってくれ。大抵のことには応じるはずだ。私も協力はしたいが、そろそろ出かけなければならない。それでも、まあ一つや二つくらいの用には、付き合える。何かあるかな」
「足型を取らせてもらえないかな。この家に、キーラ殿と部下殿以外の足跡が見つかれば、何かの手がかりになるかもしれないしね。それからエイリーク殿の宝が何なのかも、知りたい」
 恋雨羽(ea3088)が言うと、キーラは拒絶することもなく頷いた。部下もまた、恋雨の要請に応じる。だが、エイリークの宝が何であるのかは、キーラも詳細は知らないとのことだった。
「一つ、確認したい。海賊の頭目の死体に異常はなかったか? 正直に言えば、我が輩は竜やローブの男に関する追及を絶つ目的で替玉の死体を用意し、己の屍骸としたのではないかと考えておるのだが」
 クリステ・デラ・クルス(ea8572)が、足型を取られているキーラに尋ねた。
「異常と言えたのは、体中の傷くらいのものだな。頭目殿の体は、不必要に切り刻まれていた。顔は見間違えることもないほど、傷一つなかったな」
 さらりと事件の異常性を垣間見せることを告げたキーラは、足型を取り終えたばかりの足を緩く振った。
「さて、そろそろ出かける時間だ。次にお会いできるのは、五日後か。報告を楽しみにしているよ」
 キーラを見送った後、キーラとその部下の足型を取った羊皮紙を掴んだ恋雨が言った。
「半地下の物置に向かう階段、それから物置、窓の外に残っている足跡を調べたいね。ざっと調べ終わるまで、この辺りを調べるのは待ってもらえないかな?」
 恋雨の提案を断る理由もなく、皆は一様に頷いた。
「では、恋雨さんが調べている間に、幾つかお伺いしてもいいですか」
 異性と間違えられそうな容貌のセシル・クライト(eb0763)が、キーラの部下に向かって言った。
「海賊の頭目生存を最後に確認したのはいつか。殺害推定時間に現場、玄関から物音や人の声がしたか。現場のドアの鍵は何処にあったか、そして、今それはあるのか。死因は何か、傷は切り傷なのか、それ以外か。玄関に鍵はかけていたか、遺体発見後に鍵はかかっていたか。僕が確認したいのは、以上です」
 簡潔にまとめられたセシルの問いに、部下もまた端的に答えていく。
 頭目を最後に確認したのはキーラであり、午後七時頃、夕食を運んだ。殺害推定時刻は、不明。確実なことは、午後七時から死体発見時刻の翌朝八時までの間。夜間、特に気になるような物音はなかった。現場の扉の鍵を持っていたのは、キーラと扉の前にいた用心棒のみ。三人の死因はそろって鋭い刃物による切り傷だったが、用心棒の二人は無駄に切られた跡はなかった。夜、玄関には鍵がかかっていたことを、部下自身が確認している。だが、朝には開いていた。ちなみに、家の鍵は外を見張っていた用心棒も所持していた。
「今の話を聞く限りでは、外の見張り、物置の扉の見張り、頭目の順で殺されたようにも思えますね」
 外部からやってきた何者かが、まずは騒がれないように外の用心棒を殺す。そして鍵を奪い、家の中に入った何者かが家の中の見張りを殺して鍵を奪い、最後に、海賊を殺した。そういったシナリオは、確かに成り立つ。
「私も、聞きたいことがあります。できましたら、亡くなった用心棒のご同僚方にお話を伺えませんか」
 リセット・マーベリック(ea7400)に一つ頷いた部下は、すぐに用心棒を呼んだ。ただし、今ここいる一人だけである。
「亡くなられた用心棒の方の技量の持ち主だったか、教えてください」
 それが分かれば、用心棒たちを殺した何者かの技量も分かるはずだ。話によれば、彼らは我流ではあったが剣を振るうことにかけては専門級の技量を有しており、そうやすやすと殺されるような者たちではなかったとのことだ。ただし、大柄で重装備をしていたことから、動きはあまり早くなかったとのこと。
「それから、死体を検分された方はいらっしゃいますか」
「検分は専門ではありませんが、ざっとでしたら私も確認いたしております」
 リセットに答えた部下によると、一撃目で致命傷を負わせ、二撃目で止めを刺した様子だったという。
「仕手人の技量はなかなかのものですね。ということは、探しやすいということです。技量がある人というのは、目立つものですから」
 一通り話が終わった頃、ふと思いついたように、それまで黙って話を聞いていたエスト・エストリア(ea6855)が呟いた。
「竜騒ぎの原因を知っているかもしれない方が殺されたのですから〜、それなりに裏がありそうですよねぇ。‥‥ところで、ハーフエルフなカヤさん〜」
 突然名を呼ばれたカヤ・ベルンシュタイン(ea8791)が、ぴくりと特徴的な耳を動かした。
「もし〜、カヤさんが狂化したら魔法で止めて上げますね〜」
