【現れし影】影を掴む時

■シリーズシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月24日〜03月29日

リプレイ公開日:2005年03月30日

●オープニング

 ドレスタットには、一軒の情報屋がある。その情報屋の主が預かっていた海賊の頭目が、殺された。
「人の家で囚われの客人を殺されておいて、手をこまねいている趣味はないからな」
 情報屋の主であるキーラ・ユーリエフは、不遜に言い放った。実際、彼女はありとあらゆる伝手を頼って官憲を押さえ込み、自らが冒険者たちを雇って犯人を追い始めている。
 すでに、彼女は冒険者たちが現場検証により絞り出した犯人像を得ていた。
「なかなかの腕を持つ剣の使い手。何らかの形で魔法を利用できる立場にある。動機は、口封じや見せしめか?」
 まとめられた報告書をめくりながら、キーラは呟いた。
「それにしても、鍵を壊さずに奪った鍵で扉を開けるとは、案外犯人は律儀なのか、慎重派なのか、あるいは合理的と見るか。情報一つとっても、見方は色々だ。……我らが冒険者殿らは、どんな見方をするかな」
 キーラに声をかけられた部下は、無言で首を振った。自分には分からないと言っているような仕草に、キーラは軽く笑う。
「何にしろ、犯人像を絞り込んだら、次は犯人と思しき男の所在を絞り込む段階だ。集まった情報をどう判断してどう使うのか、それが問題だな。他の仕事を放り出すわけにもいかない以上色々と忙しいが、今回は多少は私も動いてみよう」
 そして、冒険者ギルドに依頼が一つ舞い込んだ。

