さるすべりの散る頃
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■シリーズシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月27日〜09月01日
リプレイ公開日:2008年09月06日
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●オープニング
先日、お寺から小坊主が攫われる事件が起きた。
犯人は金色の猿らしいというので、江戸の冒険者ギルドに小坊主の捜索依頼が出された。
無事に小坊主は発見されたのだが。
寺の近隣の村では、大騒ぎになっていた。
小坊主を攫う、猿が出たのに、満足な対策が取られていない。小坊主が見つかったが、まだ猿は居るのだ。猿退治の依頼は、出していないなどとは何事かと。
攫われた小坊主は、身寄りの無い小坊主だった。それを不幸中の幸いという者がいて、では今度は己の身内が攫われたら。
万が一の事があったなら。
寺のある山を取り巻く、八つの村の村長が、連名で猿の出た山を、山狩りすると云いだした。及び、猿の討伐依頼を江戸のギルドに出した。
そして、それは、さるすべりのある寺の和尚にも告げられたのだった。
「危険かもしれないから、殺す‥‥駄目です‥‥そんな事をしては‥‥」
「人を攫う猿が危険でない訳がないじゃないか。こちらに、万が一の事があってからでは遅いのですよ? 寺の者だけでは無く、村へ下りてこられたら、わたしらは、どうやって身を守るのですか?」
「そう‥‥ですが‥‥でも、何も無かった‥‥んですよ?」
「和尚様とわたしらでは、物の見方が違うようですな。とにかく、依頼は出しました。それだけ、知っておいて下さい」
ほとほと困った顔をして、八つの村の村長達は、寺を後にした。
ざあ。と、風がさるすべりの紅い花を舞い上げて、彼等を見送った。
「すっげー自分勝手」
「私の父さま、恥ずかしい事してくれました」
「普段は、和尚様、和尚様って、持ち上げておいて、和尚様の意思や、私達の意見は無視です」
「ねえねえ、猿って、どんなんだったの?」
無事、リョウサンが戻って来たという報で戻って来ていた、さるすべりの木の寺の小坊主達は、八つの村の大人達のやりようが気に入らなかった。
退治が終るまで、また、隣村の寺へと避難させようとするのは、断固拒否したのだが。
「何か、頭が良さそうだったよ。何がしたいというのはわからなかったけど、あのまま、あの洞窟に居たら、何かわかったのかもしれません」
リョウサンは、首を傾げる。
餌になるのなら、とっくに食べられていたはずであり、冒険者さん達を案内して、戦闘も無かった。
「あの洞窟‥‥何かあるのかなあ」
「行きましょう」
「そうだな、探索。良いな」
「でも、和尚様に迷惑がかかるよ。今度の事で、あの仕打ちだよ?」
「一枚かませてもらいましょう」
「うん。って、ええええっ!!」
本堂の裏でこそこそしていた小坊主達は、和尚さんがにこにこと立っている姿を見て、一斉に、軽く引いた。しかし、笑顔で手招きされて。
「同じ仕事に、対抗依頼は、まずいような気がするんですよ」
ええ本当にと、首を捻りながら、でも、偶然同じ場所の依頼なら、ありですかねえと。戦争なら、敵味方冒険者も仕方無いが、村と寺は対立している訳でも無い。海千山千の冒険者ギルドの受付が、裏も表も無いような笑顔で、依頼を受けた。
洞窟の探索。及び、猿の真意を探る事。出来れば、猿に山を立ち去ってもらう事。
洞窟の奥には、ぽっかりと岩場が周りを囲む、吹き抜けた場所があった。小川が、洞窟へと流れ込んでいる。
綺麗な小石が敷き詰められたかのような場所。緑が、岩場から生え、生き生きとした色を空へと向ける。
「さて、どう出るかのう」
三体の猿へと語りかける、小さな姿があった。
一方、寺と正反対の山側のふたつの村は、生きた心地がしなかった。
山を囲んで生活する八つの村は、山の木を切る約定を決めていた。しかし、約定よりも、大きな山の木を切り出し、勝手に売って、財を成していたのだ。年輪を重ねた木は、高く売れる。
