白山戦鬼〜後編

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月12日〜10月19日

リプレイ公開日:2009年10月21日

●オープニング


 前田綱紀の発った後の加賀で、奥村永福は、皺深い顔をさらに皺深くしていた。くっきりとした黒い眉が寄り、眉間の縦皺が深くなる。
 白山に神が本当に居るという事は、七つ島の怪異を経て理解出来たが、神だけでは無く、悪魔も居るという結果報告を受け、ただ唸る。綱紀の留守を預かる身としては、この戦乱が一息ついてから調査を進めた方が良いのか、それとも、悪魔復活の最悪の事態を考えて、調査隊を派遣するのが良いか、思案の為所だった。
「良いほうに転がるなどと言う、楽観論はこの際捨てるか」
 渋面を作ったまま、今年還暦を迎える永福は、その老いを感じさせないほど隙の無い所作で立ち上がる。
「孫を見るまで死ねぬしな」
 京方面を固めている息子易英の顔を思い浮かべて、やれやれと首を振る。三十路に近いというのに浮いた話のひとつも無い、馬鹿息子だ。戦が終わったら強行突破と心に誓い、立花潮を手招いた。
 しかし、調査する前に、新たな脅威が加賀に迫っていた。

● 
 かすかに地表に風が吹いている。
 それは、小さな円を描くように、ほんの僅か、地表から風を巻いていた。良く見なければ、それは普通に風が吹いて、草が揺れたかのようにしか見えない。
 そこから、深夜丑三つ時に、何かが現れた。
 黒々とした大きな影。
 鋭い牙と爪を持つ、黒い体の鬼の姿。背にはさほど大きくない、蝙蝠のような羽。獄卒鬼だ。
 その悪魔が出現した頭上に浮かんでいるのは、人、黒猫、蛇の3つの頭をもつ悪魔ハボリュム。
「ふむ‥‥一体か。早々に浄化されたのが響いたか‥‥まあ良い。良く来てくれた、獄卒鬼よ。ここより北に散り、手当たり次第に暴れまわるが良い」
 そして、次に現れ出たのは、牛の首、馬の首をそれぞれに持つ、馬頭鬼、牛頭鬼の二体。大きな地響きがあたりを揺らし、膝丈ほどの炎が吹き上がった。
「お主等は、私と来るが良い。思う存分戦いの場を与えてやろう」
 馬頭鬼、牛頭鬼の手の斧が月の光を受けて、ぎらりと光った。
 
 翌日、地表に吹く風は収まっていた。
 そして、その場所には、円を描くように、真っ黒な消し炭のような大地が残っていた。


「悪魔が村を襲い、街を破壊し、奥村易英様率いる一隊を襲っております。どうか、ご助力をお願い致します」
 何時に無く慌てた風で、立花潮が冒険者ギルドへと駆け込んで来たのだった。


 獄卒鬼出現の方を受けた奥村易英の一隊は、これ以上の進行を防ぐ為、本隊の四分の一を裂いての迎撃隊だった。その先頭には易英の姿もある。
 住民避難を第一とする避難部隊として、綱紀居城から、奥村永福が指揮をとり、かなりの数の兵が繰り出されている。避難誘導は、最小限の被害で留まり、速やかに行われていた。
 易英隊により、上手く誘導された獄卒鬼は、易英率いる一隊の待つ、小さな峠へと誘い込まれていた。
 峠の周囲には弓兵が左右に配され、獄卒鬼を引っ張ってきている騎馬隊が、駆け込む手筈となっていた。
「殿!」
「大事無い。油断するな。距離を間違うなよ?」
 部下に穏やかな笑みを返す、易英は、最初に獄卒鬼の意識をこちらに向ける際に切り結び、爪の一撃を負っている。
 手当てする時間も無く、回復薬は先に部下へと回してしまっている。
(「少し‥‥きついですかね」)
 馬を飛ばせば、振り切るに難は無さそうだが、そうすると、あの鬼は、別の人里へと向かってしまう。その度に、こちらへと向かわせる為に、接近せねばならなかった。
 やっかいな相手だった。

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec0234 ディアーナ・ユーリウス(29歳・♀・ビショップ・人間・神聖ローマ帝国)
 ec0261 虚 空牙(30歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ミスリル・オリハルコン(ea5594)/ 渡部 夕凪(ea9450)/ アトゥイチカプ(eb5093)/ アヴァロン・アダマンタイト(eb8221

