【伊賀<煙りの末>】 出口なし! 東

■シリーズシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月10日〜01月17日

リプレイ公開日:2006年01月19日

●オープニング

●基本の設定と解説
 東海道の日の入る方、小国・伊賀においては、近年、これまでにない懸念をかかえている。
 日の本の枢軸・畿内と山嶺をへだてての隣り合わせ――それはほんとうにすぐそこで、目をこらさずとも滅びの狼煙はあかるく見えたし、権力争いのすえの凱歌や怨嗟は子守唄がわりである――にあり、それほど国力が高いともいえず、しかしながら、ようやっと独立を保っていられたのは、山と谷が入り組む複雑な地形と、それを利用した特殊技能者の育成に成功したからである。
 特殊技能者とは、すなわち、測隠術――忍び。
 武士階級とはまた異なる戦闘技術を身につけ、隠密と諜報と暗躍にすぐれる彼ら。伊賀の忍びはさだまった主家をもたず、そのときどきで「契約」を結び、時には昨日の敵を今日の雇い主へとのりかえる、卑怯と呼ばれることをもいとわぬ闊達さでもって、武士を軸におかぬ独自の政治形態をまもりとおした。
 さて、その忍びであるが、彼らは「隠れ里」で育ち、学ぶ。隠れ里は隠れているからこそ、隠れ里なのだ。国内のそこかしこに隠れ里をかかえる伊賀国は、外敵に対してひじょうに敏感な風土となった。少しでも不審とみればくにざかいで追い返す、だが、少々ゆきすぎた秘密主義はせんじつめると、忍びの弱体化をもまねいたのである。
 侍、志士、陰陽師といった中央につながる役職の入国をことごとく拒否した結果、伊賀の忍びは魔法、特に精霊魔法、オーラ魔法の二種に対しての素養がくらくなり、仕事にも障害がおこった。任務先において、対処さえ知っておけばやりようはあった魔法の遣い手に敗北する事態が、連続して発生したのである。
 そこで伊賀を統率する伊賀三上忍のひとり、千賀地保長は打開案をねった。政治的には中立にちかい冒険者ギルドから魔法遣いをまねき、彼らから魔法の教えを請うことを提唱したのである。
 ――‥‥ちなみに、これ、下手をすれば御禁制ともなりかねない、危険な賭けでもあった。とりわけ精霊魔法は、ジャパンでは神皇家独占の秘技とされている、その研究に手をだしたことがしれたなら、伊賀国の立場は面倒なものになるであろう。国内からもそういった立場からの反対の意見があいついだが、千賀地は強引にもちかい手段をもちい、京に居をうつしてまで、「煙りの末」という名の一種の結社とでもいうべき存在を整備をはじめる。
 その「煙りの末」が――‥‥。

