【鏡にうつる姿】離別

■シリーズシナリオ


担当:HIRO

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 34 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月25日〜01月31日

リプレイ公開日:2007年01月30日

●オープニング

「エリック、俺達は同じじゃない」
 ある日、アレスは僕にそう言った。
 同じ髪の色、同じ目の色、同じ顔・・・・そしていつも二人一緒にいた。
 不自然なことじゃないはずだった。むしろ、当然のはずだ、僕らは双子なのだから。
 僕らの親は盗賊に殺された・・・・らしい。その事実を記憶に刻印するには、当時の僕らは幼すぎた。その事実も両親の顔さえも憶えてはいない。けれど、それはむしろ幸運なことだったのかもしれない。彼らの顔を憶えていないからこそ、両親の死という事実をどこか遠くに感じていられたから。少なくとも、僕はそうだった。
「どうしたんだよ、アレス? いきなりそんなこと・・・・」
「兄貴は・・・・このまま鍛冶屋になるのか?」
 僕らは両親の死後、エルスマン夫妻に引き取られた。僕らがずっと両親と呼び続けてきた人達だ。そして事実そうであることを疑ったことはなかった。けれど、彼らはすべての秘密を打ち明けてくれた。僕らが13歳になったときに。
 僕らが彼らの本当の子ではないこと。両親の死。子供ができない体だった母・・・・エルスマン夫人が、孤児となった僕らを見つけ、養子に迎えてくれたこと。
 その話を聞かされたとき、僕は二年奉公している店で鍛冶屋になろうと決心した。歳を重ね日々の労働が辛くなっていた父を支え、家を支えるためにも、少しでも安定した仕事に就こうと。そしてそう告げると、両親は喜んでくれた。
「お前も・・・・そうだろ?」
 弟は顔を背けた。
「俺は・・・・兄貴みたいに器用じゃない」
「何を言ってるんだ、双子じゃないか!」
「双子でも・・・・兄貴と俺は違うだろ! この二年、弟子入りして修行したけど、俺は全然駄目だった!」
「じゃあ、お前はどうするんだ?」
「俺は・・・・このまま剣の修行を続ける・・・・」
「続けてどうするんだ!」
 僕はもう冷静ではいられなかった。叫んでしまっていた。だからアレスも同じように言い返すしかなかったんだろう。
「じゃあ、兄貴は止めてどうするんだ! 幼い頃から剣の腕を磨きあってきて、騎士団に入って、世の平和を護ろうって! そう・・・・約束したじゃないか!」
「お前・・・・」
 僕は言葉に詰まった。
「兄貴だって・・・・本当はまだ!」
「アレス・・・・お前は・・・・父さん達に感謝していないのか・・・・?」
「してるさ! 俺達をここまで育ててくれたんだ! してるに決まってる! ペンダントしか俺達に残してくれなかった実の両親よりも、よっぽど感謝してるさ! だけど・・・・だからといって俺はお前と同じ道だけを歩むわけにはいかない・・・・夢を諦めたくもない・・・・!」
「お前だって分かっているだろう! どれだけ父さんの仕事が辛いか! 俺達で楽をさせてやろうよ・・・・俺達はいつも一緒だろ?」
 ずっと顔を伏せていたアレスが顔を上げた。
「俺達はなんなんだろうな・・・・? どうしてこう何もかも似てしまったんだろう?」
「すべてが同じでも・・・・いいじゃないか。同じだと駄目なんて、誰が言ったんだ?」
「すべてが一緒なら、生きる意味がないじゃないか!」
 それが離別の言葉だった。その言葉を言い放ち、アレスは走り去った。暮れなずむ空が腫らした目のように朱に染まって、寂しい風が吹いていた。


 翌朝、アレスの姿は家にはなかった。弟は去ったのだ。父の期待を裏切ったことに負い目を感じ、あるいは、自身の夢を追い。
 父も母も、それが彼の信じた道なら、それでもいいと言った。なら、僕も弟を追いかける理由はなかった。
 しかし・・・・。


