●リプレイ本文
●出発しましょ
いきなり伊賀の地。こっちだ、と、砦を案内したのは、左でなく、存外なことだが、依頼の当事者、藤林。甲、乙、丙、丁、の四つの入り口。ざっと拝見したところ、位置以外の違いはみられない――愚浄はそれを確認する。ステラはその背にまわって、こわごわと日和をうかがう。
「此処は藤林なる御方の監地と聞くが、調査を千賀地殿配下たる其処許が託された理由や如何?」
これはあらかじめ左に尋ねたことだ、が、彼・彼女は応じていわく、
「か、漢字が多すぎます‥‥」
――哀れんでくれて、いい。そういうヤツなのだ。しかし、本人がいるならこれ幸い、愚浄は藤林に向き直り、人称の修正をしただけのほぼ同様の問いをぶつける。藤林は酷薄ともいえる、申し訳許りの笑みを浮かべて、応酬の代替、
「ここまで来てもらったのだ、わずかな報酬でも申し訳ない。これをいかがか?」
と、ひけらかしたのは、
御薬酒。愚浄にとっては般若湯、の馥郁がたちのぼる。ごくり、と、愚浄の喉元を、熱い、透きとおった体液がこぼれる。
「あ、いいなー」
と、横合いから楽しげに首をつっこんだのは瀞藍で、
「あれ、坊さんいらねぇの? そりゃあ坊さんだもんな。俺、代わりにもらってっちゃダメかな?」
「こ、これは拙僧に依託されたものだからして、その」
いきがかりで奪うように受け取ってしまう、と、次に首をあげたときにはすでに藤林の姿は見当たらず――有耶無耶にされてしまった。
●甲(壬紗姫、愚浄)
さておき――主に、愚浄の理性にとって。
「よろしくおねがいいたします」
「こちらこそ斯様な探索は慣れぬでな。厄介をかけるやもしれぬが、そのときは気兼ねなく言ってほしい」
冒険者稼業の渡世に身をやつそうと髄に沁みる育ちのよさはぬぐえぬ壬紗姫、稀少の水の民、河太郎とさげすまれど求道にすすむ愚浄と、見た目の対にはトンチキなところもあったが、まぁまぁ手堅いだろう。かな?
が、愚浄、つい先程から、気に病むことがあった。暁の悟りをめざす身上には世俗の執着なぞにいちいちかまっていられない、仏の気に病まぬことであったなら、べつだんそれはそれでいいと思う。が、ときには、その主義を皹を入れたい異様もある。
「え‥‥?」
それは、壬紗姫がさしだした――‥‥、
「先達の教えに『だんじょんを十ふぃーとの棒を使って捜索しろ』というのがあったようにおもうのですが」
1フィートは約3分の1メートル、これを使って調査をおこなえば地下の捜索も有利に――ない、そんな法則は、いちおう、ない。というかそれ、伊賀どころか、すでにジャパンでもジ・アースでもねぇ(笑)
「それほど長いものは見つかりませんでしたので、越後屋さんからこちらをいただいてきたのですが」
その名も「棒(ロッド)」――まんまだった。が、もらってきたはいいけれど、
「これはどのようにして、使役すればよろしいか、愚浄様はご存じでしょうか」
「否。‥‥浮き世は煩雑なものだ」
本人たちもあずかりしらぬ弱みが彼等にあるとするならば、若干のツッコミ分不足、だろうか。ちなみに、棒があるのはけしていけないことではない。修験者がたいてい錫杖を突いているのは、宗教もあるけど、支点を増やして疲弊を散らす、という物理上の意味もある。
「別の先人はまたこうもおっしゃっていたように思えます、『罠は嵌って踏み潰す』」
ですが、そのような非生産的な行動は私の理念に反しますし、ふつうに参りましょう。灯明も持たなければなりませんから、と、壬紗姫は2ふぃーと棒をがらりと投げだし、つか、それだっ。嵌ったり踏んだりする代わりに、棒をさしこむのがお約束なんだ。
――等のツッコミ、やはり届くべくもないわけだが。
