白山戦鬼〜封

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 77 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月14日〜12月23日

リプレイ公開日:2009年12月24日

●オープニング

 白山の麓から、怪骨と死霊侍が沸いた事があった。
 その場所からは、さらに獄卒鬼と呼ばれる鬼と、どうやら馬頭鬼、牛頭鬼と呼ばれる鬼も沸いた痕跡が残る。それらは、みな、冒険者によって退治されたのだが、白山にはもうひとつ、人がいぶかしむ怪異が眠る。
 神が眠る山というのは神々しくて良い。
 しかし、その同じ山に悪魔も眠るというのならば話は違ってくる。
 それは、麓で戦ってくれた冒険者が放った月の矢が、謀らずも暴いた真実である。
 その月の矢の衝撃は、白山の封印をゆっくりと揺るがしていた。
 封印自体が、もろくなっていたせいもある。
 まどろむ女神は、時折意識を現に戻す。
 女神が覚醒するのは良い事では無い。
 抑えている悪魔も表に出てくるからだ。
 女神が抱えるのは、人ほども大きな卵状の石。その封の中には、悪魔が眠る。

 月の夜、六枚の羽を羽ばたかせて、穏やかな顔した月精龍が白山を訪ねていた。
 出迎えたのは、黒鳶ノ獅子。熊鷹の羽根を持ち、黒鳶色の姿を持つ獅子である。
「黒鳶ノ獅子、久しいの。‥‥カミは息災であろうか」
 一旦は眠りにつこうとした月精龍揺籃は、度重なる戦乱の気配と、高天原の顕現の気配、そしてかつて共に戦った神の目覚めを感知して、穏やかな眠りをあきらめた。
『お目覚めになる間隔が短くなっています。アレの目覚めも近いでしょう』
「再び封じるには、人の子の手を借りねばならぬか」
 
 京方面と、白山の警邏をする部隊を率いている、奥村易英は、夢を見た。
 夢か現か、はっきりとはしなかったが、穏やかな人の声が頼むのだ。
 力ある冒険者を白山へと寄越して欲しいと。決して、加賀の人を軽んじるわけではなく、冒険者が必要なのだと。
 目覚める悪魔を封じる為に、力ある冒険者の手が借りたいのだと。
「邪悪な呼び声ではなかった‥‥決して」
 易英は、野営する枕元に置かれた財を手に取り、苦笑する。
 冒険者でなくてはならないのならば、報酬が必要となる。
「こうあちこちで怪異が起こると、慣れてくるな」
 立花潮が、呼び声で走ってきた。珍しい事だ。何時も気配を感じて近くに居るのに、今夜は彼も勝手が違ったのだろう。ひたすら平伏する姿に、良いと笑う。
「お前が慌てる様を見れて、こちらはそれが報酬という事としておこう」
「易英様‥‥」
 がっくりとへこむ潮を見て、易英はからからと笑った。

「白山へ向かっていただける方がどれくらいいらっしゃいますでしょうか?」
 目立たない風の男、立花潮が京のギルドへと顔を出した。
 何とも捉え所の無い依頼だが、白山へと向かう、力のある冒険者が必要だと言う事らしかった。
 
 その昔、白山でも、大きな戦いがあった。
 悪魔は蘇る。倒しても、倒しても、長いときの果てに再び、あいまみえる。
 ならば、再び蘇るその時に、戦いで地を荒れ果てさせず、封じ込める。
 白山大神と配下の獅子は、月精龍揺籃と当時の戦人っと共に、悪魔とその配下を封じた。
 長き果てに、悪魔が優勢になるのか、天使が優勢になるのかは、人の子の手にゆだねる事を決め。
 白山の山の高き場所の一角は、真っ白な雪が溶けずにあった。
 その場所には空洞がぽっかりと開いていた。

●今回の参加者

 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec0261 虚 空牙(30歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