●リプレイ本文


 天馬ミューゼルでレティシア・シャンテヒルト(ea6215)は現場へと駆けつける。マキリ(eb5009)は、その後ろに同乗させてもらっていたが、途中、弓隊の居る山へと降ろしてもらう。虚空牙(ec0261)も、天馬天雷で空を駆る。
「魔物が一匹だと? ただそれだけの為にあの騒動を起こした訳ではあるまい。ハボリュムの狙いはなんだ?」
 依頼書に記された悪魔は、ただ一体。
 その一体を呼び出す為に先の騒ぎがあったとは、到底思えなかった。
「加賀にまたしてもデビル‥‥」
 村々を襲うその行動を依頼書で確認した神木祥風(eb1630)は、早く駆けつけましょうと愛馬深山を駆る。やはり、愛馬早雲を駆る齋部玲瓏(ec4507)は、弓隊が待ち伏せしているという山の近くまでやって来ると、二頭を繋ぎ留め、足早に山を登る。
 徒歩で集まったのは三人。韋駄天の草履でやって来た大泰司慈海(ec3613)と、木野崎滋(ec4348)。ディアーナ・ユーリウス(ec0234)は、セブンリーグブーツ。
 時間を稼いだ仲間達は、それぞれに入念な下準備に取り掛かる。
「お手伝い、致します」
 祥風が、緊張している弓隊の面々を見て、穏やかに微笑む。
「悪鬼復活かぁ」
 白山方面からやってきているという、悪魔は、前回眠っているという悪魔だろうかと、マキリが複雑な表情を浮かべる。前回仲間達と共有した悪魔の名はハボリュムと言う、いかにも海の向こうから来たような悪魔であったが、この国で眠る悪魔とも、地域を異にしても連携をとるものなのかと、感心する。
「あ、あのさ、これで射掛けてくれるかな。多分効果あると思うから」
 マキリは、手持ちのこれまでの経験から、悪魔に対しては、通常武器が効かない事が多いのを知っている。悪魔に対し、ほとんど戦った事の無い加賀の弓隊だ。
「うん、それと、合図なんだけど‥‥」
 悪魔が迫った時の一斉射撃について、マキリは弓隊の面々と、綿密な打ち合わせを始める。
(「‥‥私も里帰りでのんびりなどしていられませんね」)
 玲瓏は、こくりとひとつ頷く。神が目覚めたという加賀白山には、変事が次々に襲い掛かっている。ひとつの手助けになればと思うのだ。マキリと共に、一斉射撃の打ち合わせをしていた玲瓏は、色がつくという色つけタマゴを取り出す。
「鬼は時折隠れるそうなので、色つけたまごや片栗粉を振ってみては目印になりませんか」
 射るにはそれなりの技術が必要だが、そこは弓兵である。何とかしましょうと、玲瓏からたまごを受け取る。
「悪い子にはお仕置きよ‥‥退治してあげる」
 ふふと笑うと、ディアーナは、六芒星が刻まれた小さな木製のソロモンの護符と、モーリュという魔力を帯びた白い根菜を悪魔が接近してくる前に燃すようにと手渡すが、燃せば煙が上がる。せっかくのお申し出ですがと、弓隊は首を横に振る。そういえばそうかと、ディアーナは悪魔を引っ張って来るという騎馬隊へと合流する仲間達へと、レジストデビルを付与して回る。
「友達の友達は友達だっ! 必ず助けるよっ」
 この場に駆けつけられない友から頼まれた慈海は、大丈夫任せてと、渋い顔をくしゃりと崩し、笑顔で弓隊へと手を振る。
「一緒に行く人ーっ」
「あ、お願いするわ」
 ディアーナが、空飛ぶ絨毯を広げた慈海に手を上げる。
 滋の肩には、小さな白い猫がいた。その猫には白い翼がある。
 結界を敷く広さや、騎馬隊が駆け抜けられる見通し良く弓の射線が通る場ならば良いと考えていた滋は、加賀の弓隊が待ち受ける場所が、まさしく思った通りの場所である事を確認する。仲間の術者の負担にならないようにと、道具を使おうと思うが、煙の上がる物などは使わないのが良さそうだと、先のマキリと弓隊の会話を思い出す。この国の何処もかしこも魔物が跋扈している。その様はまるで異国と変わらない。そう、笑いながら、結界道具を手渡してくれた夕凪の言葉を滋は思い出す。悪足掻きに過ぎないが、無いよりは良いだろうと。その魔法の赤い液体犬血を他の結界に被らない様にと降り注ぐ。
 誘き寄せる悪魔が射撃の対象になる地点へと一旦降りた玲瓏は、柘植の櫛に付与されたレミエラの力を借りて、遠視の魔法による焦点の切り替えによる負荷を無くし、遠くを望む。山々の九十九折に阻まれ、まだ、騎馬隊の姿は見えない。地に銅鏡を置くと、いつでも祈りを捧げられるようにと準備万端整えた。


