【海賊戦争】6〜今度は温泉だ!〜

■シリーズシナリオ


担当:本田光一

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月26日〜10月31日

リプレイ公開日:2008年11月16日

●オープニング

 世の中には、聞かないで居た方が良いこともある。
「お嬢……さぞや悔しかったでしょう……お嬢の純血を奪った奴ぁ、この俺が……」

 ズガ。ボガ。ゲシィ。

「……ぼ・け!!!」

 ズンズンズンと、何処の凶獣ですかという重厚な足音と共に、去っていくお嬢……もとい、カルミナ・フィラーハ。
「あぁ〜あ、お前もやられたのか」
「そう言うお前もかよ」
 野郎同士が慰め合っている。
 気を遣ったつもりで大きなお世話だったらしい。
「本当なのかねぇ?」
「さぁ? それにしたって、お嬢……あ、いやいや」
 ギロン。
 と、背中を向けていた筈のカルミナが振り返って鋭く睨んでくる。
「……ダイエット出来たとか喜んでたし」
「普通、喜ばないぜ? あーもしもアレだったらな?」
「あ〜そうだよなぁ。んじゃ、何で?」
「……」
 話し合っていた一行の背に殺気の塊が。
「ひぃぃぃ」
 蜘蛛の子を散らす様に逃げていく一家の男達を見送って、カルミナも一つ大きな溜息を吐く。
「殺されて普通の筈だけど……それに、普通はああいう牢獄に閉じこめられたら……いやいや、望んでる訳じゃないんだからこれはこれ以上考えないで、と」
 頭を振り、自分の脳内から重い話題を排除するカルミナ。
「……いやに親父のことを根掘り葉掘りと聞いてきていたけれど……一体あれは……」
 思い返せば、牢獄で無実の罪を着せられた自分に対して行われたのは罪を認めさせる様に続く私刑じみた虐待と言葉の暴力。
 海の荒くれ達と共に海賊稼業を続けていれば、多少とも抵抗が付いてくる部類のものだったが、救い出されるのが一日……いや、半日遅ければ逃げ出していたに違いなかった。
 だが、その行為の中で確実にカルミナ自身に対して投げかけられていたのは、自身の罪に比べて不必要なまでに多くが彼女の父親、貴族位を剥奪されて放逐される形になった先代フィラーハ伯に関連する尋問だった。
「ま、そろそろギルドから報酬代わりに応えも来るだろうけど……」
 海賊一家と冒険者ギルド。
 時に反目し、時に共闘し合う存在でもある私略船を率いるカルミナにとって、メイの冒険者ギルドは目の上のこぶであると同時に互いに距離を置いて付き合えば良い関係が保たれるという存在である。
 今回も、先の脱出の件で世話になった冒険者達に礼をとギルド宛てに海産物を送る様に団の者に言った筈が、どうやら新鮮魚介類を送ったらしく……。
「バカと言えない私も甘いかも知れないけど……腹、壊してないよね……多分……」
 と言うよりも、到着するまでに破棄されている可能性が高いのだが、それは考えないことにしておくカルミナだった。
 今、彼女はギルドからの返事を一日千秋の想いで待っている。
 『キエ』と言う単語。
 それが彼女を浚った者に関連しているらしいと判ったのだが、リザベ分国領地内でも伯爵領地というと家の数だけ有り、彼女が全てを把握している訳でもない。
 溜息が零れる程には長い時間を、カルミナ達はギルドからの返事待ちに費やしていたのだが……。
「お嬢! 大変でさぁ!」
「……(お嬢っつーな、って何度言ったら判るのさ?)」
 目は口程に物を言う。
 と、何処かの誰かが言っていた様な気がする海賊達。
「あ、あの……ルラの東にあるあの温泉遺跡が……バの連中に牛耳られたみたいなんでさぁ!」
「……それを先に言いなよ!」
 ポカンと、大きく口を開けて暫く呆けていたカルミナから雷が落ちる。
「……あの遺跡のお風呂、意外とお肌に良いって噂だったし、航海でカサカサになった肌や髪の毛に良いのに……」
「ああ、そういやお嬢、先代に連れられて避暑によく行っていた場所の一つだとか何とか……」
「漁師に世話になってとか言ってたよな」
「老人世代や若い衆に小さい女の子が珍しそうに仕事の話し聞いて回れば、そら気に入られもするし……」
 ヒソヒソヒソと、何やら密かに内緒話が始まった様子で。
「そこ、何笑っているのさ!」
 スコーンと、カルミナから木のジョッキが海賊に投げつけられるのだった。

