【伊賀<赤目四十八瀧>】 名張始末
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■シリーズシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月09日〜04月16日
リプレイ公開日:2006年04月17日
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●オープニング
●夜、宵、その承前
「‥‥そりゃあ、あんただっておなじだろ」
片桐弥助はようやっと、声を、ひねる。
干涸らびる、喉笛。
春の夕映えは遅遅としてすすまぬが、弥助にかかるはすかいの日足が人を斬ったばかりの刀のように、赤く・熱いので、それと知れる――あと数刻ですっかり日も暮れるだろう。皮膚を喰らう黄金の光明はそのままにして、弥助は正面の、ほんとうに彼を喰らおうとするものを見据える。
太陽は、悪神のごとく、平等だ。弥助へあたえるものを彼女にも等量あたえていたが、祭祀につかうような紅は、彼女にはまったく似つかない。
「察するに、あんたも――いや、俺とあんたは画一じゃねぇ――奸賊は、あんただけだ――侵入者だ。あんただってふところの血刀みられたら、おしまいじゃねぇのかい?」
「いいえ。私はこちらの館へは、正体を消し、侵入しました。あなたとはちがい、姿はいっさいみられておりません」
けれど、このままここにいてもいけないのはたしかだから、と、彼女は弥助を連れ出した身を、ひらり、とひるがえす。それだけで、弥助は得心した。――‥‥これはほんものだ、と。羽虫が目の粗い籠からのがれるように、彼女はなんなく、この、百地の屋敷から――警戒あつい上忍の住家から――抜け出してみせるだろう。
「ご安心ください。私はここを出ても、お連れのお嬢さんに危害をくわえるような真似はいたしませんから」
そこでようやく弥助、めざめる。
ステラ・デュナミス、彼女も現在は、滝口郷の内輪にいる。百地の非業が外へ知れた途端、余所者でありエルフである彼女は、あきらかに不審者としてあつかわれるだろう。わけもわからず、どんなひどいめにあうか――‥‥。それを察したとき、弥助は、とうとう狼狽した。それまでは窮地におちいってたとしても、危険な遊戯を教えられたときにも似て、どこかに禁じられた愉悦があった。ひとりで背負える、と思っていたから――しかし、そうではないのだ。
精神を焦燥であふれさせた耳へ、彼女の結びの贈り物は、やすりでならしたようにざらつく。あぁ、うっとうしいったら。
「‥‥なにも知らぬも憐れでしょう。私は甲斐、下比奈知の甲斐といいます。もしもまた、あなたに幸運がございましたら、また逢うこともございましょう。そのときはその名でお呼びください」
幸運?
あるのか? そこに? ここに? あるのなら、俺になくていい。幸運の在処も鍵も――‥‥。
●藤林正豊、千賀地保長
冒険者らは、「密猟者」藤林正豊の態度に、真剣さをかんじぬと判じたが――‥‥。
逆だ。
藤林は、おそらく他の誰より、もしかすると百地の家系につらなるものたちよりも真実、半裂を必要としていた。が、彼には百地の遣いとしてたつわけにいかぬ理由があった。
百地の家には、現在、嫡子がおらぬ。
そんなとき藤林が半裂猟の一件で正式の遣いのようにふるまえば――藤林は伊賀の上忍のひとりではあったが、百地になりかわるものではない――きっと、百地の後継をめぐり、よけいな紛議が起きる。そんなことをしている場合ではない、というのにだ。だいたい半裂をもとめたのからして、同様の子細からなのである、せめて後継者がたつまでは百地玄西に生きてほしかったから、藁にもすがる思いで妙薬・半裂を希求した。
だから、彼は、これを自分の勝手とすりかえる。
勝手だから、おなじく上忍である千賀地保長になにも告げず、藤林正豊は「密猟」をおこなった。もし、百地のものたちが発憤すればそれはそれでよし、藤林を仮想の敵とみなし、一門は新たな団結をはかることだろう。藤林が欲していたのは、百地の血筋の安定だから、それで充分かまわなかったのである。
「だが、それもすべて徒労と終わった」
後継のさだまらぬまま、百地は空しくなった――だが、それは病死でも老衰でもなく、はるかに無念の――謀殺!