渡部 不知火(ea6130

●リプレイ本文


 黒雲が加賀の空を覆う。
 はらり、はらりと、雪が降ってきていた。
 冒険者達は、白山の麓から、御山を踏みしめて登って行く。冷厳な山の空気を吸い込み。
 冷たさと静けさが押し寄せる。
 少し進むと、山腹から、影が降りてくる。敵意は無い。
 ばさりと、冬の空気を打ち付ける羽音。
 黒鳶ノ獅子と、巨大な、六枚の羽のある蛇。月精龍が冒険者の前に降り立った。
「月精龍殿とは、初めての顔合わせになるでしょうか。宜しくお願いしますね」
「お世話になります」
 僅かに目を見開くと、神木祥風(eb1630)は、御使いを見上げる。齋部玲瓏(ec4507)も、その姿に丁寧に挨拶をすると、月精龍から、好ましい笑みが帰ってくる。彼は、名を『揺籃』と告げた。
 大泰司慈海(ec3613)は、大柄な身体を可愛らしく弾ませる。友の代わりにやってきたのだが、奥村易英が頼まれたという、依頼の方法に、覚えがあったのだ。穏やかな顔した月精龍は、見知っている。
「‥‥やっぱり! かなり久しぶりだよね‥‥また会えて嬉しいなっ♪ 加賀の神さまとも友達だなんて、顔が広いんだねっ」
「お主も息災で何より。かのカミとは、戦友故、ここに戻る事となった」
 くつくつと笑い声が慈海の頭に降る。慈海は、何をすればいいのかと、揺籃と黒鳶ノ獅子を交互に見て問う。
 まったく、何の情報も無いまま、ただ、白山へと向かって欲しいと言われて、やって来た六人は、ここで、ようやく詳細を聞く事となった。
 白山大神と、悪魔が共に御山に居るという訳を。
「いよいよ、大将首のご登場か」
 深く笑みを浮かべた木野崎滋(ec4348)は、揺籃を見上げ、易英に託宣を告げに行った姿を想像して、さらに笑みを深くする。
(「彼の御仁は、人以外の者にも好まれると見える」)
「神様、起きたと思ったら、もう寝ちゃうのか、残念」
 良く動く黒い瞳が、白山を見上げる。マキリ(eb5009)は、軽く首を傾げた。
「それが、やるべきこととはいえ‥‥ずっと眠りながら、自分の住む地の事を思い続けるって、どんな気持ちなのかな‥‥」
「悪魔と天使、どちらが優勢になるのかは人間の手に委ねて。ずっとずっと、悪魔を封印しながら眠りにつく。忍耐強い神さまだねぇ‥‥雪深い加賀の人たちにも、その忍耐強さが受け継がれてる‥‥そんな気がするよっ!」
「そうだけど‥‥うん、そうだね。それが獅子さんや神様の望みなら、友達の頼みは断っちゃいけないよね!」
 慈海とマキリは、顔を見合わせて頷きあう。
「眠りから覚めた悪魔に対し、攻撃が強すぎて、殺してしまっても大丈夫なのだろうか?」
 天馬、天雷と共に歩く虚空牙(ec0261)が、黒鳶ノ獅子へと向かい首を傾げる。後ろに編み束ねた黒髪が、ゆさりと揺れた。真に求めて来たのは強さ。牙の言葉は決して誇張などでは無く、それだけの裏打ちがある。腰にたわめる北斗七星剣は、悪魔に対して強力にその力を働かせる。信じがたい能力を誇る刀だ。
「人の子の力は、カミや悪魔に迫るようだが、カミと悪魔の力も、留まる事は無いのだよ」
 遠慮は無用。そういうことなのだろう。月精龍揺籃の言葉に、牙は、ひとつ頷く。
 小さな玲瓏が、きちんと着込んだ着物の襟を押さえて、顔を上げる。
「目覚める悪魔とは、加賀の現状の元なのでしょう‥‥。無事に白山大神さまが魔を封印なされば加賀にもまた平和が訪れるのでしょうか」
「その2匹を倒せば、一先ず加賀に平穏が取り戻せるのかな‥‥?」
「一度眠りに着けば、百年(ももとせ)は、深く眠りに入るだろう。それよりどれほど眠っていられるかは、人の子が世界に及ぼす事象による」
 揺籃が目を細めて答える姿を、慈海はそうかあと、口を引き結ぶ。
「‥‥まるで兄弟のようよな」
 姿を現した、滋の陽炎も、黒鳶ノ獅子と同じ種だ。その能力は流石に違うようだが、根本は同じ。真っ白な陽炎と、熊鷹の羽根を持った黒鳶色の黒鳶ノ獅子が、雪降る山を並んで歩く様は、まるで神話の絵を見るようで、滋は口元をほころばす。
「さぁ、悪魔退治、いってみようか!」
 マキリが元気良く声を上げた。


