シロきクロ・一 【鶴唳】

■シリーズシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月13日〜08月18日

リプレイ公開日:2005年08月20日

●オープニング

 おかのうえのけやきのようにわたしはたったひとりでたくさんのひとをみおろします。あんなにもたくさんのひとがいるのにわたしはいまたったひとりぼっちでいます。そうでないときもありました。けれどいまはたったひとりで。なにかがほしい。ひとりでおらなくてもすむやくそくがほしい。あなたはどこにいますか。

 ※

 「卑弥呼」――ジャパンの正史にしかと存在を刻んだ有徳なる巫女王。その威を借る歩き巫女だの白拍子だのは、意外に多いのかもしれない。「彼女」もそうだ。いずこかよりふらりとあらわれ、京より川と山をへだてた土地の、小盛りの丘のいただきにある廃社をたてなおした巫女は、まだおさないわらべだという。
「それがエルフらしいんだよ‥‥」
「えるふのみこさん? そりゃまた数寄者がこのみそうなことで」
「はっきりそうと決まったわけじゃないが、『色が白くて耳が長い』となりゃ十中八九エルフ‥‥いや七八かな? ハーフエルフの可能性も考えりゃ」
「で、なに? エルフだから妖しい、調べろってわけか? そりゃただの異人差別じゃないか」
「まさか。それだけでわざわざ、役人が相談に来たりはしないだろう。問題はその巫女さんが拝み屋――呪詛に手を貸してるって噂だよ」
 公家の誰それが「卑弥呼」に呪詛を依願しただの、べつのなにがしはすでに葬られただの、うさんくさい風説がすでに流布しはじめてるようで、しかし相手は京より遠い地に社祠をかまえているうえに、噂の芯にたちはだかるは貴族社会にはまだまだなじみのうすいエルフ。たしかに、役人には荷の重い調べだろう。
「それで代わりに、異人のあつかいも京を出ることにも慣れた俺たちに調査をまかせたってわけか」
「そう」
「けど、へんぴなとこなんだろ? 異人じゃなくたってめだつな。俺たちだって余所者だ、どれだけできるもんだかわからんぞ」
「あ、それなら平気だ。調査の日は、ちょうどなにかの祭事がおこなわれるらしい。近隣の村々から人が大勢があつまるようだし、赤の他人がまじっても『巫女さまの後高名がそこまで知れわたった』ですませられる」
「‥‥ん、分かった」
「しかし、巫女本人への接触はどうもむずかしい。いつも数人の力自慢をはべらせて、熱心な信者でもなかなかそばへ寄らせない。神宮のある丘のところどころにも見張りをたてて、奥社へちかづくことを許されるのは一人か二人というほどの念の入れようだ」
「巫女からのちょくせつ情報をしいれることはあきらめて、やしろのどこかから情報をひっこぬくか、むりやり危険をおかしてでも巫女へちかづくするか‥‥」
「そんなかんじかな? 他にもあるかもしれんが」
 じゃ、たのんだから。依頼の〆は、淡泊で非情である。まだなんにもはじまっていないのだから、それが自然で、それが当然。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea6967 香 辰沙(29歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0487 七枷 伏姫(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1362 セラフ・ヴァンガード(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1790 本多 風華(35歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陣内 風音(ea0853

●リプレイ本文

 笊に盛ったたくさんの豆をひっくりかえしたような喧喧‥‥ごったかえして‥‥厳粛な祭祀というより、ただの「おまつり」もかねていたらしい。還る祖を迎える。豊穣を祈願する。草の月、あまる体熱は、透きとおる火花に循環する。
 セラフ・ヴァンガード(eb1362)に手をひかれ、シャラ・ルーシャラ(ea0062)は欣喜雀躍、瞳を輝かせる。広場に据えられた御輿のてっぺん、かざりものの鳳凰がおしゃまにかまえている。千鳥のように、とんてん、ころがりそうなシャラを、セラフは指と指とを杭にしてとどめて――ただ、爪先はしっかりとおなじ方角をむいていた。
「なかなかですわね」
 本多風華(eb1790)、あたりいっぺん、評する。なにをもって平均とするか。彼女の場合、たとえば管弦と竜頭鷁首の雅懐なる夕べだったりするが、どろくさい活気やらあかぬけない装飾やら、尾羽打ち枯らす風情もたまさかにはよいなと思って見ている。
 日光と視線、両方の直射をよける更紗の下、セラフは赤い瞳と黒い瞳でもう少々違うものをみていた。参拝客の内訳。ジャパン土着の人間、巨人族、小人族、はいいとして、千代千代とはばたく羽根妖精、飛脚だろうか、までもいる。が、さすがに森闇人やその眷属はみあたらない。セラフやシャラの正体が露見した場合、浮くことは浮くだろうが、それだけで非難されるまではいかないだろう。
 それぐらいが、おそらく、いちばん、のぞましい。
「シャラたち、いつ『こんにちはー』しますか?」
「拙者らがじゅうぶん調査する時間は、ほしいところでござるな」
 セラフとシャラ、「卑弥呼」と同族(であろう)ハーフエルフとエルフが姿をあかすことで、騒動をおこして人目を引きつけ、警備の手をゆるめる作戦。が、煮え湯がなかなか冷めやらないように、それからあとでは通常の聞き込みに不都合もおきやすかろう。七枷伏姫(eb0487)、一拍ほど思索した。
「一刻ぐらいで、どうでござろうか?」
「了解」
 セラフはシャラをおさめる手に、力を込めなおす。はぐれるわけには、いかない。噂によるならシャラの器量は『卑弥呼様』にそっくりだ、彼女がいればこそ作戦は威をふるう。しかしそういう義務感だけでなしに、セラフ、シャラの紙人形のように小さく薄い体が雑踏につぶれないよう、己もじゅうぶんにうすいからだを間仕切り代わりにつかって、そちらへはける。
 ――‥‥ようするに、一刻ぐらいなら、ふたりでこっそり御輿を鑑賞できるってわけだ。