洞穴の道は、薄暗い。天然を巧みにくりぬき、人工が映えずにほどこされる。只管の遡行はまた、苦界の相にも似たり。故人がたずさわったという地下道の踏破は菩提への修行ともなろうと、愚浄、うそ寒い気を木棍で衝き、ときに割って進む。壬紗姫は右手を壁に添って直進していたが、ふと、なにか、ぬばぁというかんじの、粘り気が。
「ぬば‥‥?」
魑魅魍魎は、いなかった。
――ごくふつうの、なめくじさん。こんにちは。
「ひ‥‥っ」
「心を静められよ、それも拙僧らとおなじく娑婆をさまよう衆生なれば」
つ、つっこみ(飢えた)。
●乙(ステラ、陽炎)
こちらも比較的、難題は薄かったといえる。冒険者同士の組み合わせも、地盤の様子も、ただなんとなくステラは陽炎の風情にどこか狐に摘まれた様な、彼女の器量が悪いというわけではない――むしろまったく逆、みどりの黒髪のほつれを物憂げにすぅと掻き上げれば、つややかな蠱惑が匂い立つようで。
「ステラさん、よろしくね」
「はぁ。こちらこそ」
なにげない立ち居振る舞いにすら、ステラ、どうにも気圧される。一個ほど年上かぁ‥‥。む、胸の大きさなら負けないっ。あべこべに、むなしさがたくましくなってきたのはいかがなものか。
飛騨戸隠の生まれだという(「内緒ねぇん」と、陽炎は火のようなあざやかな緋唇をおさえる)陽炎は実にてきぱきと気持ちよく算段をすすめる。ステラは改めて、一時の亡羊の嘆の検見に傾注するのである。
「私ってやっぱりとろいのかしら‥‥」
考える。どこかに否定材料はないものか――高速詠唱――じゃなくて。こう、どこかにそれ以外のなにかがあるはずよ、一等賞なことが。ええと、ええと‥‥そりゃあ、どうせ二十六歳になってもまだ結婚できてないから、そのへんはぐずぐずしてるって言われてもしかたがないけど、そんなの個人の勝手じゃない。
「ステラさん? 問題ないみたいよ、行きましょ」
「あ。は、はい」
火をともした行灯で器用にのの字を岸壁にえがくステラを、陽炎、特に不審がるわけでもなく、
で、こういう事情があったからか、ステラ、洞窟の内部へくばる目はじつに的確になるのである。すぎた、といおうか。
「小石、発見。水たまりにぼうふら、発見。ぼうふらさん、クリエイトウォーターで新しいお水はいりますか?」
‥‥いじけ度が妙な方向にながれだした。見付かったなかで比較的まともな物証は薬研か、東洋ではこれで製薬や調剤をおこなうのだ、と、教えられれば、薬草師のステラとしては興を引かれる。
「ずいぶん古びてるけど‥‥どうして、こんなところにあるのかしら?」
「忍びの持ち物としては、珍しくはないわね。薬売りに変装するのは常套よん」
「そうなの」
「実際に毒をつくることもあるわよ、私にはそんなものいらないけど」
そんなのがなくったってどうにでもなるもの、と、陽炎は仄めかしたあと、そうねぇ、と、真顔になってステラににじりよる。どう、ためしてみる? 耳朶に吹きかける言葉は、水をつかうステラの指先よりよっぽどしとどに濡れて――‥‥、
「い、いえっ。まにあってます!」
浅手の水たまりをはねあげながら駆け出すステラ、どたっ、転けたみたい。陽炎は焦らず逸らず、ステラの後ろ姿をほほえましく見やる。
「もったいなかったかしら」
私にはそのケはないのだけれども、と、陽炎はくっくっとしゃくりあげるように喉彦をころがす。
ちなみに、ここはいっとう暗礁のすくないところだった。ステラは上記にあるように巡り合わせがなかなか噛み合わず(これ運の問題なのか?)、忍びの稼業を問題なくこなせるのは陽炎が一等賞だったのは、後述を参考のこと。
●丙(清芳、馨)
