【沈黙の島】 少女と妖術師

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:11 G 38 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月03日〜07月11日

リプレイ公開日:2007年07月11日

●オープニング

 その島は、大きな島と、とても小さな島の二つが並ぶ島だった。何処にでもあるような風景だが、この島は、島の人間以外が島に留まるのを嫌う。

 あいつが帰って来た。

 美園は、長い髪を揺らし、足場の悪い岩山を登る。手足に傷がつくのも構わずに松の葉がかぶさる岩場を掻き分けると、そこには子供がひとり、ようやく入れるほどの穴が開いていた。
 ほう。
 梟の鳴き声を真似る。
 ほう。
 同じような梟の鳴き声がぽっかりと開いた洞窟から響く。
 御園は手馴れた様子で縄梯子を下ろすと、身体をよじり、洞窟へと降りて行く。
「十七!」
 美園は、暗がりの中、真っ白な肌と特徴的な耳が浮かび上がる。蝋燭の灯りに僅かに光る金色の髪をひとつに括った小さな少年の名を呼んだ。十七と。
「どうしたの?美園」
「あいつが‥!帰ってきたの!また何か悪い事が起こるわ!」
 華奢な十七を、御園はぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だよ、大丈夫」
 十七は御園の髪をゆっくりと撫ぜながら、己を閉じ込める洞窟の天井を仰いだ。

 その少し前。
 皺深い顔をした、小柄な老人が、薄くなった灰色の髪を後ろでひとつに結わえ、くたびれた狩衣を揺らして無造作に漁村を歩く。昼の漁村では網を繕ったり、干物を作ったり、女達がせわしなく働いている。だが、老人の顔を見た途端、息を呑んで、手を止める。
「よう、久し振り」
 にたりと笑う老人は、警戒する女達に一瞥をくれると、擦り切れた草履で砂浜を歩く。行く先は島の族長の所だと、その方向から知れた。
 老人の島入りは、浜からすでに族長の所まで上がっていた。血相を変えた、五十がらみの真っ黒に日焼けした族長が、向かってくる。族長と、数人の村の男と、小柄でだらしのない老人は、浜の外れで相対した。
「お前が居なくなってから、漁が急に不安定になった。お前が呪いをかけたに違いない!」
「そりゃご挨拶だなぁ。」
 くつくつと笑う老人はは妖術師である。
 祈祷師との触れ込みでこの島に滞在したのは三年。ある日ふっつり消息を絶った。それまで、不漁などに縁の無かった豊かな海に囲まれた島は、その途端不漁が起こるようになる。
 だが、今までが豊漁続きだったので、またすぐに豊漁になるだろうと考えていたら、日増しに海は島に辛く当たる。今年はまあ、それなりなのだが、去年の漁は散々だった。去年、村人から出た噂はひとつ。あの祈祷師が島に呪いをかけたのじゃないかと。このまま、不漁が続けば、その声は大きくなったろうが、幸い今年は持ち直している。だが、いつまた不漁が襲ってくるかもしれないという不安の芽が島の人々に芽吹いた。不安はゆっくりと人の心に根を回す。
「あの島の神様に聞いてみれば良いさ。また、豊漁になる為の海神を生んでくれってな‥いや、作ってくれかもしれないぜ」
 くいと、顎を向けるその先には、僅かに島から離れた小島が見える。遠浅の海で繋がるその小島には、小さな祠がある。
 そこに、年をとらない神が居る。それは、村の秘密である。
「‥何時知った」
「そうさな。漂流して辿り着いてから、ものの一月って所か‥おっと、俺を殺したら、豊かな海の秘密はわからなくなるぜ」
 剣呑な雰囲気の族長に、にたりと老人は笑った。
 神に選ばれた民であるという島人達は、本島とほとんど接触を持たない。そこそこ、野菜も果物も取れる。漁は豊漁だった。小間物などは、流石に本島から出入りの商人が来るが、半月に一度と決められている。
 ある日、浜に打ち上げられていた老人を助けたのが、そもそも間違いだったと、族長は臍を噛む思いでいた。
「良いだろう。話を聞こう」
 祈祷師‥妖術師の老人は、その口に浮かべた笑みを邪悪に深くした。