●初回予告
 とゆうわけで!
 まじめ、ここまで!
 魔法研究集団(←このへん、もうちょっとかっこいい呼び名がないものか)「煙りの末」に任命されたキミたちに、初めての使命がくだされる!
『いや、任命されたおぼえないし』
 だって手続きとかそのあたりの厄介とかだらだら書いても、つまんないからー。あんまりうるさくすると、精霊魔法の用語だけつかって艶本やっちゃうぞ。うら。←むしろ、やってみれ
「皆様に折り入っておたのみもうしたいことがございまして‥‥『煙りの末』の初仕事、というところで」
 さて、伊賀の三上忍のひとり、千賀地保長、は、いろいろな事情で伊賀を出て京の町中にとってもふつうな民家をかまえているのだが、奥の座敷に冒険者を呼び出したかとおもえば、ひとりの忍者を紹介したい、という。おいで、と彼が家屋に呼びかければ、はぁい、とふくよかな声が蝶々のようにひらひらりと返事して。
「はぁい、左ともうしますー。よろしくおねがいします☆」
 と、襖をがらら、と引き、三つ指ついてあらわれる、あぁ、典型的なくノ一にみえる、少女、なにかの絵にでもなりそうな、いかにもふつうっぽい出方。の、者がひとり。しかし、これ、一部の冒険者たちには不評で、
「先生、くノ一は天井裏からあらわれるべきだと思います!」
「最低でも、床下ぐらいは厳守してほしいです!」
「できればお風呂で湯を流している光景を、背中から、ばっちり大写しにするべきだと思います!」
 うむ、最後あたりはよいものだ。が、いつもいつも、よいものとはかぎらない。
「‥‥いや、くノ一といいますが。たしかに外見こそ左は少女ですが、それ、内実は男です」
 総員納得のもと、しごく平和的に、意見は撤回されました。
 千賀地は続ける。説明を。彼にはめずらしく、くたびれた風情が、目に見えてただよっていた。
「とりあえず、『煙りの末』として、分かりやすい成果が欲しいわけですよ。でないと、伊賀の反対派の面子が納得してくれませんで」
 それで、これ、ですが。
 伊賀の忍びのなかでも、かなりの問題児、とされています。破門寸前の左を、あなたがたの手できたえなおしてほしいのです。
「べつに性別詐称はかまわないんですよ、やることさえやってもらえば。しかし、この左、くノ一としてだけでなく、只のなんでもない忍びとしても、その素質に問題あり、とされています」
「へへへー」
「たとえば、戦闘させれば、まともに勝利したためしがありません。密書をもたせれば、川に流します。では、潜入はといえば、必ずその地を炎上させます」
「得意技は、火遁の術ですっ☆」
「‥‥使いこなせていないものを、得意技とはいいません」
 で、
「ですから、これが最後の機会。左をあなたがたに託します。あなたがたの手によって悔い改めなければ、今度こそ、伊賀は左を追放――いいえ、忍びの掟に追放はありません。使えないものには、死、あるのみ」
「だからっ。左、いっしょうけんめい、がんばりまーす。左、まだ十六歳なんです。もっと生きて! かっこいいお婿さんとあっまーい生活おくるんですー」
「世の中なにかがころべば、男でも嫁に行ける奇蹟が起こりうるかもしれませんしね」
 そっか?

●やるなといわれそうだが、やってみた(本編にまったく関係なし)
「い、いやっ。そんなことっ」
「ふふふ。口ではそんなことを云っていても、キミのサウンドワードは正直だよ」
 と、彼のいきりたつクリスタルソードはフレイムエリベイションを帯び、ウォーターダイブをおもむろに開始して‥‥。
 ――‥‥どっかに続く(続きません)。

(ひゃっほう。怖いものはもう、なんにもないぜ)
(あたりまえですが、ことごとく魔法の使い方はまちがっています。本気で実行しないように)



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▽上野左(うえの・ひだり)
十六歳。オカマのくノ一。その時点で、なにかがおかしいが、まぁ気にしたら負けだ。
忍者。火遁の術のみ修得。使うたびなぜか、結果的に放火犯となっている。誰だ、こいつに火遁の術をおしえたやつは。
性格は、けっこう前向き。ただし、向きがいちおう前というだけで、本当に目的地へたどりついたことはないとみた。

●今回の参加者

 ea0062 シャラ・ルーシャラ(13歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea6534 高遠 聖(26歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7950 エリーヌ・フレイア(29歳・♀・ウィザード・シフール・フランク王国)
 ea8968 堀田 小鉄(26歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9805 狩野 琥珀(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1565 伊庭 馨(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1861 久世 沙紅良(29歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2395 夏目 朝幸(23歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

シーヴァス・ラーン(ea0453)/ 神月 倭(ea8151)/ 狩野 柘榴(ea9460)/ 狩野 天青(ea9704

●リプレイ本文

●野遊びを兼ねて、面通し。
「そして私は、愛の伝道師」
 寒風にもへこたれることのない、久世沙紅良(eb1861)、二十七歳の新春御慶です。どっとはらい。

 一月は身を切るように冷たい風が吹くけれど、小春日和は冬の季語なので、行楽やらもたまにはおもしろかろう。名もなき狭山を分け入って。しかし、自然も野生も敵ではない。それ以外のものが彼らをつけねらう、あるいは、彼ら『が』つけねらう。