●今回の参加者

 ea3088 恋雨 羽(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8572 クリステ・デラ・クルス(39歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea8791 カヤ・ベルンシュタイン(26歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9512 ルナリス・ヴァン・ヴェヌス(27歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ea9901 桜城 鈴音(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 依頼主へ質問がある者たちは、まず、殺人事件がおきた現場である情報屋へと集まった。出迎えたキーラとの簡単な挨拶を済ませた後、ルナリス・ヴァン・ヴェヌス(ea9512)が話を切り出した。
「確認したいことがある。まず、殺された用心棒がどういう防具を身につけていたか。それから、初撃の位置‥‥鎧の隙間を縫った一撃だったのか、それとも鎧ごと潰すような一撃だったのか。‥‥ご記憶か?」
「レザーアーマーを装備しておりました。また、初撃については後者であったと、記憶しております」
 そう答えたのは、キーラの傍らに控えていた部下だった。
「真正面から切り込んだような、そんな傷に見受けられました」
「‥‥真正面からとは、それは」
 ルナリスが呟き口をつぐむのとほぼ同時に、桜城鈴音(ea9901)が切り出した。ずっと抱えていた疑惑を口にしようとしているかのような表情だ。
「不思議なことがあるんだよね。どうして、用心棒さんたちが殺された時、ほとんど物音がしなかったの? 普通、知らない誰かが夜に剣なんか持って近づいてきたら、誰何くらいはするよね。しかも、真正面から切られたみたいだったって言ったら、顔見知りの犯行‥‥内部犯じゃない?」
 セシル・クライト(eb0763)が、桜城の言葉を受け継ぐ。
「幾つか確認したいことがあります。‥‥そちらにいる部下の方や、交代役として殺人事件の起きた日には見張りに立たなかった用心棒が、その日、どこにいたのか、分かりませんか」
 キーラは自分の傍らに控えている部下をちらりと見てから、記憶を吟味するよう、ゆっくりと答えた。
「この部下がいたのは、この家の二階。私の部屋の隣だ。こいつについては、疑う必要はないことを保障しよう。確か、貴殿らは一人の用心棒には会ったはずだ。クラインという名の男だが、あれは酒場にいたらしい」
 部下が、その用心棒がいたという港にある一軒の酒場の名を上げる。
「残る一人の用心棒、ヨハンと名乗っていた男だが、あれは自宅にいたらしい。これも自己申告だがな」
「彼らは、今どこに?」
 続けて、セシルが尋ねた。
「どちらも解雇した。監視するべき者も死んだことだしな。クラインは、今は船の上だ。素性の確かな船長の船だから、不審なことはない。ただし、ヨハンについては分からない。翌日、自分から辞めて行った。人が殺されるような恐ろしい場所にはこれ以上関わりたくないと言ってな」
 そこまで口にしてから、キーラは唐突に口調を変えた。彼女の口調に、自嘲気味の苦笑いが混じる。
「大柄な体躯のわりには小心なことを言うものだと、その時は思っただけだったのだが」
「ヨハン。よくある名前ですわね」
 カヤ・ベルンシュタイン(ea8791)が呟く。ヨハンというよくある名は、偽名にはうってつけと考えられなくもない。
「‥‥では、もう一つ。夜間に不審な物音はしなかったと部下の人がおっしゃっていましたが、これはキーラさんが何も聞かなかったということでしょうか」
「私も、そして部下もだ。もっとも、多少の不審な音程度では、目が覚めなかったというだけの可能性もある」
 つまり、キーラとその部下が目を覚ますほどの物音はしなかったということだ。
「物音を殆ど立てないまま用心棒の真正面に立って剣を振るえて、ありがちな名前で、しかも事件直後に姿をくらました男なんて、明らかに怪しいよね」
 桜城の言葉に、キーラが苦笑いした。
「まったくだ。一応は信用の出来る筋から紹介された男だったとはいえ、自分で調べることを怠ると、こういうことになるということか。‥‥ただし、一つ付け加えるなら、ヨハンの獲物はごく普通のノーマルソードだった。もっとも、武器はいつでも持ち替えられるがな」
「その紹介先を教えていただけませんか。それから、失礼ですけど、ドレスタッドにある他の情報屋を紹介して欲しいんです。あなたを信用していない訳ではないのですが、今は情報を集めることが、何にもまして必要ですから」
「良いだろう。ただし、私の紹介状ごときで貴殿らが必要な情報を全てよこすような、親切な情報屋はそうそういないことは覚悟しておいてくれ」
 それまで口を閉ざして会話に聞き入っていたクリステ・デラ・クルス(ea8572)が、ようやく口を開いた。
「情報屋の貴殿に尋ねたい。ドレスタッドの赤毛の色男を目障りに思う貴族などに、心当たりは?」
「貴族と言わず、海賊から何から、心当たりは多すぎるな」
「では、その心当たりから殺人事件を起こすほどの者という基準で絞り込むことは?」
「多少時間はかかるだろうが、やってみよう」
 単刀直入な二人の会話はすぐに終わった。
「では、最後に」
 クリステが、印を組んだ。唱えた魔法は、フォーノリッヂ。単語は、依頼主の名と「安全」。十秒ほどで緩く閉じていた目を開けたクリステは、軽く嘆息した。当面、キーラの身に危険が及ぶことはないようだ。あくまでも、このまま上手く事が進めば、だろうが。
「冒険者ギルドへ依頼を出しているということは、相当数の人たちが僕たちが殺人事件の調査をしていることを知っているということです。ですから、皆さんも調査の際には出来るだけ単独で人気のないところに行かないよう、気をつけてください」
 セシルの言葉に、一同は頷いた。
 そして、キーラはすぐさま書き上げた紹介状をカヤへ渡した。その中には、ヨハンなる用心棒を紹介した情報屋への紹介状もあった。

 恋雨羽(ea3088)は、物置の窓に引っかかっていた布切れと不審な足型を片手に、布地問屋と靴屋を回っていた。足型を取ったとはいえ、一目で靴跡の詳細が鮮明に分かるというものではなく、靴屋回りは難航した。だが、布地については比較的容易く目処がついた。一軒の問屋で、その布地に心当たりがある男に出会ったのだ。
「こいつは、そうそう手に入るもんじゃない。お貴族様のお召し物に使う布ってところかな。それか、後は賊」
「貴族か、賊? それはどういうことなのかな」
「お貴族様の嗜好品を奪う賊は、いつの世にもどこにでもいるってことさ。最近も、そういう金持ち用の嗜好品を積んだ船が襲われたって話だ」
 貴族か、賊か。仮に服の主がそのどちらかであるとしたら、どちらも相応に面倒な相手だと、恋雨は一人呟いた。

