●リプレイ本文
ひとまず顔をあわせた冒険者たちだったが、何となくというか、それはもうはっきりと視線は一方向に向かう。
「ファーーォ☆」
そんな視線を一向に意に介さず、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)は奇声を発した。
「我輩こそ、イギリスからやって来た褐色のエ〜ンジェル! その名も麗しきマスク・ド・フンドォォシッ!!」
むき、と筋肉が音を立てそうなポーズを取ったマスク・ド・フンドーシに、ルナリス・ヴァン・ヴェヌス(ea9512)が嘆息した。
「まさか、本当にその姿で来るとは‥‥」
仮面と褌一丁という悪目立ちする格好は、確かに人目を気にしながらの調査を必要とする依頼には向かない。クリステ・デラ・クルス(ea8572)が、一頻りマスク・ド・フンドーシを眺めた後、ふむ、と呟いた。
「勿体無いのう。真に価値あるものは時に出し惜しみも必要ぞ。それに、そのいでたちでは、あまりにも人目を惹く。騎士ならば、ここぞという局面で諸肌を脱ぎ、か弱き乙女を守るものだ。‥‥それが筋であろう? というわけで」
毛皮のマントを持った小さなクリステは、大きなマスク・ド・フンドーシによじ登り、彼にマントをかぶせた。
「いやいや、嬢の親切は嬉しいが、我が輩にはマントは不要!」
だが、マスク・ド・フンドーシは、丁寧な仕草でクリステを床に下ろした。
「嬢たちが自分の召し物に理由やポリシーをもっているのと同じで、我が輩もこの格好には理由があり、信念がある! 最初から派手な表面にのみ囚われておるようでは、まだまだであ〜る!! ‥‥とはいえ、嬢たちにこれ以上嫌われるのも切ないからの。我が輩は、例の海賊船を監視していよう!」
妙なポーズで締めくくったマスク・ド・フンドーシに、半ば呆気に取られていたセシル・クライト(eb0763)が数秒の間の後、控えめに言った。
「‥‥ええと、僕もその不審船を追おうと思っていたのですが」
「それでは我が輩と同行しようではないか! 旅は道ずれ、世は情け、だ☆」
そんなこんなで、冒険者たちはそれぞれの目的に合わせて動き出した。
ルナリス・ヴァン・ヴェヌス(ea9512)は、酒場での人脈を活かし、店員や歌姫たちに件の魔法使い風の男について調べることにした。
「その男の金遣いは、どんなふうだった‥‥?」
ルナリスの問いに一人の歌姫が、おおよその日付を口にした。それは、殺人事件がおきた日に極めて近い。
「その金がどこから手に入ったかというようなことは、何も言っていなかっただろうか」
「大きな仕事をしたと言っていましたわ」
歌姫の答えに、ルナリスは頷いた。その男が、何らかの形で殺人事件に関わった可能性は高い。
「それにしても、今日はご機嫌があまりよろしくないんですのね」
歌姫が少しおかしそうに言って、ルナリスにやんわりとしなだれかかる。
「いや‥‥すまない。色々と我慢の限界がね‥‥」
褌姿の男のことを思い出したルナリスは、ビザンツ帝国の騎士として、一度イギリス王国は本名を隠し褌と仮面で行動する男を騎士として認めているのか、問いただす必要があるなと溜息交じりに呟いた。
その頃、ヴェロニカ・クラーリア(ea9345)は、酒場の店主と話をしていた。
「チップの一割を店に提供するという条件で、ここの店で一晩歌わせては貰えまいか?」
遅々として進まない交渉に、ちょうどそこを通りかかったルナリスがそ知らぬふりで口を挟んだ。
「歌か。‥‥どうかな、たまには酒をかたむけるだけではなく、歌に耳を傾けるというのは」
すると、ルナリスの腕にしなだれかかっていた歌姫が頷いた。
「そうですわ。わたくしも歌うばかりではなく、どなたかのお歌を聞いてみたい」
彼女たちの言葉で、ようやく店主がヴェロニカの申し出を受け入れる。店主に礼を言うと同時に、ヴェロニカはルナリスに目礼した。
ヴェロニカの交渉が終わった頃、クリステとローブを目深に被ったうえに仮面で素顔を隠した桜城鈴音(ea9901)が酒場へとやってきた。
「いるかな?」
「さてのう。もし怪しい奴が現れたら、ヴェロやルナリス殿が合図をくれよう」
そんなことを話しながら、二人は一つのテーブルに腰を据えた。
「あ。あの人ですわ」
冒険者たちが酒場に揃って暫くした後、ルナリスの傍らで歌姫がすっと指を伸ばした。その指の先には、魔法使い風の男がいる。
「あの男が、最近金遣いの荒いという‥‥?」
「ええ」
頷いた歌姫に少し席を離れる旨を告げ、ルナリスはヴェロニカに近づいた。彼女にチップを渡しながら、ルナリスは小声でヴェロニカに囁いた。
「あの男だ」