 どんっ(毛筆推奨)。夏目朝幸(eb2395)は燃えている。
「これは『俺の屍を越えてゆけ』なのですー」
 めざすは伊庭馨(eb1565)のふところ、着物の襟を合わせたそのなかでは、なめらかに体を丸ませた仔猫の百草(愛称:モモ)、くゆくゆ暖をとっている。 しかし、それをしかとまなこに焼き付けることは、朝幸にはできない。彼の視角を占めるは、ゆるめにくねった馨の背面だけ。
「モモ殿を抱きたくば、馨殿を打ち斃して奪還せよ(※モモたんは馨の猫です)、と、馨殿は暗におっしゃっているのですー。ね、つくねー?」
「え?」
 後背から、熱い、目。馨がふりかえれば、朝幸がにこにこ、飼い犬とたわむれながら、いじらしい満開の笑みをたたえている。しかしどことなく、火の気がたちこめているようなのは、一概に幻覚とかたづけてよいものか。
「‥‥熱いというよりは、むしろ、暑いのですが」
「かとんのじゅつはつかっちゃダメっていったのですー」
 シャラ・ルーシャラ(ea0062)、ムーンアロー、さくっ。お月様の矢印は、くだんの上野左の眉間をしっかり打ち抜いた。彼女、本人の希望により三人称はこちらを利用、は額の衝き孔をさすり、訴えることには、
「朝幸様の舞台効果によいかなーと思いまして」
「いけないものは、いけないんです」
 シャラはぴん、と、右指をたてると、銀色が体をつつんでたまゆら異星の人のようになる。
「いりゅーじょん、です。むやみにじゅつをつかうと、やまかじになっちゃって、くまさんがいっぱいでてきて、がおーっで、たいへんになっちゃうんですよ」
 こころやすい魔法の発動に気をよくしたシャラが、ふたたび地上に目をくばったとき、そこには予想どおりに左が逃げまどう情景と、予想外に久世沙紅良に狩野琥珀(ea9805)までもが、不可視の妄覚に狼狽するという事実。
 いったい何が起こったんでしょう? シャラはあたまを右へ横へ、やじろべえみたいにふらふらさせてから、あるいっしゅんに、ぽんっと手を拍つ。
「シャラ、うっかり『せんもん』にしちゃってました。だいじょうぶですか?」
「かまわないよ。夢の中で、約束の団子屋まで燃え盛る眺めが見えたような気がするけれど、また建て直せばいいだけのことだからね」
 うっかり、のわりに、シャラはなぜか対象をちゃんと三つえらんでいるのだが、沙紅良はつとめて心静かなありようで、しかし口走る文意がどっかおかしい。
 ひるがえって琥珀といえば、とどろきのおさまらぬ胸膈をおさえて、
「あぁ、びっくりした。腹が空きすぎて、昼間っから、みょうな夢をみちまったんだな。んじゃ、そろそろお昼にすっか」
「はぁい♪」
 すりよってくる左、だけど、近付く人影はそれだけではなかった。藪をがさごそと揺らしてあらわれたのは、狩野柘榴、狩野天青、左をとりまく冒険者らにくらべて不思議なくらいに疲れたおもだちをしている。
「ほぉら。特製弁当。柘榴、天青、おまえたちも新春試練おつかれさん。そら喰え、やれ喰え、どんと喰え。いっぱい食べて、がんがん大きくなって、そんで俺の‥‥」
「やかぁしっ。ほおばれるもんも、ほおばれなくなるだろうがー!」
 息子に嬉しそうにはりとばされている琥珀はいったんおいといて、彼らだけじゃない。堀田小鉄(ea8968)も、じぃっと、つぶらな瞳をきらきらさせて、琥珀の折り詰めを熱心にながめつすがめつしているのだ。
「こてっちゃんも食べる?」
「もらいますー☆」
 おつむりみたいな握り飯を両手ではさみ、あむ、あむ、と、かじる。砂山が波濤にけずれてゆくような勢いで、米飯がおもむろに消失するのとは対照的に、小鉄のほっぺたには飯粒がだんだんと上乗せされる。あーあ、と、シーヴァス・ラーンが、衣服のすそでそれをぬぐった。
「私もごいっしょしてよろしいかしら。ジャパンでは主食をこんなふうにして携帯するのね」
 エリーヌ・フレイア(ea7950)はたいそうものめずらしそうに、四分の一にわったおむすびを検定する。味見のしぐさも、どこか物憂く、典雅さがある。エリーヌは修めたばかりのジャパン式「ごちそうさま」のあと、食事中の左に目と声をやった。
「明日からは、スパルタで行くからね」
「すかんぽ?」
 すかんぽ:スイバ、もしくはイタドリの別名。茎をかじると酸っぱくて、喉の渇きをいやせます。
「‥‥忍者らしい知識もあるんじゃない。その意気よ。これができなきゃ、ハラキリなんだから」
「ハラマキ?」
 腹巻き。保温効果の他に、きつきつに締め付けると、即席の減量(見た目限定)も見込めます。
「‥‥‥‥一度くらい、火、付けてみてもいいかしら」
「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ。それは最後(むしろ、最期)の手段にしておきましょう」
 ってことはどうにもならなかったら、火付けはアリってことかしら。高遠聖(ea6534)は自己鍛錬を信奉する、黒の僧侶、それは大いにありうるようだ。
「でも、体はともかく、心は女性の方に火を付けては失礼になるかもしれませんね。どうしましょうか。‥‥ん?」
 春を待ちくたびれる蕾のようなみずみずしい器量をうなだれて、聖がきっと万劫末代にいたっても正答のえられぬいぶかりに苦悩していると、いつのまにやら食べ終わった小鉄が、琥珀の弁当にささげたのとおなじくらい明るい目で、聖に見入っている。
「シー様がね、云ってたのです。左さんはオカマという種族の出身だって」
 ジャイアントやパラのように、オカマ、という謎の種族がいる、と、小鉄は教えられていたらしい。ちからいっぱいまちがってはいるが、敢えて訂正する必要はないかな、と、思考した聖、しかし小鉄の邪気のない一言がよろずのきっかけになる。
「聖さんもオカマの一族ですかー?」
「‥‥ちょっと、そちらのお知り合いにブラックホーリーぶっぱなしてきます。帰りは遅くなりますが、気になさらないでください」

