山城国の溢れ者 【一】

■シリーズシナリオ


担当:紺一詠

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:03月19日〜03月24日

リプレイ公開日:2006年03月27日

●オープニング


 飴細工をひねるようにいとも造作なく、相手の半身をねじってやれば、空転する、一瞬は永劫に、簡潔は異様に、速度は動力に、上と下の連結する不思議の捏造。
 どう、と、乾坤が軋めき、堕ちるものはまたたくまに敗者と転ずる。背から土をかぶり、破鐘をひっぱたくような疼痛が盆の窪からきぃんとのぼった。
「おしまいやわ。ほな、賭け銭。きっちり耳そろえて置いてき」
 けだるく言い散らしたのは、勝者である、法衣の男性。それほど若くはない、四十を、おそらくは越えたばかりというところ。修験者めいた風付きではあるのだが、結袈裟はゆかりなくひっかけてあるだけだし、頭布ははなからどこにも付けておらず、唯一得物にも用いた錫杖がにぶく、暁闇のなかですらあかがねの光彩をうしなわないところが、信教のあかしなのかもしれず。
 ――‥‥野仕合だった。そして、賭け事でもある。たがいにあぶく銭をもちより争覇をめぐって、勝者が全取りという、まことに単調な絡繰りの。
 だが、法衣の男性はこの野仕合をはじめてから、ただの一度も、相手より先に顎を出したことがない。彼より悠々と春秋に富み、肉付きもしっかりした男盛りの青年たちが幾足も拳を抜いてきたにもかかわらず。そして、彼はそのことを当然、仏のみちびく道理とみなしている。成年男子一人が三ヶ月つつましく暮らしてゆくなら充分の金子をにぎったときも、眠れる豺狼のようにひたすら閑かで、眠れる豺狼のように目鼻を心許りくゆらせただけ。
「おぉ、今日もよう働いたなぁ。まじめなわしを、仏さんは見守ってくれてるってこっちゃ。ありがたい、南無南無」
「‥‥‥‥」
「なんや? まじめやないか、わし。お山を下りてこっち、ぐうたらした日あらへんやろ」
 どうやら、彼はひとりではないようで、待たせていた付き添いに寄り付き、手に入れたばかりの利潤をほとんどそっくり押し付ける。拝領したのはおなじく山伏姿の男性だが、これはもう幾らか年若く、身形のほうも火熨斗を入れたばかりのようにぴしりとして、くぐもっているのは烏がしゃがれたような口振りぐらい。相手方にしか通じぬ、か細く、濁った、蟻の行列みたいな言々句々、しかし云われた方はちっとも気にせずにいる。
「羽黒坊。それで今夜の熱燗もろてきてや。ヤニも切れとったわ、それも。釣り銭で、ぬしの好きなもん買うていいさかい」
 ――あぁ、そういえば、もうすっかり夕間暮れ。
 蒼冥の空合が金無垢を経て茜色へ、七色の帯は箱庭に閉じこめたいくらい美しいけれど、いつまでもそのままでいられるわけはなく、そろりそろりと鎌首を擡げる暗黒、けれどどこかにかわいげもある。
 神様たちの遊び場よりずぅっと風下の人世、京都と呼ばれる魔界都市にて、からからと、高下駄の音がふたつ越したり越されたりしながら行きすぎた。


 ちかごろ町の往来で、金銭をたねに野仕合をしかける行者が出没している。風紀の乱れにもつながることだから、検非違使や京都見廻組も取り締まろうとしているのだが、あと一歩のところで逃げられてばかりで、これといった首尾はあがっていない。
 目下、判明している事実は、彼が「太郎」と名告っていること、もうひとり山伏姿の青年を従えているらしいこと、ただし連れのほうはなんの手出しもせず離れたところから見守って――いや、見張ってだろうか? 彼が辻固めのようなふるまいをしているので、役人の牽制もほぼ肩透かしに尽きている。
 依頼は、彼等の正体・目的をさぐりだすこと。
 出没の所在は自由自在なので待ち伏せはしにくかろうが、なんせ派手に躍動する彼等のこと、市中での目撃証言にはことかかない。それらをていねいにたぐってゆけば、遠からず、なんらかのかたちで巡り合わせはまわってくるだろう。
 しかし、この依頼の最大の問題は――依頼の伝手、どこからどのようにしてギルドに依頼が舞い込んだのか、少しも分からないところにある。どうも役人筋ではないらしい。ではいったい何者が、それこそなんの目的で、彼等の按検をことずけていったのだろうか――‥‥?

