【現れし影】影との戦い

■シリーズシナリオ


担当:樋野望

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月21日〜04月26日

リプレイ公開日:2005年04月26日

●オープニング

 ドレスタッドで情報屋を営むキーラ・ユーリエフは、最近、ある事で頭を悩ませている。
「‥‥あれは、どうにかならないのか?」
 今日も物置から聞こえる元気のいい、いや、やかましいばかりの怒鳴り声を聞き、キーラは物置の扉を指差した。
「いかんともし難い状況ですね」
 部下は緩く頭を振っただけで、何をしようともしない。キーラも、それを咎めようとはしなかった。
「まあ、何にしろあの騒音にも飽きた。‥‥そろそろ、動こうか」
「お気の済むように」
 この情報屋で起きた殺人事件の犯人は、まだ捕らえられてはいない。だが、その仲間、あるいは協力者と思われる男は、冒険者たちの活躍によってキーラの手の内にある。また、様々な情報も集めた。
「この状態で、殺人犯を捕らえられると思うか?」
「上手くいけば」
「では、上手くいくことを祈ろう」
 部下の返答に軽く頷き、キーラはふむと呟いた。
「殺人犯を捕らえるだけでは、もったいないな。殺人を犯した意図、背後関係。全てを明かすことはできるのか?」
 部下からの返答はなかったが、キーラにしても返答は必要なかった。
 答えは、冒険者たちの活躍によって返ってくることを知っていたからだ。

●今回の参加者

 ea2504 サラ・ミスト(31歳・♀・鎧騎士・人間・イギリス王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea8252 ドロシー・ジュティーア(26歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea8572 クリステ・デラ・クルス(39歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea8791 カヤ・ベルンシュタイン(26歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9345 ヴェロニカ・クラーリア(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

レオナ・ホワイト(ea0502

●リプレイ本文

 まずは依頼主の店である情報屋に集まった冒険者たちの視線は、またも一点に向けられることとなった。
「一つ、確認したいことがある。貴殿は調査、いや、潜伏を必要とする調査の意味が分かっているのか」
 口火を切ったのは、サラ・ミスト(ea2504)だった。だが、開口一番にしてはきつい言葉を向けられたマスク・ド・フンドーシ(eb1259)は意に介した様子もない。
「無論! この格好にはこの格好の意義があり、意味があるのだ」
「‥‥では問う。個々の意思を貫き通して大局を見誤るか、個々の意思を多少なりとも抑えることで大局を制すか。‥‥どちらが良策と言える?」
「個々の意思を貫き通して大局を制すに決まっておろう! 我が輩は欲張りなのだ」
 これでは話が進まない。サラの追及にも怯まないマスク・ド・フンドーシに、今度は依頼主であるキーラが言った。
「依頼を成功させる勝算があるというのなら、依頼主としては貴殿がどのような格好をしていようと構わないがね」
 キーラの言葉は、別段マスク・ド・フンドーシに対して優しいものではなかった。ただ、依頼の趣旨を解ったうえその格好を選ぶというのなら、依頼主として認めようといったのだ。サラは不承不承引き下がった。代わって口を開いたのは、リセット・マーベリック(ea7400)だ。
「まずは、ハーゲンの外見を聞かせていただけますか? それから、ハーゲンが殺した人たちの名前も」
「当たり前のことと言えば当たり前ですが、大柄でした。黒髪の人間です。目立つ傷などはなかったと思います」
 カヤ・ベルンシュタイン(ea8791)が言うと、ドロシー・ジュティーア(ea8252)が彼女の後に続いた。
「右利きで、盾は持っていません。それから、チェーンレザーアーマーを装備していました」
 なお、キーラによると殺された男たちの名は、ヴァルターとマチアス。
「前回、僕と‥‥マスクさんが様子を見に行った不審船に襲撃をかけることはできますか? 騎士団の許可なく動いてもいいものかと思ったので」
 セシル・クライト(eb0763)が尋ねると、サラが続けて言った。
「それから、先に発見した不審船についての情報と、周辺海域での海賊の動きがあれば教えていただきたい。‥‥船に踏み込む際には、大義名分がいるからな」
「不審船が動く様子は、今のところないらしい。海賊の動きも、妙に静かだ。平和でいいが、騎士団でもない人間が踏み込むだけの大義名分を見つけるには、多少時間がいるだろうな」
「だが、今、十分な時間はない‥‥」
 サラが考え込むように黙ると、辺りは静まり返った。その静けさを破ったのは、カヤだった。
「あの、キーラさん! この間は酒場を壊してしまって、すみませんでした! このお詫びはいつか必ず」
 カヤの勢いに気圧されるように目を見開くばかりだったキーラだが、やがて声を立てて笑い出した。
「私が貴殿らの依頼主としてこの件に協力するとしている以上、これも協力のうち。つまり、酒場に謝罪をするのも賠償をするのも私の役目ということだ。だから、気にするな」
「‥‥はい。ですが、いつか必ず賠償はします」
 そんなカヤの様子を微笑ましげに見ていたクリステ・デラ・クルス(ea8572)が、言った。
「先刻、サンワードにてハーゲンの居場所を探った。場所は、北東。かろうじてドレスタッドの中‥‥といったところじゃな」
 ドレスタッドから北東の海岸線には、ハーゲンのものと思われる船がある。
「船まで逃げられる前に捕らえるべきだろうな」
 サラが、呟くように言った。
「ところで、我とヴェロは、こちらに囚われし男に尋ねたいことがあるのじゃ。とはいえ、パラとハーフエルフの女では少々心もとない。むくつけき男を一人お借りできないかの。‥‥少々品のないことをさせてもらうやもしれんが、許したもう」
 クリステとヴェロニカ・クラーリア(ea9345)が、むくつけき男というには幾分細身であるキーラの部下を連れて、魔法使い風の男が閉じ込められている物置へと向かうのを契機として、冒険者たちはそれぞれの成すべきことをするために、情報屋から出て行った。

