加賀からの風・八
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■シリーズシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:7 G 56 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月19日〜10月28日
リプレイ公開日:2009年10月29日
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●オープニング
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朱塗りの甲冑は富樫政親だった。
槍を受けて、落馬した彼女の生死はわからないが、戦場での事だ。それは仕方ない。手柄を立てた槍使いは、相手方の冒険者に切り落とされた。戦場とはそういものだ。
動じない富樫泰高を思い出し、倉光成家は首を横に振る。
手にしているのは、飛んできた矢文。
合戦の中に投げられる言葉など、陽動に過ぎない。
たとえ、何を言われようとも、戦いが終わるまでは旗頭を変えるつもりなどは無い。
実直な倉光は、陽動や叛意を促すような輩を酷く嫌う。戦い方は、責めるも引くも真っ直ぐだ。真摯に向き合う相手ならば、こちらも真摯に向き合う。正面切って戦いを挑むようならば、受けて立つし、話もしようが、このようなやり方は好かない。
『戦いの裏に真仏あり』
その文を握り潰す。だが。
合戦前、死人が現れた異変を、林の領内で現れた死人と結び付けた。しかし、今はどの地域も戦乱の気運が渦巻いている。偶然に過ぎないと切って捨てている。
けれども。
「殿。前田の用意した避難民の集落近くに、妖怪が現れたとの事です」
「何っ?!」
一度や二度ならば、偶然で納得もしよう。しかし、三度となれば。
しばし目を瞑っていた倉光は、目を開けると立ち上がる。
「馬引け。今より我等倉光勢は、どちらにも属さない遊軍となる。民を守りに向かうぞ」
頭が成家のような実直者である、一門も、自然そのような気性の者が多い。成家の言葉に、歓声を上げた家来達は、嬉々として、支度を始めた。
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富樫政親の傷は深かったが、幸い急所は外れていた。
「大丈夫です。戦えます。不甲斐無くて、冒険者の方にも、申し訳ない」
混戦の最中とはいえ、気を抜いたのは自分だと、唇を噛みしめている政親の姿に、父親とほぼ同じ歳である村井長頼が、静かに頷き、そんな事しょっちゅうだから、気にする方が可笑しいと、けらけらと笑う前田長種が、村井に睨まれていたり。
「言い訳をするつもりではありませんが、何か、得体の知れない雰囲気が、一瞬漂ったような気がするのです」
加賀に暗躍しているとされる悪魔ハボリュム。その名は、彼等も知っているが、まさかという思いがあったのだ。白山には神と悪魔が眠ると言うし、麓で奥村易英率いる一隊が、その対処に当たっている。
こちら側では、何よりも、まずは迫る富樫勢を何とかしなければならず。八方塞りでもあった。
●
互いに、一旦陣を立て直す為に下がったは良いが、しばし膠着状態となっていた。
そんな夜、伝令が富樫の本陣に走り込む。
「倉光殿が離脱していきます」
「寝返ったか?!」
「いえ、まったく別方向へと」
静かに陣払いをしても、軍議に出なければ、気づかれてしまうのは仕方が無い。
数刻もせず、倉光が陣を離れた事は富樫泰高と山内貴清の知る事となる。
その向かった先が避難民の集落という事に、渋面を作る。
避難民の集落に妖怪が現れたという知らせは、こちらにも届いていたからだ。
