【伊賀<百地砦>】 くじけるな!(参)

■シリーズシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月12日〜09月19日

リプレイ公開日:2006年09月23日

●オープニング

 地下の空洞は、眠れる蛇のごとく、ただじっとして横たわる。
 日捲りでは追い切れぬ昔々から、それはそこで隆起と削剥を緩慢に繰りかえし、或いは時折、寝返りのような激しい流動なども掻いこみながら、今の姿形をこしらえていった。――否。現在に至っても、変質は日毎に積み上げられる。情景が「移動」することはないが、「更新」はほんのまばたきのあいまにすら繰り込む。自然というヤツは、まるで悪ガキのようにじっとしておられぬのだ。
 今日の変革の担い手は主に「人」だ。彼等は獣のようにそこらをうろつくだけですませようとしないし、草のようにじっとしがみつこうともしない。彼等は、灯りをつかう。剣をつかう。わけのわからない「道具」を、幾らでも携帯し、利用する。そんなふうにやけに能動的な彼等の得意が、「改造」だ、その対象は地下ですら例外でなく。あるときは砦だった。あるときは住居だった。別のあるときは墓場だった。――そして今、地下は迷宮となって、世塵を招く。
 けれど、空洞はそこにあるだけだ。
 時に、人に似た溜息で身の内を押し流し。
 時に、人に似た身震いで身の内を揺るがし。
 心を寒くさせるほどの無言のままで、そこに、ある。

「皆様、おつかれさまですーーっ。三回目ですね、あ、飽きちゃいました? ただ行ったりするだけの、飽きちゃいました?」
 ‥‥もしかすると、むしろ、あなたに飽き(略)。な、上野左。性別、生まれたときは男だった、今は自称女性です。そのへんつっこんでゆくと魔法の所業のように、ありとあらゆる箇所でじくじくと頭痛がきそうなので、放っておくとして。
 彼女が来たからには、用向きは、三度めのお誘いでしかないわけだが。
 一度めは特に何事もなく、いやあったけど、水平ではないけれどもそこそこなだらかに。
 二度めは埴輪だった。きゅんきゅん♪ ←いや、なんとなくそんなかんじかなーって
「大紅天狗茸って知ってます?」
 あぁ、あのうるさい茸ね。だけでは語弊があるから、ちゃんと付け足そう。大きさはおよそ一尺六寸(約50センチメートル)、近くによるとどういう仕掛けだかよく分からないがやかましい叫喚を張り上げる、でもそれだけといえばそれだけの、くさびらのことだ。いかにも裏心たっぷりありそうな毒々しい色彩をしてるが、騒音以外にはとりたてて明記するほどの害はない。まぁ、
「あれがね、時々生えてるみたいなんです」
 あぁ、閉じられた空間でそれはさぞかし迷惑千万か‥‥というと、それだけでもなく、
「で、天狗茸が鳴ると、狛犬が出てくるんですよね。その先になにかあるみたいなんですけど」
 埴輪もそうだが狛犬までゆくとなると、あきらかに人為が関わってくる。いったい誰がいったいなんのために?
「塗り坊がいるってはなしもありますし。なんでそんなのがいるかって? ‥‥左、知らなーいでーす♪」
 だから、あんたは。いや、はじめから聴こうと思わなかったほうがいいのかもしれない。

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・質問その1:どこから入る?
『甲』、『乙』、『丙』、『丁』

・質問その2:なにが好き?
『春』、『夏』、『秋』、『冬』、『左』

●今回の参加者

 ea6433 榊 清芳(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1838 結城 冴(33歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5289 矢作坊 愚浄(34歳・♂・僧兵・河童・ジャパン)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5431 梔子 陽炎(37歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ ユーリユーラス・リグリット(ea3071