「妖術師が、舟に乗ってとある島に向かったとの情報がありました」
 冒険者ギルドでは、ずっと捕り逃した妖術師の情報を集めていた。妖術師の為に娘を殺された遺族が納まらなかったからだ。
 豊かな海を約束し、蜃を海に潜め、生贄を与え続けていた妖術師は、今もギルドの依頼にしっかりと名を連ねている。見つけ次第連絡を入れてもらうように漁村各地に手配を回し、情報が来た時点で再び依頼は陽の目を浴びる。
「妖術師の討伐をお願いします。ただ‥件の妖術師の向かった島は、非常に排他的な島で、余所者は歓迎されません。それは、たとえ冒険者の皆様方でもです」

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0370 レンティス・シルハーノ(33歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●拒む島
「妖術師のいる地域の海が豊漁ですと、少し面倒かもしれませんね」
 海風に当たりながら、宿奈芳純(eb5475)は軽く考え込む。妖術師の人相但し書きはギルドに保管されていた。それを読む限り、手配の妖術師と蜃は密接な関係があったのだろう。だとすれば、今から行く島の周辺が豊かな海になっている可能性も捨てきれない。そして、それが妖術師からもたらされたものだと島民が知っていたら。妖術師は島民から守られるかもしれないと。
「彼が行った罪、けして許しておく事は出来ません」
 線の細い少女のような顔立ちの沖田光(ea0029)は、依頼内容に許しがたいものを感じていた。これは、討たなくてはならない相手だと。
 深く頷くのは上杉藤政(eb3701)だ。皆、妖術師の人相人となり、その行状に到る細部まで詳しく、下準備は万端であった。
 妖術師の放置した蜃に関わった冒険者も、仲間内の半数、参加していた。レンティス・シルハーノ(eb0370)、山下剣清(ea6764)、西中島導仁(ea2741)である。妖術師の為に深い傷を負った村を目の辺りにしている彼等の言葉は重いだろう。
 梅雨の明けた空はからりと青く高く。夏の訪れを告げていた。

 レンティスは、事前に島の対岸で話を聞き込んでいた。対岸と言っても、島影さえ見えない船着場のある小さな町で。その町の中で、島と取引をしている唯一つの小間物屋を見つけた。表立って島と行き来出来る、唯一の手段を持つ場所でもある。
「そりゃ、助かる!」
 のんびりとした顔の小太りの店主は、レンティスの申し出に相好を崩す。あの島には近隣の漁師は行きたがらない。専属の船頭もごねるから、申し出は願っても無いと。
「舟を借りてもかまわないかな?」
 小間物屋の主人は、快く承諾した。閉鎖的な村人と長年付き合っていけるのは、この人の良さから来るもののようだ。他愛の無い話を続けると、この近隣で、あの島から嫁を貰う者は居らず、遠い地方ばかりに嫁ぎ、嫁取りも同じで、この近隣にはひとりとして親戚がいないという事。不信心なわけでは無さそうだが、坊主も最近流行の異国の神官も、丁寧に、だがきっぱりと拒絶され、すごすごと島から戻るのだと言う事。
「土地神さんを大事にはしてるようだよ」
「土地神?」
「ああ、島に行くとわかるがね、小島がひとつ隣にあってね、その島に小さな祠があって、海神さんか、何か‥だろうが、守り神さんとか言って、大事にしているみたいだよ」
 この国は八百万神を祭るからね、いろんな神さんがいるんだよと、小間物の主人はのほほんと笑った。
 小間物屋の主人の話を、ひとつも忘れまいと、レンティスは心にしまい、小間物屋を後にするのだった。

