シロきクロ・二 【舞鶴】

■シリーズシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月28日〜09月02日

リプレイ公開日:2005年09月05日

●オープニング

 「卑弥呼」はエルフで、ジプシーだった。

ジャパンにおいては地水火風の精霊魔法は神皇家ゆるしのもと士分をもって修得するしかないし、陽月のほうは陰陽寮の役人にならなきゃおぼえられない。どっちにしたって、凡民にとっては高嶺の花(念のためにことわっておくが、才がなけりゃけっきょく魔法はおぼえられないので、上流階級に生まれりゃそれでなんとかなるってわけでもない)。魔法のなんたるかをごぞんじない無垢なる民のまえで、それを「奇蹟」だと擬することも、やりよう次第ではじゅうぶん可能ってわけだ。
 まして「卑弥呼」は、都のあまたの宴遊になれたものでも感嘆せざるをえない、卓越した舞踏の才を所持していたのだから。ジプシーの舞踊は当然だが、ジャパン伝来のそれとは、おもむきをまったくことにする。粗にして野だが卑ではない、と気丈にしていても、保守的な面子にはなかなかうけいれられないだろが、彼女の剣舞はそういった小細工を越えてなお、人の心をみだすなにかがあった。

 ――小さいからだがたおやかな線分をえがき、連結の蠱惑な曲線、完全なる図形を成立させる。座標軸は心にとろける。楽はない。彼女がふみならす踵の搏動さえあれば、それで円環のうちがわはいっぱいになる。剣がときおり夢をたてに斬る。横にはらうと、頬に刃風をかんじて、現実はひぃっと喉を鳴らした。

 奇蹟のような舞事に、奇蹟のような神秘をくわえるだけで、愛なき地上に神卸しは実現する。
 しかし、そんな詐欺が彼女自身によってしくまれたとは、とても思えなかった。
「エルフでしょう。かみとめのいろもおんなじでした。ジプシーとバードはちょっとちがいますけれど、ゲルマンごもおなじですー」
 しかし、そうむじゃきによろこんでばかりもいられない。
 卑弥呼はジャパン語をはなせない。現地の人間と意思を通じることのできぬものがどうやって、世間をいっぱい喰わすことができるというのだ。
 では、いったいなにが必要となる? 不透明な欠片をはめこむべき位置はどこだろう?

 ※

 もうひとりはいやなのよ。あの人がわたしにそうしたように、拾われて捨てられるのは、もっとイヤ。さげすまれるのも、唾をはかれるのも、目をそらされるのも、ないもののようにあつかわれるのも、腐蝕の果実をかじらされるのも、夜に外でこごえるのも、誰にも薬草を売ってもらえないのも‥‥。
「もう、だいじょうぶ。あたくしがいるわ。あたくしはあなたをうらぎらない。あたくしとあなたと、そして――で、しあわせになるのよ。だから、あなたはあたくしのいうとおりにうごけばいいの。ねぇ、かわいいお人形さん?」

 ※

 そして時間の経過と冒険者のもちかえった資料により、あらたな事実も浮上する。
 貴族のあいだにひろがった風説には、ささいな特徴があった。あまりにも密やかすぎてみすごされていたが、女官を中心として短期間のあいだにいっきにひろがっている。ふくらみすぎてぱっとはじけるあぶくのよう急に、まるで誰かが故意に悪意をばらまいたような。しかし、その誰か、はみあたらない。
「‥‥名寄せのほうはどうでしょう?」
 さて、かんじんのそれだ。
 持ち帰った名寄せに陳列された人々の身に、なにがおこっていたかというと。
 小なるはほとんど笑い話である。だいじな歌合わせをまえにして、声がでなくなったとか。蹴鞠をしようとする日、目の調子がわるくあきらめざるをえなかったとか。管弦楽のゆうべに耳をやられて寝込んでいたとか。しかし、大となると――これはもう、かわいらしい奇妙ではなくなる。とても単純、ひどく凄惨、殺人。名をのせられた彼らはすでに葬られている。刀で一撃。犯人はつかまっていない。‥‥中には、密室殺人にちかいものもあったというが。
「さすがに今回は祭事はないけど‥‥。ま、なんとかなるだろ。以前とちがって、そこそこ情報要素も手に入ったみたいだし、方針もたてやすいんじゃないか。引き続き、調査をたのむ」