●リプレイ本文

●御挨拶at豪華ばーじょん
「ほい、伊庭っち。これが、約束の」
「こ、これが。あの、まぼろしの!」
 いったいどんな金銀ぱーるを観覧しているんだ、というはなしだが、鷹峰瀞藍(eb5379)が伊庭馨(eb1565)にひけらかしたのはごくありきたり、いや、こんなんがありきたりになっているのは冒険者業界ぐらいだろうが、とにもかくにも、防寒具として「も」使えます、まるごとこまいぬ。今日の道行きには狛犬が出るというので、見たがった馨のためにわざわざユーリユーラス・リグリットから拝借してまで、瀞藍が持参してきたのだ。
「注目は、ここ。阿でも吽でも、自由自在なんだぜ」
 ユーリユーラスが瀞藍を賛歌で送り出したときもそうしたように、瀞藍はこまいぬの口をぱくぱくさせる。ほぅ、と、馨は礼賛の吐息をしぼりだす。
「なかなか造りが細かいですね」
「‥‥伊庭さん、浮気か?」
 なんで、まだ、微妙に引きずってる。瀞藍と馨の楽しげなやりとりを、榊清芳(ea6433)、体で割ってはいるわけでもなく、口先でとがめるわけでもなく、ただ、しんしんと湛える青い瞳を彼女のこなす魔法の色より昏くして、ぼそ、と、ひとりごちる。あぁ、独り言だった。口振りだけは二人称の疑問型らしくしているのに――これは――マジでやばい?
「‥‥清芳さん。だから、ですね」
「そうだ、伊庭っち、俺は約束守ったんだからさ。なんかお返しくれよ。そんな深く考えなくてもいいって、軽い『べーぜ』ぐらいで」
「伊庭さん、浮気ってなんだ」
 どんな絡繰りや細工よりも恐ろしい、泥沼、修羅場。罠は、清芳と二人きりのときからでなく、清芳がそばにいる、その時分からもうすでに兆しているらしい。なんとも、はや、恐ろしい。――逢い初めのときから抜け出る気なんてとっくに失せているが、神様、あなたをちょっとぐらい呪うくらいはしてもよいですよね。馨は誰にも見えない角度で天を仰ぐ。
「私も見せてもらっていいかしら?」
「どうぞ、どうぞ。美人さんの御願いなら大歓迎」
 ステラ・デュナミス(eb2099)も、まるごとこまいぬ、を受け取って。狛犬の金剛の形相は、以前間近にした埴輪と似付かないようで、硬質な部分が少しだけ連想させる。まぁ、大まかな括りにすれば、どっちもゴーレムってヤツだし。あぁ、埴輪、かわいかったなぁ。狛犬もこうして見ると、けっこう愛嬌がある。もふ、と、抱き付いてみながら思い出に浸ってみたりして。
 と、そこへ、連れの桜花(おうまさん)に菊花(こいぬさま)を繋いできた一条院壬紗姫(eb2018)が通りすがって、は、と、なにやら生涯の好敵手でも見掛けたような必死さで息を呑む。が、彼女の視線の行く先は、ステラではない。
「しょ、しょせん、それは着ぐるみ。私の菊花が一番かわいいのです。ふわもこの抱き心地も、ぷにぷにの肉球も、つぶらな瞳も、一番可愛いのです!」
「そーう? んじゃ、翡翠は?」
 瀞藍が繰り出してきたのは、尖った口、柳葉のような細い目、子狐。警戒心が強いその子は人前に晒されたのが落ち着かないらしく、飼い主の手の中でも、じたばた足掻く。‥‥その素振りが、また保護欲をそそるから。
「ひ、卑怯なっ。子狐ですかっ!? か、かわいくなんか‥‥なんか‥‥はにゃーん。はっ、いけないっ。私には菊花という心に決めた柴犬がっ」
 ――‥‥幸せそうなので、しばらくこのままにしておこう。
「瀞藍さん? 前回はこちらに参加できず、申し訳ございませんでした」
 いや、それは滞りなく進行できなかったほうが悪いので、と、どこからともなく言い訳めいて。だが、ミラ・ダイモス(eb2064)にとっては、もはや、その程度の釈明など何処吹く風。風があるとするなら、彼女の背後に。ミラ、ビザンチン帝国出身のナイト、オーラ使い。ごうごうと粉を吹いて巻き上がるのは、オーラによく似た、彼女の熱情だ。
「と、冴さん、でしたよね? 本日はよろしくおねがいいたします」
「こちらこそ。たいへん、お待ちしておりました」
 えぇ、そりゃもう、あらゆる意味で、通常の三倍くらい、待ちわびておりました。結城冴(eb1838)、日頃の、万年杉のごとくぴんとそばだつ後背の筋が嘘なように、額ずかんばかり。うん、このまえは、ちょっと矜持売っちゃってもいいかってくらい、なんか怖かったもんね。でも、埴輪はかわいかったよね。
「‥‥縁故をあたためるのは、かまわんがな。あとからでもかまわんのでないか?」
「は〜い♪ そんな怖い顔なさっちゃいやん。ただいま、行ってまいりますわ♪」
 藤林の当て擦り気味の物言いに、梔子陽炎(eb5431)は接吻に似た仕草で軽やかに応じるのとは、ちょうど裏表。矢作坊愚浄(eb5289)は突き出る嘴が胴へ刺さるのではないかというくらい、深々と腰を折る。すぅ、と、再び身を立てる作法までも一片も縒れることなくまっすぐだ。
「これは、失敬つかまつる。下調べは藤林殿が手配をされたので? 御高配痛み入る」
「ふん」
 藤林は、特に、正否を付けようとせず。言葉よりも行動で示せと言うことだろうか。
 ――然り。では、その意思を受領するとしよう。
 愚浄は、ただ、禅杖を鳴らした。しゃらん、と、波の高い音がして、不可視の輪が広がり、寂寥と溶けゆく。それは仏が花を踏む音を、かすかに思わせる。或いは、石塊に苔の生す音。諸行無常の鈴の音。