「面前の前田勢を放って行くとは、気がしれぬ」
「損害は互いに同じ程度。しかし、民を放っておいたと知れれば、兵の士気にも関わる。林が散々やってくれたからな」
「ふ‥‥幸い、倉光が向かった。後でどうとでもつじつまは合う」
山内が口を吊り上げて笑みを浮かべる。それもそうかと、諾々と泰高を見て、山内は、前田を手にした後は容易いものだと心中で嘲笑う。政親が地に落ちた悔やみを言っても、特に何という感情は見えなかった。意外と大物かと思ったのだが、どうやら本気で気にしていないようだ。これでは、この後ついて行く家来、民はいかほども居ないだろうと。
次の決戦は明け方、富樫と山内は川面の霧が晴れる前に前田勢に奇襲をかけるつもりだった。
●
「ふぅ‥‥ん。手ぇ貸してくれるのか」
「前田殿にではござらん。家を焼け出された、民を守りたいだけ」
ぐっと挑むような倉光成家に、前田慶次郎は、屈託の無い笑みを向けた。
「助かる。人手が足らなくて仕方ない」
避難民の集落では、倉光の部隊が、周辺を警護にあたる。先の戦いによって起こった、不審な火による村の全滅。これを危惧しているのだ。
そして、慶次郎と、倉光率いる一隊が、二体の鬼へと向かっていた。
巨大な斧を持つ、馬頭鬼、牛頭鬼。
引くを知らぬかのように、その鬼達は、足早に、山道を、避難民の集落へと向かい進んでいた。
●
地味ななりした、立花潮という前田綱紀の使いの者の依頼の書面が、ギルドへと届いた。
避難民の集落へ、二体の鬼が向かったと。推測でしかないが、悪魔ハボリュムが絡んでいるものと思われる。それを調査し、出来うる限りの手を打って欲しいと。場所は加賀北部。
実に漠然とした依頼だが、切実さが文面から見て取れた。
●リプレイ本文
●馬頭鬼・牛頭鬼
今、この国は各所を様々な戦禍が襲っている。江戸の戦にも終わりは見えない。山王牙(ea1774)は、本格的な冬の来る前に、少しでも多くの戦乱が収まれば良いと思い各地へと赴く。今回目にした依頼もそのうちのひとつ。
「状況は混沌としてきましたね‥‥」
生真面目な顔が、さらに真面目な表情になり、酒井貴次(eb3367)が考え込む。
そうこうしているうちに、前田慶次郎、倉光成家と騎馬。合わせて五騎の姿が目に入ってくる。足の無い貴次は、牙の戦闘馬に同上させてもらっている。
二人の姿を見つけて、慶次郎が笑みを向けた。
「前田殿、倉光殿、助太刀いたします」
「新顔だな」
「倉光さんがお味方して下さるのは心強いです。悪魔の掌で人間同士が潰し合うのも避けたいですからね」
「‥‥冒険者の見解は同じというわけか?」
「あ、もちろん、我々のお味方というわけでは無く、民の為にと。でも、こうしてお二方とご一緒出来るのは、とても嬉しいです」
貴次の言葉に、倉光が一瞬渋面を作るが、首を横に振ったのを貴次は見逃さない。多分、倉光もわかっているのだろうと、その動きで見て取れた。
(「‥‥未だ、悪魔の掌の上なのかもしれませんが‥‥」)
それでも、少しずつ、事態は良くなっているのだと信じたかった。
馬頭鬼、牛頭鬼が、焦る訳でもなく、ゆっくりと山道を進んで来る。真っ赤な瞳が前に立ち塞がる者達を路傍の石のように眺めている。騎馬隊を下がらせ、慶次郎と倉光が牙を中心に半円で接近する。その背後からは、貴次が魔法を発動する為に控える。
(「戦上手の方々の足を引っ張らないように‥‥」)
出来ることならば、負けないようにと、馬と牛の頭を持つ巨躯の鬼を見据える。戦いに入るほんの僅かの間。その合間に貴次はテレパシーを飛ばす。月の光を纏ったかのように貴次が光る。
『どうしてここへ? 悪魔の関与は?』
『殺ス。呼バレタ』
猿並みの知能しか持ち合わせない二体とは、簡単なやりとりしか出来ない。しかし、その短い言葉の中に、悪魔の関与を感じ取る。