●舟の上で
 小間物屋の舟は、教えられた海路を通り、問題の島へと辿り着く‥前に、何処からか見ていたのだろう、漁船が三隻近寄って来た。海の男達は、それぞれ銛を手にし、油断無く冒険者達の乗る、小間物問屋の舟に横付ける。
「何しに来た」
 発せられる言葉は、厳しい響を含み。
「あの、この人を知りませんか?」
 光るが懐から妖術師の人相但し書きを出す。出立前に、ギルドで保管してあった似顔絵を借りてきたのだ。その手配書を見て、漁船の男達の眼光が鋭くなる。
「この男にどんな用件だ?用件次第では‥」
 銛を握り直す海の男達に、光は人当たりの良い、ほわりとした笑顔で首を横に振る。
「‥‥えっ、いや仲間じゃないんですが、ひょっとして仲間の方が良かったでしょうか?僕としては、敵の方がありがたがって貰えると嬉しいんですが」
「実は漁師たちに被害を与えている妖術師がこちらに島に逃げてきたという情報を得まして。私たちはその男の捕縛に来たのですが、皆様心当たりありませんでしょうか?」
 芳純も、言葉を添える。下手に言葉で誤魔化す事はしない。捕縛対象の妖術師は、非道な男だ。それを隠す事などしなくてもかまわない。
「私たちは妖術師を捕縛後、すぐに島から立ち退きます。それはお約束いたします」
「妖術師の件は、以前の村で純真な村人が騙された事件として知られている。罪状ははっきりしていて、口が達者な奴というのも知られている。彼奴の言う事はまともにとりあげられる事なく処刑されるだろう」
 舵をとりながら、レンティスも続ける。
 じろりと冒険者達をを見た海の男は、舟に乗る彼等を値踏みするように一瞥をくれると、島影を指差し、そこで待つようにと指示を出す。日暮れには呼びに来るからと。藤政が、警戒を解かない男達にさらに声をかける。
「島の責任者の方に会うことは出来るであろうか?我等は、その男を捕縛したいだけなのだ。‥もし、弱みを握られているのであれば、我ら冒険者にその弱みの解決を任せていただけぬか?」
「武装した者を簡単に島に入れるわけにはいかない。どうするかは族長が決める。返事を持ってくるまで動くな。見張りは残す」
 信じろと、言葉で言うのは容易いと、彼等のリーダーのような男が、また、冒険者達を眺め、似顔絵を見て、族長がどう判断するかはわからないが、こいつには知らせないと言い。そう言う俺達の言葉をまず信じてみるか?と、薄く笑うと背を向けた。
 残った二隻は油断無く冒険者達の舟と距離をとり、島影に寄せていく。
「人嫌いな島というだけあるか」
 剣清が苦笑すると、導仁は島影に誘導される揺れる船の上で、背筋を正したまま頷いた。
「目的を告げたら、接触するつもりは無かったのだが」
 触られたくないのなら、触らなくともかまわない。だが、蜃に振り回され、酷く辛い思いをしていた漁村を思い出し、嘆息する。
「彼奴には、報いを受けてもらわないとな」
「‥話が通ると良いが」
 とりあえずは、交渉の決定権を持つ族長をじっと待つしかなかった。
 待てと言われたその島影は、島の松が海に張り出している岩場だった。普通は潮風を避け、松は内陸へと枝葉を伸ばすのだが。あえて伸ばしているかのような印象を受ける松だった。
 そこから窺う少女の顔を見つけたのは、芳純、藤政、レンティス、導仁。僅かに覗くと、すぐにひっこんでしまった。岩場の松の間だった。しかし、何処へ移動するとも見えなかった。何処に隠れたのだろう。
 島の子供だろうか。剣呑な眼差しの少女の顔が胸に残った。