<その他>
・奥社にむかうことができるのは、卑弥呼の他に、警備の人間二、三人(交代制)と、約一名(推定してください)。
・ただし、神社まわりの警備状況の詳細は不明(前回の騒動により、いくぶん変動も起きています)。
・神社は、前社と奥社に別れていましたが、どちらもあまり大きくありませんでした。特に、卑弥呼が生活の場ともしている奥社はただの小屋といってもよいぐらいに粗末な建物です。
・卑弥呼たちは三ヶ月ほどまえ、京都の方角からこの村にあらわれました。
・護衛のほうはひまそうな浪人等をやとっただけのようです。ぶっちゃけて、ただのごろつきです。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea6967 香 辰沙(29歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb0487 七枷 伏姫(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1362 セラフ・ヴァンガード(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1790 本多 風華(35歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1963 蘇芳 正孝(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 根っこや苔らで迷彩された昏昏から陽の照るところにあらたまると、もぐらの気持ちがよくわかる。目がよいからその分、いきなりの明転にはついてかれなくて、シャラ・ルーシャラ(ea0062)がしきりに目をしばたかせていると、前を行っていた伊庭馨(eb1565)が引きあげてくれた。シャラのうしろの香辰沙(ea6967)も、かざした目陰で、まぶしそうにしている。
 シャラは光になかなかなつけず、まぶたをしきりにすりあげた。ここが二度めの辰沙はだんだんとなじみ、よしずあげるように、こわばった指ゆるやかにほどいていくと、あわいからぼんやりと記憶にのこる見晴らしがさしこむ。
 先日、卑弥呼におしえられた隠し通路を、今日は逆にたどり、やってきた。
 いくらか警戒が深まっているようだった。先日のおもての騒動が、ここまで表を引いたのか。辰沙は視線すこしすべらかす。あのあたりだったか、卑弥呼が誰ぞといさかってたのは。今はどうしているのだろう。彼女。シャラによく似た斑紋の少女は。
「しばらく様子をみましょうか」
 馨の沙汰にしたがい、くるくると植物の捲く、秘密を草葉にねむらせる。


「ひとり増えたね」
「ええ。卑弥呼様の神意に感激し、どうしても私たちのてつだいをしたいというものですから。ほら、」
 本多風華(eb1790)に肘でこづかれ、蘇芳正孝(eb1963)は我に返る。そういう設定になったらしい。しめされたままに頭を下げると、まごつくあいまにも話はどんどんすすみ、正孝はいつのまにか風華の弟子で供人で小者になっており‥‥そうだったのか。現実は常に、未知にあふれている。自分のことですら一歩先は分からない。
 おひさしぶりです、と、会釈をふりまいた、七枷伏姫(eb0487)。
「せっ‥‥わ、私もこちらでいっそう修行にはげんだほうがよいと、郷のものにいわれて」
 言い様はよいはず、と、逐一身を返る。以前に伏姫のことばつきを指摘した神社の下働きに、よくできた、とからかいまじりに許されて、伏姫は上がり気味の肩を降ろした。承諾とって、ひさかたの、手伝いをはじめる。忘れてはいないでござるな、と自分自身と、自分の腕に確認――音のない返答。風華は再度、正孝をこづいた。
「正孝様も」
「う、うむ」
 やおら聞き込みをはじめるのも不自然だし、雑務をこなして他人との距離をちかづけるのもわるくはないだろう。で、風華から手渡しされた竹箒をおとなしくにぎり、どこ掃こうかと、正孝は首めぐらせて点々、
「風華殿は?」
「私もやります」
 風華、社務所らしきところの入り口、下足の整頓をはじめる。腰を折る膝をたたむ、塵芥は鼻先まで飛んでくるし、いかにも難題だ。