●今回の参加者

 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3900 リラ・サファト(27歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5796 キサラ・ブレンファード(32歳・♀・ナイト・人間・エジプト)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1865 伊能 惣右衛門(67歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

藤野 羽月(ea0348)/ 高遠 弓弦(ea0822)/ 八幡 伊佐治(ea2614)/ 創磨 兼繁(ea9312

●リプレイ本文

●京都市内
「で、太郎にやぶれた負け犬というのは、貴様らか」
 そのとき酒飯屋は、ただ、ひゅぅっと、冷えた。
 やたらに足の速い冷却で、またたくまに店内を結晶にする、高低も大小もわけへだてなく――いや、まぬがれたものたちが、まったくおらぬわけでも、ない。
 日も高いうちから羽化登仙の心持ち――といっても甘酒なわけだが――ふわふわと、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)はさも愉快そうに事のなりゆきを見守り、伊能惣右衛門(eb1865)は年輪ゆたかな頬の笑い皺をまたいっそう深くして、ジークリンデ・ケリン(eb3225)は淑女の容貌を可憐な畏怖にくもらせる、は、しなかった。興味ぶかいお伽噺に出会ったときのように、いくぶん、ななめにかしげただけ。
 当人、キサラ・ブレンファード(ea5796)、は凍結の災難(むしろ人災、それもキサラが率先してひきおこした)にかまうことなく、対面の相手に念を押す。帯びる剣より切れ味のとがった言葉を、小石を打つように、
「耳も遠くなったか? 私は、貴様は負け犬か、と尋ねているのだ」
 四辺が刻一刻、殺伐とかわいてゆくのが、なぜだかものすごくおもしろく、クロウ、聞くものの胸のうちをくすぐる朗笑をたてる。
「よっしゃあ、やれぇ」
 耳の裏まで桜色をほんのりと浮かした、クロウ、擦りきりまで甘露をたたえる猪口を、目よりも高くかかげる。たいそうな嵩をすでに胃袋にしまったからか、或いは、クロウ、もともとそれほど酒分に堪え性のたりぬせいか、猪口はきわどくゆらゆら振れて、白露が空にばらけてちらばる、手箱から宝玉こぼすように。
「あー。もったいねぇ」
「クロウ殿、甘酒とはいえ呑みすぎですぞ。それにそう、キサラ殿を煽りたてるものではありません」
 惣右衛門のたしなめに、ジークリンデ、またいっそう首をはすかいに。銀灰の髪、風に吹かれる白い花畑のように、さらさら揺れる。
「そういう意味でしたの? 私はてっきり、クロウさんは、異国の女性に莫迦にされてぐうの音もでない、あちらのお方を鼓舞されているのかと思ったんですが‥‥」
 殺し、文句(←とどめをさしているという意味)。
 ――ツッコミ不在。
 穏健にいけば気のいい話し相手になったであろう丈夫が、ひとり、ふたり、ガタガタと、青白い陽炎めいた戦意をゆらめかせながら立ち上がるのを、キサラ、常態の鉄筋の表情に不健全を多くして迎える。ニタリ、と。