 ある穏やかな午後だった。ひとりの旅人が武器を求め、勤め先の鍛冶屋を訪ねてきたのは。鉄を打つ親方の横で僕はその客の話を聞いた。聞くところによると、彼は北西のほうからやってきたという。
「最近は物騒でね。何かと身を護る道具が必要になる」
 と、旅人は店に飾られている剣を一望した。
「来る途中の村だったんだがね、山賊に目をつけられていて大変だったな。見物している暇もないくらいだった。何日かおきに、山賊どもが見回りにやってきては、好き放題に村を荒らしていく。人々は常に脅され、びくびくとその日を過ごしていたな。山里の小さな村、山賊には格好の獲物なんだろう」
「どこの村ですか?」と僕は尋ねた。いくらか嫌な予感はあった。そしてそれは的中した。旅人が告げた村の名に、僕は打ち震えた。
 そう、その村は僕の生まれ故郷。つまり、僕の実の両親が殺された場所。僕はいても立ってもいられなかった。もし、アレスがそれを知ったら、あいつはきっと・・・・!


「アレスがそこへ向かったという確証はない」
 それが父さんの言葉だった。母さんは手を組み合わせて、心配そうに暗い影を額に落としていた。
「いや、僕にはわかる! 双子なんだよ、僕らは! あいつはきっと山賊を許しちゃおかない!」
 父さんは肯いた。それが了承の印だった。
 僕はすぐに荷物を纏めた。
 僕がアレスを追うしか・・・・そうするしかなかった。

●今回の参加者

 ea7804 ヴァイン・ケイオード(34歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5549 イレクトラ・マグニフィセント(46歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)

●サポート参加者

導 蛍石(eb9949

●リプレイ本文

「道は人それぞれで違います。同じ夢を見ていてさえ、同じ道を歩むとは限りません。喧嘩別れのままでは、誰もが苦しいままです。どうかアレス殿の帰れる場所であって下さい」
 シルヴィア・クロスロード(eb3671)さんの言葉だった。彼女は本当に僕らの事を真剣に考えてくれているようで・・・・その言葉は胸に響いた。
 だけど・・・・僕にはまだそれを認める度量がなかったのかもしれない。


 僕らが村で見た光景は話に聞くよりも遥かに凄惨なものだった。村は荒らされ、荒廃し、人々は生きる気力を喪失し、ぐったりと壁に寄りかかり、そして目は虚ろだった。
「こりゃあ、酷いな。村も・・・・そして人もさ」
 ヴァイン・ケイオード(ea7804)さんの明るい碧眼すら曇った。
 僕は村人に何ができるのだろう? 僕一人の力では、きっと何もできない。それはアレスも同じはず。なのに、あいつは・・・・。
 その時、陰守森写歩朗(eb7208)さんの手が僕の肩に乗った。
「今、自分達に何ができるのかを考えましょう」
 彼はキャメロットで仕入れてきた食材を大きな鍋で調理し、村人達に供給した。
「戦うだけではない、剣を取らずとも人を救う道もあるはずです」
 森写歩朗さんの目はにっこりと微笑んでいた。
 

『エドワードそしてアリサ・エンデルともにここに眠る』
 墓石にはそう刻まれてあった。荒れ果てた墓地だ。生きていくのもままならない人々に、故人の御霊を懸念する余裕などないのかもしれない。
「ご両親の墓石か?」
 メアリー・ペドリング(eb3630)さんが尋ねてきた。
「おそらく・・・・」
 エンデルというのが、本当の家名だと僕は聞かされていた。
「アレスはここへ来たのかもしれぬな。他の墓石は砂埃を被っているのに、お主の両親の墓石は綺麗なものだ。花まで供えられている」
「アレスが既にここへ?」僕は俯いた。
「私はアレスの思いもわからなくもない。常に夢を追うというのは私も同じゆえな。それがたまたま錬金術を通じて世界の理を知りたいだけであったからな。だが、貴殿の生き方も肯定できる。鍛冶にも戦う者の視点は必要であろうし、今までの剣の修行を活かす事も可能であろう。正しき者のために良き武具を作れば、自らが戦わずとも貢献は出来よう」
「僕はずっと一緒でもいいと思っていました・・・・アレスもそれを望んでいたと信じていた。それは僕の甘えだったのでしょうか?」
 僕は拳を握り締めた。