もうひとつ、別の村は、小鹿を狩っていた。角の跡の無い、白い斑点模様のある小鹿の皮は、高く売れる。水場に集まる動物は狩ってはならない決まりだ。だが、目先の欲に目がくらんだ。腕の良い猟師を雇い、こっそりと罠で小鹿を捕まえていたのだった。
そして、もうひとつの別の村近辺の山菜は、酷い有様だった。山の恵みとして、根こそぎ採るのでは無く、僅かに残しておけば、そこから、また群生するのだ。しかし、小さな芽まで摘みまくり、蕨も薇も、来年は生えないだろう。
どれも、一部、心無い村人の行動であり、村人全てが悪いわけでは無い。
──しかし。
●リプレイ本文
●和尚の記憶
はらはらと、散るほどのさるすべりの花が、今は、僅かに吹く風で、ざあと散る。
舞い落ちる花弁は、赤く。
熱気の冷めた夏の名残りを落としているかのようだ。
「美しいな」
山の上には、濃くなった緑の中に、僅かに見え隠れする寺の屋根。この国の和の風景も、味がある。
風に乱れる金の髪を何故つけて、アシュレイ・カーティス(eb3867)は、嬉しげに目を細める。
「和尚は今回は語ってくれるだろうか‥‥」
本堂脇の和室で、和尚とリョウサン、そして冒険者達は顔を会わせていた。
「話に聞く限りじゃ、悪いのは人間だよね。慣れ親しんだ土地を捨ててどこかに移って貰うって言うのは難しいんじゃないかなぁ? 何か、覚え間違いとか、言い渋っている事があるのなら、教えて欲しいんだけど」
小首を傾げ、ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が、いきなり切り出した。
リョウサンを助け出したは良いが、大きな金色の毛並みの猿が山に二体居るのを確認しただけ。洞窟については、和尚は知らないと前は言った。でも、何だか返答がおかしいのは、普通に話していても見て取れた。
ジェシュファにしてみれば、それだったら聞くしかないよと思ったのだ。
あまりにも直球に投げられた言葉に、ユウアン和尚は苦笑する。
「お猿さん悪者じゃないですよね?!」
すぐに、リョウサンを解放してくれたし、感がピピッと来てるんです。と、ルンルン・フレール(eb5885)は神妙な顔をする。
「そうですね、猿に関しては、私もそう思いますよ。でも、おおっぴらになってしまったんです。猿が山に居るという事が。猿に悪意は無いのは、私共は承知しています」
けれども、何も事情を知らない普通の人なら、怖いと思うだろう。そこに居る。それだけで。今度攫われるのは、小坊主では無く、自分たちの子供かもしれない。それがまだ年端の行かない子だったら。それが赤ん坊だったら。一度恐怖に駆られる人の感情は、中々歯止めが効かないものだと。
「返す言葉も無いわね」
軽く肩をすくめるのは、セピア・オーレリィ(eb3797)。けれども、どう考えても、あの時の状態は、攫うというより、手荒いご招待のような気がすると、呟くと、和尚はにこりと笑った。
「小坊主さんを拐われたけど、それでも猿を助けたいって思うのは何故かな? リョウサンくんに危害は加えられなかったから、無駄な殺生はしたくない‥‥っていうのもあると思うけど。その理由だけじゃ、村の人たちとトラブルになる危険を冒してまで、わざわざ対抗依頼は出さないよね?」
どうも何かを含んだ笑い方をする和尚に向かい、出来れば、本心も教えて欲しいなあと、大泰司慈海(ec3613)も負けずに笑顔を向ける。なるほど猿は不憫だが、よほどの博愛主義者でなければ、村人と争う矛盾を起こしてまで救おうとはするまい。
「相手はリョウサンさんを通じて何かを私達に伝える存念と思われますので何卒よろしくお願いいたします」
窺うばかりでは、何も出て来ない。これは、推測に過ぎない。
そう思いつつ、宿奈芳純(eb5475)も、和尚に尋ねる。和尚は、芳純にも、深く頷いた。楽しげに眇められた目は、前回の歯切れの悪い返答をする和尚とは別人のようだなとアシュレイは思う。
「何か、期する事があるのかな?」
和尚は照れくさそうに笑う。
