加賀からの風・九

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 38 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月11日〜12月20日

リプレイ公開日:2009年12月19日

●オープニング


 火種を抱えたままの停戦。
 主前田綱紀は、未だ加賀へと戻らず。
 悪魔の姿を目の当たりにした山内貴清及び、その一軍は、その異様と炎の様に考えを改めざるを得ないで居た。すっかりと毒気を抜かれた富樫泰高と共に、前田長種、村井長頼の降伏勧告を素直に受けた。
 細々とした約定を決めると、避難民達は江戸の大過を恐れつつも、少しずつ、元の村へと戻るようになっていた。
「父上」
「まだ我を父と呼んでくれるか」
 富樫泰高と政親の和解を事の他喜んだのは、倉光成家。
 戦乱の最中に加賀勢としての結束が強まるのは良いことだと。

 だが。
 ハボリュムを退治する事が叶わなかった。
 あれほどまでに姿を晒したハボリュムを討とうとする冒険者は誰も居なかった。
 関わりあう戦場が分散した結果ではあるが、一矢たりとも届かなかったのだ。
 ただその中で、泰高が命を永らえたのは、冒険者の手柄といっても良い。
 死の炎は、絶望に落ちた泰高の命を奪うべく向かっていたのだから。
 その代わりに、無傷で生き延びたハボリュムは、若い坊主に姿を変えると、加賀の根城へと向かっていた。
 狙うのは、富樫成春。
 怨嗟は加賀に満ちた。しかし、仕上げが足らないと思ったのだ。
 それは、ただの民人ではならぬ。
 かといって、気概に満ちた武将でもつまらない。
 生き延びたと喜ぶ、富樫泰高を絶望の淵へと追い込まなければ、気がすまなかったのだ。
「さても、冒険者とは可愛く、憎憎しいものである事よ」
 すっきりとした鼻梁、太い眉の、一見見栄えの良い、成春と同じ年くらいの坊主が、富樫の地より馳せ参じたと、加賀城に面会を申し出たのだった。
 控えの間に通され、直に検分をするといって聞かない、留守居役の奥村永福が、陰陽師を連れ立ってやってきた時には、すでに遅かった。
 きちんと見張りのついていた部屋だったのだが、その部屋の何処にも坊主は居なかった。
「物の怪めっ!」
 永福は、ぎりと歯を噛み鳴らすと、脇差に手をかけ、成春の居室へと大股に向かう。
 何事かと、部下達が永福と共に成春の居室へと。
 その行動こそが、ハボリュムは狙いだった。
 広い城内、いくら悪魔といえども、探索は難しい。
 透明になり、ついていけば、易々と成春の居室へと辿りついた。
 しかし、ハボリュムはこの所、易々と己が策謀が形になり過ぎていた。ほんの僅か、油断が無いとはいえなかった。何よりも、加賀の武将を甘く見ていた事が敗因だったかもしれない。
 成春を見てほくそえんだ途端、透明化して見えないはずの自分の方角を、永福が睨みつけた。
 まずいと思ったハボリュムは、姿を現す。人間、黒猫、蛇の3つの頭を持ち、手に火のついた松明を持つ本性がむき出しになる。永福以外は、その姿に一瞬怯む。
 怯んだところで、炎を成春へと向かい打ち出した。
「生まれを嘆き、呪うが良い。おまえの父が愚か者だったのだ」
 一足飛びに成春を庇って、刃を振り下ろす永福へ、ハボリュムが殴りかかり、三つ首の蛇が伸び、永福の手に食らいつく。
「ぬおおっ!!」
「がああぁっ!!」
 永福の刃は、ハボリュムをとらえていた。ざっくりと切り込まれる、右肩。永福もただではすまない。半身が焼け、片腕が飛んだ。わらわらと二の太刀をくらわせに、加賀武士達が寄るが、一瞬遅く、ハボリュムが空へと飛んだ。
 陰陽師が陽魔法を飛ばし、ハボリュムを焦がし、ダメージを深めるが、次の手を打つ前に、炎が吹き上がった。
 加賀城のあちこちから火の手が上がる。
 空を行くハボリュムは、ほうほうのていで逃げ出した。逃げ行く方角は、倶利伽羅峠と呼ばれる峠であった。