 クリステはキーラの部下の助けを得ながら、魔法を使えないように丁寧に手を縛られている男の手に、さらに小さな布袋をかぶせた。
「貴殿には、色々と聞きたいことがあるのじゃ。まずは、名前。それから、ハーゲンとの関係。ハーゲンについて貴殿が知っていることを全部。話してくれるな?」
「誰が」
 魔法使い風の男が吐き捨てるように言ったが、クリステは意に介した風もない。
「では、貴殿のことはトゥプと呼ばせてもらおう。土竜という意味らしい。さて。古来より、盗人の刑は手首切断と決まっておる。貴殿も、例外にあらず」
「俺が何を盗んだって言うんだよ!」
 怒鳴り声を上げた男へのクリステの脅し文句は、見事なものだった。家宅侵入し家主の客人を殺したのは窃盗に値する罪だと脅し、手が嫌なら死なない場所を切ろうと言ったのだ。
「そうじゃ。手首を切られるのが嫌ならば‥‥殿方の象徴なら異存はあるまい? 今後生きていくうえでの問題は、手よりは些少じゃ」
 ナイフ片手に今にも男の服に手をかけんばかりのクリステを、それまで黙って様子を見ていたヴェロニカが制した。
「クリス、何物騒な物を持ち込んで物騒な事を言い出しているんだ。まずは、穏便に話をするべきだろう」
 ヴェロニカの制止に、今にも何かを口走りそうになった男が安堵の表情を浮かべる。だが、男はすぐにその顔をこわばらせた。ヴェロニカがそれまで隠していた耳を露にしたのだ。上部が千切れてはいるものの、その耳は確かにハーフエルフのそれである。
「銀に触れると、狂化を起こす」
 言いながら銀のネックレスを取り出したヴェロニカは、片手の手袋を離した。
「ことは、穏便に済ませたい。だから、話してはくれないか?‥‥さもなくば、触るぞ? 狂化したハーフエルフのことを聞いたことがないわけではないだろう? 後でどうなっても私は知らんぞ‥‥?」
 クリステの肉体的な脅しとヴェロニカの精神的な脅しを交互に被った男は、十分ともたずに陥落した。男の名は、デートレフ。ハーゲンとは酒場で出会い、大金で雇われた。ハーゲンは、商船を襲って金を手に入れたのだという。
「ハーゲンがドレスタッドで潜伏していそうな場所に、心当たりは」
「ドレスタッドの北東にある、小さな広場の近くらしい。一度、そんなことを言っているのを聞いたが、詳しくは知らねえ」