「呼ばれたと言ってますっ!」
倉光の眉間の皺が深くなるのを貴次は見る。慶次郎が軽く片手を挙げて了解の意を伝えてくる。もう、打ち合いの間に入っていた。
馬頭鬼の振り上げる斧が慶次郎へと向かう。牛頭鬼はまだ仕掛けては来ない。
「牛頭鬼から先に‥‥潰す。前田殿、倉光殿は失ってはならない方だ、守り抜く」
繰り出そうとする技はノーダメージの相手には威力を発揮する事は出来なかったが、腰にたわめた太くて長い刀、野太刀、大包平は尋常ならざる威力を誇る。大振りをする牛頭鬼の斧は、牙を掠め、横合いから切りかかる倉光の太刀がその腹に赤い筋を入れて切り抜く隙に下段から斜め上に振る一の太刀がざっくりと再起不能の傷を負わせる。
牛頭鬼へと向かった牙とほぼ同時に、迫る馬頭鬼の斧と打ち合う慶次郎。その隙に詠唱を終えた貴次が陽の魔法を発動させる。馬頭鬼の顔が焼け焦げるが、赤い目をした馬頭鬼は気にもしていない。しかし、ダメージは蓄積される。
「とりあえず、僕に出来る事を精一杯ッ!」
再び打ち込まれる黒槍が、斧をかいくぐって馬頭鬼の胸へと刺さる。馬首を返した牙と倉光が、馬頭鬼の背後へと迫る。貴次の詠唱が終わり再び放たれる陽魔法。そして穿たれる黒槍。倉光の太刀と、牙の太刀が馬頭鬼の背後から入れば、馬頭鬼が立ち上がる術はもう無かった。
牙は、慶次郎にそれとなく遠征の話を振ったが、今上帝、安祥神皇の檄により、加賀藩主前田綱紀は、家臣長連龍、横山長隆を供に出立していた。
「左様でしたか」
「ん、俺は加賀の遊兵だからな。他国に影響力は無い」
主兵力が遠征に回った。ゆえの今回の窮地だ。通常ならば、富樫連合と加賀兵力の差は加賀に軍配が上がるのだから。今の加賀には、加賀を守る最低兵力しかないのだ。他国は他国でまた事情が違うだろうと言う事のようだと牙は頷く。ならば、自らがやれる事をするまでと。
富樫の屋敷で仲間が見たお坊さんについて、何か知っているかと貴次が倉光に問えば、真仏殿ならば、熱心な一向宗の坊様だが、何かと逆に問われ、気になるからとだけ告げる。
●避難民の集落
遊軍となって避難民の集落に集う兵士達から、ここに至る経緯を耳にした鳳翼狼(eb3609)は、何だか嬉しくなっていた。加賀は男気のある人物が多いように思うのだ。
(「どこにも属さないで民を守る‥‥か、倉光さんカッコいいね!」)
皆で力を合わせて、本当の意味での加賀の敵から、加賀を守れるといいのにと思う。
ハボリュムは何処まで加賀の人達を苦しめるのだろうかと、それを思うと胸が苦しくなる。
「ぜったい許さないから‥‥っ」
今の富樫政親の立場を考えると切ない。父である富樫泰高の変節は、絶対にハボリュムのせいだと思う。皆、ハボリュムが来る前に戻れば良い。そんな叶わぬ思いが胸を潰す。
もしハボリュムが来たら、聖なる釘を使い、安全を確保しようと、準備を抜かりなく考える。そして、先に用意した文を懐に隠れている火の妖精に。その時は、慶次郎への伝言を頼むつもりだった。
「死人って、アンデッド‥‥かな?」
加賀にやってきてから、死人がついて回る。効果の範囲は狭いが、この範囲内だけでも、安全圏が出来ればと魔除けの風鐸を村の中心に吊るす。
やれやれと、周辺を巡ってきたパウェトク(ec4127)は、深まり行く秋の気配。冬の訪れを身に染みさせていた。
避難経路、誘導に連絡方法を事細かく打ち合わせし、避難民への配慮を忘れない。
不揃いの短めの髪が肩の上で揺れる。桂木涼花(ec6207)は、また加賀へと来てしまったと、済んだ空気と高い空を仰ぐ。
どうにも戦いの行方が気になったのだ。村を警邏する責任者へと顔を出し、きちんと挨拶をすると、相互に協力してくれるかどうかを確かめる。
パウェトクと反対方向の地形を確かめてきた涼花は、きびきびと動く倉光兵に頬を緩める。