●密書でミッション(副題提供:伊庭馨)
「ふっ。寒くなんかありません。モモがいるから、私の鉄の心臓は、いつでも常春です」
「徒者ではないと思ってましたが、鉄の心臓とは、さすがは馨様ですー。だからこそ、倒し甲斐があるというものですー」
 と、心温まる出来事こともあったりして、みんなで楽しくご飯を食べたりなどして、一夜を山小屋で過ごす、朝食は神月倭がしたくしてくれた。和気藹々と胃をぬくめる‥‥のはずが、冒険者ら目配せ交わしあうありさまは、知らぬは本人ばかりなりの険呑。
 ところへ、だしぬけに鳴り響く。
 ででん!と、音響効果、琥珀の地声、どんどんぱふぱふ、昼食のお礼に小鉄がやっぱり地声で笛と鼓をくわえ、めでたく即興はなりたった。
「今日からが特訓の本番だ。左、お前にこの『密書』を無事届ける任務を与える」
 過日とおった山道を抜け、三つの要所を確実に通り、ここへ戻ってくる。知らない道ではなくなったはずなので、たいていの駆け出しにしたって、それほど理不尽な役回りではないはずなのだが――‥‥。
「ひーちゃん。行ってみましょう、ですー」
 ぶつぶつ「朝から走るのやだー」と不平をこぼす左を、朝幸が強引に連れ出す。残りのものは一様に生暖かく見守り、あたたかい茶で頭も体もしゃんとさせる。それから幾ばくかの時間が経過して、そろそろ追いかけて様子をみてきましょうか、という頃合い。
「私はここで待っているよ」
 終点は誰かがまもっていなければならないだろう? もっともらしくうそぶく沙紅良、「このこもいるからね」とは仔猫の乃衣瑠、馨だっておなじ連れがいるのだが、「体力もないし」エリーヌやシャラのほうがよっぽど弱々しい。
 さすがにまったく身が引けることは気が咎めるのか、沙紅良はお見送りだけはこまやかに、それも女性限定という註釈は入ったけれど。エリーヌを肩にのせて、出口までとどけた。
「ありがとう」
「どういたしまして。女性に優しくすることは礼儀作法のひとつだし、なにより私の半分はやらしさでできているからね」
「行ってきます」
 ひゅっ、と、エリーヌが飛び立ち、沙紅良の肩は元のとおりに空っぽ。軽くなったはずが、霊魂にでものっかられたような、未曾有の重量。
「‥‥誤字の威力とは、恐ろしいものだね」
 まったくだ(しみじみ)。