 柔らかな光が踊る。祥風が、仲間達へと対悪魔の防御魔法を付与しているのだ。穴の中へは随分と歩いてきた。
「よろしければ、黒鳶ノ獅子殿にも」
 万が一の守りとしてと笑む祥風に、助かると、黒鳶ノ獅子はその鬣を揺らして近寄って、淡い光をかけられる。
 月精龍揺籃は外で待機している。内部で、共に戦うには洞窟を破壊しかねないからだ。
 音が遮断され、仲間達の歩く音、武器の擦れる音、衣擦れの音だけが響いて行く。
 吐き出す息は白く氷の花を咲かせては消え。
 玲瓏の紡ぎ出した、魔法の光が、柔らかに闇を照り返し、淡く空間を彩る。その光に照らされて、仲間達の足元に、深く暗い影が伸びて。
「とても‥‥静かです」
 玲瓏がぽつりと呟く。
「動く気配は‥‥まだ、無いようだな」
 前方の気配を慎重に手繰っている滋が目を細めた。
「あ、あれ‥‥」
 ぼんやりと発光しているような姿をマキリは認める。
「綺麗だねえ」
 慈海が、ほぅと息を吐く。
 それは、石作りの椅子のような窪み。
 その窪みに、大人の人ほどの大きな卵型の石があり、その石の横に、添うように座り、頭を持たせかけている女神の姿があった。女神は真っ白な髪を、滝のように地に流していた。色の薄い肌。幾重にも重なる衣は白に淡い色をつけ、羽衣のひれのような長い布が揺れる。
 ふるりとまぶたが開く。開いた冒険者達を眺める瞳は、透明な灰色。真っ白な睫毛が縁取って揺れた。
 それと同時に。
 遠くから、嫌な叫びが聞こえたような気がした。
 それは、怨嗟を含み、嘲笑を含み。
 集った冒険者達は知らなかったが、今この時、倶利伽羅峠で加賀に纏いついてきていたハボリュムという名の悪魔が、その命を冒険者によって断たれていたのだ。
 そして、それが、卵石の最後の封を破る贄でもあった。
 卵石は、ぐらりとゆれた。
「来るよっ!」
 マキリが声を上げる。
「ご挨拶、の‥‥間もありませんね‥‥」
 玲瓏が僅かに眉間に皺を寄せる。絹糸の束のような漆黒の髪が流れ落ちる。努力と根性を誘発させる巻物を開くと、屈み込んだ玲瓏は、凍った地に聖なる釘を打ち込んで行く。教会を建築するときに使われる予定である、聖別された釘から半径二間弱ほどの間には、悪魔は入る事が出来ない。
 六芒星が刻まれた護符ヘキサグラム・タリスマンの効力を引き出そうと、慈海は祈りを捧げ始める。その祈りは、戦いが今正に始まらんとする時からでは、長過ぎる。
 目が眩むような光が、洞窟の中に広がる。
 女神と、冒険者を分かつように現われたのは、金色の髪をした、美しい少年。彼は、双頭の大蛇に乗って、不思議そうに周囲を見回す。
 愛くるしい姿だが、その内実は、悪魔。黒鳶ノ獅子や、揺籃に聞いて居た通りの姿で、祥風は己が知識の内からも、悪魔の名を照合する。生み出された聖なる塊が、祥風から愛らしい子供の姿をした悪魔ヴォラックを撃つ。その衝撃で、騎乗する双頭の蛇ツインヘッドドレイクから、ずり落ちる。
「次の手を打たれる前に」
「全てが‥‥正しく収まりますよう」
 天空にたゆたう星の魔力を秘めている欠片を使い、威力を増幅させ、太陽の光を湾曲させた魔法を玲瓏は、祥風に続いて撃ち込んだ。
「暴れだされると、不味いよねっ!」
 数はこちらの方が遥かに多い。
 けれども、この狭い洞窟の中では、逆にその事が足かせになる。
 マキリは、力の乗った短弓・早矢に、純白のホーリーアローをつがえ、撃ち放つ。的は大きい。鎌首をもたげようとする、双頭の蛇へと、狙い違わず突き刺さる。それとほぼ同時に走り出しているのは滋。着物の裾が翻る。
「‥‥目覚めたばかりで悪いがな‥‥此の為に失われた命達の代償、払って貰う!」
 無造作に繰り出される刃は、魔剣・ストームレイン。悪魔に対して力を振るうその刀は、次々と襲い掛かる冒険者達の攻撃を引き継いで、渾身の力をのせて、深々と大蛇の胴体を割った。
「‥‥悪魔の勝利は、お預けだ」
 地響きを立てて、地に落ちる双頭の蛇を油断無く見据えて、滋は呟いた。
 ほぼ同時に、ヴォラックへと向かっていたのは牙と、慈海。慈海とて最初の一撃がどのような意味を持つのか知っている。タリスマンは諦めて、横に投げ捨てて走る。
 牙の北斗七星剣・虚焔が、炎のように波打つ刀身をヴォラックへと滑り込ませる。
「友より託されたこの悪魔殺しの北斗七星剣、夢の中で存分に思い出すがいい!」
「子供の姿‥‥寝起きのところを襲って悪いんだけど‥‥っ!」
 力を乗せた、魔槍・ドレッドノートが、その切っ先を翻す。その姿に、渋面を作る慈海だったが、動きには淀みが無い。踏み込んだ槍の穂先は、間違い無くヴォラックへと突き刺さり。
「女神の眠りを妨げるのは無粋ってもんだ。これでも食らっておとなしく寝てな、悪魔ども」
 叫び声ひとつあげる事も出来ず、地に伏す悪魔を見下ろして、牙が呟いた。
「感謝します」
 渾身の一撃を放った冒険者達は、鈴を転がしたかのような声に顔を向ける。
 ゆるゆると歩いて来た女神が、地に落ちたヴォラックを抱き抱えると、再び石の椅子へと歩いて行く。