万が一、死人が現れたら、倉光の兵力を半分に割けないかと問えば、それは十分に出来るだろうと、この場所を纏めていた侍に頷かれる。
「何も出なければそれに越した事は無いがの」
「はい、ではこのようにお願い致します」
パウェトクと涼花が、事細かに倉光兵等と打ち合わせを終える。
消火と何かやって来たら、その撃退に力を尽くそうと涼花は笑みを浮かべる。腰に差すのは日本刀、姫切。死人が現れるようならば、その刃は死人への特効を発揮する。
「見回りに行ってきます」
「気をつけての」
「はい。何かあれば、あの子が」
涼花は汗血馬紅葉にまたがると、上空を仰ぐ。風を受け飛ぶのは鷲の松風。何か見つけたら鳴く様言い含めてあった。
罪無き人々を落としいれ、この地に混乱を招きし悪魔の名は判明している。ハボリュム。何処に、どのような姿で現れるのか。もしくは、何処かで笑っているのか。涼花はぐっと唇を引き結んだ。
(「現れたら、覚悟していただきます」)
村では、不審火がもっとも警戒されるもののようだった。桶が道のあちこちに目に付く。時折、地に屈み込み、地の音を聞けば、動き回る倉光の騎馬隊や、人々の規則正しい足音が響き渡り、不審な音は無さそうだと、パウェトクは、ひとつ頷く。
「ほう。良い人なのかの」
避難民や倉光の兵に、パウェトクは一向宗関連の話を振れば、直ぐに真仏という名と、とても温和で優しく、布教に熱心なお坊さんだという話が出てくる。良い噂しか無さそうである。
加賀の昔話しを聞けば。昔昔、良い神様が龍に乗って、龍に乗る悪い神様と戦って、悪い神様を退治したという御伽噺を聞く事が出来た。
●庄川の戦い再び
合戦の場へと共に向かう仲間達を見て忠澤伊織(ec4354)は遠くに散った他の仲間達を思う。
(「どこも一筋縄じゃいかないだろうけど、きっと上手くいくって信じてるぜ」)
加賀へと向かうようになって、随分と日が流れた。皆、信頼出来る仲間である。分散しては居るが、その絆は揺るがないだろうと。
政親の姿を見たフォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は、深い溜息を吐いた。
「鶴童丸さん‥‥御無事‥‥じゃないわね、その傷じゃ。生きていて良かった。‥‥その傷で出陣なさるの? あまり無茶なさらないで。頑張るあなたも素敵だけど、時には自分の身も顧みてあげて」
「ありがとうございます。お気持ちだけはしかと頂きます」
加賀を取り巻く状況の中では、それは難しい事だとは承知しているが、言わずにはいられなかった。伊織も軽く肩をすくめる。
「その傷で出陣する気か? あまり無理するな。お前はまだ、死んじゃいけない人間なんだよ。加賀にとっても、弟さんにとっても、必要な人間なんだ。まぁ‥‥後方で大人しくできる性格じゃないってるのはわかってるが」
謝意を述べる政親に、あまり心配をかけさせるなと、ぼそりと呟いた伊織に、僅かに目を見開いた政親は、はい。と小さく頷いた。
政親の陣に入ると言うフォルナリーナと伊織を見て、モテルなあとぶつつく前田長種を村井長頼がひと睨みしつつ、ではご助力お願いしますと、陣の内訳を書き出す。前回の布陣と同じのようだ。また、死人が現れるかもしれないので、騎馬の四分の一は後方に布陣し、遊撃とする。倉光が抜けた分、こちらが有利である。この機を逃さず、勝ちをあげたい。だが、警戒すべき事が多いのも事実だ。
「前回も死人が現れたが‥‥今回もまた、何かが現れる可能性がある。今度は姿が見えない敵かもしれない。注意をしようにも難しいかもしれないが、頭には入れておいて欲しい。だが、俺ら冒険者が対応するから、決して慌てないでくれ」
伊織は、死人の他にハボリュムが参戦するかもしれないという可能性を示唆する。石の中の蝶という指輪は、悪魔を感知して羽ばたく。政親が切り伏せられた時に、仲間がその羽ばたきを確認している。ならば、悪魔が忍び寄る事も大いに有りうるだろうと。