●丙(たまには、順番を入れ替えよう)
 少々、憮然として、清芳は歩く、馨のうしろを後追いして。とうとう馨の餌付けはなくなった。それが馨の信頼の表現なのか、それとも清芳をさしおいての熱意のあらわれなのか判別しがたく、清芳は「伊庭さん、うわ(略)」とも言わず、粛々と歩を進める。そして、過去を思い出す。ハニーにおやつをとられてしまった、と、ふと、思い付く。
「馬具って埴輪」
「‥‥清芳さん。出し抜けにいかがいたしました?」
「なんでもない。なんとなく言ってみたかっただけだ」
 たぶん思ったとしても言っちゃなんない類の発言だろうが。かっと頬を赤らめて、ふりほどくように、馨の目先に立って少年のように勇ましい足並み、が、それも、尽くして至る。がつん、と、
「む、行き止まりだ。別の道を探そう」
「‥‥清芳さん、前方をよく確認なさってください」
 言われたとおり、清芳はしげしげと突き当たりをたしかめる。行き止まりは行き止まりでしかなく、どうみても壁だ。試みに、金剛杵をそこへがりがりと擦り付けてみたが、ただ堅いだけ。壁だ、と、馨に知らせると、妖怪に出逢ったわけでもないのに、眉間に薄い疲弊がうつろう。
「それは塗り坊です」
 何故だ。何故、分からない。色味が横のそれとまったく違うではないか。おまけに、たしか、清芳、それなりに妖怪に対する知識はあったんじゃ――要するに、ないのはその他の直覚か。清芳はまるで新鮮に感心してみせる。
「伊庭さん、よく判別できたな。もしかして、聖や羽月と同類の、塗り坊の友か?」
「そういうわけでもないんですが‥‥。さて、どうしましょうかねぇ」
 塗り坊、ただ、何するというわけでもない。ぼーっと、それこそ壁のように、ひたすら突っ立つだけである。さて、どうしましょうかねぇ。どいてください、といってみたが、どいてくれない。すると、清芳が実行に出た。
「なに、こんなのは」
 なにを考えたか、清芳はがしり、と、塗り坊にとりつく。みんみん蝉が樹木にしがみつく、そんな風情だ。そして、よじよじと伝い登る。山歩きにおける岩登りの経験があるからか、なかなかの手練だ。塗り坊は振り落とそうという素振りもなく、しごくおとなしくしている。
「こうして乗り越えてしまえばいい」
 あぁなるほど――‥‥と、了解しかけた馨だが、
「清芳さぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
 認めてしまった。それはもう、神皇の崩御(あ、もしもの話だからね)を知ったとしてもこれだけの動揺もないだろうかというくらい、馨、肝胆をそう冷やすことのない志士が、血を吐こうというふうに絶叫する。
 だって、清芳、清白の袈裟をまとって、僧兵というのは僧侶にくらべて軽快な服装になるのが常だといっても、登攀のような大胆にして動的な行動を試みれば、どうしたって裳裾はばらばらと掻き乱れて、無防備な内側が露わになる――‥‥。
 まぁ、ぶっちゃけて。見えるんですよ。
「私が謝ります。いくら私がむっつりでも、さすがに塗り坊という他人様がいらっしゃる前で、それだけは勘弁してください。このとおりですから、降りてください。別の道を探しましょう」
「う、うん、そこまでいうなら‥‥。どうしたんだ。伊庭さんのほうが警笛のようだぞ?」
 そして、事ここにいたっても、清芳は現状に気付いていない。罠だ。馨のつぶやきがむなしく拡散する。九月知る渡る世間は罠ばかり。一句出来た、嘘くさいけど。