 森写歩朗さんが供給する食料に集まってきた村人達に、シルヴィアさんは話を聞き回っていた。そして、ひとしきり話を聞き終えると、彼女は決まって穏やかに微笑み、「安心して下さい、きっとあなた方が心健やかに暮らせる地を取り戻して見せます」と声を掛けた。
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)さんとイレクトラ・マグニフィセント(eb5549)さんが村に到着したのは翌日の事だった。メグレズさんも村人のために大量の食料を運んできていた。その食料は山賊を誘き出す餌でもあるという。
「これほど村を荒らす山賊、野放しにはできません。神聖騎士としての名誉にかけても」
 メグレズさんは拳を胸に決意を語った。


「それで、山賊のアジトは? どの方角から襲撃してくる?」
 イレクトラさんは切り出した。その夜、僕らがあてがわれた空家での事だ。
 敵は山の高き所に拠点を置いているらしい。その場所は明白ではない上、山中至る所に罠が仕掛けられているらしく、迂闊に足を踏み入れるわけにはいかないとの事。そして山賊は西門から――その門は壊されていて、開け放たれた窓から風が滑り込むくらい簡単に山賊は入ってくるらしかった。戦うとなると、西門の外という事になる。ただ、気掛かりなのはバロードとガルという二人の頭領がいるとの話だ。
「問題ないね。敵がどんな奴らだろうが、ぶちのめすだけさ」
 イレクトラさんが言い放つと、ヴァインさんが肩をすくめながら「豪気だねえ」と苦笑した。
「しかし実際にそうするしか道はありませんからね。護るために戦う、それは必要な事ですから」
 メグレズさんの言葉に皆は決心を固めたようだった。しかし僕は・・・・。


「何を迷ってんだ?」
 夜風に当たっていた僕に声を掛けてきたのは、ヴァインさんだった。
「アレスも見つからず、戦いに身を置こうとしている自分・・・・矛盾しているような気がして」
「ま、そういう事もあるさ」言いながら、彼は傍にあった井戸の縁に腰掛けた。「理不尽な理由から人は戦うもんさ。それも運命かね」
「ヴァインさんは何故戦うんです?」
「気ままに冒険に出たら、たまたま巻き込まれた。ただそれだけさ」
 気ままに冒険に出たら戦う理由が見つかった。そこに命を賭す事ができる。それは凄い事なのではないだろうか?
「僕は怖い。戦うのは、命を奪われるのは・・・・そして奪うのは」
「まあ、お前さんは優しいからねえ。人は誰しも向き不向きがあるわな、それがたとえ双子でもさ」
 確かに僕よりアレスの方が戦いには向いているんだろう。自分の信じるところにどこまでもまっすぐなあいつの方が・・・・。


 翌朝。行商人に扮した森写歩朗さんとヴァインさんが西の門を出た。昨日のメグレズさんの到着などによって山賊は村が気になっているはずだ。おそらくは上手く誘き出せるだろう。
「さて、エリックさん、私達の手で村人達が安心して暮らせるようにしましょう」
 シルヴィアさんに僕は問い返した。戦う事が怖くはないのですか、と。すると彼女は儚く笑ってこう答えた。
「怖いから戦うのです。戦わねばもっと酷い事になる。それが怖いから」
 そしてその言葉を引き取ったのはメグレズさんだった。
「後は自分が正しいと信じた事を貫き通すだけです」
 信念を貫き通すだけの力・・・・それが僕にはあるだろうか? そしてアレスにも。