 京のとあるお屋敷の東の土門くぐり、退出した伊能惣右衛門(eb1865)を、セラフ・ヴァンガード(eb1362)がでむかえる、骨芯のかたい彼女にはめずらしく、せいせいしたような風附、ことさらおもてへみせた。『こういうところ』の立ちっぱなしはひどく心にわるい――妙な比喩をつかうなら、篠突く雨の野っぱらでみずから蓑笠とりはらうようなもの――見知った顔との再会はうれしかった。
 そういえば、こういうのが貴族階級ってものだったっけ。セラフ、はぁっとやつれた呼気。ものめずらしげやいとわしげな目付きでみられるのを習わしにしなくなっていつしか、閉鎖の環境はつらいものだということを、何日かぶりに思い知らされる。
「どうでした?」
「えぇ。彼の方はすでに闇を抜けられました」
 それを聞き、セラフ、もいちど安堵しようとして、しかし此はすぐにひきしまる。
 例の『呪詛』に合致した、ちょうど異状をあらわしている人が、京にいた。それで惣右衛門、袈裟かけ、数珠手下げて、おとずれた。宗教とはえてしていかがわしさをともなうものだからか、それとも蜘蛛の糸すらしがみつきたいこころもちだったからか、さほどの悶着なく奥へ通されて、そうして試した、祈祷、リムーヴカース。
 てきめん、だった。
 用心のグッドラック、メンタルリカバーがどんな具合だったか、かすむくらい、はじめの果報が抜群だった。
 感謝の真心もいいが、それより喜ばしいのは、回復したことできたこと。おしつけられた祝いをふりきり、惣右衛門、『こういうところ』に置いてきてしまったセラフが心配で、そうそうに退散してきた。それから吟味を。これでじゅうぶん、と、たちどまるわけにはいかなかった。
 惣右衛門の行為からは、複数の意味がもたらされる。一つ、確実に、惣右衛門の見たのは呪詛である。二つ、ただしそれは魔法の範疇に属している。三つ、それほど強力な呪詛ではない、惣右衛門の解呪可能なのは「専門」の階級までだからだ。
「しかし、黒の布教とはことなるようですな」
 黒の神聖魔法カースは、惣右衛門のあずけられた公家のような、明瞭な変事――彼は視力をなくしていた――までは引き起こさない、はず。惣右衛門は思考の角度を変えた。別の鋳型の咒‥‥世間の塵に、そんなものを聞いたような気がする。
 だからこそ、セラフに尋ねたかったのだ。金色の髪の彼女に。
 これはわたくしの勝手な推量ですが、といいおき、惣右衛門はセラフに己の疑念をうちあける。
「もしかして、此度の奇怪は悪魔、でびる、といいましたかな。あれの仕業ではないでしょうか」
 ジャパンにもデビルに相当する幼異は存在するものの、独立した概念としてはなりたっていない。イギリスすなわち西洋出身の彼女なら、まだたしかな知識をもっているかと思われたが、セラフは決まり悪そうにかぶりをふる。
「ごめんなさい、私もよくは知らないから‥‥でも」
 いやなかんじはしていたのだ、ずっと。冷たくて、熱い。曖昧なようで、確固たる。不愉快だとはわかっているのに、目隠しされたよう、その正体をたしかめられない。
 はじまりの懐疑は、蜚語のひろまり。ほんとうに呪詛がおこなわれたとしたら(実証されたが)、それを徹底的に隠したがるのが人間じゃなかろうか? が、わざとらしいくらいの風聞の拡散に、セラフは怜悧に悪意をかんじとった。
 デビルが関与しているとするなら、その解答は得られそうな気はしてくる。セラフも、彼らの欲するものが姦心と凶事と悲劇であることくらいは承知している。もしも、仮定として。遠目で一度みただけの少女に、人の害意をたくみにあやつり、悪魔たちのあどけない強欲がむけられているなら。
「ゆるせない」
 赫怒は一言に秘められ、それさえ花を海に沈めるがごとく、世間の波間にゆらゆらと、往来をすぐる牛車のわだちに轢かれて、砕けた。