「昔、同じような事があったような気がするんです。攫われたのは私だと思うのです。記憶が曖昧で、思い出そうとするのですが‥‥」
「なるほど。リョウサンが連れて行かれたのは、偶然では無さそうだね」
アシュレイが和尚を見れば、攫われたのは、自分だったような記憶は思い出したのだが、他がまったく浮かんでこないのだという。小さな頃の記憶は、只でさえ薄れていくものだ。どんなに思い出そうとしても、思い出せない記憶は誰にでもある。
すると、と、トマス・ウェスト(ea8714)は顎に手を当てて首を捻る。
記憶が曖昧ならば、滝の上にある亀裂に関する記憶も無いのだろうかと。
「我が輩たちは確かに見たね〜。だがユウアン君は無かったと言うね〜。実のところはどうなのだね〜?」
「無かった‥‥」
すみませんと、額に手をやる。思い出せないのだろう。
「今回はお猿さんたちが害がないってことがわかればいいんだよね」
ううんと、小首を傾げるのは、白井鈴(ea4026)。あまりにも、不確定要素が多過ぎる。
「あれから何か変わったこととか無かったかなあ」
寺の周辺では何もと、溜息を吐く和尚を見て、だったら、少し山を捜索しても良いかもしれないと鈴は思った。
●リョウサンと共に
リョウサンを連れて行く許可は簡単に降りた。
山の地理を和尚から聞きだした芳純は、前回はまったく探索の範疇外だった、村の配置に気が付いた。
寺を中心に、問題の八つの村が、綺麗な円を描くように存在していたのだ。方角も、東西南北と、その間に四村。どんないわれがあるのかは調べないとわからないが、あまりにも出来過ぎていた。
過去の記憶が劇的に表に表れる事は無かったが、ひとつの手掛かりは得た。
「良三さんだから、リョウサンさんだったんですか‥‥私てっきりリョウさんかとずっと、一人だけさん付けなんだと勘違いでした」
僧侶として名前を貰う前は、今までの名前を音読みするのが、ここいら辺りのお寺では慣例なんですと、笑うリョウサンを見て、ルンルンはちょっぴり恥ずかしかった。でも、すぐに気持ちを切り替える。
「お猿さんに、直接話を聞いてみるのが一番です! きっと話してくれるはずです」
前回は、あっさり消えられてしまったが、今回は、討伐依頼が出ている。その事を伝えれば、何か引き出せるかもしれない。
魔法の絨毯を使うと慈海は申し出たのだが、山中は絨毯で飛ぶには障害物が多い。木々の上を飛ぶ方法もあるが、大丈夫ですと、リョウサンはお礼を言て辞退した。山歩きは慣れてるんですと、山の中の寺で修行する小坊主さんらしく、少し自慢げに胸を張った。
何より、魔法の品を冒険者から借り受けて、いつもよりも楽に山歩きが出来、とても嬉しそうだった。
「大丈夫そうね」
リョウサンが疲れていないか、山道がなれなかったら、手伝おうかと、最後尾を受け持つセピアは、山歩きが楽しそうなリョウサンを見てくすりと笑う。
ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼に乗って一行を先導するのは芳純である。木臼は絨毯に比べると小回りが利く。木々の間を縫うように飛んでいる。楽をしているように見えるが、よそ見運転は事故の元、結構疲れた。
トマスは、山の恵みに笑みを浮かべていた。思い描く夢の山には僅かに足らないが、様々な植物が、生き生きと分布されている。探れば、さらに何か良いものが出るだろうかと、つい、分け入っていた。
そして、人の手による、山菜が奪取されたとみる場所に辿り着いた。
「ふ〜む?まあ、それぞれのやり方というものがあるのだろうね〜‥‥」
山の緑は、変わりなく、息吹を伝えてくるが、その場所だけはどうにも殺伐としていた。
しかし、採取の方法は場所や採るものによって違ってくる。かくいうトマスも、薬草研究の為、根こそぎとって行く事もままある。まあ良いかと、寄り道した時間を取り戻そうかと、仲間達が向かう洞窟へと急ぐ。
特に気にもならない為、誰に言うでも無い。
周辺を聞き込みに、鈴が走る。
これはもう癖のようなものだ。
「こっちに対して何かしら伝えたいことがあるような気がするんだよね」