 情報屋を出たクリステは、サンワードを唱えた。殺人犯を雇用・庇護する者を推測しようとしたのだが、太陽からの答えは「分からない」だった。情報が不足しているのか、対象者が日陰にいるのか。さて、と首を傾げたクリステだったが、気を取り直して大振りの剣について調べるため、武器屋を回ることにした。
「店主殿。客ではなくて悪いが、大振りの剣、と聞いて思いつくものを教えてもらえないか」
 とある武器屋の店主は、暫く考えた後に言った。
「‥‥野太刀だな。長さは1.8mのジャパンの剣で、切れ味が鋭い。ノルマンでも時々見かけることもある」
「野太刀をこの辺りで扱っている店はないかの」
「世界を回る貿易船が入ってくれば、一振りや二振りは出回ることもある。あるいは、お貴族様の趣味でジャパンから取り寄せるとかな。そういえば、最近、そういうお貴族趣味のものを乗せた船が海賊に襲われたとかいう話を聞いた」
 暫く考え込んだ後、クリステは礼を言って店を後にした。

 ルナリスは、高級衣料店を回っていた。
「私に、似合う服を選んで欲しいな」
 女性店員にそんなふうに笑いかけつつ、ごくさりげなくナンパのスキルを駆使して会話を進めていく。華美なローブなどに袖を通しながら、ルナリスは最近こういった豪奢な服を買い求めた立派な体躯の男はいなかったかと尋ねた。女性店員はルナリスのせいで幾分赤らんだ顔で、首をかしげた。
「そういった方はいらっしゃいませんでしたが、やけに立派なお召し物を見繕われた男性ならお越しいただきましたわ」
「それは、どんな男だった?」
「失礼ですけれど、ずいぶん汚れたものをお召しになっていらっしゃったのに、お買い求められたものが高価なものだったので覚えているだけですわ。何と言えばいいのでしょう。‥‥そう、魔法使い風の男性でした」
 少し考え込んだ後、ルナリスはローブを一着買い求めた。
 そして夜、酒場に立ち寄ったルナリスは、そこで働いている女性陣や情報に通じた女たちに話を聞くことにした。不審船について聞くと、酒場の女たちは最近見慣れない船乗りふうの男たちが出入りしていること、そして情報通の女は最近貿易船を襲った船が少々変り種だったことなどを話してくれた。
 そんなことを話しているうちに、ルナリスはふと一人の男に目を留めた。
「あの男は、魔法使い。地獄の沙汰も金次第。金払いの良し悪しで魔法を使うっていうんで、魔法使いたちからも嫌われてるの。最近、毎晩ここに来てるわ」
 情報通の女が、ルナリスの耳元で囁いた。

 カヤは、キーラの紹介状を持っていくつかの情報屋を訪ねた。もともと豊かな胸を強調する服装は、情報屋を営む男たちの目を惹き、なかなかの待遇は受けたのだが、これが情報のやりとりのことになると、どの情報屋たちも渋かった。チップという程度の金額では、彼らは動かないのだ。これで紹介状と持って生まれた容姿という武器がなかったら、どれほどけんもほろろな扱いを受けたことか。
 溜息を吐きつつ、カヤは気を取り直して一軒の情報屋の扉を叩いた。中には、無愛想極まりない初老の男がおり、カヤの手渡した紹介状を見ても、眉一つ動かさなかった。
「あなたが、ヨハンという男をキーラ氏に紹介したと聞いて、お伺いしました」
 カヤはその男に殺人を犯したという疑惑がある旨を話した。すると、男の顔が険しくなる。暫くの沈黙の後、男は思い口を開いた。
「これも俺の責任だ。仕方がない。話そう。‥‥あいつとは、昔、同じ船に乗っていたことがある。船でも陸でも、腕の立つ男だ。ふらりと姿を消してから何年も経ったつい先ごろ、突然現れて、腕っぷしの使える仕事を探しているというから、あの女情報屋へ紹介した」
「大した偶然ですわね」
「ああ」
 たいして熱心に頷かなかった男は、ややあってから言い足した。
「ドラゴン襲来に海賊捕獲たぁドレスタッドも騒がしいな、とか何とか言いやがるから、俺もあの女情報屋のことを思い出した。‥‥つまり、そういうことだ」
「その男について、詳しいことを教えてください。ヨハンという名も、どうせ偽名なのでしょう?」
「そうだ。昔、何度もここで揉め事を起こした奴だからな。名を出して、昔の面倒事を掘り起こされるのは嫌だとか抜かすから、俺が適当な偽名をくれてやったのさ」
 情報屋によると、男の名はハーゲン。苗字については、不明。なお、本名との確証はないが、男が自ら名乗る名はこれ一つだと言う。昔は船乗りであったハーゲンが、今何をしているのかも不明。
「だが、すげぇお人に会ったと、言っていた。その『お人』とやらに気に入られれば、ずいぶんといい目を見られるらしい。人間は腕っ節があればいいってもんじゃないだとか、そんなことも言ってたな」
「その男の居場所は、分かりませんか」
「さあな。‥‥だが、奴が昔よく隠れていた場所なら、分かるぜ」
 地図を取り出した男は、ドレスタッドの港から北東の海岸線を指差した。
「地図じゃ分かり難いが、ここには小さい湾がある。海さえ荒れなきゃ、即席の港になる場所だ。だが、この辺りは岩だらけでな。海が荒れると船が岩にぶつかって、すぐに船に穴が開く」
「船を持っているということは、ハーゲンには仲間がいるということですね」
「だろうな。だが、奴が陸に下りてる今、律儀に船に残ってる奴らはそうそういないだろうよ。皆、陸の上で女遊びの真っ最中だ」
 カヤは、さっそくすべての情報を羊皮紙に書き止めた。