●冒険者ギルド
 冒険者ギルドでは、秋の物資搬送の為の流通経路について、商人や国の一部から警護や確保の依頼が舞い込んできていた。
 そんな中に、ルラの一諸島にある港の奪還が依頼として上がっていた。
「詳細はあちらを見ていただくとしましてな。最近はバの軍の中でも色々な部隊があることが判ってましてな、一部傭兵的な動きがあって、今回はそう言う連中が押さえてもうた場所の解放ですわ」
 ギルドの男が、その為にメイの国からは直接の支援は受けにくいと続ける。
 ただ、移動に関しての便宜は図って貰えることと、ある程度のことまでは目を瞑るというお達しも貰ってきている様だった。
「色々ありますさかいにな。それと、この依頼を受ける人は先方でお世話になる方にはお礼兼ねて一通手紙を届けて欲しいんですわ」
 誰が見ても、下手な字であることは明白。
 そんな表紙の手紙を見せながら笑顔のギルドの男だったりする。
「あ、そうそう。相手さんは気を付けないといけないのは十人も居るか居ないかで、他の面子は雑魚って話ですわ。折角ですさかい、行った後に温泉の効能も報告いただけたら嬉しいですな」
 かなりの部分はお気楽に言っているのだが、実際にこの作戦が成功すれば、一海域が無事に航行できるようになるのだろう。
 ギルドから詳細を聞いて依頼に出る前に、もう一度壁に貼られた募集要項に目を通してみた……。

依頼主:海戦騎士団
依頼内容:諸島の主要な港湾機能を有する港の解放
移動手段:現地までの陸路移動にはゴーレムチャリオットを乗り合いに享受。港まで海戦可能な船で迎えが来る予定。現地までは送迎有り。彼らは共に諸島の解放戦線に参加する。
その他:敵の部隊は十人前後。凶獣、ゴーレムなどは確認されていない。海上、若しくは周辺での戦闘になる可能性が高く、その辺りを注意することを願う。

「……」
 確かに、ギルドの男が説明したのと同じような内容であった。
 私兵が奪い去った諸島の奪還。
 重い任務の筈なのに、何故か依頼の話を聞いていて一向に悲壮感漂わないのは、一緒に同行してくれるという人物達への信頼あってのものだろうか?

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb9419 木下 陽一(30歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

オリバー・マクラーン(ea0130)/ レン・コンスタンツェ(eb2928

●リプレイ本文

●海戦
 海戦となるのか、それとも接舷されている状態の船に乗り込むのかという論議で船上は暫くの間討議に溢れていた。
「どうにも現地の状況と敵の情報が少ないのである」
 シャルグ・ザーン(ea0827)が腕組みで言うのも尤もだが、考え込んでいるのはシュピーゲル一家の男達も同じだった。
「少なくとも船が投錨している付近での戦闘になるだろうな」
「ふむ。ある程度は、現地に着いてから状況に合わせて臨機応変に動かざるを得ぬ、か‥‥」
 未来予知でもない限り、戦場の状態を知り得る術はないのは判っていても、じれったいには違いない。
「敵は十程度、船は一隻か‥‥大型のバリスタが側面に各二だったか‥‥他に目撃証言はないのか?」
 風烈(ea1587)は指折り数えながら、ギルドで得られていた情報と、シュピーゲル一家と合流してから得られた情報を合わせて考え込んでいる様子だ。
「またバの連中が出て来てるんだ‥‥」
 木下陽一(eb9419)は天候を見ながら遠く進行方向を見据えていた。
「戦略シミュレーションだと拠点の争奪なんてよくあるけど、リアルなんだよなぁ‥‥」
 卓上の遊技で考えれば、確かに海上マップの上を駒を進めて戦略拠点を奪い合う遊技は想像に難くないのだが、自分の命を賭けてまで行った試しはない。
「こういう処からコツコツ恩を売って味方を増やしていけば、前みたいな事は防ぎ易くなる‥‥かなぁ」
「無理でしょうね」
「!!」
 思いがけず、掛けられた女性の声に飛び上がりそうになる陽一。
「交代です。休んで下さいね」
「あ、はい」
 フィリッパ・オーギュスト(eb1004)は身軽に帆を降りて、舳先に向かう。
「あの」
「何です?」
 気になったのか、陽一が尋ねようとするのを手で制して、フィリッパは前方に目をこらす。
「良く判るな、冒険者さん」
 甲板にいた海賊も気が付いた様で、共に足早に操舵長の元に走る。
 彼らの報告で、船足を緩めた後に相対速度を見て、船は陽一の精霊魔法も手伝って進路を若干の変更だけで進行方向に見えた船影との接近を避けることになった。
「『キエ』の情報も手に入り易くなったり‥‥しません?」
「海賊は、見つけ次第に縛り首というものが常です。私略船であれば、その領地内であれば‥‥シュピーゲル一家は既にメイの国のどの領地でも受け入れられることはないでしょう」
「それって‥‥」
「ギルドから預かっている手紙をカルミナ殿に預けた際の、あの言葉であろう?」
 アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)が呟く様にして続ける。
「リザベ分国の‥‥西の土地‥‥」
 今回、カルミナには冒険者達の手でギルドからの文書が届けられていた。それは、先の事件でカルミナを監禁状態にした者に関する情報‥‥『キエ』という土地に関する情報だった。
「湯治を予定していたのであろうが‥‥ままならんものであるな‥‥」
 アトランティスで温泉に出会えるとは思わなかったアルフォンスであるが、同時に湯治に向かう筈であろうカルミナの様子が似つかわしくない沈んだ物に変化したのは自分達が持ち込んだ文章が原因であることは承知していた。
「キエの先代領主‥‥一体、数年前にリザベ分国に何があったんだろう‥‥」
 考えても、今はまだ暗中に手を伸ばして進むのに似ていた。
 出来ることを一つずつ、やり遂げていくしかないのだろう‥‥。