 うち日さす京都。冒険者ギルド。伊能惣右衛門(eb1865)は手代をあいてに、物騒なおしゃべりに身を入れる。今回の依頼の発端となった、流言飛語について、だ。呪詛を依願したり、されたらしい、人物などについて。
 ただし、あまり正確ではない、という註釈がそえられる。たんなる病死やちょっとした挙動不審までまぜこぜになって、噂はかたどられているようだ。了承しかかった惣右衛門、しかし、どうにも気にかかる。人づてだから確としたことはいえぬが、流布の仕方が性急におもえて。はじめの作為めいた印象が、ますますもって濃厚になる。
 ところで、名前といえば――手代は嘆いた。
「名寄せがあればな」
 冒険者ギルドが人手の仲介所であるように、呪詛とみえをはっても、最終的には金銭をあいだにはさむ商売なら。とりひきをしるした一覧がどこかにあるのではないか。
「‥‥なるほど」
 それを探しだす一連の手順を推考しようとして、惣右衛門、自らが実行している場面をおもいえがいてることにきづき、苦笑した。
「まるで窺見ですな。この年齢になって忍びのまねごとに手を染めようとは、思いませんでした」
「やんの?」
「若い人におまかせしますよ」
 しらり、と、とりすまし、惣右衛門はようやく京を出発する。

 水は低きに流れるけれど、黄雀の寂声と彼方の騒雑は高きへのぼる。水煙、またたくような。
 伊庭馨(eb1565)たちのいるのは、社へつづく鳥居からすこぅしはずれて、人の輪の内側かつ外側の位置、あやぶまれないぐらいに近すぎず遠すぎずをたもって。人の目をのがれ、三人はひそひそと語り合っていた。
「やはり誰ぞ裏で糸をひいているのだろうか?」
 蘇芳正孝(eb1963)の推論するところ、ほぼ冒険者総員の合致である。うわべ十歳の少女、それもおそらくは異人が、廃社をたてなおし、信者をあつめ、自身には護衛の配置をおこなう。まるで手際がよすぎる。
 そしてこれは過慮かもしれぬが、いや、そうであったほうが断然ありがたいのだが、一連の目的に、どうもきなくさい気色をかんずる。でなければ、どうして呪詛だのいった風評がでまわるのだろう。正孝、義憤にかられて、片方の手を片方の拳でぱしんと打ちつける。‥‥が、まだなにもできやしない。見ても聞いてもいない、今はまだ。
 やはりエルフで、そして黒を信仰する僧侶、香辰沙(ea6967)にとっては、別の憂慮もあった。
「うちも不自然やおもうの‥‥。それに、呪詛ゆうたら‥‥もしかして、うちとおなじ黒の神聖魔法をつかうんかもしれんし」
 そのものの黒の神聖魔法カース。それが悪用されてるのだとしたら、放っておけはしない。たとえ利用されてるとしても、利用されてるのなら、尚更。
 できれば裏から、斥候らをすりぬけて、直接、奥社へもぐりこみたい三人は、そのときをじっと待つ。その間、馨はひとひろほどおいたところに集まる人々の表情をそっと盗み見やった。どうも、あまり、悪いものはかんじられない。見世物小屋を目の前にしてざわめくわっぱのように、純粋に今日を楽しんでいるようだ。一般の信者には、なにもしらされてないのだろうか?
「うち、ミミクリー使ぅて空からしらべます」
「では、拙者がそのあいだ荷をあずかるとしよう」
 飛行中はなにもたずさえられないから――正孝の気遣いうれしく、辰沙は目縁をそっとあからめる、が、きちんと礼をするまえに見失った、正孝を。彼は突如、馨に襟首おさえられ、じたばたしている。
「な、な?」
「正孝さん。女性がミミクリーで変身すると、どうなるかご存じですか?」
 荷物を持てない ⇒ 衣装も ⇒ だから、解除直後はどうしてもはだか、なの。
「えと。あ、うち。‥‥人気のすくないほう行きますさかい」
「せ、拙者はか、風を読もう。と、飛ぶときも、そのほうが」
 なんで、いきなり、どもってんだ。

