さるすべりの咲く頃

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月21日〜07月26日

リプレイ公開日:2008年07月29日

●オープニング

 綺麗に掃き清められた道。
 その道は、小さな寺へと向かう道だった。もう少し行けば、鳥居が見え、社へ続く石畳の短い階段が見えるだろう。
 その道には、鳥居の前に、門のようにさるすべりの花が咲いていた。
 背の高い木の花だ。
 下の方の枝は丁寧に打ち払い、上の方からまるで枝垂れるように、韓紅から、赤紫へと咲き散るその花弁は、小さく、ちぢれ咲く。
 花弁が、道へと、落ちるように散る。
 鮮やかな紅い色が、乾いた土の上に、無数の色を散らす。
 毎朝、その朱の小さな花を掃き清めるのは、小坊主の仕事だ。
 身体ほどある大きな竹箒を持ち、ざっ、ざっと、掃いて行く。さるすべりの寺。そんな風に呼ばれている。寺の名の由来であるさるすべり。枝を打ち、手入れされているそのさるすべりの幹はつるつるとした手触りで、小坊主は毎朝の掃除のついでに、つるりとした感触を楽しんで寺に戻る。それが、毎日の日課である。
「あ‥‥」
 小坊主は、明るくなりはじめた山道を下り、百日紅の見える場所まで来た。
 その時、青い空を染めるかのようなさるすべりの花が眼下に見える風景をも楽しみにしている。
 だが、この日は勝手が違った。
 その紅い花の中に、得体の知れないモノが居た。毛むくじゃらで、大きな。あれは、猿? と、小坊主が気を取られた瞬間、獣臭い匂いが漂った。猿は一匹では無かったのか?
 小坊主の悲鳴が聞こえる。
 寺の住職と、他の小坊主達が何事かと飛んでくれば、竹箒は投げ出され、小坊主の草履が片方、石畳の階段に落ちており、小坊主の姿は無かった。血の匂いがしないのが幸いだが、尋常な事では無い。
 住職が山道へと目をやれば、ゆさりと、さるすべりの木を揺らして金色かと見紛う程の鮮やかな色した毛並みの猿が、住職を見た。目が合った‥‥ような気もする。
 瞬きをする間に、その猿はさるすべりの木から降り、山の中へと入っていった。
「和尚様、リョウサンはどうなりますかっ?!」
「急ぎ、ギルドへ使いをやろう‥‥このままにはせぬから、心配するでない。それよりお前達。荷物を纏めて隣村の寺へとお行き? 手紙を書いてやるから」
「和尚様は?」
「私はリョウサンが戻って来るかもしれないから寺に居るよ」
 では、私も。私もと、口々に言う小坊主達に言い聞かせ、和尚は無理やり隣村の寺へと送るのだった。

 ──あの猿は、見た事がある。

 和尚は、広い本堂に座り、考えていた。
 小さな頃。やはり、自分が小坊主の頃に、同じような事があったはずだ。
 思い出そうとするのだが、思い出せず、胸が痛い。

 何があったのか。

 何が。


「山の中へ、小坊主さんが、大きめで、毛先が僅かに金色の猿に捕まったのか、そうでないのか、わからない。とにかく、生死を確かめて、生存しているのなら、保護して下さい」
 冒険者ギルドの受付が、猿の人攫いですか、怖いですねと、呟き、お猿退治はしなくて良いのかなと呟きながら、依頼書を張り出した。