●丁
「♪どんどんすすめー。やっれすっすめーっ」
「♪がんがんいこうぜーっ。りょーてにはな、おれのまわりのはっなばったけーっ」
 左の小唄、瀞藍の軍歌。瀞藍の腰から下げた提灯はゆらゆらと、彼の幸福を映して、満ち足りた波紋を薄闇に押し広げる。美人さんが三人も、いっしょ。一人は異種族だとか、別の一人は女装のくの一だとか、更なる別の一人は彼より年嵩の三十代の男性(それも、別に女装はしていない)、世間の常識の諭すところ
 ――それはともかく、ひじょーに、歌声でうるさいのだが。
 他の通路が二人ずつなのに、ここだけ四人。しかし、騒々しさの理由はそればかりではなかろう。第一、騒音の程度が二倍どころか、二乗、三乗、と、比較級数的な増大をみせている。‥‥まぁ、退屈なのよりはぜんぜんよいですよね。冴は己の内で結論づける。人間を観察させていただくのは楽しいです。賑わしいのは嫌いではありませんから、やりすぎもどうかと思いますが。
「なんだか懐かしいかんじですね」
 と、『百道』の名付け主、ミラは、久方ぶりに対面した友人の孫でも見やるようなふところの広い目で、あちこちへ目を配る。四人もいるのに、実際に働いている知覚は四つよりもぜったい少ないだろう。ちっ、と、暗がりに黄色い目がうごめいた。鼠か何かだろうか。知らず、愛用の戦鎚に手を伸ばしかけたミラ、いやいや、と自分を収めて、代わりに、背嚢から取り出した携帯食を投げてやる。恥ずかしがり屋の鼠は門歯にひっかけるようにして、どこかへそれを連れ去るのを、冴、水面にとろける月の名残のような瞳で陶然と見やる。
「‥‥鼠もかわいいかもしれませんねぇ」
 もはや、どっかのセーラ様もびっくり、驚異の博愛としか。ミラは複雑な思いに、冴をみとめる。
「そういえば、前回はどのようなかんじでした?」
「私はその以前を知りませんから、比較はできませんが‥‥。埴輪は必ずしもハニーと鳴かないようです」
 さも肝要。陰陽の神髄を語るように、たおやかな容貌からは思いも寄らぬほどいかめしく、冴は過去を披露する。はぁ、と、ミラの曖昧な相槌をどうとったか、ですが、と、冴はいっそう重々しく声をひそめる。
「しかし、狛犬はコマーと鳴くかもしれません。塗り坊はヌリーかボーか、思い切って、ヌー坊リー坊天気予報か。大紅天狗茸はタケーか」
 と、突如の、ぞうきんひっちゃぶく大音響。
 タケヤブヤケタ。
「あ、踏んだ」
 前置きなしかっ。しかも、廻文ですか。冴、惜しかった。
 犯人は云うまでもなく左である。けど、今回ばかりは、まぁ、あんまり責めないでやってくれ。大紅天狗茸がからむ菌糸は洞窟の暗闇と昇華還元し、どんな目利きであろうと見分けは付かなくなっていたのだから。タケヤブヤケタタケヤブヤケタ。絶え間なく鳴り響く反響のさなかに、瀞藍は提灯をふらつせながら、くるくる、軽業師らしく躍動感あふれる足踏みをみせる。
「やた、きのこのこーはっけーん♪ 持って帰ろうぜ。鍋にする? それとも、土瓶蒸し?」
「焼き茸に、茸ご飯に‥‥。これだけの量があれば、なんでもいけそうですね。茸懐石としゃれこみましょうか」
 冴までもが、うなずいて。食は強し。叫喚が過ぎて、あべこべに、耳に小石でも詰められたふうに鼓膜が痺れているのに、瀞藍も冴もよく会話を成り立たせるものだ。特に、瀞藍、
「あー、忘れてた」
 彼はたしか耳に布を入れていたはず――って、よくここまで普通に来られたな――耳朶をしきりに掻いて布を取り出したかと思いきや、背嚢を引っ繰り返して、それをとりだし、せっせと着込む。
「準備は万端!」
 遠洋を帆かける艦船のように威風堂々と胸を張った、まるごとこまいぬと化して。
 だから、なんの、準備だよ。こちらはまともな支度、ミラは今度こそは、と、得物をとって、冴はようやくきりりと頬をひきしめる。
「何が出てきますかね」
 鬼が出るか、蛇が出るか。いや、できれば、もっと慈愛にあふれ、かわいらしいものが出てきてほしいところだけど。
 そして――‥‥。