 卑弥呼がおこなった奇蹟とはどんなものでしょう。風華の質問に返ってきた答えは直截だ。それなら自分の目で見ればいい。どういうこと?
「特等席ゆずってあげるっていってんのさ。おともだち、いっしょうけんめいがんばってくれてるからね」
 おともだち――伏姫だ。人の集まるところではいつでも、こまごまとした雑務が発生する。まつりらしく、来るものは拒まず、の雰囲気のあるここで、影につけ日向につけよくてつだいをする伏姫は好意的な目をもって迎えられていた。といっても、伏姫がとくべつ器用だったわけじゃない。
 いや、その反対。武家の作法は把持していても、伏姫、家事のたぐいはあまりよく理解していない。しかし、他人の指導はすなおにうけいれて、少しずつ作業に手慣れてゆく様子、それも愛嬌だと、善意の人々はむしろ積極的に伏姫をかまうようになっている。
 でも、それは風華がやったことじゃないのに、謝礼だけ、風華が受け取ってもよいものだろうか?
 なやむまでもない。
「いいんです」
 伏姫様もきっと喜んでくれることでしょう、と決定づけ、風華は颯爽とあとをついてゆく。広場の前面。即席の舞台がしつらえられている。どうやらここで、卑弥呼は奇蹟を実演するらしい。徐々に高まる人いきれうとましく、ハリセンであおいだらさぞかし涼しいことでしょう、と考えながら、やらないけれど、風華はじっと見据えた。
 一方、
「お侍さんみたいなしゃべり方するんだね。修行中の巫女っていってたけど、その喋り方も修行したほうがいいんじゃないかい?」
「う、うむ、がんばるのでござるよ」
 欺してるようでいたむ胸、豊満、をひきずり、伏姫はほとんど最後尾、ようようの位置からいっしょうけんめい背伸びをして、巫女のおでましを待っている。まさか風華がそんなことになっているとは夢にも知らず。
 そうして、大勢の部属をしたがえて出てきた少女、ちょっと見、シャラによく似ている。エルフだ。少女はおおきな刀をかかえていた。それを相手にして、剣舞をはじめる。目の肥えた風華にもみごとだと感じさせる、が、ジャパンの定石からまったくはずれた舞踏、終わるころには太真の光がはじける。玉響の知暁、降下。
 あれは――。
「陽の‥‥」
 陰陽師である風華がみまちがえるわけはない。陽の精霊魔法。卑弥呼はひとおどり終えると、布をふかぶかとかついだおつきのひとりに耳打ちでなにかつたえている。手にはさっきの刀の他に、金貨もみえるから、ということは今のは、
「サンワードですー!」
 卑弥呼に集極していた衆目が一転、ぎょっと、うしろへかえられる。もちろん風華には、伏姫にも、声の主が誰だか見当はついている。シャラだ。――‥‥そりゃ、さわぎをおこすにはそろそろな時刻だが。
「ねぇ。セラフさん、ヒミコさんはジプシーみたいですよ」
「う、うん。そうみたいだね」
「うわぁ。シャラ、ひみこさんといっしょにおんがくあわせてみたいですー」
 ――そのあとの、紛糾、騒動、波瀾については省略する。
 残念なことに、シャラは卑弥呼とちょくせつ面会することはできなかった。なだれのようにおしかける群衆はほとんど凶器だ。セラフはシャラをかかえてのがれるのに無我夢中で、あとのことはよくおぼえていない。状況としては、前方もほとんどおなじである。突然の混乱を避けようと、卑弥呼はとりまきにかこまれて退散してゆく。ただ風華は、卑弥呼が耳打ちしていた相手にむけて、耳慣れぬことばを大きな声でさけんでいたのを聞いた。