●滑り込む様に
 滑り込む様にして、船を入り江に侵入させた海賊一家に、満面の笑みを浮かべて腕組みを解く巴渓(ea0167)。
「さぁて、アトランの水軍の実力、しかと見せてもらうぜ? 安心しろ、メイを想う気持ちはあんたらアトラン人に負ける気はねェ。頑張ろうぜ!!」
 突き出す様にして拳を固めた巴に、海賊の男達は短く快活な笑みで返す。
「‥‥」
「今である!」
 シャルグは矢を仕舞い込んで接近戦に備えている。何故なら、天候の変化で敵船の帆に落雷を誘導する準備を陽一が始めたのが冒険者達全員に伝わったからだ。
 同時にそれは、開戦一番にイリア・アドミナル(ea2564)が放つ予定の精霊魔法の射線から外れる様にとの配慮も勿論含まれた上での配置だ。
「わははは、降伏するなら今の内であるぞ!」
 アルフォンスが宣戦布告と同時に一応の礼儀としての従順を願ってみるのだが、照れ隠しが一部見られる彼の啖呵では、敵船上の気合いは消沈する気配はなかった。
「相手との力量差って奴を見誤った奴ら程、無様なのはないぜ」
 巴も、予め敵船への攻撃の手順を覚えているだけに、頭上の天候の変化とイリアの準備する姿を見て、やれやれと言いたげにしている。
「もう、皆さん落ちても大丈夫ですよ」
 攻撃に備えているイリアが言うのは、ウォーターダイブを皆に施して終わっているという報告なのだが、言われた側の和紗彼方(ea3892)やフィリッパは互いの顔を見てそれでもと首を傾げ合う。
「ほら、ボクって接近より遠距離の人って感じだから」
「この戦力彼我で、敢えて接近戦を挑む必要はないでしょう‥‥」
 申し訳ありませんがと口の中で続けるフィリッパの横から、何人かの男達が海に飛び込んでいく。
「そりゃ、絶対に奇襲は成功すると思うけどね」
 邪魔にならないようにと矢を放つ彼方。イリアの攻撃までに、甲板に敵を呼び出すのが役目だが、事前に減らせるだけの敵は減らしておきたかったのだ。。
「後はいつもなら近接組にお任せだけどね‥‥今日は、どうかなぁ?」
 最後の一人を捕まえるまでは油断はしないようにと自分自身に言い聞かせていた。
「増えた様であるな‥‥」
 シャルグは自分達の出番が来る時を待つ。
「‥‥」
 瞬間、海上の空気が凍てつき吹いた風が身を切る如く鋭さを増していた。
「一瞬であれだけが‥‥」
 陽一は全体を一望出来る場所にいただけに、敵味方の中でイリアの魔法の範囲外に居ながらにして、最も彼女の魔法の威力を知り得た人物となった。
「っと。トドメ、トドメっと‥‥」
 イリアの初撃で戦力の彼我は明らかなものとなっていたが、それでも用心に越したことはない。
 ヘブンリィライトニングによる頭上からの船への洗礼と、海中から躍り出て喫水線に近い窓から敵船に潜り込むファング・ダイモス(ea7482)やシャルグ達の動きを巴は冷静に見定めながら、距離を保って敵兵に一撃、また一撃と、気を叩き込んでいく。
「さぁ、誰から私に掛かって来るのです?!」
 敵兵の中に魔法や弓矢を操る者が居ないか、船内に飛び込んだファングは確かめながら走るが、船内の敵には彼に敵う者も居ない。同時に、遠距離での攻撃を得意とする者も居合わせていない様子で、動力である漕ぎ手達が主だった構成であった。
「手練れとの戦はこの後と言うことで‥‥」
 振り抜く刃は戦闘要員とは思えない者達には当たらずに、錨を固定しているロープを真っ二つに断ち切ってしまう。
「悪いが時間をかける気は無い、命が惜しくない者だけかかって来い。あの様に海に消えて貰うことになるでしょう」
「!!」
 口調は優しい。
 だが、ファングの並ならぬ剣捌きは疎い者でもはっきりと見て取れた。