藤林は忍びにしては珍しく、義とか恩とかを重んじる、いくばくか武士気質なところがあった。赤目四十八瀧ででくわしたのが冒険者だと勘づいたとき、次の襲撃日をおしえたのも、そういう人柄からの所作なのである。
――‥‥しかし、それが踏みにじられた、と藤林は思考する。
「俺を赤目四十八瀧に釘付けにしているあいだに、百地老の邸宅へ踏み入るとはな――‥‥」
なるほど、一部分を抜き出せば、そのようにも思われたろう。
もともと藤林は冒険者に対して、あまりよい感情をもっておらぬ。千賀地が伊賀忍の「魔法に対しての蒙昧」という短所をおぎなうために、なにやら珍妙な組織の案をもちだしてきたとき(‥‥お笑い集団)、最後まで反対をつらぬいたのも藤林だ。冒険者ギルドには抜け忍がさしむきの路銀を稼ぐため籍を置くこともある、忍びの管理者である藤林として、抜け忍の温床とみなし、不愉快をいだくのももっともである。
ここにおいて、藤林の冒険者に対する不信は頂点を極める。
彼は千賀地に、始終の儀の釈明を要求した。千賀地の案内状を携行したというから、まぁ、当然であろう。
千賀地も応じざるをえなかった。しかしほとんどの沙汰で蚊帳の外にいた、彼ひとりでおさめられるものでない。千賀地は冒険者ギルドを訪ね、このような依頼を置いてゆく。
「百地様謀殺の嫌疑をはらすため、私とともに東湯舟の藤林正豊さまのもとまでご同行いただけませんか?」
●つなでとたき
「もう、怖い人はきませんよ」
「なんで? なんでだよ?」
「‥‥あの人は、死んじまいましたからね。それが物心一如の運命とはいえ、やっぱり哀しいね」
つなでにはたきの云いたいことはさっぱり分からなかったけれど、おばあちゃんのいったことはいつも正しいと思っているから、きっとだいじょうぶだよ、わけもなく信じ込んだ。
赤目四十八瀧は、いよいよ春めく。赤子の産毛のようだった緑、萌え立ちそれらにつつまれると、生きる投げ出されたようだ。
●伊賀情勢
名張郡・滝口郷の上忍・百地玄西、死亡。おもてむきは老衰とつたえられるが、伊賀国全体、特に名張郡において「冒険者による暗殺」という風説がじわりじわりと浸透する。
上野郡・予野郷の上忍・千賀地保長はかねてより冒険者との親交をあつくしていたため事件の関与をうたがわれるが、これまでの彼の功績により、それこそ極論でありなんらかの権謀であるとの見方もある。
藩主・仁木義美は、事態を静観の模様。もっとも彼がこれまで表立った行動をみせたことはないにひとしいし、それが許される環境ではなかった。百地が死亡し、跡目の見込みもたたず、のこる上忍、千賀地と藤林の連繋にもガタのみられる現在、仁木が以後もおとなしく沈黙をたもつとは考えにくい。
――‥‥ここに、伊賀の勢力図、再編の予感が始動する。
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▽甲斐
百地暗殺の正犯。女性です。
名張あたりのどこかにいるはずですが、捜して会えるものでもないでしょう。逆に、その気もないのに、ぽっと出くわしてしまうかもしれません。下比奈知は、彼女の地元です(名張だ)。
●リプレイ本文
●
「どうして組織の偉い連中は目先の権威や確執なんかに振り回されるんだ‥‥!」
天道を見失うあげくの慟哭のような、ただの直喩、内実からはほど遠い。乃木坂雷電(eb2704)が振り絞る蛮声は火点しされる蝋がとろけるように、春愁、寒の返りに、じ、と薄霞をちりばめる。
しかし、組織といえば。
伊賀の上忍の権柄のとどくのはあくまでも伊賀の国内にかぎられ、彼等はあくまで草の民――朝廷への道のりなら、十八歳のうらわかき身空で京に名を知らしむ雷電のほうによっぽど軍配が上がる。でなけりゃどうして贋志士などが跋扈しよう?