 その峠には何時沸いたのか定かではない、死霊侍の一団が居た。
 おびただしい血痕が、峠の道を染めていた。
 その姿は、先の戦いで鬼籍に旅立った林の姿。回復もままなら無いハボリュムは、二十もの死霊侍を加賀へと向かわせ、一息を着いた。
「まあ良いわ。私の死であの方が起きる事になるのならば、それはそれで」
 ハボリュムの、人の顔が薄く笑った。

 加賀から、依頼を頼む書面が、十分な報酬と共に、江戸ギルドへと届けられた。
 峠に現われた死霊侍の退治と、悪魔退治を。
 一体は、死霊となった軍馬にのっていると。
 峠は、頭上には木々が生い茂り、紅葉の名残の赤い色を落としていた。
 上空から零れ落ちる陽の光が鮮やかに、死霊達を浮かび上がらせていた。

●今回の参加者

 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アキ・ルーンワース(ea1181)/ 渡部 不知火(ea6130

●リプレイ本文


 深と冷えるのは、冬が近いだけでは無いのだろう。
 峠から降りてくる、多数の死霊侍。
 手にするのは、日本刀が多いが、弓矢をつがえている者も居る。
 空飛ぶ箒で上空に浮き上がった鳳翼狼(eb3609)の金色の髪が、陽の光を浴びて光を反射する。
 切り立った崖から、道へと覆いかぶさるように茂った木々が邪魔をして、その死者の行軍は良く見えない。しかし、その最後尾の死霊侍は、目立って見える。
「──騎馬‥‥あれは、林‥‥?」
 ぎりぎりの距離まで迫れば、弓矢が空を裂いて飛んでくる。近付き過ぎるのは危険だ。しかし。
 翼狼の、碧の双眸が僅かに眇められる。
 あんな姿になったのは、自業自得だと思うのだけれど、死してなお姿を晒していると思うと、憎い相手ではあったが、哀れにも思う。生前の、慎重で姑息な性格が現われているのだろうか。率先して死霊侍達の前に出る事は無さそうだ。
「倒して‥‥今度こそ開放してあげるよ」
 ハボリュムから。
 ここしばらく、加賀に纏わりついていた悪魔の名だ。
 加賀城から逃げた方角と、この死霊侍が現れた峠は一致する。確実にそうだとは、断定は出来ないが、今までのやり口からして、ハボリュムの仕業に違いないと、冒険者達は思っていた。
(「今度こそ退治して‥‥加賀を元の状態に戻すんだ!」)
 最後尾に居るのは、弓兵では無く、林。
 翼狼は、急降下するまえに、ひとつ息を飲み込む。
 リュー・スノウ(ea7242)の連れてきた、天馬ルーティの背にアニェス・ジュイエ(eb9449)は乗っていた。
 冬の風を受け、柔らかなウェーブを描く黒髪が、ふわりと背に揺れる。
 戦いに向かう主人の意気を感じたのだろう、機嫌が良いとは言えなかったが、挨拶をきちんとした、同乗者を落とさずに居た。アニェスは、指に嵌めた、石の中の蝶が、羽ばたいているのをしっかりと確認している。油断無く周囲を見回すが、それらしき姿は今の所は無い。
「‥‥透明になってるって事もあるわよね」
 加賀に絡んだ依頼の中で、本当に沢山の、死人を見て来た。それらは、戦う力の無かった村人が多かった。きゅっと、軽く唇を噛み締める。
「もう‥‥終わらせましょう‥‥がんばろうね、皆‥‥」
 これを最後に。アニェスは金鞭を握り込んだ。
 豪奢な金髪が、陽の光を反射する。馬上にあるフォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は、ゆるく曲がる坂を見通そうと目を眇める。最後尾には、馬上の林が死霊として居るようだと、空を飛ぶ仲間が叫ぶのが聞こえたが、その角度により、登って行く仲間達は、全てを見通す事は出来ないでいた。
 直線の攻撃も、その角度故に、最後尾までは届かないのだろうと判断する。
 何事も無ければ、美しい場所だ。フォルナリーナは首を横に振る。
「紅葉を楽しむのは、すべてが終わって平和が訪れてから」
「今度こそハボリュムを倒しましょうっ」
 自分に出来る事を、出来るだけ、一生懸命にやろうと、酒井貴次(eb3367)は、何時もそう決めている。
 素直なその表情が峠の死霊侍を睨みつけると、詠唱に入る。
 詠唱を終えたフォルナリーナは、柄にグラジオラスを模した飾り彫刻が施されたスワードリリーを手にし、淡く光を纏う。聖なる光が集約され、死霊侍を撃つ。その後に続くように、貴次が太陽の光を湾曲させると、死霊侍から煙を上げさせる。