で、それとは対称的なこちら、結論から述べよう。
ここがもっとも、艱難辛苦、櫛風沐雨にできていた(爽笑)。しかし衆生界の炉辺からは高次の内実などはうかがえる由もなく――要するに、清芳の、ある種の無表情ともいえるゆたかな情操は、馨の端倪をはるかに凌駕していたわけ。
「私が先に行くとしよう」
清芳がきりりと真顔でいいだしたものだから、馨はむろん異を唱える。鷹の万草もいる、彼に先行してもらえば――もっとも夜盲の気味の鳥類は、この薄暗がりでは、さほど突き放すことはできなかろうが。だって、と、清芳は、僧兵らしくなく、あどけない不服に口をちょいととがらせる。
「以前、伊庭さんは落とし穴にはまっただろう。じゅんばんこだ、私が行ってはなばなしく落ちてこようじゃないか」
えぇそんなことも今は懐かしく――あるかぁっ――と、気軽に応じようとする寸前に、馨、がたがたとくずれゆく。どうしてふたりっきりのときにわざわざ、それ、悪夢をもちだしますかっ。あ、すいません。図書寮の小僧が春頃に引き落としてました、たしかに。
「伊庭さん? 言ったはなからどじだな。だから、私が行くといったんだ」
「は、はは」
ドジといえば――‥‥、
清芳にへまを助け起こされるという羞恥ぷれい(←まちがい)の喜びにもだえながら(←だから、まちがいだってば)、ふと、前々からの懸念がまたぞろ胸底をよぎる。百地の惣領息子はこの、ミラ命名「百道(ももみち)」で命を落としたという。隠れ里での稽古が主な故に全容知れぬ忍びだが、隠密・間者としての技倆の高さは今更あげつらうまでもない、それだのに? 似たようなことは清芳も心配していたし、きっと誰もが気になることだろう。ちらと見、とりわけ物騒なものは見当たらないが、むろん見つけられれば
――それとも、と、ふと別の勘繰りが胸底から、こぷり、と湧く。
「百地のお方はそうとうなドジっこだったのでしょうか‥‥」
『やぁん、御主人様。お塩とお砂糖をまちがえちゃったですぅ。てへ☆』みたいな?
最大限にまちがいすぎた幻像を思いがけず清芳にあてはめそうになったところへ、ひゅん、と、途端、馨の目と鼻の先をかすめる、羽箭。不可視の際まで尖らせた矢の根は、機密の発条によって最大の抗張力にあぶられ、岩盤としかみえぬ横手へ、がすり、と、不吉な鳴りで突き刺さる。
「伊庭さん!?」
発とうとした清芳が後方の豹変を悟り、清白の袈裟が蹴立てる飛沫で染み付くのもかまわず、蒼白になって、戻ってくる。
「伊庭さん、怪我はないか? 薬はいるか? いったいどうしたんだ、私が通りがかったときはなにもなかったのに」
云えない。
まさか妄想に反応しました、とは、どうしたって云えない。しかし、意外とやるな。百地砦。
「な、なんでもありません。やはり私が前に出ますよ」
「でも‥‥」
「甘食を持ってきました。清芳さんはこれを追いかけてきてください、そうすれば迷わないでしょう?」
「分かった」
麺麭屑を道ばたにまいて帰途を探そうとした、という御伽噺が外国にあったようだけど、たぶん、それとは違うのだろう。が、清芳はおとなしく首をうつむける。目線はまぎれもなく、馨のたばさむそれへと引き付けられてある。彼等はゆるやかに上がったり下がったりした。
●丁(ミラ、瀞藍)
ミラ、たしかに左がこっちに来ればよいなとは思っていたのだ。なんとなく、なにげなくだけれども、いや、まさか正真正銘来ちゃうとは。
「左さん、ほんとうにこちらでよろしかったんですか?」
「うんっ」
「賑やかでいいじゃねぇか」
と、けらけらと吹けば飛ぶよに軽い朗笑で、瀞藍は、男女にけじめをつけない彼にとっちゃ種族の垣根もさほどの故障とはならないらしく、巨人族のミラにあてても惜しみなく厚意や(あ、左は人間ですが)。