「ややっこしいよなぁ‥‥ほんと」
クロウ・ブラックフェザー(ea2562)、皇藩体制の組み合わせの煩雑なこと、気まぐれな神霊が地上へ置きみやげにした謎かけみたいな。キサラ・ブレンファード(ea5796)のように「関係ない」といいきれれば肩の荷も下りように。
伊能惣右衛門(eb1865)が雷電の肩にてのひらを、威厳の彫りを幾筋もきざむ皮膚は見掛けよりはずっと重い。雷電は火焔の憤怒にふたがかぶせられたように思う。
「乃木坂殿」
「分かってる。つっぱしったりなんか、しない」
不器用な言い回しに、十代の情動がほのかにあかるむ――のは、ひょっとして本人は気付いておらぬ。惣右衛門、目尻のだんだんをいっそう深くすると、会話の手綱をひょいとまわす。
「わたくしはまず赤目四十八瀧へ向かわせていただきます。つなでさんと刀自の今後が、気に掛かりまする故に」
「じゃ、俺も」
「私も付いていこう」
「私もごいっしょしてよろしいでしょうか?」
クロウとキサラが続き、帳尻あわせは伊庭馨(eb1565)。
片桐弥助(eb1516)、ステラ・デュナミス(eb2099)の捕縛、それを聞かされた狩野柘榴はくるくると不安にたじろぎ、馨にすがりつくと、彼のありったけを吐露してくれた。が、馨は自らの瞳でもたしかめたいのだ。
では千賀地の道連れになろうというのは、雷電と、
「おまかせください」
緋芽佐祐李(ea7197)、亜麻色の目礼に合点をきざす。
逢莉笛鈴那、佐祐李のかわいらしい妹分もいろいろ耳目として立ち働いてくれるという、「鈴那を犯人に偽装のうえ追放」で体裁のつくろえばいい、とさしだしたのも彼女自身だ。
「私は異国の地にての情報収集が今の任務ゆえ」
名より、実。体より、心。見えるものより、見えぬもの。
佐祐李は鈴那の頬を双手でつつむ。ありがとう、と云った。するな、とは云わなかった。させぬことを佐祐李は選り択ったればこそ。
●
天蚕糸一本。それで両方の指を綴じ付けてしまえば、ひとまず魔法使いは封じられる――が、
「それだけって何?。見張りまでいないなんて。私が縄抜けをできないと見くびってるの?」
できないけど。
ステラ――自分がほんとうになにもかもできなくなったような気がして、心細くて、つらくて、土間床へなおざりに置きやった両脚をつたい、それまでは気付かなかった蛇のような寒気が気骨に堪える。
体調は、まぁ、なんとか。あてのない野宿よりもずっと気楽だもの。
「うん、平気」
心苦しいのは、気のせい。熱っぽいのも、きっと気のせい。
けれども、ひとりきりにされて――いらえの還らぬことまで、まやかしではすませられぬ。枕の夢にひたるまでステラは弱くなかったが、窮境の最中を案山子のようなかたくなさでつったてるほどには、強くもない。
もうすでに、ステラは訊かれたことの粗方は話し尽くしてしまった。
「逆さにしたって、なんにも出ないからね」
追い立てられる仔犬がきゃんきゃん吠えさかるように言い散らす彼女を、さばききれぬととったのか、日々の大部分はひとりにされて。
――平気だもん。
と、そのとき、
がら、と、戸が開放されて、ひさしぶりに人が来る。
「片桐さんもはお元気かしら?」
人の姿をみるたびにステラが累ねてきた質問、に、今日はじめてこだまがかえる。
「逢えば分かるだろう」
「そうね‥‥。ってことは、逢えるの?」
「おとなしくしてればな」
「してたじゃない」
ステラはこれまでの行状をふりかえり、自分はお姫さまのようにおとなしかった、と気を取り直す。
それに対して迎えのものはなにか付け足したげだったけれど――おそらく墓場のなかまで持ってかれるたぐいの秘密になる。
●
「血色いいなぁ。肥えたんじゃねぇの?」