 攻撃の始まる少し前、煙を纏うと、城山瑚月(eb3736)は、目に入った弓兵へと向かって、微塵隠れの術を発動させる。爆発が、迫って来る死霊侍の目線を遮る様に吹き上がる。柔らかな茶の髪が爆風をはらみ、揺れる。
 命に釣られて迫る死霊侍は、人の気配に敏感だ。
 倶利伽羅峠を登って行く冒険者達へと、駆け下りんばかりに、接近していた。
 その集団の、中ほどへと、瑚月が踊り込んだのだ。とっさに襲い掛かろうとする死霊侍の手をかいくぐり、一撃を入れる。手にする降魔刀が翻り、すさまじい威力を持って、死霊侍へと。
 フェアリーボウを構えて接近して行くのは、パウェトク(ec4127)。刻まれた皺が、僅かに深まる。身軽に、油断無く。
「加賀の人の避難生活も長い。これで、決着をつけられるようにしようぞ」
 戦禍は、人々の暮らしを締め上げる。
 時に軍馬に、時に火災に。それらは人の手が起こした災いばかりでは無かったが、心安らかに暮らせる日をと、ただ願い、何時しか季節は巡り。
 腰にたわめた、日本刀・法城寺正弘の柄を握り込み、足早に死霊侍へと迫るのは忠澤伊織(ec4354)。袴の裾が蹴立てられ、翻る。手にする石の中の蝶は、アニェスと同じく、羽ばたきを止めない。
「‥‥全てのけりをつけなくちゃな」
 弱い場所をつく。
 成春が狙われたと聞いた伊織は、酷く嫌な心持になった。富樫親子が和解した事は、素直に喜ばしいが、それに水を差すような事態を苦々しく思う。悪魔とは、何処までも‥‥と。
「鶴童丸‥‥待ってろ」
 すぐに、成春の元へと駆けつけたいだろうにと、伊織は、この地で、人々の避難誘導に奔走している富樫政親を思った。
 対悪魔防御を仲間達全てに付与したリューは、一息を着いて、迫る死霊侍を、その赤い双眸で、しっかりと確認をする。艶やかな銀髪が絹糸の束のように背に揺れた。
 展開するのは、聖なる結界。
 戦いが始まれば、この場所がひとつの砦ともなるだろう。
「‥‥命懸けで悪魔を退けた奥村殿達の奮起、決して無駄にはさせません」
 思い出すのは白山の麓。加賀の侍達は、慣れない悪魔と対峙して、果敢に戦いを続けていた。何処か朴訥とした加賀は、魔法対策が酷く遅れていた。そういう戦いの必要がなかったからだろう。
「全て、悪魔の所業‥‥」
 リューは、事象の裏に潜んでいた、元凶を、決して逃がすまいと、強く思った。
 再びの爆発が地を揺らす。
 瑚月が微塵隠れの術で死霊侍を撹乱していた。
 前方から襲い来る死霊侍を、がっちりと受け止める伊織とパウェトク。
 その後方からは、貴次とフォルナリーナが、時間差で魔法攻撃を仕掛け。聖なる結界を移動に合わせてかけなおすリュー。そして、ゆるく曲がった峠の最後尾では、突進した翼狼が苦戦していた。
 相手は騎馬の死霊侍。林。
 生前まともに戦った事は無かったが、それなりに、出来る。
 空を引裂く日本刀の動きが早い。空飛ぶ箒からは、すでに降りている。乗ったまま戦える相手ではないからだ。
 その間に、下っていくはずの死霊侍が、引き戻り弓矢で翼狼とアニェスを狙う。瑚月がそれをさせじと、刃を翻し、確実に一体ずつ屠って行く。アニェスが、金鞭で馬を打ち据え。
 低い位置を保持している翼狼の、何度目かの攻撃により、馬が傾ぎ、林が落下する。
 落下した林は、狭い峠の道から崖下へと落ちかかる。
 落ちかかった林へと、アニェスの金鞭が飛び、翼狼の一撃が入る。接近した翼狼へと、林の鋭い攻撃が、無理な体勢から飛んだ。力を乗せた一撃だ。その一撃は、翼狼の腹を、深く抉った。鉄の匂いが、峠に赤い染みを新たにつける。
 峠に沈みこみそうになった翼狼が、たたらを踏んで、刀を地に刺し、かろうじて倒れるのを防ぎ、呻く。
「くっそっおっ!」
「大丈夫っ?! ‥‥何っ?」
 ぞわりと、空気が揺れた。
 嫌な感じを受けて、アニェスは倶利伽羅峠の、さらに上を睨んだ。赤黒く変色している峠の道が上に伸びる。その道の途中に、僅かに黒く翳っているかのような場所があるように思えたのだ。
 陽の光を凝縮した攻撃を叩き込む。
 林がずり落ちそうな身体を、起こしていた。
 半数の死霊侍を屠った仲間達の目に、ようやく、林と戦う峠の上に行った仲間の姿が入った。
「いけないっ!」
 リューが翼狼の様子を見て、すぐに魔法を撃つ。聖なる力の結晶たるその魔法は、立ち上がろうとする林を打ち据えた。
「ままならんものよのっ!」
 林までは距離がある。パウェトクは、矢を撃ち続けつつ、出来る限り遠くへと飛ばし、伊織が目の前の死霊侍と切り合いつつ呻く。
「‥‥届かんかっ!」
 最後尾の林に到達するには、何重にも重なる死霊侍の壁を、地道に削っていくしかない。