 転換、帳のめくれるような、

 事柄をたしかめるには、大きく分けて、二種の手蔓があるだろうということになった。
 ひとつはキサラたちがそうしたように(とてもそうはみえなくなっているが、いちおう)、野仕合を一度なりと受けたものたちから寸話を聞き覚えること、もうひとつは「太郎」たちを追うもの、見廻組からゆきさつを下聞きすること。
 物部義護(ea1966)、彼はただただ、考えあぐねる。
 志士の義護、心張り棒に手足を生やしたがごとく生真面目な義護、できれば「太郎」を追っている京都見廻組から仕儀を聞いてはみたかったが――あっけなく袖にされた、ちかごろますます京は物騒なにぎわい多くして、平織候絶命の折りには天変地異まであったそうな、そうそういかがわしい捜索に協力はえられない。が、もしなんらかのコネがあれば、なんとかなったのかもしれぬ。
 だから、八幡伊佐治をたよりに、他方から見廻組にちかづくことをかんがえたのだけれど――‥‥。
 はたして、問題はぜんぜんかたづいてはおらぬ。
「どうやって女郎屋におしかけろというのだ」
 なるほど、伊佐治の口伝で、彼等の集いそうな待合は知れた。さる女郎屋、が、義護、登楼の寸法につき、経験的にも知識的にもまったくあかるくはないし、いまさら誰かに教えを請いたいとも思わぬ。
 ――‥‥情報源の選択をまちがえたのだ、と悟るまで、時間はさほどかからなかった。せめて、どこぞのおいしい団子屋さんぐらいなら、彼とて、いますぐにでも揚揚と出掛けられたものを。
「あら。不敬をはたらかなければ、それでいいのではありませんか?」
 鷹神紫由莉(eb0524)、くす、と、麦藁色の片頬をかすかにあげる。義護の背筋は毛虫が貼りついたごとく、ぞわぞわする。べつに紫由莉が気味悪いわけではない、いや、たしかにそれには似ているが――青菜に塩の喩えもあり、だから、ただただ苦手なのだ。
 これなら毒刃に喉笛さらけだすほうが、よっぽどマシだというくらい。知ってか知らずか、紫由莉、絵に描いたような忍び笑いを、金泥に銀泥をかさねるようにくつくつ続ける。
「こちらのお店には、私がうかがいますわ。よろしいかしら?」
「‥‥そ、そうしていただけると、ありがたい」
 ちかごろ紫由莉の色艶には、みがきがかかった。空布でぬぐった漆器が黒光りを老いて栄えるような、老いてますます盛ん――とは、ちと異なるか。
「二十八歳はまだまだ花の盛りですわよ?」
 紫由莉、どこへともなくの註釈、ごもっとも、肝に銘じておりますとも。

「そりゃあ名告るだけなら自由ですし、侍や志士のように、家柄までかっちり統制されているわけではありませんから」
 リラ・サファト(ea3900)の、「僧侶ではないものが『坊』や『僧』」といった号をなのるはありますか?」との質問に返ってきたのは肯定の返事。
 この場合「僧侶」の定義を「白・黒どちらかの神聖魔法を修めたもの」とする(要するに、広義の意で「僧兵」もふくむ)。が、信仰の発露はなにも、魔法の獲得にだけあらわれるものでもない。無念ながら神聖魔法を獲得できなかったものでも、信心の劣る証憑とはなりえない(魔法を一度おさめたものがつかえなくなったら、それはたしかに不信心のあらわれでしかなかろうが)。
 ――‥‥行者に関して、なかなか興味深い懇話もきかされる。
 たとえば、忍びの七方出――忍びの主要な変装七態をさすが、これにも修験者はふくまれる――これなどは僧侶でないものが僧を自称する分かりやすい例だろうし(「変装」なのだからあたりまえだが)、わりと稀な事態ではあるが、オーラ魔法使いがそうなることもある。
「天狗に仏道を仕込まれて、錬気にめざめるものも、わずかではありますが存すると聞き及びます。むろん、そんなにはおらぬでしょうが――だいいち天狗になぞ、そうそう出くわすものでもありません」
 高遠弓弦に連れられて洛内の仏刹をめぐるのは、それが任務の一環であろうと腹を据えてはみても、心が晴れた。
 おおよその寺院というのは、花鳥や木石をたいせつにするから、それらのでっぷりかまえるのを見やるのはたのしかった。春の彼岸もそろそろ、あける。くわえて、清澄な世尊、いかめしい仏閣、鐘突きの鏗々、京においてはどれもめずらしいものではなかったが――‥‥。
 藤野羽月も、いたから。
 ――‥‥これはさすがに、お寺でそう、はっきりとはいえない。なんだか己がとても浅ましく思えて、リラ、桃色にまどうおもざしをそっとうつむけた。すべらせる横目に、中庭。気の早い蒲公英の、こうべを几帳面にふる綿毛が、こちらに挨拶しているようで、なんとなはなしに嬉しくなる。
 リラは、嬉しい。嬉しいとき、彼女はきちんと、ほころぶ。それを、羽月が、みとめぬわけはなかったのだけども。
「太郎‥‥というのはめずらしくない名ですからね。ちょっとそれだけでは、確たることは申せませんが」
 太郎という名の御坊に記憶はないか、との問いにはこれ、といえるものはないけれど、と念を押されたあと、
「ですが、京で太郎といえば‥‥」