 白山大神が口ずさむのは、子守唄のような旋律だった。
 洞窟の中に優しい声色が響いて行く。
 玲瓏の魔法の光はまだ洞窟内に光を与えていた。けれども、その光を大きくしたような、柔らかな光が、次第に満ちていくのを、冒険者達は見る。
 倒れた双頭の蛇が、その光に絡め取られて、次第に小さくなって行く。
 女神が手を伸ばすと、双頭の蛇だった大きな光は、卵形になり、女神の元へと向かう。
「御身が眠りに付いた後、悪魔による破壊の嵐がおきようとも、それに負けぬ世と人を育む為に私も力を尽くして行こうと思います。心安んじてお休みくださいませ」
 祥風が声をかけると、嬉しそうに笑う女神が深く頷いた。
 マキリは、ずっと女神とあって話がしてみたかった。その為に、いつも加賀から譲り受けた、参拝の為の正装を持っていた。出来るだけきちんと、会いたかったから。けれども、その時間は残されていないと言う事が、マキリにもわかった。
「初めまして」
 そう、声をかけると、女神はマキリを見て、ゆるく微笑み首を横に降る。
「初めてではないわ。人の子等。幾年経た昔に、同じ様に、共に戦ったのですもの」
 少女のような声色が、洞窟の中を渡って行く。
「どういう事だ?」
 牙が自分自身にも纏わりついてきている柔らかな光に目を細めて、女神に問う。
「どの顔も懐かしい‥‥また、永久の果てに逢えるのを、私は楽しみにしています。戦士達よ」