「――! 片桐さんさんこそ、色男が増したわよ」
「まぁな。艱難辛苦は男を研ぐんだぜ」
ごく月並みのじゃれあいだが、手が後ろに回った(比喩じゃなく)もの同士が張り番を横にしながらなので、ぐだぐだなことひとしお。
さて、弥助。
へいちゃらにしてみせるが、実はほろほろと蹌踉の体。彼は百地の邸宅で、見張り相手にせいいっぱい口八丁を演じたのが、今日になってどっと疲れが出てきた。
しかし、そうして分かったこと、またひとつ。
百地の総領を亡くしたのは事故らしいが、どうやら決定打はそのあとらしい。あいだをおかず、後継の次点であった総領孫が出奔――忍びの里らしく言い換えれば、里抜け――したのだ。
「そりゃあ、がたがたンなるわ」
二つ、いや、三つの指針を立て続けにうしなえば。今の百地は、船方を水に落とした帆掛け舟みたいなものだろう。
ここへ来るまでのこと、
『おーい』
――東湯船への護送の途上、彼はあとすこしで心根からふりこぼすところであった精籟を、聞く。用を足すふりで時間をかせぎ、短すぎる単語を懸命に流す。
云うまでもなく弥助にテレパシーを送ったのはつなでだが、向かわせたのはクロウとキサラ。しかし彼等に知れたのは、弥助に暗殺の容疑をかぶせたのはシモヒナチのカイらしいこと、のみ。
「それ、つなでは知ってるか?」
「うぅん」
「とにかくはっきりしたな」
弥助に里長の寝所まで辿りつける技量はないだろう、と、キサラはひどいことをさらりと云う。クロウは苦笑いというにはたどたどしい、ひきつりの多い笑みで曖昧ににごした。
千賀地に確認をとりたいところだが、千賀地は佐祐李たちとともに先に東湯舟へ向かっている。クロウたちはいったんひきあげる。
彼等にもあとから逢えるのだろうか――弥助は。
「正念場だな」
千賀地以下御一行、といっても千賀地についているのは佐祐李と雷電のみだけど、が、藤林の門を押す音が弥助の耳にもとどく、こめかみをきゅぅっと押し当てられたよう。
「腹ぁくくるか‥‥」
いざ出陣をば、
叢雲の沸き立つ前途へと。
●
「もうちょっと効率のよい質問の仕方を教えておけばよかったですね」
名前と性別だけですか。馨はがくりと肩を落とす。
弥助との対話があまりうまくいかなかった理由は、仲介者――つなで――の会話能力が低すぎたのも原因だ。ちなみにやっぱりジャパン語に慣れていないキサラならば負ける前に逃げる、賢明だ。
「ごめんだよー」
「いいえ。今度は機会があったら手習いでもいっしょにしましょうか」
一方で惣右衛門はたきと対峙する。
赤目四十八瀧の風光明媚も三度となれば見慣れて――が、倦んだとは思っておらぬ。ギルドとの往復ですっかりまぎれたが、赤目四十八瀧は曼荼羅をなぞらえるだけあり、仏界に縁のふかい見所もおおいのだ。
そういうところでは塩辛みのほんのりまじる白湯すらまた御馳走。惣右衛門はたきのさしだす微温湯にありがたく舌鼓を打つ。
「お坊様には托鉢をさしあげなければいけないものなんでしょうけれどもねぇ」
「滅相もございません」
ちょろりちょろりと益体もつかぬ世間話が、たとえば伊賀の名物の組紐、絹糸をよってうつくしい飾り紐になる。滝口郷との交らいを、其の後どうするか。惣右衛門はたきから名代をあずかる。そうして、冒険者等は赤目四十八瀧を立つ。
●
弥助は当然、無罪をつのる。
「包みをしらべたろ。俺のもってたのは忍び刀、手裏剣ぐらいだったはずだ。どちらも傷口と一致しないのは自明だろ?」
藤林は重々しく顎を引く。現実に了承の印をおすかのように。
「貴殿の云うことにも一理ある。だが、滝口に侵入していたのは二人だ、連絡をとりあえば凶器ぐらい隠せるのではないか?」
「あんなとろい女が、んな小器用な手先をもってるわけねぇだろうが」
「とろい‥‥」