情報を収集するなら、果たして何所か。
はっきりと決めていなかった為、山をぐるりと一周して戻ってくる事になる。
猿以外の小動物も多そうだ。
山には息吹が満ちている。アシュレイは、ふむ。と、ひとつ頷く。
渓流を遡れば、前回リョウサンを救出した洞窟へは簡単に辿り着く。
「普段と、山の状態は違うのかしら」
セピアは、山登りの最中に、リョウサンに尋ねてみるが、特に何もと、首を傾げられる。
洞窟の内部は、狭かった。
張り出している場所や、落ち込んでいる場所。すんなり人が行き来出来る穴では無い。大人一人。そう、金色の毛並みの大猿一体が、ようやく移動できるかと言う洞窟で、道は多岐に渡っていたのだ。
リョウサンが案内出来るのは小川の流れている場所までである。
「少しお待ちを」
芳純が、淡く月の光りを身に纏う。
過去を覗くのだ。
単位は一日前。きっちりと区切る。
そこには何も無い。
次の一日。その次の一日。区切って遡れば、リョウサンが救出されたのと程近い日に、動くものを見た。
芳純の連れて来ている燐光輝伯天と、アシュレイの燐光レアティーズが、洞窟内の行く道を照らす。
日の光りの降り注ぐ山の中ならいざしらず、洞窟内での過去見。猿かどうかは、光の無い過去見では、よくわからなかったが、かすかに動くものは確認出来た。
続いて芳純はスクロールを取り出す。その瞳に暗視を宿し、更に金色の光りを纏う。遠見をかけ、続いて透視の能力がその身に発動する。その視線は洞窟を突き抜けて山中を飛ぶ小鳥の体温を感知した。が、焦点を洞窟の周囲まで合わせる前に遠見の魔法が切れてしまう。地中という、距離感の掴み難い場所で焦点の定まらぬ無数の熱源がゆらゆらと揺れ、軽い眩暈を感じた。
「猿の熱源を捉えようとしたのですが、面目ありませぬ」
多くの魔法を使ったので、魔力が切れて断念した陰陽師に、リョウサンは魔法は便利なものだが万能ではないだろうと慰めた。しかし、便利な魔法をもっと便利に使ってこそ術師だろうと芳純は残念そうだ。
怖がっているかと思えば、リョウサンは興味津々の顔つきだ。
それだけ好奇心旺盛ならば大丈夫かと、アシュレイはくすりと笑う。
だいたいの方角がわかれば良いだろうと、中々苦労して、冒険者達は狭い洞窟内を、体を屈めたり、すれすれの場所で服をざりざりと岩肌にこすりつけながら進む。
その苦労の無いのはリョウサンとジェシュファぐらいのものか。
どのくらい歩いたろう。
薄明るくなってきた。
出口があるのか。
冒険者達は、その足を出来る限り早める。
水の音が聞こえる。
洞窟に流れていた、水の音だ。
光り溢れる、その場所は、小石の敷き詰められたかのような、乾いた空間だった。
さして大きくも無い。
二十畳ぐらいだろうか。
切り立った岩肌が、天へと向かい伸びている。岩肌の合間からは、木々が緑をあらわに、勢い良く生えて、空を緑の額縁で切り取っている。
陽射しが多く入るというわけでもないが、洞窟から出てきたばかりの冒険者にとっては、十分な光源だった。
そこに、一匹の金色の毛並みの猿が居た。
「ようこそ、お客人。やれ、ユウアンは一緒では無いかね」
声がする。
猿かと、思えば、猿の影から、ちいさな影が出てきた。
老齢な‥‥。
「河童さん」
ルンルンが、目を丸くして、呟くリョウサンと河童とを見比べる。ずいぶんと小さな、そして、みるからに、皺深い河童が、ゆったりと白い水干を着ている。
「見つけた異変は、山菜が根こそぎとられた場所だけのようじゃの。見猿、行くが良い」
金色の猿へと声をかけると、金色の猿は、何処かへと走り去った。
「何か私達に御用がおありとお見受け致しましたが、いかなるご用件かお聞かせ願えませんでしょうか?」
芳純が、慎重に声をかける。
「やれやれ、他所の土地の者を手伝いに寄越すとは、時代は変わったという事か」
「あの?」
セピアが依頼の話をする。アシュレイが、身勝手な話で申し訳ないと告げれば、真に。と、頷き、目を細くして笑う。
「主等、依頼で動くのなら、ひとつ私の依頼を受けてはくれぬかの」
皺深い老齢の河童は、冒険者達に笑いかけた。