【伊賀<赤目四十八瀧>】 半裂始末
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■シリーズシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 34 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月17日〜02月23日
リプレイ公開日:2006年02月26日
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●オープニング
伊賀国、名張郡。
この土地がなぜ「なばり」と呼ばれるようになったか諸説紛々であるが、古代の動詞「隠(なば)る」名詞「隠(なばり)」が転じたとされる説が有力だ。そしてそれが深く信じられるほどに、伊賀盆地の南西部、南に室生火山群・紀伊山地と接するそのあたりは、秘密主義のまかりとおる伊賀国においてもことのほか、内々をたっとぶ傾向がある。そして、赤目四十八瀧は名張郡におけるもっとも名高い景勝地のひとつだ。
赤目四十八瀧は参拝の霊場であり、それが故に鍛練の聖地でもある。全長はおおよそ一里、緑と蒼の濃い稜線にそって、大小二十ほどの(四十八瀧というのは九十九神とおなじように数の多さを象徴しているだけで、具体的な数値をあらわすわけではない)飛瀑のたちならぶ。それを修験者たちは現世における一大曼荼羅図とみたて、五劫の思惟をこらして修行をまっとうしたし、伊賀忍にとっては水と山の錯綜する天然の要害は身を清め鍛えるのにことのほか役立った。
また、赤目四十八瀧にほど近くに、まさにそのもの「滝口郷」という里がある。そこでは伊賀の三上忍の首班、百地玄西が里長をつとめている。五十年の長きにわたって上忍として実によく配下をまとめあげた百地に寄せられる信頼は絶大で、外来からの刺激がすくないこともあって、伊賀国においても名張は比較的安穏たる地方だった。
――‥‥それまでは。
※
さて、赤目四十八瀧には大山椒魚が多数生息する。湿度の高い山地の谷川や水辺などがおこのみの大山椒魚にとって、秘境・赤目四十八瀧はうってつけの地形なのだ。そして、そのなかにはときおり「半裂」となづけられた珍種がまじることもある。たんなる大山椒魚ですらパラぐらいの大きさはあるのだが、半裂ともなれば縦にするともはやジャイアントすら凌駕する。半分に裂いても生きているから半裂――そんな胡乱な言い伝えすら信憑性を帯びて聞こえるくらいに生命力の強い生き物で、肥肉はそこそこ値の張る薬用として嗜好される。
その半裂が、ちかごろ、密猟者の集団にねらわれている。だから、赤目四十八瀧に来てたすけてほしい。荒事のしきりが多い冒険者ギルドにとってそれは、とりたてて風変わりな依頼のようには、思えなかったのだけれども――‥‥。
「密猟者ってどんなやつだ?」
「いっぱい、いたよ。怖い顔してたよ。それじゃダメ?」
「ダメってことはないんだが‥‥もうちょっと具体的なうちわけ云ってもらえると助かるかなぁ。たとえば、数とか」
「いっぱいだよ、こんだけよりたくさんだよ」
こんだけ、と、しめしたのが片方のもみじ・てのひらだけだから、すさまじく絶望的。五よりたくさんが数えられないってことか?