 その山は、岩場の多い山だった。
 岩場には無数の風穴があり、洞窟の数も半端無くあった。
 細い滝が、高い場所から、糸のように、幾筋も流れて、小さな淵を作り、細い沢となって蛇行し、麓へと流れて行く。
 冷たい。
 こぞうは、ぽたりと落ちる水滴で目を覚ました。真っ暗な洞窟の中、風は良く通り、気持ちは良い。目が慣れてくると、すぐ足元に小さな水の流れがある。小川といっても良いかもしれない。これで、乾く事も無さそうだ。
「これは、でも、困った」
 もぞり。
 何かが動いた。
「!」
 金色に光る目。獣の匂い。気を失う前に、さるすべりの木の上で見た猿だ。
 猿は、何をするでもなく、小坊主を見ていた。逃走しなければ、何をするつもりも無いのかもしれない。
(「和尚さんや皆、心配してるだろうなあ」)
 意外と物事の割り切りの早い小坊主は、状況を確認すると、小さく溜息を吐いた。ぐうとお腹も鳴る。小川へ近寄り、水を飲む。冷たくて美味しい水だった。
 ふと、思いつき、小坊主は片方になってしまっている草履を、こっそり小川に流した。早い流れは、みるみるうちに草履は小川に飲まれ、暗い奥へと消えて行った。
「きゃっ!」
 どさりと何かが近くに落ちた。良い香りだ。
「葡萄?」
 食べろというのか。
「待遇良いなあ」
 何がしたいのかなと、小坊主は思いつつ、とりあえず、葡萄を食べる事にした。

 ──細い滝の中腹から、草履がひとつ、小さな滝壺へと流れ出て、くるくると舞って、沢へと向かっていった。沢のどこかにひっかかるか、そのまま流れていくのか、それは‥‥わからない。

●今回の参加者

 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb3867 アシュレイ・カーティス(37歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

フォルナリーナ・シャナイア(eb4462

●リプレイ本文

●紅い花、縮れて舞い落ちた道と記憶
 まるで寺へと行くのを防ぐ境界線のように、道を遮る紅い花。ルンルン・フレール(eb5885)は、良く手入れされたさるすべりの木を触ってみる。次々と新しい表皮が現れるさるすべりの幹は、まるで作り物のようにつるりとしている。剪定した箇所が、大きな瘤のようになって残ってはいるが、かなり上手な剪定の仕方だ。見上げるような大きさのそのさるすべりの木に、猿の痕跡が無いかどうか、丁寧に調べる。
「何の為に連れ去ったのかわからないけど‥‥」
 お猿さんのお夕飯になっちゃったら大変だものと、呟く。ルンルンに従うのは、忍犬Hi-ビスカス。残っていた草履の臭いから、小坊主の場所を探索しに向かう。
 それにしてもと、ルンルンは首を傾げる。
「‥‥不思議です、さるすべりなのにどうしてお猿さん、滑って落っこちなかったのかな?」
「『木の肌が滑らで、猿も滑る』から『猿滑』、か。そんな木を器用に上り下りできる猿ということだな」
 ゆったりとした動きで、アシュレイ・カーティス(eb3867)もさるすべりの木に近付く。乾いた道に散る紅く小さな花を一片拾う。
 確かに、通常の猿なら嫌うかもしれないが、登る気なら登れるだろう。それが、得体の知れない猿なら尚の事。
「金色の毛先の猿‥‥」
 鮮やかな花弁をくるりと指先で弄ぶと、アシュレイは山へと目をやる。夏山は生き生きとする緑でむせ返るかのようだ。蔓草は伸び、昨日と今日では、見るものが見れば山の景色は一変しているだろう。
 電気のような光りを放つ丸い大人の拳ほどの燐光が、アシュレイの周りをゆらりと飛ぶ。その燐光をレアティーズと呼ぶ。万が一暗い場所で松明の変わりになればと、連れてきた光りの子だ。幸い、まだ陽は高いが、山に分け入る事になるのならば、どんな場所に行くのかはわからない。