「悪魔相手に‥‥っ」
 魔法に対してさしたる備えも無く、身体を張った戦いをしている加賀の武士達の姿を、レティシアは好ましく思った。その視力は、僅かに身なりの良い人物を識別する。
『立花氏から依頼を受けたわ』
 奥村易英に、レティシアは、テレパシーで作戦の手順を説明すれば、委細了解と、端的な返事が返る。
 九十九折になっている山間の山道。その上空から、騎馬隊へと追いつこうと飛んできた、レティシアと空牙、慈海、ディアーナから、その姿がはっきりと視界に入った。レティシアが合流の意思をテレパシーで告げると二頭の天馬の白い羽が翻り、絨毯が降下して行く。
「怪我した人は言ってね?」
 接近すると、ディアーナはレミエラの力により射程を得たリカバーを怪我人とおぼしき人々へと付与する。魔法をかけられたような者が居ないのは幸いだった。
「きみが易英さん‥‥? お待たせっ!」
 易英とおぼしき人物を見つけて、慈海が感慨深げに声をかける。友からの頼みは果たせるようだと、ひとつ頷く。
「怪我した人がいたら、使って。ひとりでも戦力を失いたくないわ」
「ありがとうございます」
 レティシアが、易英へと、回復薬を手渡せば、弓隊の拠点へと戻れば、あるはずで、これはその時何も無ければお返ししますとその心遣いに感謝する。
「さあ、後は任せてもらおうか」
 空牙が口の端に笑みを浮かべた。
 ディアーナが聖なる結界を展開したその瞬間。何かがはじける音がした。獄卒鬼から魔法攻撃が飛んだのだ。
「早く!」
 レティシアと慈海が、騎馬隊の離脱を急かす。騎馬隊は易英を殿に、冒険者達を残して駆けて行く。弓隊の待ち伏せするその場所へと。
 月の矢を最低の威力で撃ち放ったのはレティシア。その攻撃は、獄卒鬼にとっては、さしたる衝撃も無いようだ。だが、黒い光を僅かに纏う。何か魔法力を行使したようだが、攻撃魔法では無さそうだ。
 慈海が難しい顔をする。
「‥‥攻撃、仕掛けてこないね」
「こちらから攻撃をしなければ、追ってくるだけのようか?」
 距離を測りつつ、後ろを振り返り、空牙が呟く。
「後は、引き連れて行くだけです」
 同じく背後を気にしつつ、レティシアは、待ち伏せをしている仲間へと次々とテレパシーを飛ばす。
 状況報告と手筈を確認すれば、準備万端整っているようだった。