 ヴェロニカ・クラーリア(ea9345)は、過去見で犯人と思われる男が見えた時刻と想定される真夜中に、一人キーラの店の前へとやってきた。辺りには、人はいない。しんと静まり返る街中で、ヴェロニカは呟いた。
「思い出せ、あの十秒を」
 笑いかけられた相手の姿は見えなかったか、あるいは男の服装は。そんなことを考えていると、ふいに背後から声をかけられた。
「一人で出歩くなという我の忠告を忘れたか、ヴェロ」
 現れたのは、クリステだった。暫く言い合いをした二人だったが、結局、ヴェロニカはクリステとともに店と船着場の間を調べることにした。
 ところが、真夜中の街だ。しかも、この時期のドレスタットの夜はまだ相当に寒い。人には出会わず、また、港にも怪しい船は見当たらなかった。
「暗い道だ。血まみれの男が逃げるには、ふさわしい。これでは、誰かとすれ違ったとしても、不審には思われないかもしれない」
 ヴェロニカは呟いた。十秒間の中で見た男は、灯りらしきものは持っていなかった。
「‥‥目撃者を探すのは、難しいということか」
 呟いた途端、視界の端に奇妙に豪奢なマントの裾が翻ったように思い、クリステは軽く瞬きをした。それは、十秒間の記憶の切れ端だった。

 桜城は、連日、根気よく不審船について調べていた。真夜中の不審船について知る者は少なく、音を上げそうになっていた頃、ようやく桜城は一人の目撃者に出会った。港に隣接する倉庫を見張りについていたという男は、領主エイリークの配下だということだった。
「一見、不審そうなところは何もない船だったよ。普通の船だった。あんまり普通すぎて、逆に目を惹く感じだね、あれは」
「それって、どういうこと?」
「飾りがないんだよ、まったくね。質実剛健って感じの船だったんで、覚えてる」
 通常、船首には飾りめいたものがついているものだが、その船には飾りは一切なかったという。
「ま、飾りがないってのに目がいったのは、最近、そういう船が貿易船を襲ったって話を聞いてたからだろうけどね。‥‥それから、明らかに船乗りっぽくない男がその船の近くをうろついてたのも、目についたし」
「船乗りっぽくない男?」
「魔法使いっぽい、いかにもひょろっとした感じのやつ」
 それが殺人犯が手を伸ばした相手なのだろうかと、桜城は思った。

 調査終了日、キーラは領主エイリークを目障りに思う貴族の名を幾つか挙げたが、目障りに思ってはいても実際に手を出した形跡のある貴族はいないと、冒険者たちに告げた。
「つまり、犯人は海賊ということか?」
 最近貿易船を襲った海賊の存在、男の名らしきもの、男の獲物の種類、そういったことは分かった。
「その魔法使い風の男が、もしかして男が笑いかけた仲間では‥‥」
 セシルが呟くように言った。

 こうして、冒険者たちは犯人へとまた一歩近づいた。