依頼人のみなりは、齢、十三、四、ぐらいの少女のようだ。のわりに、異国の言語をなぞるように、いっこう発言の要領が得ない。とにかく赤目四十八瀧に来てくれ、の一点張り。依頼人自身、云いたいことがなかなかつたわらないことに苛立っていたらしく、やおら手持ちの細長い包みをほどくと、棒状のなにかをとりだした。
「おばあちゃんが持ってけって云ってたよ、なにか分かるかもしれないって云ってたよ」
「‥‥ほぅ。こりゃあ、いいこしらえだな」
一般にはほとんどでまわらない輪郭、短刀にしては立派すぎ長刀にしては幾分寸詰まりの――反り身・片刃の剣――いわゆる忍者刀である。それもどうやら、そこいらの忍び(そこいらに忍びがいるかどうかは別として)がたずさえるようなものではなくって――‥‥。
「どうした、これ?」
「あの人たちが落としてったんだよ。つなではこれがあんまり好きじゃないんだよ」
つなで、が依頼人の名だ。
「つなでといっしょに行って欲しいんだよ?」
「うーん、まぁいいんだが‥‥」
依頼としては、ごく素朴。が、外堀を少しずつたしかめてゆくと、奇妙な点がいくつも浮かび上がる。
赤目四十八瀧は、そうそう、密猟のおこなえる環境にはない。まず伊賀国が不審な外来者をこばむ気風であり、名張はその向きが特につよい。そして、赤目四十八瀧。そこをおとなう修験者はたいていよけいな無惨を嫌うし、忍者はいらぬ目撃者をにくむ。両者にとって密猟者は共通の敵といってよい。また半裂は地元の民にとっては貴重な財産であるので、滝口郷のものたちが手厚い保護をたむけているはずだ。二重、三重の強靱な防御網。密猟者たちはどうやって、これらをかいくぐり赤目四十八瀧にたどりつけたのか。
依頼人が、また、なにかおかしい。そもそもどうして、こんなたよりない彼女に依頼が託されたのか――‥‥。
「おばあちゃんが『つなでもがんばりなさい』って云ったからだよ」
「それはぜんぜん理由にならないんだな。‥‥まぁ、いいよ。依頼に行くヤツが調べるだろ、そんなことぐらい。おまえはせいぜい、奴等をきばって案内してやんな」
▽つなで
依頼人。妙齢の娘さんだが、なんか変。
忍者ではないみたい。
●リプレイ本文
つなでのとったみちのりは旧き良き青山越、初瀬街道。
途中、かなり、きつい箇所がある。人目を避けての道行きはどうかすると猪やら鹿やらと行き合いそうなぐらい、翠峰の清水に咲く山百合、緋芽佐祐李(ea7197)ですら難儀のおおいなか、しかし菫ほどに線の細いステラ・デュナミス(eb2099)が案外けろりとしているのは、道中の植物のおもしろさに目を奪われていたから。
「絵巻物を見ているみたいね」
常緑の広葉樹、天蓋のような深緑ははるかをゆきすぎてもたそがれることのない伽藍の配置、ステラが白銀の後れ毛をほどくと、廻向の煙のごとく星をもとめてしだれる。
「そんなもんかい?」
キサラ・ブレンファード(ea5796)、やれやれ、と首を回す。
道行き半ばでの憩いのひととき――先行したはずのキサラも同席しているのはそういうわけ。比較的山慣れした冒険者が多かったけれど、乃木坂雷電(eb2704)や伊能惣右衛門(eb1865)のようにそうでないものもふくめているので、けっきょくはとんとんといったところ。
「そいつをいっぺん拝借させてもらってもいいかい?」
つなでははじめそれを番犬のごとく一徹に握っていたのだが、それまでの観察によってドナトゥース・フォーリア(ea3853)にかっぱらいのそぶりがないとみたのか、あっけなく忍び刀を手渡す。ドナトゥースはそれの乾坤を入れ替えながら、重量の数寄を愉しむ。
魔力の沁む抜き身は、芸術のふうをよそっている。しかし、行きがけにクロウ・ブラックフェザー(ea2562)がリヴィールポテンシャルで捜ったとおり、それにあたえられた使命は闇暗のはしにぎらりと解かれるもので――ドナトゥースから譲られ、キサラは刃に指を沿わせる、細緻な刻み目、現実に「武具」として用いられたしるしだ。
「斬られたヤツはいるのか?」
「つなでだよ」
あっけらかんとした物言いだったので、キサラも、あぁそう、と過ぎそうになり――思い直したのは、数刹那後。
「‥‥どうだ、いたむか?」