 玲瓏が、レティシアからテレパシーを受け取ると、祈りを銅鏡へと捧げ、結界を築き上げ、足早に待ち伏せ場所へと上って行く。
「悪魔が戻るは地の底ではなく、完全なる霧散とせねば‥‥果敢なる行為が無駄になる」
 地から伝わる、騎馬の振動を確かめていた滋は、レティシアからのテレパシーと一致する事を確かめ、顔を上げる。
「‥‥お役目だ、陽炎。付き合って貰えるか?」
 肩に乗る白い小さな翼ある猫に声をかければ、ひとつ小さく身体を揺すり、その本性が現れる。白い体躯に翼。獅子の姿のそれは、デビルを倒すという宿命を持った神聖動物である。
 駆けて来た騎馬隊への目印となればと、滋は前に立つ。
 騎馬隊が、滋の横を通り過ぎる。その向こうには、天馬と空飛ぶ絨毯の姿。そして、遠くに見えるのは獄卒鬼。その仲間へと滋は、合流を図る。
 一斉射撃の地点を抜けた騎馬隊は、何時でも参戦出来るようにと、距離をとっている。
 着実に獄卒鬼は、問題の地点へと引き込まれて行く。
 やがて、囮の仲間達が、到達点を抜ける。
 その時。
 左右の山間から、雨霰のように矢が降り注いだ。その矢は様々な種類を含む。
「さて、どうなりますか」
「汚らわしいデビルよ、朽ち果てなさい」
 そして、祥風とディアーナのホーリー、玲瓏のレミエラの力を借りたサンレーザーが同時に獄卒鬼を襲う。色のついたタマゴが割れて、ぺったりと獄卒鬼のシルエットを浮かび上がらせる。慈海からは、魔槍ドレッドノートの、レミエラの力を借りたソニックブームが飛ぶ。
「‥‥姿、消えても、色がありますね」
「とりあえず、飛んどけってねっ!」
 だが、どうやら、先に発動していた魔法は、エボリューションのようだ。同じ攻撃は通らない。しかし、次の手は打ってある。
「弓の怖さ、教えてやるぞー!」
 力を乗せて、マキリはホーリーアローを獄卒鬼へと撃ち込む。
「どんな魔法が来ても、慌てないで下さいね‥‥必ず治します」
 悪魔魔法がどのように跳ぶか、わからない。祥風は、万が一に備え、出来る限りの手を打とうと、隙無く思考を巡らせる。
 続け様の攻撃に、ぐらりと体が傾いだ獄卒鬼だったが、瞬間、シャボン玉の様な球状の結界が現れた。漆黒の炎がちろちろと浮かび上がる。カオスフィールドだ。
 レティシアの放った二度目の月の矢は、無効化される。
 一斉射撃のその後にすぐに動けるように攻撃を控えて待機しているのは二人。
「‥‥その魔法は、予測済みだな」
 空牙が氷の剣を引き抜く。ひんやりとした空気を纏ったその刃をかざし、黒い炎の塊へと向かって突進していく。
「悪魔と死合うのは初めてじゃない。手傷は負っているはず‥‥」
 嫌な魔法の使い方をする悪魔も多い。だが、この程度ならば。滋は魔剣ストームレインを手に、獄卒鬼へと迫る。悪魔に対してその切っ先は特効を振るうのだ。
 嫌な衝撃が、二人を襲う。結界を通過するのだ。
 空牙の黒い瞳が僅かに眇められる。
「冥途の土産にとくと味わえ。『絶招・闇時雨』。最古にして最奥の技だ」
「次は‥‥無いぞ」
 滋の黒髪がなびいて、下方から鋭い爪をかいくぐる。空牙と滋の、非常に強力な一撃が同時に叩き込まれれば、獄卒鬼はひとたまりもなかった。
 入念な打ち合わせと、連携に、微塵も隙は無かった。
 

「異変‥‥といえば、異変‥‥でしょうか」
 獄卒鬼が出現した方向を辿ってきた玲瓏は、前回戦った場所に、円を描いて、黒く焦げた場所を見つけて来ていた。しばし、思案下な顔をすると、言葉を選ぶ。
「再び現れたり‥‥ひょっとするともう、別の鬼が現れているのかもしれません」
「ありがとう、その場を監視する事にしよう」
 心配気な玲瓏へと易英はひとつ頷けば、玲瓏は仲間達や、加賀兵達を見回して、ほっとした表情を浮かべた。
「ともかく、奥村さまと残れる皆様方がご無事であれば何よりです」
 思い出すのは前田慶次郎。黒塗りの槍を引き上げた依頼に関わった。あの依頼で知ったのは、慶次郎の身内の一門が鬼籍へと旅立っていた事。万が一、またそんな事にならなくて良かったと思うのだ。
「悪魔を抱えて眠り続けてたんだぁ‥‥。ずっとずっと、長い間‥‥」
 慈海が白山を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
 その言葉を聴いて、ディアーナは首を横に振る。
「八百万の神‥‥? 神がたくさんいるの? 神聖ローマ帝国では考えられないことだわ」
 獄卒鬼に殺された者の蘇生をと考えていたが、蘇生は余程でなければ叶わない神の業に近い。お気持ちだけありがたくいただきますと易英が頭を下げる。
「戦い方、変わって来てるから」
「細かなお気遣い、感謝いたします」
 レミエラをと差し出すレティシアだったが、こちらでも、これからの戦いに備えて多く入手する予定だからと、謝意を告げられる。
「しかし‥‥無茶をなさる」
 加賀の兵達と互いの労を労っていた滋が、易英に声をかけた。回復薬を使ってはいるが、かなりの怪我だったと、薬を手渡した弓兵のひとりが零していたのを聞いたのだ。ここに至るまで、そんなそぶりは見せなかったし、回復魔法を付与する仲間にも声をかけなかったのを見ているだけに、苦笑が浮かんでしまう。
「何分、引っ込み思案なもので」
「‥‥言うものだ」
 率いる将が怪我をしているとなれば、下手をすれば士気にも関わる。率先して敵陣に飛び込む兵も少なく無いのだろう。そんな雰囲気を察し、そういう事にしておこうかと、滋は笑みを浮かべた。

 急ぎ駆けつけた冒険者達のおかげで、被害は最小限に食い止められた。
 白山の麓には監視がつく事になる。