 ときは巡る。

 ときは回る。

 遥かときの彼方で共に戦ったと。

 遥かときの彼方で再び逢おうと。

 輪廻転生の果てに、また逢おうと、女神は言うのだ。

 囁きとも睦言ともとれるような、優しい歌声が、響く。
 何時しか、抱いていたヴォラックも、卵形の発光体と同化し、共に光と変わる。
 共に居た、黒鳶ノ獅子が、一声吼えた。
「あっ?!」
 慈海が声を上げる。
 獅子の身体から、黒、黄、赤、緑、青、五色の光が飛んだ。
 飛んだと同時に、獅子の身体はそこになかった。
「黒鳶ノ獅子殿も刻が来たのか‥‥今暫く眺めて居たかったが‥‥残念だ」
 滋が、陽炎と対のような黒鳶ノ獅子を思い浮かべ、小さく溜息を吐く。その溜息は決して、辛いものではなかったが。
 白山の外で見ていた加賀の人々は、五色の光が、七つ島へと向かっていくのを見た。五色の光に気をとられている間に、卵形の光は、次第にその質感を、灰色の石へと変えて行く。
 女神が歌う歌声も、次第に小さくなり、やがて──消えた。
 後に残るのは、卵形の石を抱く、女神の彫像。
「おやすみなさい‥‥眠ってる間は、この場所は、俺達が守っていくから。安心して」
 マキリは、再び永い眠りに入った女神へと、そっと声をかけた。


 洞窟から出ると、揺籃が、その目を細めて冒険者達を出迎えた。
「また逢えるかなあ」
 慈海が小さく呟く。
「また逢おうと、言われただろう。きっと、また逢える」
 牙は、洞窟を振り返る。
「美しき山の麗しき神の、此度の眠りが少しでも長く穏やかであれる様‥‥私達は役に立てただろうか」
 夢を見ていたようだと、滋は首を横に振る。静かに降る雪は、外に出ると、もう、草履を埋めるほど降り積もっていた。
「きっと、役に立ちましたよ」
 祥風が穏やかな笑顔を向ける。衣の裾が、潅木を触り、積もった雪がぱさりと小さな雪山を作る。
「憎しみや妬みなど、人の心に棲む魔が、再び卵石を神を揺り起こすことのないようにしていきたいものです」
 こくりと頷き、やはり洞窟を振り返るのは玲瓏。綺麗に分けた前髪がひとすくい、冬の風に拾われて流れた。
「全部、お終いになったかな」
 マキリが空から落ちてきた雪を手に受けた。
 そういえば、最初に加賀に入ったのは、降り積もる雪のある時期だった。そんな思いを祥風も受けたのか、何となく、二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
 あれから、随分と年月が流れていたから。
「月精龍殿は、どうなさる?」
「私は、一年以上も前に眠る予定だったのだよ。巡り合わせによって、今こうして居られるのは、カミの采配であろうが‥‥」
 そろそろ、本当に眠るとすると、笑った。
 人による戦いはキリが無い。
 けれども、人によって、こうして救われる事がとても多いと。
 何時かまた、何処かで逢おうと、月精龍揺籃は、空へと羽ばたいた。
 
 下山しかかる冒険者達の後ろで、洞窟が音を立てて崩れた。
 女神と悪魔の眠る場所は、再び御山の奥へと沈んだのだ。同じ場所には、もう姿は無い。
 降る雪が、真っ白に辺りを覆い隠し。
 春になれば、そこが洞窟だったという痕跡さえ無いだろう。
 人ならざるモノは、世が乱れなければ、永久に眠る。
 しかし、世が乱れれば、地は乱れ、御山の気は乱れ、再び騎馬の犬鬼のような変化が現われるだろう。
 そして、その歪みは別の歪みを呼び、乱を拡大させ、魔を呼び込み。
 
 修羅と化した世がやってくるのならば。
 また、神と悪魔は蘇る。

 マキリが、白山の麓で待つ奥村易英の騎馬隊を見つけて手を振った。
「あれ? 奥村さんじゃない?」
「あ、本当だ。易英さーんっ☆」
 思わず慈海が走り出す。
「これからも、修練怠らず。だな」
 天雷をゆっくりと叩き、牙が薄く笑みを浮かべた。
「あ、鳥が‥‥」
「ああ、本当だ。何時の間にかだな」
 玲瓏が、小鳥が飛ぶのを目で追えば、滋が優しい笑みを浮かべた。
 
 白山に長きにまつわる加賀一連の騒動は、これにて落着する事となった。
 そうして。加賀にまた、真白き冬がやって来た。