●島の闇
 梅雨も終り、夏近いとはいえ、夜の海は冷える。打ち付ける波の音ばかりが響く島を、冒険者達はゆっくりと、妖術師の居る族長の屋敷へと歩いて行く。黙って夜まで待った、あんた達を信じようと、族長は言った。だが、長居は困るとも。
 そして、妖術師が何故捕縛対象なのかを、聞くにつれ、族長の眉間の皺は深くなった。黙り込む族長に、光の言葉が落ちる。
「放っておいたら、この島でも同じような悲劇が起きます。僕は、絶対にそれを止めたいんです!」
「‥海が豊かだったその村には‥人を喰らう化け物貝が棲んでいたと‥人身御供が必要だったと‥」
 付き従う男達が、人身御供の言葉に酷く動揺をするのを手で静めながら、深く嘆息する族長は、冒険者達に上陸の許可を下す。そうして、妖術師共々、二度と戻って来ないでくれと、吐き捨てるように呟いた。
 酔い潰れて寝ているから‥と、付け加え。
「人身御供‥ありそうであるかな」
「無い‥とは言いきれまい」
 何か隠し事があるとは、皆薄々感じてはいたが、族長と付き従う男達の動揺をよく把握出来ていたのは、藤政と導仁と、人の言葉を良く知る芳純だった。
 暗い島を歩きながら、窺うような視線が突き刺ささるのを皆感じていた。やっかいものは、やっかいものを連れて早く出て行けと。そういう事なのだろう。沖合いに見張る漁船数隻残し、灯りすら見えない。いや、ひとつ。大きな灯りがあった。族長の家だ。
 暗い島にひとつ、ぽかりと灯が見える。
 ひとつの部屋だけ、大きな灯りが灯されているのだ。
「それでは、いきましょうか?」
 光るが、淡く炎の色を纏い、仲間達に触れていく。たったひとりではあったが、万全を。開け放たれた戸から覗くと、妖術師は、高いびきをかいて横になっている。だが、流石に取り囲まれて、気がついたのか、顔を上げた。
「何‥だ‥」
 ほろ酔い気分だったのだろうが、すぐに何が起こったのか理解したのだろう。淡く光り始めた。魔法詠唱だ。
「そうはさせません」
 芳純が繰り出したのは睡眠の魔法。妖術師よりも早く、それは決まる。
「‥売りやがっ‥」
「お前によって起こる悲劇はここで終りなのだ」
 逃げるそぶりをみせるならばと、身構えていた光が、軽く溜息を吐き。床に崩れ落ちる妖術師は、簡単に冒険者達に捕縛される事になったのだった。
 
 島の周りを、レンティスは舟で探る。小島の周りには近付くなと、釘はさされたが、万が一海に妖術師が飛び込んで逃げられるのは困るという理由で、島を半周しては戻るを繰り返す。
 たぷん。
 何かが、落ちる音がした。
 目を凝らすと、島から何かやって来る。妖術師かと、鉄の金槌ミニョルを構えるが、星明りに見えるその姿は───小さな少女。昼に見た少女だった。
「お兄さん達、強いんでしょ?神様をやっつけて!」
「神様だって?」
 レンティスは、そっと辺りを窺いつつ、少女を舟に上げた。きつい眼差しの、もう少しで女性と呼べる年になろうかという小さな少女だった。その少女は、口を開くなり、物騒な事を言い。
「神様がいなくなれば、十七は助かるの。神様が居るから、十七は死ななくちゃいけないの!」

 冒険者達は、暗い夜の海を船出した。
 縄で縛り上げ、猿轡を噛ませた妖術師を乗せて。
 ただひとつ、灯っていた族長の家の大きな灯りも、冒険者達が舟を出す頃には消え。
 島影の闇から、星明りの海原へと。黒々と影を落とす島は、視界から消えるまで灯りはひとつも灯らず。
 島が見えなくなるのを確認したレンティスは、星と海の狭間で、小さな少女からの依頼を受けた事を話しはじめた。