●乙
「梔子さん、今日もよろしく」
「はいはい。ステラさぁん、最後まで宜しくねェん♪」
 既に三度めの付き合いは、気の置けぬ仲になっている。女性同士はこちらはどこぞの丙(清芳曰く「ヘイ! ‥‥私はなにを外人ぶって呼び掛けているのだろう(悩)」)とは違い、塗り坊と出くわそうともためらう必然はない。や、のぼんないけど。
 というわけで、未知との遭遇。通せんぼ。
「あらぁ、ざりざり。あん、気持ちいいかも」
 人懐っこいわけでもないが、陽炎に頬をすりつけられても、塗り坊は反撃の意思の薄い――いや、本来、月並み以上に闘争本能はあるのだ、塗り坊ってやつは。それが「通せんぼ」という、やる気のあるのかないのか分かりづらい、表現をとるだけで。‥‥しかし、見掛けが盤石なだけあって、性格もけっこう頑固にできているようだ。そういうの嫌いじゃないんだけど。苔生す奇岩は、。でも、どうも、これ、本当の通路を隠されてるわよねぇ。ステラは気を集中するよう、眉間の真中に人差し指を置く。
「えぇと、これは壁。これは壁」
 そう、これはただの側壁。私たちはまかりまちがっても、塗り坊なんかに邪魔をされているわけじゃない――と、思いこむ。そして、わざわざ固定化した概念を、独り言めいて口にした。
「壁さん、ちょっと通してちょうだい。分かってるわ、あなたは塗り坊なんかじゃないわ。ただの壁。だから、そこでじっとしていてくれるだけでいいの。ほら、ここにお友達もいるわ、この子もそうお願いしているの」
 と、ステラが掲げて見せたのは、ルーン・タブレット、精霊文字が方陣となって組み入れられた石版。いや、素材だけなら似てないってこともないが。だが、通せん‥‥ぼ? が、ちと、揺らぐ。ごご、と、よろめいた先、体をほんの少しつぶせば
「ん、ありがとう。陽炎さん、こっちの透き間から通れそうよ」
「あら、ほんと。ありがと、壁さん、倒れちゃやぁよ。‥‥やぁん。体がこすれて、なんだかちょっと快感」
「あ、あはははは」
 その趣味はさすがに分からないなぁ、と、言の葉にのぼらぬステラの恣意が胸に届いたか、陽炎が物狂おしく朱唇を吊り上げる。
「分からせてあげましょうか?」
「い、いえ。御遠慮します」
 つい、これもとうとう類型化した様式。どっと駆け出すステラがそれと知らずに蹴り上げる、エルフのひょろりと立ち上がる耳へかじりつくように、冴たちの聞かされたのとよく似た、轟き、唸り。ありゃ、やっちゃったみたい。目を向けると、墨をけずってまぶしたような薄闇のなかでも、毒々しい、水銀でも混じっていそうな濡れそぼった赤い円盤が据えられている。
「あ、ほんとうに大紅天狗茸。でも、ほんとうにこれってあきらかに警備の組み合わせよねぇ」
 先刻、塗り坊の古式ゆかしさに惹かれたときと等しい、期待にはねあげられた上機嫌が、ステラの胸郭で遊ぶ。しばし、うっとりと鼓動との一人遊びに乗じて佇んでいたら、ふぅっと、耳元に甘く泥濘るむ吐気が吹きかけられた。
「きゃああ!」
「ダメよ、エルフの女の子が危なっかしいのさらしてちゃ。特に、こういう無骨なのがいるところならねぇ」
 と、追い付いた陽炎だ。彼女は毛布をとりだし、大紅天狗茸へぱさりと降ろす。
「ま、ほんとうは、壊しちゃってもいいんだけど」
「‥‥のんびり、そんなことしてる場合じゃないみたい」
 二人、目を交わし合う。行く道から、気配がする。ステラが呪文を紡ぐと、どこからともなく真水があふれて、湿気の多い箇所を満たす。