 隠伏はしぜんにやぶられた。以前とおなじ、それが習慣になっているのか卑弥呼のほうから草分けてやってくる、ばったりと、目があった。
「‥‥」
「‥‥」
 はて。
 結構まのぬけたこの奇遇、どうしてくれようか。
「変なところから、びっくりおじゃましますなんです」
 挨拶には緊張をやわらげるしるしがある。シャラは馨につかまりだちしながら、体を深々と二つ折り、したあとできづく。げるまんごのごあいさつもおじぎってするですか?
 たぶん、いらなかった。が、卑弥呼も似た格好をしてきたから、それでよかったのだとシャラは信じることにする。
「こんにちは。このまえはありがとうございました」
 馨、やっとめる糸をきった。なにより云いたかったのは、詰問でなく、感謝だった。忘れないよう、いちばん最初に。宝珠の音の連鎖するように、辰沙も、はっと人心地をとりもどす。
「うちもお礼いおう思ぅて‥‥。いっしょけんめいゲルマン語練習してきましたんや」
 うちの云うてること、分かります? 卑弥呼はこくんとうなずく。
 知りたかったこと、いくらでもある。けれど、あせってはダメだ。このあたりの日陰日向については卑弥呼のほうが熟知している。冒険者たちはさらに安全な場所へ移動した。
「あのとき、どうして逃がしてくれたんです?」
 卑弥呼は云った。悪い人に見えなかったから。
「信じてくださってありがとうございます。もう少し立ち入ったことをお訊きしますが、このあいだいっしょにいらした方はどなたでしょう?」
 あの、卑弥呼と口争いしてたような、布で容貌を隠した人物のことだ。
 卑弥呼はさんざ迷いつつ、しかし最後にはあきらめたふぜいで、答えることに、
「おかあさん」


 作業の充実に熱中しかかる己をつとめてひきはがし、正孝は遠目にその人、卑弥呼の付き人、をみつけた。風華に確認をとる。まちがいない、と。
「この神社の采配は、ほとんど彼女がくだしてるそうですよ」
「何者だ?」
「おかしなことに、誰も、知らないみたいなんです。ある日、ふとあらわれたとか。しかし、卑弥呼のとりつぎができるのは彼の人だけですから、口をはさめないみたいで」
 雑事のあいまの閑談に、風華の聞き及んだ情報。脳裏にきざみながら、正孝は用件があるかのように見せかけて、そちらへ流れてゆく。風華も、まねる。ほんとうなら『卑弥呼』に逢いたいところだけど、大勢をだしぬくのはちょっときびしい。あの付き人が卑弥呼にちかい位置にいるのはまちがいないから、つまり、代替だ。
 自分はずいぶん掃除がじょうずになった、これならいつでも掃除婦に転職できる(してどうする)‥‥ということはかんがえず、伏姫はまるで千年の友人のように彼らと談笑をおこなっている。
「では、卑弥呼様と直接会話を交わされた方はおられないのですね」
 声音ぐらいならこぼれきいたものもいた、が、卑弥呼の語りが不明である理由は神文であるからと――そういうふうにごまかされていた。彼女のことばを理解できるのは、付き人だけだ。
「だから、誰もあの方にさからえないのですが?」
「それだけじゃないがな、卑弥呼様も、あの人にはなつかれてるし」
「最近はそうでもないけど。口喧嘩してるところ、聞いちゃった」
 わたしも、わたしも、と、あとに同意がつづく。
 ‥‥伏姫、ちらりと横へ目を走らせた。彼方、藪にまぎれて、哨戒を称するごろつきどもの歩いているのがときどき見えた。あれらを雇ったのも、付き人らしい。もしかして彼らは、外敵ではなく、内側を警戒するためにあつめられたのではないか?
「卑弥呼を逃がさぬためでござるか?」
 これは、独言。だからいつもの口調、みょうにおちついた。