「え、あ。はい。‥‥どうやって、ですか?」
 いかにも善意に溢れたエストの笑みに気おされたように、カヤは思わず頷いていた。そんなカヤに、エストがふふと上品に笑った。
「邪眼の王よ〜その視線で全てを止めて下さい〜お願いしますよ〜♪」
 かかったものを石化させるストーンの魔術が、瞬時に部屋の隅に置かれていた花瓶を石に変えてしまう。
「こうすれば、狂化しても問題なし、です〜。でも、カヤさん、狂化しないようにくれぐれも気をつけてくださいね〜」
「「は、はいっ」」
 声が二つ重なったのは、カヤだけではなく、同じくハーフエルフのセシルも返事をしたからだ。狂化は確かに問題が多いとはいえ、石化させられるのはたまらない。ストーンをかけられたわけでもないのに思わず体を硬くした二人を見て、エストはまたふふと上品に、善意に溢れた目で笑った。
 恋雨が足跡を探っている間に、カヤは店内を調べ始めた。
「この店内から物置へ行くことが出来る以上、ここにも何か証拠が残っているかもしれませんわ」
 店内はある程度きれいに掃除されてしまっていたが、カヤは諦めなかった。家具と壁や床の隙間に銅鏡を差し入れてまでして、隅々まで確認をする。胸を強調する服を着ているせいで、時折、幾分人目を憚るような格好になってしまうことにも、カヤは頓着しなかった。
「たんすの下には何もなし、と」
 証拠らしきものが何一つない場合でも、カヤは事細かに羊皮紙に記録を記していく。そして、玄関近くの敷物をめくったカヤの動きが、止まった。怪訝に思った桜城鈴音(ea9901)が、声をかける。
「何かあったの?」
「ええ。大したものではないのかも知れませんが」
 カヤ指差した床には、幅の広い刃物で傷つけられたような跡があった。
「亡くなった用心棒方は、こんなに大振りの剣を使われていましたか」
 リセットの問いに、キーラの部下は首を横に振った。
「ということは、これが犯人の使った剣の跡ってことね」
 桜城が、呟くように言った。普段の明るい口調とは幾分異なる口調に、クリステが軽く不思議そうな顔をする。
「どうしたのだ」
「前にね。殺された海賊の頭目に、見逃してもらったことがあるの」
 桜城は別段海賊の死を深く悼んでいるわけではなかったが、やはり知った顔が惨殺されたとあれば気分は良くない。
 恋雨が足跡を検証には、ずいぶんと時間がかかった。ようやく恋雨が一通りの検証を終えたのは、夜だった。
「店の外の足跡は、追えなかったよ。通行人らしき足跡が多すぎる。階段の足跡も、無理だった。僕の目は、残念ながらそこまでよくはなかったようだ。でも、物置の入り口から中の足跡はよく見えたよ」
 不審な足跡は、物置の入り口から鮮明に浮かび上がっていた。理由は簡単である。殺された用心棒の血が、殺人者の足跡を記していたのだ。血の足跡は物置の中へと続き、そして途切れていたと恋雨は言った。
「足跡は、階段へは戻らなかったということですか」
 尋ねたセシルに、恋雨は一つ頷いた。
「ということはぁ、犯人は外へは出なかったということでしょか〜」
 エストの言葉に首をかしげたのは、桜城だ。とはいえ、殺人者が足の裏をきれいに拭いてから外に出たという可能性はゼロではない。
「足跡以外に何か残されているものがないか、調べる必要があるとはいえ、部屋の中を捜索するには、少々暗すぎる。ひとまず今日は解散する方がいいだろう」
 一度言葉を切ったクリステは、少し間をおいてから言い足した。
「そういうわけで、そろそろ我が友人殿の出番だな」
 その時、図ったようなタイミングで情報屋の扉が叩かれた。現れたのは、顔のごく一部を残して、全身の肌を衣類で覆ったヴェロニカ・クラーリア(ea9345)だ。
「少々出遅れたが、まあこやつはものすごい出不精ということで見逃してやって欲しい」
 ヴェロニカは、そう言ったクリステを睨んだようだったが、何分、彼女の表情は外からでは窺えない。
「ヴェロニカさんはパーストが使えると聞きました。パーストで過去を確認していただけませんか?」
「無論、そのつもりで来た」
 そっけないが決して冷たくはない口調でカヤの問いに答えたヴェロニカは、閉めもしなかった扉から手を離して外へと歩いていく。冒険者たちは、そこでひとまず散会することにした。
 道のすぐ上に見える小さな窓のもとに立ち、ヴェロニカは辺りを見渡した。静かで、人通りはあまりない。ヴェロニカのスキルを持ってすれば、およそ一週間前までは見通せる。だが、見ることの出来る時間はおよそ十秒しかない。ヴェロニカから、おおよその殺害時刻を確認したヴェロニカは軽く呼吸を整えてから印を結んだ。
 数回連続してパーストを唱え、ヴェロニカにもさすがに疲労がたまってきた頃だった。十秒間の過去見の後、ヴェロニカは呟いた。