「つなでは元気だよ」
「そっか。今度からは私が守ってやるからな」
キサラはつなでの肩をぽん、ぽん、と、はたき、再び忍び刀に目を向ける。
――金属製の偃月は、赤い潤沢の一瞬のために、渇いている。
「その刀は私の主に仇為す悪魔を力を持っている。だから、是非ともそれをゆずってほしい」
が、つなでときたら、鳩が豆鉄砲喰らったみたいに頓狂に目をくるりとさせて、
「アクマって?」
デビルの策謀が欧州ほどには活発ではないジャパン、ましてや田舎の小娘、デビルの存在自体知らない可能性は十二分――という具体例が今、ここに。
手に負えない獲物から早々に手を引くのも、猟師の才能である。キサラは、刀をかえすついでにドナトゥースのてのひらを、ばちん、と拍つ。
「俺ぇ? 悪魔は‥‥そのー‥‥」
「ドナトゥースさんに、鋭い角と尖った尻尾とをくっつけたみたいなもんじゃねぇの?」
「そうそう、そんで蝙蝠の羽根もあれば、おかずもいらずにごはんが喰える‥‥ん?」
横脇からそっと出し、というにはいかにも鋭く、おまけに機もある。クロウ、だ。クロウがあんまりにもうららかにほほえむものだから、つなでもそれが本当だとして、
「空を飛べるモーモーさんがアクマだよ?」
「なるほど、角があって尻尾もあるから、牛。‥‥俺が牛? 褒められたかねー?」
――‥‥今のうちね。
応対はこのときが熟しどき。ステラはそろりそろりと場を離れる――気になっていたのだ、つなでのことが。もしも彼女に「本性」というものがあるなら、ミラーオブトルースのみぎわがそれをあらわにするだろう。
本人の知らないところで魔術を向けるのはずいぶん気の引けることだったけど、命までどうかするわけじゃないから許してね。ステラの祈りが通じたか、詠唱の三度め、しとどに水平のさざなみをうちひろげる。
けれど、
「え?」
人外であろう、というのは想定していたが。
鏡面が浮かばせたのはこけら、鱗だった――大山椒魚には鱗がない、半裂にも無論。ステラが見たつなでの正体というのは――‥‥、
※
「紹介の文を書くにやぶさかではございませんが‥‥私の住まいはあくまでも伊賀の上野。百地様の治められる名張で私の名がどれだけ効き目があるかまでは、保証はしかねます。だいいち私は三上忍のなかでは、しがない末席の身ですから」
そりゃ初耳。
片桐弥助(eb1516)は狩野柘榴に問いかけるような一瞥をながしたが、柘榴はふるふると首をふる。弥助はしばし思案してみたが、とうとう白刃で切り込んだ。
「謙遜でなくて?」
「男は四十を越えてからが勝負というでしょう?」
「あぁ、年功序列ってこと」
伊賀の閉鎖性は、よく知られることだ。弥助は伊賀忍である柘榴につなぎをとり、伊賀の三上忍が一・千賀地保長へ入国の許可を求めた。上野が本拠だといいはるわりには在京のほうが多いような千賀地、面会はひじょうに容易である。
『伊賀の半裂が不自然に市場にでまわっているようですが、なにかご存じですか』
「そんなはずは‥‥」
弥助はつなでの依頼を逐一報告するようなことはせず、あらましを打ち明けただけだが、千賀地は別のけぶりを感じ取ったようである。弥助がそうであったように。
「私も確信をもてるまでは、秘匿しておきたいことがございますしね」
ほぅ、ほぅ、と、弥助は千賀地の言へもっともらしく感心してみせる。さすがに筆記して控えをとるまではしなかったものの、
「今回はちぃっとまじめにやってみようかと思いまして」
悪びれもせずにけろりと言い放つ弥助を気に入ったのか、千賀地は相貌をほぐすと、これくらいならよいでしょう、と付け加える。
「すくなくとも上忍同士で仲違いするような事態は、まちがいなく起こりえません。何故ならば、私たちは共通の敵のまえにして、いがみあうひまなどはありませんから」
「敵‥‥?」
「伊賀上野藩、藩主・仁木義美」
※
つなでのとった経路が少々特殊であったため、滝口郷よりまず瀧のほうに到着した。
「俺はここで見張りしてるぜ」
「御挨拶するのが道義でしょうが、わたくしもしばらく休ませていただきたく」
と、クロウや惣右衛門に送り出されて、雷電、ステラの二人が瀧をくだる。キサラにクロウ、佐祐李は周囲の調査にでかけたあとは、