『むたー』

 鷹に変容した辰沙のみちびきにしたがい、馨と正孝は別れて進んだ。なぜか辰沙をじかに見上げられない正孝があぶなげなのはともかく、馨の歩みもかつかつだ。気楽な丘陵地帯なのだが、正規の経路をはずれて、おまけに辰沙のしめすのはたしかに人は少ないけれど、それだけ人が来にくいということだから――こういうとき、膂力や敏捷よりは土地勘がものをいう。韋駄天の草履が、まったく助けにならなかったわけでもないけれど。
 どうやら目処らしき根へたどりついたとき、馨のうわがわは雨宿りしそこねたよう、ぬれそぼっていた。辰沙の着替えを待つあいだ、小栗鼠のような山風があわだつ皮膚をしずめてゆく。
 と、あせって衣服を身につけたらしい辰沙があらわれる。やさしくでむかえようとした馨、が、いっしゅん以上凍ってしまう。
「顔みられたらあかんおもうて」
 なんなれば辰沙、布一枚多い格好、つまりほっかむりで。いつのまに、そんなもの。布地でかくまわれたところは、やっぱりほのかな薄色に濡れているのだろう。ふつうそっちのほうがめだつんです、とは、とても馨にはいいだせなかった。
 奥社そば。
 ふたりは一本の大樹のうしろで、まよっている。
 すぐに出なかったのは、まもなく、ちかくに人の気配がたったから。斥候がはやばや帰ってきたのだろうか。一方的な、責める調子の高音。言い争っているらしい。しかし、それを受け止めるほうは、くぐもってうまく聞き取れない。ちょうど今の辰沙のように、布でおおわれたような声。
 が、彼らが出るのをためらった理由は、別にある。
 ぜんぜんのみこめなかったのだ。言っていること。なにから、なにまで。
「辰沙さん。さけんでるほうのおんなのこ、『卑弥呼』ではないでしょうか?」
「そうやな‥‥エルフみたいどすし。‥‥けれど」
 ――ことばが、分からない。
 ふたりは呆然とした。そんな事態はさすがに想像だにしていなかったのだ。空足を踏んでいるうちに、言い争いはやんで、ザ、ザ、と水を撫で切るような音がした。あ、というまもない。小さいものが転がるようにしてやってきた。それが子ども――卑弥呼であることは、疑うべくもない。遭遇、かなってしまった。
「こ、こんにちは。‥‥分かりますか?」
 返答なし。
 ――やはり、ジャパン語は解さないらしい。
 訊きたかったことは、たくさんあったはずだ。そして、彼女に贈りたい言葉も。しかし、意思伝達の不通、というだけでどうしてこんなにも遠くかんじるのだろう。
 卑弥呼はしきりにうしろを気にしている。そうだ、彼女はだれかと言い争っていた。追っ手が来る可能性、それを馨も悟る。しかし、慌てて逃げ出す必要はなかった。卑弥呼はぐいと馨の手をにぎると、すぐそこの木の洞へ、連れて行く。そして、入れ、という動作をしめした。
 そのとおりにして、辰沙と馨は、あ、とあげてはいけない声をあげそうになる。そこは裾と頂をむすぶ、隠し通路、であった。卑弥呼は彼らを逃がしたのだ。

 迷い迷ってが効を奏したのか、奥社にもぐりこめたのはぎゃくに正孝だけだった。木の板を裸足で踏むと、ミシ、と古物のふうにきしむ。
 奥社のなかは生活がしみついている。狭い。忍び込むにあたって、正孝はいちおう敬意をひょうする。
「失礼する」
 目礼ていどに、しかし本式に失礼をするのはこれからだ。勝手に家捜しするのだから。
 四半刻にも満たぬ捜索のすえ、彼は綴じられた紙束をみつけだす。なにか、えらそうな名前がずらりと並んでいた。これだ、という直感。正孝はそれを持ち出し、いそいで場を辞する。入れ違いの人影――おとなほどあった。

 惣右衛門が冒険者らと合流するころには、おおよそのことが収束していた。が、彼はむしろ心の底からよろこんでいた。正孝の持ち帰ってきたものこそ、惣右衛門がつたえたかったものだからで。
「どうやら忍者ごっこはしないですみましたな」
「ん?」
「いえ、こちらのはなしですよ」
 反対に、馨は渋面、辰沙は朱面、危険をおかしたすえの接触に成果らしい成果は裏道ひとつ。馨はおもわず舌打ちしそうになった。
「私に語学の素養があれば、いずこの言語かくらいは判別できたのでしょうが」
「ゲルマンごですー」
「‥‥はい?」
 なぜその場にいなかったはずのシャラが、判断できるのだろう。馨の疑問は伏姫によって解説される。
「今、シャラ殿とはなしていたのでござる」
 伏姫の聞き込みによれば、卑弥呼がこの近辺にあらわれた当時、母親らしい姿のよく似た女性といっしょだった。もっとも最近は派手な卑弥呼の活動にかくれて、ほとんど話の端にものぼらなくなっていたが。そして、風華の聞いた『むたー』。このふたつをむすびつけられる根拠が、シャラにはある。
「『むたー』っていうのはたぶん、」
 Mutter、で、

「『おかあさん』です」