「や、俺はほんとついてる。初めての冒険で美人さんといっしょにもぐりっこができるなんてなぁ」
右手の刀のごとくまっすぐなミラにとっちゃあ、まさか自分があっけなく禁忌をやりすごされて、ナンパをされているなどとは思わないから、ずいぶん気さくで茶目っけの多い人だな――良いようにいえば――と、思いつつ、瘤付きの男やもめといっしょになっていきなり二人ほどの子持ちとなった新妻のような、なんとも筆舌に尽くしがたい辛抱の予感が、肩のあたり、ずしっとのしかかった心持ちがするのである。丁半博打を連想させる「丁」の字がなんだかよいなと思ったからこちらを選んでしまったのは、もしかして、負け、だったのだろうか――‥‥。やめ、やめ。精察の累積は、別にも山積みなのだ。
「様子がよく分からない以上、行灯の油を漏刻の代わりに用いましょうか。半日を目処に引き揚げましょう」
「うん、うん」
「三人が横になれないこともなさそうですが、万が一を考慮して、先頭は私でもよろしいでしょうか? 楯を持参してきましたから、皆さんの壁になれると思います」
「うん、うん」
「‥‥あの、他に御意見は?」
「いや、まったくそのとおり」
瀞藍、しかつめらしく首を振って銀の髪をさらりと流して、了解の下心、まちがった、たんなる心をみせてみる。
「だぁって、こんなの考えすぎたらキリがねぇじゃん。駆け出しの俺のやれることなんて、たかがしれてるんだし。なら、思いっきり楽しんだほうがいいね」
口に出して言い切ったわけではないけれど、瀞藍の本音はこんなかんじ。ところへ、左からミラにまた別の問診が。
「先生、質問です。ご兄弟はいますか?」
「‥‥何故、私が先生。兄はおりますが」
「じゃ、紹介してください」
「では、機会がありましたら‥‥」
だからまっすぐなミラにとっちゃ左の煩悩なぞ知ったこっちゃなく、先ほどの誰かに今も苦悩をあたえている図書寮(略)といい、こんなのばっかだなぁ。
――ちなみにこの道、なんだ坂こんな坂、良くもなく悪くもなく、まぁ無難ってかんじ?
「落石、縦穴、へいへい。壁に手を突いたら槍〜♪ 巨石が転がってくる、壁が動く、ぐるりと回る、連れ去られる〜♪」
作詞、作曲、歌唱、鷹峰瀞藍。
ずいぶん不吉な鼻歌、左、それをあとから追いかけて、独唱が輪唱にあらたまる。うしろの、ないはずの、鳴り物入り、に焚き付けられて、ミラ、なんだか肩の荷が重くなった。
「ほんとうになったら、どうするんですか‥‥瀞藍さん、騒音でくずれるかもしれませんよ」
「あ、いけね」
ちなみに、このたび実現がかなったのは「縦穴」の部分である。瀞藍、前以て帯しに綱をつけておいたから、引き揚げてもらうのにそう手間はかからなかったけど。
「ども、ありがと。やぁ地上よ、俺は帰ってきた! あ、まだ地下なんだっけ?」
ミラが見捨てられない性格でよかったね。
●結果
>踏破率
榊清芳(ea6433) 20%
伊庭馨(eb1565) 20%
一条院壬紗姫(eb2018) 36%
ミラ・ダイモス(eb2064) 35%
ステラ・デュナミス(eb2099) 27%
矢作坊愚浄(eb5289) 25%
鷹峰瀞藍(eb5379) 23%
梔子陽炎(eb5431) 39%
「日の下はいいなぁ、美人さんの顔はやっぱ明るいとこで拝みたいよな」
「愚浄さん、どちらへ?」
「盂蘭盆も近い故、砦にて亡くなった御方の冥福を祈る読経を致そうと愚慮する故に」
「そうだな‥‥。私もてつだおう」
というわけで、無事一回目の探索終わり!
情報の集約は、また、次回。