 その頃、マスク・ド・フンドーシは一人、不審船への道のりを歩いていた。暫く歩いてドレスタッドの街が小さくなった頃、マスク・ド・フンドーシは溜息を吐いた。
「ふ‥‥この格好も楽しいが、なかなか大変だ。女性たちの目が厳しくていかん」
 仮面とカツラを外し、持参した礼服に着替えたマスク・ド・フンドーシは、流れるような長髪をした眉目秀麗な騎士へと戻っていた。本国で請け負った役目を果たすという目的があるとはいえ、この格好は少々やりすぎだったかもしれない。
「あの海賊船に、何があるのか。興味深いな」
 人が出払ったら忍び込もうと考えながら、マスク・ド・フンドーシは小さく笑った。英国式エージェントとしては、事はスマートに運ばなければならないのだ。

「施療院や教会では、それらしい男は一切目撃されていません。足がつき易い場所ではありますから、用心しているのでしょうか‥‥」
 そう言ったドロシーの情報、酒場などを回ったカヤが得た情報、サラがレオナ・ホワイトに依頼して得た情報などを総合した結果、依頼開始二日目にはハーゲンが潜んでいると思われる場所は割れた。ドレスタッド北東にある広場を望む、小さな平屋だ。この付近に、ここ数日、その平屋に出入りするハーゲンの仲間らしきが二人ほど姿を現しているという。
「私が彼なら、ドレスタッドからは逃げていますが」
 リセットの呟きに、セシルが答えた。
「不審船までの道のりは、ずいぶん険しいものでした。施療院や教会などで治すこともしていない足では、馬に乗っていてもあの道は辛いと思います。せめて、少しでも怪我が回復するのを待とうとしているのではないでしょうか」
「ならば、早いうちに手を打つことだな」
 サラが言い、その場に居た者たちは、皆頷いた。ハーゲンを捕獲するのは、今晩となった。

 ハーゲンのいると目される家に出入りする男は、二人だけだった。家を包囲するように様子を見守っていると、夜半にも関わらず男たちが家から出てきた。明らかに片足を引きずっている男と、すでに酒を飲んでいるのか、幾分奇妙な陽気さを見せている男が二人。男の一人が、酒で淀んだ声で馬を取ってくるといった。このタイミングを逃す手はない。一人離れた男を、物陰に隠れていたセシルがそっと追い、ダガー二刀の攻撃であっさりと倒す。その騒ぎに気づいた二人の男が、身構えた。そんな彼らの前に、逃がさじとばかりにドロシーが立ちはだかった。
「ハーゲンさん、怪我をさせてしまった様で申し訳ありません。今度はちゃんと同行して頂きますので、よろしく御願いします」
 堂々と言い放ち、ドロシーはガードの姿勢を取った。ハーゲンの技は侮れないと、ドロシーは身をもって知っている。
「私はフランクの騎士、カヤ・ベルンシュタインと申します。脚の怪我のお加減はいかがですか? まぁ大丈夫でも、そうじゃなくてもこれからぶっ飛ばすので変わりありませんけどねっ」
 ハーフエルフの耳を隠していた帽子を高々と投げ捨てたカヤが、間髪をいれずにオーラショットと唱えた。正面からカヤのオーラショットを食らった男が後方に吹っ飛び、家の壁にぶつかって気を失う。残るは、ハーゲン一人となった。
「次は、私が相手だ」
 一人きりとなったハーゲンに、サラが剣を振り下ろす。足に負荷がかかったのか、サラの一撃を辛うじて避けたハーゲンの体が傾いだ。その隙を逃さず、サラがもう一撃をハーゲンに食らわせる。右腕を強かに切られ、ハーゲンが呻いた。だが、右腕と足に怪我を負っているとは思えない俊敏さで、ハーゲンが攻撃をしてくる。それを受け止めたのは、ドロシーだ。盾で何とか受け止めた一撃は重く、押し返すことも難しい。瞬時に剣を引いたハーゲンが、突然走りだした。怪我をしている状態での多勢に無勢では、逃げるが勝ちだと判断したのだろう。細く暗い小道へ逃げ込んだハーゲンの判断は正しかったが、リセットは彼の判断を正しく察していた。
「逃がしません!」
 不自由な足で逃げようとするハーゲンの足に、リセットの縄ひょうの先端が食い込む。治りかけの怪我を抉る一撃に、ハーゲンが咆吼めいた声を上げた。そんな彼に、カヤがオーラショットを放つ。今度こそ、オーラショットは命中した。続いてセシルがダブルアタックを食らわせる。すぐに追いついたサラの攻撃に加え、ドロシーもハーゲンに向かって剣を振り下ろした。怪我をしているとはいえ、ハーゲンは手練れだった。いくつかの攻撃は交わされたが、やがてハーゲンは剣を取り落としてしまった。その瞬間を逃さず、冒険者たちが一斉に武器を彼の喉元に突きつける。
 無力化したハーゲンの口にリセットがぼろ布を押し込んで猿轡をかませ、そしてドロシーが協力して手足を縛ってしまった。哀れと言えば哀れな姿だったが、彼の目は未だ剣呑で獰猛だった。