 寺から下る階段の途中、小坊主の草履が落ちていた場所で、宿奈芳純(eb5475)は魔法を使う。過去視だ。淡く白銀を纏ったかのような芳純が見たものは。

 猿だ。

 小坊主が立ち止まる。

 猿を見る。

 別の猿が近寄る。

 小坊主が気がつく前に猿が抱えて。

 草履が落ちた。

 小さく一息吐くと、芳純は仲間達へと見た事実を伝える。
 猿は一体では無いと。

●住職
「さるすべりの木に猿の魔物とはね〜。魔物は猿とは違うということかね〜」
 その、豊富な知識から、トマス・ウェスト(ea8714)は、さるすべりの木に現れた猿を特定しようとした。だが、あまりにも情報量が足らないようである。
 顎に手をあて、軽く首を捻りながら、トマスはしょうがないと呟く。
「まあ、聞いただけではコレとは決め付けられないがね〜」
 その猿が、通常に現れる猿ならば、次第にあきらかになるだろうが、特異な個体であるならば、その存在と能力は容易にはわからないだろうという思いもあるのだ。
 夏には夏の薬草がある。探索場所が山腹となれば、ついでというものだろうと、自身で足らなくなった薬草の採取を道々にこなす。
 芳純が見た方向に、そのまま向きを変えずに逃走しているかどうかはわからないが、手掛かりのひとつも見つけようかと、薬草採取をしつつ、茂みの中を覗き込む。
 芳純は、猿が小坊主を連れて逃げたという山全体を見渡せる場所‥‥寺の鐘付き台で視力が格段に上がる魔法を使う。さらに、熱源を探査する魔法をかける。
 脳裏にあるのは、過去見で確認した大きな猿の姿だ。人の倍もある大きさの猿だ。熱源としては十分だろうと。

 時は少し遡る。寺に辿り着くと、冒険者達は住職に質問を始めていた。
 じんわりと、芳純の言葉が住職に添う。
「過去にも似た様な事がございませんでしたか?」
「‥‥過去‥‥」
 住職は、深い皺を口元に刻み、ううむと唸る。
「依頼書だと小坊主の救出だけだったけど猿はそのままでいいのか?」 
 あのさ。と、日向大輝(ea3597)が住職に尋ねる。
 普通は、害を成すものは、討伐依頼として届出がだされる。
「退治しておいて欲しいけど、忘れただけなのかはっきりしていないと、斬っちゃう場合もありえるからさ」
 住職に動揺が走るのを、大輝は見て取る。
「何か、気にかかることがおありか? 例えば、過去に子供が攫われた事があったとか」
 アシュレイが青い双眸を住職に向けると、住職は困惑する。
「どうして、小坊主さんが攫われたのかなあ。住職さんは、理由とか心当たりとかは?」
 白井鈴(ea4026)が、碧の大きな瞳で覗き込む。
「リョウサンさんは、どんな小坊主さんでした? 特長とか、性格とか」
 ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)は、猿退治はするつもりは無い。襲われたらしょうがないとは思うのだが、教われなかったら、そのままで良いんじゃないかと思うのだ。
 攫われたとみられる小坊主は、ちょうどジェシュファと同じぐらいの背格好で、妙に達観している、子供らしくない子供で、けれども、坊主となるのならば、とても素質のある子だと言う。
「感情を荒立てないですし、公平な判断基準をもっておりますし、だからといって、冷たくは無く、下の小坊主の面倒見も良く、上には礼を尽くし、本当に、出来た小坊主で‥‥」
 このご時世、両親を早くに亡くす子は多く、小坊主も戦乱でひとりになり、親戚のつてを頼って、此処へとやって来たのだという。
「山の地理を聞いても良いかしら?」
 まずは、小坊主を見つけ出さないと、話は進まない。セピア・オーレリィ(eb3797)は、住職の葛藤はひとまず置いておき、山中を早く捜索に出るつもりだった。
 ただ、セピアも、何か妙な感じは受けている。
 大雑把に、山中の特徴を言い始める住職にブレは無い。
 だが、仲間達が聞く、似たような過去という話題には、酷く動揺するようである。
「攫った相手が獣だとして、水なんかを飲みに下りてきてるかも‥‥」
 探索向きでは無いとは自身で思ってはいるが、それでも役に立つ事はあるだろうと、優雅な身のこなしで立ち上がる。草履が落ちるほど、乱暴に連れて行かれたのだとしたら、探索は早いほうが良い。
 忍犬三頭と、芳純の魔法探索で当たりがつけられないようなら、川沿いを登って行くのも一つの手かと、頷く。
「洞窟とかは無いの?」
「ありません」
「じゃあ、雨露をしのげるところってあるのかな?」
「大樹の影ぐらいですか‥‥深い山ですが、この辺りには目だった洞窟も、亀裂も無いんですよ」
 では、猿は小坊主を連れて、何所に隠れているんだろうと、大輝は首を傾げる。
 山中で目立つ目印は、細い滝が幾筋も崖の中腹や上から落ちてくる、岩場で、その落ちた水は細い沢となり、川となって、下ってくるのだという。
「ああ、そういえば、その水場に水を飲みに来る動物を、狩ってはいけないのだという言い伝えがありました」
「何故です?」
「寺の所有している山だから‥‥という事もあるのだと思いますが、詳しくは‥‥。それで、猿の退治依頼を出さなかった‥‥のだと思います‥‥」
 忘れていましたと、呟く住職だったが、どうにも違和感がある。
 本当に、それだけで猿退治を申し出なかったのか。
「早く探索しないと、匂いが消えちゃうよ?」
 鈴は、こくりと頷く。
 足元には、鈴よりも大きな忍犬龍丸と、獅子丸が控えている。
 猿がただ攫っていったのならば、その匂い、痕跡は残っているだろう。だが、もし攫う方法に魔法が使われていたら。
 匂いも痕跡も、残っているとは限らない。早ければ早い方が良い。