 アニェスの放った魔法によってか、峠の上の方に現われたのは、間違えようも無いハボリュムの姿。
 肩から胸に、深手を負っている為か、その動きは緩慢だ。持ち上がるのは、人間、黒猫、蛇の三つの頭。邪悪な姿が、冒険者達と対峙する。
 瑚月が走り、アニェスが魔法の詠唱を始める。
「俺達は‥‥貴方を斃す事を、躊躇う訳にはいきません‥‥」
 気勢を上げる黒猫と蛇の顔。にたりと笑う人の顔。その豪腕を振りかざし、瑚月の突進を迎撃しようとするが、瑚月の動きの方が早い。腹へと、ざっくりと刀が入る。
 そして、アニェスの陽の光を集約させた魔法が、狙いたがわずハボリュムを撃つ。
 凄絶な叫びが峠に木霊した。
 アニェスは、死での旅路へと向かうハボリュムを見て、顔を歪めた。
「さよなら、ハボリュム。二度と戻ってこないで。地上は‥‥陽の当たる場所は、私達の生きる場所なの」
 何度も煮え湯を飲まされた相手だ。けれども、湧き上がる感情は空虚なもので。
 何故か、怒り、憎悪は不思議と沸いてこなかった。
 ハボリュムは、己が傷をかきむしり、歓喜の笑みを浮かべていた。
「‥‥楽しませて‥‥貰ったぞ‥‥冒険者よ‥‥これで‥‥あの方が‥‥復‥‥活‥‥するに、足る‥‥血が‥‥」
「‥‥自身さえも贄の一つであったとしても、俺達は、貴方を斃す事を躊躇う訳にはいきません‥‥」
 倒れたハボリュムへ、瑚月がひとつ息を吐いて呟くと、すぐにその足を取って返す。怪我を負った、翼狼へと襲いかからんとする死霊侍の刀をはじき返し。峠を上ってくる仲間達も、ちゃくちゃくと死霊侍の数を減らし。
 倶利伽羅峠の死霊殲滅は、さして時間もかからずに終了する事となった。