 十数名の敵が声を発することも忘れて、やがて錨が海の底に没してしまった地響きを足元からの響きで感じた瞬間に、固まっていた時間は急撃に流れ出す。
「ヒィ!」
「逃げろぉ!!」
「‥‥助かりますよ。聞き分けがいい人達で」
 身なりは戦えるだけの武具を持たされていた者達だった。民兵崩れか、それとも奴隷上がりの戦闘要員かは確かめる時間はないが、ファングとしては彼の腕を見て逃げてくれただけ助かったというのと同時に、無駄に血を流さずに済んだことが嬉しかった。
「行きます!」
 逃げる兵が一段落した所で、ファングは数少ない残った者達に向けて剣を唸らせる。
 接舷後にバの船に飛び込んでいったのはアルフォンスとシャルグ。
 手にはオーラの剣が鈍い輝きを見せるアルフォンスと、オーラシールドの防御から一撃で敵をたたき伏せたシャルグに、船上は水を打った様に静かになっている。
「おぬしらはバの手先‥‥であるか?」
「そう聞くお前達はメイの手先だろうに」
 吐き捨てる様に言う相手にシャルグは唇の端を上げて笑う。
「言い得て、妙であるな」
「確かに‥‥」
 会話による理解は不要とばかりに、飛びかかってくる敵をシャルグの腕に輝くシールドがはじき飛ばす。
「シャルグ殿。どうやら船内はファング殿が掌握した様子」
「成る程っ!」
 船室に続く入り口からわらわらと出てくる、戦意を失った者達の姿を示してアルフォンスが告げるのを聞いて、反撃で海中へと切り払ってしまったシャルグが頷いている。
「余りに護りが薄いと思ったが‥‥人数だけは割いているのか?」
 巴は船内から出て来た人数を数えながら腕を組むのだが、それでも納得がいかないという様子だ。
「ん?」
 船の甲板後部に居た敵が謎の動きを始めたのを見て、巴は交差していた腕を外して気合いを込める。
「巴さん? ‥‥あーっ? イリアさん、後、狙えますか?」
 陽一が上げる悲鳴に似た絶叫に、イリアは船室を横切って移動する。その間にも、残り少ない魔法の発動回数を、陽一と巴が縦と横の位置から後方甲板に向けて数発放ち続けている。
「ゴーレムグライダーですね。行かせません!」
 陽一と巴の攻撃で出来た穴から全員目掛けて放たれるアイスブリザードが甲板後部を白く凍てつかせる。
「あ、動かないでね〜。動くと、また討っちゃうからね」
 言葉より早くに彼方が射貫いた矢が、敵兵の腹部と船の壁を縫いつける。
「大切なものを勝手に踏みにじったんだ、それ相応の報いを受けてもらおうか」
 回り込んだ烈がグライダーを破壊して、仁王立ちになる。
 周囲に魔法を用いる者の姿はないが、用心の為に小さな動きで翼と噴射口を叩き潰し、援軍を呼ぼうという試みなど微塵も思い浮かべない様にしておく烈。
「この野郎!」
「おっと……」
 隙を見つけたとでも思ったのか、烈の背後から斬りかかる男を、まるで背中にも目がある様に寸前のところで避けて反対に腕をねじり上げる烈。
「残念だったな、その程度では俺から武器は奪えない」
 烈にかかれば斬りかかってくる動きは勢いに任せただけの素人だった。
「終わったようであるな」
「うむ」
 甲板後部に足を運んだアルフォンスとシャルグが残党達を甲板中央部に誘導する。
 不承不承と言った様子はまだあるのだが、敵兵は甲板の中央に集められて戦意は見受けられない状態だった。
「下は、片が付きました」
「‥‥っ!!」
 ゆっくりと、入り口から姿を見せたファングの姿に敵兵士達の半数が衝撃を受けたのが判る。
「手こずりましたか?」
「いや、お主程ではないであろうな」
「ええ」
 尋ねたファングに笑い返すシャルグとアルフォンス。
 三人の会話に、項垂れて完全に覇気を無くした敵を見下ろす形で、冒険者達は戦闘が終わったことを実感するのだった。