頷く代わりに一礼した後、ヴェロニカは一曲を引き終えたばかりの楽器を下ろした。そし、自然な動作でクリステと桜城の座る席に近づく。
「何かリクエストがあれば、お受けしよう」
吟遊詩人が客にこうした申し出を行うことは、決して珍しくはない。だから、ヴェロニカの行動を不審に思う者はいなかった。軽く考え込むふりをしたクリステに、ヴェロニカが楽器の陰で、一人の男を指差した。桜城が素早く視線をめぐらせる。
「そうじゃの。では、気が晴れるような明るい歌を頼もうか」
「御意に」
ヴェロニカが歌い始めると同時に、クリステと桜城は動き出した。
「同席させてもらってもいいかの? よい酒があるのだが、女二人で飲んでいてもつまらんのでな」
ヴェロニカから渡されていた酒をテーブルに置きながら、クリステは魔法使い風の男に声をかけた。
「何でまた、俺のところに」
だるそうに言う男に、クリステが笑う。
「そなたは他の男と瞳の輝きが違うのでな。内に大きな野望と夢を抱えておろう? 我が輩の生業は占い師なのじゃが、今後のためにもそなたのような男の話が聞きたいのじゃ。出来れば、占わせていただければ重畳。何なら、金貨くらいは支払おうぞ」
男はどうやら相当に自尊心が高いらしく、クリステの口上に鼻をひくつかせた。クリステに請われるがまま、男は様々な自慢話を始めた。その中には、多少ぼかされてはいるものの、先日の殺人事件に関係しているように取れる話もある。
「魔法使いって言ったけど、あなた、専門級のアースダイブは使える? 仕事を手伝って欲しいんだけど」
十分に男の自慢話を聞いた後、桜城が低い声で男に話を持ちかけた。
「俺は、高いぜ」
だが、男は桜城の話を拒むことなく、早速値段交渉に入った。ローブの下でにやりと笑いながら、桜城は翌日の深夜、港の倉庫に侵入することを約束させた。
交渉と駆け引きが終わったのは、すでに太陽が昇る頃だった。
「奴の依頼人は紫のローブの男ではないのか‥‥?」
捕らえた魔法使い風の男から聞きだした情報に基づいてサンワードを唱えたクリステは、ややあってから答えた。
「ハーゲンなる男は、ここからおおよそ西におる。距離は‥‥そうじゃな。ドレスタッドの中」
クリステは断言した。
ヨハン、あるいはハーゲンという男の容姿を依頼主であるキーラ・ユーリエフに詳細まで確認した後、ドロシー・ジュティーア(ea8252)はカヤ・ベルンシュタイン(ea8791)と共に街へ出た。クリステの情報どおり、ドレスタッドの西側にある酒場を回っているうちに、該当する男の噂はだいぶ集まった。
「酒好き、のようですね」
ドロシーの呟きに、カヤは頷いた。
「いっそ、泥酔していてくれるとありがたいですわ」
カヤの軽口に、ドロシーが笑う。殺人犯を追っているとはいえ、二人とも年頃の女性だ。こうして笑いあっていると、ただ楽しく街を歩いているようにも思えてくる。
だが、その笑いもじきに消えた。
「カヤさん」
「ええ」
一軒の酒場で、二人はキーラから聞いていたハーゲンという男の容貌とあまりにも重なる男の姿を見つけた。幾分緊張した面持ちで、ドロシーが男に近づく。
「ヨハンさん、いえ、ハーゲンさんですね」
酒の入ったグラスを持った男が、ドロシーを見上げてきた。カヤは、幾分離れたところから、どんな状況になっても対応できるよう、二人の様子を見守っている。
「誰だ、貴様は」
「ドロシー・ジュティーアと申します。‥‥キーラ・ユーリエフさんのもとで、殺人事件が起こったことはご存知ですか」
「ああ」
男が、にやりと笑う。剣呑な目だ。だがその目は、ずいぶん酒を飲んだのだろうか、鋭さを失って幾分淀んでいる。
「知ってるぜ」
「では、話は早いですね。事件の参考人として御同行願います」
「断ると言ったら?」
「無理矢理にでも」
「やれるものならやってみろ」
言うなり、男が腰に帯びていた剣を抜いた。さすが、用心棒を一撃で無力化した男の剣技だ。かろうじてその一撃を斜めにした盾で受け流したドロシーだったが、盾から伝わる衝撃で腕がしびれた。彼が酔っていなかったらと思うと、ぞっとする。
「ドロシーさん!」
カヤの声に、ドロシーはとっさに身を引いた。同時に、高速詠唱で唱えられたカヤのオーラショットが飛んだ。当たりはしなかったが、それでも男を怯ませるには十分だった。しかし、ここは酒場だ。一瞬で辺りは騒然となった。何しろ、カヤのオーラショットで酒場の棚が破壊されたのだ。とはいえ、ここで躊躇していては男を捕らえられない。カヤは続けてオーラショットを唱えるべく、手を構えた。