 冒険者たちの警戒により、ハーゲンは無事に捕らえられた。ヴェロニカのリシーブメモリーによって彼が殺人を行ったことは明らかになり、翌朝には一般の民家で起きた殺人事件の犯人が捕らえられたという報が、ドレスタッドに広まった。ハーゲンは、キーラの自宅兼店ではなく、騎士団の牢に入れられている。これでは、助けも望めないだろう。だがハーゲンは、クリステとヴェロニカがどれだけ脅しても、一向に口を開かなかった。ハーゲンが口を開いたのは、ただ一度、キーラが紫のローブの男のことを口にした時だ。
「仮に俺が何を知ってようと、あの人のことを売るようなことは言わない」
 それだけ言うと、ハーゲンはまた貝のように押し黙ってしまった。
「まったく、強情だな」
 呟いたサラが、唐突に瞬きをした。
「そういえば、あの褌殿は‥‥?」
 半ば忘れ去られていた格好のマスク・ド・フンドーシと連絡を取るべく、サラはフライングブルームでドレスタッドを発った。

 船には、一向に動きがない。平和すぎるほど平和だ。だが、人の気配はある。
「忍び込むに忍び込めない。‥‥難しいところだな」
 眉目秀麗な騎士としてのマスク・ド・フンドーシが呟いたときだった。サラの姿を上空に認めて、マスク・ド・フンドーシは身につけている服に手をかけた。
「さて、道化に戻る時間のようだ」
 そしていつもの通り、マスクと褌姿になったマスク・ド・フンドーシは、苦い顔のサラをいつもどおりの口調で出迎えた。
 だが、数秒後、マスク・ド・フンドーシは押し黙った。
「紫のローブだ」
 マスク・ド・フンドーシが指差す岸壁に、紫のローブを着た男が突然現れたのだ。いつの間に現れたのだろうか。
「一体、ここで何を」
 サラがそう言った時だった。紫のローブの男が何か印を結んだかと思うと、船が突然炎上した。さすがのマスク・ド・フンドーシも絶句して、その光景を見守ることしか出来なかった。

 フライングブルームで戻ってきたサラとマスク・ド・フンドーシは、そのことを皆に報告した。
「どういうことかは分からんが、それをあの男に話してみよう」
 そう言ったクリステが、紫のローブの男が船を燃やしたことをハーゲンに話した。途端に、ハーゲンは瞠目した。
「まさか、俺らも」
 そう言ったきり、ハーゲンはまた黙った。だが、ややあって、突然笑い出す。
「そうか。所詮、俺らもあの人にしてみりゃ、捨て駒かよ」
「どういうことじゃ」
「思惑通りに働かない奴らはいらない。そういうことだ。俺は失敗して、てめえらに捕まった。あの人は、それを知ったんだろ。だから船を燃やした。これ以上の用はないってことだ。あの船も、船に乗ってた奴らも、俺も。‥‥あの人がそういうつもりなら、いいぜ。俺の知っていることなら、何でも話してやる」
 とはいえ、ハーゲンは紫のローブの男の名前を知らなかった。所詮、俺とあの人の関係はそんなもんだとハーゲンは自嘲した。
「あの男の狙いは」
「ドラゴンの宝だ。ドラゴンの宝が何なのかは、知らない。だが、あの人はそれを手に入れるためなら、何でもやるぜ。あの辺境伯を気に入らない貴族をたきつけて、ドレスタッドを二分させようとすることくらいは、やるかもしれねえな」
 一つの殺人事件の行き着いた結果は、今後の更なる大過を示しているかのようだった。