「おかあさん、おかしいの」
 聞いてほしくてたまらなかったことなのだろう。いったん決心がつくと、彼女はよくしゃべった。
「おかあさんは、昔からおかあさんのこと嫌いだったの。みっともないからイヤだって、それでずっと元の国でいじめられてたの。おかあさんはね、この国で変身の魔法を見つけたんだって、だからもうだいじょうぶだって、でもあたしは元のお母さんのほうが好き。だから戻ってって云ってるのに、ちっとも云うこと聞いてくれないの、あたしよりも魔法のほうが好きになっちゃったの」
 ――‥‥これで即応できたら、そいつこそ卑弥呼かもしれない。
「どういうことでしょう、シャラさん」
「んーとんーと」
「‥‥卑弥呼さんは母御さんこと、大好きや、ゆうことやあらへんの?」
「はいっ、そうです!」
 なぜか、シャラ大いばり。辰沙はシャラの無邪気に目を細めて和みつつ、
「あの、お付きん人がお母さん‥‥」
 また計算が狂ってしまった。卑弥呼は母と離されそれを餌に『卑弥呼』に祭り上げられていたのかと思ったのだが、現実は残酷で、卑弥呼を仕掛けたのは母のほうだった。それに、変身する魔法?
「ミミクリーとはちゃいますやろなぁ」
「でしょうね」
 馨も。
 ――‥‥では、この子は、どんなきもちだったのだろう? 言葉の通じない国、唯一の肉親に利用されて。心おぼえず馨は卑弥呼のつむじに手を添えた。そっと降ろす。卑弥呼は馨の意図がつかめないらしく、きょとんとしている。
「あのね、なかよくしようよーってゆびでいってるんです。シャラもです。おともだちになりましょうです」
 いっしょにおうた、うたいましょうです。
「じゃぱんごのおうたです。ひみこさんのはじめてのじゃぱんごですね」
 シャラせんせいです。せんせいほーむらんです。‥‥すでに、まちがっている。

 しかし、静安は食い破り腐蝕をねだる蟲は、すぐそこの足場で。


 正孝は追求したかっただけだ、付き人に。風華は云っていた、付き人の彼女(そう、女性だ)も長時間信者のまえに姿をみせることはめったになかった。しかし、彼は卑弥呼に逢いたいと食い下がった。彼女はどこか上の空でのらりくらりと正孝の話を避け続け、しまいには正孝を置き去りにしてその場を離れようとした、だから正孝もついかっとなり、なかば強引に彼女のうしろをついてゆけば、
「見たな」
 彼女はまるで逃げるようにして駆けてゆき、なにかを予感した正孝、懸命に追いかけて、そこで彼に突きつけられた現実。布をといた彼女は黒髪だった。それが水に溶かされたように飴色に変わる、だけでなく、髪におさまっていた耳朶がすこしずつ天にそびえて‥‥。
 エルフ?
 いや。
 ハーフエルフ。
「わたしのみにくい形貌を。見たな」
 赤い目の。狂化状態。‥‥まずい、武具は神社をとおるとき、置いてきたのだ。それが神聖なる場の流儀だと諭されて。もっともだ、とだくだく従った来し方の己をうらむ。彼女が泣きじゃくるように叫喚すると、同時に、手から一条の光がのびきって正孝の胸を熱射でつらぬいた。
「!」
「正孝様!」
 威力より、射撃の現象が、彼をうしろへつきとばした。折良くたどりついた風華が、背からおちかけた正孝を支える。サンレーザー――彼女もジプシーか。一対二、おちついて対処すれば勝利できるかもしれない、しかしこの場を荒げることは得策でない。そう判断した風華は正孝を連れ、逃げようとする。
 けれど、
『逃がしてあげなさいな、あんなつまらないの。なにも、できやしないわ』
「いや! 許せない!」
『しかたがないわね。これで堪忍してあげなさい』
 うしろから。追いすがる。
 誰? そこにいるのは一人なのに、二人分の邪気が彼らを潰そうとしている。
 風華は見返る。やはり、狂えるハーフエルフの女性がひとりだけ。彼女は幽鬼がまねくような手つきで正孝の首筋にむきだしの指をあてがう。
 道化芝居のような光景が、風華のてのひらで起こった。
「それでいい! わたしをあばいた罰だ!」
 悲鳴も懇願もなかった。正孝は正孝でなくなったのだ。風華に残されたのは、潰してしまいそうなほど、小さな蛙――それが正孝でなくなった正孝であることを察知して、風華はたいせつに護りながら、そこをのがれる。冒険者たちの相対するなにかは、とうとう、どぎつく黄色にぬめる牙をむきだした。
 正孝の体が人におちついたのは、それから約一刻もたってからのことである。