●甲
 あいもかわらず、行く道は、一色の顔料で塗り潰したような、心までぬりつぶされる単調。夜更けの暗闇のほうが、まだ愛想があるというものだ。しかし、そもそも生き死にというのがさほど起伏に違いがあるものでもないやもしれぬ。――‥‥愚浄、皮肉でなくそう思考する。生と死を明瞭に区別しようとするのは、たまたま我々が生の側に置かれただけから来る、仕切りでしかないのやも。
「そうそう、お礼を言い忘れておりました」
「礼?」
 こうして変化に乏しい道のりを寂々と進行していると、とついつい己の内在を追求したがるのは、愚浄の資質のようなものだ。
「えぇ。前回は矢作坊殿のお陰で埴輪との無益な争いを避ける事が出来ました。そのお礼を是非させていただきたいと存じますので」
「‥‥う、うむ」
 あれは、あれ。返辞を返しにくい。壬紗姫はそんな愚浄の様子など気付いたふうもなく、一見冷たく整った顔立ちを、小春日和とばかり、ひたひたと静かに明るくする。
「こうしてまた再び一如の道を行けるのも、きっと愚浄殿のおかげです」
 道を違えることをよしとしなかったのは、求道者、愚浄のみにあらず。全員だ。それを守れた厚謝を、してもしたりないのなら、せめて口の端にのぼせるぐらいは。
「愛はジ・アースを救う、という夏恒例?の謳い文句は本当だったのですね。黄色にも感謝しなければいけません」
「‥‥左様な慣例が現存するのであろうか?」
「あるような気もしたのですが」
 あるかもしれない、ないかもしれない。明日のジ・アースを作るのはあなたたちです!
 いつもどおりといえば、いつもどおり。壬紗姫はとつとつと棒を突き突き、愚浄は禅杖を突き突き、愚浄が道の左側に寄るので自然と壬紗姫もそうなる。奥が神域であったならば、中央は神々の通り道。愚浄はそう教える。ヒトは避けるが作法也。蛇蛙の衆生の肉片で汚す必然は、さらさらない。むろんあやかしといえど‥‥。
「で、でも、蛇と蛙は妖怪とみなしてやっつけてもよい、と、物の本にも書いてあります。例外的にすねこすりや埴輪や(省略)等は、妖怪のたぐいからははずしてもよろしい、とも」
「どこで然様な書物を紐解いたかは尋ねぬが‥‥。魑魅魍魎妖怪といえど、輪廻の循環に組み込まれておる。みだりに命を簒奪してよいものではない」
「承知してはおりますが」
 ――妖怪は許せないのだ。爆発して他人に迷惑をかけるつもりもないけれど。ここへは戦いに来たのではない。冒険者らしく冒険をしにきた、それだけだ。ずっしりと重い、それだけを思い出して。
 壬紗姫、つ、と、肩の力が抜けた。ふぃと癖のない笑みをたたえる。
「僧の方とご一緒して、色々と勉強になりました。ありがとうございました」
 深々と礼をする壬紗姫に、嘴と皿の顔面を、愚浄、酒でも前にしたときに似て、ころりとほころばせて。もしも自分が娘というのをもてば、こういう心持ちになるのであろうか。
「こちらも。なかなか楽しませていただいている」
 それに、過去形にはまだ気の早い。

●狛犬
 それぞれの目と鼻の先に、それぞれと対峙し。
「いた」
 狛犬。
 それは、見下ろす。
 ほんの少し先だった。特に、壬紗姫。あと一歩。使いこなれた
「惜しいですね、どうも体力が足りないようです」
「私は元気いっぱいだぞ。塗り坊だってよじのぼれるし、ブラックホーリーだってぶっぱなせるし。い、いや、狛犬にそんな無体はしたくないが」
「‥‥最初のはもういいです、清芳さん。帰ったらお菓子をあげますから、今日はおとなしく引き下がってください」