●京都市内・その2
「こういうときって‥‥迎え酒したほうがいい?」
 クロウ、のみを頭蓋にさしこまれたような痛みをしのびながら、キサラが聞き尽くした(他にも、した。いろいろと、した)ことを参考に、京洛の縮図へしるしをようよう付けてゆく。
 彼等の出現に傾向は、あるような、ないような、だ。ここ、と一点に集中するのはできなかったけれど、きっとあちらもそうしてはいないのだろう、碁盤割りの京洛の通りの三本から五本をえりぬくぐらいまでには絞れた。この人数では物足りぬ感もあったが、キサラ、べつにだいじょうぶだろう、と、やにあっけらかん。
「しらみつぶしにねりあるけば、喧嘩のひとつやふたつとちゅうで買っておけば、なに、そう遠くないうちなんとかなるだろう」
「やめようぜ。俺、もうこれ以上、頭がいたくなりたくねぇや」
「クロウさん、まだ酒気がのこっているようですわ」
 ジークリンデ、気品高いおもざしを、ふと、なよやかにたわませると――不思議なことに、いたいけさの幾分やどるジークリンデに、紫由莉とはまたずれたふうな、色がほのかに浮く。あるいは一つ目の目隠しのなせる神秘といったところか。
 それをまなこに入れた途端、クロウの脳漿もしゃっきりしてくる。彼も義護と共通の病をかかえていた。というより、もうすこしわずらいの程度が、明確ではある。義護はそれの予兆がダメだったが、クロウ、それをかかえる女性からしてダメであったので。
 一度、ジークリンデは、野仕合があったという実地へ出向いた。仕合というからには広角な立地を、あにはからんや、往来の裏っがわの狭いところ、こんなところで棒剣ひけらかすのはすこぶるたいへんであろうというのに、過去見のみせる幻像のなかで、ちゃんばらの片われ性はまるで生き生きとしていた。それを見る若者の、影というにはすこやかな余韻は、少々気になる。
「こんな方ですが、惣右衛門さん、どうでしょう?」
 キサラや紫由莉も人づてに人相をきいてはいるが、なかだちは少ないほうが、情報の信用も高まる、惣右衛門は小さい瞳をいったんはふさいで、思慮深く、ジークリンデの言語へいちいちうなずいていたが、
「おはなしだけでは、なんともいえませんが‥‥。別人ではないような気がいたします」
 といっても、推察や憶測をならべたてても腹はみたないから、ぞろぞろと、クロウのみちびいた方角へ出掛けてみるけれど――‥‥。

 ひとりだけそうしなかったのが、紫由莉だ。彼女は金房の実家――工房をおとずれていた。
「その後、ご連絡はございましたか?」
 返答は、はっきりしない。が、思いがけぬ収穫もあった。彼女、京においてははなはだ珍しいことだが、現状の黄泉人に関して――天狗の遣いから聴かされたのだろう、わりと正確な伝聞をもっていたのである。
 黄泉人はけして、個々の単位からして、底抜けではない。だからこそ、あんなにも大和の争乱は長引いた。総大将である黄泉大神がついに屠られたとはいえ、残党の油断のならぬのは道理であったが‥‥どうも、それだけで事はすまないような‥‥なにやらまたも総体の制御がなんとはなしではあるけれど整ってきたような。
 だからそうそう、金房の按配にも変化はないのだ――というようなことを聴かされた。
「京からそうたやすく、死のにおいははらえない‥‥ということですか」
 紫由莉は深く、えぐるように、なくすように、深く、吐息を。クロウや義護が見ていたら、そそけだったにちがいない――波打つ黒髪のまにまの青い瞳は、深海をもおよばぬ隈を、ひととき浮かび上がらせる、が、それは紫由莉の徒花をほろろと匂い立たせるのにも、一役買う。