たしかにはしこいとは言い難いけれど、でも、高速詠唱ぐらいなら‥‥。とは、さすがに言い出せず、ステラはじぃっと貝になる。
舌鋒が矢のように飛び交う。雷電、座して、口を出せば激昂しそうだし、黙っていても居所をみつけられず。もともと大きくもない体をいくらか窮屈げに。佐祐李は正座の上側の背をぴしゃんと延ばす。
「‥‥まずは藤林様のお心のうちを察せなかったご不明をおわび申し上げます」
「そうそう読まれては、困る」
藤林の佐祐李にむけるめは優しい――藤林のために釈明しよう、彼はべつに女性だから贔屓したのではなく、佐祐李の礼儀を先んずる態度を気に入ったのだ。佐祐李は滔々抗弁する。
「冒険者は暗殺を請け負う機関ではありませんし、また冒険者は依頼以外では動きません」
「そうでもないだろう」
が、藤林は佐祐李の次の言にあてをはずれたような顔をみせた。
「妖怪退治だろうと悪人征伐だろうと、奇襲をしかけて誅すれば、りっぱな暗殺に他ならん。違ったか?」
佐祐李は言葉をつまらせる。
たしかに正々堂々の斬り合いのほうが、冒険者らにとっては少ない。依頼の成功に諸々努力を尽くす、ときにはたしかに卑怯もあって、それはむしろ称えられてもいいことだけれども。
「で、ですが、仲間は私含め皆この地が初めての様子。初めてのものに暗殺を許す伊賀でないはずです。自由に動けるのは地元の忍者のみ」
「それはそうだな‥‥。が、あの抜け道は身内のものですら知らぬものが多かったのだ。俺らの知らない魔法をつかって見つけたというのは考えられないか?」
「ないってそんなのーっ」
ステラはばたばたと腕を回して、できぬことを証すのは難しい。水鏡をつくっても歴とさせられぬこともある。
しかし、ステラのばたばたは、一段上のどたばた――闖入――に蹴り出される。
「断りは入れたぞ」
キサラ、たしかに連絡はした。が、返事を待たなかっただけだ。うん。
「なぁ、こんなのはどうだろう?」
キサラは手近な藁座をとりあげると、勝手に、ぱすん、と腰を下ろす。
「あんたが腹を切るっつーのは?」
「何?」
「話をきけって。百地のじいさんが死んだのはあんたにも責任があることだ、違うか? ここは思い切って、腹かっさばいて責任とったとこみせりゃいいんだ。で、坊主を雇って生き返らせてもらう」
「さすがは冒険者様、視点がちがう」
藤林の口元がしなった。
蘇生をおこなえる聖となると、京ぐらいの都会でもひとりやふたり、伊賀の国内にもそう多くはない。そして彼等とてそこまでのぼりつめるのに無償の奉仕のみを頼ってきたわけではなく、高額の布施を要求するのは、むしろ後身をはぐくむためで。
「私がこの二人を重ねて四つにすれば、懐はまったく痛みませんよ?」
「じゃあ、私が蘇生用の金子をだすといったら」
「そんな情けをかけられる理由はありません」
キサラは肩をすくめる。
あぁ云えばこう云うヤツだ。これが熊だったら、とっとと縊り殺してやるのを。
クロウと惣右衛門、それから馨はしずしずと上がり込む。クロウ、うぅ、と吐き出しかけた言葉がまったく枯れていた。
「け、けれど、」
ぜい、ぜい。
息切れ。
――水をわたす心優しい御仁はそこにはいなかったので、クロウはずいぶんと人を待たせる羽目になる。だって云うからにはきちんと胸を張りたい、咳き込みながらは断じて御免。
「なぁ。第一発見者のほうはどうなんだ?」
「共犯がいる以上、それもどうにかなることでしょう」
「だから、そんな器用な女じゃねぇって」
「‥‥えーと」
「まぁ、まぁ。皆様熱くなってはまとまる話もまとまりませんよ」
一方で惣右衛門は涼しい顔で、あんなに馴らしていない道を驢馬にふらふらと揺られて来て、べつに乗馬の心得もないのに、どうしてだろう?