 黒雲が、空に浮かぶ。
 冬の晴れ間に、押し寄せるかのように流れてきた雲だ。
 その雲は、瞬く間に空を覆うと、はらり、はらりと、白い花びらにも似た雪を落とし始めた。
 加賀に応援に回ろうかどうしようか、貴次は、その雪を見ながら考える。だが、どうにも決まらず、雪の花を見て、まあいいかと笑みを浮かべた。戦いはひと段落ついたのだから。
 傷を治してもらった翼狼は、富樫泰高、政親親子の元へと駆けつけていた。
「村の混乱の収拾は、あとは俺がやっておくから。二人は成春さんの所へ早く行ってあげて!」
「しかし」
 政親と泰高は顔を見合わせる。
 伊織が翼狼の後を押すように、声をかける。
「鶴童丸、早く仕度しろ。前田なんかに弟の世話、任してられないだろ?」
「弟君、炎にまかれたと聞いたわ。悪魔の狙いは、人々を争わせ、絶望の淵へと追い込むこと。悪魔の思うとおりにさせたままではいけないわ。鶴童丸さん、あなたたちは、十分辛い思いをしてきたわ。今度は幸せになって‥‥悪魔を見返してやらないといけないわ。さぁ、一緒に加賀城の弟君の元へ向かいましょう」
「実の家族も大切だよ!」
「仕事が気になるのだったら、代わるぞい。だからの、気にせず行くがいい」
「俺も手伝うからさ」
「前田さん、鶴童丸さん達をお借りします。すいませんが、村はお願いします」
 冒険者達がやって来たと聞いて、派手な黄色の陣羽織を翻し、前田長種が顔を出していた。その顔に、フォルナリーナは何の前置きも無く、連れて行くと言い放った。
 慌てて、泰高が首を横に振る。
「この場所に居るのは、自らの責務だ。今までの償いとして居るのだから、その申し出は、ありがたいが受けられない。ここで責を放って、駆けつけたとて、成春は喜ばない」
 気遣い感謝すると、政親が冒険者達に深々と頭を下げた。
 ここで勝手をしては、何もかも水の泡だから。
「俺等、人でなしみたいじゃーん。だいたいさ、そういう頼み事は、普通、まずは現場の責任者に言いに来るだろ! 勝手されて困るのは、俺。そんでもって、見てわかるだろう? 富樫はもっと困るんだからな」
 冒険者にぶつぶつと文句を言う。せっかく穏便に運ぼうとしている、富樫の株を下げるなと。
 しかし、さんざっぱら文句を言った後は、冒険者の見張りつきで、行って来るといいと、富樫親子を送り出してくれた。
 しっかりと、人手としてパウェトクと翼狼は抱え込まれ、パウェトクは何となく慶次郎を思い出して、笑みを浮かべ、さあがんばりましょうかと、長種を見上げ、翼狼も、つられて笑った。
 人々の安息は近いはずだから。
 加賀城へと向かう先で、寺に寄った伊織は、成春へと病気平癒のお守り袋を求める。そして、並ぶ守り袋に、縁結びと書かれたものを見つけて、しばし立ち止まる。ふと浮かんだのは良い年した慶次郎の顔ではあるが、良い年ならば、伊織も負けては居ない。ふたつ必要かどうか、つい、考え込んでしまう。
 
 先に加賀城へと辿り着いていたのは、アニェス、瑚月、リューの三人だ。
 はらはらと舞う白雪の中、加賀城は焦げ臭さが抜けていなかった。かなりあちこちで燃えたようで、新しい柱なども運び込まれて、木の良い香りも漂いつつ、せわしない空気が漂っている。
「私に出来る事があれば、協力させて下さいませ」
「かたじけない」
 リューの聖なる魔法により、瀕死の奥村永福は、一命を取り留めた。
 加賀城で、怪我をした人々の合間を歩くリューの姿は、加賀の侍達に深く刻まれる事となる。
 細い成春の手に、アニェスは赤き愛の石を握らせる。それは、体の毒気を吸いだす治癒の魔力を秘めており、病人がこの石を懐に入れて眠ると、良くなろうとする力になるのだと言う。
「お守り‥‥貰って欲しいな」
「ありがとうございます。大切に致します」
 自分が、所在無げな、寂しそうな顔をしていたのを、アニェスは気づかない。
 それを成春は見て取り、初対面でも受けとってくれたようだった。
 アニェスは、良かったと笑みを浮かべるが、気になる事が多くて、落ちつかない。
 その場を後にすると、慶次郎の姿を探す。無性に、笑顔が見たかった。
 ただ、無邪気で明るい人だとは思わなかったけれども。
 見たかった笑顔が、飛び込んできて、一瞬足を止める。
「お、お疲れさん」
「‥‥うん。終わったよ‥‥」
 大きな手がアニェスの頭をくしゃりと撫ぜる。子供に対する扱いのようだ。
 やがてやって来る、富樫親子の対面を見て、アニェスは胸を撫で下ろす。
 永福へと、首尾を報告した瑚月は、慶次郎の姿を認めると、笑みを浮かべた。
「人同士の蟠りは容易に消えない、それでも‥‥煽る者がなければ何れは在るべき姿に戻る」
「まあな。そういうもんだろな」
「‥‥そう思いたいですね」
 くしゃりと笑う慶次郎の顔を見て、瑚月は穏やかに笑みを浮かべ、ひとつ頷いた。
 加賀と豪族富樫の一連の騒動は、これにて落着となったのだった。
 
 また、加賀に、真白き冬の季節が、静かにやって来る。