「こんなところにおふたりで?」
ドナトゥースは迷ったあげく居残るほうを採択する――あと、三十年、いや二十五年でも若けりゃ、との戯言は瀑布の水滴が無駄なくすっかり吸い取った。
「えぇ、つつましく暮らしてゆくには充分ですし」
驕奢とは無縁の惣右衛門からみたって、つなでと祖母の住処は、草隠れだの茅廬だの付けたくなる、侘び寂びどころではない、すきま風がいかにも虚しい。
「どうして、つなでさんをぎるどへよこされたのですか?」
「私のあとを継げるのはもうこの子しかいませんからねぇ。かわいい孫には旅をさせよ、というところですか?」
「ふむ、お気持ちは分かります。わたくしもタマをついつい猫かわいがりしてしまいますからな、猫だけに」
「まぁ」
ドナトゥースが、自分も将来年をとって引退したら四人の奥方様たちをこういうふうにもてなすのだ、決定した未来に思いをはせてるとき、外界、つまるところ滝壺のほどちかくにおいて、
「んーと、水たまりはあるかな」
ならば、パッドルワードが使えるのに。クロウは軽やかに畔を跳ね回る。お、これってニンジャっぽいじゃん。そんなことを考えながらさらに仕草を大袈裟にしたなら、あやうくめあてをとおりすぎるとこだった――流動に置いてけぼりをくらった貯水、ちょこんと。
「‥‥川下ね」
つまり、密猟者たちは滝口郷の方角から来て、滝口郷の方角へ去っていった。ということは――‥‥、
「って俺、ジャパンの地理わかんねぇよ!」
「だが、実地検分はつとまる」
「そうだけどさー」
キサラは機械的に言葉を投げただけで、クロウへちっともふりかえらない。彼女の目は――布曳滝――一条の白布がかけられたようところからそう名付けられた――にひたすら向いている。なんとなく、クロウ、ちょっとむくれてみたり。
「イギリスだってきれいな国だぞ」
「どんなところが」
「‥‥どんなところも」
※
滝口郷は、歩きにくい。足を上げる、前方へ置き直す。それだけのことが、濁り水を割るかのような、やりにくさ。綿でも詰められたかのような、息苦しさ。
「人の気配はあるんだけどな」
それも、ごく近くに。ねっとりとした息遣いまでいっしょに聞こえてきそうな‥‥滝口郷は忍びをはぐくむ隠れ里ではないが、上忍が居をかまえるだけに、性質としてはごく近いところがある。雷電は心から疲れ果てながら、全身をひとつの統一した感覚からははだけないよう、精一杯で。
滝口郷の用心深さを、身で知った。聞き込み、どころではない。これじゃあ、こちらが見張られてるようなものではないか。異常といっていい警戒態勢は、しかし、それだけでなにかの証左ともいえよう。では、いったいなにの?
そもそもこの依頼、複数の可能性が考えられる。背信、それとも内部対立をのぞむ第三者の仕業か。雷電が思念を掘り下げながら道をすすむと――ようやく念願の邂逅が叶った。
わらべがひとり、余所者を興味深く眺めている。
ここで逃したら、もうあとがないぞ。と考えると、しぜん唇がひくひくして、思わず云うことには。
「お兄ちゃんはこわくないよ」
――‥‥なにをやっているんだ。
頬がやっかいな痙攣をきざむ。こんなところを知己にでもみられたら、切腹ものだな。雷電、苦々しさを内心にひたかくしながら、そぞろに見返る。誰かを想定していたわけではない、当然。
しかし、黒い目、碧の目が行き当たる。ステラ。
彼女もいちおう滝口郷に様子をうかがに来てはみたのだけれども、雷電と同様に避けられていたので、ついうろうろしていたらやれ、こんな具合に。雷電の脳裏には「死」のただ一文字が、赤い明滅を反復する。‥‥
愉快な(?)ことになっているとはいざ知らず、佐祐李は「聞き込みはどうなっているのでしょうか」と、あどけなくひとりごちる。沢、おしげもなく石と水と緑の放出するたたずまいは、彼女の賦質にとてもよく似合っていた。義務の遂行、ではありながらも心底愉しみながら痕跡をたずねまわる。
彼女は里へ下りたものたちに、おねがいしていた。里で病人やもしくは高齢者をかかえていないか、さりげなく調べてくれと。半裂を欲しがるものがいるとしたら、おそらくはそのあたりだろう。
が、己で言い出したことながら、なにかがひっかかっている。高齢者?