●銭湯開始
 銭湯開始のかけ声も勇ましく‥‥と、いかないのがシュピーゲル一家の習わしなのかどうかはさておき。
「ま、貴族の忘れ形見なんざ大概は、ロクでもねェ因縁しか呼ばんさ」
 デッキブラシを駆使して、遺跡の横たわる浴室を磨くこと数時間の作業を終えた女性陣は早速湯船につかり始めている。
「それでもお前さんはお前さんだろ、カルミナさんよ?」
「ん? あ、ご免、聞いてなかったかも」
「‥‥あ、そうかい」
 笑顔で、素で返すカルミナに脱力の巴である。
「さすが、カルミナちゃん♪ キズモノにもなってなくてー良かったよー」
 彼方の発言に、女湯が凍った。
「彼方さん‥‥そう言うことは、軽々しく口にしないことです」
「え? なんでー?」
 フィリッパにたしなめられても、彼方は全くわかっていない様子。
 温泉で入浴する前にと、皆に薫りのあるオイルを勧めていたフィリッパだったが、白亜の遺跡の沈む温泉に入るのには、僅かに抵抗がある様にも見受けられる。
「んーそろそろオレは失礼するぜ」
 既に身体は温もったのか、巴はさっと上がって身体を良く拭いている。
「温泉て気持ちが良いなあ、この間の冒険の疲れも癒えるよ」
「だけど〜カルミナちゃんのお父さんて、大物さんだったの? 尋問されたりする所見たら」
「さぁ? 貴族だって言っていたけど、巴の言う通りロクでもないものだったのかも‥‥」
 透き通った湯の中に身体を沈めながら、幸福な寝顔に似た表情で至福の一時を楽しんでいるイリアと彼方である。
「1週間くらい眠らせないとか、水位の高い水牢で溺れさせ続けるとか、時間はかかるが確実な拷問をしてないので、まだ黒幕にとっても確定状況ではないのかも知れません」
「‥‥それは、確かに嫌だけどね」
 ぴしゃりと、言い切ってのけるフィリッパに、カルミナもそう言えばと思い出して呟く。
「ギルドからの手紙は見せたけど、私は全く身に覚えのない話だよ。スコット子爵領地の西にあるキエっていう場所……そこの村だ何てね。ましてや、そこの元領主だなんて、見たことも聞いたこともない」
「難しい話は後にして、背中流してあげるねー。わーすごーい♪」
「ちょっと、およしよ」
 言葉は嫌がるカルミナだが、まだ何か考え込んでいる様子で彼方が背中に回ったのにはそれ程抵抗を見せていなかった。
「ん? 出歯亀さんの気配はぁ?」
「凍らせちゃうわよ」
 しっかり、心構えだけはしている彼方とイリアに苦笑して、フィリッパはカルミナにもそれ以上は思い出しようがなさそうだと結論づけた。
 丁度、同じ頃……。
「ったく、ガキみてェに前なんざ隠すな! それから少ねェが酒持ってきたぜ。露天風呂にゃあ、酒は必須よ!」
「うむ。冷えた体は温めぬとな。最悪、命に関わるゆえな」
 鯔背な姿で現れた巴に、そう言う姿もあるのかと納得の早いシャルグ。
「今日は温泉でゆっくり出来そうだな」
「まったり、温泉を楽しもうではないか」
 残る帰投までの時間は、のんびりと過ごせそうだと、戦闘時の凛とした表情が嘘の様に伸びやかな笑顔のファング、アルフォンスである。
「先程の戦闘……港の方には悪いが連中の目的は一体、何だ?」
「拠点確保、ではないだろうか? 確かにこの地は国勢的には意味を成さぬ物でも、海域ではバの国とメイの国の中間に位置する微妙な地域であるし……」
 ぼうっとした、温泉での湯に揺られながらのファングとアルフォンスの会話を背に、陽一は一応お約束的に遠く離れている筈の女湯に聞き耳を立ててみる。
「これは……やれと言われてるのか!?」
 情念の炎を燃やす陽一の背を見ながら、シャルグと巴は岩の上に置いた燗を傾けていた。
「若いであるな。立ちはだかる我らを、想いもしないと言うことは……」
「確かに。前を隠しているようじゃお子様だね」
 互いに、思う意味の所は違うにしても若さを讃えておく二人。
 その後陽一がどうなったのか、知る者はいない。