●飛沫飛ぶ渓流と細き滝の崖
 ルンルンは、巻物を開く。
 金色のお猿さんを見ていないかと、問えば。見たと。だが、残念ながら居場所やこの場所を通ったかと言う質問では無かった為、存在を確認しただけで終わってしまう。
 山全体を透視する気だった芳純だが、何所から何所までが、ひとつの山と言う、概念が無い。地面は連なっているからだ。遠くの山も、山である。
 だが、熱源はひとつ発見する事が出来た。
 過去視で確認した猿は二体。
 うち、一体と小坊主の熱源がわからない。

 ある地点から、匂いが消えてしまっていた。
 猿は木の上を移動する。
 少し森へ入った後、木に登ったのだろう、忍犬三匹は、その木の上をじっと見る。
 そんな時に、芳純からの岩場という声が届く。

 川沿いに集まってきた仲間達は、滝へと到達する。
「あれ?」
「草履ね‥‥」
 水場に注意していた大輝とセピアが、最初にひっかかっている片方の草履を見つけた。
「ふむ、着物は流れてないようだね〜」
 という事は、無事だろうと、トマスは頷いた。
「あれっ?」
 ルンルンが首を傾げる。呼吸の魔法を使ったのだ。
 大きな呼吸、人の呼吸ほどのものは、仲間達のものと、滝の上。そして、岩の真ん中あたりに、少し小さな呼吸と、大きな呼吸が感じられたのだ。
「あそこ、調べないといけないみたいですがっ?!」
 滝の岩場の上に、のそりと、金色の毛を持つ大きな猿が現れた。
 セピアは息を呑んだ。金色の猿、見たいものだと思っていた。小坊主を攫ったのは、別の何かかと思ってもいたら、もう一体の猿が居るという。堂々とした姿に、本当に猿なのだろうかとも思う。
 巻物を開き、敵意の無いのをジョシュアが確認する。
『戦うつもりはありません』
『陰陽師の宿奈芳純と申します。よろしければそちらの小坊主を攫った理由をお聞かせ願えないでしょうか』
『何か事情があるのかな?』
 テレパシーを使うジョシュアと、芳純、ルンルンが語りかけると、金色の猿は、軽く身体を揺すると、『来い』と、良い、背中を向けた。
 何時でも戦闘に入れるようにと身構えていた仲間達に、猿の言葉は伝えられて。
 洞窟も亀裂も無いと言っていた滝の上に、大きな亀裂が開いていた。
 そして、小坊主が手を振っているのが見えたのだった。