「‥‥どこかにそんな方がいらっしゃったような気がします」
つなでの祖母? いや。はじめにおしえられた名張に関する案内で、
『五十年の長きにわたって――名張の上忍・百地玄西に寄せられる信頼は絶大で――』
五十年。エルフやシフールを土着としていないジャパンの民にとっては、まことに長大な。生まれたばかりの赤子が蟄居をはじめるまでの一大叙事詩。
「もしかして‥‥」
佐祐李は直感する。
半裂を必要としているのは――名張の上忍・百地ではないか、と。
※
密猟者らが姿をあらわしたのは、藍のいくぶん勝った朱の夕さり。大山椒魚は夜行性のけだものだから、狩るだけならばもっと早めの時間のほうが都合よいのだろうが、密猟ということを割り引けば、こんなものだろうか。
十人くらい。
石くれを敷き詰めた河岸を往きながら、まるで霞を踏むかのように、砂利音ひとつたてやしない。
「‥‥私と同族の方のようですわ」
葉ざまに隠れて、佐祐李が、意外そうに仄めかす。ジャイアント。ありえないことではない、が、ひとむらと化した一族へしかけなければいけないことを思えば、心中、複雑。
岩をもくだいて突き進みそうな、ひときわ壮健な体格をした男性が中心に。暗色の布で相貌を覆っていたので、表情までは汲み取れそうにない。が、まわりからの「正豊様」という敬服のこもった呼びかけから、彼が首領であることはたしかだろう。
その「正豊」の足並みが、からからした音響で、ふと何かに巻き付かれる。
雷電がプラントコントロールを用いて張り渡した蔓草へ、佐祐李がかけた鳴子がけなげにふるえて、役割をはたしている。
停止をまねいたのはそれだけでない。惣右衛門の唱えた不動の呪が、彼を碇泊に籠めていた。
「正豊様‥‥ですかな?」
引いてもらえますか、と、惣右衛門は説く。
彼が言葉を上乗せするごとに、宵はいっそう深まる。夕間は刹那よりも刹那にある。
「こちらの刀自にお話をうかがったのですが、こちらの守護たる刀自になんのおことわりもなしに、踏み込んだそうですな。それはいけないことだと自覚しておられるのでしょう?」
しかし、いらえは具象をとらず。コアギュレイトから放たれるや否、「正豊」は巨躯の反動とは思えぬ軽快な跳躍で、
「人の話はちゃんと聞けよ!」
クロウのてのひらから飛び立った短刀は、たしかに人型の皮膚を斬り、のみならず筋の髄までおしこめられる。だが、それは紙より薄い、あってなきがごときの隙切しかうみださなかった。
――やるしかないのか。
雷電はためらいながら、刀の柄に手をのせる。魔法をつかえば、彼が志士であることはおそらくすぐさま露見する。しかし、ここで「依頼」を完遂できず何のための呪(それは奇しくも「守」とおなじ発音である)か、と印を組むために指を――‥‥。
が、けっきょく、雷電はなにもしないですんだ。
「いっちゃえーっ。がんばれだよーーっ」
つなでの横やりに、心うばわれ。
つなでは、そのとき、人でなかった。しかし、大山椒魚でもなく。上半身はそのままだったけれど、なんの障害もなく歩行をつむいでいた下肢がひとつに縒りあげられちょろりすぼまっている。
蛇女郎だ。