「ふわぁ」
 聖の吐息は、どこか丸い。生身はどこもささくれて、鋭角的にすらなってきているのに。
 おっつかっつ山路をすすむ。昨日つけたばかりの目印もあるので、迷子にならずにはすみそうだが、いかんせん気力と活力だけはどうしようもない。ありがたい印章であるはずの錫杖を金剛杖代わりにひきずって、
「これじゃディスカレッジを自分にかけているようなものですね」
 笑えない冗句へ、はは、とさみしいものだから己一人でこわばった笑みをかたどっていると、ゆくりなしに踏み出した第一歩が、突如、ずるりと滑り落ちた。落とし穴。そうと知れたときには、聖の総身は土まみれ。
「こてっちゃん、なにか罠にひっかかったぞ!」
「左さんじゃあないみたいですー。猪かもしれないです、ぼたん鍋ー♪」
 鍋はいいよね。ざく切りの白菜を口に運べば、疲労なんかあっというまになくなる。――‥‥と、あこがれにひたるまもなく、聖の表皮を神速の鋼刃がかすめる。
「‥‥ありゃ。聖くん?」
「琥珀さん。どうしてここに?」
「俺の息子たちがつくった罠を見て回ってたんだけど、こてっちゃんが猟師の腕を生かして獲物をとってきてくれるってから、いっしょに行動してたんだ。はっはっは、つい猪かとおもって、手裏剣投げちまった。悪ィ」
「‥‥そうですか」
 と、聖、かたちばかり納得はしたようだ。しかしそれはそれ、これはこれ。
「未成年の方々の責任は、保護者である成年がとるべきだと思われませんか。琥珀さん?」

「ふみぃ。なんだか『ぼえーっ』ってきこえたのです。へんなくまさんがいるやまですー」
「どうも、どこかで聞いたような声だったんですけど‥‥」
 が、シャラはとりたてて引っかかっていないし、左たちのえらんだ方角から流れてきたのでもないらしい。馨は、君子危うきに近寄らず、を採る。あれはぜったいに人間だ、男性だ、琥珀さんだ(個人特定)、と推察はなりたっていたが、「琥珀さんよ安らかに」と脳骸のなかで墓標をたてるにとどめておいた。
 えい、とう。と、前方からは、エリーヌのきびしい叱責が間断なくつづいている。おかげでシャラのすぱるた方針はなかなか出番がない、だからシャラ、えいえいおーぅ、と決意を新たに。
「シャラもがんばって、エリーヌさんみたいに、むちをびしばしつかいこなせるおとなのじょせいになるんですーっ」
 ちなみにシャラは『すぱるた』を「鞭使いの上手なこと」と解している。ジャパン語的にゃあ、さほどまちがっちゃいないが。なお、べつにエリーヌは鞭使いではない。
「えーと‥‥左さんを思慕するよりは、なんぼもマシですね」
 馨が万感の思いを込めて、ぽん・ぽんとシャラのつむじへ手をやると、シャラはにっこり、天使とも悪魔ともつかぬ顔立ちで馨を見上げて、馨はその微笑みに心をやすめながら、左を記録するためだった心の閻魔帳に「‥‥鞭」と最新の一項目を付け足す。

 さてこうして、二日の修行、足すことの、五日の反省会、の成果はいかにっ!?
 続く♪ とか、放置っぽいお遊戯的。いや、ごめん、ほんまに続巻を乞う御期待。