ドロシーもまた、剣を構えなおした。そして、幾分体勢を崩した男に向かって、まっすぐに剣を突き出し、これを命中させる。男は呻いたが、致命傷にはあたらなかった。続いて、男が剣を振るう。剣の切っ先が、ドロシーの腕を掠めた。ほとんど同時に、カヤのオーラショットが再び男を襲う。またも外れたオーラショットだったが、男の足元にあった椅子と机を粉砕した。そして、木片が男の足に突き刺さった。高い呻き声を上げた男だったが、動けないほどではなかったらしい。一瞬で身を翻した男は、その場から逃げ出した。
「待ちなさい!」
声を上げて男の後を追おうとしたカヤだったが、自分が破壊した床に足を取られて転んでしまう。その隙に、男は酒場から姿を消していた。
「セシル、気をつけてね」
「うん。ありがとう、義姉さん」
「心配はご無用っ! 我が輩が義弟さんの無事を約束しよう!!」
フォーリィ・クライト(eb0754)の幾分心配げな見送りを背に、セシルとマスク・ド・フンドーシは、不審船の停泊場所を探すべく出立した。褌と仮面という姿の道連れに、せめて義姉も一緒であればとセシルが内心思ったとしても仕方がないことだろう。
「なかなかハードな道程だな、これは!」
本当にハードと思っているのかどうなのか、マスク・ド・フンドーシが感心したように言う。確かに、ドレスタッドの北東の海岸線はなかなかに起伏に富んでいる。足場の悪い岩場などが多く、馬で進むのは難しいだろう。また、徒歩でもかなりの健脚でなければろくに進めない。
「捻挫には気をつけるのだぞ、少年! 我が輩、この道は怪我人が歩くにはかな〜り厳しいとみた!」
「‥‥ありがとうございます。気をつけます」
だんだんマスク・ド・フンドーシのノリに慣れて、普通に対応できるようになっている自分が怖いと思うセシルだった。
ドレスタッドを経ってから二日目、二人は一隻の船を見つけた。
「あれですね」
「うむっ」
船は静まり返っている。数人の男はいるが、今にも動きそうだという気配はない。
「あれは‥‥?」
茂みの影から船を観察していたセシルが、ややあって呟いた。
「どうしたのだ、少年」
「魔法使いふうの男が見えます。‥‥紫色のローブを着た」
「そやつが、嬢たちが追っている魔法使い風の男か?」
「分かりません。ですが、たぶん違うような‥‥。紫色のローブの男の話は、ドラゴンの襲来以来、よく聞きます。紫のローブの男が、どんな風に殺人事件と関わっているのか‥‥」
「ふぅむ。かの男が何者にしろ、我が輩の必殺メンズビィィィムッの敵ではなあい! 安心したまえ、少年」
そういう問題ではありません、とは言わず、セシルは黙って頷いた。
魔法使いの男と深夜の倉庫前で落ち合った桜城は、早速彼にアースダイブで倉庫の中に入れるかと尋ねた。
「もちろん」
昨晩、桜城とクリステに自尊心を十二分にくすぐられていた男は、鼻高々といったふうに頷いた。こういう男は、得てして扱いやすい。ローブの下でにやりと笑った桜城は、男に向かって手を差し出した。桜城の手を握った男が、詠唱を始める。桜城は、男に手を引かれる格好で壁に向かって歩き出した。壁をすり抜ける感覚は、異様だった。水よりも重い粘着質のものの中を通り抜けるようで、息が出来ない。
「ありがとう。さすが、見事なものね」
倉庫の中へと入り込んだ桜城は、男を手放しで褒めた。男は、得意げな顔をしている。だが桜城はそれ以上男には構わず、倉庫に置かれていた箱を手に取った。
「それがあんたの目的か」
「そうよ。これがあたしのお宝」
桜城はさらりと嘘を吐いた。この倉庫も、この箱も、魔法使い風の男を捕らえるために桜城に頼まれたキーラが用意した罠だ。だが、男には何かを感づいた様子はない。
「じゃあ、外に出ましょ」
再びアースダイブの呪文で、二人は倉庫の外へ出た。
「首尾は上々だったろ。‥‥もうちょっと、金に色はつかねえかな、ねえちゃん」
「いいわよ。でも、これ以上お金もらっても、あんたには使い道はないと思うけど」
そう言って笑うと同時に、桜城は背後から男を殴りつけた。同時に、物陰に隠れていたヴェロニカ、クリステ、そしてルナリスが寄ってたかって男を殴りつけ始める。相手は非力な魔法使いだ。戦闘能力に劣る女たちであっても、多勢に無勢。彼女たちは、難なく魔法使い風の男を捕獲した。そして、捕獲した男の処遇はキーラに委ねられた。
調査を追えた冒険者たちは、依頼主の元へと集まった。
「本命は逃したが、仲間は捕らえ、そして色々と噂ばかりだった紫のローブの男を確認した、と。なかなかの出来だ‥‥と言いたいところだが、酒場で騒ぎを起こしたのは少々痛いな」
キーラは、咎めているというよりは面白がっているふうに言った。
「逃した本命にしても、怪我は負わせた。これで、捕獲はだいぶ楽になるだろう。仲間もこちらの手元にあるし、情報はいくらでも絞り出せる」
そして冒険者たちは、幾ばくかのボーナスを手に入れたのだった。