「わたくしも一言いわせていただきとぅございます。密猟、あれはどう言い訳しても、いけませぬ。御身の身勝手で駆引に使われた半裂が憐れでしょう。筋云々を申されるならば、四十八瀧のヌシにひと言頂きたく存じますじゃ」
「言い訳など無益なことはせんよ。謝罪もな」
ふ、と、おちくぼむ。
誰も彼もが、無言になる。
――藤林の相貌にも疲労が濃いことを、佐祐李はみとめる。そして、知った。
彼も待っていたのだ、冒険者を信じられる瞬間を。が、疲労は失望にも似て――彼は冒険者をやはり信じ切れぬとみたようだ。
それは?
「‥‥どうして誰もこいつらの健康をたずねなかったのだ?」
嘆くような。
テレパシーで知ったというのは無意味で、藤林は「聞いていない」のだから。
――沈殿する沈黙を、「拘泥状態ですか」破ったのは千賀地で、
「‥‥藤林様。では、約束どおりにしましょう」
「おまえがあずかるのだな?」
「えぇ。京では私が、伊賀においては藤林様が。その代償として‥‥」
と、いうわけで弥助らはだしぬけに野へ放たれることになったわけだが。
弥助はしこりを感じずにはおられぬ。解放される代わりに監視がつく、というのは分かる。じゃ、代償は?
と、千賀地は、
「家族と土地を藤林様にさしだしました。藤林様なら無碍にはしないでしょうし、かえってよかったのかもしれません」
「な‥‥!」
「しかし、上忍としての地位までは失ったわけではない。京での家もありますし、そう心配することはありませんよ」
「千賀地様‥‥」
だが、こういう見方もある。千賀地はあくまでも冒険者をまもる立場をつらぬきとおし、領地と領民を見捨てたのだ、と。‥‥いずれの境遇にもおぼえのある佐祐李は苦しく、目を伏せる。彼女は――、
悪い予感がする。
つぼみのままで萎れゆく花をみるときのように。
●
これはきっと、まったくの、余談。
伊賀からの帰り道。
馨は子細を千賀地にたしかめる。たとえば百地の亡き総領のこと。あれはまったくの事故らしい、目撃者もいるからまちがいない。馨は脳裏の帳面をめくりながら、次なる問いを、
「下比奈地の甲斐という方をごぞんじですか?」
「おや、さすが伊庭様。耳聡いですね。左ですか?」
え?
と、馨は二眼をぱちくりとしばたかせた。どうしてその名をこの場で聞かされなければならないのか‥‥。
「甲斐は上野左の姉です。おかしな姉弟ですね」
ざ、と、彼等のすぐそばを春の渦巻き風がよぎる。
馨は思わず砂埃を避けるように体をはすにする。すると、碧い眼に野兎のような痩躯が映り込んだ気もしたが、まばたきのあとには、ただ丘、山、伊賀は戦禍からほど遠い平和にまどろんで。
神聖暦千一年の、四月、は。