 キサラ、拳を撃つ。蹴りで撥ね付ける。合わせて四本の器官を、入れ替わりでなく一斉に、羽ばたき、散らし、乱れ、食い入る。優艶も華麗もほどとおく、とぎすまされた野生の牙がごとく、愚直なほど、キサラは全身を得物として行使する。
「ねえちゃん、やるなぁ」
「そっちこそ」
 ――‥‥キサラにだまって見ていろ、というほうが、そもそもムリだったのだろう。
 めあてらしき行者が人待ちなのか、所在なくたたずむのを、私がその待ち人だ、とばかり、すぐさま躍りかかっていった彼女。止める間もあらばこそ。隣人同士の対話がごとく、じつに心から愉しんで、
「命中率あげんのはええけど、一撃一撃が、ぜんぜん力こもってへんやん。そんなん、蟻にかじられたのより頼りないで」
「そっちがその棒っきれ落とせばいいだろう! 丸腰の女性あいてに卑怯だろ」
「そりゃ、そっちの都合やん」
「‥‥そうか、キサラもオンナだったんだな」
 とは、クロウが歓声のなかでこっそりと言い種、いくぶん聴覚にすぐれる義護がなんとか聞きつけたが、ひそかに・かつ・おおいに同感だったので、箝口をつらぬく。
 キサラの得手は、熱砂の地では皆がはおらざるをえない外套をいかした、惑乱の打擲だ。見えぬ筋に最速をからませる拳は、著するべき迷盲もなく、肉だか骨だかをさらうはずであった。
 が、それに近似する技能を相手方が突き出したとき、さすがのキサラも舌を巻く。軌線をのこしながら、躱しはしたものの、
「自分のでけることぐらい、見抜けるで!」
 行者の、矢の射撃ともあざむく、正確無比の一点打ちは、キサラの首をとらえる。キサラは綱でしょっぴかれるがごとく、ぐるぐると地を巡り、リラの見下ろすところでついに縫われる。
「‥‥ん、」
「おかげんはどうです? もうお止めになったほうが、よろしいのでは?」
「もうすこし、やれると思ったんだけどなぁ」
 さすがにもういちど連なろうとする気力のあるものはおらず、ぽけっと間の抜けた静寂へ、ぽん、とこぼれるどよめき、ぽん、ぽん――ぱちぱちとあらわすには、もっとずっと、まろやかだった――と、拍手がどよめいて。
「いやぁ、おみごとですなぁ」
 のほほん、と、場をひたした穏やかな声音は、惣右衛門。
 井戸から汲みだしたばかりの水よりしんと、そこを、おちつかせる。
「黒の教えに近い行者故、仕合にて天の後継者を探されておるやもしれませぬ、と思いましたが。そうではないのでしょう?」
「だよなぁ。キサラがテンだかメンだかの後継者になるとは思えねぇもん」
 ‥‥クロウはもうすこし、ひかえる、ということをおぼえたほうがいい。
 軽傷者にぼこにされる、という、ありがちな体験にひきずられるクロウを背景に、惣右衛門はとつとつと会話をすすめた。
「わたくしたちは、冒険者ギルドより依頼をうけたまわりまして、あながたを捜しておりました。‥‥ですが、わたくしはこうも思うのです」
「あ」
 と、数人、つまりそこにいる冒険者の数と一致の分、調子っぱずれの合点。
 惣右衛門の機嫌気褄は、春の爛爛、とてもよかった。邂逅は、釈尊のあたえうる最大の慈愛のひとつであることを、よくよく承知していたので。
「そして、もしやあなたさまは――」
 惣右衛門の寸前の彼は、に、と目と口をゆがめ、名前を口にする。
 それはリラの聴きだした屋号と一致した――‥‥
「よぉきづいたな。せや。わしが人手つこうて、ギルドに迫ったんや。そんでわしは愛宕山の天狗の、栄術太郎。愛宕山太郎坊のが、通りがええか?」