「男だ。大柄の男が、壁から出てくる。血塗られた剣だ。男は、誰かを見て笑った」
 見えたものを木片に書き付けながら、ヴェロニカは答えた。
「上出来だ。ヴェロ、貴殿は少々下がっていろ。相手は、なかなか危険な奴らしい」
 続けて、クリステがフォーノリッヂを唱えた。指定した単語は、「自分達」「安全」の二つ。見えたものは、殆ど現在と変わらない穏やかな夜の光景だった。幾分ほっとしたクリステの目に、穏やかな光景の隅に影が映った。だが、その影が何であるか分からないまま、幻の未来は掻き消えた。
「何が見えたのだ、クリステ」
「‥‥影だ。我が輩たちの未来は、何もしないで易々としていられるほど容易いものではなさそうだ」
 そして、二人はひとまずその場を後にした。後は、明日以降の捜索に全てをゆだねるしかない。

 翌朝、真っ先に殺害現場である物置に入った桜城は、一際激しく血の跡が残る壁に向かって黙祷を捧げた。
「さあ、捜索開始!」
 それまでの神妙さを振り払い、桜城が声を上げる。それにあわせたように、皆は部屋の捜査を開始した。
「リセットさん。何か、分かります?」
 鍵穴を調べているリセットに、カヤが声をかける。
「鍵にこじ開けられた痕跡がないかどうか見ているのですが、そうですね。‥‥ひとまず、壊された形跡はありません」
「鍵は、やはり殺した用心棒さんから奪ったんでしょうか」
 エストと桜城は、窓を調べていた。
「小さい窓ね。これじゃあ、魔法でも使えない限り、ここからは出られないよ」
「ヴェロニカさんの過去見によるとぉ、犯人は壁から出てきたそうですね〜。ですから、魔法でしょう」
 クリステから伝え聞いたヴェロニカの過去見の話を思い出しながら、エストと桜城は揃って窓枠の辺りを調べ続けていると、やがて二人の目が窓の蝶番に奇妙なものを見つけた。黒い、糸くずだ。
「錬金術で調べましょう〜。何か分かるかも知れません♪」
 エストは、糸くずを丁寧に手に取った。
 クリステと桜城は、それぞれ目撃者などの情報収集に努めた。クリステは、得られた情報を居候を決め込んでいるヴェロニカの家に持ち込み、ヴェロニカ自身と吟味した。

 そんなことをしている間に、依頼終了日となった。ようやく戻ってきた、些か疲れた風情の依頼主を前に、皆は集めた情報に基づく犯人像や殺害状況などを説明し始めた。
 恋雨の足跡調査によれば、殺人者の者らしき足跡は物置の入り口から中にかけて、鮮明に残っていた。なお、階段を再び上って外に出たことを示す足跡は残されていない。窓は、桜城が予想したとおり、よほど小柄なものでなければ出入りは不可能な大きさであり、カヤの見つけた床の刃物傷に相当する武器を振るうことの出来る犯人像と、その窓の大きさは合致しない。ヴェロニカの過去見は恋雨の調査とカヤの見つけた物証を裏付けており、男が「壁から」出てくるところを見ている。以上から、男は何らかの形で魔法を使って物置からの脱出を図ったと見ていいだろう。また、エストが調べた糸くずは、ごく普通の糸ではあったものの、非常に質のいいものであるということが分かった。袖口や襟などに使われる、飾り糸らしい。海賊の頭目も殺された用心棒たちも、そしてキーラもその部下も、そういった糸を使用した衣類などを身につけていたことはないという。
 さらに、リセットが入念に調べた鍵穴には、壊された形跡も、また鍵以外のもので開けられた形跡もなかった。おそらく、殺人者は鍵を殺した用心棒から奪い、それを使って物置に侵入したのだろう。しかし、これだけのことをしておいて、外の見張りが騒がないはずがない。セシルの予想通り、外の見張り、物置の扉の見張り、海賊の頭目の順に殺されたのだろう。そして、リセットなどが確認、推測したところによると、殺人者はなかなかの実力者のようだ。
 目撃者などを探していたクリステは、なかなか興味深い話を一つ拾ってきた。殺人が起きた夜、見慣れない大きな船がドレスタットの港に入港していたという。
「私は、紫ローブの男に何らかの形で関係がある事件だと思います」
「僕は、口封じや見せしめの殺人ではないかと。海賊の頭目だけが、体だけを執拗に傷つけられていたという点が気になります」
 リセットとセシルの言葉に、キーラは緩く頷いた。
「なるほど。それにしても、貴殿らの情報による犯人像では、何らかの形で魔法を使った形跡があるとはいえ、どうやら相手は剣の使い手らしいな。しかし、その糸くずは何だ? 話を聞く限りでは、誰かが物置から外の誰かに向かって手を伸ばした拍子に、蝶番に袖を引っ掛けたとでもいうようだ」
「難しいですねぇ、判らないです〜」
「まったく」
 エストとキーラは揃って首を傾げた。
「何にしろ、よく調べてくれた。これで、だいぶ犯人像も絞り込めたか」
 キーラのそんな言葉で、調査は終わった。