 幾重にも重なった馬の足音が重奏のように轟いた。ほどなく、森の木々を分けるように十人程度の山賊が現れた。全員が馬に乗り、森写歩朗さんとヴァインさんの周りをぐるぐる走りながら取り囲んだ。
「上手くこちらの誘いに乗ってくれましたね」
 森写歩朗さんは山賊を向かえ、皮肉な笑みを飛ばした。
「乗ってやったんだ。つまらん目論見でノコノコやってきたんだろうが」
 山賊の頭領の一人ガルは言う。筋骨逞しい大男だ。いかめしい顔で、人を人とも思わぬ目つきをしていた。
「自身の悪行に制裁を加えられては、確かに貴方達は面白くないでしょう」
 森写歩朗さんの瞳に見た事もないような闘士が漲った。だが、ガルは嘲り笑う。
「この村は俺達の物だ! 村人の命を含めてな!」
 その言葉にヴァインは胸糞悪そうに唾を吐いた。
「気分悪いぜ、てめえらのような奴らは」
「ふん、貴様らが粋がっても、無力だと教えてやろう!」
 ガルが合図をすると、後ろに控えていた男が一人の少女を前に引き連れだした。そして剣を振り上げる!――
「止めろぉ!」
 飛び出した――でも間に合わなかった。僕の手が届く前に凶刃は少女の喉を貫いた。地に横たわる少女の体と凶刃の冷たい輝きに僕は自分を見失って叫んだ。
 ・・・・気がつくと混戦は始まっていた。
 シルヴィアさんの聖槍が月明かりのような優麗な斜線を描き、敵を馬から突き落とす一方、メグレズさん「破刃、天昇!」と気合一閃、恵まれた体躯を活かした豪快な一撃で周囲の敵をなぎ払った。彼女達は互いに背を合わせ、死角を失くし、敵に間合いを作らせない。
「静かなる深き大地よ、この者達の愚昧に胸を奮わせたまえ」
 メアリーさんの手が地に触れた瞬間、大地は無垢な少女の死に怒りを露にするかの如く揺れだす。馬は驚き暴れ、山賊達を皆振り落とした。
 数人の敵に囲まれた森写歩朗さんに焦りの色は見えない。そして彼が不敵な笑みを漏らした時、突如、爆風は巻き起こり、砂塵が宙を舞う。その砂埃に紛れるように彼の姿は消えていた。
 驚く山賊の首に巻きつき捉えたヴァインさんの縄ひょう。彼が縄を引くと、山賊は息を詰まらせ、気を失った。
 呆気に取られるもう一人の肩を光のように飛んできた矢は射抜いていた。イレクトラさんだ。
「うわああ!」
 僕は雄叫びと共に無我夢中でガルに詰め寄った! 最初の一撃は受けられ、弾かれる。その隙を縫って相手も仕掛けてくるが、その切っ先を皮一枚かわす。
「無理するな、エリック殿!」
 イレクトラさんの声が響く。だがその時の僕には聞こえていなかった、こいつだけは倒さねばならない、その思いだけで頭がいっぱいだった。
 何合か打ち合い、僕と奴の間で目を焼くような火花は散る。しかし、まだ未熟な僕ではそいつを倒すには至らなかった。
 僕の剣は弾き飛ばされ、宙を舞う。
「中々の腕だが、ここまでだな」
 ガルの浮かべた醜悪の笑み。振り上げられた刃。
 もう終わりだと思ったその時――
「エリック!」
 掛け声とともに飛んできて、地に刺さる剣。この剣は・・・・?
「そこか!」
 敵が一瞬戸惑った僅かな隙をイレクトラさんは見逃さなかった。ガルは利き手を射抜かれ、地を転がる。
 僕は間髪いれずに剣を引き抜き、ガルに向かって打ち下ろした・・・・が、やはり僕には止めを刺せず、地を砕いただけだった。
「もう充分です」
 シルヴィアさんが僕の肩に手をかけた。戦いは終わっていた。山賊達はあらかた捕らえられ、あるいはアジトへと逃げ帰った後だった。
 僕ははっと顔を上げる。
「アレス!」
 アレスは馬に跨り、僕を見つめていた。そして哀しそうに首をふる。
「何しにきたんだ、兄貴?」
「俺は・・・・」
 僕は言葉に詰まった。何を言えばよかったのか頭で整理できずに。
「エリック、俺は帰らない。この村を救いたいから。そのために俺はここに在るのだから」
「アレス・・・・」


 ひとまず山賊は撃退した。しかし、まだ何も解決してはいない。村もアレスの事も・・・・そして僕自身の事も。僕を見つめるアレスの表情は、僕と同じではなかったから・・・・ここが始まりなんだ。