(「戦場より離れた集落を狙うとは‥‥再度の邪魔を牽制する為、でしょうか‥‥?」)
細かな打ち合わせをこなしつつ、城山瑚月(eb3736)は、避難民の集落に向かったと言う馬頭鬼、牛頭鬼を思う。合戦の最中に起こったこれが指す出来事とはと。冒険者なら弱いものを見捨てない。まず民の安全を願う者が多い。その行動を、もし読まれていたら。
(「魔物も動くかも知れませんね‥‥」)
夜通し見張りをしていた伊織は、朝靄の中迫る富樫勢を見つけた。
「奇襲だ」
緊張している前田勢は、程なく戦いの準備を整えていく。富樫勢の奇襲は阻まれる。だが、それをものともせずに、富樫と山内の騎馬隊が駆けてくる。歩兵が前に出て、射掛けようとするが距離が近く、弓を取るよりも刀を引き抜いた方が早い。瞬く間に混戦となって行く。
戦いが始まれば、瑚月が陣を抜ける。
政親の周囲は真っ先に戦いが激化する。詠唱を唱える間も無く、フォルナリーナは手綱捌きのみで身体を張る。後方に位置すればこそ、大局に指示を送れるが、前線に入ってしまえば、目の前の戦いの隙や機微を見るだけになり、ただ戦いの渦に巻き込まれるだけである。美しい彫刻の短刀スワードリリーで何とか攻撃を受けているが、馬上であり、その格闘術も回避術も合戦にもまれるには心もとなく、細かい傷が増えて行く。聖なる結界は、場所に作用する。結界は人物の移動についていかない。政親にかけた結界は後方に残されてしまう。
石の中の蝶で悪魔を警戒しつつ、伊織は日本刀、法城寺正弘を振るい、政親の周囲に出来る限り敵方を近寄らせない。
その頃瑚月は敵陣の最奥に位置する富樫泰高を視認した。距離は十分。微塵隠れの術を発動させ、その背後を取る。
「っ!」
「暫くお付き合い頂きます、富樫殿」
流石に抵抗されるが、喉元に大脇差、一文字を突きつけられれば、動きは止まる。その隙に泰山府君の呪符を気づかれないように鎧の内側へと貼り付けた。
敵総大将、富樫泰高の身柄が冒険者の手により押さえられたという事で、前田勢は一気に色めき立つ。変わりに、富樫、山内勢が弱腰になる。
形勢は逆転した。
そして、その時。富樫、山内勢の背後から、死人が現れた。
富樫、山内勢の足は完全に乱れた。
瑚月の石の中の蝶が羽ばたきを始める。
(「魔物が手を貸すからには、篭絡した相手が標的へと転じても、おかしくは無い‥‥むしろ、自然でしょうね」)
信じられないものを見たような顔をしている泰高の顔をちらりと瑚月は見る。
そして、合戦の上空から迫ってくるのは、人間、黒猫、蛇の3つの頭を持ち、手に火のついた松明を持つ人型の悪魔だった。
ざわつく戦場の、ど真ん中から、富樫、山内連合へと炎の息が吐き出される。それは円錐に広がり、兵達を焼く。驚愕しつつも、兵を纏める山内。
伊織も石の中の蝶が羽ばたくのを少し前から見ており、警戒をしていた。政親を庇うように前に出る。
「ハボリュム‥‥お前、ふざけるのも大概にしろっ!」
「あなたがハボリュム‥‥あなたの狙いは何?」
伊織の叫びは、空へ消える。
フォルナリーナの問いにも、人の顔が笑みを浮かべただけである。
死人から逃れるように動いていた瑚月へと、ハボリュムは勢い良く迫って来た。やはりという思いが瑚月にはあった。
地面からマグマの炎が吹き上がる。冒険者である瑚月にとっては大した怪我にはならなかったが、泰高は、そうはいかなかった。
「生贄は十分貰ったぞ!」
高笑いを残して、ハボリュムは空高く飛んで行った。
「泰高殿」
「‥‥生きている‥‥のか?」
「はい」
瑚月の張った泰山府君の呪符が、泰高の命を救った。
富樫、山内勢はその半数を減らし、憔悴しきった面持ちで、前田勢へと降伏する事となった。