「私の引き下がらないとは。強情ですね」
「まぁ、神様の遣いに似せた石像ですから。ちょっとやそっとの使命感ではないのでしょう」
「成る程、そういうものですか」
「わはは。やっぱ俺のがかわいい! あ、まるごとこまいぬが可愛いんじゃなく、俺がかわいいって意味で」
「私も、私も、かわいい同盟参加します!」
「‥‥とりあえず、この人たちにも使命感をもってもらえるよう、おねがいしていきませんか?」

「(まるごとこまいぬは愛嬌があったけど、本物の狛犬はそうもいかないわねぇ)」
「うんうん。ステラさんのほうがかわいいから、安心していいわよ」
「だから、心を読まないでください!」
「あらん、表情を読んだだけよん。でも、ほんと、どうしましょう? 疲れてない?」
「むー。このまま引き下がるのは、すっごく惜しいんですが‥‥」

「矢作坊殿だけでもお進みください。私は壁となり足止めしましょう!」
「否。御仏は試練はあたえられるが、これは試練にあらず」

●到達率
榊清芳 20+34+36=90%
伊庭馨 20+28+50=98%
結城冴 (20)+36+40=96%
一条院壬紗姫 36+31+31=98%
ミラ・ダイモス 35+(30)+28=93%
ステラ・デュナミス 27+32+35=94%
矢作坊愚浄 25+37+31=93%
鷹峰瀞藍 23+33+28=84%
梔子陽炎 39+25+30=94%

 あと一歩!

 と、おまけ。
 余談ですが、前回まではいい具合に選択がばらけたのですが、今回にかぎり、「秋」と「冬」にかたまってしまいました。九月だからですか。
壬紗姫「私は十月生まれですが、秋は生まれた季節ですし、美味しい物が豊富ですので」
清芳「うん。秋は、いいな。食欲の秋、味覚の秋、御馳走の秋、初物の秋‥‥」
陽炎「清芳さん。無粋だけど、それ、煎じ詰めるとぜんぶ同じ意味じゃないの?」
 というふうに、「秋」を選んだのが女性ばかりだったというのも、これはこれで興があるかも。

●茸(ほんとのおまけ)
「うあーっ。俺だけ後れてるみたいじゃん。やだやだ、なんか、やだ」
「瀞藍殿、焼けましたよ」
 さて、洞をいったん抜けた彼等がどうしていたかといえば、丁の人たちが熱心に摘んだ大紅天狗茸を、壬紗姫の指導の元、藁火にかけて炙っていたのだ。どこか厨房を借りられればもうちょっと凝ったものができるんですけれども、と、惜しそうに壬紗姫が呟くが、当座の味見には、これくらいの手軽な料理法がいい。的確に評する。
「‥‥大味ですね」
 紅天狗茸の風味だ。形が大きいだけあって、よくいえば淡泊、悪くいえば水っぽいぐらいに薄口、そんな味だ。好きな人は好きだろうが、そうでない人はそうでないだろうという、そりゃ当たり前か。
「塩、あったほうがいいかもなぁ」
「醤油のほうが合うかもしれませんよ?」
「砂糖とか蜂蜜とか水飴とか」
 ひとり茸の味付けにはまちがった香辛料を述べているのはさておき、愚浄、相伴にあずかって藤林
「よろしいか?」
「‥‥どうぞ。」
「時に、近在の土地神の伝承等はご存知か?」
「この付近の伝承か? ‥‥いや。ここらになると、むしろ鈴鹿の山の御威光が強く、名のある霊や神というのはそちらに与したように云われている。探せばおらんこともなかろうが」
「成る程、そういう事情もあるやもしれん」
 これは空振りか、と、薄く、色を変えぬほどに薄く、眉をしかめた愚浄へふぅむ、と、思い付いたように藤林が付け加える。
「いくぶん南東に下れば青山だ。名張ほどでもないが、あのあたりならば神の謂れには事欠かん。大村神社だの千方窟だの」
 千方窟。
 霧生千方が最後にこもった場所だ、と、藤林は平気の平左に云った。